口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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 基本的に提督がいるときは一人称視点で進みますが、提督がいないときや艦娘がメインの話のときは三人称視点になります。

 ご了承下さい。


第八話 成果と対価

 その日の鎮守府の雰囲気は明らかにいつもと違っていた。

 時刻はお昼時、普段ならば艦娘たちの賑やかな喧騒に包まれている間宮食堂も、どこか落ち着かないふわふわした空気に包まれていた。

 

「まさか赤城さんがおかわりをしないなんて」

「これは天変地異の前触れでしょうか」

 

 間宮自身、なんとなく落ち着かない雰囲気に苛まれながら隣に立つ伊良湖が普通に失礼なことを口にしているのを聞いて少し笑ってしまった。

 だが、様子がおかしいのは赤城だけではなく鎮守府全体に言えることでもちろん自分も例外ではない。

 

 

「集会っていったいなんだろうね敷波ちゃん」

「べ、べっつに~。アタシは綾波と違って特に気にしてないし」

「……敷波ちゃん、お箸でヨーグルト食べるの?」

「うわあ! 間違えた!」

 

「鈴谷先程からあなた、何をそんなにそわそわしてるんですの?」

「そ、そわそわなんてしてないしっ! 熊野だって今朝提督の顔横目でチラチラ見てたじゃん!」

「お、大きな声で何てこと言うんですの!?」

「ほら熊野だって気にしてるんじゃん」

 

 

「みんなやっぱり気になってますね。今朝の話」

「ええ、でも提督が全員を一同に集めるなんて滅多にないから、気になるのも仕方ないわよね」

 

 事の発端は今朝の伝令にあった。

 

「え? 今日の午後六時に第一演習場に集合……ですか?」

「はい。これは提督直々のご指示です。各人は午前中の内に同室の子へと伝えてください」

 

 毎朝恒例のミーティング終了後、本日の秘書艦である大淀がどこか声をはずませながら指示を伝えてくる。

 同時に聞いていた周りの子たちも『なんだなんだ』と騒ぎ始める。

 

「まさか……提督結婚しちゃうクマか?」

「…………」

「お、お姉さま!? 金剛お姉さま! しっかりして下さい! ヒ、ヒエエエエエ!」

「司令を……ぐすっ……お祝いしましょう」

「不知火……あんた泣きながら何言ってんの?」

「ぐすっ……陽炎だって涙目になってます」

「不幸だわ姉さま」

「不幸ね山城」

 

 ところどころ阿鼻叫喚になりかけている状況を無視して大淀は『あまり気にしすぎないでください。そんなんじゃないですから』と言い残し、他の子のところへと去って行ってしまった。

 

「気にするなって言われてもねえ」

「やっぱり気になります」

 

 よく見れば鎮守府の至るところで様々な憶測が飛びかっているのか、食堂内でも噂話に興じる艦娘たちで溢れていた。

 

「まみやさんちゅうもんはいってるです」

「きょうもかがさんがじゅうにんまえたのんできたです」

「あ、ごめんなさいね。さっ伊良湖ちゃん仕事仕事」

「は、はい!」

 

 まあそれも午後六時になれば分かること。そう切り替え間宮は自分の仕事へと戻って行った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ひーふーみーっとこれで全員分ですね。提督、確認をお願い致します」

「ああ。面倒事を頼んですまないな大淀」

「これぐらいへっちゃらですよ」

「そうか。だがありがとう」

 

 書類整理の傍ら、二時間以上かけて纏められた大量の封筒を受け取りつつ大淀にお礼を言う。

 当の本人は少し照れながらも全く疲れた様子を見せないまま次の秘書艦業務に取り掛かっている。こんなことを思うのもあれだが、書類相手ならば私なんかよりもよっぽど彼女の方が優秀である。

 

「それにしても提督は本当にお優しい方ですね」

「ぬ……うぬ?」

 

 突如振られた大淀の言葉に思わず筆が滑る。

 その姿を見られたのか、大淀はくすくすと笑いながら隣の椅子に腰を下ろす。彼女たちの言葉の意図がすぐに理解できない辺り私は提督としてまだまだだということだろう。

 

「普通いませんよ。自分の鎮守府の艦娘全員に毎月給金を払うなんておっしゃる提督は」

「むう……そうなのか」

 

 大淀の少し嬉しそうな言葉に戸惑いながら、手元にある封筒に視線を移す。

 

 基本的に彼女たちに給料という形での対価は支払われていない。

 大本営から各艦に毎月少しばかりの費用は支払われているが、そのほとんどは生活必需品や艤装の手入れなどに消えていく。残るのはいくばくかの小銭だけだ。

 もちろん鎮守府での生活にはお金が必要ではないようにしているが、それは最低限という話であって、とても年頃の少女たちが満足できる水準では決してない。

 たまの休みに街に出ると、もの欲しそうに商品を遠目から眺める彼女たちをよく目にすることがある。

 

「本当はもう少し早く用意してあげたかったのだが」

「あまり無理をされないで下さい。ただでさえ提督は自分のことを後回しにするんですから」

 

 一年以上前から、大本営から送られてくる運営費用と私個人への勲章報酬などの割り振りを見直し続け、今月になってやっと全員に給金を用意できる水準まで持ってくることができた。

 苦労と時間は掛かってしまったが、これで少しでも彼女たちの生活に楽しみができるのならこれ以上嬉しいことはない。

 

「君たちには、いつも貰ってばかりで何も返せていないからな」

「……提督」

 

 気が付けば大淀が自分の手に両手を重ねてきていた。気のせいか見つめてくる表情に熱がこもり、瞳が潤んでいるようにも見える。

 そのまま徐々に顔を近づけてくる大淀を見て少し焦ってしまう。い、いったいどうしたのだ大淀。

 

「提督の身体を思いやるのはいいけど、それはやりすぎではないかしら大淀」

「っ!? か、加賀さん! し、失礼しました提督」

「う、うむ」

 

 突如振ってわいた声に大淀がビクンと肩を跳ねさせる。

 その張本人である加賀は、なぜか少し不機嫌そうな顔で真っ直ぐに私の方へと歩み寄ってくる。やはり給金を皆に配る役を任せてしまったことに不満があったのだろうか。

 

「提督、第一演習場の用意が完了しました。そろそろ準備をお願いします」

「そうか、わかった。ありがとう加賀」

「お礼を言いたいのはこちらなのだけれど」

 

 気が付けば時刻は午後五時半を回っていた。

 

 本日の秘書艦である大淀と皆に給金を渡す役である加賀には今日のことを事前にすべて話を通してある。

 別に私としてはここまで大事にしなくても良かったのだが、二人に『提督は自分の行為の大きさを実感するべきです』というよく分からない理由により他の子にはギリギリまで内容を伏せることとなった。

 

「他の子たちの様子はどうだ」

「何人か不安を拗らせている子がいるみたいだけれど、特に問題はないわ。ただ――」

「ただ?」

「――金剛が今にもここに飛び込んできそうなのを妹たちが必死に止めているから早く行きましょう」

「わ、わかった」

 

 不安を募らせてしまった子には後でお詫びをしなければならないな。

 右には加賀が、左には大淀が、それぞれ少し後ろを歩きながらついてきているのを横目に今後のことを考える。

 実は彼女たちが内心嬉しくてたまらないことに気が付かないまま、三人で第一演習場へと歩いて行った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「提督、みんなを集めてどうしたのかなあ」

「てやんでい! 今日はすっげえ大切な日じゃねえか! て、てい……ていとくに……ぐすっ……てやんでい!」

「涼風ちゃんなんで泣いてるの?」

 

「提督さん、結婚してしまうって本当じゃろうか」

「浦風は気になるのですか?」

「うん。うちは提督さんが好きじゃからね、浜風は違うん?」

「い、いやそれは……その気に……なります」

 

「ちっ! 提督が結婚なんて聞いてねえぞクソが!」

「うーんたぶん私は違うと思うんだけど。摩耶落ち着いて」

「クソ……ちくしょお……」

 

 

 ……なんだこの状況は。

 

 司令室から北にある第一演習場の前に来ると既に大半の子たちが到着しているのが見え、同時に彼女たちの会話が耳に入ってくる。

 

「加賀、私が結婚するとは一体どういうことだろうか」

「おめでとうございます」

「いや、するもしないも相手がいないのだが」

「そう」

 

 どういうわけか私の結婚話でざわついている演習場を横目に加賀に疑問を投げかけてみるが、上手くはぐらかされてしまった。ついでに加賀に相手がいないことを笑われてしまった。

 

「さあみんな席についてください。今から大切な話があります」

 

 決して大声ではないが、伸びのある確かな声で加賀が用意されていた席へ着席を促す。

 その声につられるように、各々が自分の席へと戻っていく。なにやら後方から『テイトクー! ワタシを置いて行かないでクダサーイ!』という声が聞こえたが、今は仕方がない。

 

「全員揃っていますね。では提督お願いします」

「うむ」

 

 人数確認を終えた加賀からマイクを手渡される。同時に、じっと視線を外さずに集中して聞いてくれている彼女たちを見て身が引きしまる。

 私はこの子たちの命を預かっているのだ、と。

 一度肺の空気を入れ替えて、マイクを握りなおし、言葉を発する。

 

「単刀直入に言おう。君たちに今月から給金を支払うことにした」

 

 室内の空気が急に変わるのを感じながら言葉を続ける。

 

「君たちに大本営からいくばくかの費用が支払われているのは知っている。だがこれは生活用品や艤装の個人点検のためのもので君たち個人の働きに対するものではない。それに支払われていると言っても個人の娯楽のために残る額としてはあまりに少ない」

 

 ここで一度言葉を区切り、続ける。

 

「私は君たちの働きを知っている。成果に値する対価をというには君たちが明らかに働きに対して評価されていないことも理解している。だからこそ、この給金を胸を張って受け取ってほしい。自分はそれだけの働きをしているのだと」

 

 徐々にざわつきが大きくなるのを加賀が制しているのを横目に、最後の言葉を発する。

 

「君たちがこれまで我慢してきた人並みの幸せをこれで埋められるとは到底思えないが、少しでも君たちの生活の助けになればと思い用意させてもらった。是非とも有意義に使ってくれたまえ。以上だ」

 

 ふう、と最低限の言葉を伝えられたことに安堵し、マイクを置く。

 同時に爆発したかのような歓喜の渦が室内全体から巻き起こった。

 

「うお"ーっ! うお"ーっ! 提督一生ついていくクマー!」

「く、球磨姉うるせえ」

「青葉感動して写真がずれちゃいました。あれ? なんでか画面が滲んでよく見えません」

「ぽい~ぽい~、提督さんいい人すぎるっぽい~」

「ほら夕立これで涙を拭きなよ」

「時雨も感動して泣いてるっぽい~」

「え!? そ、そうかな? ……そうだね提督は本当に優しいね」

「姉さま、私今幸せです」

「そうね山城、本当に私たちの提督があの人でよかった」

「ほんま提督はいけずやな~。こんな嬉しい話ここまで内緒にするなんて。なあ鳳翔さん」

「そうですね。私はお給金よりも提督のお心遣いが本当に嬉しいです」

 

 いつまでも止みそうにないざわめきに少し戸惑いながら、用意されていた席に着く。

 どうやら喜んでもらえたようでほっと胸を撫で下ろす。

 

「提督お疲れ様でした」

「ああ、ありがとう加賀。後は頼む」

 

 加賀から手渡された水を飲みながら、本日最後のメインである給金を配る作業を加賀に依頼する。

 

「本当に私からでいいのですか?」

「ああ、私からだと身構えてしまう子も多いだろうからな。すまないが頼む」

「分かりました」

 

 こうして鎮守府全体をあげた提督による艦娘たちへの一大イベントは幕を閉じた。

 ちなみに一番最初に貰った給金を使い果たしたのは島風だったとか

 

「だって私が一番速いもん!」

 


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