艦隊これくしょん二次創作 海の最果て   作:少佐5909

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禍根(壱)

 5 禍根

 

 

 

 艤装と呼ばれるそれは、艦娘である彼女たちを構成する上で中核を担う部分だ。

 

 《主機》と呼ばれるその機関も、艤装の一部に含まれている。主機は彼女たちの足の裏に取り付けられ、これが駆動することにより水上航行による移動を可能にしていた。

 

 ――と、そんなお粗末な説明で納得するには、我々人類の文明も左程の進歩は果たせていない。

 

 もう一歩、踏み込んだ話をしよう。

 

 去る九年前、深海棲艦が世界の海を跳梁跋扈していたその頃、一体の深海棲艦の死骸を解剖していた科学者があるものを発見した。

 

 当時各国で配備されていたSSM(対艦ミサイル)ですら穿つことの出来なかった、深海棲艦を覆う強固な外殻。

 

 その絶対無比の盾に含有するそれは目に見えない元素だった。目に見えず、故にそれまで認知されることのなかった新たな元素。

 

 名は《現示》。示し現すもの。

 

 それは記憶という概念を現物化する元素だった。

 

 人間の脳に記憶と呼ばれる概念があるように、モノにも記憶と呼ばれる概念が存在する。概念は万物に存在した。全てのモノに現示は存在し、現示は全てを形作る。現示は謂わば設計図のようなものだ。現示がこうであると示せば、そうであるよう現れる。そうして生まれたモノには記憶が宿り、記憶は現示として、人間の記憶に残る限り永遠に残り続ける。

 

 艦娘はそんな現示の基礎理論を応用し作り上げられた生体兵器である。彼女たちの中には第二次世界大戦時の軍艦としての記憶が宿り、現示を介することにより同等のエネルギーとして発露する。発露、というよりは再現といった方がいいのかもしれない。

 

 彼女たちは船の記憶を持つ。故に船の特性を再現する。彼女たちが水上を浮いて航行出来るのも、砲撃と同等の発砲が出来るのもその為。

 

 主機は記憶から示現元素を介し、能力を発露させる為の放出機のようなものだ。

 

 だからこそ、艤装を着装している限り彼女たちは人間ではなく、軍艦である。

 

 彼女たちは人間ではなく、兵器だった。

 

 

 

『こちら飛鷹! 敵影は未だ見ず』

 

『熊野、こちらも敵影は見えず、ですわ!』

 

『黒潮! 同じく見えず――っちゅーか、波が高すぎて前すらまともに見えへんで!』

 

 彼女たちから無線で入る報告に混じり、ノイズや打ち付ける荒い波の音が聞こえてきた。

 

「了解した。順次索敵を続けろ。警戒は怠るな」

 

 各々が『了解』と告げると二階堂は通信を切った。

 

 小さく、ため息が漏れる。

 

 揺れる哨戒艦艇の中、内部に設けられた指揮所に一人腰を降ろす二階堂は眉一つ動かさずに窓の外を見た。

 

 雨粒が弾丸の如くぶつかり大きな音を立てている。時折波がぶつかり飛沫が弾け、海水が窓に降りかかるのを二階堂はじっと眺めた。

 

 よりにもよってこんな時に時化だ。このままでは索敵は難航する一方である。観測所から連絡を受けた基地隊司令部は、自分たち第二十特殊戦術部隊を緊急出動させたものの、この海域で深海棲艦の反応があったということ以外は何も分かっていない。

 

『なあ、ほんまにここでレーダーに反応があったんか?』

 

 身の丈以上の高さのある波を被りながら、黒潮はインカムに声を充てた。

 

『提督の話ですと、観測所の人間は間違いなく反応はあったと言っていたそうですわ』

 

『でもさっきから電探で周囲の様子を探ってるけど、それらしい影は一つも見当たらへんで』

 

『これだけ海が荒れているんだし、仕方ないんじゃないかしら。それよりもみんな、波に足を取られないように十分注意してね』

 

 荒波に揉まれながら三隻は道なき荒海の道を進んだ。波の飛沫なのか、低気圧の作る大きな雨粒なのか、判別のつかないほどの打ち付ける痛みが三隻を襲う。三隻は特注のレインコートを着込んでいるが、それでも打ち付ける雨粒は容赦なく三隻を襲った。

 

 波が荒い上にこの大雨もあり、視界は不明瞭だ。十メートル先もろくに見えない過酷なこの状況で、三隻の命綱となるのは足の主機と背の艤装、そこに取り付けられた位置を示す灯火だけ。

 

 風を斬る音が耳元で聞こえる。だが、肝心の深海棲艦と思しきモノの声は何一つ聞こえなかった。

 

『ねえ、そろそろ別のポイントに移動した方がいいんじゃないかしら?』

 

『そうですわね、これ以上ここに長居しててもあまり意味はないと思いますわ』

 

 熊野と飛鷹は旗艦である黒潮にアイサインを送った。黒潮は少し思案した後、インカムで二隻に指示を出す。

 

『ほな、司令はんに報告だけしたら、一旦哨戒艦艇に戻ろか』

 

 ライトを点滅させ、陣形の指示を送ると三隻は黒潮を船頭に移動を開始した。

 

 大きく揺れる波間。移動を始めようとしたその時、黒潮はその波間の奥に見慣れない光を見た。

 

 哨戒艦艇? 違う。あれは艦艇の光じゃない。

 

 黒潮はすぐさま赤の灯火を点滅させた。赤の灯火。それは要警戒の意。少なくとも、味方ではない何かを発見した合図だ。念のため、砲撃用意だけ済ませると、黒潮は左手首のインカムマイクに声を充てた。

 

『一時の方向。距離約五十。未確認の光源を確認』

 

『深海棲艦か?』

 

『多分ちゃう。あの光は深海棲艦特有の発光バクテリアとは別もんの、人工的な光や』

 

『人工的な光だと? しかしこちらでは当座標に船舶は確認できない』

 

『司令はんのGPSで確認できひんっちゅーことは、正規の登録がされてへん船……多分民間の漁船とちゃうか』

 

『でもどうしてこんな海の荒れている日に漁船なんかがいるのかしら……』

 

『GPSが取り付けられていないということは、おそらく非合法の漁でも行っていたんだろう。もしくは陸では出来ない何らかの後ろめたいことか』

 

『それで、どーするんや司令はん? そっち戻る前にいっぺんあの船寄った方がええか?』

 

『そうだな……どのみちこの海じゃその船も身動きも取れんだろう。俺の方で海上保安局に連絡を入れておくから、君たちは一度船内の安否確認に向かってくれ』

 

『りょーかい』

 

 三隻は原速のまま、不審船へと舵を取った。しばらくして、僅かに光の灯る霧の奥に大きな影が見えてきた。中型の船舶。様相からして、恐らくは漁船だろう。

 

 黒潮の指示で三隻は微速になると、慎重に船へと近づいた。見た限りは民間の漁船だ。

 

 船体にぶつからないよう慎重に近づき、船内を確認した。操舵室に明かりが灯っている。恐らく中に人がいるはずだ。黒潮は大声を上げた。

 

「おーい! 中に誰かおらんのかー? おったら返事してや! おーい!」

 

 数度、似たような文句を叫んでいると、操舵室内の扉が開き、中から蒼白な顔をした男が飛び出してきた。

 

「だ、誰かいるのか!?」

 

 男は半信半疑、警戒した様子で荒れた海を見渡す。

 

「こっちや、こっち!」

 

 黒潮の声に気付いた男は、最初海の上に立つレインコートを羽織った三隻を見てぎょっとした顔で驚いた。

 

「あ、あんたらは!?」

 

「うちらは神島基地隊所属海軍特殊戦術部隊や!」

 

「海軍の? ということは艦娘か。そうか……助かった」

 

 男は安堵の息を漏らした。

 

「何かあったんか?」

 

「エンジンが故障してしまって、立ち往生していたんだ」

 

「無線やGPSは?」

 

「あるにはあるが、その……今は使うことが出来ない」

 

「はぁ? なんやそれ。……まあええわ。それで中には何人おるんや」

 

「俺を含めて三人だ」

 

「飛鷹はん」と黒潮は飛鷹に目で合図を送った。飛鷹は小さく頷くと、インカムで二階堂に現状の報告を行う。

 

「それよりあんた、こんなところで何やっとったんや? 今日の海は荒れて危険やから出航は禁止されてるはずやで!」

 

「そ、それはその……」

 

 男はバツの悪そうな顔で顔を逸らした。男の視線の先、船尾にはクレーンとウィンチ、未使用の漁網と思しきものがある。それを見た黒潮は何かを察したのか、じろりと男を睨んだ。

 

「……まさかとは思うけど、アンタ船びき網漁してたんとちゃうやろな」

 

「うぐっ、そ、それは……」

 

 どうやら図星らしい。黒潮は苛立ちを隠そうともせず、ありったけの大声で怒鳴った。

 

「どあほ! この海域での船びき網漁は条例で禁止されてるやろ!」

 

「す、すみません! すみません!」

 

 男は卑屈そうな態度でしきりに頭を下げた。

 

「どういうことですの?」

 

「このボケナスは禁止されとる漁法つこてこそこそ密漁しとったんや。そら今日みたいな天気荒れとる日やったら、他の漁船に見つかる心配もあらへんわな!」

 

「まあ、それはいけませんわね」

 

「まったく……こんな時に紛らわしいことしてくれんなや」

 

『黒潮、聞こえるか』

 

『司令はん、どないしたんや?』

 

『飛鷹から大凡の事情は確認した。現在君たちのいるポイントに保安局の船を向かわせている。時間にして約十五分。それまでは現在地でその漁船を保護した上で待機してくれ。念の為、警戒態勢の間無線は繋いでおく』

 

『りょーかい』

 

 二階堂との会話を終えると、黒潮はため息を漏らした。

 

「保安局の船が来るまではここで待機や」

 

「はぁ、このままじゃいつ見つけられるか分かったものじゃないわね」

 

「ここで苛立っても仕方ありませんわ。それよりも今はこの船の安全を――」

 

 熊野の口が固まった。彼女の艤装に取り付けられたレーダー、特定の周波数を感知する二十二号電探は異物の反応を警鐘すると、右腕に取り付けられた小型端末にその座標・距離・速度が精緻に伝えられた。

 

「電探に感あり! ここから北西約一キロ、速度は約十五ノット、敵ですわ!」

 

『クラスは?』

 

「現示の周波数からして、恐らく駆逐イ級かと」

 

 黒潮は声を上げた。

 

「司令はん!」

 

『黒潮・熊野、戦闘用意だ』

 

「了解や」

 

「了解ですわ」

 

 二隻が砲弾を装填、戦闘態勢に切り替える中、たった一人戦闘指示を受けなかった飛鷹は困惑した表情で二階堂に訊ねた。

 

「て、提督! 私も……」

 

『出撃前にも言ったはずだ。飛鷹、君の戦闘は認めない』

 

 分かっていた。これは最初から分かっていたことだ。だが、飛鷹はここで引き下がれなかった。

 

「でも!」

 

『これ以上同じことを言わせるな。次は無いぞ』

 

『でも……』

 

 溢れる感情を押し殺すような声で飛鷹は呟いた。何故、自分だけ駄目なのか。

 

 今回の出撃において、飛鷹は全面的に戦闘を許可されなかった。

 

『熊野、敵の到着までは』

 

「二分八秒かと」

 

「弱ったな……ただでさえこの船守らなあかんのに、こんだけ海荒れとったら下手に動かれへんで……」

 

『熊野・黒潮両艦は二手に分かれて前へ出ろ。熊野は牽制砲撃。相手が怯んだところで黒潮は魚雷を発射しろ』

 

 二隻は二階堂の指示を受けると、駆逐イ級と向かい合う形で前に飛び出した。が――

 

「波がさっきよりも荒れてきとる。このままやと砲雷撃どころか、真っ直ぐ近づくことすら出来ひんで!」

 

「まずいですわ。敵、進路を左へ大きく迂回!」

 

「くそっ!」

 

 二隻は駆逐イ級の動きに合わせて進路を左へ移そうとするが、高く盛り上がる荒波がそれを許さなかった。

 

「あかん! このままやと間に合わへん!」

 

「漁船に激突してしまいますわ!」

 

『二人とも、一度漁船のある場所へ戻れ。体制を立て直す』

 

「でもそれをしたら漁船のすぐそばで戦闘行為が――危険すぎますわ!」

 

『どのみちこのままじゃ間に合わない! 急ぐんだ!』

 

 二隻は波に足を取られないよう、最新の注意を払いながら急いで船にもどる。ところが、まるでそれを察知したかのように、駆逐イ級は速度を上げた。このままでは駆逐イ級の方が先に漁船に到着してしまう。

 

「あかん! 間にあわへん!」

 

 駆逐イ級の放つコバルトグリーンの眼光が漁船のすぐそばまで来たその時、漁船の後方から駆逐イ級を照らす白い光線が走った。

 

 薄暗い曇天の海で、その光は大いに目立ち、敵にも味方にもその位置をあけすけに知らせた。

 

 光源であるそこにいたのは、艦娘専用のサーチライトを手に持った飛鷹。

 

「こっちよ! かかってきなさい、化け物!」

 

 飛鷹の挑発に乗ったのか、それともただ光に反応し、光源たる彼女に注意が向いたのか。理由は何であれ、駆逐イ級は注意を漁船から、その離れた後方にいる飛鷹へと向けた。

 

 生物とは思えない、鉄を擦り合わせたような金切声を上げ、駆逐イ級は飛鷹へと舵を切り、一直線に飛鷹目がけて突撃した。

 

「飛鷹はん!」

 

 黒潮の悲痛な叫びが聞こえる。無理もない。二階堂から戦闘行為の禁止を受ける以前の問題として、至近距離の敵に対し空母はそれを防護する術を持ち合わせていない。おまけにこれだけ荒れた天候で緊急発艦など不可能だ。

 

 つまるところ、飛鷹には今目の前で襲いかかる駆逐イ級に対抗する術のない、丸腰同然の状態。

 

 駆逐イ級の口が大きく開き、口内から黒い砲身の五インチ単装砲飛び出す。砲身は飛鷹の姿を捉え、轟音と共に、鉄の巨魁が唸りを上げて飛び出した。

 

 数発の砲撃音。無線からは悲鳴のような叫びが飛鷹の名を呼ぶ。

 

 だがその声すらも、目の前で立ち上がる水柱と降りかかる瀑布が掻き消した。

 

 音、爆風、飛沫。仲間の声を掻き消したそれらは、しばらくして飛鷹の意識さえも暗闇の中へと突き落とした。

 

 

 

 

 

 二時間前。艦隊出撃の命令を受けてから暫く。

 

 執務室に飛鷹の怒鳴り声が響いた。

 

「私だけ待機!? どうしてよ!」

 

 納得のいかない命令に飛鷹は二階堂へ喰ってかかった。

 

「現在神島を含む一帯の海域に爆発的な低気圧が近づきつつある。あと数時間もしないうちに海は時化に入るだろう。そうなれば艦載機の発艦は困難だ。航空母艦である君はただの動く的になる」

 

「そんなことないわ! 多少の雨風くらいで発艦できないほど、私の艦載機は柔じゃない! 練度だって十分にある!」

 

「たしかに、君の戦績プロファイルを見た限り、艦載機運用能力には目を見張るものがある」

 

「だったらどうして――」

 

「リスクが高すぎる。例え君の能力が高くとも、敵の勢力が未知数である以上、通常以下の能力しか出せない君を連れて行くわけにはいかない」

 

「で、でも! 敵の規模も数も分からないんでしょう? だったらなおさら少しでも戦力はあった方が……」

 

「未知数の敵相手にまともな攻撃も出来ない奴を出撃させてなんの意味がある」

 

「そんなことない! 私は足手まといなんかじゃないわ!」

 

 あまりにしつこい飛鷹に対し、二階堂はため息をついて訊ねた。

 

「君はどうしてそこまで戦場に拘る?」

 

「そこが私にとって、唯一の居場所だからよ」

 

 唯一の居場所。

 

 戦場が居場所。そんな台詞を人間は、兵士は吐かない。兵士には帰る場所がある。だから護るために戦える。なら、護るモノすらなくただひたすらに敵を殲滅する者は一体何なのか。

 

 それは兵器。血塗られた、ただひたすらに生命を略奪する虐殺の機関。

 

 目の前の少女は人間ではない。兵士でもない。兵器の記憶を持ち、兵器であることを望み続ける純然たる兵器。彼女は、自らが人間であることを否定し、兵器であることを望んだ。

 

「条件がある。万が一、戦闘状況に際した場合、君は安全圏まで離脱しろ。索敵を含む発艦行為も一切認めない。目視による敵影の発見のみが君の任務。これが条件だ」

 

「分かったわ。それでも、私は構わない」

 

 彼女は頷いた。何故なら、自分は兵器であるのだからと。

 

 

 

 

 

 身体が怠い。

 

 暗闇の中最初に抱いた感情は酷く曖昧で消極的なものだった。

 

 もうしばらくこのままゆっくりとしていたい。そんな思いとは裏腹に意識は水面へと浮かび上がる。やがてぼやけた光が差し込むような光線となって、視界に飛び込んでくる。

 

 そこは白い世界だった。白い天井に白いシーツ。遠くの方でアブラ蝉の鳴き声が聞こえた。左手に見えた古びた窓ガラスには、大きな入道雲と青空が映り、そこから差し込む初夏の熱い日差しが色あせた木製の床を白く反射させている。

 

 重い瞼をゆっくり持ち上げた飛鷹は思ったことをそのまま口にする。

 

「ここは、どこ?」

 

 掠れるような小さい声だったはずだがそれを聡く聞きつけた人間がいた。

 

「ここは医務室ですわ」

 

 声のした方へ視線を移すと、視界の端にこちらを覗き込む熊野の顔があった。

 

 しばらくの間彼女の顔をぼうっと見つめ、そしてようやく全てを思い出すと緩んだ表情が一気に険しくなる。

 

 そこからの動きは早く、飛鷹は自身の使命を思い出し現状を確認する。彼女は医務室のベットの上で寝ていた。現状を理解すると、自身の身体が未だ五体満足に現存し自由があることを確認しベッドの上に起き上がった。

 

 起き上がりついでに熊野に訊ねる。

 

「敵は! 深海棲艦はどうなったの?」

 

 喰いつく飛鷹に対し熊野は呆れながら答えた。

 

「漁船は無事ですわ。深海棲艦も私たちで無事撃破しました」

 

「よかった……あいつらを殺せたのなら、何も心配ないわ」

 

 飛鷹が安堵の息を漏らしていると、病室であることもお構いなしに勢いよく引き戸が開かれ、無遠慮な大声と共に黒潮が医務室にやってきた。

 

「ふー熱い熱い。飛鷹はん起きとるかー?」

 

 夏場でも着込んだ制服に手袋というはたから見ても暑苦しい恰好をしている黒潮は、冷房の効いた医務室の涼しさに顔を綻ばせる。

 

「あなたねぇ……病室なんだからもうちょっと静かにしなさいよ」

 

「別にええやろ。今ここにおるんうちらだけやし。それにその様子やと怪我も大したことなさそうやしな」

 

「おかげさまで。ところで提督は?」

 

「今呼んできたところや。もうすぐくるんとちゃう?」

 

 黒潮がそう言ったすぐ後、二階堂は医務室にやってきた。

 

「あら、提督」

 

「無事だったか?」

 

「ええ、心配かけてごめんなさい。でも特に問題は無いわ。この通り、身体も無事よ」

 

 そう言って飛鷹は二階堂の前に拳を開いては握りを繰り返してみせた。

 

「医官の方も問題は何もないと仰っていましたわ」

 

「そうか。だが念のためあとで検査は受けておけ」

 

「あなたも心配性ね。別にこの程度、なんとも無いわ」

 

 笑顔で軽く受け流す飛鷹に対し、二階堂は何も答えず、ただじっと彼女を見つめた。いつもであれば、目つきが悪いや、戦艦級の眼光などと言って笑い事で済ましているが、この日、二階堂の様子はいつもと違った。

 

 明らかに普段とは違う毛色の雰囲気を放っている。殺気立つとは違うが、それは明らかに『怒り』に分類されるモノだ。そしてそれを真っ先に察したのは黒潮だった。

 

「飛鷹はん」

 

 黒潮はそれ以上何も言わず、ただじっと飛鷹を見つめた。

 

「え、どうしたの急に……」

 

 いつもと違う様子に違和感を覚えていた飛鷹は黒潮の一言で困惑を抱く。

 

「飛鷹。もう一度言う。検査を受けろ。これは『命令だ』」

 

「命令って、そこまで強く言わなくたってちゃんと受けるわよ」

 

「あと君に言っておかなければならない事がある。昨日の出撃で、我々部隊は深海棲艦の討伐に成功した」

 

「それはさっき熊野に聞いたわ」

 

「それともう一つ。君に一週間の謹慎処分を言い渡す」

 

 二階堂の思わぬ発言に飛鷹は耳を疑い茫然した。

 

「……どういうこと?」

 

「言葉の通りの意味だ。君は今日から一週間、出撃・訓練等の軍事活動は一切禁止。その間自室での待機を命じる」

 

「そんなこと分かっているわよ! そうじゃなくてどうして謹慎処分なんて受けなきゃいけないのか、その理由を聞きいているの!」

 

「俺は出撃前君に一切の戦闘行為は認めないと言ったはずだ。だが君はそれを破り、直接攻撃ではないとはいえ陽動として戦闘行為に参加した」

 

「あの時私がサーチライトで敵をおびき寄せていなかったら漁船は攻撃されていたかもしれないのよ!?」

 

「ああ、確かに君の言うとおりだ。あの時君が敵をおびき寄せていなかったら船は沈んでいたかもしれない」

 

「だったらどうして!」

 

「だったらどうして作戦の立役者である私が謹慎処分なんて受けなければいけないのか――とでも言いたかったか? 自惚れるのも大概にしろ。君は自分が何をしたのか自覚しているのか? ここは軍隊だ。上官の命令にも従えないような奴は軍隊に必要ない」

 

「……なによ、その言い方」

 

 飛鷹の声は怒りに震え二階堂を睨みつけた。

 

「それはこちらの台詞だ。まさか正義のヒーローにでもなったつもりか? 冗談でも笑えない。軍隊に英雄は必要ない。必要なのは命令に忠実な駒だ」

 

「だったらあなたはあの船の人間をどうするつもりだったの? 見殺しにでもする気だったっていうの!? 国を護るべき軍人が国民を見捨てるとでもいうの!?」

 

「清々しいほどの論点のすり替えだな。確かに国民を護ることは軍人に課せられた最大の義務だ。だがそれは『守れるだけの力を備えていた場合』の話だ。あの時、君は丸腰同然の状態だった。あの距離からでは攻撃はおろか、艦載機の発艦もままならない上に、君は近接戦闘の兵装を持ち合わせていない。

 

 はっきり言って自殺行為だ。蛮勇と勇気は別物。そして君のしたことは自身の行動に正統性を持たせるために、尊ぶべき国民を利用した、軍人の誇りを唾棄する愚行だ」

 

「もし間に合わなかったら、あの船をどうするつもりだったのよ」

 

「当然最善は尽くす。船が沈んでも中の船員を助けることは不可能ではない」

 

「だったら! 敵の攻撃で全員死んだらどうするつもりだったのよ!」

 

「間に合わなければ、それは俺たちに彼らを救うだけの力が無かったというだけのことだ」

 

「もういい」

 

 今まで二階堂に溜まっていた不満や鬱憤が爆ぜる。飛鷹は小さく呟くとベッドから降り立ち、脇に掛けられていたいつも着ている白いジャケットを乱雑に取ると、二階堂の横を通り過ぎた。

 

「あなたは提督じゃない。私はあなたを――認めない」

 

 そう言い残し、誰とも顔を合わせることなく飛鷹は医務室を後にした。

 

 

 

 




お久しぶりです。暫くの間、試験勉強に専念していたもので投稿に少し時間が空きましたが、次回以降はもう少し早く投稿出来ると思います。
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