口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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 ※このお話は以前取り下げた『龍の帰還 其の一』を修正、改稿したものです。
 内容を纏め切る目途がつきましたので、再投稿させて頂きました。

 新しい話を期待されていた方には申し訳ありません。
 そういえばこんな話あったな、と暇つぶし程度に読んで頂けたら幸いです。
 
 追記(2019.8.6)

 試験的に章を分けました。
 提督の過去話や設定に付随する話はこちらに投稿してみます。

 内容的には然して変わらないので試験的ですほんとに。


番外編
番外編 龍の帰還 其の一


「司令官、こっちこっち! ここの上にもまだスペースあるよ!」

「む……うむ。こんな感じでどうだ、暁」

「うんうん! 良いと思うわ!」

 

 隣に立つ暁から満足そうな表情と共に合格サインを貰い、提督は手に持っていたセロハンテープを右ポケットに仕舞った。

 視界に映るのは入口から続く色とりどりの装飾。何を隠そう、この日のために駆逐艦組が真心籠めてせっせと作成した渾身の折り紙飾りだ。

 

「どうかな? これ、皆と一緒に一生懸命作ったんだけど、天龍さんと龍田さん喜んでくれるかしら?」

「懸命さが伝わる素晴らしい出来だ、きっと喜んでくれるに違いない。それにしても、定期的に折り紙の表裏を間違えている箇所が見られるのが逆に良いアクセントになっているな」

「べべべ、別にそれは暁じゃないし!? 違うよ!?」

 

 誰とも言ってないのに慌てる暁を宥めながら、提督は再度部屋内の様子をぐるりと見渡してみる。

 

 ――施された飾り付けは三割程。概ね、事前に設定された進行計画通りの進み具合か。

 

 以前から予定されていた行事の準備に、鎮守府内の至る所から喧騒が響き、本会場であるこの場所だけでも慌ただしげに少女達が駆け回っているのが頻繁に窺える。

 と言えど、ここは割と人手が足りている方なだけで、今頃厨房などは鉄火場の如き忙しさを見せている事だろう。専門職の場であるため人員配置が難しい場所だが、手が空けば優先的に手伝いに行く必要のある場所筆頭だ。

 

「後で様子を見に行かねばな」

 

 ふむ、と何時もの仕草と共に現場総監督としての役目を果たすために、提督はこれからのタイムテーブルを頭の中で組み上げていく。タイムリミットは夕方の七時。成功を望む彼女達のためにも遅延は許されない。

 

「司令官ちょっといい? テーブル配置の事で確認したい事があるんだけど」

「うむ、今行こう」

 

 駆け寄ってきた敷波に促され、早々と思考を纏めた提督は部屋の中央へと歩を進めていく。

 

 九月。木々が色付き、天高く馬肥ゆる実りの季節。四季の中では比較的過ごし易い時期に大別される初秋に当たる今日この日、鎮守府では天龍と龍田の帰還を祝うための準備が着々と進められていた。

 

 

 

 

「はいワンツー! ワンツー! ほらー大井っちー、表情が硬いぞー!」

 

 穏やかな水面に那珂の伸びのある大きな声音が響き渡る。

 敷地に四つある演習場の内、最も使用頻度の高い第二演習場。潮風に角を削られて若干丸みを帯びた、備え付けの防波堤に置かれた幾つかの機器からは小気味良い音楽が大音量で流れている。

 

「……気易く呼んでんじゃないわよ」

「大井っちー、顔が引き攣ってるよー。可愛い顔が台無しだー」

「ごめんなさい北上さん!」

 

 空をゆったりと流れる雲のように間延びした指摘で大井の機嫌を取りながら、北上は音楽に合わせながら海上を舞うように滑っていく。

 見上げた先には季節の移り変わりを象徴するかのような一面のうろこ雲。

 

 そんな秋空の下、鎮守府が誇る色物軍団である球磨型軽巡姉妹一同は現在パーティの余興で披露する舞の練習真っ最中だった。

 

「ク、クマ? 次はどっちだったクマか?」

「おわわ! 球磨姉なんでこっちに……ったあ!」

「ふんふんにゃんにゃん~」

「こらーストップストップ! 球磨にゃん進む方向が逆だよ! あと多摩にゃん勝手に振付変更しなーい!」

「はっ!? つい盛り上がってしまったにゃ」

 

 指導役である那珂から本日何十度目かのカットがかかり音楽が止まる。ちなみに今回のミスは球磨が進む方向を間違えて木曾とぶつかった事と、気分がハイになった多摩が急に振付にない盆踊りを踊り出した事である。

 

「多摩にゃんは少しフリーダムすぎるね。ポップミュージックの途中で『あ~よいよい』とか言い出した時は流石の那珂ちゃんも衝撃でした」

「無限の可能性を感じたかにゃ?」

「絶望ならひしひしと。タイムリミットまでもう時間ないんだから、真面目にお願いします」

「多摩は常に真面目だにゃ」

「余計駄目じゃん」

 

 多摩とのやりとりにがっくりと肩を落とす那珂をよそに、少し離れた所では木曾が手振り身振りを踏まえて球磨に振付の確認を行っている。

 木曾らしい実に熱心な指導に、こくこくと神妙に頷く球磨。しかしその頭上でアホ毛が見事なクエスチョンマークを描いている事実に木曾は全く気付いていない。

 

「……なにやってんだか」

 

 額を流れる汗を無造作に服の袖で拭いながら、大井は呆れた表情で前髪を掻き上げた。

 初秋とは言え、夏の名残とするには些か元気すぎる太陽光がじりじりと肌を焼いているような気がする。半ば強引に余興の練習へと参加させられているだけでも面倒だと言うのに、季節外れの日焼けなんて勘弁してほしいものだ。

 

「……あー暑い」

 

 そんな日差しに眉を顰めたまま、大井は上手い事壁で影になっている防波堤の端にどかっと腰を下ろす。

 ふと頬に何か冷たい感触を感じ、顔を上げた視線の先に女神がいた。

 

「お疲れ様、大井っち。朝からぶっ続けだし、ちょっと休憩しよーさ」

 

 否、北上である。

 海水に濡れた髪を潮風に揺らしながら、缶ジュースを手渡してくる姿が今日も神々しい。

 

「ありがとうございます、北上さん」

「んー」

 

 缶を傾けたまま、礼に対しひらひらと手を振ってくる北上。その姿にじわり、と喉の渇きを実感した大井も同じように缶のプルタブに手を掛ける。

 穏やかに揺れる水面にカシュッという間の抜けた音だけが響き、暫く無言で喉の渇きを潤す事に集中する。

 

 ――あー何やってんだろ、私。

 

 ひんやりと冷たいアスファルトにどさっと身を投げた大井の視界一杯に澄んだ青空が広がる。

 舞で火照った頬を薙いでいく風を感じながら、視界の端ではなおも熱心に天然素材の姉二人を相手取る末っ子が映っている。

 

「ホント、よくやるわね」

「そりゃまあ、木曾が言いだしっぺだからねえ。前からフフ怖さんとは特に仲良さそうだったから、何かしてあげたかったんじゃないの?」

「それはいいですけど、『姉貴達と一緒に何かやりたい』って……巻き込まれるこっちの身にもなれって話ですよ」

「お姉ちゃんも大変だねー」

 

 いやいや北上さんもでしょ。と呆れた表情で突っ込みを入れる大井の反応を見ながら、北上はからからと楽しそうに笑っている。

 事の発端は木曾の何気ない一言だったが、なんだかんだ言いながらも最後まで付き合っている二人は傍から見れば実に面倒見の良い姉に見えている事だろう。

 

「それにしてもだよ、大井っち」

「な、なんですか北上さん」

 

 突然の話題の転換と、ニヤニヤとこちらを見つめるような北上の視線に大井は一人身構えた。

 北上と旧知の中である大井は本能的に理解していた。今の北上の怪しげな笑みは九割九分、相手を弄るときにしか見せない類のもので、且つ割と洒落にならない精神的威力を秘めている事を。

 かつての被害者としては一か月前程に阿武隈の前髪が、次に一週間前に阿武隈の襟足が、そしてつい先日阿武隈のモミアゲが尊い犠牲となった。いや、別に切られたりして無くなった訳では無いが。

 とりあえず対抗策は只一つ、変に意識して大きなリアクションを取らない事。飽き性な北上はそれですぐに興味を失ってくれる。

 

 心拍が上がりそうになるのを腹に力を込める事でぐっと耐える。表情には日頃から鍛えた猫被り笑顔を貼り付け、大井は余裕綽綽と言った様子で北上の次の言葉を待った。

 

「あんなにこの提督指定のジャージに文句言ってたのに、着崩せるようになるまで使い込んでんじゃん」

「……な……あ」

 

 全然駄目でした。

 北上の指摘に口をぱくぱくさせながら、奇妙なポーズで全身を隠そうと躍起になる大井。しかし残念ながら、全く隠れていない。

 

「愛だね、愛」

「べ、別に違います! これは木曾がお揃いなんだから着ろって煩いから仕方なく着ているだけで……ってその恵比寿様みたいなのっぺりした笑顔止めてください!!」

「いいじゃんいいじゃん。似合ってるんだし、可愛いよ大井っち」

「お世辞なんていりません!」

 

 『んー、お世辞じゃないんだけどなー』と呟く恵比寿北上から逃げるように大井は口元をジャージの裾で隠し、その場に蹲ってしまう。

 誰が好き好んでこんなクソダサいジャージなんか、とぶつぶつ口を尖らせながら大井は改めて北上の全身を横目に、

 

「そんな事言いながら北上さんだって着てるじゃないですか、その赤のジャージ」

「いやーだって確かに見栄えはダサいけどさ、いざ着てみるとこれが中々どうして着心地良いんだよね。伸縮性も生地も悪くないから寝間着にも使えるし、流石提督が選んだジャージ、機能性重視っていうのが渋いよねー。ダサいけど」

 

 果たして二回言う必要があったのかなどと思案しながら、大井は改めて自分の衣服へと意識を傾ける。

 赤を基調とした伸縮性のある生地に、両袖から襟にかけてとズボンの両外側に細い白のラインが二本。チャック一発で着脱可能な手軽さを擁した機能性に溢れるスポーツウェア――通称ジャージ。

 

 曰く、木曾が司令室に舞の申請を打診した直後の休日に提督が一人店に赴き、自費で用意してくれた物のようで、後日五人分のスポーツドリンクと共に部屋に届けられた。

 

 達筆で書かれた『風邪と怪我に気をつけなさい』という手紙を添えて。

 

 お世辞にもお洒落とは言えない品ではある。木曾以外、店で見かけても誰も買おうとは思わないだろう。それでもこうして五人で集まって舞の練習をする時は決まって全員この芋ジャージ姿でやってくる。

 

「全く何がそんなに良いんだか」

「いやいや、やっぱ機能性って重要だよ大井っち。多摩にゃんと球磨クマーも最近ずっとこれで寝てるらしいしさー」

「趣味悪いですね」

「おお、ばっさりだ。ちなみに木曾キソーは週一回は必ずこれ着て執務室に行ってますが」

「正気の沙汰とは思えませんね」

 

 辛辣な大井の台詞にけらけらと楽しそうに笑う北上。

 

「そだねー。それにしても提督もあとちょっとセンス良いの選んでくれたら大井っちも助かったのにねー」

「? どういう意味ですか?」

「だってそうすればわざわざ私が夜間遠征とかで居ないときを狙って、大井っちがこっそりこれ着て寝るなんて健気な苦労しなくても良くなるじゃん?」

 

 同時にズゴンと激しく鈍い音が周囲に木霊する。

 それはそれは見事な頭突きだった。隣りに延びていたポールに顔面から突っ込んだままぷるぷる震える球磨型の四女。流れるような長髪の隙間から見える両耳がジャージと同じように真っ赤に染まっている。

 

「……誰から聞いたんですか?」

「鎮守府のパパラッチ」

「青葉コロス」

 

 おおう、なんて見事な連想ゲームなんだと北上は素直に感心した。勿論、感心する前に青葉の部屋に魚雷発射管の狙いを定めている大井を宥めるのが先だというのは言うまでもないが。

 

「ま、個々人思う所は色々あるとは思うけどさ」

 

 今にも暴走を始めそうな大井の背をトンと叩きながら防波堤の端に並ぶブロックにひょいと飛び乗った北上が、くるりと振り向き笑う。

 

「あの提督が私達姉妹のために選んでくれたって事が嬉しいんじゃん。ね、大井っち」

「……そんな所に立つと危ないですよ。ほら向こうで木曾が呼んでいます。怒られる前に行きましょう」

「あ、待ってよ大井っち」

 

 否定も肯定もせず、相変わらずの仏頂面ですたすたと木曾達の居る方向へと歩いていく大井の背を見ながら、北上は一人苦笑を零した。

 

「ま、これはこれで大井っちらしい回答かな」

 

 あれはきっと天邪鬼で気まぐれな相方なりの肯定の言葉なのだろう。

 そんな都合の良い事を考えながら、北上もまた潮風の舞うアスファルトの上を駆けて行った。

 

 

 

 

「予定時刻まで残り四時間でーす! 繰り返します、予定時刻まで残り四時間でーす!」

 

 副料理長である伊良湖の追い打つような報告に、元々慌ただしかった厨房が更に激しさを増す。

 鉄同士を打ち鳴らしたかのような激しい金属音に加え、数多の調理機器が吹き鳴らす蒸気に厨房内の温度は尚も上昇を続けていく。

 

 常時ならば間宮と伊良湖、加えて妖精さんで運用されているここ食堂内の厨房も、今日ばかりは大勢の臨時スタッフ達で溢れ返っていた。

 

「鳥の唐揚げ五十人前上がりました! 運搬行けますか!?」

「よーそろー!」

「妖精さんこちらもお願いします!」

「ま、まかされたし!」

 

 臨時で設置されたステンレス製の台座に次々置かれる料理群を、幾人もの妖精さんが目を回しながら飛ぶように運んでいく。

 誰もが額に汗を滲ませながら、割り振られた役割を着々とこなしていく間宮食堂。祝宴を彩るにふさわしい料理が次々と並べられていく中で、じわじわとタイムリミットも近付いてきている。

 

 その最前線。全ての要と言える第一調理部隊の中心で自らも鍋を振りながら、総料理長である艦娘――間宮は一人内心で悩んでいた。

 

「間宮さん、指示通り全部隊微調整完了しました」

 

 背後からの伊良湖の声に、一度鍋の火を止め振り返る。

 

「ありがとう伊良湖ちゃん。進捗具合は順調かしら?」

「そうですね。若干のメニュー変更はありましたが、鳳翔さん達第一調理部隊の素早い対応のおかげでなんとか間に合いそうです」

「そう、流石は鳳翔さん率いる精鋭部隊ね。頼もしいわ」

 

 そんな伊良湖の報告に間宮は一つ小さく息を吐いた。とりあえずは予定通り、と言った所である。

 ちなみに第一調理部隊とは鳳翔や大鯨など、日頃から料理を嗜んでいる者達のグループの事だ。彼女達には今回メイン料理となる品々を担当して貰い、その他の前菜や副菜などは第二調理部隊が担当する事になっている。

 

 などと口では簡単に言えるが、約百五十人分の料理を質の高い状態で尚且つ半日で作る事の困難さは重々理解している間宮だけに、予定通りに進めている事は安堵以外の何物でもなかった。

 

「後は榛名さん達、第二調理部隊の方ね」

「そちらも特に問題はありません」

「あら? 初めての事だし少しぐらいトラブルが起きるかもって覚悟はしてたんだけど、優秀ね」

「はい。ちょっと日向さんが瑞雲を模したパンを延々と焼き続けてたり瑞鳳さんが用意していた卵を使い切る勢いで卵焼きを作り続けてたり、赤城さんがいつの間にか何処かに消えてたり、隼鷹さんが作った料理をつまみながらお酒飲んでたりしますけど大丈夫です」

「伊良湖ちゃん……あなた、疲れてるのね」

 

 どうやら厨房全体の舵取り役は伊良湖にはまだ荷が重かったようだ。

 よくよく見れば、笑顔は引き攣り瞳の光は完全に失われてしまっている。おそらく真面目な伊良湖の事だ。問題児軍団に真正面からぶつかり、常人には理解不能な理屈で論破されてしまったのだろう。

 

「大役を任せてしまってごめんなさい伊良湖ちゃん。あなたは少し休憩してなさい。お昼もまだだったでしょう? 何か作って持って行ってあげるから、座って待ってて」

「ふぁい」

 

 何とも気の抜けた返事でふらふらと歩いていく伊良湖。

 そんな彼女と入れ替わるように、一人の大柄な、よく見知った人物が姿を現した。

 

「忙しいところすまない間宮君、今大丈夫か?」

「提督!」

 

 驚きの余り零れた比較的大きな声に周囲の視線が一気に集まるのを背中に感じ、間宮は慌てて口に手を当て塞いだ。図らずとも現れた提督の存在に、厨房内の熱気が更に一段階上昇したようにも感じる。

 同時に間宮の胸中に疑問符が浮かび上がる。

 

 ――何かあったのだろうか?

 

 今までの経験上、一度誰かに一任した専門の仕事場に提督が再度一人で現れる事は稀だ。勿論緊急時や必要時など例外はあるが、基本的に提督は無駄な介入を好まない。

 提督の性格を熟知している間宮からすれば、何か問題が起こり、それを伝えるためにこの場に現れたと判断したのも自然の流れと言える。

 しかしそんな間宮の問いに、提督は何処か言い辛そうに首を横に振った。

 

「いやなに、少し手が空いたのでな。何か手伝える事はないだろうかと思ったのだが」

 

 若干の気恥ずかしさからか、後ろ髪を触りながら返答を待つ提督のそんな言葉に間宮は自分の頬がみるみるうちに緩んでいくのを自覚していた。しかも全然抑えきれない。

 これは一体どういう風の吹き回しか。明日は雪でも降るのではないだろうか。

 などと本気で思ってしまう程に、あの提督が自らの意志でここまで踏み込んできてくれるなんて初めての事だった。

 

「ま、間宮君? な、何がそんなに嬉しいのだ?」

「嬉しいですよ! それはもう本当に凄く!」

 

 柄にも無くはしゃいでしまった。それこそ無意識の内に両手で提督の手を強く握っていた事で周囲に殺気が混ざり始めた事に遅れて気付く程度には年甲斐も無く。

 そんな自分に終始目を白黒させていた提督は心を落ち着かせたのか、周囲へと視線を移した。

 

「まあ、そういう訳だ。配膳でも食器洗いでもできる事なら何でもしよう」

「何でも? ……では無く、そうですね」

 

 提督の台詞に無駄に反応しつつ、間宮は一人考える。

 本人はああ言っているが、流石にこの場で提督に皿洗い等の雑用を頼むような事は厨房を預かる者として、出来うる筈もない。

 それに折角の機会だ、提督が来てくれたことで他の皆にも喜んでもらえるような何かをしてもらうのが望ましい。

 そこまで考えて、何かに閃いたように間宮はふと顔を上げた。

 

「提督って昔、自炊されてたんですよね?」

「む? ああ、まあ自炊と言えど簡単な出来合いの物ばかりだったが」

 

 それがどうかしたのかという表情の提督に、間宮は楽しそうにはっきりとお願いを口にした。

 

「でしたら提督も何か一品、作って祝宴を彩ってくださいな」

「な……そ、それはしかし」

「駄目ですか?」

「駄目ではない……が、折角君達のような本職の者達の料理が並ぶ中で私のような者の不出来な代物を出すのはどうかと思うが。何より味の保証が出来ない」

「成る程、じゃあ味の保証が出来たら良いんですか?」

「まあ……そうだな」

 

 そんな間宮の提案の下、今からここで腕を振るってもらい、間宮と伊良湖の双方の判断で最終決定という形に落ち着いた。

 提督は出来の悪さを心配していたが、瑞雲パンや卵焼きピラミッドが既に存在している時点で景観は損なわれる事確定のため取り越し苦労と言えなくもない。

 そんな思考に耽っていた間宮の前に、服を着替え材料を手にした提督が戻ってくる。

 

「提督のエプロン姿なんて初めて見ました」

「似合ってないだろう。まあ仕方のない事だが」

「そんな事ないですよ。ただ新鮮でなんだか休日のお父さんって感じイイですね」

 

 あ、じゃあお母さんは私になっちゃうのかな? などと一人漫才を続ける間宮を余所に提督は用意していた各種野菜を刻み、フライパンに油を引いて熱し始める。

 予想以上に慣れた手つきに少しだけ驚きつつ、間宮は邪魔にならない程度に工程を見守る事にした。

 

「これはもしかして炒飯ですか?」

「うむ。私が失敗せず作れて、かつ量を作るのに比較的手間のかからない料理と言ったらこれくらいしか思い浮かばなくてな」

 

 言いながら提督は卵を先にご飯とかき混ぜ始める。こうする事によってパラパラとした触感を作り出せる事を提督は知っていたようだ。

 それにしても、だ。

 

「なんだか普通の炒飯の具材と比べて野菜が多いように見えますね」

 

 人参、玉ねぎ、レタスに加え、数種類のパプリカも入っている。

 なんとなく予想外だった。普通の男の人ならもっと油多めで肉類中心のこってり系になると思っていたが、意外や意外、野菜中心のどう見てもヘルシー料理だ。

 更に提督の取り出した材料に間宮は少なからず驚きを露にした。

 

「ここで梅……ですか」

「ああ。知っているとは思うが梅には疲労回復や食欲増進の効果がある。カリっとした歯ごたえも意外と合うしな」

「驚きました。完全に健康を前提としたヘルシー炒飯ですね。もっとがっつりとした男の料理を予想してましたよ」

「私が食べる分にはそれでもいいが、君達は女性だからな。色々と気にする事もあるだろう。駆逐艦の子達には不評かもしれないが」

「……提督」

「さあこれで完成だ」

 

 そんな提督の言葉と共に、一人分の出来立て炒飯が皿に盛られ差し出される。鶏ガラの芳しい香りも然ることながら、ふわりと漂う梅の爽やかな香りが、忘れていた空腹を刺激してくる。

 ごくり、とまるで漫画の世界のように喉を鳴らしながら、間宮は添えられた蓮華で炒飯を一掬い、口に運ぶ。

 

 瞬間、少量加えられたごま油の香りと梅の清涼感溢れる味わいが溢れ出し、間宮は図らずとも感想を口に出してしまっていた。

 

「……優しい味。パサつき過ぎず、べたつき過ぎず……美味しいです、本当に」

「そうか、口に合ったようで何よりだ」

 

 対照的に相変わらず反応の薄い提督ではあるが、どことなく表情は満足そうで、もしかしたら彼なりに何か思う所があったのかもしれない。

 ともあれこれは最早伊良湖に聞くまでも無く採用で文句はない出来の代物である。

 などと既に結論を出した間宮は早速伊良湖の待つテーブル席へ赴こうと炒飯に手を伸ばそうとしたところで異変に気付く。

 

「…………」

「…………」

 

 提督と間宮の立っている丁度真ん中、その下から蓮華が炒飯に伸びていた。サラサラと流れる桃色のツインテールと共に。

 

「はっはー! ご主人様の愛の籠った手作り炒飯は貰ったー!」

「さ、漣ちゃん!? あ、え? あ! 私の炒飯!」

「こんな神に等しきご褒美を独り占めなんて許せませんな! よって漣も頂いちゃいます! ってウマ!? なにこれウマー!」

 

 突如現れて間宮の炒飯に蓮華を滑り込ませた漣。そのまま流れる動作で蓮華を口に入れた後、よく分からないポーズで叫びだしてしまった。

 そんなやりとりをぽかんと眺めていた提督は、ふいに服の袖を誰かに引かれたような気がして振り返った。

 

「……照月、その皿は」

「……っ! だ、ダメですか?」

「いや、駄目なんてことはないが。熱いから気を付けなさい」

「やったあ!」

 

 そこに行儀よく紙皿と箸を手に立っていた照月。まるでサンタを信じる子供のような輝く瞳で提督と炒飯を交互に見つめていた照月は了承の言葉に満開の笑顔で提督に抱きついた。

 その後我に返り、羞恥と申し訳なさで真っ赤になりながらも幸せそうに炒飯を頬張っている。

 

「私も含めて三人。これでもう十分な結果ではないですか?」

「……間宮君」

「これでもまだ心配ならもう一品作ってもらってもいいですけど?」

「い、いや大丈夫だ。そうだな、折角の機会だ。私も皆に日頃の感謝と共に振る舞わせて貰おう」

 

 厨房から見えるテーブルで仲良く炒飯を食べる二人を眺める提督。こうして自分の作ったもので誰かが笑顔になってくれるのも嬉しいものだ。

 と、ほんの少しではあるが間宮達料理人の気持ちを理解できたような気がして、それだけでも来た甲斐があったというものだ。

 その旨を間宮に伝えると何故か頑張って下さいという激励と共に後ろを指差され、振り返ってみると――

 

「は、榛名にも出来ればその」

「提督の手料理、楽しみですね」

「ふむ。提督の炒飯にはやはりこの瑞雲パンが相応しいと思うのだがどうだろうか?」

「いやいや。卵が入ってるんだから卵焼きの方がいいよ絶対! ね? 提督!」

「む、むむ」

 

 ――長蛇の列が出来ていた。まるで遊園地のアトラクション待ちのような長い列が。

 

「ふふっ、頑張って下さいね提督」

「……むう」

 

 間宮の楽しそうな声音を聞きながら、提督は静かに料理人の厳しさの片鱗を感じたような気がした。

 結局この後、厨房メンバー全員に炒飯を振る舞った上で、改めて祝宴用の炒飯を作り直した提督であった。

 

 ちなみに提督の炒飯を食べたメンバー全員がその後の仕事で二倍以上の仕事量を熟したらしい。

 




 今更ながらにヴァイオレット・エヴァ―ガーデンを視聴しました。
 涙で目玉が転げ落ちるかと思いました、まる。

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