ヒマリ王国という一つに限らず、世界共通で『王国』と付いた島の街には人が賑わっている。
城下町の一角では本地で育てられたものと思われる作物や食肉などを売る店や、その他にも色取り取りな衣類やこの土地に馴染み深い(らしい)特産品などを取り扱っている店などが一つの道に建ち並んでおり、視界を左右のどちらに向けようとも人の姿が絶えない状態が続いていた。
今の世の中、海を駆け巡るギャングこと『海賊』の存在から、主に悪行などの物騒な話題が尽きない
尤も、人々が安心していられるのも近辺の海域の安全を確保し、悪行を働く『海賊』をどうにかしてくれる『世界政府』直轄の警備隊―ー『海軍』と、それが設立している建物の存在があってこそ、なのだが。
ふと街並みから視界を外し、つい先ほどまで居た港付近を見回してみると、灯台を太く巨大にしたような建造物の存在が真っ先に目に入る。
その表面に大題的に描かれている紋様は、何やら『M』のアルファベットに似たカモメのマーク。
絶対的正義――と言っているらしい信念の元に、民衆を『海賊』を含めた悪党から守りぬく事を使命とした、複数の大砲や銃火器などの武装を取り揃えた軍艦さえも保有している世界規模の軍隊の、所有物の一つ。
大きさの時点でもお城ほどでは無いが普通の灯台よりは高く、一般市民の住まう住宅よりも横に対する面積が広い。
そんな場所の内部では、白い制服を来た正義の味方さんが今日も働いているのだ。
(……平和だなぁ)
そんな事を、軽い気持ちで思ってしまうほどに笑顔の見える風景だった。
子供と大人で構成された『家族』の姿だって、城下町を歩いているだけでいくつも見られる。
それ自体は微笑ましいし、カザミ自身も対して悪い気分にはならない。
ただ、そんな人間達の組み合わせを見ている内に、視界の端で手を口元に寄せてひそひそと談話をしている人物を見ると、あまり好ましい気分にはなれない。
別にそれを聞きたいと思ったわけでも無いのに、口元の動きが見えるだけでどんな話題を展開しているのかが、少しだけ理解出来てしまうのだ。
例えば、
『……ねぇ、あの子って誰? 迷子ってわけじゃないと思うけど……家出少年?』
『もしかしたら捨て子かもね。まったく、可哀想に。服があんなボロくなってる辺り、色々苦労してるだろうに……』
発言者にも、悪意があるわけでは無いだろう。
だが、こんな風に哀れみの視線を向け、情を覚えたとしても、実際に助けてくれる人物はいないのだ。
カザミからしても助けてもらう必要はあまり無いのだが、そんな言葉が発せられている事を理解するだけでも、何故か心にはとある思考が脳裏を過ぎる。
――――自分に『家族』は居るのかな。
彼、カザミという少年には記憶が無い。
記憶とは『それまで見て来たもの』であり、その中には風景や出来事だけでなく、知り合ってきた個人個人の情報だって該当するものだ。
あくまでも失っている物は『見て来たもの』なので、運動を含めた『動きの慣れ』や物事に対する『知識』などはしっかりと残っている。
尤も、それが何故と問われても、人間の脳の構造に詳しいわけでもないカザミには答えようも無いのだが。
そして、そこまで考えても無意味だという事はカザミ自身が一番よく知っている。
結局、分からないものは分からないままで変わらないのだから。
「…………」
他の者には『当たり前のように』有って、現在の自分には無い……かもしれないもの。
それを目の前で何組も何組も見る事になるだけで、彼の心には痛みとは違う何かが奔り出す。
羨ましい。
(……居たら、いいなぁ)
記憶が無いという事は、当然『失う前』に出会った人間の顔も思い出せないという事。
ここまで賑わった城下町に住んでいる子供には、親しき仲で遊んだりもする友達や仲間だって居るかもしれない。
だけど、今の自分にはそれが無い。
そして、それを自分から得ようとする事が
(……ん、また増えた……それとも減ったのかな?)
しばらく歩き続けた後、視界を動かして街中にある酒場の付近を見てみれば、そこには複数の張り紙が成されている掲示板が目に映る。
市民の情報源こと新聞の切り取り記事や、酒場やお店の新商品などを紹介している広告など、貼られている紙に描かれた内容は色々あるが、その中でも悪い意味で大きく存在感を醸し出しているものがある。
それは、直訳すれば『指名手配』と表記され、世間から『危険因子』として認定された者たちの顔写真だ。
平和そのものと言っていい街並みの中で、唯一それとは掛け離れた雰囲気を醸し出す張り紙。
その顔写真の下には、誰にでも分かりやすい意図を含んだ多額の数字が表記されている。
賞金首。
銃火器や軍艦を有する『海軍』の手に終えない、あるいは『海軍』の手を逃れながらも甚大な被害を齎した結果、懸賞金を付けて、その討伐あるいは捕獲のために他の者でさえも何らかの形で協力してもらう必要になった、荒くれ者の中でも一際目立った者達の事らしい。
書かれている賞金の額は、それが高ければ高いほどに危険だという意味を含んでいる。
『「暴れ腕」のレフル・アンクラー 懸賞金:1100万ベリー』
『「
などなど、ほんの一部だけでも多額の懸賞金が設けられており、それは即ち、かつて『それほどの』被害が世界の何処かで被られていたという事実も同時に伝えられているのだ。
名前の後ろに入っている二つ名は、その人物の特徴や個性を裏付けるキーワードのような物。
どれもこれも、明らかに悪そうな顔写真で男性やら女性やら、主に前者の比率が多い形で割り振られている。
そんな中、何やら『悪そうな』イメージから掛け離れた『賞金首』の張り紙が一枚だけカザミの視界に入った。
『「麦わら」モンキー・D・ルフィ 懸賞金:3000万ベリー』
懸賞金だけ見れば、顔写真の男がどれだけの悪事を働いていたのかを察する事は出来る。
だが、その顔写真からは不思議な事に、悪意や欲といった他の顔写真によく見られる特徴が浮かばなかった。
強いてカザミが気になった所を挙げるならば、
(……麦わら帽子のこの人が『賞金首』なのは何となく分かるんだけど……後ろの人は誰?)
どうにも麦わら帽子を被ったその男の顔写真に悪そうな『イメージ』が付かないおかげで、どちらかと言えばどうでもいい部分に目が向いてしまうらしい。
ご飯の上に大量のスライスした肉が乗っかってる弁当を見た時、明らかなメインディッシュであるそれよりも、端や隣の方にある漬物、そして副菜の存在に(好き嫌いの意味で)視点が向いてしまうのと似ていた。
尤も、カザミが少しだけ気になったこの男……後頭部しか映っていないおかげで、一番特徴的な部分が見えずに居るのだが、そんな事は彼の知れた事では無い。
少し面白いものを見れた、といった感じで少しはプラスな方向へと思考を持っていく事が出来たカザミは、そのまま酒場の中へと入っていく。
……外見だけでも見れば分かる通り、彼の姿は世間の人間が見ても『家出して帰れなくなった少年』といった印象しか受け取られない。
だが、何度も言う通り彼は記憶喪失者。
生まれた故郷の事は当然、自分の年齢さえも『本当のところは』分かっていないのだ。
そして、一部怪訝そうな視線を向ける大人達に少しだけムクっと来ながら、カザミはその酒場の店長へとこう言った。
「すいません。少しの間でも働いてお金を稼げそうな場所を探してるんですが、こことか大丈夫ですか?」
「とりあえず、最低でもあと6年か8年ぐらいは経ってから来てほしかったんだが、雑用ならいつでも歓迎してるよ」
意外なことに、話が分かるおじさんなのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
同じ頃、噂の市民の安全守る系な人間の集う『海軍』の基地。
そこは全体的に石造りで、通路も複雑に入り組んだものではなく、どんな状況でも手早く目的の場所へ移動出来るように最適化された無駄の無い構造を実現させた施設。
逆に言えば、遊び心や和みなどから掛け離れた無機質な作りとも言えて、もしもこれが軍事施設ではなく刑務所の牢屋の中ですと言われても違和感を然程感じないレベルだった。
市民が安全――つまりは平和であり、そもそもの『海軍』が成すべき『お仕事』がやってこない現状では、基地に留まっている一部の者のとある感情は蓄積を続けていくのが必然というわけで。
現在、王国とそこに住まう市民を悪党から守る――なんていうカッコ良い役割を担う事も出来ていない一人の海兵さんは、便所でデッキブラシを擦り付けながら、すげぇ退屈そうにしているのであった!!
「だ~ッ!! そりゃあ時間の有効活用っていうか、理屈としては分かるよ? 海辺の方へ
その名をストレイ・ランと言う薄い金髪の海兵としては、今平和である事が重要だと理解していても、何処か納得がいかない心境だった。
確かにこの『ヒマリ王国』周辺の平和は現在も守られていて、市民の笑顔も物資も食料も何も奪われてはいない状態だ。
だが、このような平和が維持されているのも、所詮はこの辺り近辺に限られた話。
逆に言えば、この『ヒマリ王国』が平和である分だけ、その代わりに実害を被っている国と街が存在しているとも捉えることが出来るのだ。
……馬鹿馬鹿しい話と思われるかもしれないが、彼としては――より正確に言えば彼の抱く『正義』としては、こんなに平和な場所よりも現在進行形で『海賊』などの悪党に襲われているような場所に向かいたかった。
そこに居る悪党から市民を守って、少しでも平和の手助けをしたかった。
「……つ~か、最近じゃあ一番平和だとされた『
……ちなみに、割と大きな声で愚痴を言いたくって居る彼だが、現在掃除している便所には彼以外に誰もいない。
要するに、話し相手がいないのも彼のストレスを加速させている原因の一つでもあるのだ。
率直に言えば、もう便所掃除などサボって本でも読むか、あるいは実戦の特訓でもしたい気分になっている。
ゴシゴシゴシゴシゴシ――ッ!! と、デッキブラシと床の摩擦音がどんどん高速化されている辺りが、その証明だったりする。
「つーかアレだ。何でオレにはこういう雑用とかしか来ないの? オレも海兵だよ? 悪党と戦わずして何が海兵なの? とりあえずあの少佐の野郎には後で顔面にデッキブラシを直撃させて
そんなこんなで好き勝手を申していたストレイ・ラン君(20)だったが、便所の入り口の方から槍のように飛んできた第二のデッキブラシ――その柄の部分を後頭部にクリーンヒットされ、あえなく前方に倒れ込み磨き立てのタイル床にファーストキス。
そして、入り口を通って便所に入ってくる人物が一人。
「……誰が誰の顔面にデッキブラシを直撃させてやるって?」
「ぶふっ!! う、うげぇっ!? ガリー・ルア少佐!?」
「……フルネームで呼ぶ事はともかく、少佐の顔を見て『うげぇ』と来たか。良い度胸だな二等兵? 掃除は快調なのか?」
「か、快調です!! このぐらい楽勝なのでそろそろオレにも真っ当なお仕事を」
「よし、分かった。この便所の掃除が終わったら次は階段の掃除を頼むぞ。お前が雑用を担う事で面倒な行事が減り、基地の衛生面は保たれているからな~(棒読み)」
「何一つ解決されてない上に褒め言葉に聞こえない!! もう嫌ですよ、オレだって海に出たりしたいんですよ!! お給料を増やしてとまでは言いません!! とりあえず掃除以外の行事を任せてください!!」
「…………上司に対しても平常というか、そういう態度だから階級が上がらないんじゃないのか? とりあえずお前は掃除が大好きだという事で自己解釈しておいたから安心しろ」
その男――ガリー・ルアは、ランの態度を見て軽く溜め息を吐く。
彼はこの基地――より正確に言えば海軍基地の『ヒマリ王国』支部を指揮するリーダー的な人物であり、少佐という階級から当然ではあるが、ランを含めたこの基地に居る殆どの兵の上司である。
その実力も並みの兵とは比較にならないレベルで、これまでも多くの『海賊』を殺さずに捕らえて来たのだとか。
そんなわけで、少し前からランの独り言を聞いていたらしい彼は、
「まぁ、確かに現在は平和だが……そもそもこれも一時的な物だ。名を上げたいだとか、市民から物資を巻き上げたいだの私利私欲を撒き散らす馬鹿野郎がいつ現れるかどうか、まだ分からないんだぞ? お前の言う通り、最近では『
「うっ……で、でも此処に来ないって事は、他の何処かで被害を撒き散らしてるってわけでしょ? いくらこの王国だけが安全だとしても、安心は出来ませんよ」
「馬鹿が。そういう台詞はもっと階級を上げて、かの『英雄』ガープ中将のように自由に行動する権利を手に入れてからにしろ。二等兵がいくらピーピー喚こうが、上で決められた割り振りだ。それに従った上で市民を守るのが我々の役目だろう」
うぐぅ……と、階級を話に出されるとどうにも反論が出来ないラン。
この『海軍』は、その名の通り一つの『軍隊』であり、上下関係は個々の能力や活躍に合わせて割り振られた階級によって判定されている。
一番上から元帥、大将、中将、小将、准将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉、准尉、曹長、軍曹、伍長、一等兵、二等兵、三等兵、雑用……といった形である。
その中でも少尉以上の階級に及んだ者は『海軍将校』と呼ばれ、その背に象徴たる『正義』の二文字が描かれた白いコートの着用を認められるのだ。
そして、後ろに『将』と付くレベルともなれば、それは単なる指揮官以上に重要な価値と責任を含んだ、事実上のトップクラス。
その能力も、最早ただの『海賊』が敵うような相手では無くなっており、
……ここまで述べれば、彼――ストレイ・ランの『二等兵』という階級がいかにちっぽけな物であるかどうか、察しが付くだろう。
「……ただ礼儀とかを整えるだけで階級が上がるんなら、苦労はしないっすよ……何処ぞの成金じゃないんですから。ルア少佐だって、実戦で功績を残して昇格して来たんでしょう?」
「少なくとも『海軍』において基礎中の基礎さえも意識出来ないんじゃなぁ。昇格するって事は、それで『下』となる連中の面倒まで見ないといけないって事でもある。礼儀作法も殆ど出来ない不良状態のお前が、部隊の指揮なんて出来るのか?」
ぐふむぅ……と、再三に渡って呻くような声を漏らすランと、余裕で正論をぶつけていくルア。
勉強嫌い、あるいは好き嫌いの激しい子供に、人生の先駆者たる大人がしっかりと叱り付けているような図だった。
ともあれ、結局のところランは不本意ながらも掃除を続行する事に。
少佐という割と高めな階級に経つルアの方も、高い階級なりにやらねばならぬ事があるからか、ランの相手を終えると自分の持ち場へと戻っていく。
残されたランは、そこから愚痴を言葉として外に漏らさないようにと意識しながらも、何処か疲れた調子で呟いていた。
「……そりゃあ、礼儀作法も重要だとは思うけどさ……」
思っていても、納得が出来ない。
自分が『海軍』に入りたいと思ったのは、こんな事のためでは無かったはずなのに……。
◆ ◆ ◆ ◆
同時刻、当の『
その巨大な質量を動かすため、三本のマストとその表面に『MARINE』という六文字のアルファベットと『海軍』の象徴たるマークが描かれた
だった、と過去形なのは、船で最も高い位置から双眼鏡を眺めていた海兵が、遠方に『見逃せないもの』を確認したからである。
彼等『海軍』にとっての『見逃せないもの』がどういうものなのかなど、わざわざ説明するまでも無い。
無力な市民の平和を脅かす『海賊』の船が、その帆に特徴的な彩色の成された
当然、それを見つけた海兵達のやるべき事は決まっている。
一つ、船の進路を『海賊』の船が向かう先へと向ける事。
二つ、船員全てに戦闘準備を整えさせ、いつ何が起きても大丈夫なように整えておく事。
三つ、
事の重大性を知っている者たちの行動は、まさに迅速だった。
世は正に、大海賊時代。
安全だと思っている場所が、次の日には『そうではなくなる』可能性も決してゼロでは無い。
そんなこんなでプロローグを書き終わった後にすぐに書いたお話です(製作時間:一日)。
……他のワンピ二次小説とかを見ていても、実は『記憶喪失』という個性を持ったキャラが登場しているパターンは殆ど無かった事に少し驚いたことがあります。実際のところ『ONE PIECE』という作品では、外伝の扱いですが『オーシャンズドリーム』というゲーム作品で『記憶喪失』の要素が盛り込まれているので、決して有り得ない展開では無いのですが…………というかワンピの世界って意外とファンタジー要素が多い気もします。
今回の話を読んでみれば分かるかもしれないですが、この作品のメインキャラは、主人公こそプロローグでも登場した『カザミ』という『旅人』という視点から成るキャラですが、もう一人――『海軍』という視点から物語を展開する『ストレイ・ラン』というキャラの二人を軸にするつもりで書いております。
プロローグの後書きでも書いたと思いますが、この作品はオリジナルのストーリーで構成される物語となっております。
なので、ここまで『登場』している全てのキャラは全部『こういうのとかどうかな~』って感じで想像しながら書いたものです。賞金首の紹介の中で原作主人公ことルフィの存在を明かしたのは、後々絡ませるのではなくこの物語のこの時点での『時間軸』を明確にするための物でした。
賞金がまだ3000万……という事からすぐに気付くでしょうが、時間軸はルフィがアーロンを倒して賞金首となった後、そしてアラバスタ編の一件で一億の台に乗り出すよりも前のものです。
物語の展開上、流石に『頂上戦争』の時間軸にすると色々と厄介な事になりそうなので……それと、最初の部隊として『西の海』を選んだ理由は、ルフィ達が居る『東の海』とは全く違う物語である事を明確にするためなのと、原作で名前が明らかになっている島々が一番少ない海だからです。(まぁ『オハラ』というかなり重要な島があった海でもあるのですが)。
記憶喪失の少年、そして海兵の割りに不良っぽい性格なせいで二等兵止まりな男。
後者の事もあり、『海賊』よりも『海軍』をメインで取り扱うって事なので、どういう形で『海賊』が襲ってくるのか、シチュエーションを考えるのが割と面白かったり難しかったりしてます。
冒頭から少し不吉な臭いが醸し出す展開となっておりますが、ここからどうなるのか、楽しみにしてもらえると嬉しいです。
最低でもエターなってしまわないように気をつけつつ、今回の後書きはこれにておしまいです。
では、次の話の文章《ログ》が溜まるまで、また少し長めの時間をお待ちください。そしてその間の感想・質問・批評・指摘なども随時お待ちしております。
(ちなみに私が好きだったワンピの二次は『天竜人』に転生した主人公がうんたらな話でした)。