「よっしゃ! 狙い通り! 作戦成功!」
「漣ちゃん前見て前! 報告書見ながら走ってたら危ないよ!」
満潮が明石の店で頭を悩ませているのと同時刻、同じく店に続く西側通路を全力で掛ける少女が四人。その手にはもれなく報告書が握られている。
「それにしてもよくあんなのでクソ提督が報告書四人分も出したわね」
「提督はまめだから、ちゃんと判子まで押してくれる」
「一番目の朧は良かったかもしれないけど、四番目の私はかなり司令室に入りづらかったのよ!」
「でも曙、ちゃっかり提督に頭撫でられてたね」
「あ、あれはあのクソ提督が勝手に」
走りながらわいわいと騒いでいる曙と朧を見ながら、よく疲れないなあと潮は心の中で感心する。隣では漣が何かよく分からない言葉を呟きながら不思議な踊りみたいな走り方をしていたがいつものことなのでそっとしておく。
朝から第七駆逐隊のテンションは最高潮だ。
「それにしても漣ちゃん、提督宛てのお手紙を四回に分けて届けにいくなんてよく思いついたね」
「ふふふ、ご主人様のことなら漣にお任せあれ! ご主人様なら漣たちの厚意を絶対に無碍にはしないからね!」
「でも提督、連続で手紙を届けに来る朧達を不思議そうに見てたよ」
「私の時なんて『どうしたのだ? 喧嘩でもしたのか?』とか言ってくるんだからかなり焦ったわよ。ホント漣の作戦は碌なものがないわね」
「んん~? じゃあボノはその報告書いらないんですかね~? ほいっ!」
「い、いるに決まってるじゃない! 引き受けた仕事は最後まで責任を持つのが……って奪おうとすんな!」
噂を聞いた漣の作戦で朝から提督に手紙を届け、報告書に印をもらった四人だがその方法は他の子から見れば少々強引であると言えた。
それもそのはず、毎朝提督に送られてくる様々な手紙や梱包物を四人で分けてそれぞれが持って行っただけなのだから。
「これもしばれたら絶対やばいよね」
「とにかくこれでご主人様のグッズはモロタも同然! くう~! 早起きして郵便屋さんを待った甲斐があったってもんだよ!」
「確かにこの時間なら売り切れてることもないはず……たぶん」
「…………」
「前回は欲しいものが売り切れていて三日間落ち込んでいた曙さん、今の気持ちをどうぞ」
「死ね」
「あいたー! ツンデレご馳走様です!」
「あはは、漣ちゃんいつにも増してハイテンションだね」
「でもその気持ち凄く分かる」
『もしかしたら今回は一番かもね』『ご主人様とのツーショット写真に期待、wktk!』などと各々が期待に胸を膨らませながら、足を急がせる。
だが、司令室から明石の店までの道中、何回目かの曲がり角を曲がったところで四人の視界に突然一人の人影が飛び込んできた。
「げえ!? こ、金剛さん!?」
「嘘!? 金剛さん今日は確か第一艦隊旗艦で午後から出撃予定のはずじゃ!?」
右手に一枚の紙を握りしめながら、一心不乱に全力疾走をしながらどこかへ向かう金剛を視界に捉え、四人が狼狽する。どうやら金剛はまだ彼女たちに気付いていないらしいが。
「……あ」
「どうしたの朧ちゃん?」
「そういえば今朝、金剛さんが町の方向に出かけて行ったのを見たような」
「……はっ!? もしや週一回の生活用品の買い出しか!?」
「くっ……やられたわね。そんな方法があったなんて」
「どうする? 撃つ?」
「気持ちは分かるけど落ち着きなさい朧」
「ボーロって普段常識人っぽいのにたまに壊れるよね」
「あはは」
『そんなこと言っている場合か』と曙に叱られながら、漣は心の中で焦りを必死で抑えていた。
なぜならば相手はあの金剛なのだ。お一人様三点までという制約なんて彼女の前ではあってないようなもの、下手したら一人で全ての商品を抱えて走り去って行ってしまうかもしれないのだ。
(このままでは漣のご主人様に囲まれて常時キラキラ計画が崩れてしまう!)
実際には金剛がそんな非人道的なまねをしたことは一度もないのだが、絶賛動揺の渦中真っ只中の今の第七駆逐隊の思考回路に正常という言葉などは微塵も存在しない。
それどころか、もはや金剛を見る目が深海棲艦を見るそれと同じである。
「くっこのままじゃ! 誰かいい案持ってない!?」
「えっと、金剛さんとお話して一緒に行くのはどうかな」
「却下、そんな悠長な時間はないわ!」
「Ktkr! ボノが金剛さんを抑えてる間に漣たちがあいたー!」
「殴るわよ!」
「もう殴られてるんですけど!?」
「やっぱり撃つ?」
「潮! 朧が撃っちゃわないように抑えてて!」
お互いがお互いの意見をぶつけ合いながらも走ることは止めない四人を置いて、金剛は真っ直ぐに明石の店へと向かっていた。
商品購入の権利は明石に報告書を渡した順に与えられるため、店に到着してしまえばそれでお終いである。
その事実が四人を更なる混乱の渦へと誘っていく。
「誰か少しでも金剛さんの足止めできるようなもの持ってない!?」
「ないね」
「ないよ」
「即答って少しは探す努力をしなさいよ! 潮は!?」
「え、えと、昨日の内に買っておいた石鹸ならあるけど」
言いながら潮はスカートのポケットから可愛らしいうさぎが袋に描かれた石鹸を見せてくる。
石鹸なんて何に使えばいいのよ、と曙が頭を抱えそうになる前に『それ使える』と朧が封を破り、中身を取り出す。
そうして狙いを定め『ここっ!』という言葉と共に前方へと石鹸を思い切り滑らせる。
丁度、最後の曲がり角を曲がろうとした金剛の軸足を目掛けて。
「ホワイッ!? ななななんですカ!? 身体が勝手に滑って……待つデース! そっちじゃないデース! 誰かヘルプミー!」
自分の意志とは裏腹に真っ直ぐひたすら真っ直ぐ滑って行く金剛を確認し、四人は一斉に今の内だと明石の店へと雪崩込んでいく。
鎮守府の朝に漣の歓喜の絶叫が響いたのはその五分後だったという。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふー。ようやく少し落ち着きましたね」
「どとうのれんぞくでした」
「まさかごぜんちゅうではんぶんなくなるとは、ていとくさんのにんきにだつぼうです」
「それよりなにくわぬかおでながとさんが『とくだい』のにんぎょうをかってかえってましたですはい」
「でも午後はもっと大変だから、気合入れて頑張りましょうね妖精さん!」
「これよりさらにうえが?」
「あなおそろし」
午前中の営業で既に疲労困憊の妖精さんを労りながら、明石は既に半分ほど空になったダンボールを眺める。
予測していた通り、満潮さんが来てから雪崩のように他の子たちが司令官グッズ目当てに訪れてきたため、一息つく暇もなくお昼の時間を過ぎてしまった。
(金剛さんが小破状態でやってきたときは流石に驚きましたけど、お目当てのモノ(司令官パネル)が買えてたみたいなのでいいとしますか)
一体ここに来るまでに何があったというのか、あまり考えたくはないことに表情を引き攣らせていると、視界にちらりと人影が映る。
どうにもこちらを気にしているようだが、近づいてくる気配がない。
「お買いものですか、赤城さん」
「!? あ、えと……お願いします」
仕方がないのでこちらから声を掛けてみると、おっかなびっくりといった様子で赤城が姿を現してきた。その右手にしっかりと握られた報告書を受け取り、代わりに裏メニューを手渡しながら明石は赤城に言葉を続ける。
「赤城さんもそんなに遠慮なんかしないでもっと早く堂々と来て下さいよ」
「そんな、私なんかが他の方を差し置いて提督のグッズを買うなんて」
「でも毎回来てくれてますよね」
「そ、それはその……はい」
耳まで真っ赤にしながらメニューボードで顔を隠してしまう赤城を見ながら、少しからかいすぎたかなと明石は反省する。
だが、それでも愛おしそうに提督の写真を見つめながら、控えめに一枚の写真を注文してくれる赤城の姿に元気を貰いながら明石は午後の修羅場へと身を投じていく。
「ぽい~! 提督さんの写真どれもかっこよくて迷うっぽい~」
「そうだね。でも僕は今回は写真は遠慮しておこうかな」
「ぽい? いっつも買ってたのになんか怪しい! 時雨、何か隠してるっぽい!」
「そ、そうかな? 何も隠してなんかないけど」
「なんで目逸らすっぽい!? 大人しく吐きなさい~」
「あ! や、やめてよ夕立! そ、そんなところ触らないで……ひゃあ」
「ん~、やっぱ提督のお守は外せないな~って日向、あなた同じもの三つも抱えてどうするつもり?」
「いや、この提督人形の手触りが思いの外良くてな。伊勢も一つどうだ」
「確かに惹かれるものはあるけど、三つも買う必要はないんじゃない? それに日向のベッドの周り瑞雲で埋もれてるから更に足の踏み場がなくなっちゃうよ」
「まあ、そうなるな」
「……掃除をしなさい」
「ふわあぁ、あの司令官のお人形可愛くておっきいね~。……あうう~お金が足りない」
「おい皐月、お前今いくら持ってる?」
「ちょっと待ってね長月。えと、うんボクはまだ余裕あるから大丈夫だよ」
「そうか、菊月はどうだ?」
「私は……うむ、問題ない」
「よし、今から少し私は我が儘を言うが、借りた分は必ず返す。だから……」
「もー何言ってんのさ長月。来週の文月の着任一周年記念にあの特大の司令官人形プレゼントするんでしょ? 一人でかっこつけてないでボクらにも手伝わせてよ」
「そうだ、皐月の言うとおりだ」
「お前ら……ありがとう」
「あれー雪風ー。もしかしてしれーのタペストリー部屋に貼るのー?」
「はい! しれえとってもカッコいいです! これで雪風たちの部屋もカッコよくなります!」
「ほうほういいねいいね! じゃあ時津風も買っちゃおうかな!」
「流石時津風です! これでしれえといつでも一緒です!」
「見て見て大井っちー。このキーホルダー提督にそっくりだよ。記念に買わない?」
「き、北上さんが言うなら……買います」
「いやーでも間に合ってよかったねー。これも全部大井っちが資材を高速で運んでくれたおかげだよー」
「私は別に、北上さんのために早く鎮守府に帰って甘いものでも一緒に食べようかなって」
「それでもありがとねー大井っちー」
「……はい」
「いひひっ! やったのね提督の抱き枕カバー買えたのね! あ~この提督に包まれているかのような感覚が最高なのね~」
「ちょ、ちょっとイク。恥ずかしいから止めてよね」
「まったくイクは周りの迷惑を考えないから駄目でち」
「……同感です」
「イクと同じようにしっかりと同じもの抱えてる三人に言われたくはないの」
『!?』
「わっ、見てよ飛龍。誰かこんなこと提督に言われたことあるみたい。羨ましいなあ」
「そっちもいいけどこっちも凄くない蒼龍? あーあ、私ももっと活躍しないとなー」
「うわー、こんなこと言われたら私倒れるかも」
「……私も艦爆をはみ出せばあるいは」
「え? 何か言った飛龍?」
「な、何も言ってないよ」
「ねえ加古。この目覚まし時計、提督が私の名前呼びながら朝起こしてくれるんだって」
「へえーすごいじゃん古鷹。じゃあおやすみ」
「ああ! こんなところで寝ないでよ加古! そ、そうだこんなときにこれを!」
『おはよう……古鷹』※青葉厳選提督生ボイス
「…………あふあ」
「お、おい! 急に加古と古鷹が倒れたぞ!」
午前から更に勢いを増す人の流れに若干妖精さんが目を回しながらも、なんとか明石はほぼ全ての在庫をわずか半日で消化させることに成功した。
加賀が提督の休日の写真と人形、更にお守りを買っていったのを最後に誰もいなくなった店の周りを見て思わずその場に座り込む。
「はあー、今回は今までで一番忙しかったですね」
「…………み、みず」
「さんそが……たりない」
「…………」
もはや虫の息と言ってもおかしくはない妖精さんたちに感謝の言葉を伝えながら、疲れた身体に鞭を打って店の中を片付けていく。売上は過去最高クラスになっているはずだ。
今日は少し早いが、これで店じまいにして妖精さんたちと間宮さんのところにでも行こうか。
そんなことをぼんやりと考えていた明石の前に、一人のよく見知った女性が現れる。
「……鳳翔さん」
「こんにちわ明石さん」
穏やかな微笑を携えながら声を掛けてくる鳳翔に明石は一気に肩の力が抜けていくのを感じる。
鳳翔とは同じ店を営んでいるもの同士、共通する部分が多く一緒にいて楽な相手だと感じており、こうやって店を訪れてくれることにも強く感謝している。もちろん明石もよく鳳翔の店にお邪魔しているのだが。
その訪れた鳳翔の左手には控えめに報告書らしき紙が握られていた。
「すいません鳳翔さん。もうほとんど売り切れてしまっていて」
「あらあらそんなに悲しそうな顔をしないでください。こんな時間に来ているのは私ですから」
「……鳳翔さんなら毎日店を開けるための報告を朝一番に提督に行っているのですから、もっと早くにこれるはずなのにどうして」
明石の言葉に少し困ったような表情を浮かべながら、鳳翔はそれでも大丈夫といった表情で言葉を紡ぐ、
「あの人にはそれ以上のものを貰っていますから。これ以上何かを求めるのは贅沢になってしまいます」
「……鳳翔さん」
自分もいつかこんな風に思える日がくるのだろうか、と明石は少し複雑な気持ちになりながらふと下ろした視線の先に一つのモノを見つけ、鳳翔へと差し出す。
「これ、最後に残ってた八番の商品です。よければどうぞ」
「あらあら、これは本当に……素敵なものですね」
明石から手渡されたそれを見て、鳳翔の瞳が軽く揺れる。
この中には、私の知らないあの人のことがたくさん載っているのでしょうね、と年甲斐もなく胸を高鳴らせてしまっている自分をおかしく思いながら明石に代金を支払う。
最後にもう一度お辞儀を返してくる鳳翔を見送りながら、明石は小さく『よし』と声を出す。
「私ももっと頑張らないといけませんね!」
今日の自分の働きに満足しつつ、明日は今日よりも更にいい笑顔でみんなを迎えられるように。
そう決意しながら明石は後片付けを再開していく。
店を任されたあの日の表情と同じ笑顔のままで。
ちなみに後日、第七駆逐隊は菓子折りを持って金剛に謝りに行った模様。