FAIRY TAIL -私は普通だから-    作:枝折

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第九話 妖精カフェ(上)

 真夜中。閑散としたマグノリア駅に人影が二つあった。露出の多い服装をした女性と夜闇に溶け込むような黒服を纏った少女だ。彼女たちは名前をそれぞれカナ・アルベローナ、クロエ・クロイツェフといい、どちらも妖精の尻尾に所属する魔導士である。

 

「いやあ、すっかり遅くなったねえ」

「誰のせいよ」

 

 ほろ酔い加減で言うカナにクロエはいらいらとした様子でぼやく。不機嫌そのものという表情のクロエに対して、カナは悪びれもせずからからと笑う。

 

「そう言うなって。楽しかったじゃん」

「ええ。あなたはさぞ楽しかったことでしょうよ。この酔っぱらい」

「酔ってないって。ほーら、可愛いんだからつんけんしてないで笑いな」

「いやっ! ひゃめっ――やめなさい! その行動がすでに酔ってる証拠よ!」

 

 酔いに任せてじゃれつき、体のあちこちをくすぐってきたカナにクロエは悲鳴を上げた。

クロエがカナに仕事に誘われたのは今朝方のことだった。マグノリアから少しだけ離れた田舎町の町長から寄せられたというその依頼は簡単に完遂できそうな内容のわりに払いが良かったので、特に予定のなかったクロエは二つ返事で了承した。

 カナの後ろに引っ付いてギルドを出発しマグノリア駅から汽車に揺られること数時間。お昼過ぎに目的の町に到着したクロエたちは駅から真っ直ぐ町長のお屋敷を訪ね、見立て通りあっさりと仕事を片付けた。ここまでは非常に順調だった。ケチがつき始めたのはこの後。別れ際に町長が何気なく口にした一言からだった。

 

「ああ、そうだ。今晩、町の中央広場で豊作祭を行いますのでよろしければいらしてください。我が町自慢の地酒がふるまわれますので」

 

 地酒。カナの前でそんなことを言うなんて、馬の口元に人参を差し出すようなものである。これは飲んでいかないともったいない。カナがそう言うのも、町人に混じって豊作祭に参加するのも、嬉々として酒を飲み始めたのもすべては必然だった。

 別にそれ自体はかまわなかった。クロエだって、年齢的に酒は飲めないにしても、地産の果物から作ったというジュースを飲んだり郷土料理に舌鼓を打ったりして豊作祭をそれなりに楽しんでいたのだから。問題は長さだった。

 クロエがもう遅いしそろそろ帰りましょうと促すと、カナが「もう一杯だけ」と言った。「まあ、一杯だけなら」と頷いたクロエは失念していた。酒飲みの「もう一杯だけ」よりあてにならない言葉なんてこの世のどこを探しても存在しないということを。

 結局カナは一杯だけ、一杯だけを繰り返し、もうマグノリア行の最終便が発車するという時刻になるまで飲み続けた。なおも飲み足りないとか戯言をぬかすカナを引っ張ってなんとか列車に乗り込んだと思ったら、今度は移動中ずっと酔っぱらいの相手ときた。これで不機嫌にならない人間がいるだろうか。いや、いるわけがない。

 

「もうっ、いいかげんにしなさいっ!」

 

 クロエは声を荒げてカナをにらみつける。けれど何が楽しいのかカナはにやにやと笑って今度はクロエの頭をわちゃわちゃと撫で始めた。

 

「だから怒んなってぇ」

「ちょっ、ちょっと……」

「ほーら、よしよし」

 

 ダメだこりゃ。私にカナを制御することはできません。クロエはがっくりと肩を落とし、もうカナのしたいようにさせながら嘆きの声をあげた。

 

「ああ。どうして私の周りってこういう変な人ばっかりなのかしら」

「そう気を落とすなって」

「元凶のくせに! はあ……。まあ、いいわ。そうよ。これでも一昨日の仕事よりずいぶんマシなんだから」

 

 下と比べて安寧を得る。なんとも後ろ向きな方法で自分を納得させようとしたクロエにカナは小首をかしげた。

 

「一昨日の仕事って喫茶店で働いたってやつ? ミラから聞いたけど、ずいぶん面白そうなことやってたみたいじゃないか? 私も用事がなきゃ見物に行ったんだけどねえ」

「なら、あなたの用事とやらに私は感謝しないといけないわね」

 

 あんな赤っ恥を見られるのなんて御免だわとクロエは鼻を鳴らした。クロエの頭をよぎるのはもう二度と着ることはないであろうと思っていたあの衣装に再び袖を通した黒歴史だった。

 

 

 ☆

 

 

 三日前――

 

 チェンジリング騒動から一夜が明けた妖精の尻尾の酒場。そのカウンター席に腰かけたクロエはとあるお土産話に耳を傾けていた。話しているのは隣の席に座る金髪の新人魔導士。はっきりと明るい顔立ちに加え、出るとこが出た抜群のスタイルを持っているのに不思議と色香を感じさせない稀有な女性、ルーシィだ。

 お土産話の内容は先日彼女がこなしたS級クエストについてだ。以前、ルーシィが小説家を目指しているとかなんとか言っているのを聞いたことがあったけれど、なるほどルーシィは話し上手だった。呪われた村人。古代魔法『月の雫(ムーンドリップ)』。氷に封じ込められた怪物デリオラ。体験したこと一つ一つを色鮮やかに話すルーシィの姿は確かに物語の語り部のそれだった。

 

「それでね、デリオラの氷がとうとう溶けて――」

 

 ルーシィの話にクロエはうんうんと相槌をうつ。本当は無断で危険なクエストに行ってどれだけ周囲に心配をかけたかわかっているのかと小言の一つでも言ってやりたいところだが、生き生きと自分の冒険を話すルーシィを見ていると憚られた。

 

「そして無事クエストを今回の報酬がこれよ!」

 

 ルーシィが「見て、見て」と自慢げにポケットから報酬を取り出した。それは見事な細工が施された金色の鍵だった。

 

「星霊魔法に使う鍵ね。もらったの?」

「すごいでしょ? 黄道十二門の鍵なんてめったに手に入らないのよ。もう最高!」

 

 そう言ってルーシィが幸せそうな笑みを浮かべたので、クロエもつられて小さな笑みをこぼした。嬉しそうにしちゃって子どもみたいだ。けれど、クロエはこういうルーシィの無邪気なところは嫌いではなかった。ルーシィはいつだって明るくて、その笑顔は不思議と人を引きつける。自分がついついルーシィの話を聞いてしまうのもきっと彼女のそういう性質故のことだ。

 

「あ、そうだ。そういえばクロエもグレイといっしょにハルジオンまで来てくれてたのよね? ありがとう。心配してくれて」

 

 ルーシィが眩しい笑顔をクロエの方に向けて言ったので、クロエは思わず視線をそらしてしまった。そんなに明るい顔をまっすぐ向けられると恥ずかしくなってしまう。

 

「別に……。心配なんてしてないし、ハルジオンに行ったのもほんの気まぐれよ」

「そうなの?」

「そうよ」

「ふーん。まあ、いいや。気まぐれでもクロエが来てくれたことが私は嬉しいから」

 

 そう言ってルーシィはにこにこ笑いながら、クロエの頭を撫で始めた。

 

「ちょ、ちょっと、ルーシィ……」

「なあに? いや?」

「いやってわけじゃないけど……」

 

 クロエは口ごもった。むしろ逆だ。クロエは姉のリーザによくそうされていたこともあって、頭を撫でられるのが好きだった。好きな人に優しく頭を撫でられた時のふわり、ふわりとした心地よい感触は何ものにも代えがたい。しかしそれはそれとして、まるで小さな子どもを良い子ねえと褒めるかのようなルーシィのやり方が気に入らないという思いもクロエの中にはあるわけで、如何せん。クロエが相反する感情に板挟みになりながら、さらさらと気持ちの良い感触に目を細めていると

 

「あら、二人とも仲良しね」

 

 カウンターの内側から、ミラが声をかけてきた。クロエは他人に見られていることが恥ずかしくなって、ルーシィの手を慌てて振り払った。

 

「べ、別に仲良しじゃないわ。ルーシィなんてただのご近所さんよ。隣人Lよ」

「え~、あたしの扱い酷くない?」

「ひどくなんてないわ。大体あなたは浮かれ過ぎよ。ルールを破ってS級クエストに行ったことをもっと反省すべきだわ」

「まーいいじゃない。無事帰ってこれたんだからさ。新しい鍵も手に入ったし、あたし今S級に一番近い魔導士だったりして」

 

 悪びれた様子もなくそんなことをのたまうルーシィにクロエはため息をついた。反省するどころかS級魔導士だなんて、この隣人Lさんは相当調子に乗っていらっしゃる。ルーシィの言葉にミラはからからと笑って

 

「あら、頼もしいわね。でもS級に近いって言うならクロエも負けてないわよ」

「どういうことですか?」

「クロエは前にいたギルドではエース、妖精の尻尾で言うところのS級に相当する魔導士だったのよ」

「ええっ!? エ、エルザと同じ? そうなの、クロエ?」

 

 ルーシィが派手に驚いてクロエの肩をゆすった。視界がぶんぶんと揺れて、クロエは顔をしかめた。ミラめ、余計なことを。S級に近いっていうなら、元S級のあなた以上の人なんていないでしょうに、わざわざ私のことを言わなくてもいいじゃない。

 

「まったく……。バカなことを言わないでもらえるかしら。『妖精の尻尾』と『月兎の庭(ラビットガーデン)』じゃギルドの規模も魔導士のレベルも違いすぎるわ。フィオーレ王国一のギルドとちっぽけな弱小ギルドじゃ、どっちのトップが強いかなんて比べるまでもないでしょう?」

「そうなの?」

「そうよ。あんな人の皮を被った化け物みたいな女が気軽にその辺にいるわけがないじゃない。そんなの世紀末よ、世紀末。だいたい繊細で可憐なこの私をエルザなんかと一緒くたにするなんて、あなた失礼よ」

 

 クロエが唇を尖らせると、ルーシィはなぜか顔をひきつらせた。その表情はなあに? とクロエが怪訝に思った瞬間

 

「その化け物みたいな女だがな、案外その辺にいるかもしれんぞ。たとえば貴様の後ろにな」

 

 背後から鬼の声が降って来た。

 

 

 ☆☆

 

 

 凛とした女性の声にクロエがびしりと固まったのを見てルーシィはあちゃ~と頭を押さえた。クロエの後ろに立つのは鎧を着込んだ深紅の髪の女性。妖精の尻尾に五人しかいないS級魔導士の一人にしてギルド最強の女魔導士、エルザ・スカーレットその人だった。

 

「エルザ。おはよう」

「お、おはよ~」

 

 ミラは笑顔で、ルーシィはおそるおそるエルザに声をかける。クロエは硬直したままぴくりとも動かない。

 

「うむ。ミラもルーシィもそこの黒いのもおはよう。私も話に混ぜてもらうぞ」

「それじゃ私はそろそろ帰るわ」

「待て」

 

 フリーズから立ち直るやいなや逃亡を図ったクロエの襟首をエルザががっしりと掴んだ。

 

「は、はなして!」

「そう急いで帰らなくてもいいだろう。いろいろ話したいこともある」

「私にはないわ。いやっ、引っ張らないでってば」

 

 なんとか抵抗するクロエだったが、エルザに勝てるはずもなく元々いた席に戻される。再びルーシィの隣に座わったクロエの顔にはだらだらと冷や汗が浮かんでいた。この様子だとクロエもナツたちみたくエルザのことを怖がっているようだった。

 クロエの隣に腰を下ろしたエルザは、ミラにショートケーキと紅茶を注文すると、クロエに向き直る。

 

「さてまともに話すのは久しぶりだな。会えてうれしいぞ、クロエ」

「人違いじゃないかしら」

「クロエ、さすがにそれは無理があるわよ」

 

 からからに渇いた声でそう言ったクロエにルーシィは思わず突っ込んだ。

 

「昨日はチェンジリングで私がハッピーになっているのをいいことにずいぶんと好き放題やってくれたな」

「……記憶にございません」

「どこを見て言っている」

 

 少しの間をあけて答えたクロエにエルザが呆れた声を出した。今クロエはルーシィとエルザに挟まれて座っているわけだが、先ほどからクロエはルーシィの方しか見ていなかった。ルーシィの方に顔を向けるクロエの眼は泳ぎに泳いでいる。

 

「ほら、私の眼を見ろ」

 

 エルザは一心不乱に目を逸らし続けるクロエの頭をがしりと掴むと、力任せに自分の方を向かせた。ばっちり目が合った状態になったところで、さて、とエルザが詰問を再開する。

 

「貴様の話はいろいろ聞いているぞ、クロエ。酒場を潰したそうだな」

「い、いつの話をしているのかしらね。あれは潰したのではなく潰れたのよ。不幸な事故だったのよ。言葉には気をつけてほしいわ」

「なるほど。ならばもちろんお前は言葉に気をつけているのだろうな。……ところで私は人の皮を被った化け物だったか?」

「それぐらい強い魔導士だってわかりやすく言っただけよ! ほら、物わかりの悪いルーシィに気を遣ったのよ!」

「なんかあたしがけなされた!?」

「ほう。それはご丁寧なことだな。だがわかりやすく言うだけなら他にも言いようはある。もう少し言葉を慎重に選ぶべきだとは思わないか?」

「そ、そ、そ、そうね! あまりに的確な言葉は時に人を傷つけることもあるものね。反省するわ」

「ここでまさかの火に油を注いでいくスタイル!?」

 

 恐怖のあまり混乱し始めたらしいクロエにルーシィが突っ込む。さらにエルザが口を開きかけたところで、エルザの前に紅茶とケーキがおかれた。

 

「はい、エルザ。ご注文の品よ」

「ありがとう、ミラ。今日はこの辺にしておいてやる」

 

 ケーキが出てきて気が削がれたらしいエルザがそう言うと、ふうっとクロエが安堵の息を吐くのが見えた。エルザはフォークでケーキをひとかけら口に入れて、わずかに表情を和らげると、ところでと話を切り出した。

 

「今日はお前たちにいい仕事の話を持ってきたんだ」

「仕事?」

「ああ。いっしょにどうかと思ってな」

「私はかまわないけど、クロエは?」

「お断りよ。だいたいどうしてあなたが私を仕事に誘うのかしら?」

「たまには女同士で依頼をこなして友情を確かめるのもいいだろうと思ってな」

「女なら私の他にもたくさんいるでしょう。それに私はあなたとお友だちになった覚えはないわ」

「あら。昔はエルザお姉ちゃんとか言って懐いてたじゃない」

「いつの話よ!」

 

 ミラのからかいにクロエがばんっと机を叩いた。ルーシィはあれっと首を傾げた。

 

「昔? クロエが妖精の尻尾に来たのって一年くらい前じゃなかったんですか?」

「ギルドに入ったのはね。でもクロエの元々いた『月兎の庭』のマスターはうちのマスターと友達でよく妖精の尻尾に遊びに来てたのよ。小さい頃、クロエはそれに引っ付いて来てたってわけ」

「ああ、そうだったんですか」

 

 昔の、まだ自分がいない妖精の尻尾を思い浮かべてルーシィは目を細めた。きっとその頃から賑やかで、無茶苦茶で、とっても温かいギルドだったに違いない。それを思うとうらやましいと言う感情が湧きあがって来る。

 妖精の尻尾のみんなには秘密にしていることだが、ルーシィはハートフィリア財閥の一人娘だ。早くに母親を亡くし、仕事に没頭する父親にはかまってもらえなかったルーシィは、広いお屋敷で孤独な毎日を過ごしていた。使用人のみんなや星霊のアクエリアスがいてくれたおかげで本当に一人ぼっちと言うわけではなかったけれど、完全にルーシィの孤独を埋めることはできなかった。幼い頃のルーシィは家族の温かさに飢えていて、お気に入りのお人形に顔をうずめてはよく一人で泣いていた。

 けれどもし幼い頃から自分が妖精の尻尾にいれば、そんな寂しさとは無縁でいられたかもしれない。たらればを言ってもしかたがないけれど、ルーシィはそう思わずにはいられなかった。

 もっともそういう孤独な幼少時代がなければ、今の自分ほどルーシィ・ハートフィリアは妖精の尻尾ことを好きになってはいないかもしれない。ギルドのメンバーを家族のように扱うギルドであるからこそ妖精の尻尾はルーシィにとって理想の居場所なのだから。

 それにしても……ルーシィはちらりと隣に座る黒の少女の横顔を見た。このクロエが昔はエルザをお姉ちゃん呼びして懐いていたなんて意外だ。クロエは他人への好意や親しみを素直に表に出すタイプではなく、むしろその手の感情を意図的に隠そうとする傾向すらある(ちゃんと隠せているかは別として)。そんなクロエが他人にわかりやすく懐いているところなんてルーシィにはうまく想像できなかった。だからだろう。

 

「ねえ。私のこともお姉ちゃんって呼んでみてよ」

「は?」

 

 気が付くとルーシィはそんなことを言ってしまっていた。ルーシィの唐突な要求にクロエが固まる。するとミラも

 

「あら、それなら私のこともまたミラお姉ちゃんって呼んでいいのよ」

「呼ばないってば」

「うむ。ならば私のこともエルザお姉ちゃんと――」

「いいかげんにしなさい! もう、ルーシィ! あなたが急に変なことを言い出したせいよ」

 

 クロエににらまれて、ルーシィは苦笑しながら手を合わせた。

 

「あはは、ゴメン。ちょっとクロエがそう呼ぶところを見たかったの」

 

 それに、とルーシィは言葉を続ける。

 

「私は一人っ子だったから、妹ってどんな感じなんだろうって思ったのよ。ほら、この中で私より年下ってクロエだけでしょ」

 

 またもしもの話だけれど、もし自分に妹がいたとしたら。自分と同じ境遇の、血を分けた妹がいたとしたら、あのお屋敷での孤独な生活は変わっていたのだろうか。ふと、ルーシィはそんなことを思ったのだった。

 ルーシィの弁明にクロエは気に入らないとばかりに鼻を鳴らした。

 

「年齢だけで妹にされるとは心外だわ。私からしてみればあなたの方がよっぽど手のかかる妹みたい――」

「そうね。クロエは妹ねえ」

「そうだな」

「ちょっと、ミラ! エルザも! どうしてそうなるのよ!」

「だってこの面子じゃ仕方ないわよ」

「うむ。場所が変わればお前が妹ではなく姉のように見られることもあるかもしれん。だが、ここではお前が一番妹らしい」

「なにそれ?」

「好むと好まざるとにかかわらず、人は収まるべきところに収まるということさ。さて、そろそろ話を仕事のことに戻そうか」

 

 本題とばかりにエルザが依頼書を取り出した。クロエはまだ納得がいっていない様子だったが、言い争う気はないらしく口をつぐんだ。ルーシィはエルザが差し出した依頼書をどれどれと覗き込んで――

 

「何々……。カフェの一日従業員募集。女性限定三名まで。――って何これ、メイドカフェ!?」

 

 内容を読み素っ頓狂な声をあげた。エルザがうむと頷いた。

 

「その通りだ。私とルーシィとクロエで三人。ちょうどだろう?」

「そりゃ数はあってるけど……」

「問題はそこじゃないわ! ルーシィはともかくどうして私までそんな仕事をしないといけないのよ」

「適任だからだ。ロキとナツから聞いたぞ。お前もルーシィも仕事でメイド服を着なれているそうじゃないか」

 

 エルザの言葉にルーシィはああと声を漏らした。思い当る節があったのだ。そういえば以前、エバルー屋敷に潜入しようとしてメイド服を着たことがあったけ。でも着なれてるってわけじゃないんだけどなあ。そんなことをぼんやりと考えているとあることが引っかかった。

 

「ねえ。私はエバルー屋敷の時のことだろうけど、クロエはいつ着たの?」

 

 ルーシィが素朴な疑問を口にすると、クロエがぎょろりとものすごい形相でルーシィをにらんだ。

 

「なあに? ルーシィ、何か言った?」

「何も申しておりません!」

 

 ひぃと小さく悲鳴を上げてルーシィはぶんぶんと首を横に振った。この質問はどうやらクロエの地雷だったらしい。

 

「まあ、そうカッカするな。集合は明日の朝。店に現地集合としよう。話は以上だ」

「待って。私はまだ行くなんて――」

「この仕事に行くのはすでに決まったことだ」

「横暴だわ! 今回に限ってどうしてそんなに強引なの? なんだか怖いわよ。あ、それはいつものことだったわね。おかしなことを言ってごめんなさい」

「殴られたいのか?」

「そういうところが怖いのよ! ほら、ルーシィ。あなたもなんとか言いなさい」

「え~、私は別にどっちでも……ああ、そういえばクロエといっしょに仕事行ったことってないわね。ならちょうどいいかも」

「待ちなさい、何もよろしくないわ。あなたが私と仕事に行きたいと言うなら、いつでもどこでも行ってあげるわ。ええ、約束してあげる。これ以外ならね。だから行きたくないと言いなさい」

 

 焦った様子で訴えるクロエにルーシィは、そんなに嫌がらなくてもいいと思うんだけどと苦笑した。けれど無理強いするようなことでもない。募集も三名までであって、必ずしも三人いなければいけないというわけでもないし。ちょっと残念だけど自分とエルザで仕事に行くことにしよう。ルーシィがそう提案しようとしたところでミラが口を開いた。

 

「あら。そんなに嫌がらなくてもいいと思うわ。クロエもいっしょに行けばいいじゃない」

 

 ミラがにこにことクロエの方を見る。ミラの言葉にクロエは冗談じゃないわとまなじりを上げて叫んだ。

 

「私はこういうのが一番ダメなの!」

「あら、どうして?」

「どうしてって……。メイドでもないのにメイド服なんて恥ずかしいもの……」

「ふーん。でもね、クロエ」

「何よ?」

「私、もう依頼の手続きしちゃった」

「え?」

「ほら」

 

 ミラがひらひらと依頼書を見せる。いつの間にかエルザからミラの手へとわたっていたそれにはでかでかとクエスト受理の判子が押されていた。クロエはそれを見てたっぷり三秒くらい固まった後、叫んだ。

 

「そんなの無効よ!」

 

 クロエが依頼書をひったくろうと手を出して空を切る。一瞬早くミラがクロエの手をかわしていた。

 

「このっ……」

「ふふふ、だーめ♪」

 

 ミラが楽しげに依頼書を持った手を上に伸ばす。それを追って、クロエが思いっきり背伸びをし、カウンターの内へ身を乗り出す。しかし――

 

「と、とどかない……」

 

 伸ばされたクロエの手はミラの掲げた依頼書のかなり下の方をさまよっていた。元々ミラの方がクロエより背が高いのに、カウンター越しという悪条件まで加わっているのだから、当然と言えば当然の話だ。それでもクロエはあきらめがつかないらしく、ぴょん、ぴょんと小さくジャンプをしたが、結果は変わらなかった。

 

「うう……」

 

 クロエが恨めし気に依頼書を見上げた。その姿はまるで風船が木の高いところに引っ掛かって取れなくなり泣きそうになっている子どものようだった。これは流石にかわいそうなんじゃ。そう思ってルーシィがミラの方を見ると、ミラはわかったとでもいうように頷いた。

 

「こうかしら」

 

 そう言って依頼書をクロエに渡す――のかと思いきやミラは一歩後ろに下がった。そしてもう絶対に届かなくなった依頼書をクロエに見せつけるかのようにひらひらと振る。敗者に鞭打つようなミラの行動にルーシィは「ええっ!」と驚愕した。ものすごい追い打ちにクロエはしおしおと椅子に座り込んで、机に突っ伏した。ミラはそんなクロエを一瞥すると

 

「ルーシィもけっこういじわるね」

「違いますよ!? 私そんなつもりでミラさんのこと見たわけじゃないですから!」

「あら? そうなの?」

 

 ルーシィの抗議にミラは小首をかしげた。ミラの表情はにこにこ笑顔で、確信犯なのか、ただの天然なのか、ルーシィにはこれっぽちも判別できなかった。

 

「もういいのか? ならミラ、紅茶のおかわりを頼む」

「はーい」

 

 動かなくなったクロエの傍でエルザとミラは何事もなかったように言葉を交わす。実際、この二人には何事もなかったようなものなのかもしれない。ルーシィは何となくクロエがいたたまれなくなって、机に伏せる彼女の頭を撫でた。

 




後半も今日明日中に投稿しますね。
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