「藍、聖魔様達は幻想郷を満喫していただけているかしら?」
「ご夫婦共々気に入っていただけてはいるようです。ただ、花の妖怪がお二人に攻撃を加える事態が発生しましたが……」
妖怪の賢者、八雲紫の問いかけにその式である八雲藍が答えを返す。
その言葉には彼女自身が抱えている疑問と不信感から少々棘があるように感じられた。
しかし紫は彼女自身がある意図を持って直々に招待した客人、意図を考えればVIPとも言っていい相手が幻想郷の住人に襲われたと聞いても、それを咎める式の意思に気づいても、動揺した様子も気にした様子も見せない。
「ふむ、彼女は無事なのかしら? あっ、この場合の彼女と言うのは幽香の方よ」
代わりにVIPを襲った住人の方を気にしてみせる。
「無事です。発端が聖魔様の人格の片割れ、パイ様が花の妖怪の育てた向日葵を傷つけたことであったため、お二人の方は攻撃を控えられました。そのことでお二人の方が一方的に怪我を負われましたが、最終的には八雲さんが癒しの術を使い、向日葵を修復したことで和解が成立しました」
「なるほどね。まあ、そうでなければ、今頃幽香もただではすんではいなかったでしょう。一人ずつならまだしもあの二人を同時に相手にするなんて私だってごめんだもの」
話を聞いて納得した表情を浮かべる紫。それに対し、藍の方はどんどん疑念が大きくなっていく。
そしてその納得いかないことを解消するため、決意し、主に意見を具申した。
「紫様、何があろうと原則手を出さないようにと命をうけていますが、今後このようなことが起こるようでしたら早急に対処すべきではないでしょうか?」
自分の命令に対し、異論を述べた式の言葉は紫にとって予想通りのものだった。怒ったり不快感を生じさせたりせず、代わりに核心を述べてやる。
八雲とパイ、二人を招待した目的、そして今後の幻想郷に関わる重大なそ話を。
「友好な関係を築くため、そして『幻想郷を聖地に移転する許可を得るため』に招待しているにも関わらず機嫌を損ねるのはまずいと?」
『幻想郷の移転』八雲紫の、幻想郷の管理者の口から飛び出したのは、余りに衝撃的過ぎる言葉だった。
そして何故、そのような事態になったのか二人の口からその理由が語られる。
「鬼眼王の起こした行動により、外の妖怪、妖魔の存在は人間達の知るところとなりました。このことにより、その人間の常識は急激に変革し、現実と幻想の境界が揺らぎつつあります」
「外の人間は神や妖怪を非現実的な空想の産物と考えるようになっていた。妖魔達が大規模な形で彼らの前に姿を現し、そしてサンハーラを体験したことで、外の人間は人の理解の及ばぬものがあることを知った。いえ、思い出したと言うべきかしら」
外の世界の妖魔、闇の怪物(モンストゥルム)と幻想郷内の妖怪は実は別物だ。前者は聖地由来の生物であり、後者は人間の想念により産まれた幻想の生物。しかし、人間からすれば両者は同じように思え、事実、妖怪が外の世界で信じられていた時代には両者は同一視されていた。そのため、妖魔や鬼眼王に対する印象はそのまま妖怪達への印象へと繋がる。
「外の人間は、昔のように畏れを抱くようになっている。けれどこの状態は長く続かないでしょう。被害の記憶が薄れると共に人外の存在について再び忘れていくのならばそれはそれでいい。前の状態に戻るだけだもの。薄れながらも畏れの感情を抱き続けてくれるのならば私達にとって理想的でしょう。けれど人間が妖怪のことを現実的な危険、ただそれだけのものと認識してしまうようになれば私達妖怪にとって深刻な問題が起きてしまう」
「人は理解できないものこそ真に”おそれる”。理解できるものはそれがどんなに強大であってもそれは”恐ろしい”だけ、そこに”畏れ”は無い。そんな物は鮫や蜂のような害獣と何も変わらない。そうなってしまえば妖怪は幻想の存在から引きおろされ、博霊大結界は消滅し、我々は幻想を否定する力によって消滅、あるいは弱体化させられてしまう」
「その後に待っているのは害獣として人間に狩られるか、あるいは保護と言う名の檻に入れられるか。何れにしても、それは妖怪にとって破滅と変わらないわ。だからこそ私は聖地への移住を考えた。少なくともあそこなら幻想を配する力からは逃れることができ、外の人間の干渉を受けることも無い」
現状を再確認する意図を込めて、あえて分かっていることを語って見せた両者。互いの認識がずれていないことを確認したところで、本題部分へと移る。
「にも関わらず紫様には聖魔様に対し、あまりに配慮が見られないように思います。我々は頼む側です。媚びへつらうべきとまでは思いませんが、もう少し気を使ってもよいのではないでしょうか?」
「……藍、知っているかしら。外の世界では移民が度々問題になるそうよ。どうしてかわかる?」
「はっ?」
詰め寄るような口調で正論を投げかける藍。しかし返ってきたのはまるで関係の無いと思われる話だった。あまりに急な話題転換に思わずあっけに取られた表情を浮かべてしまう。
「紫様、今は……」
「いいからまずは答えて頂戴」
如何に相手が主とて真面目な話を曲げられたことに、藍は怒りの目を向ける。しかし、答えを求める紫の口調が真剣なものであったため、何か意図があるのだと感じた彼女は問いかけに対し、真剣に思案し、自分が正しいと考える答えを述べた。
「……まず、人間は余所者を嫌います。加えて、他所から来た移住者によって元からあったシェア、具体的には仕事や地位が奪われることに対する反感があるのかと」
「そうね。その意見は正しいわ。その辺は移民を受け入れる側の問題、狭量さと言ってもいいかもしれない。じゃあ、受け入れて見らう側、移民の方には何も問題がないのかしら?」
答えを正答としながらもそれでは不十分であることを示唆する言葉。藍は主の求める答えを見つけようと再度思案し回答する。
「……郷に来ては郷に従え。この言葉を理解できない、あるいは理解しようとしないものが居るからではないかと。幻想郷に移住してくるものの中にも、時折この世界のルールや価値観を守ろうとせず、それまでの風習や価値観を押し通そうとして調和も乱す者がおります」
その答えに今度は満足したようで、紫はにっこり笑って頷いて見せる。
「そう。本来ならば受け入れてもらう側は受け入れてもらうのだから、それに感謝し、相手に合わせる努力をしなくてはならない。けれど、その努力をしようとせず、あまつさえそれを指摘されれば侮辱されたと怒る者さえ存在する。それが移民側の問題。現地の住人と軋轢を生む要素。自分達の行動は単なる我儘なのにそれを理解していない」
紫の口から紡ぎだされた話、それ自体は納得できるものであった。しかし問題なのは、それが元の話題とどう繋がるのか分からない点である。
それを直接尋ねる前に自ら考えようとする藍。しかし、彼女が答えに辿りつく前に、紫の口よりこれまでの話の流れをひっくり返すような発言が飛び出してくる。
「そして私は幻想郷を今のままの状態で受け入れてもらおうと考えている」
「はっ!? それは……」
紫の発言は彼女自身が問題だとして否定した存在に自らがなろうと言っているようにしか聞こえないものだった。あまりの発言に藍は何と答えていいのか分からず、言葉に詰まる。
「私は幻想郷を愛しているわ。特に今の幻想郷を理想的な状態だと思っている。だから、それを無理に変えることをしたくない。故に私はありのままの幻想郷を見てもらうことで聖魔様達に問うているの『幻想郷はこのようなところです。問題もあります。身勝手な住人もいます。それでも受け入れてもらえますか?』ってね」
「それは……本当に我儘ですね」
すがすがしいほどに身勝手な発言、そんなものを聞かされては怒りや呆れの感情すらも飛び越して苦笑するしかない。そんな様子の自らの式を見て紫は満足そうな表情を浮かべると、堂々とした態度で応えて見せる。
「妖怪ですもの。我儘なのは当然よ」
「そうですね。私達は妖怪ですからね」
笑いあう主従。ここで笑えるのは互いに対する信頼と理解の証でもある。
そしてその信頼を強めるため、紫は少しだけ真剣な表情に戻って補足の説明をした。
「まあ、現状に未だ余裕があるから言えるのだけどね。幻想郷の移転はあくまで最終手段。外の世界の認識の変革によって博霊大結界の消滅と言う事態になるかどうかも未だわからない。仮に起こるとしても最低で10年は余裕がある。移住を断られたとしても、他の対策案を準備する時間は十分にあるわ」
「ふふ、了解しました。それでは今後も、聖魔様達については基本静観の構えを続けます」
「ええ、よろしくね」
主の意図を理解し、そしてその我儘を受け入れ、了承の意を示す式。
そして彼女はそこでふと思い出したように言った。
「あっ、それと一つ報告し忘れていたことがありました。里で永遠亭の兎、月から来た方の娘がお二人と接触したのですが、その際八雲さんを見て恐慌状態を起こしたようなのですが」
「八雲さんを見て?」
式の報告に対し、その理由を推察し、そして妖怪の賢者は答えに辿りつく。
「……ああっ、そう言えば彼女は月で起こったあの戦いに参加して居たのだったわね。多分、无の紋章を見て思い出してしまったのでしょう」
「あの戦い?」
「ええ、月で起こった最も激しい戦いの一つ……『月面大戦』よ」
月面大戦についてはまた次の機会に