兎が跳ねる!!   作:夜芝生

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お待たせしました。
研修続きで中々執筆出来ない……。


そして、兎は出会った

 

 

 

 

拷問部屋の壁を崩して一先ずの退路を確保したアタシは、すぐさま再び壁を蹴り、ガタガタと震える使用人達目掛けて飛び降りました。

 

「ひっ!?」

「ま、待てっ!! 待ってくれっ!! 命だけ……命だけはっ!!」

「わ、私達はお、脅されてただけなのっ!! 本当はこんな事したかった訳じゃなくて――!!」

 

 先程までの威勢は何処へやら、怯えきり、見苦しくも言い訳や命乞いを繰り返す使用人たち。

……こういうのを見てると、エスデス様が『豚』と弱者を見下すのも頷けるッス。

 さっきアタシに対して言っていた言葉を思い出してみろって言いたくなるッスよ――きっと自分達が逆に狩られる側になるなんて、夢にも思って無かったんでしょうねぇ。

 

「――安心して下さいッス。殺しはしないッスよ」

「ほ、本当か!? な、なら――」

 

 深い溜息を吐きながらのアタシの言葉に、使用人の1人が引きつった笑みを浮かべながら歩み寄って来たッス。

 アタシはソイツにニッコリと笑いかけます。

 

「所でオッサン……さっき縛られてたアタシを蹴ろうとしてくれたっスよね?」

「へ……?」

「未遂とはいえ、一発は一発ッス――ぶっ飛ぶッスよ」

 

 そう告げると同時に、アタシは使用人の顎目掛けて上段回し蹴りをぶちかましたッス。

 湿ったような鈍い音と共に、使用人は勢い良く吹っ飛び、吊るされていた拷問器具を巻き込みながら壁に着弾

したッス。

 

「あ、あ……が……」

 

 砕けてだらしなく垂れ下がる顎からうめき声を上げる彼の体には、大小様々な拷問器具が突き刺さり、全身血達磨状態だったッス。

 ふー、スッキリ気分爽快ッスね。

 

「ひ、ひいいいいいっ!?」

 

 それを見ていた他の奴らは、その光景を見てようやく現実を受け止めたのか、悲鳴を上げながらある者は入り口目掛けて、ある者は部屋の隅へと逃げようとします。

 だーかーらー、もう無駄だって何度も言ってるし、そもそも逃がすつもりも無いッスよ。

 それに、ここで外に出しちゃったら、ブドー大将軍やザンクさん達に面倒かけさせちゃうッスからね。

 アタシは容赦無く、彼ら1人1人を念入りに程よく傷めつけるべく、行動を開始しました。

 

 

 

 

――その後起こったのは、戦闘とも言えないような一方的な蹂躙劇だったッス。

 

 

 

 

 階段を上がろうとした奴らの足を払うか、蹴り飛ばして下まで叩き落とし、隅っこに逃げようとした奴らはそのまま追い詰めて、蹴り一発で傷めつけてから、手足を踏み砕いて終了。

 

 

 

 数分後――使用人達は、全員が全員、今まで彼らが傷めつけてきた弱者のように床に這いつくばっていたッス。

 

 

 

 中には白目になったり、口からあぶくを吐いて気絶してる奴もいるッスけど、命には別状無いんで問題は無いッス。

 

 

 普段の戦闘もこう上手くいけば良いんスけどねー……これはあくまで相手が全て素人の一般人だったからッス。

 

 

 白兎最大の武器である機動力が極端に制限されるこの屋内――仮に訓練された兵士が相手だったら、足を止めた瞬間に反撃されて、下手すりゃ袋叩きだったッスね。

 

 

 浮かれそうになる思考に自ら冷水をぶっかけて落ち着かせつつ、アタシはこの後自分がやるべき事を整理します。

 

 

 取り敢えず今この場でやれる事は全て終了――後はアタシの合流を待ってここに侵入してくる手筈になってる部下の人達に命じて、本隊であるブドー大将軍直属の衛兵隊の皆さんに引き渡すだけッスね。

 

 

 

「さて、と……」

 

 

 

 ようやく一息……とは行かず、アタシは今まで使用人達への対応で目が向けられなかった『先客』達の惨状に目を向けました。

 天井から吊るされ、足元から肉を削ぎ落とされ、苦悶と絶望の表情で事切れた男性。

 四肢のあちこちと、舌に釘を打たれ、ピクリ、ピクリと痙攣する女性。

 恐らくは最期の寸前まで、互いの伴侶へと落とされそうになるギロチンの刃へと繋がる縄に必死で噛み付いていたであろう、粉々になった歯から血を流し、未だ目元を涙で濡らす老夫婦の生首。

 何かしらの毒を盛られたのか、全身を紫色に腫れ上がらせながら、濁った目つきで獣のように唸る事しか出来ない青年。

 

 

 

――皆が皆、死ぬか、最早手遅れか、再起不能に陥ってしまった人達ばかりだったッス。

 

 

 

 まだ生きている人達……でも、絶望的なまでに手遅れとひと目で分かる人達が、助けを求めるように見つめ、アタシに向かって手を伸ばします。

 それを見ながら、アタシは目を逸しながらきつく歯を食いしばる事しか出来なかったッス。

 エスデス様ならば、彼らを見たならば一言、『こいつらは弱かったからこうなった』とバッサリと切り捨てるんでしょうが、未だにその弱者の浅瀬に立つアタシとしては、そう簡単に割り切る事は出来なかったッス。

 もしもアタシがエスデス様に出会っていなかったら、白兎という帝具を与えられていなかったら……きっとアタシは、この拷問部屋の中の一員になっていたかもしれなかった訳ッスからね。

 

 

 

……でも、今アタシはこの拷問部屋から抜け出す力を持っていて、彼らは持っていなかった。

 

 

 

 これが全て――だから、アンタらをここに置いていくアタシを恨まないで欲しいッス。

 ひたすらに目を逸し、耳に入るか細く壊れた蓄音機のように助けを求める声を鼓膜から追いやって、再びアタシは床を蹴って壁の穴から抜けだそうとして――

 

「なぁ……アンタ……」

 

 はっきりとした意思を持って呼びかけられた声に、思わず足を止めてしまっていたッス。

 目を向けると、壁際に設けられた檻の鉄格子により掛かるように、上半身裸のバンダナを巻いた小柄な少年がいました。

 元々はかなり鍛えていたと思われる引き締まった体には、まるで侵食するかのように禍々しい黒い痣が出来ていたッス。

 あれは恐らく、南方特有の致死性の伝染病であるルボラ病の末期症状……これまた、確実に手遅れっスね。

 

「何スか? 悪いッスけど、助けるつもりは――」

 

 敢えて冷たい言葉を選んで振り切ろうとした瞬間、それを遮るかのように少年は満面の笑みを浮かべながらアタシに向かってお礼を言って来たッス。

 

 

 

「あ、ありがとよ……アイツらをぶちのめしてくれて……スカッとしたぜ、へへ……」

 

 

 

――動く度に激痛が走り、腐っていく肺のせいで呼吸も満足にしてくれない筈の体を引き摺り、腐った血でドロドロになった歯茎を剥き出しにしながらも満面の笑みで。

 

 

 

 死に際にあってもその有り様は、誰が何と言おうと『強い』と思わされます。

 

 

 

 その気丈な振る舞いと、頭に巻いたバンダナを見て、ふと昼間に会話を交わしたタツミくんがしてくれた話の中にあった名前が自然と口から零れていたッス。

 

「もしかして……イエヤスくん……ッスか?」

「……っ!? お、俺を知ってるのか!?」

 

 どうやら大当たりだったみたいッス。アタシは僅かに顔を顰めました。

 こりゃ失敗したッスねー……会話を成立させてしまった以上、そのまま見捨てていっちゃったら、目覚めが悪いにも程があるッスから……うぅー、こういうのをバッサリと出来ないのがアタシの悪い癖ッス。

 

「ええ、今朝方知り合ったタツミくんって人に話を――」

「タツ……っ!? 本当か!? タツミがここに!? ま、まさかアイツもこの場所に……!?」

 

 その名前を聞いた瞬間、イエヤスくんは何処にそんな力が残っていたのか、けたたましい音を立てて鉄格子を思い切り揺らしました。

 

 消えようとしている自分の命よりも、親友の事を心配するその姿に、幼馴染にしてライバルだという彼らの絆の深さを嫌でも実感させられたッス。

 

「お、落ち着いて下さいッス!! 少なくともここに連れてこられたのはアタシが最後みたいッスから、まだ無事な筈ッス!!」

「そ、そうか……よ、良かった……!!」

 

 アタシが居眠りしている間に、何かを盛られてるって可能性も否定出来ないッスけど……。

 恐らく瀕死の彼を支えているのはきっとタツミくんでしょうから、わざわざその支柱を折りかねない事実を伏せて答えると、イエヤスくんは心底ホッとしたように息を吐いたっス。

 

 

 

――けど、そこで気を緩めてしまったのがいけなかったのか、彼はそのまま盛大に咳き込み、噴水のように血反吐を床にぶち撒けました。

 

 

 

「ゲッ……ゴボッ……は、はは……」

 

 その血の量に、イエヤスくんは何かを悟ったのか、ゼェゼェと苦しそうに呼吸をしながらも穏やかな表情で問いかけて来たッス。

 

「な、なぁ……アンタ……オレ……もう、助からな、い……のか?」

「…………ええ」

 

 覚悟を決めた人に嘘を吐ける程神経が図太くは無いッス――アタシは、素直に頷きました。

 それに、イエヤスくんは寂しそうにふ、と微笑んだッス。

 

「……そっか。なぁ、頼みが、あるんだ」

 

 彼は震える手で鉄格子の隙間から、天井の一画を指差します。

――そこには、手枷で拘束されたまま天井から吊るされた裸の少女がいたッス。

 全身を惨たらしい傷から流れでた血で真っ赤に染めて、片足を腿から切断されてるッスね……ひと目見ただけで、既に事切れているのが分かったッス。

 でも、拷問され尽くした割には不思議と穏やかな表情を浮かべていて、長い黒髪は血糊に負ける事無く、アタシのモノとはまるで違う、癖一つ無い美しさを保っています。

 

 

 

……恐らく彼女が、タツミくんの話に出てきた、もう一人の幼馴染……サヨさんなんでしょう。

 

 

 

「あ、アイツを……サヨを……下ろして、やってくれ……」

「……分かったっス」

 

 もうここまで来たら毒食らわば何とやらッス――アタシはイエヤスくんの望み通り、サヨさんの亡骸の拘束を解き、アタシが身に着けていたボロ布を敷いて床に寝かせてあげたッス。

 

「ちょっと離れてるッスよ」

 

 そして、ついでとばかりに、イエヤスくんの檻に向き直ると、扉の錠を白兎の蹴りでこじ開けて、彼に肩を貸して檻の中から出してあげます。

 

「…………ありが、とよ」

「良いッスよ。ここの人達を見捨てていく、せめてもの罪滅ぼしッス」

 

 もう殆ど力の残っていないイエヤスくんをサヨさんの隣に横たえると、彼は気力を振り絞るように彼女の頬を愛しそうに撫でたッス。

 動きを見るに、最早気力だけで動いているような状態みたいッスね……。

 

「へ、へへ……コイツは……サヨは……最期まで、あいつらに屈しなかったんだ……カッコ、良かったんだ、ぜ……?」

「ええ、そうッスね……立派だと思うッス」

 

 断末魔のような独白に答えるアタシの言葉は、本心からのものでした。

 もし自分がサヨさんのような状態に陥ったら、きっとアタシは見苦しく泣き叫び、命乞いをするに違い無いッス。

 そんな責め苦を全身に受けながら、こんな穏やかな表情のまま事切れるなんて、並の人間なら絶対に出来ないでしょう。

 

「だ、だから……このイエヤス様も……最期くらいは、カッコ……よ、く……」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべたまま、イエヤスくんは二度と動く事は無かったッス。

 それを見届けると、アタシは濡らした布を使って、2人の顔の血を拭いました――死化粧には不足ッスが、これぐらいは良いッスよね?

 

「――うん、カッコ良かったッスよ間違いなく。きっと、エスデス様も認めるくらいには」

 

 そんな称賛を投げかけながら、アタシは立ち上がったッス。

 

 

 

――アタシは今、この屋敷に住んでいる奴らに対する殺意を抑える事に必死でした。

 

 

 

 きっと彼らは生きてさえいれば、優秀な兵士になったでしょう――それこそ、エスデス軍にも入れる位に。

 もしかしたら、アタシの同僚になったかもしれないッス。

 そんな少年の、少女の未来を自分達の欲望を満たすためだけに、何の覚悟も信念も無く閉ざした外道共……この白兎で蹴り殺したら、どんなにスッとするッスかね……。

 

 

 

……けれど、今のアタシに与えられた任務は、この屋敷の人間を殺し尽くす事じゃ無く、あくまでソイツらの所業を告発するための証拠を集める事ッス。

 

 

 

 アタシはそう自らに言い聞かせ、自分の中のドス黒い感情を吐き出すかのように深く、深く深呼吸をして、荒ぶりそうになる感情を抑えたッス。

 

 

 

 あくまでアタシは帝国兵という名の一つの歯車――でも、これくらいの我侭は許されるッスよね。

 

 

 

「……せめて、仇は取るッスよ」

 

 

 

 誓いを立てるように、もう一度イエヤスくんに向き直りながら告げると、アタシは今度こそ床を蹴り、壁の穴から次なる証拠固めを行うために駆け出し――、

 

 

 

 

――――まるで背中に氷の固まりを入れられたかのような悪寒に身を震わせたッス。

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

 

――ヤバい。ヤバいヤバいヤバいヤバいっ!?

 

 

 

 

――アタシの勘が、全身全霊の力で危険信号を発してるッス!!

 

 

 

 

 その感覚を敢えて表現するならば、エスデス様や三獣士の皆、ザンクさん達から、全力の殺気を当てられたかのような凄まじさ。

 こんな場所に、こんな夜更けに、こんな殺気を放てる奴なんて……。

 

 

 

 いや、一つだけ心当たりがあったッス。

 

 

 

 夜の闇からやって来て、世に蔓延る外道共を葬る最強の殺し屋集団――。

 

 

 

「ナイトレイド……!!」

 

 

 

 予想してなかった訳じゃ無いッスが、今の帝都において、アタシの勘にここまで危険信号を発せられる存在は、彼ら位しか存在しないッス。

 その予想を裏付けるかのように、中庭の方角から悲鳴と何か硬い物がぶつかり合うような湿った音、そして少し遅れて銃声が響き渡ったッス。

 

 

 

――急いで白兎の能力で宙を舞い、身を隠しながら中庭を伺うと……そこに、いたッス。

 

 

 

 距離があるので顔までは見えないッスが、紅く染まった月の下、屋敷の塔から塔へと張り巡らされた糸のような足場に立ちながら、眼下の警備兵達を見下ろす数人の男女の姿が。

 

 

 

――西方民族特有のピンクブロンドの長髪を、ツインテールにした巨大な銃を構える少女。

 

 

――緑色の短髪をゴーグルで飾った、右手から足場代わりの糸を張り巡らせた青年。

 

 

――体のあちこちを獣毛で覆い、獣の耳を生やした肉感的な金髪の美女。

 

 

 そして中庭には、無骨で巨大な槍を持った、全身を鋼色の鎧で覆った巨漢と、2m近い長さの長刀を構え、スカーフをあしらったノースリーブのシャツに、プリーツの入った短いスカートをマントで覆った黒髪の少女。

 

 

 

 情報が確かならば、恐らく全員が帝具持ち――その上立ち振舞いを見るだけでも、アタシを遥かに超える実力者である事は明白ッス。

 中庭にいる2人は特に別格……下手に手を出したり見つかろうものなら、多分白兎の機動力があったとしても殺される自信があるッスよ。

 

「さっき誓ったばかりの約束を、いきなり破りたくは無いッスからね……!!」

 

 アタシは彼らに気付かれないように細心の注意を払いながらその場を離れると、予定通りザンクさん達との合流地点を目指して走りだしました。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 合流地点である裏口の扉にアタシが到着すると、そこには既に部下の人達を引き連れたザンクさんが待ち構えていたッス。

 足元には、見張りについていたらしき警備兵が2人、首を綺麗に跳ね飛ばされて死んでます――相変わらず惚れ惚れするような技の冴えッスね。

 

「よぉ、隊長……随分と遅いご到着じゃないか?」

「スンマセンね、ちょっと野暮用があったものッスから」

「…………そうかい、何にせよお疲れ様だねぇ。こちらは既に準備完了――いつでも動けるぜ?」

 

 アタシの思考を読んだのか、それともアタシの顔を見て何かを察したのか、ザンクさんはそれ以上からかうのを止めて、集合の報告をしてくれました。

……正直今は素直にからかわれる程の体力が無いんでありがたい事ッスね。

 

「……所で、人数と構成の変更について質問しても良いッスかザンクさん」

 

 彼の報告を受けて確認すると、部下の人達の人数は当初予定していた人数より大幅に少なく、しかも全員が帝具由来の技術を駆使した機動力を強化するズボンを装備した、隠密行動に特化した隊員ばかりだったッス。

 

「隊長も見たように、予想外のお客さん(ナイトレイド)が来たモンでね……戦闘要員をいくら用意しても、無駄死だと思ってねぇ」

「成程、戦闘よりも証拠固めを再優先って訳ッスか――了解ッス」

 

 ザンクさんの地位は、隊長がいない間に代理を務める副隊長――編成の変更については権限的にも合理的にも妥当と判断して、ザンクさんに思考を『視て』貰い、編成を変えた上での作戦を伝えます。

 

「――各人の担当する場所は以上。

最優先事項は、この屋敷の主とその家族の所持品や書類の押収と、犯行現場である離れにある倉庫の確保。

戦闘はアタシとザンクさん以外の人員が行う事は禁止。ただし使用人の制圧と無力化は許可する。

ナイトレイドと遭遇した場合は、閃光弾にて合図すると同時に任務を放棄しその場から全力で離脱、セーフハウスへと自力で帰還――良いッスね?」

『――了解』

「では、掛かるッス!!」

 

 アタシの号令の下、部下の人達は一斉に素早く屋敷のあちこちに散らばっていったッス。

 

「さぁて、それじゃあ俺らも行くとするかね、隊長殿?」

「……ええ」

 

 それに続いて、受け取った装備を確認しながらアタシもザンクさんと共に行動を開始したっす。

 武装はベルトに差した近接戦用のナイフ2本と、サスペンダーの左右に投擲用ナイフをそれぞれ十本ずつ。

 防具は機動力を重視して最低限――体は硬くなめした革の胸当てに、腕には要所要所を鋼で強化した手甲、脚には白兎があるので特に無し。

 後は鍵をこじ開けるピッキングツールと、離脱用兼合図用の閃光弾。

 一方のザンクさんは、いつもの防刃使用のロングコートの袖口から肉厚の刃を取り付けた手甲――パタの刀身を飛び出させて既に準備完了。

 つい今しがた護衛の首を切り落としたにも関わらず、その刃には一つの刃毀れも曇りも存在していないッス。

……ただでさえ難しい斬首という所業を、こんな武器でやってしまうんスから、相変わらずとんでもない腕してるッスねこの人。

 

 

 

 

「なぁ隊長……いや、ラヴィ(・・・)

 

 

 

 

 準備を終え、さあ出発だ、という段階になって、不意にザンクさんが口を開いたッス。

 しかも、珍しくアタシの名前を呼んだッスね――彼がアタシの事をこう呼ぶ時は、任務以外の事で、真面目な話をする時だけッス。

 

「……何スか?」

「――あまり、夢は見過ぎるなよ(・・・・・・・・)

いくら一瞬キレイなモノが見えたとしても、俺たちの居るこの場所が、ゴミ溜めである事には変わりは無いのさ」

 

 それは忠告と言うには優しすぎ、慰めというには厳しすぎる――そんな声でした。

 アタシの人生の半分以上もの間、帝国の闇とも言うべき吹き溜まりで生きてきたザンクさんが溜め込んだモノを吐き出すかのような言葉に、アタシは頷くでも無く、反発するでも無く、苦笑いを浮かべる事しか出来なかったッス。

 

「――分かってるッス。分かってるッスけど……何とも割り切れないというか、踏ん切りが付かないというか……どうも、アタシは中途半端な所でウロチョロしてるのが性に合ってるみたいで……」

 

 ポリポリと頭を掻きながら、アタシは纏まらない頭の中の感情を、どうにか言葉にして口を開きます。

 

「そういう、この国における自分の立ち位置とか、進むべき方向とか……まだハッキリとは決めたく無いんスよ。

それがもし、戻る事の出来ない、取り返しのつかない『何か』への片道切符だったら……って思うと、どうにも逃げたくなるんス」

 

 まるで曖昧で、頼りない幼い頃の記憶の中で、今でもはっきりと覚えている、どうしようも無い、抗いようも無い理不尽から逃げて、逃げて、逃げて……その先で出会った、エスデス様の笑顔と、冷たいけれど温かい腕。

 

 

 

 

――アタシの人生は、『逃げる』事から始まったんス。

 

 

 

 

 だからアタシは、この先きっと『逃げる』事を止めないでしょう。

 後ろが駄目なら横へ、横が駄目なら前へ、全部駄目なら空へと逃げて……。

 

 

 

 

――きっとその先には、そのまま進んだり、立ち止まった場合よりも良い未来があるって、アタシは信じたいから。

 

 

 

 

 それに、そのための白兎(ちから)も持っている訳ッスから、折角なら使わなきゃ損ッス。

 

「――だから、本当に袋小路に嵌って動けなくなるまで、『こういう』感情を割り切らないって決めてます。

ザンクさんが止めたって無駄ッスよ?

も、勿論エスデス様に言われたら、一旦は頷かないとオシオキされそうッスから場合によるッスけど――」

 

 思わず言ってしまった、まるで子供のような屁理屈にすらなっていないような暴論へのツッコミを恐れて、思わず捲し立てるようにワタワタと言葉を続けていると、ザンクさんはいつものような引き攣ったものでは無く、純粋な笑みで笑ったッス。

 

「ハハハ……ラヴィ、やっぱりお前は――アンタは強いよ、隊長……多分、エスデス軍にいる他の誰よりもな」

「……それいつもの皮肉ッスか?」

「さぁてねぇ……愉快愉快」

 

 誤魔化すかのようにこっちをからかいながら、ザンクさんはグシャグシャとアタシの頭を撫で回しました。

 

「ちょ……っ!? いだだだだだっ!! 篭手で撫でるの止めるッスよ!! しかも剣出したまんまだし危ないッス!!」

「おっとこりゃ失敬……さぁて、無駄話はこの辺にして、そろそろ行くぞ隊長殿?」

「元はと言えばザンクさんが呼び止めて――」

「さぁて、何の事だか――それじゃあ、お先に?」

「待っ……ああもうっ!! 後で覚えとくッスよ!? 『跳兎(はねうさぎ)』っ!!」

 

 言葉を待たずに素早く屋敷のバルコニーへと跳ぶザンクさんへと悪態を吐きながら、アタシは彼に続いて白兎で宙を舞い、担当する区域へと急ぐのでした。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 人知れずラヴィ率いる帝国兵達が行動を開始したその時から遡ること数分前――ナイトレイド達の任務は佳境に入っていた。

 

 

 

――今回の任務は、帝都に上京してきた地方の民を善意を装って屋敷に招き入れ、拷問や投薬等を行って死ぬまで攻め続けていた大貴族一家と、それを手伝い、時には参加していた護衛の兵士と使用人達の抹殺。

 

 

 

 大貴族相応の広さの敷地と屋敷、そして数多くの腕利きの護衛と、屋敷のあちこちに散らばる使用人達への対策も考えて、現在実働出来る戦闘員全員を総動員した大掛かりな作戦だ。

 

 

 

 だが、腕利きとは言っても所詮は『一般的な兵士』としてであり……その全員が帝具の優れた使い手である彼らナイトレイドの敵では無い。

 

 

 

「う、うおおおおおおっ!!」

 

 剣を構えた護衛が雄叫びを上げながら剣を振り上げる。

 

「――葬る」

 

 それが振り下ろされるよりも遥かに早く、黒髪の少女が手にした長刀を一閃させ、彼の喉笛を深々と切り裂いた。

 吹き上がる血潮――同時にその傷口から禍々しい紋様の黒い文字のようなものが這い出したかと思うと、あっという間に全身へと広がり、悲鳴すら上げる事無く護衛の男は絶命した。

 

 

――これが、どれほどの小さな傷口からでも、強力な呪毒を流し込む事で問答無用で対象を死に至らしめる凶悪な能力を持つ刀の帝具、『一斬必殺』村雨の力。

 

 

 しかもそれを振るうのは、達人という言葉が生温く聞こえるような技量を持つ剣士、アカメ――再び一切の隙も容赦も無い構えを取った彼女を前に、生き残った護衛達は踏み込む事すら出来ずに後ずさる事しか出来ない。

 そして、逡巡する暇すらも与えられる事は無い。

 

「――ぬうんっ!!」

 

 次に踏み込んだのは、全身を銀色に輝く鎧に身を包んだ、2m近い長身と隆々たる肉体を持つ巨漢――巨大な刃を持つ槍が凄まじい気迫と共に薙ぎ払われ、一気に2人の護衛が鎧ごと上半身と下半身を泣き別れにしながら倒れ付した。

 噴水のように吹き上がる血飛沫が鎧の男の全身を濡らすが、脈動するかのような銀の光沢は、全く色褪せる事無く輝き続け、龍のような金色の双眸は尚も次なる標的を向いている。

 

「こ、このおっ!!」

 

 恐怖を塗り潰すかのように、小銃を手にした護衛が銃弾の雨を撒き散らすが、鎧の男はその全てを銀の装甲で受け止め……一歩、また一歩と距離を詰める。

 そしてとうとう目の前まで近づくと、凄まじい力で小銃の銃身を握りつぶした。

 

「――効きやしねぇよ……テメェらの腐りきった心が放つ一撃なんざなぁっ!!」

 

 怒りの咆哮と共に振るわれた鉄拳は、その首を360度捻転させながら護衛を屋敷の壁へとめり込ませる。

 

 

 

――銃弾の雨を正面から受けても傷一つつかない強固な装甲と、荒れ狂う龍の力を持つ鎧の帝具、『悪鬼纏身』インクルシオ。

 

 

 それを纏うのは、かつて帝国に所属し、義憤の心に駆られて革命軍へと身を投じた熱き魂を持つ漢――『百人斬り』のブラート。

 その強さは、帝国の兵士ならば誰もが知っている――それに立ち向かう事の無謀さも。

 

「ひっ……ひいいいいいいっ!?」

 

 聞きしに勝るブラートの圧力と、肩を並べていた同僚たちの壮絶な死に様に、完全に戦意を喪失した者達が一斉に身を翻して逃走を図る。

 

 

 

――その行動を実行に移そうとする前に、轟音が響き渡り、彼らは脳天から脳漿をぶち撒けながら崩れ落ちた。

 

 

 

「だから、逃がさないって言ってるでしょ?」

 

 

 

 呆れたように呟きながら、ピンクブロンドの長髪を両サイドで纏めた少女が、中庭の上に張られた足場代わりの糸の上から彼らを睥睨する。

 彼らを葬り去ったのは、それぞれ一発ずつの銃弾――それを放ったのは、少女が手にした長大な砲身を持つ巨大な銃の帝具『浪漫砲台』パンプキン。

 所持者の精神力を銃弾として放ち、背水が迫れば迫るほどその威力を増すと言われている、帝国における銃の原点にして完成形とされる帝具である。

 

 

 

 その帝具の性能以上に凄まじいのは、少女の技量。

 

 

 

 彼女は月明かりのみが照らすこの闇夜の中で、複数対象へのワンショット・ワンキルを事も無げに成し遂げてみせたのだ。

 しかも、ともすれば幼いとも言える容姿を見れば分かるように、その実力は未だ発展途上。

 それこそが、この少女――マインの恐ろしさとも言えた。

 

「これで、ここの片付けは完了ね――そっちはどう、ラバ?」

 

 マインが仕留めた者を最後に動く者のいなくなった中庭を確認してから、マインは傍らに跪くゴーグルを掛けた緑髪の青年――ラバックに呼びかける。

 

「――ああ、裏口に向かって……3人。身のこなしからして、全員使用人だな」

 

 その言葉にマインが目を向けると、そこには確かに必死の形相で駆ける屋敷の使用人の姿が朧気に見えた。

 そう告げる青年の瞳は閉じている――にも関わらず、人数どころかその内容まで知り得たのは何故か?

 その正体は糸――青年の腕に取り付けた篭手から、屋敷中に張り巡らされた目に見えないほどに細くしなやかで、それでいて鋼以上に強靭なソレから伝わる振動によって、青年は彼らの存在を感じ取ったのだ。

 

「オッケー、任せ「ちょーっと待った」

 

 そう言いながらパンプキンを構えるマインの腕を、ラバックがそっと抑えつける。

 

「少しは俺にやらせてくれよ。このままじゃ、俺だけ楽してるみたいだし――さっ!!」

 

 そう言うや否や、彼は指を僅かに、素早くこねくり回すかのように動かした。

 すると、そこから伸びた糸の一本が、キリキリという音を立てながら翻り、使用人たちの首へと巻き付くと同時に、締め上げながら宙空へと吊りあげる。

 彼らは自分の首に巻きついた糸を振りほどこうと藻掻くが、肉に食い込む糸はびくともしない。

 程無くして使用人たちは、一分もしない内に全身の穴という穴から液体を垂れ流しながら息絶えた。

 

「……相変わらずえげつない上に見事な手並みね」

「褒め言葉どーも」

 

 マインの称賛とも皮肉とも取れる言葉におどけて答えながら、ラバックは人知れず先の凶行を成し遂げた糸の帝具――『千変万化』クローステールをピン、と弾く。

 糸という形状を活かし、その二つ名の通り無限とも言える応用力を持った強力な帝具である。

 

 

「――これで粗方片付いたか」

「ああ、後は……メインターゲットの当主とその娘と、それについた護衛……後は、屋敷に隠れてる使用人4、5人って所だな」

 

 本邸にいる当主の元には既にレオーネが向かっており、使用人達が隠れているエリアにも残る仲間の1人が行動中――任務遂行は時間の問題だ。

 

「――娘の位置は?」

「離れの倉庫に向かってるな……護衛1人と一緒だぜ?」

「了解。私が行く」

 

 ラバックの言葉にアカメが村雨の血を払って納刀しながら名乗りを上げる。

 

「例の生贄君もそっちに向かってるみたいだけど……大丈夫か?」

「問題無い。ターゲット以外を葬るつもりは無いし……いざとなっても、確実に勝てる」

「りょーかい、なるべく穏便に頼むぜアカメちゃん」

 

 そう言う彼女の顔には、気負いも油断も一切存在せず、それが厳然たる事実である事を教えてくれる。

 ラバックは苦笑しながらアカメへと笑いかけ――新たに感じた糸の手応えに顔色を変えた。

 

「……っ!? 待てっ!! 裏口から侵入者……1人、2人……計9……いや、一人増えて10人!!

全員訓練された動き……恐らく帝国兵!!」

『――!!』

 

 その言葉に、全員の顔に緊張が走る――騒ぎを聞きつけて衛兵たちが横槍を入れてくるのは予想していたが、想定以上に早すぎる。

 

「2人の予想が当たったって訳ね……どうするの?」

 

 アカメとレオーネから、屋敷の監視中に感じた違和感については全員が聞かされている。

 その場にいる全員を代表して、マインが皆に問いかける。

 

 

――暗殺というその任務上、彼らナイトレイドは想定外の戦闘に入る事も少なくは無い。

 このように途中で官憲等の第三者の介入があった場合、ターゲット抹殺を担当する仲間の元に応援に向かいつつ、残る人員で障害を可能な限り排除し、離脱するのが常だ。

 

 

 今この場における指揮官はラバック――戦闘力や場数はアカメやブラートに劣るものの、使用する帝具の特性上、最も状況判断に優れているからだ。

 いつものように指示を下そうとするが、作戦前に聞かされたアカメとレオーネを監視していた者の存在がその判断を邪魔していた。

 

 

 

――そして、更にラバックを動揺させるような情報が、クローステールから伝わる。

 

 

 

「こっちに向かって2人……っ!? 速い!? それにこの感覚……まさか空を飛んでるのか!?」

 

 自分たちのいる本邸の方へと近づいて来る存在を糸が感知するが、その感覚は明らかに『軽い』。

 糸の結界が張られているのは、この中庭上空を除けば地面に接した場所のみだが、それでも容易には飛び越えたり出来ない程度に徹底的に張り巡らされている。

 

――しかし、そこからはまるでそよ風のような感触が伝わってくるのみだ。

 

 反応が返ってきた場所は、とても跳躍出来るような高さでも距離でも無い。

 そんな所業、ナイトレイドの中で最も身体能力に優れるレオーネでさえも不可能だろう。

 速さもまた桁違い――下手をすればアカメに匹敵……いや、ともすれば超えるかもしれない。

 

 

 

 そして、その後に僅かに遅れて向かってくる者は、更にラバックの想像の上を行った。

 

 

 

――前者とは違い、ただ地面を走っているにも関わらず、糸に反応が殆ど無いのだ。

 

 

 

 糸の結界は縦横無尽――その密度は目の優れた達人であっても全てを避けて通るのは非常に難しい程だ。

 しかし、この2人目はその全てを時には身を翻し、時には跳ね、時には屈んで、糸に触れる事無くひたすら前へと進んでいく。

 

(……まさか、見えてるってのか!? このクローステールの糸、全て(・・・・・・・・・ ・・)が!?)

 

 遥か高く、遠い距離を飛び越え、殆ど視認出来ない程に細い糸をこの闇夜に全て見極めるなど、常識外れも良い所だ。

 更に最悪な事に、自分たちはそのような事が出来てしまう存在を既に知っていた。

 

 

 

「まさか……帝具使いが2人だと……!? 冗ッ談じゃねぇぞクソッタレ!!」

 

 

 

 例えどのような苦境であっても、飄々と受け流してしまうような普段の態度をかなぐり捨てて、ラバックが頭を掻き毟りながら悪態を吐く。

 自分を含めたナイトレイドの面々は、皆が皆強力な帝具を持つ手練れではあるが、相手もまた帝具使いならば話は別である。

 

 

 この人数差ならば恐らくは勝てる。

 

 

――しかし、相手がこちらの技量や帝具の性能を上回っていたら?

 

 

――仲間に犠牲が出てしまったら?

 

 

――犠牲が出なかったとしても、脱出が遅れてしまったら?

 

 

 敵の情報がクローステールからの振動という限定的で断片的な情報しか無い事も、ラバックの中で『もしも』というネガティブな思考を溢れさせる要因となっていた。。

 

 

 どうする、どうする、どうする――焦る余り、頭が熱くなり、思考が空回りしていく。

 

 

 

「――落ち着け!!」

 

 

 

 だが、ぐちゃぐちゃになりそうな頭の中を打ち消すかのような一喝が、ラバックの鼓膜を激しく打った。

 それはブラートの声――ナイトレイド筆頭とも言える漢の声は、ラバックを一瞬にして思考の渦から引き上げさせる。

 

「今のお前は指揮官なんだろ? なら自信を持て。

部下である俺達はお前に従うし、そこに何かミスがあれば、部下である俺達が補ってやる」

 

 その体格に見合った巌のようにどっしりとした言葉には、ブラートからラバックへの厚い信頼を感じ取る事が出来た。

 それだけで、不思議と頭が冷えていくのを感じる。

 

「……だな。悪ィ、ガラにも無くテンパってたわ」

 

 そう恥ずかしそうに頭を掻き、ラバックは頬を何度か張る――その顔には、冷静な暗殺者のソレへと戻っていた。

 そして冷静になった思考で出した結論と作戦を、仲間達へと伝える。

 

 

 

「帝具使いが二人……予想以上に厄介なヤツらが来たもんね……」

「それで、どうする? 戦うか?」

「――いや、あくまで任務を遂行しながら、応戦しつつ撤退する。

アカメちゃんは当初の予定通り離れの倉庫のターゲットへ、ブラートは屋敷内でターゲット殲滅の補助、俺とマインちゃんは最も近いA地点まで後退してから、脱出の支援だ」

 

 帝具使いを相手にするには、あまりにもいつも通り過ぎるその指示に、マインが抗議の声を上げる。

 

「――それだけ? 帝具使い二人相手に、ちょっと無用心過ぎるんじゃないの?」

「ああ……けど、あいつら、俺らの所じゃなくて、屋敷中に散らばってる――多分だけど、あいつ等のメインの狙いは俺達じゃない(・・・・・・)

 

 糸からの反応が帰ってきたのは、自分たちがある程度戦闘を行った後だ――戦闘音や銃声などもかなり響いた後だというのに、奴等はその発生源であるこの中庭に一人として向かって来ていない。

 その動きも一人一人バラバラで、退路を塞いだりする様子も無い……これはつまり、彼らは元々違う目的で動いていた可能性がある。

 そして、この人々が寝静まった夜中に、大貴族の屋敷の表からでは無く裏口から入って来たという事は、彼らは表からは入れない理由があったと考えるのが自然だ。

 

 

 

 最悪、彼らを放置したとしても、任務に大幅な支障を来す可能性は低い。

 

 

 

 正直危険な、賭けとも言って良い予想ではある――しかし、ラバックはそう結論付けた。

 勿論、奴等の目的が何なのか分からない以上、長居は無用――だからこそ、この場では最も素早く動けるアカメを屋外へ、そしていざとなれば壁や天井、床といった障害物すらも打ち砕けるパワーを持つブラートを屋内へと向かわせ、一刻も早い任務の達成を目指す。

 そして仮に帝具使いと遭遇したとしても、最後までこの屋敷内に残る四人ならば、各個撃破さえされなければ応戦しつつ脱出する事も可能だろう。

 

「でも――」

 

 そう説明を受けてもまだ納得は行っていないのか、マインが更に反論をしようとするが、その肩を再び糸の上に舞い戻ったブラートが抑える。

 

「――そこまでにしろマイン。今この場でボスから全権を任されてるのはラバだ」

「む……」

 

 そう言われてしまっては、マインもそれ以上何も言う事が出来ず、少し頬を膨らませながら黙る事しか出来なかった。

 そんな彼女の頭を、ブラートはくしゃり、と撫でる。

 

「心配するな――俺達なら大丈夫さ」

「べ、別に心配なんて……っつーか子供扱いすんな!!」

 

 顔を赤らめながらがーっ!! と吼えるマイン――ラバックはそれを和やかそうな顔で一瞬見つめると、再び糸から察知した気配に表情を引き締める――帝具使いと思しき二人が、ほぼ同時に本邸へと侵入したのだ。

 

「さて、お喋りはここまでだ……皆、頼むぜ!!」

 

 マインと共に後退すべく糸を複雑に操作しながら、ラバックは仲間達へと指示を下した。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 かくして、再び物語は動き出す。

 

 

 

 

「――こうなったらやるしかねぇ!!」

「……標的ではない」

 

 

 

 離れの倉庫では、少年(タツミ)少女(アカメ)が運命の出会いを果たし、

 

 

 

 

――そして屋敷では、本来語られる事は無かった筈の遭遇が起こっていた。

 

 

 

 

「ぐ……う……た、助けて……む、娘が……娘がいるんだ……」

 

 この屋敷の主である恰幅の良い壮年の男が、レオーネに首を掴まれながらも必死に命乞いをしていた。

 しかしそんな言葉など歯牙にもかけず、彼女は首に込める力を更に増す。

 

「安心しろ、すぐ地獄(むこう)で会える」

「む、娘まで……な、情けは無いのか!?」

 

 無辜の人々を散々責め殺した外道でも、自分の娘ならば可愛いか――内心嘲笑しながら、止めの如く言い放つ。

 

「情け……? 意味不明だな」

 

 そして、身の毛もよだつような鈍い音が響き渡り、男の全身から力が抜ける。

 

 

 

――その瞬間、レオーネは手を離しながら素早く身を屈める。

 

 

 

 それとほぼ同時に、月夜に照らされながら銀光が奔り、レオーネの髪を一房巻き込みながら、男の首を真っ二つに切り飛ばした。

 

「……っ!?」

 

 それを横目で確認しながら、四肢の全てを使って全力でその場から飛び退く。

 

「おやぁ……? 本当なら、油断してるアンタの首を切り飛ばそうと思ってたんだが……失敗失敗」

「バーカ、獲物を仕留めた後も油断する獣が何処にいるんだよ?」

 

 そこにいたのは、額につけられた瞳のような宝玉をギョロギョロと動かしながら、袖口から飛び出した刃の血を舐めて不気味に笑う長身の男――ザンクの姿があった。

 

「――その帝具……スペクテッドか。っつー事は、お前さんが首切りザンクか? 処刑されたと見せかけて、帝国の狗になってるって噂は本当だったみたいだな」

「そういうアンタの付けてるソレは……噂に名高いライオネルかい?

顔も見かけた事がないと見ると……これはいきなりアタリを引いたようだ……愉快愉快」

 

 その言葉に、レオーネは鼻で笑う。

 

「ハッ、私が当たり……違うね、ハズレもハズレ、大ハズレだよ……お前にとっちゃね」

「ほほう……なら――」

 

 

 

『――試してやろうか』

 

 

 

 首切りの狂人の刃と、獣の拳が激しく交錯した。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そして、もう一方でも二人の少女が遭遇を果たしていた。

 

 

 

「――見かけない顔ですが……どなたですか?」

「は、はははは……そっちは見かけた事無くても、こっちは大いにあるんスけどねー……」

 

 

 

 巨大な鋏の如き刃を持つ眼鏡を掛けた破綻者が首を傾げ、小さな兎が全身をダラダラと冷や汗を流す。

 

 

 

――前の二人と比べれば遥かに締まらないが、それは確かに帝国と革命軍にとっての転換点の瞬間であった。




ようやく書けた、本来の主人公サイドであるナイトレイドとの邂逅。
次回は年明けになりますが、様子見程度の戦闘描写を入れる予定です。

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