口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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番外編 龍の帰還 其の二

 穏やかな気候に、穏やかな水面。

 頭上では時折吹きすさぶ潮風の助けを借りるように、カモメがゆったりと空の波に揺られている。まるで小春日和、そんな形容が良く似合う海上に少女が二人。

 夕立と時雨。彼女たちは現在鎮守府正面海域の警備担当の任に就いているところだった。

 

「…………」

「…………」

 

 片やふてくされたような、片や苦笑じみた表情の二人の視線の先には見慣れた鎮守府が。中では今日の一大イベントの準備がさぞ盛大に行われているようで、正面玄関では先ほどから慌ただしく入れ代わり立ち代わり誰かが出入りしている姿が見て取れる。

 仕事にもイベント毎にも常に全力で取り組む鎮守府だ。きっと中はこれ以上ないくらいの活気に満ち溢れていることだろう。

 そう思うと自然と頬が緩む時雨だったが、事現在に至って言えば問題なのはそこではなかった。

 

 先ほどから妙に静かな隣へとさり気なく視線を移してみる。

 

「……ぽい~」

「ゆ、夕立、顔が……」

 

 梅干しみたいになってるよと言いかけてやめた。流石に乙女に対してその表現はどうなんだと、時雨の良心は提督が絡まなければとても模範的なのだ。

 しかしこれはこれで困った事態である。

 

「ねえ夕立、提督と部屋の飾り付け部隊が羨ましいのは分かるけど、ちゃんと前見てないと怪我するよ」

「無理っぽい限界っぽい! 春雨も村雨もずるいっぽい~! 夕立も提督さんと部屋の飾り付け部隊が良かったよ~」

「いやまあ気持ちは分かるけどじゃんけんの結果だからね、仕方ないさ」

 

 なおも服の裾をぎゅっと握りしめながら涙目で唸る夕立に時雨はやれやれと頬を掻いた。

 本心で言えば時雨もできれば提督と一緒にパーティーの準備ができる方が良かった。貴重なのだ、仕事以外で提督と一緒に何かができる機会など早々あるものでもない。

 しかし当然、祭事中と言えど周辺海域の警備を怠ることはできないし、そもそも飾り付け部隊に駆逐艦全員は流石に人員配置が過剰すぎる。

 結果、各隊から半数は飾り付け部隊へ、残りの半数が別の任へという通りすがりの大淀の提案により、過去類を見ない大規模大戦並の気迫の籠ったじゃんけん大会が催されたのだ。なお二人の戦果は推して知るべし。

 

 いかに時雨と言えど負けて悔しい気持ちがなかった訳ではない。だがこればかりは仕方がない。公平公正な勝負の末の結果なのだ。文句のつけようがない。

 どっかの桃色ツインテール駆逐娘のように『三回勝負だから』『あっちむいてホイだから』などと小学生の地団駄のような恥を掻き捨てる蛮勇など持ち合わせてはいない。しかしそれでも負けるのだから神様はちゃんと見ている。

 

「ま、もう少しで交代の時間だからそれまで頑張ろ。ね、夕立」

「……無理っぽい。提督さん成分が枯渇して夕立の生命の危機っぽい。だからちょっときゅうけい~」

「なんなのさその怪しい成分は……もー仕方ないなあ」

 

 ふらふらと左右に揺れながら防波堤の端にべしゃりと倒れ込む夕立の隣に時雨も腰かける。

 そのまま暫くぼーっと穏やかな海を眺める二人。時折どこからか軽快な音楽と共に某アイドル系お団子頭軽巡洋艦の響き渡るような声音が聞こえてくる。

 

「ぽいぽい! 見て見て時雨、球磨さん達みんな同じジャージ着てるっぽい! 北上さんも大井さんもお揃いなんて珍しい~」

「ああ、あれ提督がプレゼントしたらしいよ」

「なーにーそーれー! ズルい羨ましいっぽい~」

 

 防波堤の上で仰向けのままジタバタと羨ましがる夕立。なんとなく気持ちは分かるので、時雨もまあまあと宥める程度で煩わしさなどは一切ない。

 一頻り動いた後、そんな夕立は急にパタリと動くのを止め、代わりに可愛らしい音がお腹の辺りから鳴り響いた。

 

「……お腹空いたっぽい」

「もう一時だもんね。後十分くらいで交代だから、終わったら食堂で何か食べようか」

「……夕立、提督さんが食べたいっぽい」

「そうだね……ってちょちょっと夕立!?」

「間違えたっぽい。提督さんと食べたいっぽい」

「いや、そこ一番間違えたら駄目なやつだから」

 

 一体何を想像したのか少しだけ頬の赤い時雨と、完全に天然で間違えた提督のこと以外何も考えていない夕立。普段性格的に大人びている時雨は周囲から夕立のお目付け役として見られがちだが、実際振り回されているのは時雨の方である。

 しかし提督と食事とは魅力的な提案だが、この鎮守府の様子では不可能に近いだろう。艦娘ならいざ知らず、全体のタイムスケジュールを担っている提督にこの状況で暇があるとは思えない。

 時雨たちだってこの後まだ担当している仕事が残っている。今日に至っては悠長に昼食を楽しんでいる時間はない。

 

「そうと決まれば早く行くっぽい! ちゃんとお仕事してきたって提督さんに褒めてもらうっぽーい!」

「駄目だよ夕立。交代まであと十分あるんだから」

「うえー時雨細かいっぽーい。消灯時間見回り中の霧島さんみたーい」

「僕が細かいんじゃなくて夕立が大雑把すぎなの。そんな事言ってたら後で霧島さんに怒られるよ」

「ぶー時雨だって提督さんに褒めてもらいたいくせにー」

「なんとでも言えばいいよ。僕は提督に頼むってお願いされてるからね。後十分と言えどお仕事を途中で放り出すなんてことは……うん?」

 

 とそこまで言いかけて時雨は言葉を区切った。

 原因はスカートに入れていた携帯が振動した事だった。バイブが二回で切れたということは電話ではない。となれば急用ということでもなく、わざわざメールを入れて来る理由はなんだろうか。

 とりあえず考えても仕方がないので、時雨はおもむろにポケットから携帯を取り出して画面を開くことにした。

 

「漣からメール? 件名は……神チャーハンキタコレ?」

 

 そこにはそんな意味不明な件名と共に、照月と一緒に満面の笑みでチャーハンらしきものを頬張っている漣の姿が。

 しかし時雨にとって何よりも重要だったのはそんな写真でも件名でも無かった。わざとらしく開けられた空白ののち、最後に注釈としてひっそりと書かれていた一文。その文字が時雨の動悸を何倍にも跳ね上がらせた。

 

 

 ※提督の限定手作りチャーハン、試食会中。大大大好評につき、残り僅かダヨー。漣より。

 

 

「…………」

「……時雨? どうしたっぽい? お手紙誰から?」

 

 後ろからは夕立のそんな声。だが最早時雨には何も聞こえていない。見えているのは提督の手作りという魅惑の六文字のみ。

 

「ごめん夕立。僕ちょっと先にお手洗いに……」

「待つっぽい。時雨さっきも途中でお手洗い行ったっぽい」

 

 ぐわしっと肩を掴まれ振り返った先には、それはそれは夕立のとてもとても訝しそうな視線。普段はお気楽ご気楽星人の癖にこういう時だけ鋭くなるのは提督忠犬部隊の一人だからか。

 しかし悲しきかなそれは時雨も同じ。

 さっきまでの凛々しい時雨はどこへやら、あと五分残っている任務も忘れてひたすらそわそわもぞもぞと鎮守府へ視線を泳がせるだけである。

 

 ……ああ、早くしないと提督のチャーハンがっ!

 

 既に時雨の頭はそんな焦燥感でいっぱいだった。流石は提督が絡むと駄目になる艦娘筆頭である。

 

「ごめん夕立!」

「あっ! 時雨待つっぽい! 秘密なんてズルい夕立にも教えるっぽーい!」

 

 もはや我慢の限界とばかりに駆け出す時雨の後を夕立が追いかけていく。

 いつもとは立場が違う、時雨が逃げて夕立が追いかけるという奇妙な光景に、しかし本人たちは脇目も振らず鎮守府へと一目散に駆けていく。

 

 ちなみに途中、交代のために防波堤へと向かっていた響と電がその光景を楽しそうに写メっていたのだが、そんなことを今の二人が知る由もなかった。

 

 

 

 

 また同時刻、鎮守府から少し沖に出た場所では――

 

「釣れましたか赤城さん?」

「いえ、さっぱりです」

 

 何故か赤城と加賀が釣りをしていた。

 ゆらゆらと手漕ぎの小舟に揺られる鎮守府随一の航空戦力を持つ誇り高き一航戦。海人と書かれたTシャツに芋ジャージ、加えて麦わら帽子を加えた姿は正に田舎のおばあちゃんだが気にしてはいけない。

 ちゃぷちゃぷと揺れる波間に釣り糸を垂らす赤城は思う。

 

 どうしてこうなった。

 

「あの、撒き餌中すいません加賀さん」

「なんですか?」

「どうして私たちは釣りをしているのでしょうか?」

 

 本来ならば赤城は今頃厨房担当として間宮たちと作業をしているはずだったのだ。それが今朝急に加賀に呼び出された結果がこれだ。『緊急任務です』と加賀がやたら真剣な表情で言うものだから、慌ててついてきたというのに……これでは暇を持て余した休日のお父さんと変わりないではないか。

 

「? 赤城さん、魚苦手でしたっけ?」

「大好きですけど……ってそうではなくて、鎮守府全体が忙しい中どうして私たちはのんきに釣り糸なんか垂らしているのかって聞いてるんですよ」

 

 きっと今頃厨房全体は火の車となっているに違いない。只でさえ人手不足を気合で乗り切ろうとしていたのだ、一人と言えど人員が減るのは大打撃。だというのに諸悪の根源である加賀は、分かってませんねえとでも言いたげに口の前でちっちっちっと人差し指を振っている。いいから、とりあえず撒き餌を止めて下さい。

 

「赤城さんは思いませんか」

「何がです?」

 

 水面にぷかぷかと浮かぶ撒き餌を眺めながら、適当に相槌を返す。加賀は何処となく真剣な口調だが、だからと言って考えてることまで真剣とは限らない。この人はそういう人なのだ。

 

「今日は鎮守府の仲間が長い任務期間を終えて帰投する大切な日。それを祝うために私たちは提督主導の下こうして額に汗を流して準備しているわけですが」

「傍から見れば休日に家を追い出された定年間際のお父さんですけどね」

「しかし私は思ったのです」

 

 あ、聞いてませんねこの人。

 

「確かに提督の指揮は淀みなく間宮さん考案の料理は素晴らしい。このままでも会は十分に成功するでしょう。ですがそれだけでいいのか、と。受け身ではなく私たち一人一人が二人を祝うために行動することが一番大切なのではないか、と」

「……はあ」

 

 なおも無駄に熱い加賀の演説は続く。

 

「朝食の鮭の切り身をほぐしつつ、間宮さんが考えた今日の祝い事用メニューを眺めながら私は必死に考えました」

「それで?」

「そして思ったのです、新鮮な魚がお腹一杯食べたい、と」

「さ、帰りましょう」

「あ、ちょまっ」

 

 手漕ぎ用のオールを手に有無を言わさず漕ぎ出す赤城。後方では何かが盛大に転んだような音がしたが気にしない。

 ぷかぷかと揺れる船はゆっくりと前進を開始する。

 

 ――? 何か打ちあがるような、これは……?

 

 ふいに、赤城の耳に何かが射出されたような、鈍く乾いた爆発音が届き、思わず空を見上げる。

 が、視界に映るは晴れやかな青と白のコントラストのみで他の遮蔽物は見当たらない。謎の音の答えを得られず、赤城は一人、はてと首を傾げる。

 

 もう一度集中して聞いてみようか、と目を瞑る赤城だったが、直後ぶすくれた加賀に背中からワカメを放り込まれそれどころでは無くなり、結局、音の正体を確かめる事なく二人は鎮守府へと戻っていった。

 

 

 

 

 更に赤城が加賀とワカメの入れ合いをしている丁度その頃、鎮守府の裏の中庭では――

 

「うーん、やっぱりちょっと色味が足りませんかねー」

「そうですか? 私はシンプルで統一感あって良いと思いましたけど」

 

 明石と夕張が夜のイベント用の花火造りに勤しんでいた。二人共つなぎ姿で、手も顔も煤だらけのまま云々と腕を組んで頭を捻っている。年頃の乙女としてその姿はどうなんだと言われそうだが、提督が居るわけでもなく、普段から割と同じような格好なので特に気にする事もない。

 

 少し離れた場所では頭にねじり鉢巻きを巻いた妖精さん達がせっせと玉貼り作業に精を出していた。もごもごと口いっぱいに飴玉を頬張っているあたりに、買収された気配をうかがわせる。

 

「ま、後は調整だけですし、少し休憩しましょうか」

「そうですね」

 

 朝からぶっ続けの作業に一息入れるべく、明石の提案に夕張が頷く。近くに置いてあったクーラーボックスから飲み物を手に取り、蓋に手を掛けつつ木陰へと腰を下ろす二人。

 さらさらと凪いでいく風を頬で受けながら、明石は喉を通して良く冷えた水分が体中を潤していく事を実感する。九月とはいえ、昼時はまだまだ暑さは健在だ。隣では夕張がシャツを団扇代わりに、パタパタと扇いでいる。

 

「あ、提督」

「ひょわぁっ!?」 

「と、思ったけど気の所為でした」

「って……ちょっと、明石さん?」

 

 ちょっとした悪戯心で揶揄ったつもりが、夕張からは恨みを込めたジト目を頂いてしまった。

 まったくもう、と若干赤い顔で呟きながら、せっせとズレたシャツの裾を直している。先ほどまで首元から覗いていた健康的な薄緑色のスポーツブラは、今はもう見えない。

 

「それはそうと、ずっと付きっ切りで手伝って貰っちゃって、夕張さんは予定とか大丈夫でしたか?」

「いえ、全然そんな。何処に手伝いにいけばいいか迷っていたところに声を掛けて貰えてよかったです。わざわざ飲み物まで準備してもらっちゃって」

「ああ、それは私じゃなくて、提督が前もって準備してくれていたものですよ」

「えっ!?」

 

 驚きの言葉を発する夕張に、明石は苦笑気味に笑う。

 

「飲み物だけでなく、そこの花火に使う材料も資材も、妖精さん用のお菓子その他諸々、全て提督が用意してくれたんです」

「ま、まさか自費ですか!?」

「いえ、流石にそこは経費ですが」

 

 明石の言葉に夕張がほっと胸を撫で下ろす。

 先ほどまで割とバカスカ打ち上げていた試作品の材料費が、後から提督の懐から出ていたなんて言われた日には、きっと自分も今の夕張みたいな顔になるに違いない。

 何を大袈裟な、少し考えれば分かる話だろうと言われればそれまでだが、彼には以前、自分への褒章を皆のため大量のスイカに代えるという前科があるため油断ならないのだ。

 

「まあ、二人の帰りを盛大に祝いたいっていう皆の我儘に経費を回してくれている時点で、提督の懐からっていうのは、あながち間違いではないんですけどね」

 

 そしてそれこそが、提督の艦隊運用の在り方でもある、と明石は思っている。

 経費と言えば聞こえはいいが、結局それは提督に与えられた鎮守府運営用の予算であり権利の一つだ。そしてそれは当然、無限に湧き出て来るものではない。

 限られた予算の中で、鎮守府の運営を回さなければならない。

 だがそれは同時に、提督の匙加減一つで全てが決まるという事の裏返しでもあるのだ。

 

 とある鎮守府の提督は予算の大半を私的欲求を満たすために使い込み、別の鎮守府では監査時に使途不明金が大量に発覚し大問題となった。

 金は人を変える。

 その人となりはお金の使い方を見れば分かると言われるのが其の所以だ。それが基地一つを運営する程の大金となると、なおの事。

 

 提督は浪費家ではない。では倹約家かと言われれば、そうでもない。

 勿論無駄にとか、個人的に使うといった話ではなく、使うべきだと判断したところにはしっかりと使う、提督はそういう人だ。 

 別に提督に限らず、そういう人は多いだろう。

 ただ一つ、提督が他と違う要素を上げるとすればそれはきっと――そう、自分たち、艦娘への比重の重さに他ならない。

 国のため、市民のためという大前提は別として、それ以外は全て艦娘の――命を賭して国を守る仲間達のために。

 

 事実、今回の会に関する部下の少女達の、ある意味で我儘ともとれる様々な提案に、提督は二つ返事で了承し、それぞれに予算を充てた。

 決して余っていたわけではない貴重な鎮守府運営の予算を、さも当然であるかの如く、平然と。

 

 ――私としては、もう少し提督自身に目を向けて欲しいんですけど。

 

 だが、それが彼の、他ならない提督が考える艦隊運用の在り方なのだ。

 だとするならば、せめてその想いに応えるべく最高の結果を、とこうして夕張と頭を悩ませられる事も、ある意味ではとても幸せな事なのかもしれない。

 

「こんなことを私が言えた立場ではないのかもしれないけど、提督にはもう少し自分の事を考えて欲しいです」

「……っふふ」

「な、なんで笑うんですか!」

「いえ、やっぱりみんな同じ事想ってるんだなあって」

 

 そのまま、明石は青々と茂る芝生部分にぼすんと身を投げ出した。

 頭上に広がる枝葉の隙間からは、陽光がきらきらと輝いている。ザアァァ――と潮風が木々を揺らしていく葉音が耳に心地よい。

 ふと、隣からもどさっと身を投げる音が聞こえた。

 

 二人して暫し、大自然の息遣いに身をゆだねる。

 

「……今頃、天龍さん達に迎えが出てる頃ですかね」

「……そうですねー」

 

 先ほど、材料を取りに戻った時に玄関先に黒塗りの車が止まっていたので、たぶんそれで間違いない。

 出迎え役の大淀が珍しく化粧をしてたから、軽く揶揄ってやったら恐ろしく冷淡な目で危うく店の予算を大幅カットされかけた。職権乱用とはなんて奴だ。仕返しに、今度隠れて撮った写真を提督に送り付けてやろう。

 

「そういえば、知ってますか明石さん」

「なんですかー?」

「向こうの提督さん、海軍学校時代の提督の後輩だったらしいですよ」

「みたいですね。詳しくは知りませんが、お顔は本営発行の提督目録にも載ってますし、直接大淀から写真を見せて貰った事もあります」

 

 結構前の話だが、写っていたのが前線勤務の提督職としては珍しい年若い女性だったのでよく覚えている。

 口元に浮かべた微笑に、穏やかだが意志の強そうな秘めた瞳を携えた姿から、どことなく提督に似ている雰囲気と印象を当時から受けた。

 綺麗な人だな、と思った。

 後輩というだけあって、それなりに提督とも接点があったのだろうけど――

 

 なんとも微妙な表情で、隣の夕張が呟く。

 

「……美人さんですよね」

「……」

「……週刊提督に載ってる自己紹介文の尊敬する人物欄部分に『軍学校時代の先輩』って書いてるし」

「…………」

「……今回の派遣任務に二人を送ったのも、依頼に対して珍しく提督が自分から志願した結果って噂ですよ」

「………………」

「……もしかしてお二人、良い仲だったりして」

 

 暫しの無言の後、お互いにまっさかーと笑い合って、そして二人して大きな溜め息を吐く。

 他人の恋路を勝手に捏造して妄想して、挙句の果てに辿り着いた結果に勝手に落ち込んでいたら世話も無い。

 

「私たちの持ってる女子力ってなんでしょうね」

「うーん、少なくともこの真っ黒な手と顔の事ではないのは確かですね」

 

 煤だらけの両手を見比べ、夕張と苦笑を交わす。

 お淑やかさや貞淑さとはまるで縁遠い話だ。

 それでも昔、別の場所で汚らしいと疎まれ蔑まれたこの姿も、今となっては揺るぎない自分の誇りだと胸を張って言える。

 

 提督はこの汚れた手を握ってくれるのだ。働き者の、皆を守ってくれる手だと褒めてくれるのだ。

 今はそれで良い。うん、今はそれだけで頑張れる。

 

「……何か嬉しそうですね。何か思い出してたんですか?」

「いえいえ、なんでも」

「ええー、教えてくださいよー」

 

 夕張の追撃を無視して、立ち上がった明石は大きく伸びを一つ。

 たわいもない話でリラックスできたのか、頭も体も不思議なほど軽くなっている。

 

「さて、そろそろ再開しましょうか」

「あ、ちょっと待ってください! もー、今度鳳翔さんの店で飲むときにでも教えてくださいね!」

「はいはい」

 

 後ろから慌てて付いてくる夕張に適当に声を掛ける明石。

 そのままあれこれ話ながら、二人は花火造りの仕事へと戻っていく。

 

 その向かい側、鎮守府正面玄関から敷地外へと続く道路の先では、今まさに一台の黒塗りの車が走り出そうとしていた。

 


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