サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実   作:郭尭

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第四話

 

 

  対魔忍は元々、国内の忍者を政府が雇い入れて運用している組織である。古来大名等の有力者の雇われだったのが、政府に替わったということである。

 

  故に忍者の育成は各々の隠れ里や家系が独自に行っている。私も元々、甲賀の隠れ里で基礎を学び、甲河家の秘伝を修めて今に至る。

 

  そんな訳で、里や家系毎に歴史があり、結果色々と因縁とかがあったりする。それが面倒事に繋がっているのも。

 

  一番最近のアレだと、甲賀者全体が組織の中で冷めた目で見られている。無論原因はうちの姉がやらかしたからなんだが、どうも伊賀者が色々便乗して政治的に動いている形跡がある。戦国時代からの怨恨を未だに引き摺っているようで。

 

  そんな訳で、政府は各々の隠れ里とは別の忍者育成機関の必要性を認め、国が直接運営する隠れ里的な場所を作ろうという計画が持ち上がっている。その為、ある山奥に合宿場のような施設が造られた。恐らくムラサキとかに出てくる五車学園の基礎になるやつがこれなんだと思う。

 

  そんな合宿場で、若手や半人前の対魔忍を集めての合宿が試験的に行われていた。

 

  生徒ポジションですら、殆どは私より年上だ。そんな中、私は何故か師範役として、不知火と他の連中の目の前で刃を交えている。

 

  釵と薙刀なんつう色物同士の戦いがどれ程役に立つかは甚だ疑問だが。

 

  ちゃんとした運動場のような場所でなく、砂利混じりのただの土という、安定しているとは言い難い足場。尤も私らは忍者だ。そういう環境には慣れているので問題ではない。

 

  一応地面に書かれた、結構広い円からでなければ何してもいいというルール、ちょっと古式相撲かよと思ったのはどうでもいいことだ。

 

  晴天の日光の下で響く金属同士の衝撃音、不知火の攻撃を弾いて捌きながら私は反撃のタイミングを探していた。

 

  長柄の利点である間合いの広さと、遠心力を乗せた攻撃は速さと重さを両立させている。リズムを読もうにも、所々で持つ部分を変え、描く円の半径を変える。結果、速度も間合いも変わって合わせられない。

 

 

  「んにゃろう……」

 

 

  やっぱ受けて止めるか。弓の間合いが採れない以上、近づくっきゃないし。

 

  私はしゃがみ込む様に身を屈める。そして下半身のバネをフルに使って駆ける。動きは直線、左右に方向転換を考えない速度。カウンターを誘っているのを隠す必要はない。私の速さが足りなければ何かしらの方法でやり過ごされるだろう。だけど充分に早ければ、意識より先に体が、反射運動でのカウンターを行ってしまう。

 

  さあ、どうだ。

 

 

 

 

  虚の策は、相手の技量の高さを逆に利用するというもので、もし任務でその実力を目にしていなかったら実行することはなかっただろう。

 

  高速で迫る虚の姿に、不知火は咄嗟に薙刀を小さく反転させ、前傾姿勢で意図的に無防備に晒された顔面に向けて突き入れてしまう。左手の釵で薙刀の刃を絡め、逸らす。そして体を勢い良く捻り、相手の懐に潜り込む様に反転。左の釵を開放すると同時に右の釵で薙刀の刃を裏から突き出すように動く。

 

  結果、自身は相手に向けて勢いが着き、相手はバランスを崩しながら虚に引き寄せられる。そして体を捻った勢いのままに、相手の顎を狙って後ろ回し蹴り。

 

  だが、不知火とて百戦錬磨の達人である。薙刀を無理矢理引っ張ることで虚を引き寄せ、同時に自身は前に進む。結果、不知火の顎を狙った一撃は腿で不知火の胸元を打つだけで終わる。

 

  そして予想とは違う反動に、虚のバランスが崩れる。その隙を見逃さず、不知火は薙刀を反転させ、石突きの側で虚の蹴り上げたままの足を引っ掛ける。体勢を立て直せていない虚はバランスを保てず、くるりとひっくり返され、強かに背中を打った。特に虚は鉄の束状態の変形洋弓を背負っている。ダメージは余計に大きくなる。

 

 

 

  「っつ!?」

 

 

  相手の間合いを外し、完全に自分の間合いに入ったと思った矢先の痛撃。すぐさま跳ね上がって見せるが、その時には薙刀の刃が虚の眼前に突き付けられていた。

 

 

  「……参りました」

 

 

  対魔忍有数の実力者相手に、十代も前半の小娘にしては破格の内容ではあった。だが虚にとって最良の一撃が、結局相手の忍術を引き出すに至らなかったのが不満だった。

 

  二人の手合わせが終わり、二人は円を出る。入れ替わりに次に控えていた者たちが円に入り、手合せを始める。

 

 

 

 

 

  いって~わ~。背中マジいってえわ~。子供相手に、加減しろよな。

 

  模擬戦で私をボコった不知火は自分の定位置に戻る。青い長髪をポニテに束ねた凛とした感じの少女と、日に焼けた肌の、茶色かかった髪の活発そうな幼女が出迎えていた。

 

  原作的に考えれば、順当に秋山 凜子と、不知火の娘ゆきかぜだろう。旦那っぽい男がいないのは、任務の都合かね。

 

  対して私の方と言えば、

 

 

  「おかえり、姉さん。相変わらず凄い動きするよね」

 

 

  「ま、まあ、あの水城さん相手じゃどうしようもないわね」

 

 

  体育会系短髪少女池波 蓮(いけなみ れん)と、ツンデレ系ツインテ白瀬 楪(しらせ ゆずりは)の私より年下の二人だ。

 

  私と違ってまだ実戦に出ていないが、将来を嘱望された対魔忍候補、だそうだ。そしてこいつらと同世代の私も、本来はまだそれなりに安全な子供時代を過ごしている筈だったんだな、と理解させられる存在共でもある。

 

 

  「ほらほら、二人とも、あんまりくっついてると虚ちゃんが休めないでしょ」

 

 

  そんな子供二人を引き離してくれたのは峰麻 碧(みねま みどり)。緑がかった長髪が特徴の、人妻対魔忍である。最近結婚したばかりの美人新妻ってこともあり、こう、寝取らなきゃ、って義務感が湧くね。エロゲー的に。

 

  峰麻との付き合いは長い。アサギとコンビを組む以前から、任務で一緒になることが時々あった。逆に言えばそれ以上の関わりはないけど。

 

  兎も角、子供らが離れてくれるのは在り難い。流石にうるさいし。

 

 

  「それにしても若いからかしら、良く一緒に任務受けてた頃と比べて随分動きが活きてきたわ」

 

 

  「そうっすか」

 

 

  私が任務をこなすようになって数年、動きが変わったのは自覚している。他の連中より小道具に頼ってるのもあるんだろう、型が崩れてきたっていうか、甲河の色は薄れてきていると思う。

 

  っつか小細工なしじゃ死にます。お行儀良く甲河流だけでやってくには、私の実力は足りてない。そしてそのことで甲賀のご老人方にうだうだ言われるのだ。連中私にどうして欲しいんだ。まあ、死んで欲しいんだろうけど。

 

 

  「それにしても、虚ちゃんもお姉さんね。小さい娘の面倒も見て。昔は誰も寄せ付けなかったのに」

 

 

  それは私のせいだけじゃない。半分くらいは姉がやらかしたから、里で家が吊し上げ喰らったせいだ。

 

 

  「ちょっと、蓮は兎も角、私まで子供みたいに言わないでよ!」

 

 

  「楪、そこで何で私は兎も角ってなるのかな?」

 

 

  楪の心無い一言に頬を引き攣らせながら訊ねる蓮。

 

 

  「だってそうじゃない、背だって私の方が高いし、胸だって最近出てきたし。もう、お姉さんへの道を歩き出してるのよ、私は」

 

 

  そう行って楪は僅かに膨らみ出した胸を反らしてアピールする。それを見て悔しそうに自分の胸を見る蓮。どうやらこの戦い、楪の勝ちらしい。

 

  この二人の力関係(胸)は、十年後には凄まじいまでに大逆転しているのを、私たちはまだ知らない。

 

  それは兎も角、こいつらもいい加減五月蝿い。周りに迷惑だ、主に私とか。

 

 

  「はいはい、大人っつうんならいらない挑発すんな」

 

 

  ったくガキのお守りなんざなんで私が。面倒くさくて仕方ない。

 

 

 

 

  虚を取り囲む三人の姿を見て、不知火は少し安心した気持ちになった。

 

  諸々の事情で虚は周囲の人間に避けられている。そんな彼女の周りにも、まだ人はいる。

 

  共に育った姉が裏切り、その血縁だけで周囲からは腫物として扱われ、血を分けた両親はお家の立場を守る為に奔走、長らく顔を合わせてすらいないと聞く。

 

  対魔忍という職を悪くいう心算はないが、それでも殺し殺される危険な仕事であり、その特性上世間から賞賛されることもない。それを実の親からさえケアされることなく、時には姉を殺した本人とも共に、何年も戦い続けてきたのだ。

 

  そんな彼女が、少なくとも自分から他者を遠ざけようとする様子を見せていないことだけは救いだった。

 

  大差ない年頃の娘を持つ母親として、不知火は虚の置かれている境遇には心を痛めていた。故に彼女としても、何かできることはないかと、時折虚に声を掛けることがままあった。

 

  この日も、一連の訓練を終えて、普段着に着替えた不知火は虚を夕飯に誘った。嫌がるゆきかぜの様子に気付いたのか、断られたが。

 

  不知火も気付いていたが、娘のゆきかぜは虚に対して隔意を持っている。

 

  不知火が理由を訊くと、虚に見られるのが嫌だ、と答えた。虚が周囲の人間に向ける目線が、人間が『同じ人間』に向けるそれでないことに、ゆきかぜは本能的に気付いていたのだ。そんな目で見られるのが、ゆきかぜには堪らなく嫌だった。

 

  不知火としては、その目線に気付いていたからこそ、余計に虚を放っておけなくなった。

 

  信じれる家族は居らず、頼れる者もなく、孤独の中で血を浴び続ける少女。

 

  それが不知火の目から見た虚である。あの無機物を見るが如くの目線も、人間不信の結果だと思っている。故に、家族のあるべき暖かさを、彼女に教えたいのだ。

 

  対魔忍などという血に塗れた道を歩むのに、人間らしい感情を忘れればそれは本当に修羅となってしまう。それは余りにも悲しすぎる。

 

  どうすれば良いのか、プライベートでの酒の席で、不知火は碧に相談した。

 

  恐らく現時点で、対魔忍という組織内で最も虚に近しい大人はこの二人だろう。この二人の間には、同じ既婚者として交流があった。それぞれ経緯は違えど虚と関わりを持ち、且つ子供を放っておけない者同士だった。

 

 

  「う~ん、甲河の家がなければ、いっそ私が養子に迎えてもいいんだけど」

 

 

  幾度かの任務を共にし、視線を乗り越えてきた碧は、そう口にできる程度には虚に情を移していた。

 

 

  「甲河の家ね。あれでもまだまだ甲賀の重鎮だしね」

 

 

  朧の離反で権威の失墜があった甲河家だが、それでもすぐさま崩れるような脆い家ではなかった。また、皮肉なことに虚の活躍も甲河の権威を守る大きな要因となっている。

 

  そしてそんな甲河の家に手を出すなど、一般的な忍びの家系である二人にはできる筈もなかった。

 

 

  「ままならないわね」

 

 

  「本当にね」

 

 

  方法など思い浮かびもしない。既に大人であり、家族を持っている二人は、だからこそ無力だった。

 

 

 


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