やはり俺が本物を求めるのはまちがっている。   作:なかた

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よって彼は彼女をこのように見る

 俺は意を決して、クラスメイトに告白をした。

 今考えて見ればまさしく愚の骨頂と言う言葉しか出てこない愚かな行為だったものの、それでもその時の俺の気持ちは例え本物ではないにしろ、それを伝えてしまうほど強かったのは間違いない。

 前日には何度も鏡の前でそのフレーズを練習し、当日呼び出すだけで心臓が全力疾走していた。

 俺はその日、確かに全力を尽くした、尽くしたのだ。家に戻って、涙で枕を濡らす結果となってしまったが、一世一代の勇気を出して、気持ちを伝えたことに後悔は無かった。

 が、次の日いつも通り登校した時だ。

 普段注目を受けない俺がやたらと注目をされている。そして、こんな言葉が聞こえてきた。

 

「聞いた?かおり、なんか比企谷に告られたらしいよ?」

「うっそまじ?私メアド交換しなくてよかった~」

 

 後頭部をバットで殴られたような気分になった。なぜ、知られている?誰かに聞かれていたはずはない。それについては細心の注意を払ったはずだ。なのに、なぜ?

 

 答えは、一つだった。

 

 言いふらされたのだ。俺の一世一代の、散々練習した、精一杯の告白を、笑いものにされたのだ。

 思春期真っ盛りだった俺の心にその出来事は容易にクリティカルヒットした。

 

 それからは本当に惨めな日々だった。登校する度にみんなに馬鹿にされ、言いふらした本人は何事も無かったかのように振舞っている。この頃には大分俺のライフはいつぞやのオタ谷騒動の時以来の減りっぷりだった。

 もう人は信じない、そう思っていた矢先のことだった。隣の女子に声をかけられた。

 

「えーと、比企谷くん、だよね?かおりに告白したんだよね?」

 

 そんな風に面と向かって言われたのは初めてだった。無視しても呼びかけをやめず、しまいには肩を掴まれ、揺さぶられた。

 

「おーい、比企谷くんだよね?あれ、もしかして違うのかな」

「うるせーな。あってるよ。告白したのは事実だ。なんだ?悪いか?」

 

 その話は本当にやめてもらいたい。俺また泣いちゃう。

 

「おー、あってた。あってた。聞いたよ?比企谷くん。かおりに告白したらしいじゃん。いや勇気あるね」

 

 喧嘩売ってんのかこいつ。人のトラウマを全力で抉りにきやがった。まあ俺にはトラウマスイッチを体中に設置してあるから普通に話すだけでもスイッチが押されるんだけどな。

 

「告白はしたが過去のことだ。その話はまた騒ぎが大きくなるからやめてくれ」

「そうそう、みんな酷いよね?比企谷くんがどれだけ勇気出して告白したかもしらないであんなに悪く言うんだもん。好きなのに言わない男子よりもよっぽど男らしかったってのに」

「え?」

 

 俺に同情してんのか?いや、そんなことはありえない。こいつは確か折本と仲が良いやつだ。大方、これでまた俺を釣って勘違いさせ、笑いものにする気だ。俺はもう二度とひっかからないぞ、

 

「ま?告白したのがあの子だったってのが運の尽きだね。まあけど注意しといたから、少しずつおさまってくるとは思うけどさ。ああ、そういや言い忘れてた。私、綾戸彩(あやとあや)、よろしくね」

 

 綾戸彩、名前だけは知ってる。確かこのクラスの派手目のグループに入ってたような。

 

「彩、なにやってんの?」

「ああ、ごめん。じゃあね、比企谷くん」

 

 小声で俺にそう告げ、女子のグループの輪に入って行った。そのグループから笑い声が聞こえる。おそらく俺の悪口で盛り上がってるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 比企谷告白事件はオタ谷騒動の時と同じく後一ヶ月くらい続くと予想していたが、意外にもあいつと話した次の日から少しづつ陰口を叩かれる事は少なくなった。

 なんだあいつ。案外いいヤツなのかもしれない。

 

 それからもあいつとは休憩時間の合間にぽつぽつ話すようになり、認めたくは無いが、俺はあいつと話すようになってからの日々を楽しいと感じるようになったのだ。

 

 誰にでも良い顔をするやつには騙されるな。そいつは俺なんかに興味なんて無い。それはただの優しさであって俺を好きな訳じゃない。

 

 散々そう言い聞かせたはずなのに、また俺は同じ失敗を繰り返した。また裏切られた。いや、俺が勝手に信じていただけなのだから第三者に取ってみれば、大層滑稽な物だったのかもしれない。

 

 だけど、あの時俺は本当に信じていたのだ。彼女とならば、もしかしたら、”本物”を手に入れる事ができるのかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の暇つぶし機能付き目覚まし時計が無機質な電子音を鳴らしている。ああ、今日も来てしまったか。学校に行かなければならない時が。しかも今日体育あんじゃねえか。余ったヤツとペア組まされるのはいいんだけどアイツうざいんだよな。

 とか思いながら、スマホの電源を入れ、時間を確認する。無常にもどう見ても寝る時間は残されておらず、俺はため息をつきながら学校へ向かう準備をした。

 

 しかし、今日は朝から気分が悪い。今更昔の夢を見てしまうなんてな。妙な部活に入れられて女子と話したせいか?

 

 重苦しい気分を抱えながら洗面台で多少良い容姿を台無しにするいつも通りの腐った目を確認しつつ、リビングに向かった。そこには比企谷家のエンジェルことわが妹小町が鼻歌を歌いながら料理を作っていた。

 

「あ、おにいちゃんおはよう。どうしたの?いつも以上に目が腐ってるよ?」

「ほっとけ。いつも通りだ」

 

 その言い方ひどくないですかね。最近思春期なのか知らないけど小町ちゃん僕に対して風当たり強くない?そう言うのは親父だけにしてほしいもんだ。

 まあそんないつもと大して変わらない朝を過ごし、いつも通り学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自転車を飛ばし、もういつもの事となったが、HR開始直前に教室に駆け込むと、もう既にほとんどの生徒が登校し終わっており、皆友達(笑)同士で雑談に興じていた。中でも目立っているのがサッカー部だかバスケ部だかの男女4名ずつの集団だ。あー朝から見たくないもん見ちまった。

 

「いやさー、最近隼人君のしごきっぷりがまじやばいんだわー」

「今年は上に行くんだから、あれぐらい当たり前だろ」

 

 茶髪な派手なギャルっぽい男がオーバーな身振りで話し、まとめ役っぽいイケメン金髪が落ち着いた口調で返している。こいつらは部活とリーダー格の金髪のせいで目立ってしょうがない。

 

「いやけど、昨日の練習はやりすぎだべ?なあ、彩はどう思うよ?」

 

 そう。そしてなによりあの集団にはあいつが居るのだ。顔も見たくないってのに同じ高校になって、さらに同じクラスになってしまうとはな。毎日あいつの顔がイヤでも目に入っちまう。

 

「うーん。確かにちょっとつらそうだけど、けど私は皆が必死に練習してる姿見てると楽しいよ」

「っべー。そんな事言われるとマジ頑張っちゃうしかないじゃん」

 

 ケッ。あいつはなにも変わってねえな。あんな風に癒し系ぶって男を勘違いさせるあの声と笑顔。

 

「あーけどなんか分かるよ彩の気持ち。なんかさ、青春って感じがするんだよね」

「うんうん。汗だくの男子の絡み合いとか、ホントに青春だよね」

「いや、それは分からないけど」

 

 腐ってない方はビッチでアホっぽいな。確か名前は、思い出せね。ちなみに女子のリーダー格は興味なさそうに携帯をいじっている。

 しかしあいつらはこんな上っ面の関係を作って皆で群れて楽しいのかね。こう言うとぼっちの負け惜しみだと思われるのかもしれんが実際にそうだろう。特にあのビッチなんか皆の空気に合わせてるのが丸分かりだぜ。なんか時々あのリーダーっぽい女子がイライラしてるし。

 そう遠く無いウチに揉め事が起きるぞ。あの様子だと。そんな面倒な想いをしてまで友達を作りたいか?俺は作りたくないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 そのウチHRが始まり、いつも通り授業が終了し、一日が終わった。さてと、今日も家に帰りますかね。アニメもたまってるし読みたい本もあるし、いやーやる事がいっぱいで困っちゃう。

 意気揚々と教室のドアを開けると、そこには笑顔のアラサー教諭が立っており、その笑顔のまま、俺を地獄に叩き落すお告げを告げてきた

 

「比企谷、部活の時間だぞ」

 

 まじかよこの人。わざわざ俺を迎えに来るなんてどんだけ俺の事が好きなんだよ。この人が結婚できない理由が見えてきた気がする。だって怖いもんこの人。彼女にしたらストーカーされそう。

 

「いや、あれですよ。この学校は自主性をモットーにしてるじゃないですか。俺はそれに倣ってこうして自主的に帰ろうとしているのに先生はそれを邪魔すると言うんですか?」

「残念ながら部活に関しては原則出席が義務付けられていてな。出席した上での活動内容に関しては自主性を重んじるが、サボることは許されないのだよっと」

 

 言うやいなや平塚先生のボディーブローが俺の腹に見事に決まり、その場に倒れこむ。

 この先生、タバコ暴力強引とダメな教師の要素三拍子はそろっていやがる。

 

「さて行くぞ。また逃げようとしたら…………わかっているよな」

 

 平塚先生は俺に手を差し伸べ、優しげな笑顔を向けているが声は全く笑っていない。俺は渋々手を取ると、先生に連れられて重い足を動かした。

 

「所で、君から見て雪ノ下雪乃はどう映る?」

 

 しばらく歩いた頃だろうか、平塚先生がそう声を掛けた。

 

「第一印象は、嫌なヤツでしたね」

「ほう、では今は違うのか」

 

 興味深そうに顎に手を当て、尋ねた。

 

「そうですね。ちょっと話して分かったのが、とりあえず悪いヤツでは無さそうと言う事ですね」

 

 彼女は俺のトラウマを意図した事ではないが、掘り返した。あの時の俺の顔は、分からないがとんでもなく酷い顔をしていただろう。その後、彼女は即座に自分の過ちを認めた。これは彼女が少なくとも悪いヤツではないと言う証拠なのではないか。

 

「ほう、それで?」

「これは俺の推測なんですけど、あいつは人との付き合い方が分かってないんじゃないですかね?初対面の人俺に対して、随分失礼な言動をしてきましたが。あの感じから察するに、友達も居た事無いんじゃないですか?」

 

 最初はただの性格が悪い女だと思ってた。しかし、話して行くうちに、性格云々は置いておいて、ただの嫌なヤツでは無いと言う事が分かった。

 

「ほう、君の推測だと、君と彼女は随分と似ているようだな」

「いや、確かに共通点はありますが、俺と彼女は似ていませんよ」

 

 俺はきっぱりと言い切った。

 

「そもそも俺はあんな礼儀を知らないヤツじゃないですし、成績だって俺は精々一科目三位が限界ですが、彼女は全科目一位を取るほど良い。それに容姿端麗と来た。俺が持たざる者だとすれば、彼女は逆ですよ。ま、そう言うヤツはそう言うヤツで悩みがあるんでしょうけどね。そして何より彼女は弱い自分を認めない。いや、認めたくないんでしょうか。常に強くあろうとしているように見える。もう全部あきらめてしまった俺とは違って」

 

 いつから俺はこんなに多弁になったんだ。やっぱり変な部活に入ってから調子が変だ。急に恥ずかしくなってしまって、咳払いをし、最後に言った。

 

「まあとにかく、悪いヤツではないんですけど、人間関係に関しては不器用そうだと言う事ですよ。まあ俺の推測なんですけどね」

 

 平塚先生は黙って俺の推測を聞いていたが、俺が話し終わるのを確認すると笑い声を上げた。

 

「君は本当に人をよく見ているな、確かにその推測は当たっているのかもしれん。君が何が原因で何をあきらめたのかは、聞いてみたい所ではあるが」

「それは、その」

 

 話しづらそうにしている俺を平塚先生が手で制した。

 

「いや、話しづらいなら無理に話す必要はないよ。話したくなれば話すといい。できるならば、諦めている物をもう一度求められるようになる事を祈ってはいるがね。では、きちんと部活に行くんだぞ。行かなければ、わかっているな」

 

 特別棟についた辺りでもう逃げる心配は無いと思ったのだろうか。しっかり釘を刺した上で平塚先生は戻っていった。

 

(もう一度求める?そんな事できるわけないだろ。そんなおとぎ話を求め続けた結果、俺は何度も惨めな目に遭ったんだ。もうあんな思いはごめんだ)

 

 部室に着いてしまい、扉を開けると、扉の向こうのヤツは一瞬こちらに目を向けたが、何事もなかったかのようにもう一度文庫本に目を向けた。俺はとりあえず会釈をし、その辺の椅子に腰掛け、話しかけた。

 

「会釈ぐらいしたらどうだ?挨拶もできないなんて、お前は相当のボンボンか?」

 

 俺の皮肉が感に障ったのか、雪ノ下は少し目を細めたが、それも束の間いつも通りの笑顔で俺に返した。

 

「あらごめんなさい。貴方を人と認識してなかったものだから。何かの細菌の類だと勘違いしてしまったわ」

「俺の目を見てそう思ったのか?」

「わざわざ言葉を濁してあげたのに。貴方相当なマゾヒストね」

 

 この野郎、一々一言多いヤツだ。平塚先生に言った評価を覆してやろうか。

 

「お前そんなんだから友達ができねえんだよ。もっと愛想良くすれば友達だって彼氏だって作りたい放題だろ」

「なぜ友達がいないと決め付けるのかしら。まず友達の定義が分からなければ分かりようもないでしょう?」

「ああはいはいもう分かった分かった。もう一々友達居ないアピールしなくていいぞ。友達居ないのはもう分かったから。悲しくなっちゃうから」

 

俺が煽ると雪ノ下は俺を射抜くような目で睨む。おいおい怖すぎるぞこいつ。チビッちゃうぞ。寧ろもう既にチビる寸前まである。

 

「貴方は自分が凄いブーメランを投げている事に気付いてないのかしら」

「残念だが俺には昔友達みたいなヤツは居たからな。ま、友達だと思ってたのは俺だけだったらしいけど」

「それはとんだ思い上がりね。あなたみたいな人間的な魅力が皆無な人間、いや細菌と同類のような物を人が好いてくれるなんてある訳無いもの」

「そうだよな…………。思い上がりも甚だしいよな」

 

 本当にそうだ。誰が好き好んでコミュ障っぽくて、挙動がきもくて、ちょっとオタク臭いようなヤツと関わろうとするだろうか。思ってて悲しくなるが、中学校時代の俺は良い所が一つも無かったのではないかと思う。

 

「その、自分で言っててあれなのだけれど、少し言い過ぎたわ。ごめんなさい」

 

 意外にも雪ノ下がしゅんとしている。意外と泣き落としには弱いのかもしれない。

 

「いや、まあ半分くらいはあってるしな」

「けど、貴方にも良い所は一つぐらいはあると思うわ。その、弱さを肯定出来る所とか。私には理解できないけれど、そんな生き方が出来るのがちょっと羨ましい」

「いや、それは違う。俺は単にもう諦めてしまっただけだ。強くなろうとする事をな」

 

 あるいは、折本に振られただけであれば、妙な希望が起こる事も無く、ボッチである事を例え強がりであろうとも肯定しつつ生きる事も出来たのかもしれない。しかし、一度友達が出来たような快感を得てしまった。友達が居る事の楽しさを実感してしまった。だからこそ俺は今の自分を肯定する事はできない。好きになる事なんて出来るはずがない。

 しばらく教室に沈黙が降りて来ていたが、雪ノ下がポツポツと話し始めた

 

「あなたにも、辛い事はたくさんあったのね。いや、あなたの場合はそれが大半と言ってもいいのかしら」

 

 雪ノ下は罵倒する時の生き生きした笑みを浮かべて言った。さっきのしゅんとした態度はどこに行ったんだよ。 しかし、その直後にどこか遠い所を見るように続けた。

 

「私もそうよ」

「そうか」

「ええ」

 

 それっきり、俺達は下校時間のチャイムが鳴るまで、一言も発さなかった。

 誰にだって弱さはある。世の中の人間はそれを何かでごまかして日々生きている。

 誰よりも強そうに見える雪ノ下雪乃にだってそれは恐らく例外ではない。しかし彼女はそれを認めず、強く在ろうとしているのだろう。いや、そうではないのかもしれない。彼女はごまかす方法を知らないのだ。だからこそ強く在ろうとするしかない。

 しかし、ではこの強さ弱さとは一体なんなのか。恐らく世界中の誰に聞いても、この質問の明確な答えを持っている人間は居ないのだろう。




どれだけの人が待っているのかは分かりませんがお待たせしました。
八幡の原作とは違うちょっとした要素を説明した話。
しかし、前作とはお気に入りとUAの伸びもちょっと違いますね。
これが俺ガイルなのでしょうか。
何か気になる事がございましたら、感想等でどうぞお気軽に。

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