口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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 今回最後の方、少ししんみりとした感じになっています。
 まあ、あくまでほんの少しですが、苦手な方はご注意下さい。


第二十一話 赤城の心

「……これは少し派手かな……こっちは地味すぎですね……うう」

 

 艦娘用宿舎の間取りの中では比較的広い部類に入る自室の箪笥の前で赤城は頭を抱えていた。

 両手と周りには箪笥から引っ張り出したのであろう衣類が散らかっており、普段マメな赤城にしてみれば珍しい光景とも言えた。

 

「赤城さんそろそろ提督との約束の時間ですが」

「……加賀さんはいいですね」

「なにがですか?」

「なんでもないです」

 

 隣の化粧台からひょこっと顔だけ出してくる加賀に適当に返事を返す。どこかつっけんどんな言葉尻になってしまったが当の加賀はさして気にしたそぶりも見せず化粧台へと戻っていく。

 

「それにしても急に提督とお食事なんて……加賀さん提督に一体何をしたんですか」

「普通に失礼ですね。私はむしろされた側です」

「あの提督が加賀さん……というか誰かに何かするのを想像できませんが」

「では赤城さんは提督と食事に行くのが嫌だと?」

「……すいません」

「よろしい」

 

 赤城の降参の言葉にどこか加賀の声は得意げだ。そのことに若干歯噛みしつつ赤城は再度目の前の衣類へと視線を戻す。

 ほんの一時間前に急に加賀から『今晩提督と食事にいきます』と言われ、慌てて箪笥の中身をひっくり返したのだが全くもって着ていく服が決まらないのだ。

 

「こんなことなら新しい服を買っておけばよかったです」

「別にどんな服でも赤城さんなら似合うと思いますが」

「……加賀さんに言われると嫌味にしか聞こえません」

「何か言いました?」

「なんでもないです」

 

 先程と会話の流れが同じです、と呆れながら、ちらりと加賀の方を見る。

 普段とは違いサイドアップする形で纏められた髪と少しだけ施された化粧が加賀の魅力を更に引き立たせている。更に抜群のプロポーションに加え私服はボーダー柄のワンピースにカーディガンと完璧、表情まで楽しそうときては勝負する気すらおきないのは自分のせいでは決してない筈。

 ついには鼻歌まで歌いだしてしまう相方に白旗を振りつつ、赤城は一番マシと思えるブラウスとプリントスカートのセットへと手を伸ばす。

 

「それはそうと今日は鳳翔さんのところではないんですよね?」

「ええ、提督は昔からの馴染みのお店だと言っていましたが、私も詳しくは知りません」

「初めての店で提督とお食事……少し緊張しますが、流石に気分が高揚します」

「赤城さんそれ私の台詞……っとそろそろ出ましょう。提督をお待たせする訳にはいきません」

 

 お互いがお互いに良い意味で遠慮のない言葉を交わしながら、ふと時計に視線を移すと時刻は既に七時五十分を回っていた。約束の時間までもう十分もない。

 最後にちらりと自分の恰好を姿見で確認し、赤城は小さく握り拳を作りながら加賀と共に部屋を出て行った。

 

 

 

 

「加賀、赤城。遅れてすまない」

「大丈夫です。時間ぴったりですから」

 

 鎮守府の正面玄関で待つこと数分、右腕に司令服の上着を掛けたまま提督が謝罪の言葉とともにやってくる。

 加賀と共に提督に労いの言葉を返しながら、赤城は一瞬、自分が邪な想いを抱いたことを慌てて振り払う。そう、今の提督の姿が仕事帰りの夫に見えてしまったことなど。

 

「赤城、遅れそうになったことは謝る。だからどうか怒りを収めてはくれないか」

「は!? あ、いえ、決して怒っていたわけではなくそのあの!」

 

 気を抜いたら緩みそうになってしまう頬に力を入れて耐えていたらあろうことか、提督に怒っていると勘違いされてしまった。

 かと言って本当のことを言うわけにもいかず、あたふたしていると加賀が私に任せてと視線だけで頷いてくる。

 流石は同じ一航戦、頼りになりますと赤城は心の中で加賀に感謝する。

 

「提督、赤城さんは怒っているのではなくお腹が空いたから早くいきましょうと言っているのでしょう」

「む、そうなのか」

「そ、そうでもなくて……もう加賀さん!」

 

 これではまるで自分が食事しか考えていない食いしん坊女みたいではないですか!

 数秒前の感謝の気持ちを返してくださいと怨みの波動を加賀に送る。すると彼女は無言で親指を立てて小さくウインクを一つ。……駄目ですこの相方何も理解していません。

 

「赤城も楽しみにしていてくれたようだし、行くとしよう」

「加賀さん……今日のお礼に来週のケーキバイキングを私が奢る件、やっぱり無しの方向で」

「!? そ、そんな!?」

 

 待ってください赤城さんと、ふらふら追いかけてくる加賀を無視して赤城は提督の隣へ。

 その様子を見ながら提督は『君たちは本当に仲がいいのだな』となぜか満足そうな顔をしていた。こっちはこっちで大概である。

 

「提督、今日はありがとうございます。でも良かったのですか? 執務の方忙しかったのでは」

「む、いや、執務の方は早めに終わったのだが、出る直前に金剛に見つかってしまってな」

「……ああ」

「どうしても解放してくれなかったので、正直に君たちと食事に行くと言ったら泣きながら走り去っていってしまった」

「あはは……相変わらずですね金剛さん」

 

 ぽつぽつと等間隔につらなる街灯が照らす道を歩きながら、赤城は提督との会話に言葉を重ねる。

 決して大きくはないが、言葉の端端から提督の優しさが滲み出ているようで凄く心地よい。このままいつまでも話をしていられたらとそこまで考えて、赤城は顔を振る。高望みをしてはいけない。

 

「それで提督、今日行く予定の場所はどんなお店なのですか?」

「ぬ……そう言えば加賀にも言ってなかったか。そこは昔から何度も訪れたことがある店でな、大きくはないが、落ち着けるいい店だよ」

 

 後ろからひょこっと追いついてきた加賀に提督が答える。

 どことなく『昔』の言葉に強い何かを感じながら赤城は、そろそろ見えるはずだと提督が指差した方向へと顔を向ける。

 そこには小さく食事処と書かれた提灯を屋根の端に下げながら、一件のお店がひっそりと明かりを灯していた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 店に入り赤城が一番最初に感じたこと、それは『綺麗なお店だな』だった。

 三人掛けのテーブルが四つ、それにカウンターが七席。決して大きくはないが窮屈さは全く感じない。自分たち以外客がいないこともあるだろうが、それを差し引いても狭いとは感じないだろう。

 濃い斑模様の木材が使用されているであろう床や壁、店内に三か所だけの光源である瓢箪型の電球。ごちゃごちゃとした装飾は一切なく幾つかの造花と写真が飾ってあるだけの店内に、赤城はどことなく鳳翔の店を思い出していた。

 

「突っ立ってないで座ったらどうだ」

 

 加賀と共に店内の雰囲気に気を取られていると、カウンターの奥からあまり抑揚のない低い男性の声が耳に届く。顔を向けると、使い込まれた白のコックコートに腰からも少しくたびれた白のエプロン姿の男が何か作業をしながら視線だけをこちらに向けていた。

 髪は真っ白で無愛想な表情の五十代後半のように見える男の口調はお世辞にもいいとは言えないが、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ店の雰囲気とも合っており悪くないと思えるほどには。

 

「こんばんは、お久しぶりです庄治さん」

「ああ」

 

 提督の言葉に、庄治と呼ばれた男は短く返事をする。そのやりとりに赤城は、短いながらも二人の間に確かな繋がりがあるように感じていた。まるで自分と加賀の間にあるような何かが。

 

「赤城、加賀、こちらはこの店の店主の庄治さん。愛想は悪いけど良い人だよ」

「赤城です。今日はよろしくお願いします」

「加賀です。この店の雰囲気は落ち着いていて良いですね」

「……まあゆっくりしていくといい」

 

 提督の紹介に庄治がお前にそれを言われるとはなと、どこか楽しそうにしながらカウンターの席へと案内してくれる。その中央三席にそれぞれ腰掛ける。勿論提督は真ん中だ。

 

「他のお客が見当たりませんが」

「征史郎、今日はお前たちの貸切だ」

(征史郎?)

(提督の下の名前ですよ赤城さん)

 

 カウンター越しに会話する提督の後ろで赤城と加賀が器用にひそひそと情報交換を行う。何気に提督の名前を知らなかったため赤城はその三文字を心のノートに書き留める。その表情に笑みが零れているのを本人は気が付いていないが。

 

「ぬ? なぜです?」

「そこの御嬢さんらは見かけによらず食うのだろう? 十人前は行くと言ってきたのはお前だ。料理には下拵えもある、それと同時並行で他の客を捌くのは一人では無理だ」

「……提督?」

「……流石に頭にきました」

「す、すまない! 決して悪意があったわけではなく君たちが満足できるようにと……すまない」

「別に責めているわけではない。お前さん達のおかげで俺達住民はこうやって平和に過ごせているんだ、これくらい何でもない」

 

 それに、とそこで一つ言葉を区切り、庄治は赤城と加賀をちらりと見る。その光景にどこか懐かしさを覚えながら。

 

「こいつはこう見えて誰よりもお前さん達のことを考えている。そこらへんは言われずとも分かっているだろうが」

「それは……はい」

「勿論です」

 

 言いながら赤城は隣で気難しそうな顔で頬を掻いている提督の表情を見て笑う。

 そのまま庄治が簡単に飲み物の注文を促してくるので、メニューボードを見ようとしたがそれよりも先に加賀が手を上げる。

 

「そうですね。とりあえず生を三つお願いします」

「ちょちょちょ! か、加賀さん!」

「? 赤城さんビールダメでしたっけ?」

「好きですけど……って違います! 仮にも提督がいらっしゃるのにそんないつもの飲み会のようなノリで……」

「私のことは気にしなくていい赤城。君たちのための時間なんだ、好きに頼むといい。料理はお任せにしてあるが」

 

 軍人の関係性を考えると本当にありえない提督の言葉と優しさに、赤城は言葉にならない感情が湧いてくるのを抑えきれず身悶える。

 この人はっ! 本当に! 人の心をかき乱してくるんだから!

 自分でもよく分からない感情を抑えようと、おしぼりに手をかけようとしたら既にそこには三杯のビールと山盛に盛られたサラダが置かれていた。

 慌ててカウンターの向こう側に視線を移すと、何食わぬ顔で庄治が次の料理の準備を始めていた。

 

「それじゃあ乾杯しようか」

「流石に気分が高揚します」

「……本当にもう!」

 

 右手にジョッキを持った二人がさあと促してくる。

 一番尊敬している上司と一番信頼している同僚に囲まれて、笑いながら溜息を一つ。

 そうしてジョッキを掴み、赤城はそれまでの全ての心のもやもやを吹き飛ばすような大きな声と満面の笑みで乾杯の音頭をとった。

 

 

 

「はー、なんですかこのお肉の柔らかさは」

「私今、最高に幸せです」

 

 乾杯してから一時間は経っただろうか。

 普通ならここいらで箸の進みも落ち着いてくる頃なのだが、庄治の料理の味の良さに二人の動きが衰える気配は一向にない。

 その姿に内心感心しながら、庄治が静かに口を開く。自分から客に関わることは滅多にない庄治にしてはかなり珍しい出来事だと言えた。

 

「征史郎、楓さんと龍之介は元気か」

「はい、二人とも相変わらず騒がしいですが元気にやっています」

「そうか」

 

 簡単な会話だったが、庄治の言葉にはそれ以上の何かが籠っているような返事だった。

 聞き慣れない名前が出てきたことに赤城と加賀が頭を捻っていると、庄治が無言で壁に掛けてある一枚の写真へと視線を移す。

 そこに載っている司令服の男性と椅子に座る着物姿の女性を指差しながら庄治が二人へ一言。

 

「あそこに写っているのはこいつの父親と母親だ」

「……へ?」

「……へ?」

 

『……ええええええええええ!?』

 

 突然明かされた衝撃の事実に二人の絶叫が店に木霊する。

 その絶叫に庄治はさして驚いた様子もなく、平然と掛けてあった写真を外し持ってくる。横では提督が『も、持ってくる必要はないのでは』と何やら困惑していたが無視する。

 

「こ、これが提督のご両親」

「提督……お父上とそっくりですね。あ、でも目元は母上似かもしれません」

「うぬ……ぬう」

 

 写真に被り付くように見入っている赤城と加賀をよそに提督は庄治に『なぜ教えたのですか』と視線で抗議をしてみたが、素知らぬ顔で跳ね返されてしまった。

 相変わらず考えが読めない人である。

 

「もしかして庄治さん、提督のお父上のご友人だったのではないですか?」

「友人と言う程緩い関係ではなかった気がするがな」

 

 庄治のその言葉に赤城は苦笑する。間違いなく嘘だ、絶対にこの人と提督の父上は今でも固い絆で繋がっている。

 そう確信させるほどのものが庄治の言葉には詰まっていた。

 

「なるほど。だから提督は昔馴染みのと言ったのですね」

「ああ、この店には子供のころからお世話になってきたからな」

「ちなみにその当時の写真がこれだ」

「うわあ! 提督可愛いですね! あはは、この頃から難しい顔していたんですね!」

「これは貴重な写真です。あの金剛さんの雑誌にも載っていなかった……流石に気分が高揚します」

「な、なぜそんな写真が一緒に……それに雑誌とはいったい」

 

 今日の庄治さんはどこかおかしい。普段はこんな人をからかうような人ではない筈だが。

 そんな提督の心の疑問なんてどこ吹く風と、一航戦の二人は二枚の写真に無我夢中である。その様子を庄治はどこか満足そうに眺めていた。

 

「こうしていると昔を思い出す」

「昔……ですか?」

「ああ、龍之介のやつもよくここにお前さんらのような娘を連れてきては、からかわれていた」

「え……それって」

「もしかして……まさか」

「ここまで知られたら仕方がない。父は昔、海軍大将の肩書と共にここで提督をやっていたのだ」

 

 

『……ええええええええええ!?』

 

 二十年も前の話だが、と付け加える提督の言葉など今の赤城と加賀の心境には何の鎮静剤にもならない。

 そんな提督の何気ない言葉に、本日二度目の絶叫が店に木霊した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……う~ん」

「加賀さんすっかり酔っ払っちゃいましたね」

「……加賀は見かけによらずお酒に弱いのだな」

 

 すっかり酔い潰れてしまった加賀を背中に背負いながら、提督と赤城は鎮守府への帰り道を歩いていた。

 あの後すっかり気分が高揚してしまった二人は庄治に促されるまま、楽しんで……否、楽しみ過ぎてしまったのである。

 その結果が今のこの状況だ。ちなみに赤城はほんのりと頬が上気しているだけで足取りもしっかりしており、言葉もいつも通りだ。

 

「……提督はどうして黙っていたのですか?」

「父と母のことか?」

 

 提督の返しに赤城はこくりと頷きだけを見せる。別に言う必要も義務もないのだが、どうしてかこの時の赤城は聞いてみたかった。

 

「言う必要はないと思ったのだ……確かに父は尊敬に値する人物だが、私は私だからな」

 

 どこか独り言のように聞こえるそれを聞きながら、赤城は提督の言葉の続きを待つ。

 

「それに……君たちに余計な心配をかけたくはなかったのも事実だ」

「それでも……それでも私は提督の事がもっと知りたいです」

 

 普段の赤城らしからぬ、少し強めの口調に提督は少し驚いた。同時に心の中に温かいものがじわりと広がる。

 

「提督は私たちにとても優しいです……でもその優しさがたまに凄く……不安になります」

「……赤城」

「提督は楽しいことや嬉しいことを沢山私たちに与えてくれています。でも……辛いことや悲しいことは全部一人で背負いこんでしまいます」

「……むう」

 

 赤城の言葉に返す言葉もなく押し黙ってしまう。言われてみれば昔からどこか自分はそうやって辛いことや悲しいことを自分の中に押し込めてしまっていたような気がする。

 

「全てなんて言いません。ほんの少しでもいい……私たちに提督と同じ道を一緒に歩ませてください」

 

 目を逸らさず、真っ直ぐにひたすら真っ直ぐに瞳を向けてくる赤城にただ一言『ありがとう』と伝える。今の提督にはこれが精一杯だったが、赤城はふわりと笑ってくれた。

 差し出された右手をゆっくりと、だが、しっかりと握り返しながら赤城の隣を歩く。

 

「帰ろうか、赤城」

「はい」

 

 空には無数の星々が三人を照らすように輝いていた。

 




 なんとも言えない感じに仕上がりました。
 だが後悔はしていない。

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