口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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第二十話 提督の休日 那珂編

「提督! 那珂ちゃんはユニットを組みたいと思います!」

「……ぬ?」

 

 大本営厳命の週一回の休日である今日。

 最近休日の恒例になってきている自室の掃除をしていたら突然那珂が勢いよく部屋に入ってくる。

 元気が良いのはいいが、ノックぐらいはしてほしいものだ。

 

「おはよう那珂。相変わらず元気だな」

「もちろんだよ! アイドルの基本は元気一杯の笑顔だからね!」

 

 手に持っていた雑巾をバケツの端にかけ、手を洗いながら那珂に朝の挨拶をする。その言葉に、那珂はくるっと一回転してポーズを決めながらキラキラした笑顔を返してくる。

 

「それでユニットとは明日の遠征の編成のことか? それなら」

「もー! 違うってば提督! 地方巡業も大切だけどそのお話じゃありません!」

 

 自分なりに彼女の言葉の意図するところを汲んでみたつもりだったのだが間違えてしまったらしく、那珂は両手をぶんぶんと振りながら頬を膨らませてしまった。

 てっきりユニットとは遠征の艦隊編成の事だと思ったのだが。

 

「ユニットって言ったらアイドル活動関係に決まってるじゃん!」

「そ、そうなのか」

「もちろん見せ場は那珂ちゃんのソロだけど、時代が求めているのはユニットかなーって」

「な、なるほど」

 

 急にペラペラと饒舌に語り出してしまった那珂の言葉の意味が分からないことに若干の申し訳なさを感じながら、とりあえず相槌だけでもうっておこうと話を合わせる。

 そんなごまかしが伝わってしまったのか、こちらを見る那珂の表情が徐々に訝しげなものへと変わっていく

 

「……提督、その顔はもしかしなくてもアイドルのことよく分かってないんだね?」

「そ、そんなことは……ない」

「じゃあアイドルってなに?」

「それはアレだろう……そうつまり……車のエンジンをかけたまま駐車するあの」

「それはアイドリング」

「……すまない」

 

 あるはずのない知識で窮地を乗り切れるはずもなく、あっさりと無知が露見してしまう。当然隣の那珂は『そんなんじゃダメだよ!』と怒り顔だ。

 私ももう少しアイドルとやらの勉強をした方がいいのだろうか。

 

「今日はもう予定が入っちゃってるから提督へのアイドル講座は後日になっちゃうけど、それまでにちゃんと予習しといてね!」

「りょ、了解した」

 

 一体どこから取り出したのか、ずいっと那珂から手渡される謎のDVDを受け取りながら後日の約束を取り付けられる。

 DVDのケースには『那珂ちゃんコンサート in 鎮守府』と大きく書かれている……これはやはり見ないと怒られてしまうのだろうか。

 

「と言う訳で今日は那珂ちゃんのユニットメンバーを探しにいきたいと思います」

「そうか、頑張りたまえ」

「もー! 頑張りたまえじゃなくて! 提督は那珂ちゃんのプロデューサーなんだから当然一緒に行くんだよ!」

「わ、私は提督なのだが」

「提督兼プロデューサー! それではレッツゴー!」

 

 いつの間にか二足の草鞋を履いてしまっていたことと、その認識がどこまで広がってしまっているのかということの両方に動揺してしまう。

 まだ掃除の途中なのだが、という小さな抵抗も空しく那珂に腕を引っ張られながら部屋を後にした。

 

 

 

「それで、そのメンバーとやらはどうやって集めるのだね?」

「とりあえず片っ端から出会った子をテストしながら勧誘していこうかな! 今日はみんなオフだから暇な子が一杯いるはず!」

 

 自室から艦娘宿舎やその他の施設へと続く廊下を歩きながら、乗り掛かった船だと暫く那珂に付き合うことにする。

 まあ、特にこれといってやることもなかったためこれはこれでいいコミュニケーションになるだろう。

 

「そんな行き当たりばったりでいいのかね? 何事もメンバー選びは大切だと思うのだが」

「ふふん、那珂ちゃんの審査基準の高さを舐めて貰っちゃ困るよ。いくらこの鎮守府でもそうそう那珂ちゃんのお眼鏡に――あ、加賀さーん」

「む?」

 

 ユニットメンバーとやらの選出に対して持論を語り出した那珂の話に耳を傾けていると、前方に加賀が歩いているのを見つけ即座に那珂が駆け寄っていく。

 まさか、加賀をアイドルとやらに誘うつもりだろうか。

 

「あら? 那珂……と提督。おはようございます」

「ああ、おはよう加賀」

「今日は提督はお休みではなかったかしら。こんなところで何を?」

「いや、少し、な。加賀は朝食か?」

「はい。今日は週に一度の間宮さん特製朝定食の日ですから、ここは譲れません」

 

 いつもは物静かで冷静な加賀だが、朝食へ向かうのが相当楽しみなのか今は少しキラキラしているように見える。

 それにしても今日は週に一度の間宮さん特製朝定食の日だったか。そうとは知らず既に朝食は済ませてしまったのだが、惜しいことをしたな。

 心の隅でそんなことを考えながら、よければ提督もご一緒されますかと誘ってくれる加賀にすまないと断りを入れていると、突如那珂がびしっと加賀を指差して大袈裟なポーズを取り始める。

 

「加賀さん、笑ってみてください」

「……突然何かしら」

「加賀さんの無愛想でクールキャラは需要があるからそこは那珂ちゃん的に合格! あとはアイドルの基本である笑顔! それが何より重要! さあ笑って!」

「何だか凄く失礼な事を言われてる気がするのだけれど。提督、これは何かしら?」

「すまない、何も聞かず少し付き合ってあげてはくれないか」

「……提督がそう仰るなら」

 

 説明しようにも自分自身いまいち理解できていないため、那珂の言葉をそのまま加賀に促すことしかできない。

 それでも加賀は『笑顔はあまり得意ではないのだけれど』と言いながらも、少しだけ頬を染めながら彼女なりの笑顔を形作る。

 その表情を見ながら那珂は――

 

「どんまいだよ加賀さん! 次!」

 

 ――とんでもない感想を言い残しすたすたと歩いていってしまっていた。

 

「…………」

「お、落ち着きたまえ加賀! 無言で艦載機を那珂に向けるのはやめたまえ!」

 

 那珂の言葉に頭にきましたと言わんばかりに、今にも全機発艦してしまいそうな加賀を見て慌てて止めに入る。

 もしあのまま発艦していたら、鎮守府の半分は吹き飛んでいたかもしれない。……那珂よ、その言葉はあまりにあんまりではないだろうか。

 

「提督、この屈辱はどう晴らしたらいいのかしら?」

「……これで次の休みにでも赤城と一緒に何か美味しいものを食べてきなさい」

「あら? 提督は傷付いた私の心をほったらかしにするつもりですか?」

「……君たちさえよければ、その時は私もご一緒しよう」

「やりました」

 

 初めからなぜか楽しそうな雰囲気の加賀の言葉にちくちくと胸を刺されながら、それでもこちらが全面的に悪いため遠回しの要求を呑むしか道はない。

 私がいては食事が楽しめないと思ったのだが、直接詫びを入れろということか。世の中そこまで甘くはないのだな。

 

「それなら許しましょう。それにあの子と違って私に笑顔が似合わないのは知っていますから」

「む、それは違うぞ。人それぞれ大小はあれど、自然と現れる笑顔というものは素晴らしいものだ。私は加賀の遠征帰還時に駆逐艦の子たちに時折見せる穏やかな微笑みが好きだが」

「……そう」

「朝食前に引き留めて申し訳ない。それでは食事を楽しんでくれ」

 

 言いながら、随分と前に行ってしまった那珂に呼ばれているのに応えつつ加賀と別れる。休みだというのに疲れが溜まっているように思えるのは気のせいだろうか。

 

「……私も笑顔の練習をした方がいいのでしょうか」

 

 後方で、加賀が何か言っているような気がしたが、那珂の声にかき消されその言葉が耳に届くことはなかった。

 

 

 

「那珂、私が言うのもなんだがもう少しオブラートに包んだ物言いを心掛けてくれ」

「ええー、十分包んだつもりだったんだけどなー」

 

 食事中の子たちで賑わう間宮食堂を抜けて花壇や植え込みがある中央広場へと足を進めながら、那珂にそれとなく注意を促す。

 加賀の後にも何人かと同じようなやりとりをしたが、どうやら那珂のお眼鏡に適う子はいなかったようだ。

 

「それにしても改めて考えると、常に笑顔でいるということは大変なことなんだな」

「なになに? 提督もついに那珂ちゃんの魅力に気が付いちゃった? きゃは!」

「そうだな。その笑顔は間違いなく那珂の魅力の一つだ。私もいつも那珂の笑顔に元気を貰っている」

「え、あ……えと……その……アリガト」

「どうした?」

「な、なんでもないよ! 那珂ちゃんちょっとお花摘みに行ってくるね!」

 

 普段の那珂からしたら珍しく言葉に詰まっている様子を珍しく眺めていると、その視線から逃げるように那珂が駆けて行ってしまう。

 その先の少し横に視線をずらすと、中央広場の噴水の石段に腰掛けながらじっと空を眺めている一人の少女の姿が見えた。

 

「こんにちは、ユー」

「Admir……じゃなかった……提督、Guten Morgen」

 

 言いかけた言葉を言い直す彼女は少し前に着任した潜水艦のU-511、ビスマルクたちと同じドイツ海軍所属の艦娘であり、親しみを込めてユーと呼んでいる。

 真っ白な髪に純白の肌、その儚げな瞳を少し動かしながらユーはこちらに挨拶を返してくる。

 

「今日は天気もいいし一人で散歩か?」

「うん……提督も座る?」

「そうさせてもらおう」

 

 じっと視線を外さずに見つめてくるユーが小さく隣をぽんぽんと触りながら開けてくれるので、お言葉に甘えることにする。

 昼に近くなり、太陽の熱で温かくなった石段の上に腰を下ろし、穏やかなひと時を楽しむ。

 

「……よいしょ」

 

 気が付けば、ユーが隣から私の膝の上へと移動していた。なぜだ。

 

「なぜユーは私の膝の上に?」

「? でっちが提督と一緒にいるときはこうするのが普通だって」

「むう」

「郷に入っては郷に従えって聞いたけど……」

「むむう」

「ゆー……なにか間違えたかな」

「……大丈夫だ、ユーは何も間違っていない」

 

 儚げに瞳を揺らしながらじっと見つめてくるユーの純粋無垢な表情に観念し、白旗をあげる。ゴーヤたちにいろいろ教えてあげるようにお願いしたのだが、教えなくてもいいことまで伝わってしまっているのではなかろうか。

 私の言葉に安心したのか身体を預けてくるユーの頭を撫でつつ、気持ちよさそうに目を細めている姿を見ながらそんなどうでもいいことを考える。

 

「今日はゴーヤたちはどうしたんだ?」

「……昨日みんなでたくさんお話したから、まだ寝てる……です」

「どんな話をしたんだ?」

「……いろいろあるんです。いろいろ」

「そうか」

 

 どうやら彼女にもいろいろあるらしい。

 何はともあれこの鎮守府に馴染めているようで一安心だ。なんだかんだ言いながら、ゴーヤやイク達も面倒見がいいため初めから心配などはしていないが。

 

「異国の地での生活は慣れないことが多くて大変だろう」

「でもこの鎮守府で……Admiralやでっち達に会えて良かった……です」

「困ったことがあったらいつでも言ってくれ。私に言いにくいことだったら仲間に相談しなさい。必ず助けになってくれるから」

「Danke……ありがとう」

「あー! 提督こんなところに! もー那珂ちゃんをほったらかしにするなんてダメだよ! あ、ユーちゃん!」

 

 ユーも日本語が随分上手くなったものだと感心している間に那珂が戻ってくる。

 那珂の挨拶にユーもぺこりと頭を下げながらお互いに軽く言葉を交わす。どうやら二人はそれなりに親交があるようで他愛もない話に興じている。やはり那珂のコミュニケーション能力は見習うべきものがあるようだ。

 

「ユーちゃんもう鎮守府には慣れた?」

「はい……みんな優しいので……ありがとうです」

「うんうん、それは良かった! そうだ今度那珂ちゃんのライブに招待するから来てね!」

「那珂ちゃんさんのライブ? ……?」

「きっと楽しいからゴーヤたちと一緒に行ってみるといい」

「うん……楽しみにしてる、Danke」

 

 『那珂ちゃんさん』と親しいのかそうでないのか判断し辛い呼び方ながらもユーの表情は楽しそうだ。

 誘った張本人である那珂は楽しみと言われたのが相当嬉しかったのか、スカートのポケットから何かの機材を取り出し音楽を流し始める。

 そのままユーの手を引きながら歌い始めてしまった。

 

「ほらほらユーちゃんもダンスダンス! ステップ踏もう!」

「え……えと」

「はいここでターン! 一歩下がって一回転!」

「ふえ……Ad……Admiral」

 

 目の前で困惑しながらも懸命に那珂を真似てたどたどしくステップを踏むユーに頑張れと声援を送りながら、こんな休日もたまにはいいものだと、外に連れ出してくれた那珂に心の中で感謝する。

 ふと空を眺めてみると、様々な形の雲がゆっくりと流れていた。

 

「……もうすぐ夏だな」

 

 燦々と照りつける太陽の光に目を細めつつぼそっと呟きながら、楽しそうに踊る二人の少女へと視線を戻す。

 少しずつ近づいてくる、新しい季節の足音を感じながら。

 




 結局那珂ちゃんのユニット相手は見つからなかった模様。

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