同日同時刻 冥王星軌道付近太陽系制圧艦隊旗艦「ガルンボルスト」艦橋
「おめでとうございます、殿下。本作戦も後は回遊水惑星の地球到達を待つだけとなりましたな」
「何、我等にハイパー放射ミサイルがあれば地球人等恐るるに足らず。これは当然の結果だ」
参謀の称賛の言葉に対して艦橋内の最上段に位置する場所に立つディンギル帝国太陽系制圧艦隊司令官のルガール・ド・ザールがその彫りの深い青い顔に微笑を浮かべ返答した。
「しかし、地球軍も我々があれ程迅速にワープ航法に移行できるとは考えていなかったでしょうな。あの艦首のエネルギー砲を全て外し、我が水雷艇群が襲いかかる時の敵の絶望しきった顔をこの顔で拝んでやれなかったのが残念で仕方ありません」
ド・ザールの直近の部下に当たる参謀長はその恰幅の良い体を揺らし、ニヤつきながらそんな言葉を口にした。この参謀、ディンギル帝国軍内でも戦術、戦略面共に優秀な軍人としてその名が通っているのだが、どうも過剰なまでのサディズムの気があるらしく、戦場では度々このような表情を見せる。しかし艦隊司令官であるド・ザールの顔前である事を思い出した彼はすぐさま元の表情に戻した。
「ですが、我々の目的を考えれば一番の収穫はなんと言ってもあの戦闘の後第4惑星の衛生軌道上に停泊していた船団を一隻残らず撃ち沈めてやれた事でしょう。我々の目的は奴らの戦力を削ぐと言う事もありますが、最重要目標はまず地球から一隻残らず宇宙船を消し去り、奴らを星の外から一歩も外に出さない事なのですから」
参謀長に続いてまだ年の若い主席参謀がこう続ける。
「とにかく、だ」
ド・ザールが司令部幕僚達に向けて若々しさを感じさせながらも威厳を持った声で告げた。
「数週間もすればこの惑星が我々ディンギル人の新たなる故郷となる訳だ」
彼らディンギル人の不幸の始まりは数日前にさかのぼる。彼らの母星アンファ恒星系第四惑星ディンギルは度重なる銀河大戦や星間戦争の中、何者の侵略を受ける事無く平穏な時を過ごしてきた。もっともそれは時折ーと言うより偶然ーやってくる異星人の宇宙船を片っ端から通信を放つ暇もない程迅速に葬り去っていたと言う事実もあるのだが…
しかし平穏の時は突如として打ち破られた
銀河交錯現象によって突如現れた回遊水惑星によってディンギル星は大洪水に見舞われたのだ。ド・ザールを含めた軍人や政府首脳は首都である都市衛星「ウルク」で豪雨と津波によって荒れ狂う星から脱出できたものの、女子供老人等は逃げる事も叶わず、組成物質と大量の水が結びついた事によって発生したディンギル星の大爆発と共にこの宇宙から消し去られてしまったのだ。
だが脱出に成功した彼らも安泰と言える状況で無かった。と言うものの「ウルク」自身のエネルギーがとてもではないが長く持ちそうでは無かったのだ。このままでは「ウルク」は重力発生システム、酸素供給装置といった生命維持に必要な機器が作動する事すら叶わずディンギル人は完全に絶滅してしまう。
そこで白羽の矢が立ったのがディンギル星を水没させた回遊水惑星をその進路上にある生命が居住可能な星-地球-に向けて「ウルク」の誇る次元転移装置でワープさせその星を水没させ、その後水が引いた時に改めてディンギル人が移住すると言う計画であった。その為には地球軍を叩き潰し、そしてかの星から航行可能な宇宙船を一隻残らず排除する必要がある。それが民間船だろうが軍艦だろうが関係ない。「地球」と名の付くものは発見次第片っ端から撃ち沈める。元より居住者である地球人にとってはまさに害悪以外の何者でもないだろうがド・ザール自身全く抵抗を感じる事なくここまで作戦を遂行してきている。
生き残るのは強者のみ、弱い者は自然と淘汰されていくのが自然の摂理である。
これは彼自身だけでなく彼の父親であり国を統べるルガール大神官総統いや、先祖代々ルガール王家に引き継がれている思想でありそれはディンギル帝国軍の根底部にも流れている。徹底した弱肉強食こそがディンギルの国是なのだ。
「お前達も生き残りたいなら力ずくで我々を打ち破ってみるが良い、地球人」
大モニターに投影されている青い惑星に向けてド・ザールは言い放った。
2205年 3月28日 月基地
「補給の為の輸送艦が来る、ですって?」
「そうだ、本土からの連絡では後2、3時間で月基地に入港するらしい」
月基地司令である草薙真一宙将の言葉に西山は少し驚いたような口調で答えた。火星から先の惑星上にある基地を壊滅させられた結果事実上の最前線となった上、地球本土の防衛軍所属艦艇のほとんどが撃沈されてしまった現在数が少ないとはいえ所属艦艇全てが稼働可能な状況にある月基地は防衛軍にとって最後の砦とも言える物であり、そこに補給部隊を送ろうと考えるのは当然のことであり、西山も予想していた。がそれでも昨日地球本土全体が空襲を受け、やっと今日になって通信機能が回復したと言う状態である。派遣されるとしても二日から三日はかかる物だと思っていたのだ。そもそも地球本土の復興を優先した所でアクエリアスの問題を解決しない事には人類が滅亡してしまうと言う現在の状況ではそれは当然と言えば当然であったのだが。
「積み荷は何でしょうか?」
「なんでも本土の技研が開発していた新型の砲弾だそうだ。本来は俺たちが直接出向いて受領しに行くべきなんだろうが、なんせこんな状況だ。そんな余裕はないから向こうから輸送艦で俺たちに寄越してくれたと言う事なんだろう」
「新型の砲弾ですか…」
西山は表情を曇らせた。敵が使用している魚雷はパルスレーザーや対空ミサイルが当たってもビクともしないと言うとんでもなく頑丈な代物だ。いくら新型砲弾とも言えど、魚雷を破壊する事等到底できないだろうと考えた為であった。
「それにしたって、本土にはもう本当に一隻も艦が残っていないのですか?太陽危機やその前のガトランティス戦役後に作られた艦艇は何処に行ったのです?」
「西山、お前も知っているだろう?ガトランティス戦役前後に作られ生き残った艦やその後に作られた艦は皆予備艦扱いでモスボール処理を施した上で保存、新型艦が竣工する度にどんどんそれらは入れ替えられていっている事ぐらい」
西山の疑問に対して草薙は宇宙戦士訓練学校の教官が訓練生に基礎を教えるような声で諭した。
2200年、国連宇宙軍から再編され新たに名前を地球防衛軍へと変えた組織がまず最初に行ったのは太陽系防衛に必要な艦艇数を弾き出しその戦力を揃える為に大規模な艦隊整備計画を策定、実行する事であった。その結果割り出された数字は量産型戦艦たるドレッドノート級八十五隻、同じく量産型巡洋艦のボルチモア級二百隻、量産型駆逐艦七百隻、補助艦艇多数と言う物であったのだがそれはガミラス戦役時に人口の約七割を失っていた地球にとってあまりにも壮大過ぎる物であった。
いくら技術が進歩しようとも、完全な無人艦でもない限りは艦を動かす為に乗組員が必要である。だがこれ程までの大規模な建艦計画に見合うだけの人員を防衛軍は到底用意する事はできそうにもなかった。当時の防衛軍は軍艦の数だけは列強の星間国家に並ぶだけの物を持っていたが、肝心のそれを動かす「人」がいないと言う笑うに笑えない状況が発生してしまっていたのだ。その結果防衛艦隊は人員が配置された艦のみを配備、乗組員が割り当てられる事が出来なかった艦艇は旧地下都市にあった軍港区画に特殊処理を施した上で予備艦として保存される事になった。また、防衛軍が三年に一度と言うハイペースで主力艦艇の刷新を行い続け新型艦と旧型艦の入れ替えを積極的に進めた結果、現在予備役にある艦はますますその数を増やしていた。確かに艦がある事にはある。が、それらを実戦配備可能な状態に持っていくには弾薬類の補給、さらに乗組員の配置及び訓練が必要であり、地球水没まで残り十日と言う現状ではそのような時間的な余裕等存在しない。ましてや防衛軍は土星沖で主力艦隊と共にまたしても今の地球にとっては宝石よりも大切な多数の宇宙戦士達を失っていたのである。
これらの艦艇を今すぐに稼働可能な状態に持っていく事が不可能であるのは明らかだ。
「それは分かっていますが、やはりもっと役に立つ物が欲しかったと言うのはあります。自分達は地球の為に死ぬ覚悟はできています。いつでも敵戦艦や空母の土手っ腹に向かって魚雷をぶち込んでやりますよ、それが宙雷戦隊の生きがいでもあるんですから。ただまともな装備も与えられず『死んで来い』と言われるのは御免です。敵に対して何も考えず遮二無二突っ込む事は勇気とは言いません」
西山は語気を強めて言い放った。
「安心しろ。技研曰く根本的な魚雷対策にはならないが、なんでも対策兵器開発中に発見したとか言う『相手の決定的な弱点』をつけばかなり戦術的に役に立つ代物だそうだ。つまりお前が言う程無駄な物って事ではないのさ」
草薙は西山の肩に手を軽くポンと置くと、ニヤリと笑ってみせた。
「『決定的な弱点』ですか…?」
草薙の一言に対して西山は疑問を投げ掛けようとしたがその時執務室にブザーが鳴り響いた。一瞬攻撃の物かと身構えた西山であったが、どうやら違うらしい。
「予定より少しばかり早いがどうやら噂の荷物が届いたようだな。詳しい使用方法や『決定的な弱点』に関しては艦に搬入する前に一緒に乗ってきただろう技研の連中から説明を受けると良いだろう。俺よりも彼らの方が熟知し、説明も上手いだろうからな」
そう草薙は言い自身が腰掛けていた執務室の椅子から立ち上がると輸送艦が入港したドッグに向けて足を向け、西山もそれに続いた。
あけましておめでとうございます。本当は年内に二話程投稿する筈が、気が付けば2016年に。次話でようやく「矢矧」隷下七宙戦発進編です。感想等お待ちしております。