タンポポの種
――地球防衛軍・新横須賀基地――
嶋津冴子は、基地で落ち合った古代 進と昼食を共にしながら、今後の予定をすり合わせていた。
「‥‥入院組は予定どおり出られるのか?」
「ええ。明後日に揃って退院です」
「そうかい‥‥で」
やや置いて、嶋津は気掛かりなことを尋ねてみる。
「島は?」
「完全にふっ切れたわけではないようですが、心配いらないと‥‥」
「‥‥ふむ」
島も、あの戦いでは色々なものを背負ってしまったようだ。
「『テシオ』はどうなんですか?」
「入院組は明日までに全員復帰できる。フネの方は4日後に試運転さ」
「‥‥嶋津さん自身はどうなんです?」
「
「‥‥‥‥」
複雑な表情になる古代だが、嶋津はもうひとつ気掛かりな事を訊く。
「私よか、お前さんたちはどうなんだ? ····いい加減覚悟のし時だと思うがね」
嶋津とすれば彼らの方が気になる。
彼ら──古代と雪──は、婚約してとうに半年を過ぎた。
ガトランティスの事がなければ、今頃はダダ甘な新婚生活を送っていただろうに。
9月に予定されていた式は無期限延期になっているのだ。
「俺たちは、会おうと思えばいつでも会えますから」
「そりゃ、そうだがねえ‥‥」
納得したとは言えない表情の嶋津は、あることを思い出す。
「――そういや、兄貴《守》とカミさん《スターシャ》はこれからどうするんだろうな?」
「兄と、スターシャさんですか?」
「そうさ。他のイスカンダル人は皆死に絶えてしまった。‥‥子供が生まれていても、その子はいずれ独りぼっちになる。このままではね。
それに、イスカンダルが地球みたいな目に遭わないとも断言できまい?
良くも悪くも、睨みをきかせていたガミラスはもうないんだ」
「‥‥確かにそうですが、スターシャさんがイスカンダルを離れるとは到底思えません‥‥」
古代も、それは気にかかっていたようだが、如何ともし難いとし難いという表情だ。
「――そこだよ。せめて有事に備えて、ホットラインくらいは敷設できないものかな?‥‥タキオン通信なら難しくはないだろう?」
地球人はイスカンダルとスターシャに足を向けて寝ることはできない。
向こうが受けるかどうかは別にしても、何か変事があれば手を差し延べるのは当然の事だ。検討する値はあるはずだ。
「‥‥確かにそうですね。真田さんが退院したら相談してみます」
――が、それから程なくして、『ヤマト』『テシオ』『チョウカイ』『アシタカ』『クズリュウ』でイスカンダル救援に赴くとは、神でない身では予測しようがなかった。
―― 官舎 嶋津宅 ――
古代との打ち合わせを終えた冴子は早めに帰宅した。
「ただいま····」
「お帰りなさい、艦長」
『お疲れ、カピタン(艦長)』
被保護者である高町雪菜は台所から顔を見せたが、嶋津をカピタンと呼んだ相手は人間ですらなく、雪菜の“護り石”ことピュア・ハート。
蒼碧の宝珠で、普段は雪菜共に行動するのだが、今は何故かツクツクホウシのリアルフィギュアに填まり込んで台所の天井に張り付いており、飛び回れるだけでなく、鳴き声まで正確に再現するのだ。うっとおしい程に。
(やれやれ‥‥)
嶋津は天井に張り付くセミを胡乱げに見上げ、溜め息をつく。
台所からは食欲をそそるクリームシチューの匂いが漂ってくる。
雪菜は今年中学1年生。
勉強が本分なのだから、疲れている時や試験前は出来合いの物で構わないと言ってあるのだが、
『私のやりたいようにやっているだけです』
と返されている。
(私が雪菜くらいの頃に言ってたのと同じ事言ってるじゃないか····)
宇宙戦士訓練学校に入る前の自分は、
『私がやりたいからやる。周りの評価なんか知らん!』
と言い、文字通りの瞬間湯沸し器だったが、軍人になり、何度も死にそうな目に遭い、目の前で仲間に死なれたりしたため、『多少は丸く』なった。
とは言え、あの頃の自分よりは雪菜の方が数段出来がよろしいのだが。
留守中の事を頼んでいる中島龍平・真利亜夫人や、ピュア・ハートに訊いても、出来合いのデリカなどを買う事は少ないようで、むしろ、中島夫人に料理や家事についてのアドバイスを求めてくるという。
――雪菜は、父や姉達もろとも潰えた『翠屋』の再興を志しており、将来に向けての布石もあるのだろうが、嶋津は、雪菜には色々な可能性に挑戦してほしいと考えており、『翠屋』再興にしても、雪菜なりの味を創ってほしいと思っている。
手を血に染めるのは自分達の世代までで結構。雪菜達が戦争に出ないで済む世界にしたい――。
かく言う自分は、星の海に出たくて宇宙戦士を志した。
宇宙戦士になって早々にガミラスとの戦争が始まってしまったが、覚悟の上だから夢破れたと言うつもりはない。
しかし、夢破れ、命を落とした若者や子供も大勢いる。
失ってしまったものを取り戻すことはできないが、これから夢に向かう者たちの道を、戦争という下らない事で壊したくはない。
クリームシチューのグルテンミートが口の中で崩れていくのを楽しみながら、嶋津はしみじみ思う。
『ふむ、これもこれで悪くないな』
「‥‥‥‥」
――ホットワインが入った湯呑みから、あのズォーダーに似た声が聞こえてくるが、聞かなかった事にした。
翌日、修理中の『テシオ』に行くと、大村以下のチーフクルー達も相次いで顔を出していた。
早速ミーティングを実施。訓練メニューの協議に入る。
これから新人クルーの乗り組みまでの間にメニューを作り、『ヤマト』側とのすり合わせも行わなければならない。
古代やTF13各艦艦長との間で基本的な事は確認済みだが、訓練は実戦同様に行うことで一致している。
時節柄、1日でも早く一人前の宇宙戦士になってもらいたいし、ガトランティスの残党と戦うことだってあり得る。
もしそうなっても打ち勝ち、生きて帰ってもらわなければならない。
となれば、自ずと身体で覚えてもらうことになるが、肝心なのは、訓練では1人たりとも脱落させられないことだ。
今度の新卒者は2199年の入学者で、日本校組は土方校長最後の教え子だ。
他地区校も含め、地球が一番厳しい時期に宇宙戦士を志した連中だから、メンタル面は余り心配していない。
我々先輩世代がすべきは、彼らが一人前になる前に死なせないことだ。
「‥‥ルーキーもそうだが、前ルーキーにはより厳しく接して欲しい。
ガトランティス軍を相手にして生き延びた者は、ヒナ鳥ではなく巣立った若鳥だ。中堅としてのスキルを身につけてもらう」
「はい」
――地球防衛軍の再建はまた振り出しに戻ってしまった。
艦艇はまた造れば良いが、人員の養成は1・2年ではできない。
特に実戦を経験した若い人材は引く手数多だ。
今回の異動では、『テシオ』からの転出は数名に留まったものの、艦艇の修復や新造艦の竣工が進めば、否応なしに異動が行われよう。
その時に動く者の大半は、ガトランティス戦前に配属され、生き延びた者になるのは誰が見ても明らかだ。
そして、ルーキーが次々と配属されてくる。
しばらくはこの繰り返しになろう。
「――ガトランティスが来る前に連邦政府が発表した、外・深宇宙探査は繰り延べになるんでしょうか?」
『チョウカイ』副長の綾歌麗奈が質問してきた。
「土方司令に訊いてみたが、多少時期は遅れるものの、艦隊の遠洋化計画は進めるとの事だ。
各州独自設計による戦艦の計画は具体化しているし、アメリカとロシアは中断していた地球脱出艦を造り替えるらしい。
‥‥むしろ、ガトランティスの事で、1日も早くタンポポの種を風に乗せなければ、という思いが強くなったと見ていいだろうな」
たとえ地球が滅んでも、人類は生き延びなければならない。
ガミラス戦時に実施されようとした地球脱出計画は、他恒星系の開拓や移民事業計画に形を変えて続いている。
既にアルファ・ケンタウリ星系やバーナード星系には、白色彗星帝国戦の前に哨戒巡洋艦による探査が実施され、惑星探査船の設計も始まっているのだ。
防衛軍の再建と外宇宙への進出は、地球連邦政府にとって両輪の車となりつつあり、嶋津たちもほどなく、その影響を受ける――。