FAIRY TAIL -私は普通だから-    作:枝折

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第一話 黒うさぎとオレンジジュース

 問い……フィオーレ王国で一番いかれた魔導士ギルドと言えば?

 答え……???

 

 

 ★★

 

 

「酒が足りねえぞ。持ってこい!」

 

 店内に響いた乱暴な声に酒場の店主は密かに顔をしかめた。

 とある田舎町の酒場。ここは町人たちの夜の憩いの場だ。いや、憩いの場だったと言うのが正しいだろう。最近はもう町人の誰もここに寄り付かない。

 その原因は店主の目の前にいる十数人の男たちにあった。カウンター席とテーブル席にずらりと陣取った人相の悪い男たち。彼らは最近この町に居つくようになったごろつきどもだ。

 男たちは毎日やりたい放題していた。日中は町をわが物顔で歩き回り、怯える町人たちから気まぐれに金をとったり、はたまた暴力を振るったり。そして夜になると決まってこの酒場に集まって来て、金も払わずに乱痴気騒ぎを始めるのだ。

 普通ならば許されざる行いだったが、彼らの暴挙を止められる者はいなかった。ごろつきたちはこの田舎町において絶対的な強者で、力なき自分たちは従うしかなかった。

 酒場の店主はお愛想笑いを浮かべながら、「はいはい、ただいま~」と新しいボトルを用意し始めたが、腸は煮えくり返っていた。このボトルを連中たちの頭に思い切り叩きつけてやることができればどんなに気分の良いことだろう。店主はそう思いながら、しかしじっと耐えていた。今ここで自分がそんなことをしても無意味だ。

 店主は男たちにまもなく裁きの鉄槌が下ることを知っていたのだ。店主は密かに男たちに対して手を打っており、あとはその時が来るのを待つだけだった。今に見ていろよ。店主はこっそり毒づきながら男の前に新たな酒を置いた。

 カランと入口のベルが鳴ったのは、男たちが馬鹿笑いをしながら新しい酒のボトルを開けたのとちょうど同じ時だった。その音を聞いた男たちは怪訝な表情で店の入口の方へと目をやった。ここには男たち以外に客(もっとも彼らは客と呼べるほど上等なものではない)など来ないはずだったからだ。

 酒場に入って来たのは真っ黒な少女だった。腰元まで流れる長髪は濡れ羽色。感情の見えづらい瞳はまるで黒曜石のよう。さらに少女の身に着けているもの――羽織っているジャケットも、首元に揺れる十字架のネックレスも、トップスにショートパンツ、足元のブーツに至るまで何もかもが黒だった。

 年の頃はおそらく十四、五くらい。まだ幼さの残る顔立ちは綺麗に整っていて、間違いなく美しかった。少女の纏う雰囲気は闇空にぽつりと浮かぶ月の淡い輝きのように神秘的で、触れることがためらわれるほどの儚さを内包していた。

 端的に言ってその少女は場違いだった。荒くれ者が溜まった夜の酒場には全く持って似つかわしくない少女の登場に店主も男たちも、酒場に居る全員が虚を突かれた。酒場は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 その静寂の中を黒の少女は悠然と歩きカウンターの前までやって来ると、おもむろに言った。

 

 

「マスター。オレンジジュースをもらえるかしら」

 

 

 は、と店主は短く声を漏らした。少女の登場も予想外なら、少女の口から出てきた言葉も予想外だった。少女が再び口を開く。

 

「ちゃんと聞こえなかったのかしら? オレンジジュースがほしいと言ったのよ。私は同じことを言うのが嫌いなのだけれど」

 

 少女の二度目の言葉でようやく店主は我に返り、慌てて答えた。

 

「も、申し訳ありません。ここにはお酒しか……」

「そう。それはしかたがないわね。なら申し訳ないのだけれどちょっと外に出て買ってきてもらえるかしら?」

 

 少女の唐突な申し出に店主は再び固まる。この少女は一体何を言っているのだろう。

 

「そりゃあ無理ってもんだぜ、嬢ちゃん」

 

 店主の代わりに答えたのはカウンター席に座っていた、彼らの中でもひときわ人相の悪い男だった。異分子の闖入で呆気にとられていた男たちも店主に続いて我に返り始めていたのだ。

 

「あら、どうしてかしら?」

 

 首をかしげる少女に男が答える。

 

「マスターは俺らの酒を用意するのに忙しいからさ」

「ああ、そんなこと。それなら問題ないわ。あなたたちのお相手は私がするもの。そういう約束なの。ねえ、マスター?」

 

 少女がそう言うと酒場の店主は何かに気がついたようにはっと目を見開いた。まさかこの少女がそうなのか? 店主の頭に過ぎった疑問に答えるように、少女は口元に薄く笑みを浮かべて言った。

 

「特別にあと一度だけ言ってあげる。マスター、あなたは今すぐ外に出てオレンジジュースを買ってきなさい。あなたたちもお酒ばかりじゃ飽きるでしょう?」

 

 少女が酒場の男たちに呼びかける。その声には少女の年にそぐわぬ艶っぽさが微かに交じっていた。途端に男たちが下卑た笑いを浮かべる。

 

「なんだ、そういうことかよ、嬢ちゃん。夜遊びとはいけねえ子だなあ?」

「遊びじゃないわ。仕事よ」

 

 マスターが酒場から出て行くのを見送りながら少女が答える。少女と男の会話は成立しているようで、その実、まったくかみ合っていないのだが男はそれに気がつかない。

 

「へえ、仕事は良かったな。いくら欲しいんだい? 嬢ちゃんはかわいいから俺たちもケチケチしねえぜ?」

 

 そんな男に少女はぽつりと一言。

 

「あなたたちからお金はとらないわ」

 

 瞬間、男が天井に突き刺さった。そう、まさしく突き刺さっていた。男は頭部だけを天井の向こう側へと突き出しており、首から下は店内へと残していた。男の体が首を支点に揺れる度にぱらぱらと細かな木片が落ちてくる。

 

「え?」

 

 それが彼らの中の誰の声だったのかはわからない。しかし男たち全員の心境を表す一言としては最適だった。彼らは目の前で何が起きたのか全く理解できておらず、ただただ天井に刺さった男を見上げていた。

 しかしふと視線を下に戻して男たちは気がついた。少女の足が振り上げられていたのだ。彼女の華奢な足は天井に向かってすらりと伸びており、そのままかかと落しでもできそうなくらいの位置でぴたりと止められている。それが意味するところはたった一つだった。

 まさかこの少女が蹴り上げたのか……?

 そうとしか考えられない。しかしにわかには信じがたい。この細い体のどこにそんな力があるというのか? あまりのことに思考が停止した男たちをよそに、少女はゆっくりと足を下ろすと、羽織っていた上着を脱ぎ始めた。これからひと暴れするのには邪魔だったのだ。

 上着が外れ少女の雪のように白い肩が露わになる。そのほっそりとした左肩にはとある紋章が刻まれていた。それに気がついた一人がひぃっと声を漏らす。

 

「そ、それ……『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の紋章じゃ? お前まさか――」

 

 言葉は続かなかった。男たちはようやく理解したのだ。目の前の少女は、見た目どおりの可憐な少女でも、夜遊びに憧れるイケナイ少女でもなければ、身売りに来た少女でもない。彼女は自分たちを潰しに来た絶対強者(まどうし)なのだと。

 

「それじゃあ、お仕事を始めましょうか」

 

 少女の小さなつぶやきにまた誰かがひぃと悲鳴を漏らした。

 

 

 ★

 

 

 黒の少女、クロエ・クロイツェフは怒っていた。

 彼女がギルドのリクエストボードから町に居つくごろつきを退治してほしいという依頼を見つけたのは三日前のことである。それは荒事になりそうな内容の割に報酬が低い上にギルドから遠く離れた町のことであり、効率を重視するクロエにしてみればまったく魅力を感じない仕事だったのだが、紙面にあった一文が彼女に仕事を引き受けさせた。依頼書にはごろつきたちが闇ギルドを名乗っていると書いてあったのだ。

 闇ギルドとは魔導士ギルド連盟に属さない非正規ギルドのことであり、非道な行為に嬉々として手を染めるような連中もいるので一般には危険な集団であるとされている――が、そのごろつきとやらが本物の闇ギルドではないことは誰の目にも明らかだった。本物の闇ギルドの連中がこんな田舎町を支配して喜ぶわけがない。依頼書の報酬の安さから判断しても、大方ろくでなしの魔導士が闇ギルドの名を騙っているのだろうと想像するのは難しくなかった。

 しかし、とある事情から闇ギルドを心の底から嫌っているクロエからすると、闇ギルドを騙るという行為だけでも十分不愉快だった。偽物でも許しがたい。だからクロエは安い依頼にもかかわらず遠方まで足を運んだ。

 けれど、現実はもっとひどかった。酒場にいたのは魔導士かどうかも疑わしいチンピラどもだったのだ。クロエの所属する『妖精の尻尾』のギルドがあるマグノリアの町から遠く離れたこの田舎町まで、長い時間かけてえっちらおっちらやって来たというのにこれはなんだ。酒場に入って男たちを見たその瞬間からクロエはぷっつりキレていた。

 しかしクロエは自分のことを海よりも広い心を持つ女だと常々思っていた(これはあくまで彼女がそう思っているだけであり他の誰かが彼女をそう評したわけではない)。だから酒場の店主を外に逃がしてやったし、店主を見送る際「それとなく出て行くように促しているのに、結局三回も言われなければこちらの意図をくみ取れないのか、この愚図野郎」と彼の無防備な背中を蹴り飛ばしたりはしなかった。

 その代わりにクロエは手ごろな位置にいた男を蹴り飛ばした(件の天井に突き刺さった男である)。男が力なく振り子のようにプラプラと揺れているのを見て、クロエは若干やり過ぎたかとも思ったが、すぐに知ったこっちゃないと考えるのを止めにした。そう知ったこっちゃないのだ。イライラと呟く。

 

「あーあ、私はいったい何をしているのかしら。あのね、私の趣味は読書なの。私は可憐な文学少女なのよ。それがどうしてこんな田舎町にまで来て嘘つき野郎を蹴り飛ばすなんて不毛な肉体労働に精を出さなければならないの? これって絶対おかしいわ。理不尽よ。ねえ、あなたもそう思うでしょう?」

 

 クロエが近くに居た男をぎろりとにらむ。ぎらぎらと殺気をはらんだ視線にあてられた男はクロエの問いかけに答えることなどできなかった。逃げろ。目の前の捕食者から逃げろ。にげろ、にげろ、にげろ。彼にできたのは生存本能が下した命令に従うことだけだった。

 

「ひぃやああ」

 

 男は情けのない悲鳴を上げながら入り口に向かって駆け出した。それは酒場からの脱走を図った必死の行動だったが、黙って見ていてやるほどクロエの機嫌は良くなかった。クロエは天井に突き刺さっていた男を無造作に引っこ抜くと、逃げる男めがけて蹴り飛ばした。蹴られた男はすさまじい速度で標的の背中に突っ込むと、そのまま逃げようとした男を巻き込んで酒場の入り口の向こうに広がる夜闇へと消えていった。数秒後、闇の向こうから何かに衝突したらしい音と「おぅぐえっい」という二人のうちのどちらか――あるいは両方か――が上げたと思しき奇妙な声が届いた。それは、少なくとも彼らが無事でないことだけは明確にわかるものだった。

 

「まったく何を勝手に動いているのかしら? 私が逃げていいって言った? いいえ、言ってないわ。あなたたちみたいな人間の底辺は空気を吸っているだけでもギルティなのよ。それなのに私に逆らうの? 存在だけでも罪なのにさらに罪を重ねるなんてあなたたちは一体全体どういう神経をしているのかしら」

 

 クロエはそう言いながら苛立たしげに足で床を、ダン! ダン! と何度も踏み鳴らした。まるで不機嫌なウサギのようだった。

 

「あなたたちは私が蹴り飛ばすまでその場で木偶の棒みたいに突っ立っていればいいのよ。それがあなたたちに許された最期の善行なのよ。私の言っていることがわかるかしら? わかるわよね」

 

 重苦しい殺気が酒場を支配する。恐怖で男たちは口を開くことすらできず、静まり返った酒場には少女が床を踏み鳴らす音が等間隔で響くのみだ。ああ、この少女からは逃げられない。自分たちはここで終わるのだ。男たちは呆然とその事実を理解した。

しかし男たちの中に一人だけ立ち向かう者がいた。その男はさして腕力にも優れているわけでもない仲間内でも目立たない小男だったが、この時だけは仲間の注目を集めた。小男は突然「うわあああ」と金切り声をあげると、おもむろにテーブルの上にあったピザを掴み、クロエに向かって投げたのだ。

 それは到底攻撃とよべるようなものではなかった。それは蛮勇。それは無謀。恐怖に支配されて、わけもわからず食べかけのピザの切れ端を少女に向かって投げつけただけ。

 べしゃりと音が鳴る。ピザはクロエには当たらなかった。それはどこからともなくクロエの前に現れた透明な壁に当たってぼとりと床に落ちた。ピザを阻んだ壁はクロエが魔法によって作りだした障壁だったのだが、男たちにはそんなことどうでもよかった。彼らにはそんなことを気にしている余裕はなかったのである。

 クロエが薄い唇を吊り上げて笑った。ぞっとするほど綺麗な、温かみに欠けた笑顔だった。

 

「ふふっ。ふふっ……」

 

 小さく笑うクロエの頭にはいつの間にか本来人間にはないはずのものが生えていた。柔らかそうな黒い毛に覆われた一対の細長い物体。先端の辺りでわずかに前に折れ曲がったそれはまさしくウサギの耳だった。

 

「ふふふふっ……」

 

 ダン! クロエは床を大きく踏み鳴らしながらたった今起きたことを整理していた。小男がピザを投げた。でもピザは当たらなかった。よしよしオールオーケー……本当に? それならどうして自分はこんなにイラついている?

 

「そう……そういうことね」

 

 クロエは納得した。ピザの当たる、当たらないではなく、塵屑野郎がこともあろうに自分に向かってピザを投げつけたという行為そのものが許しがたいのだと。

 ダン! ダン! クロエの怒りが頂点へと向かうにつれて、音が少しずつ大きくなっていく。振動で建物がギシギシと揺れ、物が倒れる。床が割れ、壁にぴしりぴしりと罅が入る。そして――

 

「死刑ね」

 

 ズダン! 尋常ならざる脚力によって踏みしめられた酒場の床が、まるで巨大な槌でぶんなぐられたように陥没した。それは深く、酒場の土台までをも抉り、酒場は轟音を立てて崩れ始める。そして間もなく、重い天井が酒場にいる全員を押しつぶさんと落ちてきた。

 

 

 ★★

 

 

 真っ黒な少女に促されて酒場の外へと出た店主はすぐに自責の念に駆られた。常識的に考えて年端もいかない少女がたった一人で両手の指では足りない人数の男たちをどうにかできるわけがない。それなのにどうして自分は少女を一人酒場の中に残して来たのだと店主は悔やんでいたのだ。

 もちろん店主が避難したのは少女がギルドから派遣されてきた魔導士であることに気がついたからこそだ。しかし、店主の頭には少女のひどく儚げな顔と華奢な体つきが蘇っていた。あんないたいけな少女を一人残して逃げるなど、そんな情けないことが許されるはずがない。やはり助けに行くべきだと店主は思った。自分ではあの男たちに勝つことはできないだろう。しかしたとえ無謀でもやらなくてはならないこともある。酒場の店主は極めて善良な人間だった。

 しかし店主が意を決したその時、酒場から何かが飛び出して来た。その何か――店主の目ではそれが何かを捉えることはできなかった――は酒場の入り口を突き破って、酒場の向かいの倉庫の壁に激突した。

 店主は何事かと駆け寄り、目を見開いた。そこにいたのはごろつきたちの内の二人だった。二人ともボロボロの姿で白目をむいて気絶している。たまに痙攣したようにぴくりと動くので死んではいないようだが、それにしたって恐ろしい。毎日を平和に暮らす善良な町人が通常目にすることのない光景だった。

 店主は顔をさっと青ざめさせたが、しかし彼の頭の冷静な部分はとある疑問を発していた。それすなわち、一体誰が男たちをこんな風にしたのか、と。同時に答えが頭をよぎる。にわかには信じがたい答えではあったが、しかし男たちをこんなにする理由を持つ人間はあの酒場の中に一人しかいない。

 ダン! 不意に酒場の中から、脚で床を踏み鳴らしたかのような音が響いてきた。それは一定の間隔で鳴り続け次第に大きくなっていく。まるで背後からみるみるうちに迫ってくるバケモノの足音を聞いているかのようで、店主は言い知れない恐怖感に包まれた。この音は一体なんだ?

 そして酒場が崩れた。突然のことだった。酒場の店主はその様を呆然と見ていた。一体何が原因でとか、中にいる人間は大丈夫なのかとか、そんな考えを抱くことができないほど、店主は呆気にとられてその場に立ち尽くしていた。

 やがてもうもうと舞った粉塵が収まり酒場の残骸の中に人影が現れた。

 たった一人、あの少女だけが無傷でそこに立っていた。彼女は自分の周囲に広がった惨状を見て不機嫌そうにため息をつくと、瓦礫をどかし始めた。まるで小さな石ころにするかのような気軽さで瓦礫を蹴ってどかすと、一人、二人と男たちを引きずり出していく。そうして全員を出し終えると、ふと何かを思い出したようにきょろきょろと辺りを見回した。

 ほどなく少女はあっと声を上げて何かを拾い上げた。あちこちが破れてぼろ雑巾のようになったそれは、少女の上着だった。少女はわなわなと震えたかと思うと、八つ当たりのように足で地面を踏み鳴らした。ダン! と恐ろしい音が響いて、店主は酒場の中から聞こえていた音の正体を知った。少女は駄目になった上着を放り捨てると、店主の方へ近づいてきた。

 少女の顔には初めて見た時に感じた儚さなど欠片も残っておらず、ぎらぎらと鋭く輝く眼は獰猛な動物のそれだった。店主は本能的に恐怖した。

 

「ねえ」

「ひゃい」

「……なにを怯えているのかしら? 別に私はあなたに危害を加えたりはしないのだけれど。まあ、いいわ。とりあえず依頼は完遂よ。あの男たちも二度とバカなことはしないでしょう」

「あ、ああ……。あの……あいつらは生きて……?」

「当然でしょう。私は人殺しじゃなくて魔導士よ」

 

 少女は不機嫌そうに言葉を紡ぐ。

 

「酒場が崩れてしまったことには同情するわ。地盤が緩んでいたか、建物の老朽化か、設計上の問題か。原因はわからないけれど実に遺憾だわ。でも仕方がないことよ。これは不幸が重なって起こった――そう、いわば偶然の産物なのだから。私の言っていること、どこか間違っているかしら?」

「めっそうもございません」

「そうよね。私もそう思うわ。あなたはよくわかっている。愚図というのは私の早とちりだったみたいね。ごめんなさい」

 

 店主の言葉に少女は満足げに頷くと今までの凶悪な顔が嘘だったかのように、可愛らしい顔を作って店主に笑いかけた。そうして、報酬はギルドの方へよろしくと言い残して去っていた。少女の姿が見えなくなると、店主は緊張が解けてその場にへなへなと座り込んだ。からからに渇いた喉が痛かった。

 

「無茶苦茶だ……」

 

 崩れた酒場を改めて見て店主がこぼす。この惨状をあんな少女がたった一人でつくり出すとは、まこと恐ろしい。

 

「これが『妖精の尻尾』の魔導士か……」

 

 店主のかすれたつぶやきを聞く者はいなかった。

 

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