サイバーパンクな世界で忍者やってるんですが、誰か助けてください(切実   作:郭尭

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第六話

 

 

  暗殺とかする側の対魔忍が暗殺されるという非常事態、組織のお偉い方が色々と騒がしくなっている。

 

  然も有りなん。対魔忍の個人情報は固く守られている。表向きのカバーも含めて。それが闇討ちされ、それも複数回続けば、どっかから情報が漏れたと考えるのが自然だろう。

 

  ……洒落にならねー。四六時中狙われるかもって、気を張り続けるとか無理だし。

 

  で、私ん所にも来るってのは当然予想の範囲内で。

 

 

  「何だい、折角お姉さんが久しぶりに会いに来たんだ。嬉しそうにしてくれてもいいじゃないか」

 

 

  無理です。下手打ったらフルボッコリョナコースでしょ、この姉の相手するってことは。

 

 

  「ウン、ソウデスネ。ウレシイウレシイ。序でに今日はお互い出会わなかったことにしてくれれば妹はもっと嬉しい」

 

 

  死んだ筈の姉が、原作知識通りに蘇って、手勢十数人引き連れてやってきた。なるべく外出しないようにしてたんだけどさ、ちょっと出頭命令出されて行ったらこれだ。情報が漏れたのか、誰ぞが流したか、そもそもスパイ的な立場の奴が仕込んでくれやがったか。

 

  そういやアサギの爺ちゃんだっけ、一作目のスパイ。

 

 

  「折角の姉妹の再会だってのに、表情一つ変えやしない。驚かし甲斐のない子だねえ、相変わらず」

 

 

  それは私のせいじゃない。こうなると分かっていたことが、分かってた通りになっただけだし。まあ、本当に驚いても私の鉄面皮じゃあな。

 

 

  「まあ、いいわ。今日は貴女に良い話を持ってきたの」

 

 

  朧の持ってきた話は、まあ分かり易く勧誘だった。対魔忍抜けてノマド、っつか姉の下に入れと。

 

  私としてはそれで安全確保できればそれも手ではある。でも、原作的にルート如何じゃ普通に姉も触手リョナだし、結局安全確保されねーんだよな。寧ろアサギやら原作メンバーとやりあうリスク考えたらマイナスだよ。

 

 

  「ああ、うん、分かった。帰って考えとくから返答は後日ってことで」

 

 

  今は最低限の装備しかないし、私服だからカバンから出さなきゃだし。で、当然向うさんも素直に帰してくれるわけもなし。後ろに下がろうとしたら何人かに道を塞がれた。見た目は人間と殆ど変らないタイプの。まあ、東京キングダムとか、そういう場所以外でオークみたいな明らかにおかしいやつ、堂々と連れてくるわけにもいかないだろうしね。

 

 

  「それは無理。耳に入ったら面倒な奴らだっているしねえ」

 

 

  ああ、うん、アサギね。他に姉に勝てる奴、対魔忍に誰がいるかな?不知火……はちょっと無理かな、サシだと。当然私が無理に突っ込んでもリョナ展開以外の未来が見えない。つまり逃げの一手以外ない訳で。

 

 

  「放っておいてくれるんなら誰にも何も言わないっての」

 

 

  主な武器もギミックブーツも、通信用インカムもカバン中。どれも出したまま外を歩き回ることはできないから。けど一手も用意していない訳じゃない。

 

  上着のポケットの布地の中に仕込んだ、小型のスタングレネード。軍用のそれと比べて、半分以下の体積まで小型化されたもので、サイズの都合上機能的にも劣る代物だ。実際音の方は本来のものと比べ物にならない程小さい。だが、光量は損なわれちゃいない。

 

  機を見て、これで一先ずスタコラだ。

 

 

  「そんじゃ、実家にも黙っとくから、バイバイ!」

 

 

  朧に背を向けしゃがみ込む。私の戦い方を知っている姉なら、私のこの体勢の意味は分かっている。

 

 

  「逃がすな、殺しても構わないよ!」

 

 

  容赦ないな。まあ、私が姉の立場なら同じこと言うけどさ。けどま、このタイミングかな。しゃがんだ姿勢のまま、スタングレネードを上に投げる。軽い破裂音と、背後からの強烈な光で目の前にはっきりとした自分の影が映る。そのまま両足で同時に地面を蹴る、所謂ロケットダッシュで一気にこの場を離れる。目の前の一人の首をもののついでに蹴り折りながら。

 

 

 

 

  包囲を突破した虚は、若干離れた位置にあるビルの屋上でカバンから持っているだけの装備を出し、使えそうな物を身に着けていく。

 

  虚は逃げ切ろうという心算はなかった。と言うより、朧の実力が裏切る以前のままなら逃げ切れる筈がない、という判断である。寧ろ復活してからは触手や再生能力などが付く分、パワーアップしていると言えなくもない。

 

  逃げに回ろうものなら散々っぱら遊ばれてから捕まるのが容易に想像できた。

 

  幸い通信用に携帯しているインカムにはGPS機能がある。SOS信号を出しておけば、誰かしら来てくれるかも知れない。その間に一人でも多く敵を潰して時間を稼ぐ。朧が本気になる前に誰かしら来れば逃げ切る可能性も出てくる。来なかったり間に合わなかった場合は、舌でも噛む他あるまいと。彼女はヤるのはかまわないが、ヤられるのはなしなのである。

 

  兎も角時間との闘いである。朧が本気になる前に取り巻きをどれだけ殺せるか。そして救援が来るか、である。尤も伊賀の人間や、甲賀の中でも甲河の政敵連中とかが居る為、結構な割合は当てにならない。寧ろ状況が伝わっていたら止めを刺しに来ても虚は驚かない。

 

 実際にはそこまで酷くはないのだが、そう思える程度には、あからさまな態度の人間が多すぎた。

 

  それはさて置き、カバンから取り出した武器はギミックの仕込まれたブーツだけ。他は逃げ出す際のどさくさに紛れて敵の小太刀を一本拝借したくらい。虚の専門ではないが、ないよりはましだろう、と。

 

  見られてもコスプレ的な感じで言い逃れできそうにない物は持って来ていないので、これが戦力の全てである。

 

 

  「本気になられるまでが勝負だな」

 

 

  虚は小さく深呼吸すると、数瞬後に頭上にオーバーヘッドキックを打ちこんだ。それは背後から跳びこんで忍者刀を振るった敵にカウンターで入り、その首を圧し折っていた。

 

  忍者の腕としては、特筆できるものが見つからない。まあ、使い潰しても惜しく感じないことが利点と呼べるなら、それが利点である。

 

  朧の行動にはどうにも『遊び』が混じるきらいがある。最初から全力でやればいいのに、敢えて相手に対処できるかもしれないレベルで相手に手心を加えるのだ。虚はそれは姉のサドっ気から来ているものだと思っている。希望を与えてからプチっとするのだ。他人の命を使い捨てる形でやったことはなかったが、虚に稽古をつけていた頃から若干その傾向はあった。尤もこれ程悪辣なものではなかったことが虚には違和感であり、今の朧こそ虚にとっては『らしい』と感じるが。

 

  殺した相手をそのまま放置し、ビルの手すりを足場に跳び上がる。死体は雄弁とは言ったもので、専門的な知識と技能があればそこから有益な情報を得ることもできる。故に味方の死体は回収かその場で処理するのがセオリーである。相手が問題ないと判断しない限りは、一時的に相手の数が減らせることになるのだ。

 

  次のビルの着地間際、漏れ出る気配。項に奔る電流のような感覚。前世では感じたことのない、対魔忍の訓練で備わった殺気を察知する技能。対魔忍に限らず、ある程度のレベルの戦闘要員は備えている感覚だが、姉の性格の悪い鍛錬によって虚はそれがかなり鋭い方だった。

 

  相手の技量にもよるが、今相手にしている程度ならば、攻撃の数瞬前に方向くらいは掴める。空中で体を捻って体勢を変え、殺気の方向に小太刀を投げる。それは虚の着地際を狙って手裏剣を投擲しようとした敵の喉を貫いた。敵はそのまま絶命したのだろう、自由落下していった。場所が悪かったこともありそのまま地面に一直線であり、翌日には自殺者のニュースでも流れるだろう。

 

  その様子を見て、少し失敗したかな、と虚は思った。衆目に晒されやすい場所に死体を作ってしまったのだから、生きて帰れても説教が飛んでくるだろうな、と。

 

  そのまま勢いに任せ、虚はビルとビルの間を跳び回っていく。その間に一人また一人と虚は処理していく。実力の差は明確で、朧の連れてきた手勢の中に虚をどうにかできる手段はない。せいぜいが虚がミスを犯すまで粘ることくらいしかない。つまり基本的に打つ手がないと言うことだ。

 

  これでも退かせないということは完全に使い捨てている。寧ろいらない人材の処理をやらされているのではという疑問さえ湧いていた。

 

  そして最初の場所からかなりの距離を移動し、人気の少ない郊外エリアに辿り着く。ビルの数はまばらとなり、背も低い物ばかりになっていく。

 

  ここまでは、運は自分に味方していると虚は感じている。

 

  先ずは姉が本気で動き出す前にここまで来れたこと。

 

  今回の戦い、虚にとって一番の問題点は不意を打たれた結果の準備不足にある。実力の差は如何ともし難いが、分かっていればやりようがなかった訳ではないのだ。少なくとも逃げる為の手くらいは準備した。成功するかは別として。そういう意味で、この場所は虚にとって、何かあった場合利用できる者があるとチェックしておいたポイントの一つである。

 

  次いでここまでブーツのギミックを温存できたこと。仕込み刃と棒手裏剣は兎も角、このブーツの切り札である炸裂ボルトは一回だけで弾切れである。そうでなくとも仕込み刃や棒手裏剣も、知られているかどうかで奇襲効果に差が出る。

 

 

  「さて、これで漸く目が出てきたかな」

 

 

  実力では比べ物にならない相手であり、姉への対策を練る暇もなかったが、これで僅かばかりの希望が希望が出てきた。尤も、助けが来てくれれば、という前提条件があるが、そこばかりは賭けである。

 

 

  「ま、ダメなら終わればいい」

 

 

  もう一度得た人生、虚は惜しむことができないでいる。世界を自分の生きる現実と認識できず、全てが作り物と感じてしまう。だから恐怖という感情も希薄で、結果大抵の状況で冷静さを維持でき、それが彼女が危険な任務でも生き残る一助となり続けてきたのは皮肉である。

 

  今とていざとなれば自害すればいいと、捨て鉢とも言える考えだからこそ逆に一切の焦りがなかった。

 

  独り言を呟きながら、虚は更に敵からの剣による斬撃を反らし、挟み打とうとした別の敵の腹に突き刺す。そして動揺して隙を晒した二人の首の骨を蹴り折る。

 

  これで敵の増援がなければ、後は朧だけ。物事の一つの区切りがついたことによる無意識の気の緩み。それを朧は待っていた。

 

  虚の実力を朧はよく理解している。虚に甲賀の基礎と甲河の秘伝を叩きこんだ記憶と、対魔忍共から盗み出した虚のこなしてきた任務の情報。どの程度成長したか、想像がつくというものである。

 

  だからこの瞬間を待っていた。彼女の記憶の中で、『愛しくも奇妙な妹』として残っている少女を生け捕るために。部下に殺しても良いと言ったのも、殺せる筈がないという確信があったから。殺してしまっても使いようはあるが、それではもったいない。

 

  だから捨て駒用の部下を惜しみなく使い倒した。無意識の隙。朧やアサギを含め、それが隙足り得ない実力者もいるが、虚は未だその領域には到達していない。

 

  背後から、虚の肝臓目掛けての、爪先に体重を込めた蹴り。短時間でのスタミナ回復を行うこの臓器の機能を奪えば、真っ当な抵抗は難しくなる。そうすれば、後はじわじわゆっくり嬲るだけだ。

 

  あの鉄面皮が涙に歪む所が見られれば尚良しである。

 

  その一撃を虚は、間に腕を挟んで辛うじて受けてみせた。朧の攻撃を読み切った訳でも、ましてや察知できた訳でもない。ある意味条件反射に近い。

 

  『朧が虚に施した訓練』で行われ続けた、必然的に気が緩んでしまうタイミングでの、強烈な苦痛の伴う攻撃。自身の生死にすらリアリティの感じられない虚の、精神ではなく肉体に覚えこまされた恐怖。『朧』が、『幼少の頃から精神的な不感症を患っていた妹を守る為に』その体に仕組んできた絡繰。それが『朧』の思惑を阻んだのだ。

 

  盾にした右腕を痛めながらも、虚は勢いを利用して自ら吹っ飛んでいく。そのまま右腕を抱えながら、虚はある雑居ビルの一室の窓を突き破って屋内に逃げ込んでいった。

 

  朧は僅かに逡巡する。追撃すべきか否か。虚の動きは目的有ってのものだった。断じて適当に目についた場所に逃げ込んだ様子ではなかった。恐らくは、部屋に何かしらの罠が待っている。

 

 

  「いいわ、乗ってあげる」

 

 

  代わりは幾らでもいるレベルとはいえ、部下をここまで使い捨てたのだ。このまま退くのは、流石に勿体ない。

 

  朧はすぐさま動き出す。余り時間をかけて、虚に時間を与えたくなかった。

 

  朧は窓の外までくると、すぐに入らず気配と音で中の様子を探る。中でがさごそ聞こえてくるが、隠す必要がないのか、隠す余裕がないのか。

 

  だが次の瞬間朧は咄嗟に逃げ出した。部屋から僅かに漏れ出てきた匂いで、虚がやっていることが分かったからである。

 

 

  「隠す気ないのかい、あのガキ!」

 

 

  思わず口にした悪態。次の瞬間、文字通りの意味で部屋が爆炎を伴い吹き飛んだ。無論、アクション映画で見るような派手なものではないが、吹き飛んだガラス片も含めて人間に致命傷を与え得る威力はある。

 

  それを距離を置いてやり過ごすが、その余りの派手さに眩暈を感じた。

 

 

 

 

  この世界と、私の生前の世界の相違点は幾つもあるが、その内に一つが日本の治安の悪さである。表に出てくる大都市は、わりと安全だけど、裏側は大分アレな感じになっている。

 

  お隣のでかい国からの工作員とか、同盟国からの工作員とか。更にはテロリストや、武装難民なんていうものまで潜んである。だからそいつらがため込んでる武器を少し拝借しました。返さないけど。

 

  まあ、手に入るものはせいぜいが第三世界に出回る代物。ソ連系のアサルトライフルやサブマシンガンだ。高価なスナイパーライフルとかは見たことない。でも爆弾関係は割と豊富に手に入る。やっぱテロの基本は爆破なのかな。

 

  それは兎も角として、連中から拝借した爆弾を都内の幾つかの場所に隠してある。まあ、見つかってもこっちは足着かないから、労力が無駄になる程度だし。

 

  今回使ったのもその内の一つ。部屋ごとドカンと派手にいってみた。直前に反対の窓から逃げ出したが、思ったより規模がでかかった。まあ、それでも朧は倒せないだろう。でなければ楽ができるのに。

 

  さて、私がこんなテロリズムそのものな方法を取ったのには理由がある。私自身がこの窮地から逃げきるために。

 

  対魔忍も、闇の勢力と呼ばれる連中も、世間には存在を秘匿するのが暗黙の了解となっている。対魔忍なんてもろに法律上アウトな存在だし、魔族とかは存在が表向きになったら種族間戦争起きかねないし。なったらなったで魔族が負けるとは限らないけど、向こうもタダじゃすまないだろう。だから向こうも多くの場合は人間の権力者を取り込んで影から色々やってるのだろうし。

 

  そんな訳でこんな派手にぶちかませば、警察やマスゴミが出張って来る訳で。そんで対魔忍の中の、甲河と悪い連中にSOSを無視される可能性(私の憶測に過ぎないが)も、これで大分減ったと思う。情報操作とかいろいろやる必要でたから、色々把握しないとだろうし。

 

  そんでうちの姉も引いてくれれば理想的ではあるんだけど。ま、残念ながらそうはならなかったけど。

 

 

  「やってくれるじゃない。あんたこんな派手好きだった?」

 

 

  「いや、ギャラリー増えればね。姉さんに実は恥ずかしがり屋の隠れ属性があって、帰ってくれないかな、と」

 

 

  隣の背の低いビルの屋上で姉と対峙する。

 

 

  「お蔭で本当に時間が無くなったわ。もう遊んでやれないよ」

 

 

  朧が駆ける。速い。横薙ぎに振われた鉤爪を身を屈めて避ける。その不十分な姿勢の状態を狙って回し蹴りが来る。痛めた右腕で防ぐ。鈍く痛むが多分折れてはいない。更に振るわれる鉤爪を後ろに下がって避ける。胸元の薄皮を持って行かれる。

 

  速さが違う。その上、相手の方が上手い。後ろに飛び退いて距離を稼ごうとしたけど、その前に踏み込まれて腹に膝を入れられる。吐き気と共に、肺の中の空気が無理矢理吐き出され、体の自由が一瞬利かなくなる。そのまま後ろに回り込まれ、裸締めに持ち込まれる。

 

  咄嗟に首と腕の間に手を差し込んで完全に極まるのは止めることはできた。頸動脈をキュっとやられて即ブラックアウトは防げたけど、これじゃその内意識を持って行かれる。

 

  だが同時に、この体勢は私にとってチャンスでもあった。

 

  技の掛かりが深くなるのを覚悟で首を上げて、朧の顎に後頭部を押し当てる。そしてブーツの金属パーツ同士を接触させる。靴底の炸薬が爆発し、スパイクが床を壊すことで一部のエネルギーを無駄遣いしながらも私の体を宙に飛ばそうとする。

 

  ガツン、と私の後頭部を通して朧の顎に衝撃が伝わる。そして二人ともが吹っ飛ばされるような形で、拘束が解かれる。

 

  だがぶつける場所が悪かったのか、頭がくらくらして立ち上がる所か、方向の感覚さえ覚束ない。倒れたまま動かない朧の姿を目線の先に収め、私は気を失った。

 

 

 

 

  倒れ伏す二人、先に立ち上がったのは朧だった。少なくとも顎を砕いているだろう、場合によれば首の関節が外れる威力の頭突きを受け、それでも短い時間で立ち上がってきた。

 

  その上、口から血を吐きながらも、顎が砕けているようには見えない。

 

 

  「まったく、実力の割には妙な粘りを身に着けて。面倒くさい娘だねえ」

 

 

  虚からの反撃は先の一撃のみ。故あって常人と比べ物にならない回復力を得ている朧は気を失っている妹を連れて行こうと近づいていく。だが、虚の手前で朧は止まる。

 

 

  「仲間たちを何人も殺してきたのは貴女、かしら?今度は子供の誘拐?」

 

 

  声の方向に振り向くと薙刀を構えた対魔忍、不知火の姿。それも一人ではない。寸分違わぬ姿の不知火が五人。

 

 

  「分身か」

 

 

  朧は舌打ちした。分身の術を使う者は、それなりにいる。だが、どういう理屈で分身しているのか、それが分からなければ破るのは容易ではない。感じ取れる力量から判断すれば、負ける相手ではないが、戦いながら術の正体を見破るには時間が掛かりそうだった。

 

  退くべきか、無理を通すか。僅かな逡巡。次の瞬間に感じた首筋を掛ける電流のような感覚。咄嗟に背後に向けて鉤爪を振った。

 

  第六感に頼った一撃はただ宙を切り裂く。たがその先には後ろに跳び退いた体の対魔忍が一人。緑掛かった黒髪の対魔忍、峰麻 碧である。

 

  穏行に長けているのか、それともそういう術を持っているのか、朧は知らないがこの距離に近づかれるまで気付けなかった。

 

 

  「どういう心算かは知らないけど、その娘は渡さないわ」

 

 

  実力で言えば、朧は碧単体に対してそれほど脅威を感じなかった。だが、不知火を相手にしながら彼女の穏行を無視するのは危険すぎる。

 

 

  「潮時ってやつかしらね」

 

 

  実りは殆どなかったが、仕方がない。戦って勝ち目がなとまで言わないが、勝てても時間を掛けすぎる。

 

 

  「いいわ、今回は引いてあげる。でも、次があるとは思わないことね」

 

 

  不機嫌そうに鼻を鳴らすと、朧は二人に背を見せ、ビルの合間を跳びはねて消えていった。それを対魔忍二人は追わなかった。より正しくは追えなかった。

 

  無防備に晒されている筈の背中に一切の隙がなかったのだ。無理に追撃しても、手痛い反撃を喰らうだろう。

 

 

  「碧、虚ちゃんの様子は?」

 

 

  「後頭部に出血、派手に出始めてるけど多分傷は大きくない筈よ」

 

 

  周囲を警戒する不知火に対し、虚の様子の具合を見ていた碧はそれを伝える。気を失ってはいるが、命に係わる怪我はない。近頃対魔忍を暗殺して回っているのは恐らく先の敵だろう。虚と同じ髪の色の忍びだった。

 

  二人は甲河 朧と面識はなかった。だからあれが虚の姉だと気付くことはなかった。

 

 

 

 

 




  後書き

  梅雨らしく雨が多くなってきた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回漸く本編と掠りました、対魔忍です。と言ってもアサギが朧の襲撃を受ける前、本編始まっているというには微妙な辺りです。これから漸く東京キングダムのメインの部分になります、と言ってもエロはないので原作部分はざっくり行くと思います。詳しくやったら十八禁にしかならなさそうですし、うちは健全な小説ですので。

  今回は主人公と姉(?)との再会、そして何故か一緒に使いやすい気がする人妻コンビ。多分次回は桜を出せると思います。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。

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