口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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第十四話 青葉と取材

 

「突然ですが皆さん、司令官の情報に興味ありませんか?」

 

 鎮守府二階の東側、そこに立ち並ぶ部屋の一室で衣笠と古鷹は『また始まった』と怪訝な顔と訝しげな視線を声の主に送る。

 

「青葉、あんたまた変なこと考えてるでしょ」

「いやいやこれはれっきとした取材ですよ!」

「それで、提督の情報がどうしたの?」

「おやおや古鷹さんは興味深々みたいですねえ」

「そ、そういうわけじゃないけど」

「で、今回は何を企んでるの?」

 

 相変わらず表情と言葉に感情がでやすい古鷹が青葉にいじられるのを見ながら、衣笠が続きを促す。

 表向きには特に興味なさそうに振る舞っている衣笠だが、内心は内容を聞きたくてうずうずしていた。それでも表情を普段通りに保つ辺り、流石は青葉の妹である。

 

「いや、実は昨日駄目元で司令官に取材のお願いに行ったらオッケーもらえてしまいまして」

「いつもは断られるのにね」

「それは青葉の日頃の行いのせいでしょ」

「きょーしゅくです!」

「褒めてないわよ!」

「提督にはなんてお願いしたの?」

「夕張さんにもらった他の鎮守府での提督と艦娘のコミュニケーションの平均時間を載せた紙を見せながらお願いしたら一発でした」

「うわあ」

「……外道ね」

 

 胸を張りながら戦果を自慢してくる青葉に若干衣笠と古鷹は顔を引き攣らせる。密かに提督が気にしているところを突いていく辺り、取材のためなら手段を選ばないという周囲の評価も頷ける

 

「ですが、断られると思っていたので、青葉取材内容を何も考えてなかったのです!」

「なんで得意げなのよ」

「まま! そこはおいといて、いい機会なので我々が気になっていることをどーんと司令官に聞いてみちゃおうと青葉は考えたわけです!」

「それが提督の情報?」

「二人は聞いてみたくありませんか?」

 

 青葉の問いに二人の視線が重なる。お互い頬が赤く染まっているように見えるのは部屋が暑いだけが理由ではなさそうだ。

 

(どうしよう凄く気になる)

(でも青葉の前でそれを認めるのはなぜか凄く危ない気がするわ)

 

「お二人ともその顔は凄く気になっていますね」

『あ、あう……』

 

 羞恥のあまり真っ赤になる二人を横目に、青葉が取材場所と時刻を書いた紙に加え『質問内容』と小さく書かれた余白の大きい用紙を手渡してくる。

 

「なんで私たちにも取材場所と時間が必要なの?」

「今回は題材が題材なので気になる方も多いと思いまして、生放送でお送りしたいと思います」

「え? それって大丈夫なの? 提督帰っちゃうんじゃ」

「そこは青葉に任せてください。既に手は打ってあります」

「こっちの紙は?」

「折角なので今回の取材内容は皆さんから事前に集めた司令官への熱い質問を青葉が選んで聞いてみようと考えてます! だから二人もこの機会に気になってたことをどしどし書いて下さい!」

「質問者の名前は出るの?」

「ご安心を! 全て匿名でやらせてもらいます! あと生放送の件は司令官には話していませんのでくれぐれも内密にお願いします」

 

 いつの間にか、ノリノリになってしまっている衣笠と古鷹の質問に答えながら、今回は良い記事が書けそうですと青葉は内心怪しい笑みを浮かべていた。

 

 その後、この青葉の悪巧みとも言える取材話は瞬く間に鎮守府中に知れ渡り、取材前日までに届いた提督への質問内容を書いた用紙は千枚を軽く超えたという。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ささ! 司令官、こちらの椅子にどうぞ」

「む……うむ」

 

 取材日当日、青葉に手をひかれ鎮守府の西側にある一室に提督は通される。その表情はまるで大学受験を明日に控えた学生のように険しい表情をしていた。

 

「司令官、そんなに固くならなくても大丈夫ですよ! それにここには私しかいませんので安心して暴露……じゃない質問に答えてくださいな」

「ぬ……お手柔らかに頼む」

 

 言いながら、青葉は四方に見える横長の大きな鏡を見ながら《その向こう側》に誰も映っていないことを確認し、ニヤリと口角を上げる。

 

(流石は妖精さん。完璧な仕事です)

 

「あーあーこちら青葉。皆さん聞こえますか?」

「こちらAブロック加賀、視界音声共に良好よ。問題ないわ」

「はいはーい。Bブロック愛宕。問題ないわ~」

「し、Cブロック大鳳です。よく聞こえてます」

「Dブロック雷よ! 問題ないわ!」

 

 こちらの問いかけに、頭から耳にかけて取り付けているヘッドセットから明瞭な答えが返ってくる。

 どうやら全て上手くいったようで、そのことに青葉はほっと安堵の息を吐いた。

 

 結論から言うと、この四方の鏡の周囲にはもう一つ部屋があり、そこに艦娘たちが大勢待機していたのである。もちろんその事実を提督は知らないが。

 ある者は胸に期待を膨らませ、ある者は自分の質問内容を何回も読み返してはにやけながら行儀よく並べられた椅子に座っている。前方には青葉と提督の姿がはっきりと映っている。

 これは青葉が今日の取材を成功させるために仕掛けた策のうちの一つで、実はこの四方の鏡、全て妖精さんによりマジックミラーへとすり替えられていた。

 

「それにしても青葉の取材に掛ける意気込みは相変わらずだな」

「ふふふ、そうね。まさか部屋ごと改造しちゃうなんてね。しかも全部自費だし」

 

 流石に少し呆れた表情で長門と陸奥がお互いに苦笑を交えている。

 実は今回の取材に掛かっている費用は全て青葉持ちで、その額は結構なものとなっている。

 

「いいですか皆さん。くれぐれも興奮してこちらに突撃なんてことはないようにお願いしますよ」

 

 提督の返答次第では、暴動が起こることは十分にありえる。そのために事前の忠告は念入りに行っておく。

 更に、興奮のあまり意識を失ってしまった艦娘用に後方で妖精さんが担架を用意してくれている。これで警備も万全だ。

 

「さて、時間も限られていることですし始めていきましょう!」

 

 この日のために口を動かさずに言葉を発する練習を積み重ねてきたおかげか、提督に怪しまれている様子はない。

 耳元で待ってましたと言わんばかりの大歓声を聞きつつ『取材用です』と言って改造したヘッドセットを提督に手渡す。

 そうして青葉は高鳴る胸の動悸を抑えつつ取材を開始した。

 

「それでは改めまして司令官。今日は青葉の取材に付き合ってもらっちゃって恐縮です!」

「気にしないでくれ。私も随分と断ってきてしまったからな。そのお詫びではないが今日は誠心誠意可能な範囲で応えさせてもらおう」

「ありがとうございます! 今回の取材は事前に大本営にて纏められた一般の方々の提督への質問内容を青葉がランダムに選んで答えていただこうといった趣旨のものです」

「私などに質問など来ない気がするのだが」

「それは気付いていないだけで、意外と一般の方からも人気ですよ司令官」

 

 実際にはここの鎮守府の艦娘から集めた質問だが、例の雑誌のおかげで提督の認知度が上がっているのであながち間違ってもいない。

 ごそごそと上部に穴の開いた箱から紙を取り出しながら、青葉はそんなことを考える。

 

「それでは記念すべき第一の質問いってみましょー! これはこれは初めにはしては最適な質問が来ましたよ!」

 

『Q1 提督の好きな食べ物はなんですか?』

 

「むう、いくつかあるが」

「特に好きなものでお願いします」

「……最近では鳳翔の作るサバの味噌煮が凄く私の口に合っているように感じるな。身も柔らかく濃すぎない味噌の風味が鳳翔の気遣いを感じるようで私は好きだ」

 

「……流石は鳳翔さん」

「私も負けていられないわね」

「ふむふむ提督はサバの味噌煮が好きと」

「私も卵焼き以外の料理練習しないとなあ」

 

 提督の答えに早速部屋中がざわざわと騒がしくなる。

 その片隅で『あらあら、なんだか恥ずかしいですね。でも嬉しいです』と鳳翔は頬に手を当てながら熱くなった顔を恥ずかしげに覆っていた。その少し潤んだ瞳はしっかりと提督を捉えながら。

 

「流石は鳳翔さんと言ったところですかねー。さて次にまいりましょー。おやこれまた可愛らしい質問ですねえ」

 

『Q2 提督の好きな動物はなんですか?』

 

「動物、か」

「ちなみに動物を飼われたことはありますか?」

「いや、飼っていたことはないが……そうだな、猫は好きだな。見ていて和む。それにあの自由気ままな生き方に惹かれる部分もある」

 

「……ふっ」

「多摩、その勝ち誇ったような顔はなんだクマ? なんか無性に腹立つクマ」

「多摩じゃないにゃ、猫にゃ」

「意味分からんけどむかつくから早くなんとかするクマ、木曾」

「だから何で俺なんだよ!?」

「猫……弥生も好き……です」

「うーちゃんも好きだぴょん! 今度司令官と一緒に猫見に行くぴょん!」

「……うん」

 

 ウサギじゃないんだという疑惑の声とは裏腹に弥生と卯月が楽しそうに次の休日の計画を立てていく。

 その横で木曾が荒ぶる多摩と球磨に新手の末っ子いじめを受けていた。

 

「青葉も猫は大好きです! さてさて次の質問はっと……これはなかなか気になる質問が出てきましたよ!」

 

『Q3 提督は女性の髪型で好きな髪形とかはありますか?』

 

「ぬ……それぞれ個人の自由だと思うのだが」

「その中でもしいて言えばでお願いします」

「むう……こう言ってはあれだが青葉君のように後ろで束ねられた髪形は快活で清潔感があり良いと……思う」

「あ、え!? あ、その……あ、ありがとうございます」

 

「……敷波ちゃん嬉しそうだね」

「な、何言ってんのさ! 綾波だってにやけてるじゃん!」

「ンー、なんだかこの部屋暑いネー。髪が邪魔だから仕方なく後ろで括るデース」

「ち、違うのじゃ! これはたまたま片方の髪留めが切れただけ仕方なくで! 止めろ筑摩、そんな顔で姉を見るでない!」

「赤城さんも括ってみたら似合うのではなくて?」

「わ、私はその……後で」

 

 気付けばほぼ全員がすっとどこからか髪留めを取り出し髪をいじり始める。逆に普段から髪を括っている子たちは満面の笑みで嬉しそうに騒いでいる。

 

「はーいきなりで動揺してしまいました。青葉、顔が熱いです。ではどんどん行きましょー」

 

『Q4 提督は気の強い女性はどう思いますか?』

 

「あ、大井っちの質問だー」

「ききき、北上さん!?」

「え? あれ大井さんの……」

「あれ大井が……?」

「本当にあの大井が……?」

「見てんじゃないわよ!」

 

「どう、と言われても困るのだが」

「まあまあ、感じていることを素直に言っちゃって大丈夫ですよ!」

「……私は見ての通りこのような性格なためそう言った女性に憧れる気持ちは少なからずある。そんな女性に隣に立っていてもらえるのは……正直心強いと感じる」

 

「……良かったね、霞」

「は、はあ!? 急に何言ってんの馬鹿じゃないの!?」

「曙ちゃん、嬉しそうだね」

「な、何言ってんのよ潮! 嬉しくなんか……このクソ提督!」

「あらあらうふふ、満潮ったら嬉しそうな顔しちゃって」

「な、なにそれ意味わかんない! ……き、嫌いじゃないけど」

 

 きつめの言葉を口に出しながら、それでも緩んでしまう頬を必死に隠しているそれぞれの姿を見て、霰、潮、荒潮の三人はほくほくとした表情をしている。

 隣では妖精さんが齧っていた砂糖を盛大に吐いていた

 

「流石は司令官、心が広いですねー。おや……これは!?」

 

『Q5 提督はやっぱり胸の大きな女性の方が好みですか?」

 

 青葉が読み上げるのと同時に、一部の少女達の瞳のハイライトが消えうせる。

 その状況下のなか、匿名で本当によかったと大鳳は自分の胸を周囲に気付かれないようにほっと撫で下ろしていた。

 

「な、なんだか質問内容に偏りが見られる気がするのだが」

「いやいや気のせいですよ気のせい! この際ですのでばっと打ち明けちゃってください!」

「ぬ……う。……私からしてみればそのような身体的な特徴よりもその人の心や振る舞いが大切だと思っている」

「ふむふむ。では司令官は小さくてもイケる、とそういうことですかね?」

「そ、その言い方には語弊があるのだが」

 

「なんだか嬉しそうね瑞鶴」

「しょ、翔鶴姉!? う、嬉しくなんかない……こともないかも」

「ちょ、ちょっと隼鷹、龍驤が無言で涙を流してて怖いからなんとかしてよ」

「いやー流石のあたしもあれはちょっと無理かなー。飛鷹あとは頼んだ」

 

 今まで生きててよかったといったような表情で涙を流す龍驤には誰も触れず、身体的に一部が控えめな艦娘の士気が急上昇し、終いにはキラキラし始めている。

 そんな状況を耳で感じながら青葉は胸の動悸を抑えつつ口を開く。

 

「……ちなみに青葉くらいのは司令官的にはどうかなーなんて」

「む? すまない聞こえなかった。もう一度頼む」

「あ、あはは! なんでもないです次いっちゃいましょー!」

 

『Q6 提督には結婚願望はありますか?』

 

「これは……難しい質問だな」

「なんだか意外ですね! 司令官はあまり結婚には興味ないように感じてましたけど」

「昔、まだ海軍学校にいたころはそうだったのだがな。今はたまに会う父と母を見て、家庭を持つのも悪くはないのかもしれないと思うようにはなった」

 

 まあそれもこの海に平和が戻ってからの話だろうが、と付け加える提督を見つめる少女達の瞳には大小あれど期待に満ちた色合いが多分に混ざっていた。

 

(私もいつか提督といっしょにあの店を……なんて過ぎた願いですね)

(これはチャンスデース! テイトクのハートを掴むのはワタシデース)

(私も頑張れば、いつか提督の一番になれるでしょうか)

(提督と結婚か……って僕は何を考えているんだ)

 

 各々が自分の想いと向き合いつつ、その答えが出るのは随分先になるであろうことに溜息をつきながら、それでも少しは積極的になってもいいのかもしれないと顔を上げる。

 せめて自分にだけは正直にいようと。

 

 その後もテンションの上がった青葉の機関銃のような質問の嵐のせいで、提督が解放されたのは取材が始まって五時間後のことだった。

 翌日以降、どういうわけか全員がキラキラ状態になっていたことに提督は驚いたが、その理由はいくら考えても分からなかった。




 これ以上は今の私では無理でした。スマヌ……スマヌ。
 またいずれ番外編等でこのネタはやろうと思うので今回はこの辺で勘弁してつかあさい。
 神よ私に文を纏める力を下さい。

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