サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実   作:郭尭

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第五話

 

  私の立場から言わせれば、すんげぇどうでも良い話であるが、アサギが彼氏と同棲を始めたそうな。

 

  うれしいと言うのは、まあ、理解できる。そういうのを誰かに言いふらしたい気持ちも分からんではない。けど、それでも私に言うのは違うだろう。一応十代前半よ?子供相手に惚気るな。ついでにセメント対応されたからって落ち込むな。私の無表情具合知らんわけでもないだろうに。

 

  まあ、そんな私の反応とは違い、喜んだのは不知火だ。多分コイバナが好きな女子のノリなんだろう。もしくはオバチャン的な何か。三十路まで後何年だろ。

 

  それはさておき、この不知火さん、何を考えてんのかアサギの同棲祝いなんぞやろうとのたまった。

 

  私は問いたい。何故それで私を誘うのか。

 

  まあ、誘われたのは仕方ない。対魔忍なんて言う微妙にイリーガルな組織でも上下関係はある。引退したとは言え、未だにアサギに憧れる連中も多い。その誘いを私が断った何て噂が流れりゃ面倒になる。

 

  一緒に行ったことが流れてもそれはそれで面倒事になりそうだが、まだ行った方がましだろう。

 

  とは言え私も金に然程余裕はない。危険手当とかも含めて給料は良いんだけど、それにしても私の場合は装備に金が掛かり過ぎるから。米連からの横流し品とか。

 

  せめて自衛軍の装備回してくれればこっちも安く済むんだけど、管轄がどうたら、縦割り行政め。アンチマテリアルとまでは言わんから、スナイパーライフルなんか回せよ。今時弓で狙撃って戦国時代じゃねえんだぞ。

 

  まあ、兎も角そんな理由もあって今回の飲み会は、私が場所の手配を行った。一応私は未成年なんだが、対魔忍に法律がどうこう言われても、存在自体が違法性の塊だし。

 

  情報屋としても利用してるから割と出入りしてるけど、私の個人的な伝手でタダ酒飲めるし、いざという時のタカリ先として世話になっている場所だったりする。今回はそこで飲もうと、私から提案した。

 

 

 

  アサギの恋愛が若干の進展を見せたことを、不知火は我が事のように喜んだ。若干おせっかい気質があるとは言え、わざわざこの程度の事で祝賀会をやろうと言うのだ。

 

  だが途中から別の不安が発生した。虚が場所を任せてほしいと申し出たことである。

 

  これが別の事なら虚が心を開き始めている、と喜ぶ不知火なのだが、これは酒の席でもある。虚には食事とジュースで、と考えていただけに、違う意味で虚の私生活が心配になったのである。

 

  それはさておき、今回の飲み会は虚と不知火、そして祝われる立場のアサギの3人である。アサギが引退する直前の、三人が集まった件の任務以来、時折集まるようになった面子である。尤も、殆どが不知火が二人に声を掛け、虚から声を掛けたことはただの一度もないが。

 

  そんな三人が合流し、向かったのはとある廃棄都市だった。御多分に漏れず、本当に日本なのか疑いたくなるようなスラムっぷりを見せる、典型的なソレであった。

 

  そんな中に容姿の整った美女、美少女の三人組である。当然無法地帯の住人達が大人しくしている筈もなかったが、手を出そうとした連中は文字通り蹴散らされたわけだが。

 

  そして虚に連れられて辿り着いたのは、廃棄都市の名にそぐわない、煌びやかに装飾されたバーだった。

 

  三階建ての建物の一階を店とし、二階より上は個室や宿として使うのが一般的なのだが、ここも大凡そのように使われている。他の二人を引き連れるように店に入る。表にガードマンらしい人間もいたが、虚を見て素通しさせた。

 

  内装は中々に落ち着いた雰囲気のバーである。だが、客の中には明らかに人間でない者たちが堂々と入り浸っている。尤もそういう場所があることは他の二人も知っているし、むしろ敢えて見逃し情報源にしている者もいる。アサギ自身、現役時代はオークの奴隷商人を情報源として色々搾り取っていた。

 

  斯言う虚も、魔族が多く集まるこの店は重宝している。古今、酒場は情報が集まるものだ。そして本来この手の店では目立つ女子中学生という立場の彼女は、ここにいても周囲に納得される立場を手に入れている。便利ではあるが名誉でない、それは……

 

 

  「あ、虚ちゃんっ!」

 

 

  悪魔を思わせる捻じ曲がった角と右目を隠す薄紫の短髪と薄らと日に焼けた肌、そして顔を通る大きな傷痕が特徴的な魔族の女性だった。黒いスーツを身に着けた女性はカウンターから出てくると虚の元に向かう。

 

 

  「ちょっと殴り合おう!そんで痛くして!」

 

 

  「てめえ一人で痛くしてろ!」

 

 

  スーツの女性の勢いに合わせて虚の顔面蹴り。

 

 

  「ちょ、今じゃないっ!でもありがとうございます!」

 

 

  この街の住人に於ける虚の表向きの立場、それはこのスーツの女魔族、ベルベットのお気に入りセックスフレンドである。甚だ不本意ではあったが。

 

 

 

 

 

  ちょっとした騒動はあったが、事前に話は通してあったため、すぐに三人は用意された個室に腰を落ち着かせた。

 

  店主でもあるベルベット自ら注文を受ける。メニューを見てからそれぞれカクテルを頼むアサギと不知火。虚は然も当然とのように、「いつもの」で注文を済ませる。注文を受けたベルベットは、一旦虚に頬ずりして裏拳を受けてホクホク顔で部屋を去って行った。

 

 

  「……なんか、強烈な知り合いね」

 

 

  「まあ、店主は変態ですけど、酒と料理は保証するっすよ?店主は変態ですけど」

 

 

  少々引き気味のアサギに対し、虚は然も有りなんと気にしなかった。今でこそ慣れたが、以前は彼女も引いていたくらいだから。

 

 

  「それに私、ここならロハで飲み食いできるんで金欠ん時は重宝してるんすよ」

 

 

  「虚ちゃん、変なことされてないわよね?」

 

 

  他人にタダで飲食を提供するなど、この立地も含めて不知火は虚が、所謂『良くない知り合い』に騙されているのではないかと心配したのだ。まあ、そんなことをもし口に出せば、虚から『あんたは私のお母さんか』というつっこみが入っただろう。そもそも今生での人生経験もあり、他人を信頼するには虚はスレ過ぎていた。

 

  少しして魔族のウェイターがそれぞれの注文した品を運んできた。アサギと不知火は大きめのコップに注がれたカクテル。そして虚の注文した『いつもの』、大ジョッキになみなみ注がれたカルーアミルクだった。

 

 

  「「多すぎない!?」」

 

 

  「え?注文する回数多すぎると迷惑かけちゃわないっすか?」

 

 

  甲河 虚、飲酒頻度は低いが、笊である。尚、一階のバー部分では、リッター単位のカルーアミルクを作って確定しているお代りに備えていた。

 

 

 

 

  虚とベルベットの関係は、実はアサギとコンビを組んでいた頃にまで遡る。

 

  虚とアサギ、当時コンビだったとは言え、全ての任務を共同で行った訳ではない。虚に対する監視とは言え、アサギをそれだけに使う贅沢ができる筈がなく、また虚を無理な難易度の任務に就けるのにも限度がある。

 

  この時の任務もその類で、この時の相方は峰麻 碧だった。

 

 

  「ええ、目標に発信器のセットに成功、気付かれている様子はありません」

 

 

  この日の任務は、中華連邦のエージェントに盗まれた日本政府の機密情報の回収、もしくは処分である。既に情報は複数の記憶媒体にコピーされ、複数のルートで移動している。虚たちはそのルートの内の一つを担当し、情報媒体を所持した運び屋の男を追っていた。

 

  裏社会でベテランと呼べる程度に長く運び屋を続けていた男は、戦いは兎も角逃げ足は早く、運び屋としては優秀と言えた。故に隠密行動に優れる忍術を持つ碧を表に出さず、表向きは虚が単独で追いかけていた。そして標的は有る店に入った。

 

  結果、後を追って店に入った虚に、男は上手くベルベットを嗾けたのである。

 

  尤も、二人ともそれほどやる気があった訳ではない。ベルベットとしては店のツケを払わせる為に利用されただけで、割に合わないと判断すれば退く心算だった。虚も同様で、自身がベルベットを引き付けている間に碧が目標を討ち、とっとと帰ればいいと考えていた。

 

  最初の内は特に警戒はなかった。動きは悪くないが、ベルベットの動きはどちらかと言うとアスリートのそれに近い。動きの裏に、さしてえげつない物が隠れていないのだ。事実、ベルベットの攻撃が虚の身を捉えることはなく、逆に一方的に傷を増やしていく。

 

  だが虚は次第に違和感を感じていく。ベルベットの動きが、傷を追う毎に速く強くなっていく。虚の動きに適応している訳ではない。動作そのものに変化はない。ただ、純粋に肉体のスペックが上がっていくのだ。

 

  ダメージを力に変える類の能力か、別のネタがあるのか、兎に角ベルベットの動きは虚の身体能力で対処できる領域を超え始めていた。

 

 

 

 

 

  目標の運び屋を峰麻に任せこいつの相手を買って出たのは、楽に捌けるだろうこいつの相手してた方が安全だと考えたからだ。

 

  運び屋がまだ手を残してた場合、ババを引くのを避けようとした訳だが、まさか格下と思ってたこの傷女がババだったとかね。ざけんな。

 

  パワーもおかしいし、蹴っても殴っても薄ら笑い浮かべるだけで、効いてるのかも妖しいときた。

 

  コンクリ壊すようなパンチ連発しやがって、自分の店だろうが。

 

  大振りで放たれた拳を屈んで避ける。頭の上を掠めていく風を感じながら釵を相手の足に振り下ろす。だが狙った足はすぐに振り上げられて、私は蹴り飛ばされる。

 

 

  「冗談じゃねえよ……」

 

 

  咄嗟に釵で受けたけど、折れ曲がったぞ。使えなくなった釵を捨て、靴に仕込んだ棒手裏剣を取出し、傷女に投げつける。投げた棒手裏剣はボクシングを連想させる動きで避けられ、そのまま駆けてくる。

 

  さて、合わせるか。試したいギミックもあるし。

 

  突っ込んでくる傷女の動きに合わせて、小さく跳びこむ。そして傷女の両肩を掴み、両足の裏を胸元に押し当てる。そして靴の両踵の内側にある金属パーツを接触させる。

 

  金属パーツの接触で内の仕掛けに電流が通り、靴の裏に仕込まれた炸薬が炸裂、複数のスパイクがクレイモアさながらに放たれる。ほぼ接触した距離からの散弾で傷女は派手に吹っ飛んでいく。同時に私も反動で背中を地面に打ち付けた。

 

 

  「駄目だこれ、股関節が……」

 

 

  グキッってきた。股痛てえ。反動弱くしねえとまた使う気にはならないよ。帰ったら開発班に文句言ってやる。

 

  痛みに耐えて立ち上がると、傷女は大の字で倒れたまま。でも表情を見て軽く引いた。

 

  頬を赤らめて、恍惚としてるんだもんよ。そしてゆっくりと、ふらつきながら、そいつは立ち上がりやがった。勘弁だよ。こっちゃ今ので股関節痛めたっつうのに。

 

 

  「ふふ、いいね、君。もっと痛いの頂戴よ」

 

 

  「そういう趣味ないよ、御自分でどうぞ」

 

 

  発情した表情を浮かべる傷女に付き合う気はもうない。と言うより大分前からなくなっている。そろそろ逃げることを考えていた。

 

  ちなみにやられるのは勘弁だけど、やる側なら私は問題ない。

 

 

  「つれないな~。じゃあ、無理矢理にでも」

 

 

  動きは一瞬、目の前に辿り着いた傷女はこっちが動き始めるより早く、私の首を掴み、地面に引き倒される。

 

  だが、この身に染みついた甲河の業は見事に動いて見せた。傷女の腕を軸に飛びつき、腕を抱き込む様に固定し両足で首を挟みこんで締め上げる。

 

  こいつの怪力は真っ当な対処が難しくなっているがこれで何とかなるか?

 

 

  『虚さん、こちら碧。目標を確保したわ。すぐに合流しましょう』

 

 

  私と傷女の根競べの最中に掛かってきた通信。でもこっちには通信に出る余裕はなかった。

 

 

  『虚ちゃん?どうしたの?応答して?」

 

 

  無理です。インカムを弄るどころか、声を出すのさえ無理。異常に気付いただろうから、早く来てくんないかな。

 

  少しづつ意識が落ちていくのが分かる。だが相手も表情を蕩けさせながらも、だんだんと白目を剥いていく。どっちが先に締め落とされるかの勝負。

 

  その結果は……

 

 

 

 

 

 

  「結局同時に落ちたらしくって、後で峰麻さんに回収されたそうです」

 

 

  虚の供述通り、彼女とベルベットの出会いは殺し合いであり、その後も幾度か出会うことがあり、いつの間にか無銭飲食が許されるような間柄になっていたという訳である。

 

 

  「情報収集にも使えますし、結構重宝しますよ?」

 

 

  本来アサギの同棲祝いの筈が、いつの間にか話題は虚とベルベットの出会いの話題になっていた。尤も、虚を心配した不知火が強引にその話題に持って行ったのだが。

 

 

  「まあ、そんなことより、です。アサギさん同棲っすけど、相手とはもうヤったんすか?」

 

 

  「「ブフォ!?」」

 

 

  思わず吹き出したアサギと不知火。逆に訊いた虚は何故狼狽えるのか、どう考えても聞かれない筈がないだろうに、と不思議に思った。

 

 

  「い、いや、そ、それは、その……」

 

 

  「う、虚ちゃん……そう言うの、虚ちゃんの歳にはまだ早いと思うな」

 

 

  「……この業界にいて早いも何も……」

 

 

  エログロ両方共、目にする機会には事欠かない仕事である。虚としてはエロは見る方なら嫌いじゃない、自分に被害が来なければ。

 

  結局の所、アサギが恋人とどの段階まで行ったのか聞き出せなかった。いい歳の大人がそこまで恥ずかしがるものか、と虚は呆れもした。同居までいってるのに。

 

  だが、所詮は他人事。好奇心以上の意味はなかった。本命はベルベットのタダ飯タダ酒。そっちは十分堪能した。

 

  ただ、虚にとって平凡な日々はこれで終わる。この翌日に、対魔忍が暗殺されるという事件が起きた。

 

  任務中の殉職ではなく、暗殺。プライベートの情報を、固く守られている筈の対魔忍が、である。

 

  虚は気付いた。そろそろか、と。

 

 

 


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