――地球防衛軍中央病院――
1人用病室の1室。“主”たるクライド・ハラオウンは、久しぶりに緊張を覚えていた。
その原因は、病室に入ってきた3人の“面会者”なのだが、醸し出す雰囲気からして、皆素人とは思えない。相当の修羅場を潜ってきた者のみが持つ何かを持っている――。
一人は先日話をした『オオヤマ』という技術士官だが、あとの男女二人は初めて見る顔だった。
年少者は20代後半と思しき女性士官。妻リンディよりいくらか歳上に見え、なかなかの美貌なのだが、右頬に走る裂傷痕が痛々しい。
(そういえば、傷を除けばどこかで見た顔だな‥‥)
そして、一同中で最高位であろうもう1人は、明らかに将官の地位にある50代の男性士官で、眼光鋭い人物だった。
口火を切ったのは大山だ。
「ハラオウン艦長、ここにいるのが
貴方の艦を最初に見つけた巡洋艦『テシオ』艦長――。
「地球防衛軍中佐、嶋津冴子です」
「そして、こちらが――」
「土方です。地球防衛艦隊司令長官を務めています」
「!――時空管理局次元航行部隊所属、次元航行艦《エスティア》艦長のクライド・ハラオウン一等海佐です」
自己紹介を返しながら、クライドは内心で息を飲んだ。
昨日、技術士官が訪ねてきたと思ったら、今日は第1発見者はおろか、軍の高官たる宇宙艦隊のトップまで来たのだ。
(これは、管理局の内情はかなりのレベルまで筒抜けになったな‥‥)
クライドはそう結論づけざるを得なかった。
「今日伺ったのは、『エスティア』に何があったのかということと、よろしければ、貴方が所属している時空管理局について、知識を得たいのです。
貴方をお返しするにしても、管理局がどのような組織かわからない事には、どうにもなりません」
捕虜ではないから、機密事項に属する事は話さなくとも構わないと女性士官は言ったが、恐らく機密事項も知られているだろう――。
「――わかりました。思い出せる限りの事を申し上げますが、魔法の事はお聞きになりましたか?」
クライドの知る限り、地球では魔法は公認されていない。
「それは私達も大山から聞き及んでいます。
――魔法の存在を認めない事には、『エスティア』や時空管理局を知る事はできないだろうと、私達も考えています」
土方という提督が口を開いた。
隣の嶋津も頷いている。
嶋津はまだ若いから当然かも知れないが、土方提督もまた、同年代の管理局の提督連と比べてもかなり柔軟な思考の持ち主のようで、非魔導師である事を上乗せすればなおさらだ。
――会談?は比較的穏やかに進んだ。土方提督・嶋津中佐ともに、強面な外見とは裏腹に、こちらの話に耳を傾けてくれた。
但し例外もある。
武装隊員の中には、10歳に満たない子供もいるという事を聞いた時は、流石に2人とも渋面になっていた。
これはそれぞれのバックボーンが異なるのだから、誤解以前の問題だ。
地球では、満15歳に満たない者が治安維持等、身体に危険が及ぶ活動に就く事を禁じており、それを破った者は罰せられるとともに軽蔑される。
とはいえ、地球人の考えも十分理解できる。自分も父親だから。
3歳になる1人息子は、自分がいなくなった世界で、どんな人生を歩んでいるのか――?
しかし、第97管理外世界、つまり、もう一つの地球についての質問はなかった。
まだ知られていないのか、或いは知っている上で、敢えて質問せずにいるのかは、2人の表情からは窺えなかった。
時空管理局は、管理外世界には干渉しない建前になっている。
建前と言うのには理由があるからだ。
直属上官のギル・グレアムはかの世界の出身であるし、何度か事件捜査を手伝ってくれたミッド地上本部のゲンヤ・ナカジマも、祖父がかの世界の出身者と聞く。
管理外世界出身者が管理局で働く場合は、出身世界での戸籍や経歴を偽らねばならない。
極稀に発見される次元漂流者を別にすれば、失踪・死亡扱いにしたり、外国での就職や留学という事にする
しかし、ここまで科学が進んだ世界ではそういう小細工はできないだろう。
話を戻せば、管理局は管理外世界の住民に管理局の存在が露見した場合、管理世界に同行(という名の連行)させるか監視下に置く。
それは、管理外世界が管理世界より基本的に文明度が後進的だからだが、今回のように、強力な軍事力を持った国家や組織レベルで露見する事を誰も想定していなかった。
(この世界(地球連邦)が従順に管理世界入りする要素はない。独立を奪われると解釈し、武力をもって抵抗してくるだろう‥‥)
管理世界入りするに当たっては、固有の軍や警察は基本的に解体を迫られ、各国の法律や憲法も時空管理局法に則るものに改定しなければならない。
(監視しているだけならまだしも、下手に管理世界入りを迫ったら、大量の血が流れる事になるぞ――!)
まあ、クライドが元の世界に帰れる保証もないのだが。
――面会を終えた2人が退室してからしばらくして、クライドは、嶋津という女性士官とよく似た人物を思い出した。
(そうだ、プレシア・テスタロッサに似てるんだ、彼女は――)
先日、開発中の新型魔導炉が暴走し、主任技術者の娘が死亡するという事件が起きたが、その主任技術者がプレシア・テスタロッサという女性だった。
プレシアは責任を問われ、追われるように会社を去ったというが、実態は会社側が1日も早い実用化を迫る等、プレシアに無理難題をふっかけていたようだ。
嶋津は、髪と瞳がより黒い事以外は、そのプレシアとよく似た顔立ちをしていたのだ――。
――地球防衛軍本部・幕僚長執務室――
クライド・ハラオウンとの面会を終えた土方 竜と嶋津冴子は、その足で司令長官の元に向かい、面会内容を報告した。
執務室には、主たる藤堂平九郎の他、参謀副長のアーノルト・フォン・トラップ中将と、司令長官付秘書の森 雪も同席していた。
「ガトランティスを退けたと思ったら、今度は魔法の世界。それも謂わば多国籍の軍事・治安維持組織とはな‥‥」
トラップが溜め息をついた。
「油断ならぬ組織とは思うが、母体と接触できていない現状では、中立組織と考えるのがベターだろう」
「土方総司令の仰る事はわかります。
しかし、如何に才能豊かとはいえ、年端もいかぬ子供を、命の危険を伴うような任務に投入するような組織に好感を抱けますか?」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
判断材料が揃うまではニュートラルで臨むべきだと言う土方に、トラップは原則論で反駁し、冴子と雪は難しい表情を見せた。
藤堂は腕を組み、沈思黙考といったところだ。
冴子がトラップから発言を求められた。
「‥‥私は、ハラオウン一佐個人には悪印象は持っていません。妻と1人息子を案じる、どこにでもいる夫であり父親だと思っています。
本人が望むのならば、元いた世界に返してやりたい。
ただ、仮に元の世界が判明したとしても、それが彼の知っている世界かどうか‥‥」
「そうか‥‥」
今の地球がクライドの知る第97管理外世界の200年後の姿だとしたら、彼が元いた世界も大きく変貌している可能性が高い。
極端な話、浦島太郎化してしまうのだ。
「‥‥たとえそうだとしても、我々が出来る事はしなければなるまい。彼の為という事もあるが、同時に地球の安保のためでもある」
回収した『エスティア』は船体が大破しており、完璧な原形復元は極めて困難と見られているが、主動力たる魔力炉自体はさほど損傷していないという。
別次元への転移能力が本物ならば、これは軍としては放置するわけにはいかない。
時空管理局とは限定しないが、次元跳躍攻撃はガミラスも白色彗星帝国も使用しなかったが、今後遭遇するかも知れない敵性勢力が有している可能性はある。
対抗手段――探知・迎撃とカウンター攻撃等――を構築しておく必要はあるだろう。
藤堂が言わんとしたのはまさにそれだった。