サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実   作:郭尭

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第十四話

 

 

 

  響き渡る剣の音。世に無二である筈の炎の魔剣がその身を削りあう、在り得ない現実。そして目の前でそれを振るうのは、自分の現身とさえ呼べるほどの似姿。

 

  その容貌も、その体格も、その声さえも。何より永年の研鑽の末に身に着けた太刀筋でさえ、完全に模倣されていた。

 

  ならば、とイングリッドは魔剣ダークフレイムの機能を起動、黒い炎が沸き上がる。それに合わせるように、虚の変化したイングリッドも同様に手に持つ魔剣から黒炎を生み出す。

 

  双方の魔剣から放たれる炎の斬撃。炎は混ざり合い、爆発を起こし、衝撃で二人の距離が開く。

 

 

  「貴様、その力はなんだ!」

 

 

  ドッペルゲンガーの能力なら、実力の向上には限度がある。動きを一目で覚えられる者も存在するが、その場合何処か動きが『軽い』のだ。

 

  だが、目の前の『もう一人の自分』の剣技には間違いなく、数多の鍛錬と実戦でしか培えない『重み』がある。

 

 

  「何を驚く。『私』は『イングリッド』なのだ。これくらいは出来て当然だろう」

 

 

  「馬鹿な!偽物風情が何を言う!」

 

 

  二人のイングリッドは同時に駆け出し、再び互いの魔剣が交差する。数合のぶつかり合い、そして鍔迫り合いになる。

 

 

  「偽物は少し違う。『今の私』は間違いなく『イングリッド』だ。この姿も、この魔剣も、技も心も何もかも!」

 

 

  虚の変化したイングリッドは本物のイングリッドを突き離す。

 

 

  「お前が自分の心の中だけに留めていることとて例外ではない。やれ、あの部下が不真面目だとか、やれ、ダークフレイムの名前実は少しダサいと思っていることも……」

 

 

  焦りの表情を浮かべる本物と対照的に泰然とした態度の虚イングリッド。その頬を仄かに赤らめ、どこか陶酔したものに変える。

 

 

  「この胸の内に燃えるブラック様への恋ご「うわあああああああ!?黙れ貴様ああああああ!!」

 

 

  ウツグリッドが口にしてはいけない言葉を口にしようとしたのでイングリッドは全力で斬りかかる。だが動揺して乱れた太刀筋でどうにかできるほどイングリッド自身の剣技は温くない。身体能力、武具の性能、それらを操る戦闘技能。全てが完全に同じ二人の戦いにそれは致命的な隙となる。

 

  振り下ろされる一撃を横に逸らし、その喉元に剣を突きだす。それをイングリッドは咄嗟に身を捻って、魔剣の柄でウツグリッドの魔剣の軌道を逸らす。

 

  二人のイングリッド、意外にも優位に立っているのは虚の変化したイングリッドだった。姿のみならぬ現身に対する動揺は大きかったということだろう。

 

  だが、イングリッドも伊達に歴戦の戦士ではなく、徐々に均衡を取り戻していく。それでも、最初に動揺していた頃の消耗もあり、イングリッドの表情に余裕はない。

 

  だが、それは誰にとっての幸運か、或いは不幸か。それまでの戦いは、甚くこの場にいる唯一の男の興味を引いてしまった。

 

  パチ、パチ、とゆっくりとした拍手の音。

 

 

  「面白い力だ。相手の姿や能力に留まらず、その経験や知識も模倣しているのかな?」

 

 

  イングリッドとウツグリッドの斬り合いから、取り敢えずそこまでは推測できる。であれば、彼は期待した。楽しめるのではないか。

 

  強すぎる力を持ってしまったが故の、無聊。それを埋めてくれるかも知れない者。井河アサギが或いは何時しかと思っていたが、まさか今を期待できる存在が現れるとは。思わぬ幸運にブラックは期待を隠せなかった。

 

 

  「その術は私も模倣できるのかな?」

 

 

  「ブラック様のお望みならば」

 

 

  ウツグリッドは仰々しくブラックに礼をし、あてつけがましくイングリッドに視線を向ける。あたかも自身こそがブラックに仕えている騎士だとでもいうかのように。イングリッドは忌々しげにそれを見ながら、しぶしぶ剣を収める。

 

 

  「それは素晴らしい。是非お願いしたい」

 

 

  自身の言葉に頷くウツグリッドの様子を横目に、ブラックは傍(側)まで下がってきたイングリッドに小声で何かを耳打ちする。イングリッドは頭を下げるとブラックから二歩ほど下がった位置に、剣を握ったまま待機する。

 

 

 

  実感だった。今生で足りなかったもの。例えそれが他人のものであっても。

 

  イングリッドの姿が解けていくのを理解できる。『掴んで』いたのを『手放した』から。

 

  霧散していく記憶と感情。愛しいという想いが急速に冷めていく。借りてきた記憶は空白になっていく。『私』は私へと回帰する。してしまう。

 

  そしてエドウィン・ブラックと目を合わせる。右目からの光学情報、そして左目に映る魂魄の姿。形も大きさも揺蕩い続けるそれだけしか映らない世界が私の左目に宿っていた。

 

  そして私はブラックの『揺らぎ』を『掴む』。それを『引っ張って』きて『私』の『揺らぎ』の上に『纏う』のだ。

 

  自分の魂の表面を相手の魂の一部で覆い隠し、『私』が一歩引いた場所に沈む。目線の高さが変わる。経験したことのない過去を脳裏に浮かび上がる。他人の感情が『私』には有り得ない実感を伴って芽生える。

 

  エドウィン・ブラックの寂寥感。それが愉快でたまらない。イングリッドの時の秘めたる恋心と同じ。それがポジティブであろうとネガティブだろうと、確かな実感を伴って感じられる。

 

  私はエドウィン・ブラックという『私』へと変化するのだ。

 

 

  「ほう、自分と対峙するとなると、不思議な感覚だな」

 

 

  「ああ、その感覚は私も分かる。今は私も君なのでな」

 

 

  彼が感じているだろう期待は、今は私が感じているものでもあるのだから。

 

  生死を懸けた戦いをこそ求める吸血鬼の王。同等の力を有する存在はいない訳ではない。だが、誰も彼の前に敵として対峙しようとはしなかった。

 

  死霊の王、淫魔の王、ブラックと同等の力を持つと言われる者たちもいる。だが何れとも相対する機会には恵まれていない。最も身近にいるカリヤは一応味方である。故にこの戦いは非常に心躍らせているのだ。『二人とも』。

 

 

  「では、始めようか、本物」

 

 

  口火を切ったのは私だ。自身の周囲に複数の黒い球体型の空間が現れる。ブラックの重力を操る力による攻撃。『私』が見たことさえない力。だが、『ついさっき熟知した』力。

 

  ブラックも同様に黒い空間を発生させる。私の作りだしたのと同じ数だけ。

 

  双方の作りだした重力弾は完全に相殺される。威力は互角、私は再度重力弾を発射、その後ろに続くように駆け出す。ブラックが重力弾を相殺したのとほぼ同時に私の徒手の間合いに辿り着く。吸血鬼の身体能力に任せた拳。私自身では断じて発揮できない怪力。

 

  ブラックは、同等の一撃を以ってこれを迎撃。だが、意外なことに本物のブラックの拳が一方的に破壊される。すぐさま傷が再生を始めているとは言え、拳の骨が砕け、皮膚を突き破り露出している。

 

 

  「驚いたな、この姿でも対魔の力が活きているとは」

 

 

  私は自身の拳を見やりながら口にした。目覚めたばかりの忍術、私自身、能力を完全に把握しきれていない。

 

  一方で本物のブラックもしげしげと壊された自身の拳を握る。再生が遅いようだ。対魔の力は魔族の生命力を侵す力である。自身の力に更にそれを上乗せされた一撃は、ブラックにとって初めての一方的なダメージである筈だ。

 

 

  「ああ、素晴らしいな。初めての経験だよ、只の一撃とは言え、一方的に押し負けるなど」

 

 

  吸血鬼という種族は基本的に怪力ではあるが、魔族の中では比類する者がいない訳ではない。だがそれは通常の吸血鬼なら、である。ブラックの場合は純粋な膂力でも私たちが少し前に相手取った魔獣を引き裂くことも容易である。

 

  膂力だけならばブラックを超える敵ともまみえた経験はあるが、その場合の多くは重力弾で圧倒できてしまうでくの坊が殆ど。その身に触れるに至れた者など片手で数えられてしまう。

 

 

  「では、続けようか、本物よ。君の感じていた感情も、今抱いているモノも、今は私のものでもある。存分に楽しもう」

 

 

  自身の忍術の把握という実利もあるが、私の言葉に嘘はない。私の魂の表層に他人の魂の一部を引っ張り、シーツを被るように覆い、結果物質である肉体と精神を変容させる。

 

  空蝉の術、魂纏心(こんてんしん)。この戦いの後、私がそう名付けた忍術。今この瞬間に限ってではあるが、間違いなくエドウィン・ブラックを理解しているのは私に他ならない。

 

  故に、次の攻撃はブラックの方からというのも、読めてはいた。だが、それを敢えて受ける。あばらを奔る激痛。思わず片膝を突く。すぐには立ち上がれない。迫る危機が楽しい。

 

  だが追撃はなかった。不思議に思い、ブラックに目を向ければ、私同様本物も片膝を突いて、私と同じ個所を押さえていた。

 

 

  「……殴った私の方にも同じダメージとは、これも君の忍術の能力かな?」

 

 

  ゆっくりと立ち上がるブラック。吸血鬼の再生能力故か、既に引き始めた痛みを無視して私も立ち上がる。

 

 

  「成程、相手の魂の一部を纏ってのこの姿。繋がっているのならこちらの身に起きたことはそちらにも降りかかる、ということだろうか」

 

 

  本物あっての現身?であり、本物の魂の一部を纏うのが魂纏心である。そして纏っている魂は本体と繋がりを保ったまま。謂わば本物の皮膚と肉が偽物の体を覆っているようなもの。自分の魂を傷付ければ、只で済む道理はない。それが肉体的なダメージとして現れる理屈までは分かっていないが、兎に角そういう能力だということだと。

 

  自身と完全に同等の地力、経験、能力。そして対魔の力による優位性。挙句に与えたダメージが丸々返ってくるという理不尽。

 

  エドウィン・ブラックの脳裏には敗北の二文字が過っているのだろう。楽しそうに口元を釣り上げているのだから。

 

  だが、この戦いに彼の敗北はない。『私』にとっても、彼にとっても、残念なことに。ああ、私にとっては喜ばしいことではあるのだが。

 

 

 

  吸血鬼の王同士の戦いの決着は僅か数分であった。

 

  片や肩で息をしながら片膝を付き、片や仰向けに倒れている。どちらも満身創痍には違いないが、倒れている方の傷は目に見える速度で癒えていく。だがすぐその姿は黒い色が溶けていくように消えていき、少女のものに変わっていく。

 

  その様子を視界に収めるブラックの表情はどこか満足気なものだが、その眼には僅かばかりの口惜しさが見て取れた。

 

 

  「楽しいひと時だった。これで終わるのが惜しいと思うくらいだよ」

 

 

  ブラックの位置からは、虚の表情は前髪に隠れてよく見えない。見える口元も、何時もどおり、感情を見せずに荒い呼吸を繰り返すだけである。

 

  相手と全く同じ戦闘能力、対魔の力による魔族特効、そしてダメージの共有。これ程の優位がありながら、虚はブラックに敗れた。

 

  ブラックに変化したことで気付いたことであるが、虚の忍術は対魔の力を消費していき、その量は相手によって変わる。まだ、その対象が二人だけという現状、その減り具合がどういう法則があるのかは虚には分からないが。

 

  兎も角、今の彼女に戦う力など残されていない。

 

 

  「終わりね、すっぱり殺してもらえるってこと?」

 

 

  「残念ではあるがね」

 

 

  短い時間ではあったが、確かな享楽を得ることができたことには、ブラックは本気で感謝していた。もし虚に逃げるための一手を残されていたら、次を楽しむために見逃してやろうかとも考えるほどに。

 

 

  「そうか、だったら急いでくれ。今死ねれば、それで私の勝ちが完成する」

 

 

  「ほう、それはどういう意味かな?」

 

 

  他者が聞けば負け惜しみとしてもお粗末な言葉。だが、その言葉はブラックの興味を引いた。

 

 

  「覚えてねえよ、あんたの感性なんて。アンタだった私がそう感じた。理由が知りたけりゃ自問でもしてろ。ただそうだってことだけが、まだ私の中で消え切っていないだけだ」

 

 

  目を瞑る虚にはもはや抵抗の意志さえない。他人の、借り物のものであるとはいえ、転生してから初めて感じた充実感。これが消えぬ内に死んでこの世界から退場できるなら、これ以上ない終わり方だと感じていた。

 

  一方でブラックも虚の言葉の意味を、それまで自身が感じていたものを照らし合わせて理解する。確かにこのまま彼女を殺しては、彼女の勝ち逃げとなる。

 

  ならば、次の楽しみに生かしておくのも一興か。

 

 

  「イングリッド、先に荷物を持って戻っておいて欲しい。私は少しここに残る。知人も来ているようなのでな」

 

 

  その言葉に、思うところのあったイングリッドは少し顔を顰めたが、それを口に出すことはなく、朧の頭部が入ったケースを持ちその場を離れる。時折壁などにぶつけているのは多分わざとだろう。

 

  ブラックは湧き出る笑いを堪えきれない様子で、小さく笑った。

 

  彼女の気持ちには、彼も気付いている。答える心算は微塵もなく、その想いが反転してくれれば、面白くなりそうだとすら考えている。そう思う程度には、イングリッドの力を認めているのだ。

 

  そのイングリッド以上に認めている人間、アサギ。そしてアサギに出会う以前は最も好敵手として期待していた相手。嘗て捉えて見せた時、抜け殻と化した身体だけを残して、如何なる手段かノマドの手から逃れて見せた女。今は妖魔をその身に宿らせ、記憶を受け継がせた現身を用いている。

 

 

  「久しぶりだな、良ければ君に頼みたいことがあるのだが」

 

 

  「……貴方に何かを頼まれるような間柄だったかしら」

 

 

  ブラックの背後から現れた、一人の女。対魔忍らしいぴったりとしたスーツを身に纏い、顔の上半分を覆うマスクを被った紫の髪の女。

 

 

  「そう言えばそうだったかな?では仕方ない。どれ、私自ら彼女らを外まで運んでやろう」

 

 

  どこか楽しそうに宣いながら、ブラックは虚を抱えようと彼女に近づいていく。そして手を伸ばしたところで仮面の女はブラックを追い抜き、虚を抱き上げる。

 

 

  「そうか、そうか。では、彼女たちは君に任せよう」

 

 

  ブラックは仮面の女から距離を取るように後退する。そして通路の陰に溶けるように姿を消し、残ったのは虚を抱えた女と、気を失ったままの対魔忍たちだけだった。

 

 

  「全員をここに置いてくんじゃないわよ……」

 

 

  仮面の女は消えていったブラックに対し、忌々し気に呟くと、取り敢えず人手を増やすために怪我の少ない順に背を蹴って気付けをしていった。

 

  甲河 虚。本人の意に反し、今回も無事生還。

 

 

 





  花粉が舞い始めた今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  今回も戦闘シーンで躓きました。あっさりした描写なのに時間をかけ過ぎました。また、どうしようもない構成上のミス、というか最後に出てきた人に対する伏線を出しておくべきでした。やはり急なシナリオ変更はミスが出やすいですね。

  出した理由?RPGXの方でガチャで最初に来たRもSRもこの人だったんですよ。これはもう出さないといけないような気がして……

  次回は多分RPGX版(エロがあるとは言ってない)をやってから本編の予定です。

  あと主人公の忍術の詳細はそのうち機会を設けて解説入れる予定です。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。


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