兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか   作:ZANKI

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17. パーティ と サポーター

 ベルは暖かい感覚の中、ゆっくりと意識が覚醒する。

 そして印象深かったのか思い出す。昨日は大変な一日になってしまったと。

 祭りだと言うのに、人探しも有り終始ゆっくりと出来ず、揚句に自分達が命懸けの見世物まがいな事になっていたのだ。

 しかし――今朝もトンデモナイ状況で彼の一日の幕は開ける。

 頬に癒し的な包み込む暖かい感覚。いい匂い。

 左右に頬を動かすと、一部ぽっち的なモノも一瞬感じたが、全体は程良い弾力を持ち柔らかい……スリスリ。

 それは大きく二つ……二つ?

 

(えぇっ!?)

 

 少年は目を開けた。

 ベル君ベッド、通称『ベルベッド』は、神様に抱き締められていた。

 昨晩も彼は、体調が万全じゃないからと言われ、神ヘスティアにベッドへ引き摺りこまれていたのだ。

 今、神様は仰向けに寝ているベルの上で彼の頭へ覆い被さるように寝ていた。

 彼女はその豊かで柔らかい胸を、少年の横顔に押し付けるように彼の頭を抱き抱えていた。

 

(か、神様?!)

 

 少年の顔が赤くなる。ドキドキし始める。

 こ、これはまさか『愛情表現?』……と少年が思った瞬間、髪の毛に違和感が。

 なにか、ガジガジされている。

 

「むにゃ。ベル君……これ、皮も美味しいぜ……」

 

 彼は――食われ掛けていた。

 

「神様っーーーーー!」

 

 

 

 

「ごめんね、悪かったよ、ベル君」

 

 朝食を用意するベルへ、漸く起きたヘスティアは可愛く寄り添うように謝っていた。

 今晩も……いや、これからも毎日、彼には同じベッドへ寝て貰わないといけないのだ。

 

「もう、気を付けてくださいね、神様。僕、変な勘違いしちゃいますから」

 

 そこはベル君、大いに勘違いしてくれていいんだぜと、彼女は強く思っていた。

 しかし、少年がそういう行為が好きなのか、煩わしく思うのかまだ良く分かっていない事もあり、口に出し面と向かって告げるには時期尚早に思えた。

 おまけに見ていた夢は、巨大なジャガ丸くんの丸かじりであったし……。

 

「うん、かじらないように気を付けるよ♡」

「そこじゃないんですけど」

 

 ヘスティアは満面の笑顔で答えてあげる。それに、しかたないですねとベルも優しく微笑んでくれた。

 彼女は、慎重に少年へのラブとエロを求めていく。

 朝食が終わり、仲良く歯磨きタイム。

 動作シンクロ率は絶好調だ。もちろん胸はバインバイン♪

 神様は内心、ちょっと彼が感心を持ってそれも見てくれると嬉しいなと思っているのだが。

 

「僕は今日もダンジョンへ行くつもりですけど、神様は、ホームで読書ですか?」

「ん? えっと、ボクもちょっと後で出かけるよ」

「そうですか」

 

 結局、昨晩ベルは、晩御飯の時にあの不思議な魔法の件について尋ねるも、神様にはぐらかされてしまった。それはあくまでもあの鎧に付いていた魔法だと言われたのだ。そしてその鎧は拾った所に返したと言う。確かにベルが起きた時には鎧はもう無かった。高価な高等回復薬(ハイ・ポーション)については、貰い物だから返済の心配はないと聞かされている。

 

「じゃあ、僕は『豊穣の女主人』にお礼に寄ります。荷物も預けっぱなしなので。それでギルド本部に行った後にダンジョンへ潜ってきますので」

「ベル君。今日も、まだ無理しちゃだめだからね。特に今日は! 絶対に、ぜーったいに『3階層以下』には潜らない事っ!」

「えっ!? は、はい……分かりました」

 

 何か神様の言葉に力が入っていた。

 いくらなんでも1、2階層だけとは階層が浅すぎると思ったが、初めて酷い骨折を含む死ぬかもしれない程の重症を負った次の日なのだ。偶には基本の確認もいいかとベルは考える。

 

「では、行ってきます」

「うん、よろしくね♡」

 

 やたらにニコニコな笑顔の神様に可愛く手を振られ、ベルはホームの部屋から見送られる。

 

(ん、よろしくね? ……って『豊穣の女主人』への挨拶の事か。リューさんとシルさんには助けて貰ったから)

 

 そんなことを考えながら少年は、地下室からの階段を上がって行った。

 

「ふふふっ、ベル君。ダンジョンで会おうぜ」

 

 少年は閉まった扉の向こうで、神様が小さく呟いたその言葉に気付くことなかった。

 ヘスティアは徐(おもむろ)に岩壁の扉を開けて、甲冑鏡人形(アーマメント・ミラードール)に燃料の神血(イコル)を注入する。

 依代により意識はすぐに繋がる。

 鎧姿の《ドール・ヘスティア》と神様が並び立つ。

 まだ慣れていないが分身的なモノなので、同時活動も可能なのだ。視覚的には左右半分ずつ見えている感覚。少し意識すればもう一方の視覚をオーバーラップさせ左右を満たすことも出来る。

 

「さてと……ベル君、君がダンジョンに出会いを求めるのは間違っていないよ。君とボクがそこで出会うのは、もはや運命なんだから♪」

 

 そうしみじみと一人で語ると、《ドール・ヘスティア》はホームを後にした。

 

 

 

 

 

 ダンジョンを探索する時、冒険者単独の場合はモンスター対戦、魔石拾い、アイテム運搬等を全て自分で熟す。

 だが下層へ進むと、一人では抗しきれなくなり、複数人でパーティを組むことになる。

 その時、概ね役割の分担化が進む。

 役割の中で戦闘力が低い者は、自然な流れで魔石拾いやアイテム運搬などパーティのバックアップ的な作業を務める。

 そう言う役割の者をサポーターと呼ぶ。

 

 ここに一人の小柄な女の子のサポーターがいた。

 そして――虐げられていた。

 

「おい、何してやがる! ちんたらしやがって、能無しが!」

 

 夜中にダンジョンへと潜っていた一組のパーティ。

 その冒険者に、彼女は傲慢な言葉を浴びせられていた。

 その子は身長ほどな縦横の大きさがあるバックパックを背負っている。

 

「碌に仕事も出来ねぇ足手纏いめ、無駄な報酬なんぞ払う気ねぇぞ」

 

 彼女の知る典型的な冒険者の台詞である。

 

(もともと、当初の額を払う気なんて無いくせに)

 

 彼等は弱者にどこまでも残酷だ。

 そして彼らは決まって言う。

 

「モンスターに囲まれた時は、お似合いのいい仕事をさせてやるからなぁ」

 

 下卑た顔で笑いながら。

 彼等が逃げ出す為、モンスターの囮に弱者が丁度いいというのだろう。

 

(――全く、冒険者とは見限るのにお似合いの奴等ですね)

 

 彼女の目は細まりを増していく。

 

 

 

 

 

 酒場『豊穣の女主人』に寄ったベルは、皆に手厚く迎えられる。

 少年は、噂やリューからも聞いたらしい女将のミアに、「シルバーバックを一人で倒した後で、フロストウルフ相手に良く生き残った」と頭を撫でられ、ウエイトレス姿のシルには、逃がしてくれた姿が「凄くかっこよかったです」と抱き付かれるように言われお弁当を手渡され、エルフのリューには、「御無事で良かったです、クラネルさん」と手をまたしっかり握られ、アーニャらには「白髪頭、よくやったニャ、ありがとうニャ」とお礼を言われた。

 また夕食でも食べに来ますと告げると、預けていたバックパックを受け取り、開店準備に忙しいお店であったが20分ほどお邪魔して後にする。

 店を出る時に、再度「ちょっといいですか」とリューに声を掛けられる。

 そうして、ベルはギルド本部のエイナの所に顔を出した。

 

「ベル君! もう動いて大丈夫なの?」

 

 彼女も、ベルのモンスターを退治する活躍と怪我の状況を目撃していた『ダイダロス通り』の住民らから話を聞いたらしい。

 ベル達は窓口の横に設けられた、観葉植物や机もあるソファー席に座って話す。

 逃げたモンスター達は【ガネーシャ・ファミリア】の管理するモンスター達であったのだ。それを協力して倒したベルへは、報奨金も贈られることになっていると伝えられる。

 だが、フロストウルフを倒した人物は不明だと言う。

 

「ベル君は誰か知らない?」

「あっと、いえ、知らない方でしたので……」

 

 そう、店を出る時にリューに口止めを頼まれていたのだ。神様には言っていたらしいのだが……。詳しい理由は聞かなかったが命の恩人の頼みでもある。エイナには凄く悪いが、ここは知らないふりを通した。

 

「そうかぁ。でも、ベル君、シルバーバックもだけれど、フロストウルフを前に良く生き残ってくれたわ。本当に凄いわよ。あの狼は中級冒険者でないと対抗出来ないモンスターなんだから」

「正直、助けてもらわなければ、一人では危なかったです。凄く動きが素早くて」

 

 ベルは、『負けていた』とは言わない。それは神様を一人にしてしまうということだから。

 

「ベル君はその格好だと、もしかしてこれからダンジョンへ?」

「ええ。まあ今日は、体調もあるので凄く浅い1、2階層だけにしか行かないつもりですけど」

「そうね、今日はそれがいいわよ。一人でシルバーバックを倒したぐらいだから、装備がきちんとしていれば10階層ぐらいまでは行けると思うけど、油断は絶対にしない方がいい。万全になってからで十分よ。焦ってもいい事は少ないから」

「はい」

 

 じゃあ、とベルは席を立ちエイナと別れ、ダンジョンへと向かう。

 

 

 

 

 

 ダンジョン。

 そこは、彼女には厳しすぎる場所かもしれない。

 

「うわぁぁーーーーーーーーー! 来るな、近寄るなぁ!」

 

 摩天楼施設(バベル)地下一階から一階層目に降りて、ダンジョンに踏み込んで僅か歩三分。

 右手に石斧を振りかざす一匹の小柄なゴブリンに追われて、戦女神な姿の神様が逃げていた。

 今日の鎧姿はブレストアーマーと手甲や盾も装備された完全版。見た目は露出も高く、耳にも金属の羽飾りが有り、胸部も強調されていて『ロリ巨乳』が際立ち、肩や踵やつま先が尖っていて凄くカッコ可愛く見えている。

 しかし、逃げ回る姿は華麗さに欠けていた。必死である。

 ヘスティアは、そのゴブリンへの遭遇当初、剣を抜いて対峙した。

 そして果敢に切りかかる。

 しかし、まともに当たったはずが、殆ど切れていなかった。

 怒った小柄なゴブリンは石斧で猛烈に反撃して来た――。

 そう神様には見えているが、遠目には広めで明るい通路をヨタヨタした小柄なゴブリンにつけられているだけである。

 そんな、少し和みそうな追いかけっこを少年は見つけてしまった。

 

「か、神様ぁっ?!」

 

 『運命の出会い』……には程遠かった。

 しかし、一応【ヘスティア・ファミリア】初のパーティ結成の瞬間であった。

 

「ベッ、ベル君!? くっ、見ていてくれ、今、ボクの華麗な一撃がコイツに炸裂するぜっ!」

 

 あたふたと逃げていた神様が、急に立ち止まると振り向き様で両腰の二本の剣を交互に抜き放つとモンスターへとそれを振り下ろしていく。

 しかし――どちらも豪快に空振っていた……。

 おまけに、神様は目を瞑っている。それは達人でもない限り当たるはずがない。

 更に目を瞑ったままで、「はぁぁぁっーー! とうっ!」と二本の剣を振り回していた。

 

(神様ぁ……。き、危険すぎる……)

 

 ある意味、モンスターよりも。

 少年の額に涼しい汗が流れる。

 ベルはしょうがないので、この階層ではすでに圧倒する【ステイタス】を武器にする。 昨夜の時点での彼の各熟練度は以下。

 

 力:C601 耐久:F305 器用:C619 敏捷:B733 魔力:I0

 

 小柄なゴブリンの首と石斧を掴んで、神様の斬撃の軌道にそっと移動してやった。

 神様はいい感じの手ごたえを感じ目を開ける。

 小柄なゴブリンは地面に倒れていた……。

 そして、霧のように消えると魔石の欠片が転がった。

 

「ど、どうだい、ベル君! ボクのこの冴え渡る技前は!!」

 

 ベルは、少し後悔した。

 変な形で調子に乗せてしまったかもしれないと。

 ここは早いうちに一度、神様には悪いが痛い目にあった方が良いかもしれないと思った。

 

「でも神様、なぜここにいるんです?! 神様はダンジョンに入ることは禁止されているはずですよね。それに、その鎧は拾ったところに返したのでは?」

「あはははっ。いや、ベル君と一緒にダンジョン攻略をしようと思ってね。その方が稼ぎもいいだろうし。この体は写し身の借り物だから、神の体じゃないぜ。だから、規則違反はしていないよ。それに、鎧を拾ったのは実はホームの地下室なんだ」

「えっ、ええええぇっ?!」

 

 ヘスティアは、言い方を変えていただけで、嘘は言っていなかった。

 少年を脅かす為、そして愛しいベルとずっと一緒に居る為に。

 このあと、初めは追い掛け回され石斧に数回殴られる神様を、散々苦労しながらベルがサポートをしてやり、数匹ゴブリンを倒させた後、昼食になった。

 ベルはシルの作ったお弁当を、神様はホームでパンを食べる。

 《ドール・ヘスティア》は味も分かり食事は出来るが、燃料には殆どならない。なので本体側で普通に食事を取る方が良かった。

 ヘスティアはベルのお弁当に目線がいく。サンドイッチの様だが手が込んでいるのが見て取れた。

 

「ベル君、それはどうしたのかね? ホームを出る時には無かった気がするけど。市販にしては手が込んでいるね」

「えっと……、朝『豊穣の女主人』に寄ったんですが、シルさんが作ってくれていて……」

「ふうん……そうかいそうかい」

 

 今日、神様は大目に見過ごした。昨日の只のお礼なのかもしれないからだ。

 ベルもそれに気が付いていた。

 明日以降もダンジョンへ神様が来るのだろうかと。

 そうすると、結構お弁当を作ってもらっているのが知られてしまうのではと……。

 昼食が終わり、また苦労しながらベルがサポートをしてやり、ゴブリンを倒していく。

 そして最後に、神様は小柄なゴブリンを一匹だけ自力で倒していた。

 

「いやあ、ボクもやれば出来るもんじゃないか、ベル君!」

 

 ダンジョンから出て来た神様はご機嫌であった。

 二人は早めにダンジョンを後にする。

 まだ日は少し傾いたところであった。

 一応換金するため、そして、神様がギルドに冒険者の申請するためにギルド本部へと向かった。

 窓口での換金の後、神様からの申し出にエイナさんが驚く。

 

「えっ、神であるヘスティア様がダンジョンへ?!」

「違うぜ。ボクはヘスティア自身の使うアイテムの一つに過ぎない。本体はホームにいるよ。でも【ステータス】はあるんだよ。【神の恩恵】である【ステータス】があればアイテムでも問題なく登録できるはずだよ?」

「えっと……」

 

 エイナはそんな変わった対応は初めてであった。

 一応、エイナは《ドール・ヘスティア》にその【ステータス】を確認させてもらう。

 そもそも、アイテムに【ステータス】がある物を始めて見たのだ。

 ヘスティアの方がアドバイスする。

 

「確か、年代別に特記事項をまとめた別冊が資料庫にあるはずだから、それを先に確認して見たまえ」

「は、はい」

 

 エイナは席を立ち奥に入っていく。数分経つと、上司を伴って出て来た。

 その上司はエイナへ何か指示を出している。

 そうして、エイナは席へと戻って来た。

 

「ありがとうございます。確かに、二百六十年ほど前、同様のアイテムが最後に登録された形跡がありました。その前までは数年に一度ぐらいで登録されていたようですが、随分久しぶりのようです。とりあえず、登録の手続きに入りますね。こちらへ記述をお願いします」

「はいはい」

 

 そうして、神ヘスティアは冒険者登録されていく。

 神が登録されるのは、実に二百六十二年ぶりのことであった。

 

 

 

 

 手続きに時間が掛かるという事で、ベルは先に買い物を済ませる為、一度ギルド本部を出た。

 そうして静かな路地裏を通っていると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえて来る。

 大小あり、それは二人の人物と思われた。

 ふと、少年は近くの脇道を覗き込む。

 

「あうっ!」

「えっ?」

 

 偶然だがその間が悪かった。丁度肩がぶつかってしまった。

 力の差に負け、ぶつかった方の人物が少し弾かれてベルの前に転がる。

 それは神様より更に低い身長に、細い手足のパルゥムの様であった。

 パルゥムは、食べたり踊ったり、騒いだりすることが大好きな亜人(デミ・ヒューマン)

 

「すみません、大丈夫ですか?」

「うっ……」

 

 よく見ると女の子だ。

 容姿は幼く、何もかも小ぶりな顔立ちで、その大きく円らな瞳が印象的。

 彼女を少年が起こそうとしたとき、一人のヒューマンのまだ若い感じな男性が現れる。

 

「追い付いたぞ、この糞パルゥムがっ!」

 

 その、憤った声が少女を気の毒に見える程怯えさせる。

 男の方は冒険者のようだ。

 

「もう逃がさねぇ、覚悟しやがれ!」

 

 その凄い表情と襲いかねない勢いに、ベルは少女との間に自然と立っていた。

 

「あ、あの、この子に今から何をする気ですか……?」

 

 少年の行動と発言に、若い男性冒険者はベルへ目線を向ける。

 

「あぁ? お前には関係ないだろ、ガキ。邪魔だ、どきやがれ」

「一度落ち着いた方が……」

 

 部外者のベルの割り込みに、彼は更に苛立ちが増している様に見えた。

 

「なんだ? お前、この糞チビの仲間か何かか?」

「し、初対面ですが」

「じゃあ、どいてろよ。死にてえのか?」

「で、でも小さな女の子だから……」

「何、言ってんだ?」

 

 ベル自身も、見知らぬ女の子を庇っているのはどうかと思うが、実際に体が動いてしまうのでしょうがなかった。

 男として、少年には女の子が襲われていたら助ける事が、普通の事だったから。

 

「めんどくせえ、……まずてめえからぶっ殺す」

 

 その気の短い冒険者の男は、後ろに手をやると背中側な腰の剣を抜いた。

 それに反応して、ベルも『神の小刀』を構える。

 その時に、少年は強烈な視線を感じた。

 パルゥムの女の子の目が、ベルの手に握られた紫紺の淡い輝きを放つナイフへ吸い寄せられるように見入っている。

 だがベルはそれどころでは無い。初めての対人戦なのだ。モンスターとはわけが違う。

 ずっと怖い、汗が止まらない。

 そんな、少年の怖じ気づくような雰囲気を察して、冒険者の男は一歩堂々と間合いを詰めて来た。

 思わず一歩引きそうになったが、ベルは耐える。男として引けないと。

 引かないと分かると、冒険者の男は――切り込もうとしてきた。

 

「やめなさい!」

 

 今という間で鋭い威圧の声が掛かり、冒険者の男は機を逸しそこで止まる。

 それは美しい髪と整い過ぎた顔立ちに、突き出ている鋭角的なエルフの耳、空色をしたアーモンド形の瞳。

 そこにはウエイトレス姿で大きな紙袋を手に持った、『豊穣の女主人』従業員のリューが立っていた。

 

「次は、エルフだと……。テメエ何なんだァ!?」

「その方は、私の友人で、私のかけがえのない同僚の大切な方です。手荒な手出しは許しません」

「どいつもこいつも、俺の邪魔をするんじゃねぇ! 殺されてぇのかッ、ああ?!」

 

「――吠えるな」

 

 少し低いゆっくりとした、そのエルフの言葉だけで場が凍る。

 圧倒的な威圧感が、彼女から広がった。

 その力を感じ、冒険者の若い男は、目が大きく見開かれて固まった。

 

「手荒な事はしたくありません。いつもやり過ぎてしまうので。どうか……お引き取りを」

 

 静かな口調だが、「次の言葉はない」と聞こえた。

 気が付けば彼女の手に抜かれた小太刀があったのだ。ベルも抜いた動作に気が付かなかった。

 

「く、くそぉ……」

 

 それを見た冒険者の男は、顔を引き攣らせ小さくそう言い残すと、踵を返して去って行った。

 

「余計な事をしてしまいましたか? 貴方なら何とかされたと思いますが、つい……」

「い、いえ。助かりました。ありがとうございます。リューさんは何故ここへ?」

「夜の営業に向けての買い出しでこの近くに」

「そうですか」

 

 ここで、リューは当然の疑問を聞いて来る。

 

「ところで、貴方はなぜこんな状況に?」

「あっ、そうだ。あの子は、って……あれっ?」

 

 先程いた場所や周囲にその姿は見当たらない。

 

「誰か居たのですか?」

「ええ。幼そうで小柄なパルゥムの女の子が、あの男に追われていたので。切り合いになりそうだったから、怖くなって逃げたんじゃないかな」

「そうでしたか……」

 

 彼自身でも、逃げ出したいところだったのだ。か弱い小さな女の子には無理もない状況に思えた。

 

「では、私はこれで」

「はい、本当にありがとうございました」

 

 そうして、ベルはリューと別れて、目的の買い物を済ませると、ギルド本部で手続きをしている神様のところまで戻って行った。

 その夜、ベルはシルやリューへの御礼もあって、少しだけのつもりで酒場『豊穣の女主人』に顔を出す。

 しかし結局、山盛りのナポリタン他数品を注文されてしまう……良心価格ではあったが。

 そして、彼は帰りが遅くなった詫びにと、神様のベッドへ引き擦り込まれて眠ることになった。

 ヘスティアが、酒場へ行くのを許可したのはそのためである――。

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 再び神様はベルの上で気持ちよく目覚める。

 ヘスティアは、もうすっかりベル君ベッド無しでは寝苦しい感じであった。

 ベルとしては寝る時に、神様とは少し離れて寝ているのでいつも油断してしまう。

 だが、朝になるとスヤスヤと上に乗られている形だ。それも温かく、不思議ととても心安らいで寝ていられ熟睡出来てしまえるので、少年もイヤな気はしていない。

 さて今日、神様は個人的な用があるといい、ダンジョンへはベルだけで行く事になっている。

 

「じゃあ、神様、行ってきますね。本当に、今日はダンジョンへ来ないんですよね?」

「うん、今日は本当にちょっとやらないといけない事が有ってね」

「分かりました。じゃあ今日は一人で行ってきます」

 

 そう言って、いつも通りにベルは、ホームの廃墟な教会の地下室から出かける。

 少年は、酒場の前を通り皆と挨拶を交わし、そうしてギルド本部へ寄ったが、しかしそこで7階層を目指すと言う相談をすると、エイナに今の防具の無い装備を咎められた。

 

「アドバイザーとして伝えます。君の【ステータス】が高くても、6階層以下に降りるのなら、きちんとした防具を装備の上でないと許可できません。これは君の為だから厳守してね。今から、場所を教えるから、摩天楼施設(バベル)の上層できちんとした装備を購入して来なさい。それと、これ。この間の褒賞金よ」

 

 そう言って、10000ヴァリスを手渡してくれた。

 ベルはこれで今、手元の所持金が18500ヴァリス程になった。

 少年は、エイナの心配してくる気持ちに感謝し、アドバイスに従って装備購入の考えを伝える。

 そして、笑顔に戻ったエイナの紹介してくれた指示に従い、バベルへと上る。

 バベルには昇降機があり、それに乗って移動する。

 まず、最終目的のフロアの一つ下で降りて見識を広めなさいと指示があった。

 そこは、高価な上級装備アイテムが並ぶお店が犇めいていた。

 

(僕には少し場違いかなぁ……)

 

 そう思いながらも憧れの気分から回り始める。

 陳列窓には見るからに豪華な金や宝石を使った剣や鎧に盾等の武具が並ぶ。

 値札がどれも数百万、数千万ヴァリスと、家も買える程の値段のものばかりだ。

 今の身形では、どう見ても釣り合わない装備。

 その中でもやはりこの、壁面が赤く間口も広いへファイストスのお店は別格である。

 ここの陳列窓へ並ぶ商品には価格が、なんと1億ヴァリスを超えるものもあるのだ。

 

(今持っている、あの『神の小刀』っていくらぐらいするんだろうか……)

 

 そう考えつつ思わず見入っていると、ベルへと可愛い声が掛けられた。

 

「いらっしゃいませーー! 今日は何の御用でしょうか、お客様!」

 

 そんな聞いたことのあるような声の、可愛いミニスカな売り子の制服姿の小柄で胸の大きなツインテールの店員さんだなぁ――っと少年はその子の顔を見て驚く。

 

「か、神様?! 何をやっているんですか、こんなところでっ!?」

「………」

 

 営業スマイルの顔が、無言のまま徐々に引きつって行く。

 今日神様は、『やらないといけない事』が有ると言っていたが、それがへファイストスのお店でのバイトであったとは。

 ヘスティアは静かに話し出す。

 

「……いいかいベル君、今あったことは全部忘れて、目と耳を塞いで大人しく帰るんだ……ここはまだ君の来るところじゃない。ボクにはやらなくちゃいけない事があるんだっ」

 

 ベルが神様の右手を掴んでいるが、顔を背けて逃げようとする。

 そこへ店の中から太い声が掛かる。

 

「こらぁ、新入りぃ、どこ行きやがったぁ。遊んでんじゃねぞ! とっとと仕事しろぉっ!」

「はぁーい!」

 

 その怒声に、神様は少年の手を振り切って、ぴゅーとお店の中へと飛んで行った。

 

「あぁぁ、神様ぁ~」

 

 ベルは複雑な気持ちで見送る。

 ここでベルに黙って働いているという事は、間違いなく『神の小刀』の対価と思われる。一体どれほどの期間バイトを課されているのだろうか。

 少しの間その場にて、店内で忙しそうに働く神様を思っていたが、今の少年は神様の仕事の邪魔にしかならないと考え、昇降機で上の目的地である八階を目指した。

 到着し降りて、周辺の店の陳列窓を見る。

 結構いい感じの防具や剣の武具が有った。

 その値段を見ると――数万ヴァリスとなっている。

 

(えっ?! 驚きだなぁ……。頑張れば十分買えそうな金額だよなぁ)

 

 エイナさんに教えてもらったこの階の一角にも、【ヘファイストス・ファミリア】の眷属作品を並べたお店があると言うのだ。

 そのため、ここには掘り出し物がそれなりに有るという事である。

 しかしどうやら、名門【ファミリア】の中でも作者による値段の差はあり、腕があっても駆け出しの者は十分安い値段になるみたいだ。ベルはここへ来てそれを初めて知って驚く。

 確かに手ごろな値段で、いい品が有ることにベルは目を見張る。

 俄然、購入意欲が出て来ていた。

 そうして、防具が並べられている区域に入る。其々木箱に纏められて無造作に多数売られていた。

 ふと、ベルはその中に並ぶ木箱に、これはと思う一式揃ったライトアーマーを見つける。

 小柄のブレストプレート、肘、小手、腰部。最低限の箇所のみを保護する感じの物だ。

 びっくりしたのはその軽さである。

 そして、なんと言ってもサイズがおそらくピッタリということだ。

 制作者の名は【ヴェルフ・クロッゾ】。ベルはこの人の作品が気に入った。

 【ヘファイストス】ブランド名は、まだ許されていないみたいであるけれど。

 値段は9900ヴァリス。

 

(報奨金があって良かったぁ)

 

 ベルはこの防具を購入し、直ちに装備した。

 予想通り付け心地は、まさにベル用に誂えた風であった。

 そうしてベルは再びギルド本部のエイナのところへ赴くと、6階層以下への降下許可を貰い、ギルドを後にする。

 そうして、地下のダンジョンへ向かう前にバベルの周回路へ一旦、昼食の買い出しをと出た。今日はシルさんは寝坊したらしく、申し訳なく挨拶された。ベルとしても好意なので毎日当てにしている訳では無い。

 適当な軽食を購入し、再びバベル内へ入ろうと戻って建屋傍へ来た時の事。

 

「お兄さん、お兄さん、白い髪のお兄さん」

「えっ?」

 

 ベルは、女の子な声を掛けられ立ち止まり振り向いた。

 すると大きな荷物だけが眼前に見えて、声は下から聞こえたため目線を落とす。

 その子の身長はおよそ100C(セルチ)程。

 クリーム色な少し大きめのローブで全身を包んでいて、僅かに栗色な前髪がはみ出しているが深くフードを被っていた。

 背のバックパックは、彼女の身長以上の縦横があり、何倍も重そうに見えている。

 しかし少女の動きから、彼女にとって『重い』ということは無さそうだ。

 再度フード越しの円らな目の少女を見て、少年は一瞬その視線と雰囲気に、昨日の路地裏での既視感のある子に見えたが、彼女の可愛いらしい声にその思考は破られる。

 

 

 

「初めまして、お兄さん。突然ですが、サポーターなんか探していたりしていませんか? あっ、リリの名前は、リリルカ・アーデです!」

 

 

 

つづく




……リリカルじゃないんだよね。


迷宮都市オラリオに、ある日、天才魔法少女が誕生する。
『魔法少女リリカルアーデ』
彼女は人知れず、姑息でいじわるな冒険者達を変身魔法で次々と懲らしめていく――。

キメ台詞はもちろん、

「お兄さん、リリカルでマジ狩りますよ♪」

そんな感じで始まります(イヤハジマラナイカラ 笑

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