口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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第三十六話 夏の慰安旅行 其の六

「たやー!」

 

 なんとも可愛らしい掛け声と共に、一本の木製の棒がスイカ目掛けて振り下ろされる。

 刹那、これまた割るという表現には似つかわしくない気の抜けるような音を返しながら、ごろりと半分に割れるスイカ。露わになった断面からはスイカ独特の甘い香りと、瑞々しい汁気を帯びた実と種が覗いている。誰の目から見ても一目で品質の良さを見て取れる程度には美味しそうだ。

 

「どうかな? どうかな?」

 

 手応えを感じたのか、両目を塞いでいた布をいそいそと取り外し、高揚した面持ちで目の前の戦果を確認する文月。そのまま見事に割れたスイカを見て、幼い身体全体で喜びを表現するようにぴょんぴょん飛び跳ねている。

 純真無垢、天真爛漫、振り撒かれる彼女の笑顔にはそんな言葉がよく似合う。最近、大本営の一部を中心に文月教という怪しげな宗教が広がりつつあり、大天使文月なる謎の合言葉が浸透しているらしいところから見ても、憲兵はもう少し働くべきである。

 

「文月ちゃんいいよー!」

「カッコいいぞー文月ー!」

「ナイスヒットふみちゃん!」

 

 先程まであっちだこっちだと楽しげに誘導していた艦娘仲間たちも綺麗に切られたスイカ片手に文月へ称賛を送っていた。スイカ割りに参加している駆逐艦の子達を囲むように敷かれたビニールシートの上で、微笑ましい視線を送る年上組の姿も相まって、まるで授業参観のような様相を醸し出している。

 ちなみに駆逐艦至上主義の長門は文月がスイカを割った瞬間、甲子園で優勝した高校球児のように見事なガッツポーズを決めて号泣していたことは言うまでもない。

 

「はいどうぞ若葉さん、初霜さん」

「この瞬間を待っていた!」

「ありがとうございます間宮さん、伊良湖さん」

 

 娯楽としての役目を終えたスイカは間宮と伊良湖の手によって綺麗に整えられ、盛大に振る舞われている。が、騒ぎにつられた休暇中の人々の物欲しげな視線に料理人根性を刺激されたのか、立ち寄る人々全員に配っているため、周囲は軽いお祭り状態だ。

 とはいえ本人たちが実に充実した表情で動き回っており、図らずも二人の水着の上からエプロン姿という恰好が男性軍人の士気の上昇に一役買っているため文句を言う者は誰もいない。

 スイカを配ることに関しても事前に提督に了承を得ている辺り、間宮の食べ物に対する懐の深さは相当なものだと言えるだろう。

 

「司令官、スイカをお持ちしました」

「ああ、ありがとう三日月」

「ほら、望月もいつまでも司令官の膝の上でダラダラしないで一緒にスイカ食べましょう」

「んあー。あんがとー」

 

 三日月から手渡されたスイカを受け取りながら、お礼を言う提督と望月。提督の膝の上にだらりと上半身を投げ出している望月に呆れながら、三日月も空いている提督の隣へと座る。

 

「もう……すいません司令官。望月がご迷惑をかけてしまって」

「ぬ? いや、この程度迷惑の内に入らないさ」

「あー。司令官の膝の上でスイカ食べながらダラダラすんのサイコー。やっぱり休暇はゆっくりしないとねー」

「ゆっくりってあなた普段と何も変わってないですよ」

「うわーひでー」

 

 気心の知れた相手だからか割とストレートな物言いの三日月に明らかに適当に言葉を返している望月。あーだこーだ言いながら、一向に提督の膝の上から起き上がろうとしない辺り余程気に入っている様子である。

 こんなところでもゴーイングマイウェイな望月を半ば呆れ顔で、少しだけ羨ましく感じつつ三日月はスイカを一口。同時に口内に広がるスイカ特有の甘い香りを堪能しながら、強張っていた肩の力を抜く。望月のようにとまでは言わないが、確かに休暇中にまで肩肘を張る必要はないのだ。

 

「美味しいですね、司令官」

「そうだな。甘すぎることもなく、水分量も適量で種も少なく食べやすい。流石は大本営が選んだだけのことはあるな」

「うあー。横向きながら食べるのめんどくせー。司令官食べさせてー」

「ぬ? ほら、これでいいか?」

「あんがとー」

「こら望月、いくらなんでも甘えすぎです! ちゃんと座って食べなさい!」

「いやーそれが、司令官の膝の上が思いの外心地よくて。三日月も試してみなってホント」

 

 注意していた筈が、逆に提督の膝の上を勧められてしまいドギマギしてしまう三日月。興味津々だが、真面目を地で行く彼女にはなにがしかの葛藤があるらしく悩み始めてしまう。隣では自分の膝の上の有用性を微塵も信用していない提督が同じように渋い顔をしている辺り、二人は似た者同士と言えるかもしれない。

 

 余談ではあるが、実のところ提督の膝の上は駆逐艦を中心に密かに絶大な人気を誇っている。響を始め、ろーちゃんや雪風など提督の膝の上を定位置としたがる少女はなにかと多い。

 いくら前線で戦う力があるといえど、それを除けば彼女たちは一般の子供たちと何も変わらない。まだまだ愛情が必要な年頃であり、毎年戦いで心を摩耗してしまった艦娘が各地のメンタルケア施設を訪れる事例が後を絶たず、大本営も頭を悩ませているのだ。

 故に最近では彼女たちのメンタルケアが可能かどうかも、提督として選ばれる者の大切な一つの指標になっている。反面、スキンシップを自身の欲望の隠れ蓑とする輩が非常に多いことなどから、大本営も提督業に就く者の選定は必要以上に注意を払っている。

 もしこの大本営の努力がなければ今頃、世の憲兵は休日返上で毎日ロリコンと変態との出会いを余儀なくされていたかもしれないと噂される程度には案件が多いのだ。

 

 一方で着任した提督が極度の堅物だったり、既に悟りを開いている等々。逆に提督側の問題によりスキンシップが足りないという艦娘側の不満問題も全体の一割以下ではあるが発生している。実際、何事にも例外は存在するものだが、毎回、その一割以下の筆頭に同じ鎮守府の名前があがってくるため、調査隊の方の目が生温いものに変化していたりするのだが。

 結果として、相手が来ないならこちらから行けばいいじゃない精神でコミュニケーションが苦手な提督に、積極的にスキンシップを図ろうとする彼女たちの行動はある意味で自然な事であると言えるのだ。

 

「えと……司令官」

「……私の膝などでよければいつでも貸そう」

「! し、失礼します」

 

 三日月の期待と申し訳なさ半々と言った表情と上目遣いに観念したように折れる提督。自分の膝の上なんか良いモノでもないだろうにと思いかけて、幼い頃、母ではなく父に同じようにしてもらったことがあることをふと思い出す。母とは全然違う筈なのに、妙な安心感からすぐに眠ってしまった覚えがあることから、彼女たちが求める気持ちもなんとなくわかるようになったのが最近なのだ。

 本人に自覚はないが、結婚すらしていないのに着々と父性だけが育ちつつあり、このまま枯れ果ててしまうのではないかと周りを無駄にハラハラさせているのだからどうしようもない。

 

「なんでしょう……うまく言葉にできないのですが凄く心が落ち着きます」

「ほら言ったっしょ? これはもう一家に一人提督が必須だよ」

「私は大型家電か何かなのか……」

 

 お互い軽口を叩きあう提督と望月をよそに、弛緩していく四肢に瞼が重くなってくる三日月。丁度太陽が雲で隠れていることもあって暑さも和らぎ心地よい風が頬を撫でていく。

 無意識の内に提督が三日月の肩に手を添えながら、子をあやすようにポンポンとリズムを刻むにつれて完全に身を預けてくる三日月を眺めながら微笑みを見せる提督。

 あまりにも自然な微笑みだったため、少し離れたところで密かに提督のベストショットを狙っていた青葉がレンズ越しに思わず魅入ってしまい、直後、折角のシャッターチャンスを逃した後悔から砂浜を転がりまわるという怪奇現象に発展していたが、三人は気づいていない。

 もし娘がいたらこんな感じなのだろうかと縁側でお茶する爺様のような思考を巡らす提督の元に、スイカ割りを堪能した文月が子犬のように駆け寄ってくる。

 

「しれーかーん! スイカ綺麗に割れたんだけど見ててくれた~?」

「うむ。見事な一刀だった。流石は文月だな」

「えへへ~。しれーかんに褒めてもらえるように頑張ってよかった~」

「楽しめたのなら何よりだ」

「すっごく楽しかった! しれーかんありがと~」

 

 ぱたぱたと尻尾が幻視できそうなほどニコニコと満面の笑みを向けてくる文月の頭を撫でる提督。提督が全身から穏やかな空気を発しているのと同じように、文月にはどうにも頭を撫でてやりたくなる何かが発散されているような気がしてならない。

 提督のすぐ右下ではポンポンがなくなった望月が無言で不満の視線を送り続けている。が、反応がないので口をへの字に曲げたままふて寝へと移行する。諦めが早い所が実に彼女らしい。

 

「ほわ~、望月ちゃんも三日月ちゃんもいいな~。しれーかんのお膝の上気持ちよさそう~」

「だいじょぶだいじょぶ。文月のためにちゃんと真ん中開けてるから。だよね司令官?」

「ぬ……ぬ?」

 

 先程の仕返しか、悪戯を思いついたような顔で三人目を迎え入れようとする望月。彼女の言葉に困惑する提督を余所に文月の表情がみるみるうちに歓喜の表情へと変わって行く。

 駆逐艦の中でも特に幼い文月ではあるが、その分誰よりも自分の感情に素直で真っ直ぐで、それがもろに表情に出る。今の彼女を見てNOと言える人物がいるのならば、それは恐らく人間ではない。

 そんなこんなで許しを貰った文月が、望月とは逆側で静かに寝息を立てている三日月を起こさないように器用に提督の胡坐の上へと飛び込んでいく。

 傍から見れば完全に娘と戯れるお父さんだが、実情は彼女すらいない二十八歳の口下手な男なのだから笑えない。

 

「えへへ~。海って楽しいねしれーかん」

「そうだな。折角来たのだから命一杯楽しむといい」

「んあー。司令官スイカおかわりー」

「もうすぐお昼だから食べすぎると入らなくなるぞ?」

「望月ちゃんアタシの分けてあげる~。半分こしよ~」

「ん、あんがとー」

 

 お互いが完全にリラックスした状態で穏やかなひと時を楽しむ望月と文月。姉妹艦ならではのやりとりに和みながら、提督は目が覚めたのであろう三日月に小さくおはようと声をかける。遊ぶことは意外とエネルギーを使うため、眠たくなるのも仕方がないと、しきりに謝ろうとしてくる三日月を宥めているところで、新たに三人の少女が現れる。

 

「さっきから見ていれば三人だけで提督と楽しそうにワイワイと! そんな裏切り者はこの正義の使者である艦隊レンジャーが成敗してくれる! グリーンライト参上!」

「私が菊……違う。同じくホワイトライト参上!」

「お、同じく……ううやっぱちょっと恥ずかしい……イ、イエローライト参上!」

 

 いきなりよく分からないテンションと言葉で現れた長月と菊月、皐月の三人。全員が台詞の後にキメポーズをとっているが、妙に様になっている長月、やけに楽しそうなドヤ顔の菊月、恥じらいが逆に可愛らしい皐月と三者三様でばらばらだ。

 そして何よりも、胸に平仮名でそれぞれの名前が書かれたスクール水着という姿が危険な香りをぷんぷん漂わせている。先程までは気にしない様にしていたが、六人揃ってスク水姿というのは流石にどうしてこうなった感が満載で、しかも見事に似合ってしまっていることで逆に反応し辛いのだ。狙っているのか、天然なのかコミュ力不足の提督には予想すらも立てられない。

 

「ふはは! 性懲りもなく現れおったか艦隊レンジャー! 我等悪の結社ダークナイトムーンが返り討ちにしてくれる!」

「も、望月?」

「あれだけ痛めつけてあげたというのに、まだ向かってきますか。諦めの悪い人たちですね」

「み、三日月?」

「ほわ~、カッコいい~! アタシも頑張るからしれーかんも頑張って~!」

「りょ、了解した。が、何を頑張ればいいのだろうか」

 

 長月たちの登場で突如始まった特撮ヒーローごっこのノリに盛大に巻き込まれる提督。傍から見れば娘たちに知らないアニメごっこに無理やり付き合わされ、戸惑うお父さん風で微笑ましいのだが、本人は割と必死である。

 周囲の空気から察するに、提督に求められているのは悪の親玉的役回りだろう。まあ実際こんな、日がな一日縁側でお茶を啜ってそうな雰囲気の悪の親玉などいないだろうが、そんなことは関係ない。少女達からすれば提督と遊べれば内容なんてなんでもいいのだ。

 文月の激励と共にありったけの期待の眼差しを向けてくる六人のスク水戦士達。相変わらず菊月だけシュバっと次から次へとポーズをとっているのが妙に可愛らしい。

 提督としても折角の楽しそうな雰囲気を壊したくなかったので、とりあえず頭に浮かんだ言葉を発言してみることにする。

 

「よ、よく来たな長……ではなく艦隊レンジャーよ。か、歓迎しよう」

「なに!? か、歓迎してくれるのか!?」

「いやいや、悪の親玉めっちゃいい人じゃん。一気に親戚のお兄さんぐらいの貫録になったなー」

「うふふ、司令官に悪い人役は向いてませんね」

「頑張れ~しれーかん」

 

 必死で振り絞った言葉に味方から駄目出しを食らい、少しだけへこむ提督。しかし、対面では艦隊レンジャーがふらふらとこっちに近づいてきそうな空気だっただけに効果はあったようだ。

 

「落ち着け、グリーンライト。これは相手の策略」

「はっ!? 司令官の優しい表情に騙されるところだった! 流石は悪の親玉か! しかしもう同じ手は通用しないぞ! なあイエローライト……ってイエローライト!?」

「皐月の分もスイカがあるが一つどうだ?」

「いいの? ありがとう司令官! 実はまだボク食べてなかったんだ!」

「おいホワイトライト! イエローライトが簡単に買収されてるぞ!?」

「これが司令官の戦略……流石」

「……もうキメポーズはいいんだが」

 

 あっさりと敵の手に堕ちる皐月となおもキメポーズをキメルことに余念がない菊月に若干げんなりした表情で力なく項垂れる長月。なんとも平和を守れそうにない正義の使者である。

 開幕と同時に仲間が一人寝返るというとんでもない展開は予想できなかったが、仕方ないと仕切り直す長月。そう簡単に正義が倒れるわけにはいかないのだ。

 

「ホワイトライト、お前は私に力を貸してくれるか?」

「勿論だ」

「ありがとう」

 

 菊月の力強い言葉に長月の萎みかけていた気持ちが前を向く。相変わらずキメポーズ姿の菊月だが、もはやそんなことはどうでもいい。

 ちなみに提督以外の四人は既に仲良くスイカをつついており、最後まで付き合っている提督は実に忍耐強い性格をしていると言えた。が、あまり長引いて喧嘩にでもなったら大変なのでとりあえず目が合った菊月へと提督が声をかける。

 

「菊月はもうスイカは食べたのか?」

「いや、甘すぎるのはあまり得意ではない」

「ふふ、甘いモノが苦手な菊月に買収など通用しないぞ提督!」

「一応塩も用意している。塩分が甘みを抑えてくれてほどよい感じになるのだが」

「そうなのか……司令官も食べるのか?」

「え?」

「ああ、折角なので一緒に食べよう」

「! 共に行こう!」

「ええ!?」

 

 謀反二人目。

 あまりにあっさり仲間が籠絡されてしまった事実に膝からがくっと崩れ落ちていく長月。ちらりと五人の方に視線をやると、ニヤニヤとこちらを窺っている姿が見えた。まるでいい加減意地張ってないでこっちきなよと言っているようで、思わずぐぬぬと涙目になる長月。何かよく分からないが凄く悔しい。

 ある種、この年代の少年少女にありがちな素直になれない気持ちと皆のところに行きたい気持ちに右往左往する長月に提督がすっと手を差し伸べる。

 

「初めの登場シーン、カッコよかったぞ長月」

「ほ、本当か?」

 

 差し出された手を握り返しながら伝えられた言葉に、素直に嬉しそうな顔を見せる長月。こういうところは年相応の少女で実に微笑ましい。

 

「ああ。あれは三人で考えたのか?」

「……司令官に見せようと思って、な」

「見事に様になっていたよ。流石は長月だな」

「! そうだろう? 駆逐艦と思って侮るなよ!」

 

 一緒に手を握りながら砂浜の上をゆっくり歩いていく。隣で楽しそうに話をする長月はどうやらいつも通りの長月に戻っているようだ。そのことに一安心し、提督も相槌を打ちながら夏の日差しを浴びる。

 

「長月ちゃん早く~」

「待っていろ! すぐ行く!」

 

 視線の先からかけられる声に、長月が弾ける様に駆けていく。

 なんだかんだ言って、彼女たちは今日も仲良しだ。

 


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