奉仕部とか言う異世界転生チーレムタイプの糞ラノベの内容に匹敵するくらい訳の分からん部活に入れられて結構経った。雪ノ下とか言うヤツとはあれ以降一言も口聞いてねえしマジ何の部活なんだよこれ。私の時間を無駄にしないでいただきたい。
とか思いながら平塚先生に突き帰されたレポート用紙を書き直していく。
クラスの連中と調理実習なんてホント意味分かんねえよな。ミスター味っ子然り、中華一番然り、焼きたてジャパン然り、これらの偉大なる料理漫画、アニメは基本的には一人で料理を作っている。
まあこれは漫画の話としても将来はむしろ一人暮らしなどで自炊したりして節約しなければいけないはずだ。皆でわいわいしながら料理を作るなんて事はあまりない。
よって俺が調理実習に参加しないのは妥当であって、友達が居ないから参加しないとかそう言ったことは断じて無いことをここに記しておきたい。
ふう。こんな事を不参加理由の欄に書いておけば大丈夫かな。うん大丈夫じゃないね。今度こそあの独身アラサー教師に殺されてしまう。しかし馬鹿正直にグループに綾戸彩がいたから、って書くのもよくないし。
クソ、なんだよあのクソみてえなくじ引きは。そもそもなんあんだけクラスあんのにアイツと一緒になんの?
三年間違っていたらお互い存在を無視して三年間過ごせただろうに。
レポートの内容についてうんうん唸っていると、来訪者のノックの音が部屋に響いた。
「どうぞ」
雪ノ下は文庫本をめくる手を止め、声をかけた。なんかコイツの声久しぶりに聞いたな。
「しつれいしまーす」
あ、こいついつもサッカー部だかバスケ部だかのグループに居るやつだ。つまりは俺の敵、リア充(笑)
こう言うヤツの特徴としてまずは化粧が濃い、アクセサリーがうざいと言った所だろう。そしてあいつらの休憩時間中のうるささは半端ない。それで授業中先生に当てられ時なんか俺よりも小さい声を出して先生を困らせている。お前ら休憩時間中あんだけきもい笑い声出してたじゃねえか。授業中も出せよ。
入ってきた女は俺の方を見て失礼にもひっと小さく悲鳴をあげた。確か、由比ヶ浜、とか言ったような気がする。
「な、なんでヒッキーがここにいんの?」
あん?俺実は陰でそんな風に呼ばれてんの?引きこもりっぽいから?これ俺に対する挑戦状と受け取ってもいいの?
「いや、俺部員だし」
溢れる怒りを抑制しなが平静を装って答える。俺って超紳士だな。
「まあ、とにかく座って。確か、由比ヶ浜結衣さんね」
「う、うん」
こいつよく覚えてんな。俺以外の全生徒覚えてんじゃねえの?
「それで、御用はなにかしら」
「うん、平塚先生に聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね」
マジで?そんな部活だったのここ?じゃああの勝負云々の話はどっちがより多く叶えられるのかとかそう言うこと?俺が雪ノ下に目で問うと、雪ノ下は答えた。
「ちょっと違うわ。ここは飢えた魚に餌を与えるのではなくて餌の取り方を教える所。要するにあくまでも手助けをするだけ。それで叶えられるのかはあなた次第よ」
「へ、へー。でも、手伝ってはくれるんだよね」
「そうね。出来る限りの手助けはするわ。それで、お願いは何かしら」
「あ、あのクッキーを」
由比ヶ浜は俺の顔をちらっと見る。
「比企谷くん、申し訳ないのだけれど、少し席を外してもらえるかしら」
「ああ、男が居ると、話しにくいか。ちょっとジュース買ってくる」
こいつの口から申し訳ないなんてフレーズが聞こえるとは。案外いいやつなのかもしれない。
「そうね、私は野菜ジュースがいいわ」
コイツ、俺にパシらせやがった。やっぱり嫌なやつだ。
こんな良く分からん部活に本当に依頼人が来るとはな。しかも美少女で部員も美少女と来た。あれ?なんか俺ラノベの主人公みたいじゃね?
「あ、あの、は、比企谷くん?」
購買の前にある怪しげな自販機に辿り着き、ジュースを買った所で聞き慣れた不愉快な声が耳に入ってきた。この学校の中には俺の顔と名前を知っている人間はほぼ皆無。そしてその内二人は部室に居り、平塚先生でもない。つまりあいつだ。
今更話しかけてくるとはいい度胸してんな。
「なんだよ」
「んーとね、結衣、どこかで見なかった?あ、由比ヶ浜結衣のことね。ちょっと由美子が、あ、三浦由美子ね。由美子が探してるんだ」
綾戸彩は遠慮気味に聞いてくる。あいつを探してんのか。わざわざよく分からん部に相談しに来たぐらいだ。友達には知られたくないんだろうな。ならわざわざ教えるまでもないだろう。
俺は濁った目をフル活用して綾戸彩を睨みつけながら棘のある声で言った。
「まず由比ヶ浜って誰だよ。俺クラスメイトの名前一人も覚えてねえから」
「そ、そっか。そうだよね。ごめんね。引き止めちゃって」
さすがに萎縮したか、あいつも小走りで引き上げて行く。こっちがわざわざ無視してやってんのに向こうから話しかけてくんのかよ。結局、あの件で心を痛めていたのは俺だけなんだろう。
しかし、心の片隅でちょっと冷たくし過ぎただろうか、などと心を痛めている自分がいた。
相変わらず甘っちょろいな。俺は。人を信じてあんだけ傷付いたのにまだ傷付こうと言うのか。二度あることは三度あるって言うだろう。もっと気を引き締めていかないといけんな。
「遅かったわね」
戻るよもう話はまとまったようで何やら準備をしているようだった。
「ああ、まあちょっと小便いっててな。それより、何すんの?」
「クッキー、作るの」
由比ヶ浜が顔を赤らめながら話した。まあ確かにコイツの外見からは似合わないかもな、
「由比ヶ浜さんは手作りクッキーを食べてほしい人がいるのだそうよ。けど料理苦手だから手伝ってほしいと言うのが今回の依頼よ」
じゃあそれ明らかに料理得意そうな雪ノ下さん完全有利じゃないですか。俺勝ち目あんの?
そんなことより気になる事があった。
「なあ、その相手って男?」
「え!?う、うん」
「そいつの事、好きなの?」
「す、好きじゃない!!そんなわけないじゃん!!ヒッキーまじキモい!!」
そ、そんなに否定しなくても。なんかそいつがかわいそうだな。
「じゃあそんな事しなくてもいいんじゃないか?男ってヤツはそんなもん贈られると俺の事好きなんじゃないかとか勘違いして告白とかしてくるぞ。俺はしないけど」
ソースは俺。あれは嫌な事件だった。バレンタインにあいつがチョコなんか渡してくるもんだから。あいつの本性に気付くのがあと一歩遅かったら俺告白してたぞ。
「そ、そっか。けど、やっぱりあげたいな。その人にすっごいお世話になったし。なんか恩返ししたいんだ」
由比ヶ浜は真剣な目をしながら言った。ま、そこまで本気なら止める権利はないわな。
「そうか。ま、好きにすりゃいいんじゃねえの?手作りクッキーなら多少不味くても相手は満足するだろうし」
「う、うん」
「話はまとまったかしら。では、家庭科室に行くわよ」
雪ノ下の一言で俺達は家庭科室へ移動した。そして俺は一年とちょっと前の事を思い返していた。
「いやー今週いよいよ入試だねー。私不安だよ」
「ま、総武は簡単な問題は結構出るから、そこを落とさない事だろうな。今まできちんと勉強してきたなら、十分太刀打ちできるだろう」
確か、塾帰りの時だっただろうか。ちょうど入試直前と言う事だけあって入試の話をしていた。
「最近全然勉強に身が入らなくてさ。寝落ちしちゃうし」
「そうか、それならマッカンを飲むといいぞ。あれを飲むと途端に目が覚める」
「えーあれ不味いじゃん」
「あの良さが分からんとは。お前もまだまだ千葉愛が足りんな」
「いや、はーくんの趣味が悪いだけでしょ」
あの時の俺の言動を振り返ると恥ずかしいな。完全に友達だと勘違いしている。問題はここからだ。あいつは鞄からなにかごそごそと取り出して言った。
「そんな超甘党のはーくんにはこれ!!今日バレンタインでしょ。ごめんね。時間ないから市販品だけど」
あんな笑顔でこんな事言われるとだれだって勘違いするだろ。
「ああ、まあ、さ、サンキューな」
「もしかして、照れてる?ま、どうせ誰にももらえなかっただろうから。よかったね」
「失礼な。ちゃんと小町と母ちゃんにもらうよ」
「それはノーカンでしょ。それよりお返しには期待してるよ?」
「そんないいもんは買えんぞ」
そういや、あの時のお返し、してなかったな。
この日で俺はもしかしたら綾戸彩が俺の事が好きなんじゃないかとかもう何度目かも分からない勘違いをしたもんだ。あの時の俺はまだ若かった。
さて、そうこうしてるうちに家庭科室についた。て言うか俺、クッキーなんて作れねえんだけど。
「なあ、俺ってやることないから帰っていい?」
「ダメに決まっているでしょう。男性に渡すのだから男性の意見を聞かないと」
つまり味見役ってことか。ま、多少不味くても女子の手作りクッキーを食えるんだ。役得かもな。
「よーしやるぞー」
ちょっとでも役得だと思った。十分前ぐらいまでの俺をぶん殴ってやりたい。
由比ヶ浜の料理の腕は壊滅的だった。
溶き卵にはなぜだか殻が混ざっており、小麦粉はダマになっており、なぜだか砂糖と塩を間違えてそれに気付かない。リアルで砂糖と塩間違えるやつなんて俺初めて見たぞ。ほかにもバラエティに富んだミスを積み重ねていた。ふと雪ノ下の方を見ると青い顔をして額を押さえていた。そりゃそうだ。
「さてと」
そう言って由比ヶ浜はインスタントコーヒーを取り出した。ん?飲み物は作ってからじゃないのか。
「おい、それはなんだ?」
「は?見て分かんないの?男の子って甘いもん苦手でしょ?だから隠し味入れんの」
由比ヶ浜はそれを傾けた。俺の方を見ているため、際限無く粉は出てボウルに黒い山を作っていく、
出たー。料理出来ない人の最大の特徴の一つ、無駄に隠し味を入れたがる。しかも隠れてない。
「おい、隠れてねえじゃねえか。手元を見ろ」
「え?あ、やば。じゃあ砂糖で調節して」
もう何作ってんだかよく分からんぞこれ。ボウルの中は黒と白が混ざり合って地獄絵図と化していた。
さて、物体Xが完成してしまった。いやー怖い。これからこれを食うんだと思うと怖い。もう小町に会えないなんて、こんな悲しい事はない。
完成した物体Xはまさになんですか、これと言いたくなる物であり、焼却後の可燃ゴミみたいになっていた。
「おい、これホントに食うのかよ」
「まあ、さすがにあなたでこれ全部は不可能ね。ちょっと、由比ヶ浜さんも手伝いなさい」
「え?う、うん」
こいつ自分で作っておきながらなんで嫌そうなんだ。
しかし、すげえ味だなこれ。色んな味が混ざり合って、もはやどんな味が分からない。
味皇に食わせたらこれはまずい、まずいぞおおおおおとか言って地獄に行っちまうんじゃねえの。
由比ヶ浜はこれを作ってしまった罪悪感からか、まずい苦いと言いながら積極的に食べていた。
雪ノ下の入れた紅茶で口直しをし、雪ノ下が言った。
「さて、どうしたらよくなるかを考えましょう」
「いや、これどうしたらいいとかそう言う問題じゃねえだろ。こんな炭みてえなクッキー作るヤツが短時間でうまいもんが作れたらそれこそ太陽が西から昇るぞ」
「超失礼だし!!いや、でもそうかな」
由比ヶ浜は怒りつつも自分でも思う所があるのか、俺に同調してきた。そして雪ノ下を起こらせる決定的な言葉を言ってしまった。
「やっぱり、私料理向いてないのかな。才能ないし」
「そうね、貴方はまずその認識を改めなさい。最低限の努力もしないで才能のある人間を羨む権利なんてないわ」
雪ノ下の何の気遣いもなく由比ヶ浜を睨みつけ、正論を言った。由比ヶ浜はそれでもへらっと笑い顔を作った。
「いやさ、こう言うのみんなやんないって言うし、合わないんだよきっと」
そう言うと、雪ノ下は小さく音を立ててカップを置き、冷たい声で言った。
「そうやって人に合わせようとするの、やめてくれるかしら。ひどく不愉快だわ。自分がダメな原因を他人になすりつけて恥ずかしくないの?」
その言葉は確かに正しい。だが、その正しさ故に、雪ノ下は周囲と軋轢を生んでしまったのだろう。だって普通こんな事言われたら引くもん。俺も引いたし。
由比ヶ浜は肩を震わせていた。さて次の瞬間に何を言うのか。「帰る」、か、「雪ノ下さん最低!!」か?
「か、かっこいい」
「「は?」」
思わずハモってしまった。
ひょっとしてコイツ、Mか?
【速報】由比ヶ浜結衣。M疑惑浮上
「あの、私、これでも結構きつい事を言ったのだけれど」
「ああ、うん。言葉はひどかったし、ぶっちゃけ引いたんだけど、本音って感じがしたの。私って人に合わせてばかりで、雪ノ下さんのそう言うところかっこいいって、そんな感じで、ごめん。次はちゃんとやる」
そりゃ引くだろ。俺なんかかなり引いたぞ。
だが、由比ヶ浜は他人の正論に対してきちんと耳を傾け、自分の非を認める事ができた。簡単な事だが、余計な見栄だったりプライドが邪魔をして、それをするのはなかなか難しい。ましてや雪ノ下の棘のある言い方だと尚更だ。
雪ノ下は素直に謝られた経験が無いのか、何も言う事ができない。こいつは、あれか。予想外の対応をされるとどうしたらいいか分からなくなるタイプか。
「まず、見本みせてやったらいいんじゃねえの」
「え?」
雪ノ下ははっと気付いてこちらに視線を向けた。
「まずは正しいやり方を見せるのが先だろ。ちゃんとやるらいいし、固まってねえで、さっさと教えてやったらどうだ?」
「っ、あなたに言われなくてもそうしようとしていた所よ。由比ヶ浜さん、よく見ているのよ」
「うん、分かった」
さて、雪ノ下のクッキングが始まった。その手つきたるや、惚れ惚れするほどだ。
分量をはかって小麦をいれ、卵を入れ、ダマにならないようにかき混ぜていく。あっと言うまに生地を作り上げ、それを丸やらハートやらの型抜きで抜いていく。俺は雪ノ下をプロのパティシエと言われても納得するだろう。
「うわ、なんだこりゃ。超うめえぞ。逆に引くわ」
「ほんと、すっごくおいしい。雪ノ下さん、すごい」
できあがったクッキーは食うのがもったいないぐらいうまかった。これを味皇に持って行ってやりたいな。多分宇宙行くぞ。
「おいしいと言っても、何も特別な事はやっていないの。だから由比ヶ浜さんもこのくらいできるのよ」
「ホント?私も雪ノ下さんみたいにおいしくできるかな?」
「そうよ。ちゃんとレシピ通り作ればね?じゃあがんばりましょう」
雪ノ下は釘を刺しておくのも忘れない。だが、果たして由比ヶ浜は同じように作れるだろうか。少し不安が残る。
その不安は的中した。由比ヶ浜は雪ノ下とは料理スキルに天と地ほどの差があり、雪ノ下の指導通りに調理をする事ができていない。どうにかこうにか生地をオーブンに入れ終えた時には雪ノ下は肩で息をしており、額に汗を浮かばせていた。そして出来上がったクッキーは
「なんか違う…………」
先程の焼却後の可燃ゴミのような物とは違い、十分にクッキーを名乗っていいレベルにまではなった。だが、見た目も味も、雪ノ下の物には遠く及ばない。
「どうすれば伝わるのかしら…………」
「ごめんね。雪ノ下さん。あんなに教えてもらったのに」
「いいのよ。そんなことより、もう一度どうしたらよくなるか、考えてみましょう」
二人共、まだやる気のようだ。だが、男子に渡すのであれば、このクッキーでも悪くはないだろう。
「なあ。クッキーって早めに渡したいのか?」
「あ、うん、そうだけど」
「そいつって、学校でも目立ってるやつか?」
「え、違う違う。寧ろ超目立たないから。目立たなさすぎて逆に目立ってるレベルだから」
酷い言われようだな。なんかそいつかわいそうじゃねえか。まあ、それなら大丈夫だ。
「なら、一旦それ渡してみれば?」
「は?なんで美味しくないの渡さなきゃいけないの?」
いや、美味しくないって、自分で言うなよ。
「充分上達したし、これ以上美味くしようとしたらそれこそ何ヶ月かかるか分からんだろ。美味いもんを渡したいなら、これから練習してもう一回渡せばいいだろ」
「う、確かに。け、けど」
「けれど、これはまだ人に食べてもらう域に達していないわ。由比ヶ浜さんはその人の事を大事に思っているようだし、尚更良いものを作らないと」
雪ノ下は静かに反論した。
ったく。これだから女は。男心の一つも分かっちゃいねえ。
どうでもいいんだが、雪ノ下のこのセリフ、某アニメ監督を思い起こさせるな。意図して言った訳ではないのだろうが。
「モテない男って言うのはな、女子に挨拶とかされただけでも嬉しいんだ。ソースは俺。で、そんなヤツが手作りクッキーなんてもらってみろ。味なんて関係なく嬉しいに決まってんだろ。むしろ多少まずい方が手作り感が出てより一層嬉しいまである」
「うーんでも」
由比ヶ浜はまだ納得していないだろう。しかたない、もう一押し行くか。
「ま、確実に喜んでほしいなら頑張ったアピールするのも忘れずにしとくといい。お前の顔は実際悪くないんだし、アピールされたら『俺のために頑張ってくれたんだ』って余計嬉しくなるから。寧ろ俺の事好きなんじゃねえかとか誤解する」
俺が得意気に語っていると、なぜか由比ヶ浜は顔を赤くし、下を向いて黙っていた。
やっべー。調子乗りすぎたか?怒らせちゃったかな?
「もしヒッキーなら、誤解するの?」
顔を上げて由比ヶ浜はこちらを見つめていった。
「高校入学までの俺なら、するだろうな。けど俺は何度もそんな勘違いして恥をかいたし、もうしねえよ。しかも一回は告白して笑いものにされたし」
無意識のうちに人のトラウマを掘り起こすんじゃねえよ。涙出そうになっただろうが。
「そっか…………」
「由比ヶ浜さん、結局どうするの?」
雪ノ下は痺れを切らしたかのように聞いた。
「あー、今日はじゃあいいや。一旦、これ渡してみるよ。ありがとう。また今度、頼めるかな」
「それは構わないけれど」
「そっか、じゃあ今日は帰るね。ヒッキーも、付き合ってくれてありがとう。ヒッキーて、意外としゃべると面白いんだね。教室でもそうしゃべればいいのに」
そう言って由比ヶ浜は廊下へ駆け出して行った。そして俺と雪ノ下は二人取り残された。やかましいのが消えたせいか途端に静かに感じる。それにしても最後の言葉は余計なお世話だ。
「本当によかったのかしら」
雪ノ下はつぶやいた。
「よかったんじゃねえの。あのままやっても多分上達はしなかっただろうし、上達しない事で自信を失ってしまうかもしれん。なら、それ渡して喜んでもらって、自信をつけてもらった方がいいだろ」
「けど、それでも一度限界まで努力した方がいいと思うの。それが、あの子の為にもなるから」
「ま、そうだろうな。けど、これは俺の個人的な感情なんだが、あいつの頑張ってる姿見てると例えあんなぼろぼろクッキーでもその大事であろう男子に渡して喜んでもらって、まあ言い換えるなら努力が報われてほしくてな」
俺も初めて友達が出来たと錯覚した時、散々女子受けのいいファッションとか制汗剤とか妹に聞いたもんだ。まあ妹にはきもがられるし、結果は散々だしで、俺の努力は報われなかったが。だから、由比ヶ浜には報われてほしいと思ったのかもしれない。あの時の自分と重ねて見てな。
俺が話し終えると、雪ノ下は目を丸くしていた。
「驚いた。あなたって、意外と優しいのね」
「別に。そんなんじゃねえよ」
「そうかしら、充分優しいと思うのだけれど。由比ヶ浜さんもそう感じたのではないかしら」
そんなんじゃない。例え俺のした行為が相手にはそう伝わったとしても、それは善意から来たものじゃなくて只の自己満足だ。自己満足から来た優しさなんてそれは優しさではないだろう。
少しの沈黙の後、下校時間を知らせるチャイムが鳴った。
「では、今日はもう終了にしましょう。鍵は返しておくから、今日はもう帰っても結構よ」
雪ノ下は扉を開け、鍵を返しに行ったようだ。
俺はどうしても自分が好きになれない。得に長所だってないように思う。
勉強だって理系科目はからっきしだし、中途半端にいい顔も腐った目で台無しだし、友達いないし。
だが最近久しぶりに他人に好意的な事を言われる。
平塚先生は行った、人を良く見ていると。
由比ヶ浜結衣は言った。しゃべると面白いと。
そして雪ノ下雪乃は言った。意外と優しいと。
しかし、それだってよくよく見るとまちがっている。
人をよく見てもそれが正確だったことなんてないし、しゃべると面白くても友達がいないからしゃべる機会ないし、優しく見えたとしてもさっき言った通りそれはただの自己満足だ。
はあ、憂鬱だ。さっさと家帰って小町に癒されよ。
さて次の日、俺は平塚先生の圧力に屈し、部活に出ていた。と言っても、依頼人なんてこねえんだけど。なんだか無駄な時間を過ごして気がする。俺と雪ノ下は無言で本を読んでいたが、やかましい馬鹿っぽい声がそれを壊した。
「やっはろー」
「はぁ」
分かるぞ。雪ノ下。集中して本読んでたのにキンキン響く声聞いたら萎えるもんな。
「あれ?そんなに歓迎されてない?」
「いえ、別に。それで、何か用かしら」
「いやさ、この前のお礼にまたクッキー焼いてきたからどうかなって?」
「食欲がわかないから結構よ」
食べたくないのを食欲がわかないですませるゆきのん先輩マジ天使、と言う所だろうか。それでも由比ヶ浜は聞いていないのか怒涛のマシンガントークを繰り広げていく。雪ノ下がなんとかしろとこちらを見るが、しるかそんなもん。女子二人のトークに割って入る勇気は持ちあわせてねえんだよ。
「ヒッキー」
外に出ると、由比ヶ浜に呼び止められた。
「はい、これ」
恵まれたラッピングからのクソみたいなクッキーと言うべき物が差し出された。
「ヒッキーも手伝ってくれたから、その、お礼って言うか」
心なしか、由比ヶ浜は恥ずかしそうにしている。そう言う所だよ。それが男子を勘違いさせるんだ。
「まあ、その、サンキュな」
俺は若干黒ずんだクッキーを受け取る。そういや家族以外の女子に手作りの菓子貰ったのって初めてだな。
「そういや、渡した男子って喜んでくれたのか?」
「うん、多分。喜んでくれた、と思う」
「なんだそのあいまいな答え。まあ、喜んでくれたなら、よかったよ」
「うん。ありがと。じゃあね」
由比ヶ浜は雪ノ下の元に戻って行った。
俺は一口クッキーを食べてみる。うん、時々ジャリッとするし味自体はあまりうまくない。けど、予想通り女子の手作りっていいな。恐らく、その渡された男子も同じ気持ちだろう。
そう言えば、省略していますが、勝負云々の下りはやっていると言う設定です。