2205年 3月27日 地球防衛軍月基地
「つまり避難船団を護衛していた防衛軍連合艦隊は壊滅してしまった言う訳か?」
巡洋艦「矢矧」の第一艦橋内に「矢矧」艦長兼第七宙雷戦隊司令官を務める西山健吾一佐の声が響いた。
「はい、その通りです」
西山の問いに「冬月」駆逐艦長水谷義輝三佐が答えた。わずか三日前に土星宙域で起こった戦い──既に防衛軍本部では「第二次土星沖海戦」と呼称される事が決まったらしい──にて第四十一駆逐隊に属する彼の「冬月」と僚艦の「涼月」「宵月」「霜月」は防衛軍連合艦隊の主力である第一艦隊に配属され、他の駆逐隊と共に主力戦艦群の護衛を行っていた。移民船団を壊滅させられ怒り心頭であった中島長官は波動砲戦術で一気に敵艦隊を覆滅するべく土星沖で決戦を挑んだ。
しかし連合艦隊による拡大波動砲を用いた波動砲戦術は失敗に終わった。
拡大波動砲を発射直後敵艦隊は小ワープを用いて回避、その上小型艇多数からなる別働隊による魚雷の飽和攻撃を実施すると言う奇策を採ったのだ。護衛の駆逐艦達は主力戦艦群を守ろうと奮戦したが多数の魚雷の前にはそれはあまりにも無力であった。その結果主力戦艦群は壊滅、四十一駆も司令駆逐艦である「霜月」を駆逐隊司令ごと葬られると言う事態にあってしまったのだ。「冬月」と「涼月」が全くの無傷で帰投できたのは奇跡と言っても良かったかもしれなかった。
「しかしまさか補助艦艇も含め100隻近くいた防衛軍連合艦隊がただの一度の戦闘で壊滅させられてしまうとはな…」
天井部分に設置されているメインパネルの接続を切り、水谷との会話を終えた西山は呟いた。
「敵小型艇の使用した魚雷に関しては既に内地にいる分析班から解析データが送られてきています」
「矢矧」副長の飯田武二佐が西山にタブレット端末を手渡した。そのデータのトップ画面には「極秘」と記されており、その資料の重要性がうかがい知れた。
「『この魚雷は誘導性能は低いものの強固な外殻を持つが故に対空パルスレーザーのような軽火器では破壊できず、だからと言って破壊力の大きな大口径砲では発射速度の問題で追跡、迎撃する事は不可能。そして標的に着弾後は熱線で装甲板を溶かした上で艦内に放射線を撒き散らす』か…なんて厄介な兵器だ」
西山は端末を飯田に返し艦長席を倒して再び真っ暗になったメインパネルを仰ぎ見た。これまで様々な戦場で戦ってきた西山だがこれにはどうしようもないと言った様相であった。
「だが、それにしても…」
西山は一つの疑問を口にした。
「よくこの短期間でここまで解析が進んだ物だな。まだ土星での戦いが終わってたった三日しか経っていないと言うのに」
「なんでも『宵月』に命中した不発弾を回収してここまで早い分析を行う事ができたのだとか」
西山の疑問に対して飯田が答えた。「宵月」は敵魚雷を一発被雷したものの運が良い事にこちらは不発となり無事土星沖海戦からの生還を果たした艦だ。無傷であった「冬月」「涼月」と異なり大きな損害を受け、月基地では修復が困難であると判断され地球に回航されドック入り後修理を受ける手筈であった。しかし修理を行う時間的余裕が無いと言う事もあり現在はドッグに半ば放置された状態となっている。
「防衛軍本部はこの兵器を既に『超熱核魚雷』と呼称し現在これに対する対策を検討開発中のようですが、全くの新兵器の開発となる為にやはりそれなりに時間が必要です。ですが、いつ配備されるか分からない兵装の完成を待っていては人類はこのまま水没する地球と運命を共にする事になり、だからと言って第一次避難船団と全く同じ陣容で何の対策も無しに臨めば壊滅は必至です」
「つまり人類が生き残るにはなんらかの新たな対応策をもって避難船団を護衛、無事それを完遂するしかないと言う訳か」
倒していた座席を元の角度に戻し西山は飯田の言葉に返答した。しかし根本的な迎撃手段が開発されていない現状において対応策と言えば誘導性能が低いと言う欠点を逆手に取った方法、すなわち大昔の水上戦闘艦のように操艦で魚雷を回避すると言う方法しか存在しない。七宙戦所属艦のように小回りの利く中小艦艇であればそれも可能かもしれないが、避難船や戦艦のような大型艦艇ではそのような手段を採るのは難しい。場合によっては戦艦以上に大柄な船体を持っているにも関わらず非力な機関しか搭載していない前者は特にそうだ。
(俺たち七宙戦の出番はあるのだろうか)
西山は彼の指揮下にある部隊の編制を思い出しながら一人ごちた。「冬月と「涼月」が月基地に入港したのは損傷しておらず最低限の消耗品を補給するだけで前線に出られると判断された為だ。当然その月基地所属の彼率いる第七宙雷戦隊に出番があると考えて然るべきである。昨年新設されたばかりの第七宙雷戦隊は「宙雷戦隊」と言う名前からも分かるように巡洋艦と駆逐艦を中心に編成された部隊だ。国連宇宙軍時代から伝統的にミサイル・魚雷兵装に力を入れていた地球防衛軍極東支部にとっては複数の戦艦部隊によって編成される空間打撃部隊に並ぶ花形部署と言ってもよかろう。
しかし実態はそのような物では無かった。
彼が指揮する七宙戦の所属艦は巡洋艦は西山が艦長を務める旗艦の「矢矧」一隻のみ。本来であれば主力となる筈の駆逐艦はたった五隻。それも全てガトランティス戦役時に建造された旧式艦しかいない。
彼の「矢矧」──防衛軍上層部から「中途半端な性能」と揶揄されている阿賀野型巡洋艦──含め宙雷戦隊とは名ばかりの厄介者を集めた部隊と言う訳であった。
だが彼は七宙戦が編成されたばかりの司令官着任の挨拶の際、自分の部隊が厄介者を集めた部隊だと分かり意気消沈していた各艦乗組員に対して訓示を行った。
「諸君らはこの部隊に配備されて落胆しているかもしれない。しかしそれにはまだ早いのではないだろうか?確かに我々第七宙雷戦隊の所属艦艇は旧式艦や性能の低い艦ばかりで数も少ない。だがそれでも旧式ながら戦闘力は代位戦級である第二世代駆逐艦に最新鋭の指揮能力に優れた巡洋艦。また所属する艦が少ないと言う事は確かに全体での攻撃力は低いかもしれない。だが逆に機動性の高さを生かし思わぬ所から敵に痛打を喰らわせてやる事だって可能なのだ。つまり物は考えようだ。我々のような少数の部隊は広い空間で堂々たる決戦を行うよりもアステロイド帯や星間物質の中に紛れた奇襲作戦の方が向いている。俺は七宙戦をそのような戦い方に特化した部隊に育て上げようと考えている。これが上手くいけば巡洋艦クラスとは言わず戦艦クラスのような大物すら喰えるようになるかもしれない。だがそれは訓練をすればの話だ。ただ腐っているだけでは到底実現できはせん。かつての大日本帝国海軍、そして今の我々に受け継がれる水雷魂を敵に、そして防衛軍上層部に見せつけてやろうではないか」
これを聞いた各艦の乗組員から大きな歓声が挙がった。
いくら腐っていたとはいえ自身が扱う魚雷で大物を屠ってやろうと考える者が集うのが駆逐艦乗りと言う物だ。その彼らにとって「戦艦を喰う事だってできる」と言う言葉はまさに格好のカンフル剤となったのだ。
それから所属各艦は西山の指揮の下、一年間徹底的な猛訓練を行い何処に出しても恥ずかしくないと言える宙雷戦隊と言える練度にまでなった。西山にとってはその自分の自慢の部下達、ここまで辛い訓練に耐えて来た彼らが実戦でどのような戦いを見せるのか知りたいと言う思いがあったのだ。
現在防衛軍上層部は主力と言える連合艦隊壊滅に伴い部隊の再編に大わらわとなっている事だろう。となると七宙戦も解隊され所属する各艦も全く新しい部隊の一員として前線に駆り出される事になるかもしれない。そしてまったく対抗策を見出だせていない現状では、彼らは訓練で培った技術をまともに発揮する事無く虚しく漆黒の空間にその屍を散らしていく事になってしまうだろう。
(せめて何か対抗策が浮かび上層部に具申ができれば、七宙戦は解隊される事も無いだろうがそんな案はとても浮かばない。第一、何十隻といる敵艦隊に対してたった五隻で挑むと言えばそれこそ一笑に付されてしまうだろうな…)
と西山が考えていたその時だった。
頭上から地響きのようなすさまじい轟音が響き、ドッグ内のガントリーロックに固定されている筈の「矢矧」の艦体自身も激しく振動するのが分かった。
「状況報告、一体何が起きた!?」
西山は振動が起きた際に頭から落ちた艦長帽を被り直しながら通信長席に向かい怒鳴った。
「空襲のようです。どうやら敵はこの月基地に攻撃を加えているようです!」
「なんだって!?それじゃあ本土は、地球はどうなっているんだ…!?」
通信長前田洋一三佐の報告に対して西山は自分の顔からみるみる内に血の気が引いていくのがはっきりと感じられた。防衛軍は2201年、ガトランティス帝国の超巨大戦艦によって月基地を月ごとに焼き払われると言う経験を活かし、翌年再建された新たな基地は通信アンテナやレーダー等の電波設備を除き、月面ではなく地中1000m地点と言うはるか深い場所に艦艇ドッグと居住設備を設けるように設計されているのだ。それにも関わらずこのような大震動を感じると言う事は月面はかなりの大規模な空襲を受けていると言う事になる。一見アンテナ類以外何も存在しているように見えない場所ですらこれ程までの攻撃を受けているのだ。地球にも大規模な攻撃が行われているのだと考えない訳がない。
その後振動は15分後程続き、振動が始まった時同様それは唐突に止んだ。
「前田、月基地司令部に『ひまわり』の使用許可を具申してくれ。地球の現在の様子を知りたい」
「了解、月基地司令部に『ひまわり』の使用許可を具申致します」
西山の命令に前田が復唱し司令部への通信回路を開く。
「ひまわり」とは月基地が保有する高性能カメラを搭載する汎用小型艇だ。月沖で公試運転をする艦の写真撮影や地球の表面の気象観測等様々な目的で使われている。映像を撮影するならば地球連邦政府の打ち上げた人口衛星を使えばいいのだが、地球本土が空襲を受けたと言う事を考えるとそれらが生き残っている可能性は低いと考え西山はあえて「ひまわり」の使用許可を求める為月基地司令に問い合わせたのだ。
約10分後月基地司令から「ひまわり」の使用許可が下り、月面の秘匿された打ち上げ台から射出された「ひまわり」は地球の衛星軌道に到達すると共に撮影を開始。「矢矧」を始めとした七宙戦各艦、そして月基地に中継映像を転送した。そこから送られてきた各地の光景を映した映像は西山の想像を絶する物であった。
地球防衛艦隊の母港となっている軍港内では、本来なら堂々たる巨躯を誇る多数の主力艦艇の姿は一切見当たらない。代わり見えるのは濛々たる黒煙を吹き上げ着底、または横腹を海面に剥き出し転覆している残骸ばかりだ。また、その沿岸部に置かれている工廠も爆撃を受けたのか軍港施設のランドマークとなっていた巨大なガントリークレーンが倒壊し破れた網のような様相を呈している。海上から離れた都市中心部では摩天楼の如くそびえ立っていたビル街のあちこちから火災炎と煙が立ち昇り、地下都市に避難しようとしている民衆の悲鳴が木霊する。これは何も日本だけの話ではない。
アメリカ、ヨーロッパ、中国、オーストラリア…世界各国の主要都市と軍事施設が同様の被害を被っており、各国は軍事的機能だけではなく地球連邦内での連携機能まで失おうとしていた。
「なんてこった…」
西山の口から自然とそのような言葉が漏れた。
世界中がこれだけの被害を受けているのだ。もはや第二次土星沖海戦から生き残った艦艇どころかこの様子では護衛艦隊として出撃準備中であった艦も一隻残らず撃沈ないしは戦闘不能状態になっているだろう。
地球に残された戦力は彼の率いる七宙戦と土星沖の生き残りの二隻の駆逐艦だけとなってしまったのだ。