口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

37 / 61
第三十五話 夏の慰安旅行 其の五

 

「スイカ割りだ、提督」

「……む?」

 

 何かの鬱憤を晴らすかのように北上と大井が海に飛び込んでいくのを見送った直後。とりあえず一息つけるためにホームテントへと戻ってきた提督を待っていたのは、そんな長門の言葉だった。

 上下が分かれたスポーティな、白地メインで側面に黄色のラインが入った水着を見事に着こなしながら、握りしめられた右こぶしとやけに活力に溢れた表情が実に眩しい。

 

「スイカ割りか。別に構わないが、長門にしては珍しい提案だな」

「ああ、いや、私がやりたいわけではなくてだな」

「やりたがってるのは文月ちゃん達で、私と長門姉がその実行委員長ってとこかしらね」

「ふむ。なるほどな」

 

 長門の後ろからウインク交じりに現れた陸奥の言葉に提督がなるほどと頷く。いつも通りとはいえ、陸奥としては他の男には絶対やらない、さりげなく男性受けしそうなポーズとウインクまで飛ばしているのに、全く興奮した様子もなく無反応で返されるのだから不憫である。

 そんな陸奥の健気な努力を無意識で受け流しながら、提督は頭の中に浮かんだ予想をぽつりとつぶやく。

 

「おそらくだが、文月たちはスイカ割りをしたことがないのだろうな」

「ああ、ここに来る前に海でできる遊びを一通り予習したらしくてな。スイカ割りはその中の一つだそうだ」

 

 提督の言葉に苦笑しながら補足を付け加える長門。

 文月たちぐらいの年齢から考えれば、スイカ割りという遊びに興味を示しても別段おかしなところは何もない。そもそもスイカ割りは確かに夏の海での遊びの代名詞のように捉えられがちだが、事実、その準備と実行した後のスイカの処理と片付けの煩わしさからか、思っている程実行しようという人間は少ないのだ。

 にもかかわらず、駆逐艦年少組の小さなわがままのためにそれを実現しようとしている長門や陸奥は、傍から見れば実に面倒見の良いお姉さん役だと言えた。

 

「すまんな。本来はそういった役目は私がやるべきなのだが」

「これぐらいなんでもないわ。それにこう言っちゃアレだけど、あの子たちの希望に一つ一つ提督が絡んでいくとそれだけで提督の旅行が終わっちゃうわよ」

 

 陸奥の妙に説得力のある言葉に思わず唸ってしまう提督。いくらなんでも大袈裟な、と言いたくなる内容だが、駆逐艦の少女だけで述べ五十人を超えているのだからあながち間違っていないところが悩ましい。

 流石に全員が全員、提督に対してストレートに欲求をぶつけてくるほど積極的なわけではないが、せっかくの機会なのだから少しぐらい提督との思い出が欲しいと考えてしまうのも仕方のないことだろう。

 

 ちなみに、常日頃から物静かで思慮深い神通が先陣を切って事を起こしたことにより、普段は遠慮と羞恥心から事を遠巻きに眺めることが多い大人しめの少女たちが、無駄に勇気を振り絞ろうとしてしまっていることを提督は知らない。

 いろいろと事情はあるが、事実として提督は現状に至るまで海に入ってすらいないのだから、陸奥の心配は正直真っ当なものであることは間違いないのであった。

 

「君たちが楽しめるのであれば、別に私はそれでも構わないのだが」

「駄目よそんなの。本来なら一番の功労者である筈の提督が真っ先に日頃の疲れを癒すべきなんだから。少しは自分の事も考えなさいな」

「陸奥の言う通りだぞ提督」

「ぬう」

 

 提督としては素直に思ったことを口にしただけなのに、予想以上の反撃を二人から食らってしまい少しだけ落ち込む。とはいえ、以前働きすぎで倒れた前科があるため、反論しようにも説得力がないのだからどうしようもない。

 多少の反省と共に陸奥たちの思い遣りに感謝しつつ、提督は逸れ掛けた話題を本筋へと戻すために口を開く。

 

「ともかくスイカ割りに対して私からの異論はない。それにこんな時にまで私の許可をとる必要はないぞ?」

「それは私も長門姉も思ったんだけど、文月ちゃん達がやけに提督と一緒にやりたいって訴えてきてね。まあそれは別に大した事じゃなかったんだけど」

「他にも何か問題があるのか?」

「うむ、肝心のスイカがな、無いのだ」

 

 提督の疑問に、話題を根本から崩しかねない発言をぽろりとする長門。

 ここが他の鎮守府で相手が別の提督だったならば、馬鹿にしているのかと叱責されても別段不思議でもなんでもない発言をこうも堂々とできる長門は流石のビックセブンだと言っていいかもしれない。とはいえ、言われた側である提督も『ふむ』と気の抜けるようなおおらかすぎる対応をしている辺り、心配するだけ無駄ではあるのだが。

 

 補足しておくと、既に長門達は砂浜近辺のスイカを置いてそうな店は訪れており、売っていないことはその目で確認済みだ。

 一応スイカと呼べる物はいくつか売ってはいたのだが、どれも既に切り分けられたものやパック詰めにされた物ばかりで肝心の丸々一玉というものはどこも置いていなかったのだ。が、それもこれも元々そういった用途や需要が皆無のこの場所では、置いていないのは商売的に当たり前であり、その事に文句を言うのは筋違いであるため二人とも素直に提督に相談に来たと言う訳である。

 

 海の家の主人の話によれば、ここから北の道沿いを一時間ほど歩けば大きなデパートがあり、そこになら売っているらしく、駆逐艦至上主義を密かに掲げる長門は勿論走る気満々だ。

 文月たちの人数を考えれば一玉では足りないのは明らかで、行きはいいが帰りはどうするのだと陸奥は思ったが、口にすると巻き込まれそうだったので普通にスルーしている。中々に姉に対してドライな妹のように見られそうだが、今の長門の変身してしまいそうな変態的輝きと迸る情熱を前にすれば妥当な判断だと言わざるを得ない。

 

 とりあえずあまりにも無理そうな時はそれとなく宥めようと考えていた陸奥だが、彼女の思考やその他諸々の問題点は次の提督のあまりにあっさりした一言で杞憂へと変わることになる。

 

「スイカならあるぞ」

「だろう? いくら提督と言えどいきなりこんな事を言われて困るのも当然だ。なのでここは私がひと肌脱いで……何?」

「え? あるの? スイカが本当に?」

「ああ。とりあえず人数分に足る程度にはな。数でいうとざっと百玉くらいか」

『ひゃ!?』

 

 探していた物があるという驚きもさることながら、提示された数に脳がフリーズする長門と陸奥。

 あまりに突飛すぎる提督の言葉に若干怪訝な表情になる陸奥と長門だが、長い付き合いの中で提督が嘘を吐いたことは一度もない事を思い出し揃って首を横に振る。なによりここで嘘を吐く意味など、提督の立場からしたら微塵も存在しない。

 とりあえず驚いていても話が進まないので、どうにかこうにか長門が再度確認の意味も込めて口を開く。

 

「本当に……あるのか?」

「ああ」

「でも昨日の晩にも確認はしたけれど、荷物の中にはそれらしきものはなかったわよ?」

 

 提督の頷きに呼応するように新たな疑問を投げかける陸奥。

 昨日の晩にも、出発前にもそれらしき荷物は見当たらなかった。そもそもスイカ百玉などが置いてあってそれに気が付かないわけがない。仮に別ルートで運んだとしても、ここまで責任者である提督が一切関わった痕跡がないのだからそれも考えにくい。

 

 余談ではあるが、陸奥と長門には出発前の荷物の最終チェックを行う役割が割り当てられていた。折角の旅行を台無しにしないためにも事前に何重にもチェックを掛けたのだ。その中にスイカ百玉の存在があったかどうかなど聞くまでもないことだろう。

 結論として、提督は大本営経由で直接現地へスイカを用意してもらうよう手筈していたのだから、この二人はおろか、鎮守府の誰もが気付かないのも当然ではあったのだが。

 ある意味でサプライズ的な事実を聞かされ、呆気にとられる二人。そこで何かに気付いたように長門が顔を上げる。

 

「いや待て提督。スイカがあるという事実はよく分かった。だが、その費用はいったいどこから捻出したのだ? まさか……」

「ちょっと待って提督。それはいくらなんでもやりすぎよ」

「ああ、心配しなくても私が自費で購入したというわけではない。そんなことをしたらかえって君たちに気を遣わせると思ったからな」

 

 一瞬脳裏をよぎった予想を明確に否定されて胸を撫で下ろす二人。もしここで提督が自分達艦娘のために自費でスイカを百玉購入していたなんて事実が発覚していたならば、感激と同程度の申し訳なさが生まれていただろうことは間違いない。

 嬉しいことは間違いないが、その事で提督の負担になるのは艦娘の少女達にとって一番辛い事であり、考え方に若干の違いはあれど、この点については提督も十分に理解している。

 

「それなら良かった。提督の事だからもしやと思ってしまったぞ」

「そうね。提督のことだからまさかと思ったわ」

「むう。私も少しは君たちに信頼されてきたかと思ったが、どうやらまだまだのようだな」

「ふふ。そう言った面で提督は私達の事を考え過ぎるくらい優しいから、少しぐらい裏切った方がいいかもね」

「それは言えてるな。で、結局そのスイカはどのような経緯で手に入れたのだ?」

 

 嵐の後の晴れやかな空模様のように一気に弛緩した空気の中。珍しく提督が弄られる側という状況で長門が半分どうでもよくなったような口調で聞きそびれた理由を促している。

 長門と陸奥からすれば提督が自費で購入する以上の衝撃的理由はないだろうと高を括っていたこともあって、事も無げに発せられた提督の次の言葉に暫く反応することができなかった。

 

「ああ、今回の表彰は大本営直々の大規模なものだからな。知っての通り、今までの例に倣って一つ大本営に対して希望を出すことができたのだ。時期的に丁度いいということもあってそれを百玉のスイカにして準備しておいてもらったのだ。君たちに相談する時間がなかったため私の一存になってしまったのが申し訳なかったのだがな」

「……は?」

「……え?」

 

 あまりにも軽い口調で発せられた衝撃的事実に、目を見開きながら辛うじて疑問符のような音だけを漏らす長門と陸奥。

 海軍に属しているのなら誰もが知っており、同時に憧れる褒賞制度。毎年数多の軍人が狙っては散っていくソレを、目の前の上司はスイカ百玉のために使ったと言うのだから二人の反応も無理はない。

 

 大本営の定める褒賞制度にはいくつか種類がある。その中でも今回半期間の中で特に優秀な戦果を収めた鎮守府の代表である提督に与えられたモノは最上級の特別褒賞であった。

 内容は単純に大本営に対して様々な希望を出せる権利となるのだが、その範囲が実に広いことが特別褒賞が求められる理由にもなっている。

 物ならば大概揃えてもらえるし、休暇が欲しければ半年程度ならば融通を効かしてくれる。その間に実務は大本営が責任を持って請け負ってくれるのだから心配することもない。

 

 だが、それよりもなによりも軍人にとって一番魅力的なのが昇進に対して便宜を図ってもらえることだ。便宜を図るといっても実際は一階級昇進が約束されると言っていい。

 通常の褒賞と比べると破格ともいえる制度ではあるのだが、年間で一人でるかどうかといったレベルなので大本営からしてもどんな要求をされたところで痛くもかゆくもない。

 

 実際過去に受賞した人間は、ほぼ全員が昇進か、物欲へと流れていった。そんな凡例を嘲笑うかのように突如要求されたスイカ百玉だ。報告を聞いた海軍元帥があまりの衝撃に高熱を出して三日間寝込んでしまうのも無理はない。

 ともあれ大真面目な表情で発せられた提督の言葉に、呆れを通り越して笑いすら浮かべている長門と陸奥。

 

「……提督は馬鹿なのか?」

「ええ……多分世界一の大馬鹿ね」

「むう。なんだか酷い言われようだな」

 

 若干困ったような表情の提督に長門がそれとなく理由を問う。そのまま少しだけ考え込んだ後、提督はさも当然といったような口調で胸の内を打ち明ける。

 

「この広い海で私ができることなどほんの一握りでしかない。それこそ私一人では深海棲艦を退けることも、一般市民をその脅威から守ることもできない。そんな私が今もこうして提督という職務に全力を注げるのも、全ては君たちが私の背を支え、時には進むべき道を示す灯台となってくれているからだ」

 

 とつとつと話す提督の言葉はお世辞にも流暢とはいえないものであったが、一言一言が提督という人物を形づくるピースのように感じられて長門も陸奥も聞き入っている。

 

「大本営から見れば悲しいことに戦果は全て私に対する勲章となっているみたいだが、私からすれば与えられる評価や褒賞はすべからく我が鎮守府の仲間全員に等しく与えられるべきものだと思っている。私個人からすれば特別褒賞などは単なる飾りにすぎない。大事にするべきはそれまでの心の軌跡とそこに至るまでの過程だと私は父に教わった」

 

 最後まで口下手に、つまりながら少し恥ずかしそうに後ろ髪に手をやりながらも提督は、言い終わった後に今まで見せたことのないような表情で微笑んでみせた。

 

「だからこそ特別褒賞は全員で共有できるものをと私なりに考えてみたのだが。まあ、そこまで悩んで考え付いたのがスイカでしかなかったのは、我ながら情けない話ではあるのだがな」

「そんなことない! そんなことないぞ提督!」

「ええ、本当に。柄にもなく本当に嬉しくて少し涙が出ちゃった」

 

 言い終わった提督の右手を自分の両手で握りしめながら号泣する長門と、目尻に浮かんだ滴を拭っている陸奥。

 人の中には口先だけで行動が伴わない人間が多々いるが、提督の場合その逆で、行動には一本の信念が通っているのに説明不足すぎて大幅に損をするタイプなのだ。

 しかしそれも提督と長く付き合っている人物ほど、その部分を彼の美徳として理解することになるのだが。

 

「とにかくそういうわけだから、文月たちが喜んでくれる糧となるのならスイカも本望だろう」

「ちゃんとシートも敷いて間宮さんも呼んでるから、食べる分にも安心ね」

「ああ! これで文月たちの喜ぶ顔が見れるわけだな! 想像しただけで胸が躍るな! 提督もそう思うだろう?」

「む? ああそうだな。駆逐艦の少女達の笑顔は明るく元気でいいものだ」

「! そうだろうそうだろう! 駆逐艦はなんといってもあの小さくて無邪気なところが最高に胸が熱いのだ! 文月達のような抱きしめたい可愛さもある一方で、暁達年中組も背伸びしたい盛りのいじらしさが正直最高だと思うのだがどうだろう!? そんな中で少し大人びた雰囲気の秋月達年長組にはその年頃でしか出せない雰囲気というものがあってもう堪らないわけで――」

 

 何気なく同意してしまった提督に気をよくしたのか突然駆逐艦についての愛を語り出した長門。

 ひたすら話しながらも無理やり提督を座らせて、どこからかお茶の準備を始める変態。あまりの急展開に瞳を白黒させながらも律儀に相槌を打っている提督は実に付き合いのいい上司である。

 長門が一拍おくためにお茶を飲んでいる隙に提督が陸奥へ困惑しながら耳打ちを促している。

 

「陸奥、長門はいったい何を言っているのだ?」

「安心して提督。分からないことが普通だから」

「むう。すまないが私の代わりにスイカを持ってきてもらうように大本営に電話してくれないか? この携帯で直通で繋がるはずだ」

「はいはい。お礼は後で二人きりのシュノーケリングで手をうつわ」

「ぬう……了解した」

 

 提督から手渡された携帯を手に、さりげなく約束を取り付ける陸奥。こういった事に隙がないのは流石としか言いようがない。もっとも先程から長門と提督が傍から見れば楽しそうにしているのを見て、内心では嫉妬の炎を燃え上がらせていたわけで。

 いっそのこと横から提督の頬にキスしてやろうかとも考えたりしたのだが、流石にまだ早いかと自重するあたりは姉と違い理性的と言えなくもない。

 

 

 なにはともあれ数十分後、文月達のもとにみずみずしくまんまると太ったスイカが届くのであった。

 




 もうこの際、夏が過ぎたとか気にせず思いっきり海編を書いてやろうと思いました、まる。
 まあ、この後夏祭り編も考えてたんですけどね! こりゃお蔵入りかな?

 前回、感想について少し書きましたが、感想をいただけること自体はとても嬉しいので気兼ねなく書いてもらえると作者としても嬉しいです。

 返信は遅くなるかもしれませんが、必ずしますので気長にお待ち頂けると幸いです。

 それではまた次回で。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。