兎くんにラブ(エロ)を求めるのは間違っているだろうか   作:ZANKI

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08. 兎心の変動

 初めてのスキル【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】がベルの背中に刻まれた次の日もトンデモない状況から始まる。

 ベルが薄ら目を覚ますと、仰向けに寝ている胸やお腹、両足の上辺りが妙に柔らかで心地よく温かい。まだぼやけ気味の感覚で目線を向けると、彼は完全に目が覚めた。

 そこには何故か、どういう状況でそうなったのか、掛け毛布との間にヘスティアが寝ていた……。

 

(ね、寝ぼけちゃったのかな、神様。やっぱり寝顔も可愛いな)

 

 ふと、昨日死にかけた時に神様の顔が浮かんだ事を思い出す。

 

(神様を一人にしなくてよかった。……うん、神様と一緒だと安らぐなぁ)

 

 すると眠っている神様が、スリスリと顔を胸へと当てて来る。彼女の大きな胸も彼のお腹の辺りに微妙にこすれている。むず痒いような気持ちいいような。

 ほんのりと良い香りもして、気を抜くと再び眠りに落ちそうである……。いかんいかんと首を振ると、ゆっくり神様と体を入れ替え、寝ていた長椅子のソファーを後にする。 そして、簡単な掃除と彼女の朝食の準備をして自身の身支度を整えると、ホームを後にする。

 

「神様、行って来ます」

 

 起こさないように小声で告げると、ベルは早朝の陽ざしを浴びてダンジョンへと向かった。

 すると、ヘスティアがゆっくりと目を開ける。彼女は寝ている訳ではなかった。この『寝たふり甘えんぼう作戦』も昨晩の『憧憬一途』から引き戻したい一心である。

 だが、同時に思った以上に『ベル君ベッド』は寝心地がいい。ベルの可愛い寝顔もイイ。

 

「もう、ベル君。お目覚めのキ……頭ぐらい撫でるもんだぜ。……頑張れ」

 

 ヘスティアも扉へ小声で見送った。

 

 

 

 ベルはダンジョンに向かう途中の道で、一つの『出会い』を迎える。

 酒場『豊饒の女主人』で働くシルというヒューマンの女の子だ。

 話の途中に鳴ったお腹の所為もあり、最初に拾ってくれた魔石ともらったお弁当の代わりとして、彼女の働くお店に夜、食事へ行くと約束する。

 そうして、ようやく乗り込んだダンジョンだったが……最近の彼は呪われてるのか。

 

『『『『『『『『ガァァァァァーーー!』』』』』』』』

 

 1階層目で八匹のコボルトに追われる始末。

 だが、ベルは敏捷を生かして引き離し、隠れて側面や後方から不意を突いて数を削って何とか倒せたから良かった。

 まだ同時数体を相手には出来ない気がする。無理をすれば可能かもだが、気合を入れないといけないし、体力回復薬(ポーション)が必要になるだろう。可能な限り一対一か不意を突き、無傷で勝利を掴みたい。白兎は臆病なのだ。

 今は勝ったからいいのだが、ベルは少し不安を覚えている事がある。

 

(こんな適当な……我流の戦いで下の階層で戦えるんだろうか。……おっといけない)

 

 ベルは大事な魔石を拾い始める。窮乏する【ファミリア】に潤いを与える為に、今は一個たりとも無駄には出来ないノダ。だが、1から4階層のモンスターでは石が欠片な形で小さく換金額も低い。

 あと、魔石以外に偶に『ドロップアイテム』がある。モンスターの体内での異常発達部位らしい。これは武器や武具へ加工が出来、それなりの金額で引き取ってもらえるボーナス的な存在だ。

 

「ラッキー」

 

 ベルはそれらをバックパックへと放り込む。

 ソロの場合、当然全て一人で戦い、武器や回復アイテムを保持し、魔石の回収も行うことになる。

 パーティの場合は、担当を分担するため作業も軽減され、さらに各自が担当に集中できる為危険も少ない。本来は魔石やドロップアイテムは非戦闘員の『サポーター』が回収してくれるのだ。

 彼のようにこうやって、魔石を集める為に地面へ集中していると襲われることもあったりする。

 べルは回収作業しながら、周囲へ警戒しつつ手早く済ませる。

 さて……と思った瞬間。

 

『ウオオオオオオンッ!』

『ガアアッ!』

「えっ、もう? 連戦?!」

 

 そうやって、ベルはダンジョンをのたうち回った。

 少しだけ、あの金髪の少女、ヴァレンシュタインに出会わないかと思ったが、現れるのはゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン―――。

 まあ彼としては、食事に行く約束と時間があったので、費用のことも有り思いっきり狩ってやった。

 結局、数回危ないシーンがあったが、なんとか無事に全部返り討ちに出来た。

 

 

 

 夕刻にホームへ帰って、ベルはヘスティアに日課の【ステイタス】を更新してもらう。

 すると、基本アビリティが凄い事になってた……。

 

 力:I82→H120 耐久:I13→I42 器用:I96→H139 敏捷:H172→G225 魔力:I0

 

「か、神様。これ、書き写すのを間違ってたりしてませんか?」

 

 思わずそう聞いてしまったが、ヘスティアは憮然とした顔で「間違いじゃない」と言う。今日だけで熟練度上昇のトータルが160を超えていた。これまで半月の間のチマチマした積み重ねは何だったのかと思う。

 特に納得できないのが耐久だ。記憶にある被害は只の一撃だけ。これでここまで上がるならこれまでの半月に受けた数々の打撃はどうなるのか?

 そんな気持ちでベルは、神様に何度か「神様、コレどうなってるんですか?」と聞いて見るも。

 

「……知るもんかっ」

 

 ぷぅぅと頬を膨らませる様は少し可愛い。

 しかし、なにやらすごく不機嫌になってしまい、揚句にバイトの打ち上げがあるからと、ぷぃっとホームから出て行ってしまった。

 

「……神様へしつこく聞き過ぎたのが失礼だったのかな。それとも、【ステイタス】がもっとゆっくりと上がって行って欲しかった……とか?」

 

 少年は首をひねるが、神様の不機嫌の原因が分からず困惑するも、ベルもシルとの約束の時間があり地下室を後にする。

 

 

 

 日が西の空へ沈むころ、ベルは約束時間に酒場『豊饒の女主人』を訪れていた。

 内装は、他店よりもシックな造りだが酒場の雰囲気を上手く残している。

 木製のカウンターでは、一目で貫録の有る女将とわかるドワーフながら大柄な女性が、お酒や料理を振る舞っている。少し見える厨房の中では獣人キャットピープルの子らが忙しそうに働いていて、店内で客へ給仕するウエイトレスたちも……皆、可愛い女の子。店で働いているのはどうやら女性だけらしい。

 

(女将さんは置いといて……とてもいいなぁ)

 

 だが、気が付くとその中にはプライドの高いエルフの子までいた。エルフの娘は気を許す男にしか手も握らせないという気高い種族なのだ。それがこうして働いていることから、客層のグレードの高いことが容易に想像出来てしまう。

 周りに目を向けると男ばかりで、それも見るからに経験豊富な冒険者たちだ。

 駆け出しのベルにとっては難易度の高い……つまりここは、下級冒険者(ザコ)お断りなお店のように思えた。

 先ほどから、テラスに座る客らからの視線も痛い感じがしている。

 ベルとしては少し場違いな気がして、撤退しようかと思った頃、声が掛かった。

 

「ベルさんっ、いらっしゃいませ」

 

 少年は周りの雰囲気に飲まれていたのか、シルは彼のすぐ横から声を掛けて来ていた。もう逃げられない。

 

「……来ました」

 

 ベルはシルにカウンター席へ案内される。コーナーの折れた所の一人席だ。見方によっては女将と差しの位置。店員のシルから話を聞いていたのか、それから女将にイジられる。

 

「アタシ達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢らしいね。じゃんじゃん料理を出すからじゃんじゃん金を使ってくれよぉ!」

 

 とんでもない所に来てしまったのか。シルへ目を向けると、目線を逸らされ申し訳なさそうに「えへへ……」と言う。

 結局それらはシルの冗談で、料理が運ばれてくるとシルもベルの横に『小休憩』として座り話をした。

 内容的には朝の出会いは『お客としての勧誘?』の話と『ここは女将ミアさん一代のお店』の話、そして『シルが多くの知らない人と話をしたい』という話。

 その話題が終わるかという頃に、とある一団の客が『豊饒の女主人』を訪れた。

 それは色んな種族で男女の集まった冒険者達であった。その全員が、圧倒的な実力を漂わせている。

 

(―――!)

 

 その中にあの忘れもしない、金色の瞳、砂金が流れ落ちるような金髪の少女、ヴァレンシュタインがいた。

 周囲もざわつく。

 金髪の少女にその場の多くの男が目を奪われる。もちろんベルも。

 中には「……えれえ上玉ッ」と欲求を漏らす者まで。

 しかし、彼らの纏う装備に入った【エンブレム】を見て「げっ」と呻く。

 この迷宮都市オラリオでも有数勢力を持つ【ロキ・ファミリア】である。所属する末端の団員ですら当然一目置かれているが、ここに来た者達はその中のトップ集団であった。

 そのため、金髪の少女があの【剣姫(けんき)】ヴァレンシュタインだと、畏怖も交じっての囁き声があっという間に店内へ広がっていく。

 【ロキ・ファミリア】は遠征の打ち上げであった。

 皆、楽しそうに飲む、食う。ヴァレンシュタインもその輪の中にいる。輝ける一級冒険者達の中に。

 それをぼぉっと見ているベルにシルが「ベルさん?」と声を掛ける。正気に戻ったベルはシルから、【ロキ・ファミリア】はこの酒場『豊饒の女主人』のお得様だと言う。時に主神のロキがここを気に入っていると教えてくれた。

 ベルは理解する。

 

 ここに来れば―――【剣姫】ヴァレンシュタインに会える、と。

 

 少年は見ていた。金髪の少女の色々な表情を、仕草を。口許を拭う動作まで。ちょっと怪しい人に成りかける程に。

 だが、このあと変な雲行きになった。

 一団の中の顔立ちの良い男らしい獣人の青年が、言い放つ。

 

「そうだ、アイズ! あの話を聞かせてやれよ!」

 

 彼女は、良い話でのレパートリーが何も思い浮かばないのか「あの話……?」と不思議がる。

 獣人の青年が続ける。

 

「あれだって、帰る途中に何匹か逃したミノタウロス! 最後の一匹、5階層で始末した時に、そこにいたトマト野郎の!」

 

 ―――ビクリ。

 心だけでなく、ベルの体が実際に揺れる。

 

「それでよ、いたんだよ。いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ冒険者(ガキ)が! 抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際に追い込まれちまっててよぉ! 可愛そうなぐらい震えちまっ―――」

 

 彼女の前で、ネタにされる自分の話に。

 

「―――で、アイズが間一髪でミノを細切れにしたんだよ。それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ! くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ……!」

「うわぁ……」「……くくっ」「……ふっ」

 

 彼女の前で、その仲間達から無様に笑われる自分の姿に―――震える。

 ベルには、店内の他の席の者達までが、笑いを堪えているように感じた。

 『笑い話』はまだ終わらない。

 

「それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってっ……ぶくくっ! うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

 

 助けたのに逃げられたという内容に、大爆笑が起こる。

 『自分の人助け』が笑われたのが気に入らないのか、『冒険者すら怖がらせてしまう』と言う表現が気に障ったのか不明だが、ヴァレンシュタインだけが怖い顔をしていた。

 そして―――獣人の青年は、この場に居るとは知らないベルへ止めを刺しに来た。

 

「しかしまあ、久々にあんな情けないヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな」

 

 そこからも容赦ない。

 

「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くぐらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁ、アイズ?」

「……」

 

 彼女は無言であった。それだけが微かな救い、それは彼女の優しさかもと。

 でも、彼女にも情けないと思われない訳が無い状況。

 ベルの頭の片隅が崩れていく。

 あの鮮やかな『運命の出会い』と思った記憶が、崩壊していくように感じた。

 

 そこで漸く、「ヤツがいるから冒険者の品位が下がる」等々、まだまだ吠える獣人の青年に、ヴァレンシュタインの決して喜んでいない表情も一瞬見て、エルフの女性が話の幕引きをしてくれる。

 

「いい加減にそのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。自恥を知れ!」

 

 「おーおー、さすがエルフ様――」とやり合おうかという獣人の青年。

 ベルも分かっている。

 もはや『出会い』は幕を下ろしていることを。

 どんなフォローの言葉があっても少年の取った行動を、『冒険者として』どうなのか……イヤ、『かっこいいか?』と聞かれて『はい、カッコイイです』と答える奴は――いない。

 イナイのだ……。

 そして、獣人の青年ベートは『出会い』を完璧に粉砕する言葉を放つ。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 ベルは、急に大きく音をさせ椅子を飛ばす様に立ち上がると、殺到する視線がもはや目に入らないかのように外へ飛び出していった。

 シルは「ベルさん!?」と慌てて店の外まで追いかけるが、すでにその姿は見えなくなっていた。

 彼女は理由が分からないまま困惑した。現実はベルの食い逃げ状態であるのだから。

 

 

 

 ベルは――少年は走って走って突き進んでいた。

 怒りなのか、悲しみなのか、何なのかは分からない。

 手あたり次第のモンスターへ短剣で、切って、刺して、ねじって、突いて。

 ただ、がむしゃらに、ダンジョンの下層を目指して行った。

 今、長い舌を打ち出してくる『フロッグ・シューター』を力任せに短剣で切り裂いて倒す。

 無感情な目で、モンスターの死骸を一瞬見る。

 もはや疲労を訴えている体を無視して奥へ奥へ入り込んでいく。

 

(……)

 

 体の至る所にはモンスターによる牙や爪の掠めた痕が出来ていた。

 装備もろくに持たず、短剣一本だけで無謀と言う言葉が適切といえる行動の最中だ。

 しかし、常にモンスターに遭遇(エンカウント)し続ける訳でもない。

 間が空いた。

 辺りにモンスターが見えず遭遇が途絶え、良く分からない破壊衝動は多少鎮火に向かっていく。

 

(……ここ、どこだろう)

 

 少し冷静になる。

 呼吸は整いつつも、すでに疲労からか荒さが残っている。

 ベルは、ここがすでに5階層を越え6階層に到達したのではと考える。

 先ほど降りた時から見覚えの全くない迷路しかない。

 それでも、まだ歩を進めると部屋状の広い空間へ出た。薄緑色の壁面だけが広がる。その中央付近で立ち止まるが、先も閉じておりここで行き止まりみたいだ。そのため引き返そうとするとしたが、その時――壁からビキリと音が聞こえた。

 一度鳴った音が二度、三度と鳴り、壁からモンスターが成体で生まれた。

 この部屋は、そういう場所らしい。ダンジョンはモンスターの母胎なのだ。

 相対するモンスターの名は、6階層に出現する『ウォーシャドウ』。この階層で最も戦闘能力が高い『影』のようなモンスターだ。異様に長い両腕には三本の爪を持ち、素早い移動速度で這い寄って来る。

 それも二匹――。

 もはやベルはやけくそ気味に戦った。

 相手のモンスターの動きは単調に見えるが、『影』のため伸縮し両腕の間合いを掴ませない。そのためベルは短刀で防御しきれず、躱すたびに切り裂かれていく。

 このモンスターは新米冒険者では倒せないと言われている。

 ベルの呼吸は乱れていく―――だが、どうして……薄皮一枚を削がれても躱せているのはなぜだろうか。

 いや、そもそもなぜまだ―――五体満足で生きているんだ?

 冒険者としてまだたった半月の新米がそれもソロで、普通ならこの階層で生き残れるはずかない。

 このウォーシャドウが新米冒険者に対してどれほどの脅威かを、ベルはあのギルド窓口のエイナから何回も聞かされている。「今の君の【ステイタス】では間違いなくあっという間に切り刻まれて死ぬから」と。だから絶対に、「ぜーっ対に6階層へはいってはダメっ!」と言われていたのだ。

 

(でも僕、それ二匹相手にまだ生きてるんですけど……って、ステイタス?)

 

 少年は昨日の【ステイタス】更新の異常な数値増加を思い出した。それぞれ5割増しで、耐久に至っては2倍以上で増しになっている。

 つまり、一昨日と今とでは別人と言える能力差になっているのだ。だから戦えている。

 と、そう思った瞬間、背中の刻印が熱くなったように感じた。

 

「あぐっっ」

 

 だが、その違和感な状況のタイミングで、ウォーシャドウが引き裂き攻撃をして来た。ベルは必死で躱すも、ウォーシャドウはそこからなんと―――連続した裏拳気味の攻撃を仕掛けて来た。

 少年はそれを肩に強く受けてしまう。

 その衝撃は強力で、短剣を手から放してしまい、体はそのまま横に飛ばされた。

 短めの刀身は、堅い床に乾いたような音を鳴らして、唯一の武器が転がって行く。

 ウォーシャドウが、武器を失った少年へと近付いて来ていた。

 そしてソレはもう、止めの一撃を放つ右腕を振りかぶっている。

 絶体絶命―――。

 

 こんな時でも、記憶は流れるのだ。ミノタウロスの時の様に。

 それでも……そしてやはり一際鮮明な光景を焼き付けた憧憬(あのひと)との『出会い』は特別だったのだと。

 それから―――

 

 今もこの眷族の体に【神の恩恵(ファルナ)】を与えてくれている穏やかな、神ヘスティア様の笑顔を。

 

『ベル君、ベル君、ベル君、ベル君、ベル君ーーーーーーーーーーーーーー♡』

 

(ッッ! ――まだ、死ねない。シンデタマルカ。何をやってるんだ僕は! ヴァレンシュタインさんからの想いはもう全く無いだろう。でも、彼女が憧れで高みの目標であることは不変だ。そしてそれと神様への恩は関係ない! 恩を返さず、神様を一人にしてどうする!)

 

 次の瞬間、ベルは目を見張る動きをみせた。

 地面から一瞬で跳ね上がる様に体を起こすと、ウォーシャドウが右腕の爪を振り込んで来る長く黒い腕を、頬の皮一枚で躱すと、カウンターで右拳をモンスターの顔面の位置にある鏡面へ叩き込んでいた。

 その威力はそのまま頭部を貫通する。攻撃を受けた敵は軽く痙攣を起こし、がくりと膝が落ちる。

 ベルは止まらず、腕を引き抜くと、もう一匹へと襲い掛かっていった。

 その途中で、先に払われ地面に転がっていた短剣を拾いつつ敵に迫る。

 野兎のような動きであっという間に駆け抜け間合いを詰めた。

 ウォーシャドウは体を揺らして迎撃しようとするが、少年の動きが上回る。

 短刀が高速で煌めき、斜め一閃。

 魔石ごと真っ二つにされ、モンスターの体は灰へと変わった……。

 命拾いし、短刀を振り抜いた体勢で固まっていたベルは、モンスターの最後を見つめながら、起き上がってから漸く呼吸をした様に思える。

 全力の戦闘であった。

 少し気が抜けたのと入れ替わりで、体から限界の悲鳴が聞こえて来ているのが分かる。

(無茶をし過ぎた。一刻も早く上に戻らないと)

 

 だが、ビキリと言う音が聞こえた。

 

「――」

 

 少年は、落ち着いていた。

 エイナから聞いた6階層の話を思い出す。

 6階層からモンスターの生出頻度が格段に上がると言う事を。

 壁から出現したのは4匹。そして、部屋の入口からは別のモンスターがやって来ていた。

 ベルは冷静に、先程灰になったモンスターのドロップアイテム『ウォーシャドウの指刃』を拾い左手に握る。だが、グリップなど無いため刃を直接取り血を滴らせながら。

 ――帰る邪魔をするなら、やってやる。

 

(遅くなってすみません。すぐ帰りますから、神様)

 

 ベルは勇猛な白い兎となってモンスター達へと向かって行った。

 

 

 

つづく

 




2015年06月20日 投稿

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