兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか 作:ZANKI
ヘスティアは馬車のタクシーに乗っていた。
膝上には『神の小刀(ヘスティア・ナイフ)』を黒い布に包んで持っている。
このナイフを作っていた時の事を思い出す。
【神の力(アルカナム)】は使えなくても、ヘファイストスは凄い。
Lv.ナシでも、世界最高の鍛冶師(スミス)の一人だろう力を見せてくれた。
これは、他の鍛冶師では作り出せない、きっと彼女のオリジナル。半日以上二人で作業部屋に籠って作ったわけだが、ヘスティアの想いまで込めて作れるのは、幼顔の女神を良く知るヘファイストスだけなのだ。
ヘスティアは目を瞑り微笑みを浮かべ、友神へ改めて感謝していた。
そんな彼女は今――鎧姿だ。その装備はおおよそ戦女神。
だが、盾や胸当てや手甲など、重い箇所が外されているようだ。
(さすがに、まだ少し動き慣れないなぁ)
廃墟な教会のホーム部屋の壁から出て来た鎧の人形。
それは神専用のアイテムで、全身に細かい【詠唱文字】の彫り込まれた甲冑鏡人形(アーマメント・ミラードール)であった。
分厚い説明書の本を参考に、ヘスティアはそれを起動した。
その人形は神本人の『神の供物』を依代に、神の体を鏡の如く再現する。
『神の供物』には―――『超神力な紺のヒモ』を使用した。
甲冑鏡人形の後頭部へ供物を挿入すると口から同形状の『紺のヒモ』が出て来た。
今、ホームに残っているヘスティア本体自身はそれを身に付けている。
それで、人形と感覚が繋がるのだ。不思議とタイムラグは感じない。
簡単に言うと分身的な存在と感覚である。
だが、この人形の体はもはや―――神や『神の力』とは直接関係がない。
あくまでも一つのアイテムに過ぎないのだ。
例え、そのくべる燃料に『神血(イコル)』を使っていようとも。
おそらく昔、神がダンジョンに降りて『楽しむ』為に作られたとみられる特注品らしい。
なので、この人形は【ステイタス】をも持っている。
どうやら『神の供物』が抜かれるとリセットされるみたいで、残念なことに今の【ステイタス】は新(さら)ピカな状態だ。
だがそれは、純粋に冒険者を一から楽しめるということでもある。
さて、そんな人形の体《ドール・ヘスティア》で出て来たわけだが、完全にぶっつけ本番なので動きが慣れないのである。それでも早く少年に会いたいためタクシーを見つけ、それに飛び乗っていた。彼女は今、無謀にもベルが向かったと思われるダンジョンを目指していた。もちろんダンジョンに潜る為に。
だが、バベルの周回路近くはすでにフィリア祭で大混雑していて進めそうにない。
仕方なく、ヘスティアは周回路手前でタクシーを降りた。
そうして代金を払い、摩天楼施設へ近付こうとしたときにヘスティアは声を掛けられる。
「あら、ヘスティア……?」
「えっ、フレイヤかい?! 珍しいね、こんなところで会うなんて。どうしたんだい」
「……ええ、とある男神のところに行く途中だけど、堂々とは出歩けないから」
「大変だねぇ」と幼顔の神に返されつつ、全身ローブに身を包んでいるフレイヤは静かに『ヘスティアの姿をしたモノ』を見下ろす。
彼女が声を掛けたのは、美しいモノを見つけたからだ。《ドール・ヘスティア》の持つ黒い包みに視線が行っていた。
それは布を通しても見える―――眩く輝く想いの美しい造形(ナイフ)。
それを持ってうろついている事から、フレイヤはヘスティアのここにいる理由に気が付いた。口許が嬉しそうに上がる。
(――丁度いいわね)
「ヘスティアはどうしたの?」
「そうだ、今日どこかでボクの【ファミリア】の子を、白い髪に紅い色の瞳なヒューマンだけど……兎っぽい子を見なかったかい?」
手振りを交えながら、少年について嬉しそうに頬まで染めて笑顔で話すヘスティアへ、気が付けばフレイヤの表情から一瞬、笑顔が消える。
だが、すぐに微笑みを浮かべて伝える。
「そう言えば、さっき東のメインストリートで見かけた気がするわ。軽装な防具を付けてたけど――」
「! ――それだよ!」
「闘技場の方へ向かって行ったけど。大通りじゃなくて、入ってすぐを左に曲がって裏通りを抜ければ、先回り出来るんじゃないかしら」
「そうか。ありがとう、フレイヤーー!」
すでに、ヘスティアは裏通りへの脇道へ向かって慣れない体を振って駆け出していた。 フレイヤはニヤッとした微笑みを浮かべると、通りのその反対側の脇道へと入って行った……。
「おーい、ベルくーーん!」
ヘスティアは慣れない鎧の体で裏道を駆け抜け、闘技場近くの表通りに出ると、人の波に流され揉まれている少年を発見し声を掛けていた。
それほど表通りの人並みは、時間と共に増え続けて流れが遅くなっていたのだ。
「えっ?!」
ベルはここ数日聞きたかったその声に振り向くと、本当に神様が脇道口から彼の所へとやって来た。
だが、その格好がいつもの蒼いリボンに白いワンピースだけと違った。その上に戦女神の鎧を着ている。
髪もあの蒼い色の髪留めではなく、銀に金の縁取り装飾の髪留めでいつものツインテールに。
頭部は額を守る重厚な金の装飾があるもので、耳上に鳥の羽のような金属飾りも付いている。
肩や足、つま先の防具も銀地に金の縁取り装飾があり尖っている感じでカッコイイ。
細身の剣を両腰に一本ずつ指していた。
そして、黒い布で包んだものを背中に背負って斜めに前で結んでいる。
「ど、どうしたんですか、その―――凄い高そうな『鎧』は?!」
「どうしてここに?」よりも、黒い布の荷物よりも、そっちの方がインパクトがあり過ぎた。問い詰めるために二人は脇道へ一旦出る。
「あははは…………ひ、拾ったかな?」
苦しい言い訳である。
確かに嘘では無いだろう。落ちていたのだ……地下室の壁の中に。
正直に言えばいいのだが、本当の事はダンジョンの中で驚かしたいのだ。
だが、ベルには意味が分からない。こんな高価なものが落ちている訳が無いのだ。
「か、神様。ここは正直に言ってください。まだ間に合います! ……どこで盗んだのです?」
「だからっ……ボクは、と、取ってないから!」
ヘスティアの頭の中に、教会の地下室行きを指示したヘファイストスの創作物かと一瞬過る。だが先程、足の裏まで一通り見るもその名は入っていなかったのだ。
(すなわち、ボクの物だぁ!)
その自信はもう揺るがない。
すでに【神の恩恵】を施し、【ステイタス】まで刻んだのだ。
ヘスティア Lv.1 と名前も入っている!
だが、ベルはまだ納得していないようだ。確かに降って湧いたようなモノであるし。
ヘスティアは防具についてあまり興味がなかったが、確かに良く見ると『高額装備』にも見える。しかし偽メッキやパチモノも少なくないのだ。
だが、ベルは結構目利きらしい。これはとても良質な装備品だという。
「ところで、神様はこの数日、どちらにいらしたのですか?」
「―――あ、えーっと、宴会で酷い二日酔いでね、知り合いの女神のところでグッタリしてたんだよ」
また、ごまかしてしまう。知り合いの女神(ヘファイストス)のところに居た事は本当なのだが。これも『神の小刀』で驚かす為だ。こんな脇道の落ち着かない場所では喜びも半減だろうと。
「そうですか、まあ神様が楽しんでもられば……ってやっぱりそのお世話になったホームから鎧を持って来たんじゃないでしょうね?」
「だから持って来てないからっ! 絶対ないから。――それよりも、デートしようぜ! ベル君」
ヘスティアはベルの右手を握って前に進む。
「デ、デート?! ……(鎧の所為かな、手が何か少し硬いけど……)」
「うん。街はお祭りだし、こういう日はボク達も楽しまないと。今日はダンジョンはいいから」
『デートとは、好きな女の子と……一緒に居たい女の子と出かけて過ごすもんだ』
ベルは祖父からそんな事を聞いた気がした。
神様を好きかどうかは答えられないけれど、嫌いなわけは絶対にないし、『一緒に居たい』という点でベルは――不自然さは感じていなかった。
「……はい。分かりました、神様」
ベルは、手を繋ぐヘスティアに向かって嬉しそうにニッコリ微笑んだ。
少し面食らったのは神様の方だ。
(べ、ベル君がボクからのデートを全く否定しないなんて!! しかもすごく嬉しそう! も、もしかして……コレは……ゴクリ♪)
ヘスティアの胸のドキドキが加速する。顔が徐々に朱に染まっていく。
「あっ……でも、実は人探しを頼まれてまして、デートしながらですが探していいですか?」
――少し、神様のテンションが下がった。つまり、『デートはついで』なんじゃないかと。
「(……ベルく~ん。……ボク達って両想いだよね?)――ベル君、クレープを食べるよ! おじさーん、それと、このクレープくださーい!」
「えっ、神様!?」
再び混雑する表通りへ戻ったベル達は、クレープを其々持ちながら歩くことになった。ベルとしてはエルフのリューから真剣に頼まれた事なので、全力で先に人探しへ当たりたいと考えている。しかし。
「クレープを食べながらでも、人は探せるんじゃないのかい? 仕事でもないんだし、楽しみを中心にしないとだめだぜ」
ベルの考えに対し、神様の考えは大分と違っている気がした。それでも、数日振りなヘスティアとの時間は悪くないと感じているのも事実。とにかく、お祭りを回る神様は可愛い。よく笑うし幼顔のその笑顔は心が癒される。普段のホームにいる時よりも砕けた感じに見える。こちらが地なのかもしれないなぁとベルは思った。
(うーん。でも神様を説得しないと)
ベルは決心する。丁度通りの脇にあった小さな噴水のある休憩場所へ出る。
神様と繋ぐ右手をクッと強めに掴むと、何事かとヘスティアは少年の方を向いた。
「神様、僕は神様とのデートを楽しみたいです」
「ベ、ベル君!!!?」
まるで告白タイムのような言葉に、ヘスティアの胸のドキドキが再び加速する。
見詰め合う二人。
「でも、神様。僕は真剣に人探しを頼まれたんです。だから早くキッチリ終わらせたいんです。そうすれば、後はゆっくりと出来ます」
「あとは……ゅ、ゆっくりぃ?! …………………………そうかい。じゃあ、仕方ないね。人探しを急いで全力で済ませようじゃないか!」
ヘスティアは顔を真っ赤に染めて「そうだぜ、そうだぜ」とまだブツブツ言っている。
何か、メチャメチャ勘違いしている様に見えた。
「じゃあ、これを早く食べてしまおうぜ」
「はい」
クレープを持っていては確かに少し邪魔と言える。ベルに異論は無かった。一口、二口と自分のクレープを食べ始める。
しかし、次のヘスティアの行動はベル意表を突く。
「ベル君、ベル君。はい、あ~ん♪」
「……」
「はい、あ~ん♪」
伝説の『あ~ん』である。
『なぜココデ?』という状況だ。それはすでに神様のクレープには、神様がかじった後が――あります。全面にあるんです!
神様の表情は頬と耳までも赤く染めてまで、確信犯的にやっている様に見えた。
(……本当にいいのかな。神様の口をつけられた『尊い』ものを僕が口にしても)
ベルとして、嫌なわけはなかった。その逆であった。
――神々しいのだ。
動けない。
膨大な時間だけが過ぎていく感覚に囚われる。
「……むっ、何だいベル君、ボクの口を付けたものは食べられないっていうのかい?」
ヘスティア様の最後通告が来た。神様は、すでにベルの口許の直前ギリギリまでクレープを差し出して来ている。
ベルは――食べた。一口。
――喜んで。
甘い。とても最高に甘い味がした。最初が一番甘いのかもしれない。
ヘスティアも喜んで、凄く嬉しそうな最高の笑顔を返してくれる。顔は真っ赤だけれど。
ヘスティア自身もこんなことは初めてであった。恥ずかしい。
でも、『してあげたい』……不思議な気持ちを感じていた。
(くくっ……ベル君、今度はボクの番だぜ)
すると、今度は神様が可愛く瑞々しい桜色の唇を――小さく開ける。
どうみてもお返しを要求しているらしい。
そもそも初めから神様の注文した二人のクレープの種類が違うのだ。確信犯だと思う。
(――神様。そんなに僕とあーんがしたかったのですか?)
ベルとしては複雑な心境になっていた。
自分は神様にとって『普通』の可愛い眷族なんだと思っている。
だが、どうも神様は、最近の睡眠時といい、今日のデートといい――愛が深い気がする。愛を求めている。
でも、ベルは嫌な気は全くしていない。嬉しいと思っている。それは、神様は『大事』だから。
ベルの差し出したクレープは、ベルの歯型ごと『パクリ』と食べられていた。
「すごーーーーく、甘いね!」
ニコニコな神様の感想に、やっぱりそうなんだとベルは納得していた。
(よく考えれば、神様とこうして昼間、傍に居られる時間はそう多くないだろう。僕は冒険者で、この方はダンジョンに降りる事を禁止されている神様なのだから。そのうち長い遠征も増えていくことだろう。この今日の神様との楽しい時間を大切にしないと)
だが、そんなことを思っているのは―――彼だけであった。
(ベル君と一緒にいる時間は楽しいぜ。これからはダンジョンでも一緒に居られるし、最高だよ! もっと二人だけの時間を楽しもうじゃないか!)
残りのクレープを食べ終わった二人は、ベルの頼まれたと言う人探しを始める。
しかし、それが酒場の女の子だと聞いて、ヘスティアは「次は、ジャガ丸くんを食べようぜ」と言い出していた……。
東メインストリートを進んだ先にある円形闘技場(アンフィテアトルム)。
迷宮都市オラリオの東端に位置する巨大な建造物だ。
ここでは今、五万人もの人々が、調教師(テイマー)らが行うモンスターとの命懸けの闘いと、手懐けていく過程を興奮と驚きで堪能しながら観戦している。
その観衆らの大音声は、円形闘技場の外にまで「オオオオオォォォ」と地響きの様に伝わって来ている。
その会場の外には、ギルド職員のエイナもいた。ギルドから【ガネーシャ・ファミリア】のサポートに派遣されているのだ。
実は、エイナは怪物祭についてベルに説明していない事がいくつかある。
まず元々怪物祭の企画そのものは、ギルドが始めたという事だ。上層部の意向というのだが、ダンジョンのモンスターを地上へ上げるリスクはそれなりにあるはず。
だが、それでも行われているのには理由が存在する。冒険者というのは基本、荒くれ者なのだ。彼らの素行の悪さが治安を悪くし一般市民との軋轢を生む。だがギルドとしては、冒険者らがもたらす膨大な魔石でこの都市の経済の大半が成り立っていると言える。すなわち、ギルドにとって冒険者達は必要不可欠で擁護しなければならない存在なのだ。
そのため一部から、この怪物祭は冒険者らが主催し、ギルドが裏方に回りつつ市民らのガス抜きを行なっているものに捉えられているという事実である。
エイナとしては、いずれにしても何事も起こらず、無事に終わって欲しいと考えていた。
そんな時、このハーフエルフの職員は、見知った白い髪の少年を見かける。
(ベル君? ――!)
少年は周囲を見回し、誰かを探しているように見える。だが、その横に見慣れないツインテールの小柄ながら胸の豊かさが分かる、戦女神のような装備で遠目にも可愛い二本差しの戦士を連れていた。
(ベル君が女の子を連れてるなんて……それも手を繋いでるし)
エイナは少し目を見開いて見入ってしまっていた。顔見知りな他の男性冒険者が、女性を連れているのを偶然目撃しても、全く気にならなかったのだが……。
彼女は己のこの自然な反応に、自分で驚いてしまっていた。
「エイナさーん!」
先にベルの方が声を掛けて近寄って来た。少年は横の女の子へ、えらく気遣いつつも手を繋ぎっぱなしである。
「ベル君、朝はありがとう」
「……誰だい、ベル君? この制服のハーフエルフ君は?」
エイナはこの話す雰囲気で、横の鎧を纏う神物(じんぶつ)に気が付いた。
「初めまして、神ヘスティア。わたくし、ベル・クラネル氏の迷宮探索アドバイザーを務めさせてもらっているギルド専務部所属、エイナ・チュールと申します」
「なるほど、そういうことか。聞いてるぜ、いつもベル君が世話になっているね」
ヘスティアは『普通』の対応を見せる。かなりの譲歩だ。
神様としては今後ダンジョンへ潜るため、ギルドの職員との関係は出来るだけ良好にしておきたいと考えたのだ。
(……でもなぜ、普通の子じゃないんだよ)
何にしても、少年の担当がハーフエルフの美人なのは気に入っていない。
「エイナさんは、朝あれからこちらへ?」
「そう、闘技場周辺の環境整備を手伝いにね。私はお客さんの誘導係だけど。で、ベル君の方は観戦しに?」
エイナとしては、二人が手を繋いでいるという意味を、なるべく聞きたくないので先に答えとなりそうなのを自然に投げていた……。
「いえ、僕は人を探しに来たのですけど……酒場『豊饒の女主人』で働いてる女の子で薄鈍(うすにび)色の髪の短いポニーテールをしてる子を。服装はワインレッドと白のワンピースで背丈は僕ぐらいなんですけど」
「あれ、今朝の伝票を届けたお店の子?」
「そうなんです。その人の忘れ物を頼まれたんですけど」
残念ながら、エイナはシルとは面識が無い。誘導係だとしても意識して見ているか、印象的な状況と連動していないと記憶には残らないものだ。
「うーん、ちょっと分からないわ。競技場は有料だから中には居ないと思うけど。これからは見ておくね。見つけたらここで待っておくように伝えておくから、一時間ごとぐらいで見に来てみて」
「すみませんがお願いします。じゃあ、他を探してきます」
ベルがこの場を去ろうとしたとき、エイナをじっと見ていたヘスティアが口を開く。
「時にアドバイザー君。君は、ベル君に色目を使ったりは……してないだろうね?」
一瞬、目が右上方に泳ぎ、内心で少しドキッとしてしまったエイナだが、大人の回答を述べていく。ベルは神様の発言にドギマギ中だ。
「決してそのようなことは……担当として誠実に対応しているつもりです」
「……うん、その言葉を信じたよ」
神様は口許をニヤッとしながら、エイナの肩をぽんぽんと軽く叩くと離れていった。
ベルも振り返ってスミマセンと頭を下げながら。
(ベル君の話からは斜め上な溺愛振り……しかし、ヘスティア様ってあんな神様だったかしら)
幼顔の女神は、男神との噂が全くなく、男に興味がないのではとまで聞いている。
思わぬ神ヘスティアの牽制を凌いで、ほっとするエイナは担当場所を見回す。
『異常なし』――って、少し離れた同僚のギルド職員らがざわついているのに気が付く。
確認に行くと西ゲートの職員が数名倒れたらしいと――。
その職員らは、腰が抜けたような状態で意識が混濁しているという。泥酔状態に近いというが、朝は普通に出勤していたはずである。
祭りの雰囲気で、周りの民衆らと仕事も忘れて飲んでしまったとでもいうのだろうか。
(………)
エイナの心に嫌な不安が広がっていく。
同刻、円形闘技場の一角。
薄暗い石を敷き詰めた通路に、魔石灯の少し心細い明かりが落ちる。
そこには数名のギルド職員が点々と転がる。
それは、入口から凶暴なモンスターらの入る監獄へと繋がっているかのように。
他の『目立つ』場所でもギルド職員を転がしてある。この場へ近付くための陽動とするために。
倒れた者達らは皆、得も言われぬ心地の様子だ。
ここ一時間の物事を自らの意志では、記憶に留められないほどに『魅了』されていた。
一人のローブを纏った人物――フレイヤは、鍵をもって悠々と檻を開けていく。
だが、モンスターたちは彼女に襲い掛かることは無い。
――調教は終わっていた。彼女の銀の瞳と目線を合わせた瞬間に。
「……貴方がいいわね」
『フッ、フーーーッ』
それは、上層のモンスターの中でも有数の凶暴さと強さを持つ、大柄で全身が筋骨隆々な野猿のモンスター『シルバーバック』すら、例外では無かった。
「出て来なさい」
開かれた扉から、彼女の声に従うように鉄格子の檻から石床を軋ませつつ出て来る。
これら凶暴なモンスターを従える女性の目的は一つ。
白い髪の紅い目で、まだ小柄な少年の事。
(ふふふっ、今日はお祭りだからちょっとだけ『楽しみ』がないと。私へ魅せて……輝かしい色を、成長を……可愛い子よ)
フレイヤも気付いていた。少年の加速的で常識破りな最近の成長を。
彼女のその遠くを見る銀の瞳は、『愛おしい者』の輝く色をすでに捉えている。
さて、どんな闘いを見せてくれるかしらと微笑んだ顔で、贈り物な『シルバーバック』の頬へ顔を近づけつつ撫でる。
モンスターの体が、彼女の強大な『魅了』にわなわなと震えていた。
(でも、ごめんなさい。『命』を削り、燃やすときが一番美しいから……死なないでね)
そして彼女が野猿の額へと唇を付ける。
―――周囲には『シルバーバック』の咆哮が轟いていた。
つづく
2015年06月28日 投稿