口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

40 / 61
第三十八話 夏の慰安旅行 其の八

 

 提督が弥生達と共に昼食を満喫しているのと同時刻。彼らの居る所から少し離れた海上レストランで同じように昼食に入ろうとする艦娘の少女達の姿があった。

 メンバーは大和武蔵組、金剛霧島組、扶桑山城組、浜風浦風組の計八人。面子に特に意味はなく、たまたま近くにいたのを金剛が誘っただけだ。彼女の周りにはいつも人が集まってくるが、それは単に金剛の底抜けに明るい性格の成せる業であるのは間違いない。

 レストランのテーブルが四人掛けだったため自然と二組に別れることになり、各々が席へと散っていく。そのまま、もう我慢の限界ですといった様相で一人の少女が口を開いた。

 

「圧倒的に提督成分が足りません」

 

 席に着くや否や目の前の戦艦娘大和の発言に、浜風は表面上いつも通りに、しかし内心で頭を抱えてしまった

 平常時から提督が絡むと途端に面倒くさくなる彼女が、提督がいないこの場で既に面倒くさくなりつつある。表情はアンニュイで物憂げだが、言動に刃こぼれが生じていることを見逃してはいけない。提督成分が足りないとは一体何事か。おまけに大和の両隣で紅茶戦艦と不幸戦艦の長女が神妙に頷いているのだから、浜風の頬が引き攣ってしまうのも仕方がないと言えるだろう。

 

 チラリと隣のテーブルに視線を移すと、浦風たちがメニュー片手に楽しそうに談笑している姿が。昼食に来ているのだから当然の光景な筈なのにやけに眩しく見えてしまいますね、と再度視線を戻す浜風の視界に飛び込んできたのは、メニューの代わりに一枚の提督の写真を眺めながら盛大に溜息を吐く三人の主力戦艦の姿。たぶんきっと三人は何か悪い病気にかかっているんだろう。そうして浜風は一人静かにメニュー表を眺め始めた。

 

「ムー、テイトクこっちに来てから駆逐艦の子とばかり遊んでマース。ロリコン提督の疑いありデスヨまったく」

「私なんか提督に会うどころか、砂浜に落ちていた貝殻で足の裏を切ってさっきまで医務室のお世話よ……ああ不幸だわ」

 

 絶賛イジケモードと不幸モードに突入している金剛と扶桑の二人。浜風は黙々とメニューを捲る振りをしながら、心の中で反論を考えていた。駆逐艦と遊んだらなぜロリコン疑惑が浮上するのか、自身が駆逐艦としての加護を受けている浜風からしたらなんとも納得できない話である。提督は別に駆逐艦だけではなく全員に優しいし、自分だってもうロリコンに入る部類の幼さなど持ち合わせていない筈だ、と浜風の脳内でモヤモヤとした暗雲が立ち込める。視線は既にメニューなど見ていないのに、パラパラと捲れる音が実に物哀しい。

 

 勿論金剛としても冗談半分での物言いだった訳だが、この世界では残りの半分で憲兵が出動してくる可能性が捨てきれない。それぐらい過去の案件が多い話の内容であることを、あろうことか四人は大本営が目の前に見えるレストラン内で愚痴っているのだから恐ろしい。

 

「神通さんにオイルを塗って、文月ちゃんにスイカを振る舞い、長月ちゃん達と楽しく水遊び。提督はここまで皆のお願いをちゃんと叶えてくれています。ならばこの大和の迸りそうな熱い恋慕の情から湧き出るリビドーもきっと受け止めて下さるに違い――」

「すいません注文お願いします!」

 

 提督が危ない。大和の呟きに全身で彼の危機を感じた浜風が絶妙なストップを挟む。見れば大和も金剛も扶桑も何を想像したのかとろんとした表情でふへへと艶めかしい笑みを浮かべている。元の姿だけで判断するならば三人共かなりの美人に分類され、艦隊決戦時ではバリバリの主力を担う提督の剣となりうるが、現在はご覧の有様だ

 少し前の七夕の余興で、駆逐艦に憧れの人物を募った用紙の中に彼女達の名が少なかったのも、今の状況からすれば妥当だと言えてしまう。それくらい今の三人の表情は緩み切っていた。

 

(提督の身の安全はこの浜風が守り切ってみせます!)

 

 放っておけば今にも提督の元へ駆けていってしまいそうな駄目戦艦三人を相手取りながら、浜風は一人握った拳に力を入れる。実のところ、真面目な性格の浜風の思考と慕っている想いのベクトルの方向性が違うだけで、四人の提督への情の寄せ方に大きな差がないことに浜風本人すら気が付いていない。

 それぞれの注文を受けたウエイターが去っていくのを確認し、一先ず一難が去ったことに胸を撫で下ろす浜風の耳に扶桑から新たな話題が放り込まれる。

 

「それはそうと先程の提督といえば逞しい身体だったわね。元々体格は良い方だと感じてはいたけれど、やっぱり鍛えていらっしゃるのかしら?」

「ンー、前に朝の間宮食堂で誰か軽巡の子が何か興奮して話していた気がするケド、ちゃんと聞けなかったカラネー」

「大和的には鎖骨がとてもポイント高いと感じました」

 

 こうして数人の艦娘が集まる機会はそれなりに多いが、大抵一回は話題に提督が登場する。何事にも限らず、お互いの共通認識というものは得てして話題に上がりやすく、盛り上がりやすいからだ。浜風としても卑猥な内容が看過できないだけで、提督の話題には人並みに興味を持っている。ただ、自他ともに認める真面目気質がそういう話のノリに付き合うことを阻害し、悶々と悩む夜を過ごしてきた。浜風も悩めるお年頃なのである。

 

「浜風……その顔は何か知ってますネ?」

「あ、いや、それはその」

「ここまできて隠し事はイケズよ浜風。もし話してくれたら私達からも提督の丸秘情報を教えるから、ね?」

「浜風! お願いです! 大和に提督成分の補給を!」

「や、大和さん土下座は止めてください! 恥ずかしいですから!」

 

 目の前でがばっと土下座の体勢に入ろうとする大和を慌てて止めに入る浜風。金剛と扶桑の二人が大和の奇行に対して無反応なのは単に慣れているからなのか。だとすると大和は日頃から割と頻繁に艦娘としてのプライドを放棄していることになるが、浜風はそれ以上深く考えないことにした。隣のテーブルでは浦風がこちらを指差しながらお腹を抱えて爆笑している姿が見える。非常に腹の立つ顔だ。

 

「べ、別にそんな貴重な情報でもないと思いますが。提督が意外と逞しい身体をしているっていうのは前から知っていましたし……私の他にも気が付いている人は結構いると思いますが」

「な……扶桑は知っていましたカ?」

「いえ、初耳よ。大和は?」

「知っていたら土下座なんてしません」

 

 確かにその通りだ。

 何を馬鹿な事を言っているんですか、と言いたげな大和に馬鹿なことをしているのはそっちだと言いたい金剛と扶桑だったが、面倒くさくなりそうなので飲み込むことにする。今は宇宙戦艦の相手をしている場合ではないと、視線を浜風に戻す二人に当事者である銀髪の少女はなぜか少し戸惑っていた。まるで内緒にしていた秘密がばれたときのようなそんな表情で、視線が宙を泳いでいる。心なしか頬も赤い。

 

「浜風……他の子が知っているではなく『気が付いている』というのは?」

「ですからそれは……提督は遠征から帰ってきたら必ず抱きしめて下さいますし……となれば必然的に提督のお身体にも密着することになりますから」

 

 だからそういうことですと早口に語尾を切って、ぷいとそっぽを向いてしまう素振りは照れ隠しか。つまり浜風はこう言ってるのだ。『遠征から帰ってきたら提督が抱擁をしてくれるので、自分と同じようにその時に気が付いた子もいるのではないか』と。

 蓋を開ければ単純な話ではある。確かに遠征に頻繁に出る艦娘からすれば毎度の事に気が付く事もあるだろう。事実浜風は、自分よりも古参の一人である金剛ですら知らなかった事に首を傾げていた。だが浜風は一つ重大な要素を見落としていたのだ。

 

 戦艦は遠征には不向きだと言うことを。

 

「ずるいデスずるいデスずるいデース! そんなの不公平ネー!」

「これは駆逐艦から戦艦に対しての宣戦布告と見なしていいのかしら? マズイわね……今夜にでも戦艦会議を開かないと」

「…………」

 

 浜風の言葉に三者三様の反応を返す戦艦三人娘。金剛と扶桑はまだ分かるが、大和に至っては口から蒸気を漏らしながら意識を保つことを放棄している。主力がこれでこの鎮守府は本当に大丈夫なのかと心配になる程度には残念な姿だ。

 尤も、提督が遠征から帰還した艦娘を抱擁で出迎えるというのは最早この鎮守府の恒例になりつつあるが、それは頻繁に遠征に出る駆逐艦や軽巡洋艦の艦娘限定の話だ。この件に関しては度々、重巡や空母、戦艦のお姉様方から不満が噴出しているのだが、それで提督が抱擁をしなくなってしまっては元も子もない。要は自分達も同様の恩恵が欲しいがために、強く出るに出られず、指をくわえて羨ましがることしかできないのだ。

 

「い、一応言っておきますが、提督の抱擁がある日とない日では遠征の戦果に大きく差がでてますから!」

 

 なんとも言い訳に捉えられそうな浜風の反論だが、あながち間違っているとも言い切れない。いくら提督と言えど、緊急時や大本営の命などで必ず遠征組を出迎えられるわけではない。そのような場合事前に通達がいくか、遠征途中に艦載機で情報を得ることになるが、同時に目に見えて戦果が落ち込むのだ。落ち込むと言えど、目標の数値は回収してくるから大きな問題にはならないが、差が出ているのは過去の数値からも一目瞭然だ。

 なんとも現金な話だが、現在でも他の鎮守府では軽視されがちな遠征任務がここでは希望制にしたら、収拾がつかなくなるほどの人気の仕事になっているのだから、世の中分からないものである。

 

「やっぱり、出撃帰還時にも提督はワタシ達をハグするべきデス」

「目下の目標はそこね。問題は提督が何より入渠を優先する人だということだけど」

「目標達成のためにはほぼ無傷で帰投する必要があるというわけですか。いいでしょう、大和型の本当の実力を持ってそのミッション完遂してみせましょう」

 

 浜風の仲間の名誉を慮っての反論を当然のごとくスルーしたまま、三人はなにやら謀の真っ最中だ。至極真面目な表情で実に生産性のない会話を続けるポンコツ戦艦共に呆れた表情を見せつつ、浜風は少しだけ羨ましいとも感じていた。

 

(三人共、提督の話になると本当に楽しそうですね)

 

 浜風にとっての提督とは尊敬する上司であり、同時に慕う気持ちが本人の自覚とは別に日々膨らんでいることは間違いない。そうでなくても毎日提督LOVEな浦風と行動を共にすることが多いのだ。毎日任務を終えて、就寝するまで浦風は同室の浜風に今日の提督はどうだったと本当に楽しそうに話を振ってくる。就寝前の提督談義は二人の密かな楽しみになっているのだ。

 

 浦風も金剛も扶桑も大和も、性格は違えど提督に限って言えば実に積極的だ。触れ合うことに躊躇がない。遠征帰還時の提督の抱擁で未だに胸が爆発してしまいそうなほど緊張する浜風からすれば信じられない大胆さだ。一度秘書艦業務中、脚立で資料を取ろうとして誤ってバランスを崩して落下しかけたところを、提督に受け止めてもらって事なきをえたことがある。が、謀らずも二人して抱き合う形になってしまっただけにその夜は悶々として一睡もできなかったほどだ。

 浜風からすれば『触れ合いたい気持ちはあるが、やはり恥ずかしい』というのが現状なのだ。通常、こっちが普通の思考回路だが、この鎮守府には常識が当てはまらない肉食系女子が多すぎるのだから仕方がない。

 

「金剛さんは特に提督と親しいスキンシップをとっているように見えますが、周囲の目とか気にならないんですか?」

「? 好きな人に触れたいと思うことはそんなにおかしいことデスカ?」

 

 疑問に疑問で返すという金剛の高等テクニックと自信に満ち溢れた回答に浜風はぐうの音も出なかった。提督に対する誠実な想いはそれなりに持っているつもりだったが、それすらも負けているような気がして非常に悔しい。というか、何もしていないし言っていない大和と扶桑が勝ち誇ったような顔を浜風に向けているせいで、余計波風を立てている。

 

「な、なんですかその顔は」

「いえ、出撃時はいつも凛々しい浜風が珍しく悔しそうにしているから、ね」

「普段からそうやっていろんな表情見せてる方が可愛いですよ、浜風」

 

 二マニマと実に楽しそうな二人の戦艦に浜風の口がへの字に曲がる。誤解されないように言っておくが、浜風は根が真面目で冷静なだけで、別に気が弱いとかそういうわけではない。むしろ言うべきところは、はっきり言うタイプであり、間違っても言われっぱなしで黙っているタイプではないのだ。

 

「そうですね。では、次の遠征帰還時には最大限の笑顔で提督にぎゅってしてもらうことにします」

 

 普段慣れない挑発めいた言葉を使ったからか、頬がほんのり染まり言動に変な擬音まで交じっている。内心で提督に今の言葉を知られたらどうしようとか考えているあたりが実に浜風らしい。

 対する戦艦三人娘の表情は意外と余裕に満ちていた。浜風の言葉にフッと歯牙にもかけないような素振りで優雅に手元のティーカップを傾けている。なんだかんだ言っても彼女達は鎮守府が誇る百戦錬磨の立役者達だ。この程度の煽り耐性など当の昔に身に着けていても何もおかしくはない。

 右手を椅子にかけ、足を組み、優雅にアールグレイの紅茶を一口。不敵な笑みを見せながら、先程の浜風の挑発に対して金剛が口を開く。

 

「今日のランチは浜風の奢りデスネ」

『異議なし』

 

 前言撤回。彼女達に煽り耐性などない。金剛の意味不明で嫉妬心にかられた言葉に浜風は空を仰ぎながら、静かに思考を放棄した。

 

「助けてください……提督」

 

 隣ではいつの間にか現れていた青葉が高速でシャッターを切りながら、浦風と一緒に大爆笑していた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。