7 戦闘状況、開始
高高度約一万メートル上空。戦術輸送機C―130に西日が差す機内、艦娘の艤装技師、大宮善十郎は慣れない機内での作業に辟易のため息を漏らした。
AIFOSSの確立から八年。艦娘専用の特殊ユニット《艤装》の開発から早五年が経過した今も、深海棲艦の跳梁跋扈により兵士も資源も著しい不足を見せている。そしてそれは技師である彼らにとっても変わりは無い。
艦娘が艦娘である要因に上げられる艤装。しかし艤装も他の兵器同様メンテナンスが必要だ。当然、担当の技師も必要とされる。まして艤装はその性質上消耗が激しく、長期戦にもつれ込んだりすれば、こちら側が不利になるのは火を見るより明らかである。だからこそ、艦娘の戦場には必ず担当の技師が同行する必要があった。
ある意味艤装技師というのは、人間の中で最も深海棲艦に近い場所で働く存在であるとも言える。それ故に、その死亡率も他の技術職に比べ格段に跳ね上がり、昨今のブラック企業も真っ青な事故件数を弾き出していた。
そしてそんなただならぬ職場で働く人間というのは、その人間自身もただならぬ場合が得てして多い。
例えばそう、大宮のすぐ後ろで艤装のバイタルチェックを行っている部下の斉藤は、元々違法な自動車改造業者であり、正規不正規を問わず様々な依頼をこなしていたところ、法務局に目を付けられあわや牢屋行というところで海軍に拾われた。
そしてもう一人、雷装の接触反応率の微調整を行っている金岡も、元はヤクザ組織の武器部門下請け担当として数多の武器の密輸入・改造を行っていた。彼もまた、とある機を境に法執行機関に拘束されていたところを海軍技研にスカウトされ、再び娑婆へと返り咲いた。
とはいっても、罪を放免された代償が砲弾飛び交う死地が職場となれば、まだ牢屋の中にいる方がマシだという人間も多い。しかしこの二人に関して言うのであれば、彼らは自ら死地で働くことを選択した。
大宮は作業ツナギの胸ポケットから煙草を取り出すと火をつけ一服する。
「大宮はん。機内は火気厳禁やろ」
そう目敏く注意してきた少女を、大宮はティアドロップのサングラス越しに一瞥する。
少女の名は黒潮。正確には艦名であって、本名ではないらしいが、そんなことは大宮にとって些末な話だ。
現在黒潮の身体は身の丈の三倍近い大きさの、黒い合成樹脂性のポッドの上に腰かけている。そんな彼女を見て大宮は浅黒い肌に刻む皺の本数を増やす。
「おい嬢ちゃん。一応そいつは技研からの預かりものだ。まして戦場に初投入する新型なんだ。不用意な扱いは避けてくれ」
黒潮は自身が腰を降ろすポッドに視線を下ろした。
「まるで棺桶やな」
「縁起でもねえこと言うんじゃねえ」
大宮の声色に怒気が含まれる。ただでさえ低い声も相まって、一見すれば堅気の人間には見えないだろう。
「俺たち技師は仮にもあんたら艦娘の命を預かっているんだ。ただでさえいつ死ぬかも分かんねえような戦場で、整備不良で死にましたなんて話はシャレになんねえ。そんな寝覚めの悪い話は冗談でもやめろ」
「ごめんごめん。相変わらず大宮はんは恥ずかしがり屋やなぁ。素直にうちの事が心配やって言ってくれればええのに」
「やかましい。誰がオメエみてえなクソガキの心配なんぞするか」
「ガキとちゃうわ! うちかってもう立派な大人やで。アダルトや」
「乳臭ぇ餓鬼の癖に馬鹿なこと言ってんじゃねえ」
「そうだよ、黒潮。ここはもう戦場なんだから少しは気を引き締めなきゃ」
そう言ってポッドの後背部からひょっこりと顔を出したのは、ツインテールの金髪に琥珀色の目をした、大凡日本人離れした容姿の少女。
駆逐級睦月型五番艦、艦名《皐月》。
今回の合同作戦で同じチームを組むことになった第七特殊戦術部隊の一員だ。
「そうでしょ、おじさん?」
皐月は年相応の屈託のない笑みを大宮に向ける。
そんな皐月の態度に大宮はぎょっとすると、どこか余所余所しい様子で皐月から目線を逸らす。そんな大宮の様子を見て皐月は不思議そうに小首を傾げた。
「ボク、何か変なこと言ったかな」
「気にせんでええよ。いつものことや。大宮はんは見かけの割にシャイな可愛いオッサンやからな」
「えー、なにそれ、へんなの」
皐月の上機嫌な笑い声に相対するように大宮の声が低くなる。
「減らず口を叩いている暇があるんならさっさと艤装の着装準備に入れ。熊野嬢はとっくに始めているぞ」
「そんなあわてんでも敵さんは逃げへんってー」
「次余計なこと言ったら着装時のメディカルアップ時間を倍に伸ばす」
「うっ、それは流石に横暴とちゃうか……」
メディカルアップは艦娘にとって地味に体力を消耗する上、機械と神経をリンクさせる為、いくら慣れた艦娘といえどその感覚が不愉快であることに変わりはない。
黒潮は渋々備え付けられていた艤装着装専用の座席に腰を降ろすと、ぶつくさと文句を告げる。そんな一連のやり取りをみた皐月は意外に思い質問する。
「ねえねえ、おじさん」
「俺には大宮という名前がある」
「じゃあ大宮おじさん!」
屈託のない笑みでそう呼ぶ皐月に対し、大宮は露骨に嫌そうな、相手し辛そうな苦々しい顔になる。後ろで黒潮の笑い声が聞こえるが無視だ。
「何の用だ」
「大宮おじさんって黒潮の担当技師なんでしょ?」
「それがどうかしたか」
「いやね、ボクのところもそうなんだけど、普通艦娘と担当技官ってあまり会話しないものじゃない? 艦娘の情報流出の恐れとか色々。公には規定されていないけど、所謂暗黙の了解って奴。なのに黒潮とは仲良しだからちょっと不思議だなって」
「大宮はんの場合はウチのお喋りに付き合ってくれてるだけや。だってこの人、見るからにお喋り好きって顔とちゃうやろ?」
「あー、なるほどなあ」
「まあ確かに下手に艦娘に肩入れし過ぎんように、技師ですらあんまりうちらと関わり持とうとする人間はおらんよ。そういう意味でも大宮はんは稀有な人間かもしれへんなあ」
「その結果がこんな僻地への左遷だがな」
聞こえないようそんな愚痴をこぼす大宮に斉藤・金岡技師が声を掛ける。
「おやっさん! 艤装のバイタルチェック完了しました!」
「こっちも雷装の点検OKです!」
「よーし、それじゃあお前ら、これから艤装の着装準備に入る。いつもどおり気を抜くな、ここからは俺たちの戦場だ!」
「「了解です!」」
大宮の掛け声で整備技師たちは慌ただしく動き始めた。
「ほな、うちらもそろそろ準備にいこか」
「そうだね」
ふと、黒潮は大宮が腕時計と睨めっこしている様子に目が行く。相変わらずの気難しい頑固な顔であるが、長年この男と付き合いのある黒潮にはその僅かな表情の揺らぎが見て取れた。
「やっぱり、あの子が不安なんか?」
黒潮は大宮の腕時計を覗き込みながら訊ねた。時計の針は十七時を指そうとしていた。間もなく、第三次波状攻撃作戦が開始される。手始めに制空権を奪取するべく抜錨するのは空母である飛鷹だ。
「飛鷹に関しては何も心配するこったねえ」
「お姫さんのこととは一言も言うてへんけど」
「……うるせえよ。あいつももう立派な兵器だ」
「まあ、あの司令はんがおるなら大丈夫やろ」
「えらく信頼しているんだな。あの男のこと」
「なんや、大宮はんは信用してへんのか?」
「さあな。ウチへ来てたかが三か月程度の若造に信用も何もねえよ」
そう言って大宮は西日の差す窓から下界を覗き込んだ。
下界、相模湾を抜けた洋上を、一隻の輸送艦と三隻のミサイル巡航駆逐艦が隊列を組んで並行している。
同時刻。《おおすみ型輸送艦四番艦しれとこ》
現在ウェルドック内部には普段搭載されているLCACは全て下ろされており、それと変わって奥部中央には人一人が腰かけられる鋼鉄の椅子と、そこから伸びる数多のチューブが各所機器類計器類と接続されている。
そしてその中央、鋼鉄の玉座に鎮ずるのは航空母艦・飛鷹。
彼女の背面、腰には彼女の身体に直接取り付けられた重い色の鋼の接続口から一本の太い管が伸び、その他数本首筋、手首からも細い管が伸びていた。
まるでSF映画のようなその奇怪な光景はまさに生きた兵器を体現するかのようである。
鋼鉄の玉座を中心に、艦内ウェルドックの作業員たちはこの時間一番の慌ただしさを見せていた。
「艤装着装準備完了しました!」
『ではこれより艤装着装に入る』
「艤装着装開始!」
作業員の掛け声と共に背部に取り付けられていたが外され、今度はそこへ艦娘の艤装が取り付けられた。
「コンタクト完了。これより艤装リンクを開始する」
機器類が低い唸りを上げると同時、飛鷹の顔が僅かに歪む。これまで何百何千と繰り返してきた着装だが、何度繰り返してもこの感覚だけはどうにも慣れなかった。
ほんの一瞬、脳の奥に一本の針がちくりと刺さる感覚。
このほんのわずかな痛みの中に、言葉にし難い何かが入り込むのを明瞭に感じていた。それは重ねるごとに蓄積され、やがては内面から自我を蝕むようなそんな恐怖となる。
初めて艤装を装着した時、飛鷹はその場で胃の中の物を全て吐き出した。
感じたのは芯から伝わる寒気・言葉に出来ない嫌悪感。言葉に出来ないこの何かを敢えて言葉にするのならそれは恐らく『死』なのだろう。
死は徐々に蓄積されていく。そんな恐怖が飛鷹の心を狂わせた。
だが逃げられなかった。幸か不幸か彼女には適性があった。そして彼女自身が自ら人の道を捨て、兵器に生まれ変わることを選んだ。
あの日、彼女が全てを失い、艦娘であることを選んだあの日から、既に彼女は死んでいたのだろう。
「……戯言よね」
「あの」
不意に作業員に声を掛けられた飛鷹は少し上ずった声で答える。
「どうか、した?」
「そちらの兵装は既定のものには無いと思うのですが……」
作業員が指さしたのは、飛鷹が腰に巻いた革製のホルダーとそこへ収められた対深海棲艦用のナイフ。
「別にいいのよ。これは。上官命令で携帯しているものだし」
「は、はあ……」
曖昧な表情の作業員に飛鷹はワザとらしい笑顔で答えた。
「なんなら確認取る? うちの提督に」
「いえ……御気になさらず」
気まずそうな雰囲気をかもした作業員はそれ以上何も言わず一礼した後再び持ち場へと戻っていった。
「はぁ、こんな時に何やってんだろ私」
ぼやくように一人ごちていると、ウェルドックの二階廊下から飛鷹を呼ぶ大声がした。
「飛鷹、なにかあったのか?」
もしかして見られていたのだろうか? 突然声を掛けられた動揺で心の均衡が崩れそうになる。そんな飛鷹の心の波に反応してか、計器が不安定な針の動きを見せ、整備員の不穏な視線が彼女に集まる。
「なんでもないわ!」
「そうか、ならいい。俺はこれから作戦指揮本部へ戻る。以降の連絡は全て無線で行え。チャンネルは作戦指揮分所『五』に合わせるんだ」
「了解よ」
『これより出撃シークエンスに移行する。ウェルドック内の作業員は直ちに退避せよ。繰り返す。これより航空母艦飛鷹の出撃シークエンスに移行する。ウェルドック内の作業員は直ちに退避せよ繰り返す――』
しばしのアナウンスの後、「艦尾ハッチ開放」の号令と共に、薄暗いウェルドック内部にゆっくりとオレンジ色の光が差し込み始めた。
『艤装との多次元リンク、全て九十八パーセント以上を維持』
『AIFOSSリンク。統合戦術システム《イヴ》オンライン』
『主機及び火器、兵装、オールグリーンです』
風と共に海の匂いが飛鷹の顔を撫でるころにはハッチは全て解放され、バラストタンクへの注水が開始された。
「飛鷹、出撃準備だ」
ウェルドック内へ徐々に海水が入り込むと、飛鷹は機器とのコネクトを全て解除し、鋼鉄の玉座より立ち上がった。それと同時に足元へゆっくりと海水が流れ込む。
「それじゃあ、いきますか」
飛行甲板展開用の巻物型兵装を背部にセットすると目を閉じ深呼吸。
自然、身体が浮遊する感覚を得た。主機が正常に作動し、十センチほど浸った海水の上に彼女は立つ。
この時を以て、彼女は一介の少女ではなくなる。
ゆっくりと目を開け、真っ直ぐ、ハッチの先に開けた水平線を見据える。同時ハッチへ向かい一直線に等間隔の赤いランプが二線点灯し、海への道を作った。
『出撃』
アナウンスが響くと同時、ランプは一斉に赤から緑へと変灯する。そして、飛鷹は声高々に叫んだ。
「航空母艦飛鷹――抜錨!!」
輸送艦しれとこから飛び出した飛鷹は一気に速力を上げ、第一戦速で航行を始めた。
「それで、敵の方は今どうなっているの?」
『敵の進行方向速度は依然変わらず。詳しい座標に関しては今そちらへ転送している。それよりも問題は敵の数と動向だ。現在展開している敵空母は五。うち三隻は軽空母、残り二隻は正規空母だ』
「一人で制空権を獲得するにはちょっと厳しすぎる数ね……」
『それは百も承知だ。だから現在戦闘域に置いて、特殊焼夷弾を用いた一時的な行動の封じ込みを行っている。――が、あまり期待は出来そうにもない。――不安か?』
劣勢であるにも関わらず、飛鷹の口元は大きく弧を描いていた。
「いいえ、むしろ十分なくらいよ。これより、航空戦闘に移行します」
速度を五ノットほどにまで抑え、飛鷹は背部にセットしていた縦一メートル近い巻物を取り出すと、右手を前にかざし、勅令の構えを取った。すると右手は紫の炎に包まれ、『カタパルト展開』の掛け声と同時、巻物であったそれはひとりでに展開、真っ直ぐな一枚の板となる。
「第一次攻撃部隊発艦用意」
すると今度は、腰に備えていた専用のホルスターから紙で作られた人型の依代が十八枚現れ、まるで意志を持つかのようにカタパルトの上へ直立する。
カタパルト上に鳥居の形をしたモノグラムが映し出され、飛鷹が「全機発艦!」と声を荒げる。
呼応するが如く、依代たちは鳥居を潜り抜け、紫の炎に包まれると同時、その姿を精緻な艦上戦闘機、はたまた艦攻、艦爆へと変化するとカタパルト上を滑走し、順次発艦していった。
ミニチュアサイズだったそれらは発艦して一気に高度を上がると同時、再び紫の炎に包まれると今度は原寸と変わらぬ大きさに変化していった。
飛鷹は目を閉じると意識を外部から遮断し、内部へと集中させる。
すると艦載機より得られた情報、光学・音響・風圧・風向・湿度・気圧に至るまで全てが彼女の脳内へ入り込む。
艦載機の運用とは艦載機を身体で感じるということだ。
飛鷹の脳内には仮想視野と呼称される外部接続、即ち艤装により拡張された電脳空間が構築されている。
そこへ外部端末である艦載機より得られた情報が集約、その後分析・演算・考証を得た後、母体である飛鷹により各艦載機に指示が下されるという具合だ。正に彼女自身が一つの艦船である。
『敵の艦載機発艦を確認。敵到着予想時間は三百八十秒』
連絡を受けてすぐ、レーダーに敵性反応が表示された。数は二十三。予想より少なかったのは意外にも焼夷弾の効果があったからなのだろうか。
そんな考察をしている内、発艦させた第一次攻撃部隊が敵艦載機の影を捉えた。
「敵影確認! これより戦闘状況に移行します」
『了解だ。状況を開始しろ』
二階堂のGOサインが出たと同時、飛鷹は艦戦十機を先行させ戦闘を開始する。
敵もこちらと同様艦戦を寄越してきたらしい。まあ当然といえばそうかもしれない。だが、やはり相手は所詮海の怪物である。いくら機動性や攻撃性を備えていたところで肝心の運用能力が欠けていれば空飛ぶ鉄塊も同然である。
敵には艦載機を編成させ運用する知性も技量も備わっていない。いくら数が多くても照準すらまともに当たらなければこちらのものだ。
飛鷹は勅令に構えた右手を少しばかり握りしめる。紫炎が大きく揺らめいた。
艦戦はすぐさま敵の後ろを捉えると次々と敵の装甲を機銃で打ち抜いていく。そうしているうち、敵は二十三から一気に十四へと数を減らす。
「とりあえず、半分は削れたかしら」
ところが安息つく間も無く、敵艦戦のうち一機がこちらの後ろを取ろうとしつこく追いかけてきた。
「へえ、中々やるじゃない。でも遅い!」
艦戦はすぐさまその身を翻すと敵の攻撃をかわし急降下。遅れてその後ろを敵は追随するが、敵が降下したときには既に飛鷹の艦戦は上昇を行い、敵は対応する間もなく後ろを取られ機銃の餌食となった。
「他愛ないわね。これならまだ二年前の敵を相手にしている方が手ごたえあったわよ」
『飛鷹、現状を報告しろ』
「敵残り五機。この調子でいけばあと十分ほどでカタは着くかしらね」
『残念ながらそう言う訳にはいかない。観測機より連絡が入った。敵の第二次航空部隊が発艦したそうだ。数は三十。どうやら本気で君を叩き潰しにくるつもりらしい』
「了解。こちらも第二次航空部隊、発艦させます。ようやく戦闘らしくなってきたわね!」
輸送艦しれとこ艦内に設けられた作戦指揮本部は、本作戦の要である特殊戦術部隊を中心に慌ただしい様子であった。
しかし二階堂たち特殊戦術部隊の指揮官である提督たちは、現在を戦闘を行う飛鷹を除いては状況を展開されておらず、緊張のなか殆ど無言というある種奇妙な空気に包まれている。
飛鷹が戦闘状況に突入してから一時間弱。多勢を極めていた敵艦載機も飛鷹たった一人が殆ど損害を出すことなく抑えるという完封勝利を収めた。
多少の歓声はあったものの、未だ油断はならない状況である。敵が第三次を発艦させるよりも早く、敵艦隊へ爆撃を仕掛け制空権を確保する必要があった。
二階堂は飛鷹との通信を終えると小さくため息を漏らす。すると後ろから二階堂に声が掛けられた。
「うん、君のところの娘、とても優秀だな」
二階堂が振り向くとそこに立っていたのは四十手前といったところの顎髭を蓄えた男。
「あなたは……」
「申し遅れた。俺は第一特殊戦術部隊の総指揮官を務めている大岡大佐だ。厚木ではうちの高雄が世話になったね」
「自分は第二十特殊戦術部隊の指揮官二階堂中尉です。お会いできて光栄です大岡大佐」
「悪いね、こんな時に」
「いえ、そんなことは」
「本当を言えばうちの部隊も参入させてやりたかったところなんだが、何ぶん主戦力はみんな出払ってしまっててね」
「南シナ海遠征、ですか?」
「ここだけの話、俺は今回の作戦特殊戦術部隊は反対だったんだよ。いくらあそこが敵の巣だからといって、今の情勢で主戦力の大半を集中させて遠征なんて普通はあり得ない話だ」
「……政治、ですか?」
大岡は少し驚いた様子で二階堂を見る。
「君は見かけによらず――ゲフンゲフンいや、失礼。高雄君から君の噂は聞いていたから。だが実際に会ってみれば中々察しがいい男のようだ」
「光栄です」
「君の言うとおり、こいつは政治の問題だ。上層部は今秘密裏に行っている南シナの作戦が成功すれば、それを大々的に報じる腹積もりだった。もうすぐ始まる衆院選には軍部出身の人間が何人かいてね。今情勢が不安定なこの時期に発破を掛けて、一気にのし上がろうという腹積もりだったんだろう。だが結果は見ての通りだ。己の欲の為に敵を利用しようとしたその結果、とんだしっぺ返しを食らっている。多大な犠牲を伴ってね」
大岡は自嘲気味にそう答えた。きっと彼は彼なりに作戦を反対すべく尽力したのだろう。といっても、結果は失敗であり、その失敗はより最悪の結末を迎えようとしていた。
「今自分に出来ることは目の前の敵を殲滅し、彼女たちが無事に帰還することを祈り最善を尽くす。それだけです」
「ははは、やっぱり海兵部隊出身といったところか。他とは言うことが違うな。君は実に面白い。ところで話は戻るが、彼女、飛鷹は君が育てたのかね」
「いえ、自分はまだ着任して三か月程度です。洋上戦闘に関しては自分より彼女の方がプロフェッショナルかと」
「そうだったのか。いや、てっきり君が彼女に何かしたのかと思っていたんだけど」
「……どういう意味です? 自分も飛鷹のプロフィールは事前に確認していますが、彼女は非常に優秀です。学舎も主席で卒業していますし、配属後もうちへ来るまでは主力部隊に配属されていて撃墜数も正規空母に引けをとらないとありましたが」
「なんだ、てっきり知っているものだとばかり思っていたが君は知らないのか? 彼女が今の部隊へ配属された理由を」
「何度か本人へ確認しようと試みましたが、……その度彼女にはぐらかされていまして。訊ねようにも、その、……どう接すればいいのか自分にはよく分からず」
「なるほどねえ。じゃあ彼女は自力で復帰したということなのか」
「すみません。お言葉ですが、自分には一体何がどういうことなのかさっぱり分からないのですが」
「ああ、すまないね。君は今自分が所属している第二十特殊戦術部隊が一体どういった場所かは知っているか?」
「どう、と言われましても、横須賀基地隷下神島基地隊にある――」
「そうじゃない。君の部隊が皆に何と呼ばれているのかだ」
二階堂は眉を潜めた。
「さぁ、自分にはさっぱり。ただ初めて庁舎を訪れた時に思ったのは、どこか周囲から煙たがられている、ということでしょうか」
「概ねそんな所だ。最果ての鎮守府。略して最鎮なんて言われているよ。なにかしら問題のある提督や、処遇に困る、不都合な艦娘なんかが最後に飛ばされる場所さ。正に窓際一族。兎にも角にも面倒な連中を一手に押し付ける場所が必要なのはどこの世界も一緒ってこと」
「そんな所に、なぜ彼女が……」
「おいおい、そこはまず自分が何故そんな場所に飛ばされたのか気にするところじゃないのか」
「自分はあくまで海兵部隊からの預かり物です。今更どこでどんな処遇を受けようと変わりはありません」
「君があそこに飛ばされた理由は、それ以外にも色々とあるんだが……今はよしとしよう。それよりも飛鷹のことだったね」
「よろしければお聞かせ願います」
「実はね彼女。君のとこへ配属される前の部隊で仲間を一人沈められたんだ」
「沈めるというのは……」
「もちろん沈めた相手は深海棲艦さ。ただ彼女は自分に責任があると思っていた。当然轟沈自体は左程珍しいことじゃない。何せ相手は人類そのものの敵である深海棲艦。人間ですら死体で島が出来るほど死んでいるのに、艦娘だけが死なないなんてことはあり得ない話さ。現に艦娘は兵器だし、当然ストック用の人員だって何百人と確保されている。あ、今の内緒ね。一応これ書架の第三級アクセス規定に含まれる内容だから」
「では、何故飛鷹は」
「彼女ね、自分の同型艦の子を沈めたんだよ。《飛鷹型航空母艦隼鷹》は彼女にとって唯一無二の親友で、そのショックも相当だったらしい。何せまともに海へ出る事すら出来なかったんだからね」
驚いた二階堂は目の前に並ぶディスプレイの一つに映る飛鷹の姿を捉えた。
「とてもじゃありませんが、想像できません」
「だろうね。私だって今の彼女を見るのは驚きだ。いくら兵器といえど艦娘もその本質は私たちと同じ人間だ。心の病に侵され苦しむことだってある。艦娘のPTSDに関する問題は今も避けては通れない大きな課題の一つだが、彼女は特に重症だったと聞いている。私も直接確認したわけじゃないが何度か自殺未遂も行っていたそうだ。だから余計、あそこまで回復しているのは内心驚いたというか」
「……そういう、ことですか」
二階堂も、仲間を失う苦しみに関しては、よく理解できる。
海兵部隊時代、何度も死にそうな経験は味わってきた。惨いという一言で済ますには凄惨過ぎる死に方をした仲間も数多く見てきた。今でもその光景は、呪いの如く瞳に焼き付き離れることはない。
二階堂がこうして日常生活を送り、任務に支障をきたしていないのは、過去に受けた特殊な訓練や薬物の投与によるものだ。
『自分たちは兵器である』
彼女のこれまでの言動の一端を少しだけ理解出来た気がする。
そんなことを考えていると、飛鷹より敵艦隊への爆撃に成功したという旨の連絡が入った。
だが敵艦隊に爆撃をしたとはいえ、肝心の戦況は一向に変わる気配を見せなかった。制空権奪取後、航空爆撃を仕掛けたものの、敵艦艇群の進行阻止にまでは届かず、未だ五隻のステルス艦艇群、戦艦及び重巡、そして一部の高速巡洋艦は健在であり、なおも本土へ向けて北上を続けている。
『これよりプランBへ移行する。飛鷹、頼んだぞ』
「了解」
飛鷹は数機の偵察機を再び発艦させると敵艦艇群の上空へと向かわせた。
『ではこれより発煙を開始する』
二階堂の合図と共に、偵察機からまるで瀑布のような白い煙が立ち込め、敵艦艇群を覆うように煙幕は広がっていった。
《――スモーク・ブイの投下及び発煙完了。間もなく敵艦艇群煙幕内へ突入します》
海軍支援機の無線から間もなく、敵艦艇群は煙幕内へと突入した。
《――煙幕内部の様子はどうなっている?》
《――現在赤外線カメラで確認中。ですが速度は明らかに落ち込んでいます。予想通り内部は混乱しているものかと》
《――了解した。ではこれより『空挺作戦』を開始する》
戦況は新たな局面を迎えようとしていた。
「しっかしまあ、技研の人らもどえらいこと考えよったなあ。まさか混乱してる敵陣のど真ん中に船を空から落っことすなんて発想、普通は思いつこうとも思わんやろ。これ考えた奴絶対ラリッとったで」
「馬鹿なこと言ってねえでさっさと準備しろ。そもそも嬢ちゃんらは船つったって人間と同じ大きさじゃねえか」
そんな他愛もないやり取りをしながらも、黒潮は着々と空挺の準備を整えていた。
既に第七特殊戦術部隊の皐月は、艤装の着装及び抜錨準備を整え、空挺用ポッド内に収まっている。同じく別機で待機中の熊野、そして第七特殊戦術部隊の朝霜も準備を終えていると報告が入った。
「ほれ、最後はお前だけだ。さっさとしろ」
羽虫でもはたくかのようにしっしと手払いをした大宮は、黒潮にポッドへの搭乗を催促させる。
「ほな、大宮はん。行ってくるわ」
「まあ、せいぜい死なねえ程度にがんばれや」
最後のお見送りといったところだろうか。それまで作業ばかりで殆ど言葉を交わしていなかった斉藤技師と金岡技師も挨拶に来た。
「黒潮さん。気を付けて下さいね」
「くれぐれもお体は大事にしてください」
「もー、毎度毎度そない気ぃ使わんでもええって。言われてるこっちが恥ずかしいわ」
「ですが自分たちには、これくらいしか出来ることがありません。無事で帰ってきて貰わなければ、誰が傷心したおやっさんの面倒なんてみればいいんですか!」
「まったくです。こんな無下なこと言っておきながら内心滅茶苦茶心配してるんすよ。そんなんだから奥さんとも上手くいかないんです」
「……おめえら、あとで分かってるな?」
ドスの効いた声で睨みつけられた斉藤と金岡は悲鳴を漏らすが、黒潮は愉快そうに笑った。
「大宮はんがシャイなんはいつものことやろ。でも、ありがとな」
「「黒潮さん……」」
これから死が蠢く場所へ身体一つで乗り込むというのに、いつも通りの笑顔を振りまく少女に斉藤と大宮は涙声になる。
「けっ、そういうことは帰ってきてから言え。艤装とポッドとのシステムリンクは終わっている。あとは《イヴ》の戦術システムを通じて自動で落下予測地点を演算するから敵を避けて着水してくれるはずだ。嬢ちゃんたちは空挺が終わるまで何もするこったねえ。入水してから浮上したあとは自動でポッドから排出される。嬢ちゃんたちの仕事はそこからだ」
「りょーかいりょーかい。ほな、行ってくるわ」
「お嬢、気を付けて!」
「御武運を!」
むさくるしい男たちの声援を受けながら、黒潮はほんの少し恥ずかしそうに薄暗い棺桶の中へと入っていった。
完全にポッドの解放口が閉じられたあと、微かに外から技師たちの慌ただしい声が聞こえたが、それもすぐに別の音により掻き消される。
黒潮が中へ入ったことにより、生体反応を受信したポッドは起動プログラムを立ち上げ、内部は駆動音と個体認証の確認音声に包まれた。
『やさしいんだね、みんな』
不意にそんな声が脳に直接響いた。皐月の声だ。おそらくポッドのネットワークを介し、ポッドとリンクさせている艤装回線を通じて話しかけてきているのだろう。
『あんなもん、こっぱずかしいだけや』
『でも黒潮、嬉しそうだったよ』
どうやら皐月は外部カメラを使用して覗いていたらしい。
『黒潮はさ、なんの為に戦っている?』
『そらまた難儀な質問やな』
『そんなことないよ。黒潮にだって護りたいものはあるでしょ? ぼくはね、仲間の為。同じ第七特殊戦術部隊、睦月型のみんな、それに提督も。ぼくは親と呼べる人が誰なのかも知らずに艦娘になったから、ぼくにとっては苦楽を共に過ごしたみんなが家族みたいなものなのさ』
皐月はほんの少し寂しそうな声で笑った。
今のご時世、皐月のような子供は珍しくなかった。
戦争孤児。家を無くし、親をなくし、身寄りも生活する為の糧もない子供たち。
深海棲艦との戦いが始まる以前にも、孤児は少なくなかったが、戦争を皮切りにその数は爆発的に膨れ上がり、戦災孤児は最早国では対処しきれないレベルへと達していた。
経済の安定しないこの国では多くの人間が今も飢えに苦しみ、力の無い子供たちの多くは路頭に迷い、食糧配給がなければ、その日ありつける食料さえもまともに確保できないような状態である。
そういった意味では運よく艦娘としての適性があり、衣食住全てが揃う軍属の道を選べた皐月などは、まだ幸運な方である。一般兵ならともかく、学の無い子供が軍に入れるなどそうそうあることではない。
『みんなが笑って楽しく暮らせるような世界にしたいんだ。だから、遠征に出ているみんなが戻ってきたとき、帰れる場所を用意しておくためにぼくは戦う。みんなの居場所をぼくが護るんだ』
誰かに宣言するわけでもなく、皐月はただ静かに己の内に秘めた想いを告白した。
『黒潮は何の為に戦っているの?』
不意に大きな振動がポッド全体に響いた。恐らくハッチが解放され、投下される準備が整ったのだろう。
『うちはなぁ――』
再び大きな振動。そして奇妙な浮遊感。
ポッドは機外へと射出されると、引力に導かれ真っ直ぐに降下を開始する。空気の擦れる音が二隻の間にノイズを作り、黒潮の声はかき消された。
奇妙な浮遊感を残し、四隻の船を乗せた四台のポッドは高高度から一気に混乱渦巻く敵陣の只中へと降下していった。
高高度から一気に降下したポッドは、外部にあるガス噴射器でバランスを取り、敵の合間を掻い潜って見事目的の座標へと着水。
ポッドの表面から炭酸ガスを噴出させ無抵抗で着水した為殆ど無音だった。着水後一気に五メートル潜水するが、煙幕に気を取られた敵が着水したポッドに気付くことはない。
五メートル潜水した後付近に敵影が無いことを確認すると、ポッドは無音推進システムを展開させ所定の座標に浮上する。
海面に達したポッドは再び周囲に敵影がないことを確認すると、ハッチを開放し艦娘の身体を艤装に固定されたレールごとジャッキアップさせる。あとはレールから艤装を切り離せば無事に洋上への展開は完了。
黒潮は主機の起動を確認すると、ゆっくり足を海面に着ける。問題なく着水したらレールの切り離しを終え、開放感を味わうように身体を伸ばした。
主砲を両手で構えると弾薬の装填される鉄の擦れる重い音が響く。
聞きなれた音。聞くたびに生を感じ、己の生きる意義を、道理を、理屈を思い出させてくれる。
黒潮はインカムに手を当てると、静かに歌うようにどこか楽しげに言葉を紡ぐ。
「ほな、狩りの始まりや」
一部の個体を除き深海棲艦には知性が存在していない。いくら人間とその形状が酷似しているからといって必ずしも深海棲艦が人間であるという理屈にはならなかった。
ある学者が浜辺に打ち上げられた深海棲艦の残骸を回収し解剖したところ、奴らには生殖器や食道器官、脳髄が存在しないことが判明した。
人間どころか生物としての定義すらも逸脱している彼女らだが、彼女らには人間には持ちえない特殊な器官を備えていた。俗に《脳核》と呼ばれる器官である。
その名の通り脳みそのある場所に備わったその器官は個々の意志や判断能力こそ持ち合わせていなかったものの、そこから特殊なシナプスが発生し、遠く離れた他の個体と密接に繋がり絡み合っていた。
奴らは内部ではなく、外部に強力かつ巨大なネットワークを構築し、一元的な行動指示の元に活動を行っていたのだ。
脳核はシナプスの受発信装置であり、そこで共有した情報を末端の深海棲艦たちがフィードバックさせる。
個々の意志は無く、情報を共有し全体で統一のとれた行動をするのはまさに兵器であり、一つの完成された社会でもあった。
しかしここで一つ疑問が生じた。
いくら情報を共有できたところで肝心の全体へ指示を送る存在がいないことだ。
この問題は学者たちの中でも長らく疑問であり、全ての艦に一元的に指示を送るマザーボードが存在するという説や、ある程度は単一でも意志行動が可能であるとする説など様々な学説が唱えられた。
結論から言えば、答えは両方である。具体的に言えば、艦種ごとに枝分かれ状の指揮系統が構築されていた。
例えば十隻の駆逐級が居たとして、それら全てを統括指揮する一段階上の艦種軽巡級が存在し、その軽巡たちを取りまとめる別の上位艦種が存在する、といった具合である。
状況に応じ形態に大きな差異こそあれど、深海棲艦には各単位ごとにそれらを纏める司令塔が共通して存在した。
その司令塔にあたる艦は通称《旗艦:フラッグシップ》と呼称され、段階が上がれば上がるほど知的能力を有する個体が増え始めた。
中には人間と同じように言語を有する個体まで現れたという報告も上がっているが、現在はまだそれら上位個体への研究段階にまで至っておらず、深海棲艦の生体には未だ謎は多いままだ。
奴らの強みはその圧倒的なまでの物量と瞬時に情報を共有・行動に移させるだけの即応性にあった。
しかし逆に捉えればそれが奴らのウィークポイントであるということだ。
「そらあぁぁぁぁ!!」
夕雲型駆逐級十六番艦の朝霜は声を張り上げ敵軽巡ホ級に会敵すると、煙幕に紛れ後ろからホ級の白い頭蓋に接射を行った。
紅い炎が弾け砲撃音と共に砲弾が頭蓋を貫通粉砕すると、ホ級の身体は崩れるように倒れ動かなくなってしまった。
「よっしゃあ! これで六隻目だぜ!」
八重歯を覗かせながら不敵な笑みを湛え、次々と敵を撃破していく。
作戦通り煙幕による敵の攪乱と死角からの急襲は無事に成功を収めた。
『こちら熊野。ホ級及びヘ級を十二隻撃破ですわ』
『ほくも八隻倒したよ!』
『朝霜は?』
『あたいは……ぼちぼちだ』
『なんだよ、はっきりしないなぁ。ちゃんと数えてる?』
『う、うっせえ! 全部倒しゃいいんだから関係ないだろ!』
『みんな駆逐級の動きはどうや?』
『相変わらず指示系統が乱れて混乱していますが、軽巡を撃破しても駆逐級は腹立たしいくらい元気なままですわ』
『それって軽巡はフラッグじゃねぇってことか?』
『まだ断定はできませんが、恐らくその可能性は高いかもしれません。軽巡の上位個体が一括して指示を出しているのか、あるいは重巡級以上が指揮系統なのか……』
『どちらにせよ、煙幕と見えないうちらに敵が混乱している今がチャンスや。なるべく多くの敵の背後を取るで!』
『了解!』
『了解ですわ』
『了解だよ』
四隻は通信を終えると再び戦闘を開始した。
戦闘開始からしばらく。C群分隊は無事に当初の目的通り、煙幕と空挺による奇襲作戦を見事成功に収めた。
黒潮からの報告を受け指揮所内は歓声に包まれた。
ガッツポーズをする者やハイタッチして笑い合う者、互いにハグし喜びを分かち合う者など様々であったが、皆一様に敵への勝利に安堵の表情を浮かべている。
現時点で敵戦力の半数以上は撃滅され、残るはステルス艦艇となった。
強固な装甲と機動力を持ち合わせたある意味海軍にとって、最も厄介である水雷戦隊と壊滅させたことは、敵の本土上陸不可能を意味していた。
そしてなにより、たった四隻でフラッグシップの戦艦を沈めたのは奇跡にも近い成果だ。
二階堂は黒潮との通信を終えると小さくため息を漏らした。
「おつかれさん」
大岡は二階堂の肩に手を当てると歯を見せて笑った。
「大した指揮だったよ」
「いえ、自分はただ見ているだけでした。褒められるべきは戦場に立つ彼女たちです」
相変わらず武骨で表情一つ変えない二階堂は淡々と感想を述べる。
「そんなことはない。見守ることもまた、上官の務めだ。胸を張れ。二階堂提督」
「はぁ」
大岡はカップを二つ、コーヒーを注ぐと片方を二階堂に渡した。二階堂がそれを受け取ると大岡はコーヒーを口に付けようとするが「あちち!」とすぐに口を離してしまう。
「大丈夫ですか?」
「自分でも忘れていたが俺は猫舌なんだよ。いつもは秘書艦の高雄くんに丁度ぬるめのやつを淹れて貰っているからなあ。こういう時、秘書艦が居ないというのは不便なもんだよ」
大岡は息でコーヒーを冷ますとゆっくり口を付けた。
「しかしここまで上手く事が進むとはな。作戦総指揮官の俺がこういっちゃあなんだが今回の作戦、正直上手くいくとは思っていなかったよ」
「この作戦を立案した人間は、余程の博打打ちなんでしょう」
「えらく辛辣だな。どうしてそう思う」
「攪乱した敵陣の中心に即応戦力を投入するのは、確かに効果的ではありますが、こちら側の戦力が圧倒的に少ない以上、同時にそれ以上の危険も孕んでいました。まして戦場に初投入される空挺システムもあります。不確定要素の多い現状ではあまり良策とは言えません」
「確かにそうなんだが、なんせ大本営から直々の指令だったからな。無下に断るわけにもいかんさ」
「大本営から? どうしてそんな所の人間が現場に直接指示を」
「上層部も急いているんだよ。深海棲艦が近海から姿を消して以降、我が国の軍費は右肩下がりだ。それまで深海棲艦撲滅一色だった世論も、徐々に軍拡への疑問視が広がり始めている。目前の危機が去った以上、軍備なんかよりも内地の復興が優先されるのは当然のことだ」
「つまり今回の騒動に乗じて新兵器のデモンストレーションを行ったと」
「そんなところだ。現在AIFOSSを所持している国は日本・アメリカ・イギリス・フランス・イタリア・NATO軍・オーストラリア。移動式の抜錨機関が開発されたということはそれだけでも充分すぎる躍進だからな。今頃各国のお偉い方は買い付けに動いているはずさ」
「……自分たちの戦いは上層部の小遣い稼ぎの為ではありません」
「確かにこれだけ逼迫した緊急時なのに、呑気に金儲けの事を考えるのは俺たち軍人にしちゃあ気分のいい話じゃないが、まあそれはそれだ。そんな連中がいるからこそこの国は首の皮一枚繋がっていられる」
そう言って大岡は手に持ったカップのコーヒーを飲み干す。
「なんにせよ今お前さんがすべきことは彼女たちの無事を喜び、迎えに行ってやることだ。今くらいはそんな暗い顔しないでもっと喜べ! 初陣で大成功を収めたんだ。勲章ものだぞ? そうすれば特殊戦術部隊の連中もよそもののお前さんに一目置くはずさ」
ばしばしと肩を叩く大岡に二階堂は少し困った様子になる。
「は、はあ……そういうものなのでしょうか」
「おうとも! 折角だ。今度うちの艦隊と演習でも組まないか? あいつらにもきっといい刺激になるだろう」
「恐縮です、大佐」
「よせよせ固っ苦しい! 二人の時くらい俺のことは康弘と呼べ!」
「大佐殿、それは流石に……」
「なにィ? 上官の言うことが聞けないのか?」
「いえ、決してそのようなことは……せめて、その、大岡さんと呼ばせて下さい」
「仕方ねえなあ。じゃあ大岡でいいよ」
「よろしくお願いします大岡さん」
満足そうに大岡が笑うのを余所余所しく見ているとヘッドマイクに飛鷹の声が響いた。
『お取込み中失礼だけれど、いい加減これからの指示を出してくれないかしら』
相変わらず不機嫌そうな声だが、そこにはいつものような棘は含まれていない。
「ああ、すまない飛鷹」
『もう、しっかりしてよね。まだ敵の船だって全部沈めたわけじゃないんだから』
そうだった。二階堂は指揮所の大型パネルに映し出された五つの点を目で追う。例のステルス艦艇群は航行を止めたものの、依然沈黙を貫いていた。
取り巻きの深海棲艦を全て撃破し脅威が去ったと判断した海軍は、依然沈黙を貫く未確認のステルス艦艇に対し先遣隊を派遣。哨戒調査に当たらせている。
危険こそないものの、あれらが何であるか分からない以上油断は禁物であった。
「それでは飛鷹は黒潮たちと合流した後、しれとこへ帰還してくれ」
『了解よ』
通信を終えようとした時、回線にかしましい声が乱入してきた。
『やっほー、司令はん! どや、うちらの活躍みとったか?』
『ああ、上々だ』
『えへへーせやろせやろ? もっと褒めてくれてもええんやで』
『あら、撃墜数はともかく、最後フラッグシップにとどめを刺したのは他でもない熊野ですわ。MVPはわたくしが貰って差し上げてよろしくてよ』
『なにゆうてんねや。うちの主砲では戦艦の装甲を打ち抜けんからしゃーなし熊野はんに譲ったんやで。夜戦ならうちがとっくに落としとったわ』
『なにをおっしゃいますの? 夜戦でも火力は重巡のほうがずっと上ですわ』
『大事なんは火力やなくて機動力や。現にうちが敵さんの目を引き付けてたからあんなど真ん中の主砲でもクリティカルだせたんやろ。うちがおったからこその勝利や。せやからMVPはうちがもらうんやでー』
『な、卑怯ですわ! 確かに黒潮には助けられた部分もありますが、決め手となったのは他でもないわたくしの主砲です。戦果でもっとも重視するべきは他でもない火力ですわ!』
『なにゆうてんねん! そんなもん機動力なかったらただの浮き砲台やろ! ゲリラ戦法で大事なんは機動力や!』
『火力!』
『機動力!』
『まーまー二人とも落ち着いて。折角勝てたんだし仲良くしようよ。ここは一つ、間を取って僕こと皐月がMVPを貰ってあげるよ』
『やかましいわ! なにしれっとMVPかっさらおうとしとんねん!』
『僕だって一度くらいはMVP欲しいんだもん』
『大体あなた方はよその部隊じゃありませんの! 外野は口出ししないでください!』
『えーケチ! いいじゃん別に、今は同じ部隊なんだし』
『いいわけあるかボケ!』
『ったくオメーらたかがMVPごときで騒いでんじゃねえよ。だれがMVPだろうと戦果は同じじゃねえか。ただ、もしだ。敢えて誰か一人MVPを挙げなきゃいけねえってんなら、ここはやっぱり勇猛果敢に敵陣へ突貫したあたい、朝霜がMVPを貰うべきなんじゃねえか?』
『『『それはない』』』
『なんでだよ!?』
ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた彼女たちに二階堂はため息を漏らすと飛鷹に訊ねた。
「そもそもMVPとはなんだ。どうして君たちはそんなものに拘る」
『特殊戦術部隊の習わしとして、各戦闘の功労者、つまりMVPには特別な権利が貰えるの』
「特別な権利? 勲章のようなものか」
『丸一日の休暇だったり、間宮羊羹一本分の引換券とか色々。中には提督が直接ご褒美をあげるなんてこともあるそうよ』
「なんだそれは」
『うーん、一言じゃとても説明しにくいというか、あまり言いたくないというか……とにかく、提督が艦娘の要望を一つ聞いてあげるのよ』
「なるほど。褒美……褒美か」
本来上官と下士官という関係は厳然でなければならない。
現に二階堂も海兵部隊の時はそうであったし、そうあるべきだと骨身に染みこむまで教わってきた。
だがここは海兵部隊ではない。出向の身であるとはいえ、二階堂はあくまでも提督だ。
『それで司令はん! いい加減だれがMVPなんか教えてーな!』
『そうですわ! この戦い、私たちの中の誰が一番だったんですの?』
『あなたたちねぇ……』
二階堂は少し悩んだ末郷に従う選択を採った。
「事情は分かった。そこまで君たちが言うのならMVPの艦には一つ、俺がなんでも言うことを聞く権利を与えよう」
『な……っ!?』
『なんでも!?』
艦娘たちの間に激震が走った。
『そ、それはつまりわたくしたちの要望をなんでも一つ聞いてくれると言うことですの?』
「肯定だ。勿論俺に出来る範囲のことに限られてはいるが、可能な限り叶える努力をしよう」
『ほなあれか? 例えば裸を見せて欲しいって頼んだら見せてくれんのか?』
『何故裸になる理由があるのか俺にはよくわからないが……まあ、それが要望と言うのであれば叶えよう』
『ほ、ほ~ん。そっかー、裸ねぇ……裸かぁ……』
『心なしか、黒潮がガッツポーズを構えている気がするのは気のせいかしら……』
『き、気のせいや気のせい! 飛鷹はんは邪推しすぎやで』
『そう、べつにいいけど。ただ私は邪推とは一言も言ってないわよ』
『と、とにかくや司令はん! 誰がMVPなんかはよ教えてぇな!』
「そう急かすな。それじゃあ今回のMVPは――」
「大変です!」
突然指揮所に居た一人の分析官が、顔を蒼白に大声を上げた。
それまで騒いでいた指揮所の人間も、同時に発せられた警報音に皆静まり、叫んだ分析官に視線を寄せる。
「どうした」
「海域周辺のレーダーに現示反応です!」
「数は?」
「五つです。どれも微弱ではありますが……」
分析官は言い辛そうな表情で逡巡を見せる。
「いいからさっさと言わんか」
大岡の催促でようやく分析官は口を開いた。
「それぞれの反応座標が例のステルス艦艇のある場所と一致しています」
分析官は大型モニターに反応のあった座標とステルス艦艇のある場所とを重ねた海図を映し出した。
「これは……」
ステルス艦艇の記号の中、赤い光が五つ、不安を掻き立てるように単調な点滅を繰り返していた。
不気味な沈黙が指揮所内を覆う中、その沈黙を破るが如く大岡が声を張り上げた。
「緊急戦闘配備を発令! ステルス艦艇に接舷する小型艇及び艦艇は直ちにその場を離れるよう伝えろ! 繰り返す! 緊急戦闘配備を発令だ! 敵はまだ生き残っている!」
沈黙を破る大岡の声は、一気に指揮所の人間たちを現実へと引き戻した。指揮所は慌ただしく動き始め、各艦及び哨戒機へと情報が伝達される。
「一体あの艦艇群に何が起きている」
「モニターに航空映像出ます!」
分析官が大型モニターに全艦共有カメラの映像を映し出す。
洋上から遠巻きに見える黒い斑点。五つのステルス艦艇のぼやけた姿が映し出されている。
「画像拡大! 解析度も上げろ!」
「了解!」
徐々に拡大・解析度が上がっていくとぼやけていたステルス艦の潜水艦のようなシルエットがはっきりと見えてきた。連絡を受けた哨戒船が次々と現場から避難していく中、ステルス艦に大きな変化は見られない。
「現示反応、五つとも徐々に強くなります」
「くそ、一体あそこで何が起きている!」
司令部内の海軍将校は苛立ちを露わにモニターを睨みつけた。
「哨戒機からの映像は出ないのか?」
「現在情報を取得中。――ただ今映像入りました。モニターに映します」
映し出された映像に指揮所内部はどよめいた。
菱型に並んだ五隻の艦艇。その後方一隻の甲板と思しき場所に一つの人影があった。
「なんだあれは?」
「人?」
「どうしてあんな場所に……」
どよめく司令部を制するように大岡は大声で指示を出す。
「後方艦艇に見える人影を拡大」
「了解です」
映像が拡大されると再び司令部にどよめきが生まれた。
「あれは……子供?」
「周りに比べるモノは何もないが、ありゃどう見ても子供の体格だろ……」
「どうして子供があんな場所に?」
「知るかよ」
「フード被ってて顔がよく見えないな」
「冬でもないのにマフラーしてるし……」
「というか、尻からなんか出てないか? 白い尻尾みたいなの」
「本当だ……! じゃああれは人間じゃないのか?」
「ただのコスプレかも」
「ばっかお前、ありゃどう見たってコスプレじゃねえだろ」
「じゃあ何か? 新手の深海棲艦か?」
「それにしては兵装らしいものは何も見えないな」
「じゃあやっぱり子供のいたずらか?」
「んなわけあるか! どこのガキがこんなことできる。もしいたずらだとしてもただで済むわけないだろ」
「やっぱり、女なのかな? だとしたらあの尻尾ってどうなってんだろ」
「そこに気付くとはお主只者ではないな」
「おいおい、こんな時になに卑猥なこと考えて……」
「お前たち! 静かにし――」
将校の一人が皆を鎮めようと声を上げた瞬間、フードを被った人影が空を見上げた。
その姿はここにいる全員の予想を大きく覆し、想像を絶する様相をしていた。
貧血を通り越し最早屍者すらを思わせる、不健康な蒼白い肌。そして魚のように丸く大きな瞳。肌の色とは不釣り合いなほどに大きくつり上がった口角と、そこから覗き込む鮫のような尖った歯。
皆一様に、皆一見で全てを悟った。
アレは人なんかじゃない。
まるでこちらの意図など御見通しであるかのように、その大きな瞳は哨戒機のカメラへ向けられると、レンズ越しに我々へ宣言するかのごとく大きく口を開いた。
《ボ》《ク》《ト》《イ》《ッ》《シ》《ョ》《ニ》《ア》《ソ》《ビ》《マ》《シ》《ョ》
脊髄に氷柱を挿し込まれた気分だ。ただの映像であるはずなのにその一言一言がまるで脳内へ滑り込むように、明瞭に、明確に、言葉として伝わってきた。
その言葉が彼女らの宣戦布告を意味するものだと知った時、最早総てにおける全てが手遅れであるということを、我々は血を以て痛感させられることとなる。