口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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第二十四話 木曾の好奇心

 

 夜が白々と明け始めようとしている午前四時半。

 鎮守府の片隅にひっそりと建っている柔道畳が敷かれた修練場、その中心に提督は立っていた。

 

「…………」

 

 瞼は閉じられ、両腕を下に伸ばしたまま交差させた状態で微動だにしない。服装もいつもの司令服ではなく、使い古された道着に黒の帯を腰に巻いている。

 

 ――静寂。

 

 まるでそこだけ時が止まったかのように錯覚させるほどのピンと張り詰めた空気の中で、提督は静かにふっと小さく息を吐く――瞬間、提督の身体がゆらりとゆれた。

 否、ただ動いただけだった。右手、左手、右足、左足――身体全体を使って、流れるような体捌きを繰り返す。

 決して速いわけでも激しいわけでもないが、気が付けば別の場所へ移動している。それほどまでに滑らか且つ自然な動きだった。

 

「…………ふう」

 

 時間にして約十分。たったそれだけであるのに、提督の額からは玉のような汗が流れていた。極度の集中とイマジネーションによる緊張からくる必然的な現象だが、提督は『まだまだ鍛錬が足りんな』と再度集中しようと瞳を瞑る。

 一人演武――これは提督が着任当初から自主的に行っている早朝鍛錬で、主に集中力強化を目的としている。毎日の執務や艦隊指揮には相応の集中力が必要であり、週に何度かここでひっそりと行っているのだ。

 

「今日はまだ時間に余裕があるな」

 

 今朝はなぜかいつもよりかなり早く目が覚めたせいで、執務にはまだ時間がある。ならばもう一度、と提督は静かに動きを作り始める。

 その様子を少し離れた扉の隙間から一人の少女が食い入るように眺めていることに気付かないまま。

 

「……凄え」

 

 緑がかったミドルロングの黒髪に水色のラインが入ったセーラー服、右目には眼帯を付けた少女――球磨型軽巡洋艦五番艦の木曾は少し興奮した面持ちで言葉を漏らしていた。

 傍から見れば完全に覗きをする不審者だが、そんなことよりもと視線は提督に釘付けだ。

 

「やっぱり何回見ても凄いな。あんな動きどうやったらできるんだ」

 

 先程と同じように演武を行っている提督を目で追いながら、木曾は初めてそれを見た時と同じ衝撃を受けていた。

 遡ること一か月前、たまたまお手洗いのため早くに目が覚めた木曾は廊下の窓から道着を持ったままどこかに行こうとする提督を見つけ、好奇心のままその後を追い、その時初めて目の前の光景を知ったのだ。

 その時の衝撃が忘れられず、今もこうやってこっそりと見に来ているという訳なのだ。

 

「こうやって見ると提督やっぱカッコいいよな。けどかなり集中してるし、俺が声かけても迷惑になるだけだよなあ」

 

 言いながら、右手に握られた真っ白な道着と帯の存在に小さく溜息をつく。

 意気揚々と休みの日に道着を買いに行ったまではいいが、いざ提督に声を掛けに行こうとなると邪魔になるのではと躊躇してしまってそのまま今日に至る。普段はもっと堂々としている木曾なだけに、思い悩む今の彼女の姿は珍しい光景と言えた。

 

「ふむふむ。つまり木曾は提督に手取り足取りあんなことやこんなことを教えてもらうつもりなんだクマ?」

「そして提督との秘密を二人で共有しようって腹だにゃ?」

「まあそうなればいいなって……うわあ! 球磨姉多摩姉いつの間に!?」

「ふふん。最近木曾がやけに早起きだったから気になってつけてみたら案の定だったクマ」

「こんな美味しそうな光景を独り占めだなんて木曾も強欲だにゃ」

 

 突然現れた姉二人に木曾が目を白黒させているのを余所に、パジャマ姿の球磨と多摩がその上から修練場の中を覗き込む。そのまま『なにクマあの動きは!?』『提督が一瞬二人に見えるにゃ!』などと歓声を上げていた。

 

「はあ、普段の穏やかな表情もいいけど、真剣な表情もやっぱり堪らんクマ」

「これがギャップ萌えってやつかにゃ」

「お、おい、あんまり大きな声出すなよ。提督が気付いたら邪魔になるだろ」

「クマクマ~? 木曾は元から提督とくんずほぐれつするためにここで覗きをしてたのにそんなこと言うクマ?」

「な!? そ、そんなわけないだろ!」

「じゃあその右手に大切そうに持っている新品の道着はなんにゃ?」

「こ、これは…………俺の新しいファッションだ」

 

 名案閃いたとばかりに道着を突き出してくる末っ子に二人の視線が生暖かいものに変わる。普段はクールだの冷静だの言われている木曾だが、姉達からしたら失笑ものだ。煽り耐性がないためすぐに焦り始める木曾はいつも姉達の暇潰しの恰好の的にされる。

 

「ならこれから外を歩くときは常に道着クマか。ある意味かなり男らしくて姉ちゃん少し困るクマ」

「そのファッションセンスに脱帽にゃ。写真撮ってファッション誌に送るにゃ」

「あーもう分かったよ正直に話せばいいんだろ! そうだよ、あわよくば提督と親密になって普段できない趣味とかそんな話ができる関係になって休日に一緒に買い物にいければなとか思ってたよ! 下心満載ですいませんね!」

 

 半ばやけになりながらそこまで言い放つ木曾に、球磨と多摩はポカンと口を空けたまま言葉を失う。少しからかってやろうとしただけなのに末っ子自ら自爆とはやはり木曾である。

 

「……そこまで下心があったとは思ってなかったクマ。てっきり興味を惹かれただけかと」

「なんかごめんだにゃ。木曾の乙女心を踏み躙ってしまったにゃ」

「~~~~~~っ!」

 

 足のつま先から頭のてっぺんまで綺麗な桜色に染めながら涙目で木曾は身悶えている。

 いつもいつもこの破天荒な姉たちに振り回されてばっかりの木曾だが、流石に堪忍袋の尾が限界を迎えたのか反撃の狼煙を上げる。

 

「なんだよ! 球磨姉だってこの前休みの日に提督と釣りに行って顔真っ赤にしながら帰ってきただろ!」

「うお"ーっ! その話は止めるクマー!」

「多摩姉こそ前回の秘書艦の日、仕事もせず一日中提督の膝の上で寝てたらしいじゃないか!」

「うにゃ!? なんでそのことを木曾が知ってるにゃ!?」

「全部青葉に聞いた」

『アオバーー!!』

 

 今にも実体化した怨念を某重巡洋艦の少女へ送り込みそうな姉達と共にあれやこれやと騒いでいると、ガラリと後ろの扉が開く音。

 その開け放たれた扉から出てきた人物は、目の前の状況をいまいち理解できていない様子で額の汗をタオルで拭っている。

 そのままなぜかジトっとした視線を送ってくる三人に一言。

 

「……こんなところで君たちは何をしているのだね?」

 

 

 

「ふむ。自身の精神力向上のためにこんな早朝にまで鍛錬方法を探していたのか。本当に木曾の自己に対する厳しい姿勢は尊敬に値するよ」

「いやその……ただの好奇心というか下心というか」

「そのために道着まで用意するとは、私も見習わなければならないな」

「う、うぐう」

 

 提督に促され入った修練場の畳に座りながら、木曾は罪悪感にちくちくと心を苛まれていた。決して下心だけでここに来ていたのではなく、集中力云々の話も事実考えていたのだが真面目な木曾には贖罪のカケラにもなりそうにない。

 横では球磨と多摩が二人のやり取りにゲラゲラと笑い転げている。妹をフォローするという優しい心なぞ露ほども持ち合わせてはいないらしい。

 

「球磨と多摩は何をそんなに笑っているのだ?」

「はひー。いや気にしないでほしいクマ。こっちの話クマ」

「それよりも提督、木曾の道着姿に何か思うところはないのかにゃ?」

「……ふむ」

 

 多摩の言葉に提督は今一度木曾へと振り返る。その姿は先程までのセーラー服ではなく、上下とも真新しい道着へと変わっていた。

 綺麗なミドルロングの髪を指で弄りつつ口を尖らせながら『あんまりじっくり見るなよ』と呟くが、顎に手を当てながら真剣に木曾の全体を眺める提督には聞こえていない。こんなときまで真面目な提督に木曾の心臓が激しくビートを刻む。

 

「普通道着を着始めた頃は着られている感が強く違和感があることが多いのだが」

「やっぱ似合わないか?」

「いや、逆にそういった違和感が全くない。見事な着こなしだ、私なんかよりよほど似合っている」

「そうか……なら、それだけでも買ってよかった」

 

 提督は嘘を吐かない。それは仕事中でもプライベートでも、だ。当然言葉は濁すがこういった時本当に似合ってなければ提督が適当に褒めるということは決してない。

 そのことを知っているからこそ、木曾は今の提督の言葉をはにかみながら心の中で喜びを噛み締めていた。

 

「我が妹ながら外見だけはイケてるからクマ」

「黙っていれば最高にイケメンなのにゃ」

「聞こえてるぞ、パジャマ着共」

 

 畳の上に全身をだらりと投げ出しながら、だらしない恰好の姉二人の妬みの波動をさらりと受け流す。

 提督のお墨付きという援護射撃を貰った今の木曾には余裕の表情さえ生まれている。ならば仕方ないと二人は提督の方へとごろりと向き直る。よほど畳が気に入ったのかだらりとした恰好のままで。

 

「それで、提督は木曾にその一人演武とやらを教えるつもりクマ?」

「正直に言って、それは難しいな」

「それまたなんでにゃ?」

 

 多摩の疑問に提督は言葉を続ける。

 

「実際私も武術こそ幼い頃から父親に教えられてきたとはいえ、この演武にしてもほぼ独学に近い。私自身が集中力を高めるために昔から行っている拙いものでとても人に教えられる代物ではないのだ」

「難しいものなのかにゃ?」

「演武とは元々、基本的な動作を身体に染み込ませた上で行うものだからな。単純に集中力を高めたいだけなら演武じゃなくてもいいだろう」

「でも提督は続けてるクマ。なんでそこまでするクマ?」

「君たちが命を懸けて戦っているときに指揮する私の集中力が保ちませんでしたでは話にならないだろう。ただの凡人な私にできる数少ない小さなことがこれだっただけだよ」

「拙いって……アレでか」

 

 提督の断りに木曾は落胆ではなく驚きの表情を浮かべていた――いや、落胆するレベルまで自分が追いついていなかったと言った方が正しいか。

 武術の心得がない木曾にすら美しいと思わせる動作一つ一つを目の前の提督は拙い独学のものと言った。

 決して武術の才能があったわけでも身体能力に優れていたわけでもないだろう、高名な武術者のもとで修業を受けたわけでもない。そんな余分な要素を全て削ぎ落とした上で木曾の心に純粋に残った要素それが――時間。

 おそらく何年も何十年も掛けて、少しずつ手探りで進みながら提督はその膨大な時間をたった十分の動きへと昇華させたのだ。

 

「なんか悪い。提督」

「ぬ? なぜ謝るのだ」

「いや、武術のことなんか何も考えずにただ好奇心だけで来ちまった自分が恥ずかしくて。……はは、俺ってホント馬鹿野郎だな」

「そんなことはない。そんなことは決してないぞ木曾」

 

 自嘲した様子と擦れた声で自分の行動を悔いているのだろう木曾の肩を提督が正面からがっと掴む。その提督らしからぬ行動に木曾の口から『ふえっ!?』と天然記念物並の可愛らしい言葉が漏れるのを球磨と多摩がどこから取り出したのか、すかさずレコーダーで録音に成功する。

 そんなことには目もくれず提督は言葉を続ける。

 

「誰でもきっかけは小さな好奇心からだ。そこに大層な理由などいらない。今回はたまたま趣旨に向いていなかったというだけで決して木曾の申し出を無碍にしたわけではないのだ。事実、私は木曾が道着を持ってここに来てくれたことを嬉しく思っている」

「……提督」

「だから自分を責める必要はない。木曾のその気持ちは誇りこそすれ、決して責められるようなものではないのだから」

 

 最後にぽんぽんと頭の上に手を置いてくる提督に木曾は『やっぱ敵わねえなあ』と心の中で思いながら身体を預ける。少し慌てながらもしっかりと受け止めてくれる提督の温かさに触れながら。

 

「さっきから木曾ばっかりズルいクマ! 球磨もなでなでを所望するクマー!」

「提督の膝の上は多摩の特等席にゃ! そこだけは譲れないにゃ!」

 

 その様子に口をへの字にした球磨と多摩が二人を引き裂くように勢いよく飛び込んでいく。憤りの理由が全く意味不明だったがいつものことだと木曾は気にも留めていない。

 そのまま畳に転がるように四人は身体を投げ出した。

 

「それで結局木曾の道着は本来の用途には使われずファッション誌行きになるのかにゃ?」

「そうだな、折角なのに使わないというのもな……ファッション誌?」

「いいから! 提督もそこ食付かなくていいから!」

 

 むくりと起き上がった提督の膝の上でいそいそと丸くなる多摩の口を木曾が慌てて押さえている。その横で相変わらず女性の会話には疑問符ばかりの提督の右手を強引に自分の頭にのせながら球磨がそれならと口を開く。

 

「組手ならどうクマ?」

「組手か……ふむ」

 

 球磨の提案に提督がまた思案顔へと逆戻り。だが今回は検討の余地あり、という前向きな表情が見てとれた。

 組手、という言葉には木曾も聞き覚えがあった。というより艦娘であるが軍所属であるため何度か海軍学校の授業の助っ人として組手を経験したこともあるのだ。

 

「でも組手ってお互いの力量が同じくらいじゃないと成り立たないんじゃないのかにゃ? 提督と木曾じゃ瞬殺もいいところにゃ」

「まあ一概にそれだけが組手ではないのだが」

 

 多摩の言葉に木曾の頬がヒクっと引き攣る。

 

「木曾があまりにもへぼすぎて提督の時間の無駄かクマ。提案して悪かったクマ」

 

 球磨の言葉に更に木曾の口角が上がる。

 

「いや、私も手加減を知らないわけではない。もちろん木曾が怪我をしないように配慮はするが」

 

 そんな提督の言葉を最後に木曾の中で何かがプツンと切れる音がした。そのまま『へへへ』と不気味な笑いを発したかと思うと、突然提督を指差して高らかに言葉を言い放ち始めた。

 

「さっきから聞いてれば人のことを瞬殺だのへぼだの言いたい放題言いやがって! 俺だって本気になれば提督を組み伏せるぐらいできるぜ!」

「ほう? なんだか自信満々クマね?」

「そこまで言うなら一つ賭けをしないかにゃ?」

「ああいいぜ! ここまで言われて黙ってるわけにはいかねえ! その話のってやる!」

 

 売り言葉に買い言葉と感情に任せた言動を続ける木曾に姉二人はニヤリと笑う。

 隣では当事者であるはずの提督が『私の意見は考慮されないのか』と一人困惑しているが関係ないと三人は話を進めていく。

 

「ならまずは木曾の要求を聞くクマ」

「提督の背中を一回でも地面につけたら木曾の勝ちだにゃ。その時は提督が男らしく木曾の要求を飲んでくれるにゃ」

「本当になんでもいいのか?」

「提督も男だクマ。男に二言はないクマ」

「ならもし俺が勝ったら……次の休みにい、一緒に服を買いにいきたいんだが……いいか?」

 

 なぜか少し頬を染めながら、木曾らしくないはっきりしない言葉で要求を投げかけてくる。

 全て言っているのは球磨のはずなのに、なぜか有無を言わさぬ無言の圧力が提督を襲っていた。ここで断れば提督としてだけではなく、男としての尊厳やら何やらまで失ってしまう、そんな気がしてならなかった。

 

「分かった。その時は喜んで同行させてもらおう」

「本当か!」

「ああ。約束しよう」

 

 まだ勝負を始めてすらいないのにガッツポーズを作っている木曾をニヤニヤと眺めながら、球磨と多摩がそれではこっちの要求をと口を開く。

 

 ――制限時間内に提督が木曾の攻撃を受け切った場合、その後の執務は明石屋謹製の『メイド服』で行ってもらうと、そんな要求を。

 

 予想もしていなかった二人の要求に木曾の顔から大量の汗が溢れ出る。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、そんな要求飲めるはずが」

「おやおや? あれだけ大見得張って担架切った木曾さんがこれくらいのリスクも背負えないなんて言わないクマね?」

「ちなみにその間、提督の呼び方は『ご主人様』で統一するにゃ」

「うぐぐ……」

 

 いかにも楽しんでますという表情の二人に涙目になりながら、木曾は苦悶の表情を隠せない。

 冗談じゃない。あんなふりふりの恰好で今日の秘書艦業務を提督と二人っきりなんて考えただけで羞恥で死ねる。よりによって絶対似合わないメイド服なんて何考えてんだあのバカ姉は。青葉に写真なんて撮られた日には一週間は引きこもれる自信がある。

 そこまで考えてなお、木曾は前に踏み出そうとしていた。

 

(だって提督は二つ返事で俺の要求を飲んでくれたじゃないか)

 

 こんな時に持ち前の男らしさ(女だが)を発揮してしまう木曾はやっぱり木曾である。

 そのまま堂々とした姿勢で姉達二人に了承の意を返す。要は勝てばいいのだ。そんなある意味楽観的とも言える感情は次の多摩の指摘であっさりと崩れ去る。

 

「提督、分かってると思うけど情けや手加減は無しにゃ。それじゃ意味ないにゃ」

「分かっている。木曾のその決意しかと見届けた。私も持てる全てで迎え撃とう」

「あ……はは」

 

 こんなときまで大真面目な提督に木曾が乾いた笑いを漏らす。

 ああもうどうにでもなれ。

 

「それじゃあ制限時間は十五分クマ。始めるクマ!」

「ええいままよ!」

 

 号令と共に木曾は駆ける。相対する提督は静かにすっと構えをとる。

 その表情はどことなく嬉しそうで、どこか楽しそうな、そんな風に見えた。

 

 

 

「お、お茶が入った……入りました。ごごご、ごしゅ……ご主人様」

「…………うむ。ありがとう木曾」

「だあー! やっぱ無理! こんなの恥ずかしくて死ぬ!」

「き、気持ちは分かるが壁に頭をぶつけるのはやめたまえ。怪我をしてしまう」

 

 身体にメイド服、頭にフリルのついたカチューシャ、手には白い羽根つきの手袋を身に纏った木曾が入れてくれたお茶を啜りながら提督が今日何回目かの気遣いを向ける。

 木曾は結局負けた。それはもう完膚なきまでに。

 

「結局勝負には負けるし球磨姉たちには死ぬほど笑われるし……まあ全部自業自得だけど」

「そのなんだ、すまないな」

「提督が謝る必要はないぜ。それになんだかんだ言って最後の組手は楽しかったしな」

「うむ。手に汗握る実にいい攻撃だった」

「よく言うぜ。全部交わされるか受け流されるか、やっと道着を掴んだと思ったら気が付けば身体が宙に浮いてるし。しかも地面に叩き付けられる前に優しく背中を支えられるとかもう」

 

 そこまで言いながら、色々と提督と身体を密着させていたことを思い出しむぐっと口を紡ぐ。提督といると冷静でいられなくなくなるから困ると近くに置いてあった自分用の水をぐいっと飲む。

 

「しかしあれで良かったのか? 木曾は集中力を高める何かを探していたんだろう?」

「そうだけど、ある意味目的は達成できたからこれはこれでいいさ」

 

 空になったコップへ水差しから水を注ぎながら、木曾は笑う。

 提督とこうやって他愛もない話をできるような話のタネを見つけることができた、それだけでも十分すぎる進歩だと木曾は満足する。

 

「まあ木曾が納得しているならそれでいい。もう何も言うまい」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「それより、もう球磨も多摩もいないのだから、無理してその服を着ている必要はない。着替えたいなら着替えてきたまえ」

「いや、そうしたいのはやまやまなんだが……それだとなんか負けたみたいで悔しくて」

「木曾は律儀だな」

「てい……ご主人様ほどではないですーだ!」

 

 敬語なのかどうなのか微妙な言葉遣いで下をベーと出してくる木曾に提督は苦笑する。こういう機会でもなければ見ることができなかった彼女の新しい一面を知ることができ提督としても嬉しい限りであった。なるほど木曾は意外とユーモアに溢れているのだな、などと一人勝手に頷いている。

 

「まあ約束は約束だしな。提督にも見苦しいもの見せて心苦しいが今日だけ付き合ってくれ」

「む? 私は木曾が嫌そうだから着替えを提案しただけで決して見苦しいなどとは思っていないが」

「…………え?」

「メイド服とやらにどのような付属効果があるのかは分からないが、白を基調としたそのデザインも可愛らしくあしらわれたそのフリルも清潔感溢れる木曾によく似合っている。上手く言葉にできないが、その服は木曾の魅力をしっかりと引き立たせていると思うが」

「わ、分かったもう十分だ! それ以上は止めてくれ!」

「ぬ、すまない。少しデリカシーに欠けていたようだ。本当に申し訳ない」

「いや別に嫌だったわけじゃなくてむしろ嬉しかったんだが……う~もう着替えてくる!」

 

 顔を両手で隠したまま木曾はバタンと執務室を出て行ってしまう。

 目の前に誰も居なくなってしまったことと、失言してしまったかという悩みに頬を掻きながら提督は後日お詫びに木曾の買い物に付き合おうとスケジュールを埋めていく。

 

 その後、着替えて帰ってきた木曾にしばらくつーんとそっぽを向かれて、その夜提督が女性の扱いを鳳翔のところに相談しに行ったのは別のお話。

 




 なんだか木曾のキャラがぶれているような?
 まあいいか(適当

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