FAIRY TAIL -私は普通だから-    作:枝折

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第二話 マグノリアへようこそ

 早朝。まだ人気の少ない『妖精の尻尾』のギルド内に黒の少女の姿はあった。少女の名前はクロエ・クロイツェフ。王国で一、二を争う大手魔導士ギルド『妖精の尻尾』に所属する魔導士である。彼女は今、ギルドへの仕事の依頼書が張られたリクエストボードの前に立ち、次に受注する仕事を精査していた。

 クロエが闇ギルドを名乗るごろつき退治の依頼をこなしてギルドに戻って来てからまだ数日と経っていなかったが、彼女はもう次の仕事を探していた。その理由は単純。あの依頼で収入を得ることができなかったからだ。倒壊してしまった酒場の修理費がギルド持ちとなりクロエに入るはずだった収入はその分に使われてしまったのだ。そのことを知らされた時、クロエは連中が闇ギルドなんてものを名乗っていたせいだと憎々しげに舌打ちした。

 闇ギルド。魔導士ギルド連盟に属さない非正規ギルドのことであり、時に法律を無視することもある危険な集団だ。クロエは昔色々あったせいで闇ギルドを嫌っており、物事に闇ギルドが絡むだけで途端に気が短くなってしまうのだった。酒場の一件も連中が闇ギルドの名を騙ってさえいなければあそこまではしなかった……たぶん。ともかくやってしまったことはしかたがないので、店主に不幸な事故だったと言い含めてはみたものの、因果応報という言葉があるように自分のしでかしたことの責任から逃れることはできなかった。

 そういうわけで現在、クロエは新しい仕事を欲していた。差し迫ってお金に困っているというわけではなかったが、それでも得る予定だった収入がなくなったのは痛かったのだ。しかし――

 

「ロクな仕事がないわね」

 

 クロエは顔をしかめた。リクエストボードには労力と報酬が釣り合っているとは言い難いしょっぱい依頼ばかりが並んでいた。せっかく新しい仕事を受けようと朝早くからギルドに足を運んだというのにこれではやる気が起こらない。クロエは自分にしかできない仕事を探しているなどと言ってリクエストボードの前をうろうろしてばかりの、一向に仕事をしようとしないニート野郎(ナブ・ラサロ)の同類では決してなかったが、仕事には効率を求めるタイプだ。どうせやるなら割のいい仕事の方がいい(もっともこれは大抵の人間が思うことではある)。

 

「仕方ないか」

 

 クロエは仕事を受けるのを止めることにした。リクエストボードは頻繁に更新される。そのうちに割のいい仕事も見つかるだろうし、今日のところは大人しく家に帰ってのんびり過ごすことにしよう。そういえばそろそろ愛読しているシリーズ小説の新刊が出る頃ではなかっただろうか。帰り道、本屋へ寄るのもいいかもしれない。

 今日一日をどう過ごそうかと考えながらクロエはリクエストボードの前から離れようとして、ふと後ろから自分の名前が呼ばれるのを聞いた。

 

 

 ★★

 

 

「家を探している?」

 

 ミラジェーンの一言にルーシィ・ハートフィリアはこくこくと頷いた。

 

「そうなんですよ。でもあたしマグノリアに来たばかりで地理とか全然わからなくて」

 

 ルーシィはほんの数日前に魔導士ギルド『妖精の尻尾』に入ったばかりの新人魔導士だ。せっかく憧れのギルドに入ったのだから早くクエストに挑んで魔導士らしいことをしてみたいというのが彼女の本音ではあったが、あいにくとその前にしなければならないことがあった。

 ずばり家探しである。ルーシィはまだギルドのあるマグノリアの街に自分の住まいを見つけていなかった。今は宿暮らしをしているがいつまでもそんな不経済なことをしているわけにもいかないので、早々に新居を決める必要があった。

 しかしそうは言ってもだ。マグノリアは古くから魔法も盛んな商業都市として栄えているだけあって広く、やってきたばかりのルーシィはどこに何があるか未だにさっぱり把握できていなかった。家を探す前に不動産屋を探しまわらなければならないというのが彼女の現状だったのだ。

 さりとて広い街を闇雲に歩き回って不動産屋さんを探すのはあまりに非効率に過ぎる。それよりもギルドでおおよその情報収集をしてから事に当たった方がいいと判断したルーシィは朝からギルドに足を運んだのだが、少し早過ぎた。いつもは騒がしい酒場も早朝とあっては閑散としていた。人気が皆無というわけではなかったがルーシィの顔見知りは一人しかいなかった。

 その一人――妖精の尻尾の看板娘ミラジェーンにルーシィは相談を持ち掛けた。彼女はギルドの仲間からミラの愛称で親しまれている人気者で、雑誌のモデルとして活躍している。穏やかで人当たりの良い性格をしているため、まだ妖精の尻尾に入って間もないルーシィにとっても声をかけやすい人物である。

 

「確かにルーシィはここに来たばかりだから案内がないと大変よね。マグノリアは広いから」

「そうなんですよ。まだギルドと自分の宿を行き来するのが精一杯で」

 

 弱音を吐くルーシィにミラが悩ましげな声を上げる。

 

「う~ん。私が案内してあげたいけれど酒場を離れるわけにもいかないのよねえ」

「ですよね……」

 

 ミラはギルドの酒場を切り盛りしている働き者だ。流石にルーシィの都合でひっぱりまわすわけにもいかない。するとミラは「ちょっと待ってね」ときょろきょろとギルドの中を見回し始めた。どうやら案内役を探してくれているらしかった。

 

「ああっ、大丈夫ですよ。ミラさん。不動産屋さんの場所だけ教えてもらえれば――」

「いいえ、ちょうどいい子がいたわよ。ルーシィ」

「ちょうどいい子?」

「クロエ~。ちょっとこっちに来て~」

 

 ミラの視線の先にいたのは一人の少女だった。その女の子は仕事を探していたのだろう、リクエストボードの前に立っていたが、ミラの声にくるりとカウンターの方を振り返った。

 真っ黒な少女だった。腰元まで流れるしなやかな髪もこちらを見つめる瞳も黒。さらに首元に揺れる十字架のネックレスから、身を包むキャミソールや膝丈のスカートまで黒一色という徹底ぶりだ。あまりに黒色が多いせいで露出した肌の白さが際立っていた。

 歳はおそらくルーシィよりも少し下、十四か十五才くらいだろうか。背は低めだが手足はすらりと長く華奢な体つきをしている。顔立ちも整っていて、綺麗な少女だった。綺麗と言えば目の前にいるミラもそうだが、少女はミラとはまた方向性が違っていた。少女の纏う美しさはミラのような健康的なものではなくて、どこか退廃的な色を帯びていてた。

 クロエと呼ばれた少女はミラの笑顔を視界に入れてなぜか顔をしかめた後、渋々といった足取りでカウンターの方へとやって来た。

 

「私に何か用かしら?」

 

 クロエの第一声にルーシィはわずかに目を見開く。クロエの落ち着いた声と口調は見た目の年齢よりずっと大人っぽさを感じさせるものだった。

 

「まあまあ、とりあえず座って」

「別に私は世間話をするつもりはないのだけれど」

 

 そう言いながらもクロエはカウンター席に腰を下ろす。するとミラがその前にとんとコップを置いた。中にはオレンジジュースが注がれていた。

 

「ほら。飲んで」

「何故?」

「クロエはオレンジジュース好きでしょ?」

「確かに私はオレンジジュースを好んでいるけれど、あなたに唐突にふるまわれる覚えはないわ」

「いいから、いいから」

 

 ミラは有無を言わさない笑顔でクロエにオレンジジュースを飲むよう強制する。クロエは怪訝な顔をしながらもコップを口元に運び、ジュースを一口飲んだ。

 

「おいしい?」

「……おいしいわ」

 

 笑顔で感想を求めるミラと怪訝な顔で答えるクロエ。二人の奇妙なやりとりにルーシィが首をかしげていると、ミラがルーシィの方を手で示した。

 

「あのね、クロエ。この娘はルーシィっていうの。数日前にギルドに入ったばかりの新人よ。二人は初対面よね?」

 

 ミラの確認にルーシィもクロエもこくりと頷いた。

 

「ルーシィ。この娘はクロエ・クロイツェフよ」

「はじめまして、ルーシィよ」

「クロエです」

 

 ルーシィもクロエもいきなりの対面に戸惑いがちに挨拶を交わす。

 

「ねえ、クロエはリクエストボードを見ていたけど良い仕事はあった?」

「いいえ。残念ながらなかったわね」

「じゃあクロエ、今日は暇ね?」

「そうね。仕事の予定がないことを暇と呼ぶのなら私は暇なのかもしれないわね」

「そう! それはよかったわ」

「いえ、よくはないのだけれど」

 

 クロエが不機嫌そうにつぶやくがミラは「いいえ、ちょうどいいのよ」と話を続ける。

 

「実はね、ルーシィの住むところがまだ見つかってないの。でもルーシィはまだこの町に不慣れなの。一人で探すのは大変だとは思わない?」

「思うわ」

「そうよね」

 

 ミラが満足げに頷く。

 

「だからクロエが案内することになったわ」

「……ちょっと待ってもらっていいかしら。どうして私が案内をすることになっているのかしら。そんな話、私は初耳なのだけれど」

「今言ったもの」

 

 ミラは笑顔を浮かべながらぬけぬけとそう言った。クロエが軽く舌打ちをした。

 

「ああ、そうでしょうとも。それでどうして私が案内しなければいけないのかしら」

「あら。同じギルドの仲間、家族じゃない。家族が助け合うのは当たり前のことでしょう? ちょうど予定もないみたいだし」

「それはあなたの認識ね。以前から何度も言っていることだけれど、私にとってこのギルドのメンバーはそういう存在じゃないの。妖精の尻尾の人間は誰もかれもがギルドの仲間は家族だと言うけれど、私には良くて仕事仲間くらいの存在よ。あくまでビジネスライクな関係なわけ。だから他人の家探しなんてプライベートかつどうでもいい事柄に付き合わなければならない理由なんて私には一つたりともないわ」

 

 クロエの取り付く島もない言葉に口にルーシィは眉をひそめた。ルーシィはクロエの冷たい口調が気に障っていた。頼みごとをしているのはこっちの方だし、クロエに頼みを引き受ける義理がないのは確かではあったが、「何もそんな言い方しなくてもいいじゃない」と思ったのだ。しかしミラは――

 

「よかったわね、ルーシィ。案内してくれるって」

「ええっ、この会話の流れで!? 本当に!?」

「もちろんよ」

 

 ミラがあまりに力強く頷くものだからルーシィは目を丸くしてしまった。けれどクロエがすぐさま否定する。

 

「私の話を聞いていなかったのかしら。私は引き受けるなんて一言も――」

「あのね、ルーシィ。クロエはこういう風に言うけれど、本当は素直になれないだけの困った子なのよ」

「ちょっと無視しないでよ」

「けっこう面倒くさいところもあるけど根は素直で優しい子だから安心していいわ」

「は、はあ……」

「だから無視しないでってば。私はやらないったらやらないんだから」

 

 クロエがばんばんとカウンターを叩く。その仕草は大人びた第一印象とは正反対に、年相応以上に子どもっぽかった。しかしどちらかといえば今の様子の方がしっくりきていて、ルーシィは案外こちらがクロエの素なのかもしれないと思った。

 ミラはいらいらとした様子のクロエをにこにこと見つめながら「じゃあ、こうしましょう」と手を叩く。

 

「クロエに仕事を依頼するわ」

「はあ? 仕事?」

「ええ。内容はルーシィの家探しのお手伝いね。それならいいでしょう?」

「……やだ。報酬のない仕事を受ける理由がないもの」

「あら? 報酬ならもう払ったわ。そのオレンジジュース。お代はいただかないもの」

「じゃあお金払う」

「だ~め。受け取らない~」

「……はめられた」

 

 クロエが恨めし気にミラをにらむが、ミラは変わらず輝くような笑顔を浮かべたままだった。しばらくしてクロエは降参したように小さくため息をついた。そうしてふて腐れた口調で「わかったわよ」と呟いた。

 

 

 ★

 

 

 ジュースを飲み終えるとクロエはギルドを後にした。まったく面倒なことになった。ミラの奴めと心の中で毒づく。クロエはミラのことが苦手だった。年上だからか、意外に押しが強いからかはわからないが彼女にはいつもやりこめられてしまうのだ。

 クロエはちらりと隣を歩く金髪の少女、ルーシィに目をやった。クロエよりたぶん三つぐらい年上だと思う。発育のいい胸といい、綺麗な腰のくびれといい、抜群のスタイルを持った金髪美人なのに不思議と色気の感じられない女性だった。

 ルーシィは好奇心に目を輝かせながらきょろきょろと街の風景を見ていた。それはクロエにとっては見慣れたものだったが、まだマグノリアに来たばかりでギルドと宿泊している宿の周辺ぐらいしか知らないというルーシィには新鮮らしい。

 

「やっぱりいい街ね、マグノリアって」

 

 ルーシィがはつらつとした声で言う。声をかけられているようだったのでクロエは相づちを打った。

 

「そうですね。風景もいいですし何より活気にあふれています。マグノリアはたくさんの人と物が行きかう街ですから」

 

 クロエの言葉にルーシィは首を傾げた。

 

「どうして敬語?」

「ルーシィさんの方が年上みたいですので」

「そんなの気にしなくていいわよ。あたしは堅苦しいのは苦手だから」

「私の普段の喋り方はえらそうだってよく言われますけど……」

「構わないわ。クロエの方がギルドの先輩じゃない」

「そう……あなたがいいなら普通に話すわ」

 

 本当は敬語の方がよそよそしい感じがして好ましいとは言えなかった。実はクロエはルーシィと親しくなる気はなかった。ルーシィが嫌いというわけではなく、むしろクロエの目にルーシィの明るい人柄は魅力的に映っていたが、クロエはとある事情から妖精の尻尾の人間と必要以上に仲良くすることを好ましく思っていなかった。

 けれどそんなクロエの内心をルーシィが知るわけはなく、ルーシィはクロエが敬語を止めたのを皮切りにあれこれと話し出した。

 

「クロエは妖精の尻尾に入って結構長いの?」

「いいえ。まだ一年くらいかしら」

「そうなんだ。どうして妖精の尻尾に?」

「前にいたギルドが潰れてしまってここに流れてきたのよ」

「ふ~ん。ミラさんとは仲良いの?」

「さっきのやり取りを見ていて仲がよさそうに見えたかしら?」

 

 取り留めもない会話をしながら目的地に向かって歩く。クロエたちが今向かっているのは不動産屋ではなかった。一人暮らし用の物件についてクロエに一つ心当たりがあったので、不動産屋より先にそっちに行くことにしたのだった。

 

「どんなところかすごく楽しみ」

「あまり期待されると困るのだけど、外観と立地は悪くないと思うわ。ギルドからそこまで遠くないし、商店街も近い。それに家の前には綺麗な運河が走っているの。家の中に関しては入ってみるまでわからないけれどね」

 

 そう言いながらも新居への期待にきらきらと顔を輝かせるルーシィにクロエは困っていた。過度の期待は紹介する身にはプレッシャーでしかない。どうか彼女の期待に添いますように。クロエは密かに願った。

 

 

 ★★

 

 

「どうかしら?」

「すごくいいわ!」

 

 クロエの問いかけにルーシィは弾んだ声で答えた。クロエの案内してくれた住まいは当たりだった。家賃七万にしては間取りも広いし、収納も充実している。内装もばっちりだ。レトロな雰囲気が素敵な暖炉もあって、おまけに竈までついている。これはいい。ルーシィはこの部屋をすっかり気に入ってしまっていた。ただ一つ問題があるとすれば――

 

「家賃七万ジュエルかあ……」

 

 ルーシィはうーんと唸った。非常に悩ましい値段だ。これだけの部屋が七万というのは掘り出し物件だと思うが、駆け出し魔導士で所持金もそう多くない自分には少々荷が重いかもしれない。

 

「ねえ。クロエはどう思う?」

「私に聞かれても困るのだけれど、そうね。あなたが気に入ったのなら決めてしまってもいいと思うわ。フィーリングは大事だと思うし、家賃も七万ジュエルくらいならクエストをこなせば十分払える額よ。もっとも魔導士の稼ぎは腕次第なところがあるから、正確なことは言えないけれど」

 

 腕があってもうっかり建物など壊してしまった日には収入なんてなくなるし、とクロエは心の中でそっと付け加える。

 

「うーん、そうよね」

「もし迷っているのなら急いで決める必要はないわ。マグノリアは広い街だから物件はたくさんあるわ。他にも見てみたいのなら不動産に案内するし、納得いくまで探しましょう」

 

 クロエの協力的な言葉はルーシィにとって意外だった。クロエは案内をかなり渋っていたので、てっきり面倒事をさっさと終わらせたいぐらいの心境でいるものだと思っていたのだ。すると意外な気持ちが顔に出たのかクロエが首をかしげる。

 

「どうかしたかしら?」

「え? え~っとね、案内するのが嫌そうだったから、クロエはさっさと部屋を決めてほしいんじゃないかなと思ってたの」

「ああ、そういうこと。これはあなたの家探しを手伝うという仕事よ。ミラから報酬はもらっているし、あなたは何も気にしなくていいわ」

「報酬ってジュース一杯でしょ?」

「何か問題でも? あの一杯にはそれだけの価値があったわ」

「ただのオレンジジュースよね?」

「それはあなたの価値観でしょう? 何にどれだけの価値をつけるかなんて人それぞれ。普遍的な価値を持つものなんてこの世には一つだってないのよ」

 

 クロエはすこしムキになったように言った。はめられたという事実を認めたくないのかもしれない。

 

「そ、そう」

「そうよ。つまらないことを気にしていないであなたは部屋探しに専念すればいいのよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くクロエに苦笑いしながらルーシィはもう一度部屋をぐるりと見回す。うん。やっぱりこの部屋は捨てがたい。

 

「よしっ。あたし、ここにするわ」

「かまわないの?」

「うん。気に入ったから」

「そう。それはよかったわ。それじゃあ管理人さんのところに戻って契約しましょう。私たちには他にもやることがたくさんあるのだから手早くね」

「やること?」

「宿から荷物を移さなければならないし、必要なものだっていろいろ揃えなければならないでしょう? まだ午前中とはいえのろのろしていたら日が暮れてしまうわ」

「え?」

「今度は何かしら?」

「付き合ってくるのはうれしいけど、家探しじゃないのにいいのかなあって……」

「そうね。言われてみれば確かにこれは仕事の対象外ね。ああ、でも口にしてしまった以上は手伝わないといけないわ。この町にまだ不慣れなあなたに私の手伝いを期待させるような発言をしてしまったのは私の落ち度だもの。私としたことが迂闊だったわ」

 

 クロエはまるで台本を読み上げるかのようにそう言った。わざとらしいクロエのセリフにルーシィは思わずくすりと笑ってしまった。途端にクロエにじろりとにらまれる。

 

「その不愉快な笑いは何かしら?」

「だって……あははっ、何でもない」

 

 ルーシィはミラの言っていたことが少しずつわかり始めていた。「面倒くさいところもあるけれど根は素直で優しい良い子」か。なるほど、確かにそのとおりかもしれない。彼女は親切だが、その親切にいちいち厚意とは無縁の、硬質な理由を付けなければ気が済まない面倒くさい性質のようだった。

 

 

 ★★

 

 

「は~、楽しかった」

 

 新居への帰り道を歩きながらルーシィはそうこぼした。道に沿って脇を流れる運河の水面は月明りでわずかにきらめいている。大家さんと契約を交わした後、宿に預けていた荷物を取りに行くという名目で町に繰り出したルーシィだったが、結局、案内役のクロエを引っ張りまわしてあっちへふらふら、こっちへふらふら街を散策して夜まで遊び倒してしまった。この分だと今日はもう荷物移しだけで終わってしまいそうだったが、それでもマグノリアの街を満喫できてルーシィとしては大満足だった。

 

「今日はいろいろありがとう」

 

 隣を歩くクロエにそう声をかけると、彼女は鬱陶しそうな顔をした。

 

「別に。結局たいして作業は進まなかったし」

「新居が決まっただけで一歩前進よ。いいところ教えてくれてありがとね」

「それについてはお礼の必要はないわ。言ったはずよ。私は働いた分の報酬をもうもらっているの」

「はあ。あんた本当に素直じゃないわねえ」

 

 頑なに人の感謝を受け取らないクロエにルーシィは呆れてそう言った。途端にクロエが不機嫌そうに口を尖らせる。

 

「ミラのようなことを言うのは止めてもらえるかしら。だいたい今日は特別よ。次は今日みたいにあなたに付き合ったりしないわ。絶対よ」

「はいはい」

 

 むきになるクロエにルーシィは頷いたが、内心では頼めばなんだかんだ理由を付けて付き合ってくれそうだと思っていた。好奇心の赴くまま引っ越しそっちのけで街を歩き回る自分を止めることは一度もせず、日が暮れるまで付き合ってくれていたのがいい証拠だ。

 妖精の尻尾に来てからというものナツを筆頭に個性的なギルドメンバーに翻弄されっぱなしで、今日のように主導権を握って誰かと行動するのはルーシィにとって久しぶりだった。ナツのようなタイプと行動するのは刺激的でまさしくルーシィが妖精の尻尾に求めていた生活ではあったけれど、時にはこうやって自分のペースに合わせてくれる誰かと過ごす時間もいい。だから道の向こうに新居が見えてきた時、ルーシィは少し名残惜しい気持ちになった。

 

「そういえばさ、クロエはどこに住んでるの?」

「藪から棒にどうしたのよ」

「だって。何の気なしに家の前まで付き合ってもらっちゃったけど、あんた帰りは一人でしょ。もう暗いし危ないから――」

「送ってあげる、とでも言うつもりなら無用なお世話よ。そこらの一般人に襲われて困っているようじゃ魔導士なんてしていられないわ。だいたい私を送ると今度はあなたが帰り道で一人になるじゃない。まだマグノリアに不慣れなあなたが一人になる方がよっぽど危ないわ」

「それはそうかもしれないけど……」

 

 ルーシィは歯切れの悪い答えを返した。たしかにクロエの言うことも正しいが、やはり自分より年下の少女を夜道に送り出すのは気が引けた。それでなくとも一日お世話になったのに。けれどクロエは「本当に必要ないわ」と言って足を止めた。もうルーシィの家の前についていた。

 

「それじゃ私は帰るけれど……そうね。ちょっと見てなさい」

 

 そう言うとクロエはひょいひょいと数歩だけ進み、隣の家の前でぴたりと足を止めた。その様子にルーシィは首をかしげる。

 

「何?」

「着いたわ」

「え?」

「私の家に着いたのよ」

 

 クロエがすっと指でルーシィの新居の隣の建物を指して言う。ルーシィはぼんやりとそれを見つめ、数拍遅れて驚きの声を出した。

 

「ええっ! クロエって私の家の隣に住んでるの!?」

「正確に言うとあなたが私の家の隣に住むのよ。これからね」

 

 クロエは軽く肩をすくめると、「じゃ、またね、お隣さん」とひらひら手を振りながら家の中へと消えていった。バタンとドアの閉まる音が響く。

 不動産屋さんでもないのにどうして貸し家のことを知っているのだろうと疑問には思っていたがまさか家が隣だったからだとは。それならもっと早くにそう言ってくれればいいのにと、ルーシィはすこしだけ呆気にとられたが、すぐに小さく笑って

 

「またね、お隣さん」

 

 ちょっとひねた性格の隣人に向けてそう呟き、新しい家へ入っていた。

 

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