そして久々のしみじみ回。
夜の砂浜に七色の火花が舞い上がる。
遠くで小さな衝撃音が鳴り、見上げた夜空に火の花が咲いた。
――誰かが打ち上げ花火でも上げたのだろうか。
パラパラと静かに消えていく残火に少々の儚さを覚えつつ、重巡洋艦の加護を受けた少女――高雄は物憂げに一人溜息を吐いた。口から漏れた空気は夏の夜風に流されて海へと消えていってしまう。
周囲ではあちこちで歓声と共に灯りが燈っており、駆逐艦の少女達の楽しそうな顔が離れていてもよく見えた。
誰かを探しているのか、高雄はそのまま視線を横に滑らせ、ある一点――詳しくはある人物を視界に捉え――で動きを止めた。
「司令官司令官! 暁達とこれ一緒にやろー!」
「提督さん! あっちで打ち上げ花火やるっぽい!」
「しれえ! 向こうで島風がしれえとロケット花火の早打ち勝負をしたがってました!」
「あ、あの、提督。よければあちらで潮達と線香花火やりませんか」
「司令、不知火に花火の御指導ご鞭撻を」
「提督さん、ウチと花火見ながらロマンチックな一夜を過ごしてくれてもいいんじゃけえね?」
「提督!」
「司令官!」
「お、落ち着きたまえ君達。あまり服を引っ張るのは……ッ!? きゅ、急に飛び込んで来ては駄目だ夕立、怪我をしてしまう」
そこに彼が居た。
とりわけ多くの少女達で賑わう輪の中心でもみくちゃにされる提督。ほんの数メートル歩けば触れ合える距離。しかし高雄は動かない。遠巻きにじっと提督の横顔を見つめている。
「あらら、相変わらず人気者ね~」
「……愛宕」
「やっほ」
ハーフパンツに薄手の半そでシャツという簡素な出立で現れた愛宕に、高雄は意外そうに瞳を瞬かせた。
別に妹の服装に何かを思って、という訳ではない。煌びやかな外見とは裏腹に、普段から愛宕は割とシンプルな服を好んで着る。本人曰く動きやすいからとの談だが、その分身体の一部が更に強調されてしまっている事に本人は恐らく気付いていない。
かつて同じような服装をしていたら、とある軽空母に突然喧嘩を売られた高雄ではあるが、軽装が動きやすいのは周知の事実。現在、自身も似たような服装であるからか、高雄は特に気にせず話を続けようと口を開いた。
「自由参加だから、てっきり愛宕は部屋でごろごろしてると思ったわ」
「そうしようと思ったんだけど、部屋に居たら呑兵衛軍団が急に現れてね」
「……その言葉で大体理解できたわ」
「でしょ? とりあえず摩耶と鳥海が連行されていく隙に逃げ出してきちゃった」
「摩耶、鳥海……後で骨くらいは拾ってあげるわ」
恐らく今頃二人は、どこかの部屋で地獄を味わっていることだろう。
夏なのにぶるりと身体を襲う寒気に身震いしながら、高雄は再度視線を漂わせ、先程と同じところでぴたりと止めた。
「残念だけど、今の提督の傍に高雄の入り込める隙間はなさそうね」
「何馬鹿な事言ってるの。この花火の場はあの子達が一生懸命考えた催しなのよ。そこに強引に割って入るなんて大人げない行動する筈ないじゃない」
「ふ~ん。じゃあ後ろのあの人達は大人じゃないんだ」
「……後ろ?」
言われて、くるりと振り返った先にある光景を見て高雄は唇を戦慄かせた。
「Hey! mysisters! どうして姉の邪魔をするのデース!? テイトクとのLoveromanceへの道を開けてクダサーイ!」
「いけませんお姉さま! このまま行ってしまえば、時と場合を弁えない駄目戦艦の異名を不動の物としてしまいます!」
「いくら金剛お姉さまと言えど、提督の安らぎの時間を壊す者は榛名が許しません! ついでに提督と一夜を過ごすまたとないチャンスを、戦わずして失わせたお姉さまの日々の行動! 今この場で悔い改めて頂きます!」
「榛名、気持ちは分かるけど艤装を展開するのは駄目よ。後で司令にご迷惑が掛かるわ。ここは一つ穏便に拳で解決しましょう」
「ちょっと! どうして姉の邪魔をするのですか、武蔵! いい加減そこを通して下さい!」
「阿呆! そんなギラギラと欲望で染まった瞳をした危ない人物を提督に近づかせられるものか! 姉上の日頃の行いの所為で大和型は変態と一括りにされる私の身にもなれ! この馬鹿姉が!」
「変態とは心外ですね! 大和はいつ何時提督の身に危険が迫ろうとお守りできるように、傍に控えておこうとそう思っているだけです! ……じゅるり」
「じゅるりってなんだ!? そもそも姉上そのものが提督専用の徹甲弾のような存在の癖して寝言を抜かすな! 兎に角、私の瞳が黒い内は提督には決して近づかせんぞ!」
「提督専用だなんてそんな……大和照れてしまいます」
「くそう! 思考は奇天烈な癖して性格は超ポジティブなんて相変わらず面倒臭いなこの姉は!」
「加賀さん、そこに正座。正座です正座して下さい。……全く、今の時間は駆逐艦の子達と提督との大切な触れ合いの時間だとあれだけ言ったじゃないですか! なのにこっそり提督に近づこうとするなんて……」
(提督、駆逐艦の子達に猛アタック掛けられていっぱいいっぱいのようね。そんな少し困った表情も悪くないわ)
「加賀さん! 聞いてるんですか!」
「はい、聞いてます赤城さん」
「大体加賀さんは提督との距離が少し近すぎます。只でさえ私達女性ばかりの職場で気を遣って頂いてばかりだと言うのに、それ以上の負担を掛けるなど以ての外ですよ。あの時だって加賀さんは……」
(ああ! 幼さに物を言わせて提督の胸に飛び込むなんて! 侮れない子ね夕立……後で感触を聞いておきましょう)
「加賀さん! 分かってるんですか!」
「はい、その通りですね赤城さん」
――見なかった事にしておこう。
高雄は今見た光景をそっと胸の奥に仕舞い込み、何事もなかったかのように愛宕へと向き直った。本人からすれば完全に無かった事にしたつもりだったが、愛宕から見れば瞳のハイライトが半分消えかけているのが丸分かりなため、専ら動揺は隠せていない。
「で、どう?」
「どうもこうも、行く訳ないでしょう?」
「じゃあ代わりに私が行って来ようっと」
「まちゅ……待ちなさい愛宕」
「冗談よ。そんな怖い顔しないで。愛宕お姉ちゃん困っちゃう」
最初から冗談だったのか、愛宕はすぐに振り返り胸の前でぱたぱたと手を振った。
高雄はそんな妹の軽い仕草を暫くしかめっ面で見つめた後、地面に向けて大きく溜息を吐いた。
今、私は苛々している。
客観的に自身の心と向き合える冷静さを持つ高雄は砂浜を見つめながら、もどかしそうに眉を顰めた。苛々の理由が分からないからではない。むしろこれ以上ない位、理解できてしまうからこその心の反応に自己嫌悪してしまったからだ。
――提督と一緒にいたい。
どんな言い訳や綺麗事を並べてみても消えてくれない心の奥に潜む制御不能な燻りの炎。
高雄は自嘲する。
結局は一緒なのだ。背後で争う同僚達とも、目の前ではしゃぐ駆逐艦の少女達とも。行動が違うだけで、根幹にある想いのベクトルに差異はない。
否、想いに無理やり蓋をして、あたかも提督の事を慮った振りをし続けている自分は何者でもない。この場の誰よりも卑屈な、只の臆病者だ。
ズボンの後ろポケットに入っていた折り畳み式の簡易椅子の袋の数は二つ。
何も行動しない癖に、期待だけは一人前の自分自身が滑稽で、高雄は一人夜の星空を見上げた。
「まーた何か自己嫌悪してるなー、顔が暗いよ高雄。はいこれ」
「……ありがとう」
わざわざ買いに行ってくれたのか、愛宕から差し出された飲み物を受け取り、高雄は素直に礼を述べた。そうして手渡されたのはおでん缶。しかも冷たい。今言った礼を返せ。
と、思わずツッコみそうになった高雄ではあるが、夏である今この状況で熱いのを手渡されても困るなと考え直し、寸での所で踏み止まる。確かにその通りだが、そもそもの問題はそこではない。
「うわっ凄い。ビックリするほど美味しくないねこれ」
「……買う前に気付きなさいよ」
予想できた感想に、しかし高雄はプルタブに手を掛ける。例え手渡された物がどんなキワモノであっても妹の好意である事には違いない。それに食べ物を粗末にすることは道理としてよろしくない。
隣から漂う芳しいおでん臭に頬を引き攣らせながら、高雄はぐっと缶を傾け、喉へと流し込む。暫く咀嚼した後、口をへの字に曲げた高雄は、訝しげな瞳でパッケージを眺めながらぽつりと呟いた。
「不味いわね」
「でしょ? 誰がこんなの夏の自動販売機で売れると思ったのかしら」
買った人物が言っていい台詞ではない、と思ったが高雄は勿論口にしない。多分これは自分の気持ちを紛らわせるための、妹なりの気遣いなのだから。
本気でパッケージを見つめつつ何かを呟く妹に、先程の悩みを忘れる様に高雄は頭を左右に振った。そうして各々が持参した簡易椅子を広げ――一応誰かが来てもいいように余分にもう一つも広げつつ――二人は腰を下ろす。
視線の先ではなおも少女達と提督が楽しそうに戯れていた。
「あはは。霞ちゃん、提督の傍で緩みそうになってる顔を必死で耐えてるせいか凄いしかめっ面になってる。可愛い~」
「左手は花火持ってるけど、右手はしっかり提督の服を掴んで離さないわね」
年少組の少女達と提督との温かな触れ合いを眺めながら、高雄は眼の前の光景がどこか遠い物のように感じられた。
前方では島風がはしゃぎすぎて飛ばしたロケット花火が天津風の髪を掠め、提督の周りを追いかけまわる鬼ごっこが始まっていた。
「高雄もたまにはあれくらい提督に甘えてみてもいいんじゃない?」
「ばか……できる訳ないでしょ」
愛宕の言葉に、高雄の緋色の瞳が力なく揺れる。自身が柔軟性に欠けるお固い性格なのは他ならぬ自分が一番よく分かっている、とでも言いたげに。
まるで諦観にも似た高雄の言葉に、しかし愛宕は強い光の宿る瞳で以て姉の言葉を否定した。
「できるよ。少なくとも提督はちゃんと受け止めてくれる。私達を見てくれる。そうやって自分の気持ちに蓋をして逃げた先でまた苦しんで……高雄はこの先もそれでいいの?」
「…………」
透き通った藍色の瞳で真っ直ぐに見つめられ、高雄は言葉を返す事ができなかった。
しかし目は口ほどに物を言うという諺にもあるように、表情にはしっかりと答えが出ていたのか、愛宕はやれやれと、しかしどこか嬉しそうに肩を竦めた。
高雄は今の自身を取り巻く環境を好ましく感じている。
駆逐艦から戦艦まで、誰もが等しく前向きで、海を守るための日々の努力を怠らない。かと思えば、イベント事や些細な日常の中で可能な祝い事には、足並み揃えて全力投球で楽しむのを忘れない。
時には泣いて、その倍笑って。今を包む穏やかで居心地の良い空間は、幾多の困難を乗り越え、全員で築き上げた鎮守府の軌跡の上に成り立っている。
そしていつもその中心には提督が居る。
不思議な人だと高雄は思う。
温厚で口下手で不器用で。どうしてこんな人が軍人なんかやっているのだろうかと着任当初は疑問に感じた程に穏やかで――それでいて誰よりも艦娘の事を想ってくれる人。
鍛錬を怠った事は一度も無い。あの人が守りたい物を守るための努力に、嘘偽りなど無い事を、今の自分なら胸を張って言える。
――なのにどうしてこうも不安を感じてしまうのか。
それでも生真面目な高雄は考えてしまう。自分は提督が必要とする艦娘に成り得ているのだろうか、と。
自分には何も無い。大和のような大型主砲も無ければ、加賀のように艦載機も載せられない。五十鈴みたいに対潜装備も積めないし、島風の如く海原を縦横無尽に駆け回る事もできない。
提督を補佐する秘書業務も、いくら努力しても大淀や霧島には敵わない。改二への実装ができればと切に願うが、そんな都合のいい話がある筈もない。
無い無い無い。自分には本当に何も無い。妹のような明るさも、古鷹のような可愛らしさも、何もかも――全て。
「……ふふ」
ぽつりと乾いた笑いが砂浜に零れた。
いつからこんなにも弱い心の持ち主になってしまったのか。
高雄は一人首を振る。
本当はもう分かっている。こんな物は只の言い訳で、自分は心の奥に潜む結論を只々怖がっているだけだ、と。
――取り柄のない自分は、いつか提督から見放されてしまうのではないかという恐怖に。
「…………」
瞳から零れた一粒の滴が頬を伝って砂浜に染み込んでいく。
ふと肩を叩かれ、顔を上げた先で愛宕が眉を顰めたまま、高雄の頬をむぎゅっと握った。
「まーた一人で何か暗い事考えて。どうせまた”私は提督の役に立てているのでしょうか”とか考えてたんでしょ?」
「……あひゃごいひゃい」
「もーなんでそう高雄って自己評価が低いのかしら。そんなに気になるなら直接本人に聞いてみればいいじゃない。ほら」
「…………あ」
愛宕が指差した方向から一人の人物が歩いてくるのを視界に捉え、高雄は動悸が早くなるのを即座に感じた。
瞼を拭い、潮風で乱れた髪を急いで整え――そうこうしている内に眼前まで迫ってきていた人物に、高雄は極力いつも通りになるよう頭を下げた。
「お疲れ様です、提督」
「ああ、高雄は一人か?」
「え?」
提督の問いに慌てて横を見る高雄。しかしそこに愛宕の姿は既に無かった。どうやらいらぬ気まで回してくれたらしい妹に、高雄はもにょもにょと微妙な表情で口を動かした。
「は、はい。お風呂で身体が火照ってしまったので少し夜風に当たろうかと」
「そうか。流石に私だけでは島風達全員を見ている事はできないから、助かる」
「い、いえいえそんな。あ、隣空いているので休憩がてら一息入れられませんか」
「ああ、ありがとう。そうさせてもらうよ」
まさかここでおでん缶片手に自己嫌悪に苛まれてました、とは口が裂けても言えないため咄嗟に出てきた高雄のお誘いに素直に首を縦に振る提督。口を滑らせた後で、かなりの至近距離と二人きりという状況を把握し、高雄は思わず全身をカチコチに強張らせた。
傍から見ればまるでトイレを我慢するかのような姿勢だが、勿論トイレに行きたいわけではない。
「しかし雷達の遊びに注ぐ力の入れ具合には流石に参った。昼間あれだけはしゃいでいたと言うのに、よくもまああそこまで走り回れるものだ」
「皆、提督の事が好きで、一緒にいるのが楽しくてたまらないんですよ」
「むう……先程なんとはなしに霞の頭を撫でたら、火のついたねずみ花火を投げられたのだが」
「うふふ……霞ったら」
他愛もない会話に花を咲かせながら、高雄は二人を纏う空間に確かな居心地の良さを感じていた。
同時に競り上がってくる幾つもの不安を、さりげなく提督の横顔を眺める事でなんとか押し留めようと必死になる。せめて提督と居る時だけはいつも通りの自分でありたい、と。
そんな高雄をよそに、駆逐艦娘の戯れを穏やかな瞳で眺めていた提督は優しげな口調で告げた。
「高雄は何か悩んでいるのだろう? こんな私でも、話を聞く位ならできると思うが」
「……ッ! ど、どうして」
「瞼の下が腫れている。それにここ最近ずっと元気な姿が見受けられなかった。日課である早朝の花壇の手入れもどこか上の空のようだったしな」
提督の指摘に高雄は慌てて瞼を両腕で擦る。
見られていたという羞恥心と、見てくれていたという嬉しさが綯交ぜになった心で暫く悶えていた高雄は、そのまま諦めたかのように盛大に肩を落とした。
提督はなおも穏やかな瞳を保ったまま前を見据えている。
「……最近、少し不安に思ってしまう事があって。私は鎮守府の皆の役に立てているのかなと、その自信がその……持てなくなってしまったと言いますか」
”提督の”ではなく”皆の”と言ったのは高雄なりの強がりなのか。
両手と唇を強く引き結ぶ高雄に、提督は何かを考え込むかのように顎に手を当て、常の様相で言葉を続ける。
「任務と私生活その両方において、高雄は常に模範的行動をしていると私は思うが」
「……真面目である事しか、取り柄の無い私ですから」
乾いた声で自嘲気味に苦笑する高雄は内心で覚悟した。もしかしたらこれで、面倒臭い奴だと愛想を尽かされてしまったかもしれない、と。
暫しの無言。
どれ位時間が経っただろうか。ポツリと、しかし確実に胸に響く声音で以て、提督は高雄に笑い掛けた。
「それで、十分じゃないか」
「…………あ」
たった一言。どこか自分に言い聞かせているかのようにも聞こえる一言に、高雄は胸の奥が温かい何かで満たされていくのを感じた。
モノクロだった世界が、急に色付いた様に輝きを放ち始めたかのような感覚に戸惑う高雄をよそに、提督は続ける。
「確かにこの世界は生真面目な者にほど厳しい世の中だ。どれだけ直向きに努力したとしても”あの人は真面目だから”で済まされてしまう事もあっただろう。一芸に秀でた者と比較されて、平凡と判を押される事もあっただろう」
――ああ、そうか。
「真面目で在り続ける事がどれ程の苦難の道であるか、理解されるのは難しい。だがそれでも、見てくれる人はいる。認めてくれる人はいる。だから高雄もそんなに自分を卑下しなくていい」
――きっとこの人は私なんかよりずっと昔から。
「少なくとも私は知っているぞ。高雄が早朝に花壇の手入れをしてくれていることや、宴会の後に必ず残って掃除をしてくれていること。出撃時には誰よりも守るための戦いを念頭に行動してくれていること、その他にも色々、な」
――同じ想いと向き合いながら、それでも真っ直ぐにここまで歩いてきたのだろう。
柄にも無く語ってしまった事と、下を向いて反応が分からない高雄に困惑してしまったのか、提督は髪の後ろを触りながら、どこか気恥ずかしそうに視線を外した。
「……まあ、それでも何か我慢できない事があったらいつでも私の所に来るといい。二人で飲める場所を何件か知っている。その時は高雄の気が済むまで何時間でも付き合おう」
そんな天然記念物並の提督の誘いに、高雄は表情を見せないまま問い掛ける。
「……本当ですか?」
「ああ、本当だとも」
「私、結構飲みますよ」
「大丈夫だ。私も酒には自信がある」
「愛宕曰く、酔ったらかなり絡むらしいんですけどいいですか?」
「む、むう。勿論最後まで相手するとも」
「そんなに優しくされたら……私、毎日執務室に行っちゃいますよ?」
「む、むむ……ぜ、善処しよう」
「……ふふっ。冗談ですよ。でも一回は連れて行って下さいね。約束ですよ?」
目尻に涙を浮かべながら、楽しそうに左手の小指を差し出してくる高雄に苦笑めいた表情を浮かべながらも、提督は同じように小指を差し出し、絡ませた。
高雄の表情に先程までの憂いの姿はもう見えない。
紡いだ小指を愛おしそうに胸に抱きながら、高雄はこれからの決意表明を告げる。
「提督、私頑張りますね。いつかあなたが誇れるような――共に歩めて良かったと思えるような、そんな艦娘になれるように」
「そうか。まあ私としては高雄のような美人で聡明な人物と、こうしてひと時を共にできるだけでも既に役得ではあると思っているのだがな」
「え、あ、その……ありがとうございます」
「ぬ、む、いやこちらこそ変な事を言ってしまった。忘れてくれ」
真面目な提督としては千年に一度の精一杯のからかいのつもりだったのだが、同じく生真面目な高雄に素直に頬を染められ、即座に止めておくべきだったと後悔の波に吞まれていく。
一際強く吹いた潮風が高雄の黒髪を靡かせては消えた。
――やっぱりここは居心地がいい。
とんっと踵を鳴らして立ち上がった高雄はそのままくるりと提督の前に立つ。両腕は背中で組まれ、若干前かがみになりながら、今日一日の感謝を込めて――これからの期待を乗せて高雄は大きく笑った。
「提督。私の提督が貴方のような素敵な人で本当に良かったわ」
後ろでは見事な三連打ち上げ花火が夏の夜空を彩っていた。
今年一年お世話になりました。
来年も宜しくお願い致します。
高雄可愛い。