口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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第十二話 金剛のお茶会

 第六駆逐隊による司令室突撃事件から一夜明けた次の日、司令室から少し離れた艦娘宿舎のある一室に三人の少女が集まっていた。

 

「……」

「えーと、砂糖はどこだったかしら」

「こっちの戸棚の上ですよ、霧島」

 

 言いながら、はいと砂糖の入った小瓶を手渡してくる榛名にお礼をいいつつ、霧島は三人分の紅茶をカップに注いでいく。

 ふわりと香る茶葉の匂いに頬を緩めながら、今日は久々の休日を満喫するためクッキーなどに合うアールグレイを選択して正解だったと一人満足する。

 

「金剛姉さま、紅茶が入りました」

「今日はお姉さまお気に入りのアールグレイです」

「二人ともありがとうデース。さっそくティ―タイムにするネー!」

 

 読みかけていた本を置いて、金剛は紅茶を入れてくれた榛名と霧島にお礼を告げながら、今や恒例となった妹たちとのお茶会に心弾ませながらウキウキとした足取りでソファーへと向かっていった。

 久々の休日が始まる。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ンー! やっぱりテイトクの顔を見ながら飲む紅茶は最高デース!」

「お姉さま、いくら司令とお茶する機会がないからと言って、毎回司令の写真立を見つめながら紅茶を飲むのはどうかと」

「あはは」

 

 お茶会が始まって数分、ごそごそとどこからともなく取り出した提督の写真を眺めながら幸せそうに紅茶を飲む姉に、霧島が呆れたような顔を見せる。

 

「いつも寝る前にテイトクの写真を枕の下に入れてる霧島にだけは言われたくないデース」

「な、なぜそれを!?」

「可愛い妹のことならなんでもお見通しヨ。姉に隠し事なんて百年早いデース。ネー榛名」

「あ、や、はいお姉さま」

 

 突然会話を振られて、榛名は紅茶の入ったカップを落としそうになる。

 まさか密かに自分が提督の写真に毎夜おやすみのあいさつをしていることまで知られているのでは、と緊張したが金剛の口からそれ以上の言葉は出てこず、ほっと息を吐き出す。

 

「それよりも比叡は今日はどうしたのデスカ?」

「比叡はどうやら今日も鳳翔さんのところですよ」

「ホーショーのところ?」

「最近比叡お姉さま、磯風さんと一緒によく鳳翔さんのお店に行っているみたいです」

「フーン。まあ仲間とのコミュニケーションは大事デース」

 

 別にこのお茶会は強制参加というわけでもなく、むしろやることがなく暇だからこうしているだけである。

 そのため金剛は素直に妹の比叡が何かの趣味を持ち始めたことを嬉しく思いつつ、二杯目の紅茶に口をつける。

 普段は提督のことしか考えていないように思われがちだが、その実、しっかりと妹たちのことを気にかけている辺り、姉としての自覚は高いらしい。

 

「それよりも金剛姉さま。そろそろ例のアレを」

「榛名も、そろそろ、その」

「フフ、了解ネー。ちょっと待つデース」

 

 自分の言葉に待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す妹二人を見て、最初に自分がこれを手に入れたときの興奮を思い出しながら、一冊の雑誌を取り出す。

 

 その雑誌の表紙に載っている軍服に司令帽姿で若干表情に硬さを残す人物に口元を緩ませながら、金剛は妹たちの前に汚れないようにそれを広げる。

 

「こ、これが噂の」

「提督、この表紙のお姿も凛々しいです」

「手に入れるのに苦労したヨー。なんせ発売と同時にわずか一時間でどこも完売したって話だったカラ」

 

 題名に『今、話題の鎮守府~寡黙ながら男気のある提督、その能力の高さの秘密にせまる~』とある雑誌の表紙を見てごくりと唾を飲み込む霧島と榛名を見ながらどこか金剛は得意げに、入手までの経緯を熱く語る。

 が、当の二人は表紙に載る自分たちの提督の姿に夢中で姉の話なぞ全く聞いていない。

 

「でもあの司令がよくこんな取材にオーケーを出しましたね」

「提督は基本的にあまり注目されるのを好みませんからね」

「大本営の元帥に強制的に受けさせられたらしいデース。全ての鎮守府対象だからどっちにしろ受けるはめになるカラ今受けとけって言われたみたいデース」

「ははあ、なるほど」

 

 提督と元帥は親の関係で旧知の仲だそうだが、なるほど提督の性格をよく知っていらっしゃると霧島は内心感心していた。

 おそらく今回取材として受けさせていなかったならあの提督のことだ、おそらく『自分が出ても迷惑になるだけだから』とか言って断っていただろう。

 

「それじゃあ心の準備はイイ? 言っとくけどこの雑誌の破壊力はフラグシップ並だからネ」

「了解です」

「は、はい」

 

 初めてこの雑誌を開いたとき、興奮で鼻血が止まらなくなったことを思い出しながら金剛は榛名と霧島に予防線を張る。

 霧島も榛名も姉の忠告にぐっと下腹に力を込めながら真剣な表情で頷きを返している。

 心なしか、出撃時よりも真剣な顔をしているような気がするが、誰も指摘するものはいない。

 

 が、そんな金剛による予防線も空しく、一枚目に載っていた幼少期の提督の姿を見た瞬間二人の理性は弾け飛んだ。

 

「こ、これはいけませんお姉さま! 至急カラーコピーの準備を!」

「か、可愛いです! 提督可愛いすぎです!」

「だから言ったデショ。気持ちは分かるけど二人とも落ち着くネー」

 

 今にも雑誌を持ったまま下町の印刷所に走り出しそうな霧島と榛名を諌めつつ、金剛自身その衝撃的とも言える破壊力に思わず顔がニヤけてくる。ちなみに写真は提督の母親が快く提供したらしい。

 そんな提督の成長記録を三人でにやにやしながら読み進めていき、高校生ぐらいになったところでまたしても二人は理性という名の心の枷を放り投げていく。今回は金剛すらも一緒に。

 

「な、なんでしょう。この凛々しいながらも幼さを残す司令の顔を見ていたら興奮が」

「こんな提督を見ることができる日が来るなんて! 榛名感激です!」

「何度見てもカッコいいデース! この少し困ったような目元なんて……ホント堪りまセーン!」

 

 当の本人が聞いたら困惑で倒れてしまうであろう言葉を並べながら、三人は雑誌を読み進めていく。

 途中興奮のあまり霧島のメガネが割れそうになったり、榛名が熱でもあるかのように顔を真っ赤に染めたり、金剛が新婚旅行の計画を立てはじめたりしたが。

 

「あれ? 金剛姉さまこれは?」

「袋とじになっていますね」

「それは付録みたいネー。折角だから二人と一緒にと思ってまだ開けてまセーン」

 

 雑誌の途中に挟まっていた薄い封筒のようなものに目を移しながら、三人は期待に胸を膨らませる。

 付録だというぐらいなのだからきっと素晴らしいものが入っているのだろうと。

 

(もしや司令が使い古した万年筆とかが)

(提督愛用のハンカチとかでしょうか)

(ケッコンユビワに違いありまセーン!)

 

 各々が様々な想像と妄想を綯交ぜにした思考に囚われながら、金剛がゆっくりと封を切っていく。

 そうして現れたそれのあまりの衝撃に三人は一瞬意識を失った。

 

「こ、この写真の提督……なんて自然な笑顔なの!?」

「こんな提督の表情見たことありません。……榛名凄くこの写真欲しいです」

「……」

 

 未だ意識を取り戻さない金剛を起こしながら、霧島と榛名は改めて出てきた提督の写真を眺める。

 場所はどこかの海辺だろうか、近寄ってきた猫を優しく撫でながら微笑している提督の写真が付録には入っていた。

 

「……あまりの衝撃に気を失ってしまいマシタ。この写真は家宝にするデース」

「金剛姉さま。後で印刷所へ行きましょう」

「あの、は、榛名にもその」

「その気持ち、痛いほど分かるのでオーケーデース。でも他の子には内緒だヨ」

 

 普通だったら断ることでも、姉の金剛はあっさりと首を縦に振ってくれる。

 いつも自分の気持ちを前面に押し出す金剛であるが、その実周りの気持ちを汲み取り、配慮できるその懐の大きさを持っているため彼女を慕う人は多い。

 

「ありがとうございます姉さま」

「ありがとうございますお姉さま」

「他でもない妹たちのお願いデース。断るなんてありえまセーン」

 

 心の底からそう思っているであろう姉の表情に感謝しながら、いつのまにか最後となっていたページを捲り、そこに載っていた最後のインタビューへの提督の答えを読む。

 

 Q、最後に自身の鎮守府の艦娘の子に一言お願いします。

 

 提督:……あまり話すのが得意ではないため伝わるか分からないが、私は君たちに出会えて本当に良かったと思っている。いつの日かこの海に平和が戻ってきたときに、一人たりとも欠けずに笑ってそれぞれの道を歩いていけるようこれからも全力を尽くしていこうと思う。その時まで改めてよろしく頼む。

 

「……」

「……」

「……」

「なんだか司令らしすぎて力が抜けてしまいました」

「本当に優しい人です。本当に」

「なんだか読んでいたら俄然やる気が出てきたヨー! 榛名、霧島! 印刷所まで走っていくデース」

「え? ちょま! 待ってください姉さま!」

「はい! 榛名は大丈夫です!」

 

 自分の言葉に焦りながらも楽しそうについてくる妹たちを太陽のような笑顔で見守りながら金剛は駆けだしていく。

 時折窓から優しく吹き込んでくる風に背中を押されながら。

 

 

 

 後日、噂の雑誌を一目見ようと金剛の部屋に長蛇の列ができたのは別のお話。




 提督不在……だと!?

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