口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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 リベッチオは中破してもどこにも日焼けしてない場所が見つからない事に疑問を持ってしまい夜も眠れません。
 誰か教えてください。


第四十八話 ローマの休日

 窓から吹き込む風は、潮の香りと少しの水気を部屋に運んできた。

 差し込む陽の光に照らされて、未だ生活感の伴わない部屋に僅かな温かさが加えられるのを感じ、自然と少女の頬が緩む。

 

「…………」

 

 艦娘宿舎のとある一室。

 その丁寧に塗装された木製の扉から現れたのは一人の艦娘の少女。

 肩辺りまで伸びた焦げ茶色の癖毛にやや形状の珍しい丸縁の眼鏡。やもすれば相手に緊張感を抱かせそうな切れ長の瞳を持つ少女――ローマは一人、当ても無く鎮守府の廊下を歩いていた。

 

「……向こうからこの鎮守府に来て、もう一ヵ月か」

 

 演習場からの喧騒にふと足を止め、窓枠に手をつきながらぼんやりと外を眺める。

 祖国イタリアからこちらに着任して早一ヵ月。未だ文化の違いや言葉の壁に困惑する事はあるが、姉とリベッチオもいる上、他国からの海外艦も一足先に着任しているおかげで割と問題なく生活する事ができている。

 姉が頻りに心配していた周囲との関係も、着任日の夜に開かれた歓迎会にて全て杞憂に終わった。鳳翔と間宮主導の豪華な手料理に加え、艦娘一人ひとりによる一発芸や歌唱大会に巻き込まれ、遠慮やよそよそしさなどは早々に吹き飛んでしまった。むしろあまりにグイグイ来られる所為でこっちが引いてしまったぐらいなのだ。

 

「なんでここの人達ってあんなに世話焼きばっかりなのかしら」

 

 視線の先で雪風がこちらに向けて大きく手を振っているのに肩肘を付きながら小さく手を上げて応える。

 誰も彼もがおせっかい焼きのお人好し。まるで鎮守府を預かる彼の穏やか過ぎる性格が周囲に伝播しているかとさえ思えてしまう。

 

「給金も出て、休日は取らないと逆に叱られるなんて、ここの提督は本当に変わってるわね」

 

 踵をトンと鳴らしながら、呆れた口調のローマ。だが言葉とは裏腹に表情には笑みが零れている。

 付き合いはまだ浅いが、少なくともここの提督は新参者の自分達に対して、他と変わらぬ態度で接してくれている事ぐらいは理解できる。部外者と爪弾きにせず、腫れ物扱いする事も無く、鎮守府の一員として真っ当に受け入れてくれている。

 

「……ふふっ」

 

 基本しかめっ面の彼女にしては珍しい愛嬌溢れる微笑を一つ。

 油断。一人で陽気に鼻歌を歌うなど、普段の彼女からは考えられない姿を見られたのは間違いなく油断していたからだろう。

 そしてそういった時に限って人が通りかかるのは世の常であったりする。

 

「あらあら? あなたにしては珍しく随分とご機嫌そうだけど何かいい事でもあったのかしら?」

「ローマさんこんにちはです」

「…………あなた達はドイツの」

 

 突然の来訪者に引き攣る顔を抑えつつ、なんとか言葉を返す。

 現れたのは自分と同じ海外であるドイツから着任している戦艦と重巡。確か名前は――

 

「あなたはオイゲン……と」

「わあ! 覚えててくれたんですね! 嬉しいです!」

 

 名を呼ばれた事でぱあっと花が咲いた笑顔で右手を握ってくる金髪ツインテール重巡。彼女はどうにもコミュニケーションが物理的に近いようにも思えてしまい、パーソナルスペースが広いローマとしては慣れるのにもう少し時間が掛かりそうだった。

 加えて次は私の番ねと言わんばかりに既にドヤ顔のブロンド戦艦はどう対処したらいいのか。

 

 とりあえず最近覚えた日本語の練習も兼ねて、先のプリンツの会話に便乗することにした。

 

「名を覚えるのは共に戦場に立つ者としては最低限の礼儀よ。ねえチョロマルク」

「そうね。とりあえずあなたはもう一度、礼儀と言う日本語の意味を調べ直した方がいいわよ」

「惜しい!」

「惜しくもなんともないわよ! ビスマルクよビスマルク!」

 

 胸の前でパチンと指を鳴らすオイゲンの肩をビスマルクが容赦なく揺すっている。どうやら良く耳にする”ビスマルクはチョロい”という言葉を誤変換してしまっていたようだ。

 チョロいという日本語の意味はよく分からないが、響きからしてもこの戦艦にぴったりな気がしないでもない。

 

「それで、あなた達はこんな場所で何を?」

「私とビスマルク姉さまは午前中模擬戦でしたので、汗を流すために部屋でシャワーを浴びてました」

「今日は模擬戦参加の子達が多くて備え付けのシャワー室は込みそうだったから、こっちに戻ってきたのよ」

「ああ、どうりで」

 

 不作法にならない様にローマは視線だけで二人の全身を見据え、一人納得した。

 先程から漂うほのかな甘い香りはシャンプーの所為か。窓から差し込む陽の光に照らされて、二人の綺麗な金髪が粒子を纏っているかのように流れている。

 素直に綺麗だな、と思うのも束の間、次いで同じ疑問がビスマルクの口から発せられる

 

「それよりあなたこそ何してたのよ?」

「別に。私は今日は休日なんだけど……向こうでは休日なんて滅多に無かったから何をしたらいいか分からなくて」

 

 休日というのは思った以上に厄介なものである。

 今まで給金は愚か、休みすらまともに取れなかった。そしてそれを当たり前だと思ってきただけに、いざ休日となると何をしていいか分からないのだ。

 お金と時間を同時に与えられて、やる事が見つからないなんて言ったら姉であるリットリオに怒られそうだが。というより同じように休みである筈の姉は一体何処に消えたのか、相変わらずフットワークの軽い姉である。

 

「あー、その気持ちはよく分かります。うんうん」

「確かに最初にいきなり休みって言われても、何をしたらいいか分からなくなるわよね」

 

 どうやらこの悩みは海外艦にとって避けては通れぬ試練の門のようで、二人も何やら神妙に頷いている。

 

「私はあんまり暇だったから、休みの日はいっつもAdmiralさんの部屋にいってたなあ」

「ちょ、ちょっとプリンツ。あなた私に隠れて一体何をしているの?」

「むっ? ビスマルク姉さまだってこの前、私に内緒でAdmiralさんとお出かけしてたじゃないですか!」

「あ、あれはマックス達がどうしてもお寿司を食べたいって言ったからで……」

「え? お寿司? 日用品の買い出しじゃなくて?」

「あ、そっち?」

 

「え?」

「え?」

 

 目の前で視認できそうなほど不穏な空気が流れる。

 みるみる内に瞳のハイライトを消していくオイゲンだが、口元は笑ったままというのが余計怖い。

 

「ちょっとビスマルク姉さま。その話詳しく」

「さっ! この話はここで終わりにしましょう!」

「Admiralさんとお寿司ってどういうことですか~! 正直に吐かないとこうですよっ!」

「あ、ちょ! どこ触ってるのプリンツそこは駄……んっ……ひゃあ!」

「真昼間から金髪美少女同士の濃厚な絡み発見……これは売れる!!」

 

 質問された側を完全に無視して繰り広げられる乱痴気騒ぎ。オイゲンの右手がビスマルクの中々に危ない所まで伸びているが、ここで介入する武勇などローマは持ち合わせていない。

 更に、逆側から二人を激写する青葉はいつの間に現れたのだろうか。ジャパニーズニンジャの片鱗を垣間見てしまったような気がする。

 とりあえず巻き込まれては堪らないと、視線を逃げる様に窓の外へと向ける事にする。

 

 窓の外では時津風が天津風のワンピースを捲り上げていた。

 

 

 

 

「相変わらず、ここはいつ来ても盛況ね」

 

 扉を開けた途端、鼻とお腹を擽る良い香りと活気に満ちた喧騒に迎えられ、ローマは感心した表情でそう呟いた。

 数少ない鎮守府内での食事処――通称間宮食堂。時刻的にお昼にはまだ少し早い筈なのに、席は既に半分程は埋まっていた。その内の半数程がコーヒーや紅茶片手に談笑へと興じている。

 食事処としては勿論だが、こうして皆の憩いの場として日頃のストレス発散の一助になっている事がここの最大の魅力だと言っていいだろう。

 

「ローマさん、こんにちは」

「鳳翔。珍しいわね、あなたがここにいるのは」

 

 扉の前に立っていたのを見かねたのか、近くのテーブルを拭いていた鳳翔がわざわざ声を掛けてきてくれる。

 もう一つの食事処の店主である彼女がこの時間にここにいるのも珍しい。

 

「今朝は少し仕込みの手伝いをしていたのですが、忙しくなりそうでしたので微力ながらお手伝いさせて頂いていました」

「ふーん。働き者ね、鳳翔は」

 

 海外艦であるローマにも分かる嫋やかな仕草で”好きでやっている事ですから”と微笑を崩さない鳳翔。先程の痴態に塗れた場面と比べたら何と心洗われる出会いか。

 が、それよりも何より目を引くのが――

 

「その服装……いつものとは少し違うわね。それも和服とか言うやつの一種なのかしら」

 

 白を基調にした、袖口に余裕のある膝丈までの不思議な形状の衣服。普段間宮や伊良湖が身に着けているものとよく似ており、和服を常としている彼女にしては珍しい姿だった。

 突然指摘された事に面食らったのか、鳳翔は僅かに赤みの差した頬のまま説明を加えてくれる。

 

「これは割烹着という日本生まれのエプロンですよ。どうやら間宮さんのポリシーみたいで、ここで働く人は皆割烹着着用が義務みたいなので」

「成る程ね。じゃあ店中を忙しなく飛び回っている妖精さんが身に着けてるのも」

「可愛らしいですよね。全員分、もれなく間宮さんの手縫いの専用割烹着です」

 

 職人魂恐るべし。

 その分野でもそうだが、ポリシーのある店というのは総じて評価の高い店である事が多い。このカッポウギとやらにどのような付属効果があるのかは分からないが、確かに何処か目を惹かれるものがある。

 和服といいこれといい、決して露出が高いわけではない。むしろ減っているというのに、妙に艶めかしく感じてしまい実に不思議である。

 

 何かを思うようにじっとその姿を見つめるローマ。

 

「あ、あの、どうかされましたか?」

「鳳翔、あなたのその姿は危険よ。何故だか分からないけど、無性にムラムラしてきたわ」

「そ、それは困りましたね」

 

 引かれた。

 以前長門が駆逐艦を眺めながら普通に”ムラムラするな!”と日常的に口にしていたため使ってみたが、この場には相応しくない言葉だったようだ。

 

「そ、それはそうとローマさん。少し早いですがお昼にされませんか」

「そうね。そのつもりで来たんだし、間宮の所に行きましょう」

 

 見事に話を逸らす鳳翔に促され、立ち止まっていた歩を進める事にする。

 やはり当面の課題は日本語の習得に尽きるわね、と再確認した所で急に食堂の一角が騒がしくなり、横目でそちらの方向へと視線を向ける。

 

「何かあったのかしら?」

「ふふっ。今日は珍しく提督がいらっしゃっていますからね」

「……提督、来てるんだ」

 

 視線の先には人だかりが出来ていた。割合としては駆逐艦がほとんどで、その中心に見慣れた上官の姿が覗き、ローマの口からポロリと言葉が零れる。

 提督はお昼の最中のようだが、矢継ぎ早に駆逐艦の少女に絡まれて全然箸が進んでいない所が妙に微笑ましい。

 輪の中にはリベッチオの姿も見え、他の娘と共に楽しそうに提督との会話に交ざっている。元々天真爛漫で明るい性格のため心配はしていなかったが、上手く馴染めているようだった。

 

「リベッチオも元気そうね。これで姉さんに良い報告が出来るわ」

「あら? リットリオさん先にいらっしゃってましたよ。確か提督の隣に」

「え゛!?」

 

 慌てて視線を戻すと、確かにそこに居た。

 腰まで伸びたウェーブのかかった明るめの茶髪に、たれ目気味の優しげな瞳。百人に聞けば九十九人が癒されると答えそうな温和な微笑みが常の姉は、あろう事か提督の隣で共にお昼を満喫しているところだった。

 

「ちっくしょう…………はっ!?」

 

 無意識に零れた言葉に慌てて頭を振る。

 今のは別にそんなんじゃない。提督と楽しそうに談笑する姉を見て、先を越されたような気がしたとかそういうのでは断じてない。

 これはそうアレだ、提督が姉やリベッチオを邪な目で見ているかもしれない事に対する牽制みたいなものだ。だから全て提督が悪い。

 

「…………」

「…………なに?」

「いえ、少し嬉しくて」

 

 何を想像したのか、横でニコニコしながら視線を向けてくる鳳翔と顔を合わせられず、素っ気ない態度を取ってしまうローマ。

 彼方を向きながら右手で癖毛を弄る仕草に年相応の少女っぽさが垣間見れるが、本人は依然として不満顔だ。

 そんなローマを微笑ましく思いながら、鳳翔が持ち前のさり気ない気遣いを発揮する。

 

「さあ、ローマさんも」

「私は……別に」

「そこは提督を助けると思って、ね? あの人、見ての通りコミュニケーション下手ですから、ローマさんから行ってあげて貰えると喜ぶと思うんです」

 

 ”でも、そこが魅力的でもあるんですけどね”と付け加える鳳翔は苦笑と共にメニュー表を手渡してくる。

 それを受け取りながらローマは、言葉では渋々といった感じで、しかし表情には笑みを滲ませながら、

 

「……全く仕方ないわね!」

 

 まるでリズムを取るかのように、足早に間宮の元へと向かって行った。

 

 

 

 

「あ、ローマ~」

 

 注文を終え、食器を手に目的の席へと向かうと真向いからやや間延びした声が耳に届いてくる。

 同時に隣に座っていた提督と視線が合う。

 

「おはようローマ」

「ええ。隣、いいかしら?」

「ああ、勿論だ」

 

 短くそれだけ交わし、空いている姉とは逆隣りの席に腰を下ろす。

 ほんの少しだけ早くなった動悸を提督に悟られない様に、小さく深呼吸。少し素っ気なさ過ぎただろうか、と横目で様子を窺うも、別段提督に変わった様子は見られない。

 

「わあローマさんいいなー、和食頼んでる! 美味しそう~!」

「リベッチオ、あなたはもうお昼を食べたんじゃないの? それに何処に座ってるのよ」

 

 ひょこっと顔を出したリベッチオにローマが呆れたように嘆息する。あろう事か彼女は食事中の提督の膝の上にちょこんと座っていたのだ。

 食事をするには明らかに邪魔になる場所だというのに提督は然して気にした様子も無く、自分のハンバーグを器用に切り分けてリベッチオの口元へと運んでいる。

 

「熱いから気を付けて食べるといい」

「やったー! ありがとう提督さん、はひほひ、おいひい~」

「リベッチオは食べ盛りなのだから、遠慮せず食べなさい」

「も~! 提督さん違うってば~。リベって呼んでって言ってるのに~」

「む、すまん。リべ」

「ふひひ!」

 

 天真爛漫なリベッチオの甘える攻撃が提督に炸裂。同時に周囲の駆逐艦娘にクリティカルヒット。羨ましげな視線度数五割増し。

 そんな穏やかなのかそうでないのか分からない空間で、なおもきゃっきゃっとはしゃぐリベッチオは実に楽しそうだ。

 

「うふふっ、こうして見ると提督はお父さんみたいですね」

「……私はそんなに老けてみえるのか」

「雰囲気がってことでしょ。姉さんが言いたいのは」

「パパ~」

「……むう」

 

 眉間をやや中央に寄せながら、リベッチオの頭を撫でる提督の姿は見紛う事無き休日の父親のようで、リットリオとローマは思わずぷっと吹き出した。

 ぼそりと私ももう若くはないと言う事か、と呟く提督の言葉の端々からは哀愁が漏れ出してしまっている。まだ二十代なのに。

 

 そんな提督に追い打ちをかけるかのようにリベッチオが純粋な瞳で疑問を投げかけた。

 

「ん~? リべが提督さんの子供ならお母さんは誰になるの?」

 

 ある意味当然といえるリベッチオの疑問。子供とは時として物事の核心に迫る質問をするものだ。

 当然この手の質問に答えはない。だと言うのに、何を思ったのかリットリオは悪戯を思いついた子供のような表情でローマの顔を見て、次いで提督へと視線を移す。

 

「そうですね。ちなみに提督は私とローマ、どちらがいいですか?」

 

 瞬間バキっと云う鈍い音が食堂内に響く。

 合わせた両手を頬の横に添えながらニッコリ笑顔で爆弾を投下した姉の逆隣りで、ローマが箸を握りつぶした音だった。

 耳まで真っ赤に染めながら、梅干しを食べた後のように口を引き結んだローマの視線は実に恨めしそうに姉へと注がれている。

 

「姉さんは馬鹿なの?」

「あら? 割と本気よ?」

 

 冗談かどうか判断のつかない微笑で返され、ローマは今日一番の大きなため息を吐いた。こうなってしまっては墓穴を掘る前に退くのが最善策か、とずれた眼鏡を整える。

 一方、話題の中心である提督は早々に思考を放棄してリベッチオへの餌付けとなでなでを繰り返す事で心の安寧を図っていた。つくづく残念な男である。

 

「まったく姉さんは……いただきます」

 

 天然な姉は放っておいて、目の前の焼き魚の身をほぐし、口に含む。同時に口内に広がる優しい味に頬が緩むのが自分でも分かり、霧がかっていた気分が晴れていく。

 歓迎会で初めて和食を口にしてから、特にローマはこの焼き魚を扱った料理を好んで食べている。素材の味を活かした素朴な味わいが好みにとても合っていた。

 

「和食の味はどうだ?」

「美味しいわ。見た目は素朴だけど、優しい味がして私は好きね。イタリアにも様々な料理があるけれど、和食はそのどれとも違って新鮮だわ」

「そうか」

 

 相変わらず口数は少ないが、提督の言葉には嬉しさのようなものが混じっていた。

 どんな経緯であれ、自分の生まれ育った国の物を受け入れてもらえる事は嬉しいものだ。実際提督本人がよく和食を好んで食べているだけに、二人の料理に関する好みは似ているのかもしれない。

 

「鎮守府の近くに美味しい和食料理を振る舞ってくれる食事処がある。君達さえ良ければ、今度紹介しよう」

「やったー! 提督さん絶対だよ! 約束だからね!」

「まあ。これはデートのお誘いかしら?」

「……考えておくわ」

 

 三者三様の答えに提督は少し気易かったか、と頬を掻いている。

 しかしこうしてゆっくりと日本の文化に触れる事で、三人に少しでもこの日本という国に愛着を持ってもらえるならばこの行為も決して無駄ではないだろう。

 などと、まるで観光大使の如く思考を巡らす提督の横で、またしてもリットリオが妙案閃いたとばかりに手の平に拳を打ち付けた。

 

「あ、でしたらお礼に今度は私たちの祖国であるイタリア料理を提督に振る舞いますね」

「いいのか?」

「勿論です。提督にもイタリアを好きになって貰えるように腕によりをかけて作っちゃいますから。ね、ローマ?」

「え!? ……ええ、そ、そうね」

「リべもー! リべもお手伝いしますー!」

 

 急に話題を振られたローマの顔が岩のように固まり、右頬がひくひくと引き攣る。

 そのまま、提督に悟られないようリットリオへと抗議の視線を投げつける。

 

 ――ちょっと姉さん! なんでよりにもよって料理なの!? 私が料理苦手なの知ってるでしょ!?

 ――あらあら? じゃあ提督に喜んでもらうためにも練習しなくちゃね。

 

 やられた、とローマは思った。

 初めから姉は自分に提督に料理を振る舞わせるつもりで会話を誘導したのだ。料理好きな姉が料理嫌いな妹へその楽しさを教えるために、そしてお世話になっている人へ贈る恩返しの一つの方法として。

 

「提督さん! リべがうんと美味しい料理作ってあげるから楽しみにしててね!」

「そうか。それは楽しみだ」

 

 風雲急を告げる。既に外堀は埋められ、退路は断たれた。

 ならばどうするか?

 

 そんなの既に答えは決まっている。

 

 ――いいわよやってやろうじゃないの! 絶対に提督に美味しいって言わせてみせるんだから!

 

 開き直ったローマは、残っている昼食を勢いよく平らげていく。その瞳は既に先程のような覇気のないものでなく、彼女本来の闘志に満ちた色合いで染まっていた。

 同時並行で箸を進めながら、これからの予定を着々と組み上げていく。

 

 休日というのは思った以上に厄介なものである。

 やる事が見つからない時は無限に思える時間も、いざやりたい事が見つかれば、どれだけあっても足りない様に感じてしまう。

 

 だが、それでいいのだ。何故なら――

 

「……とりあえず次の休みには料理用の本を買いにいかないといけないわね」

 

 

 ――次に訪れる休日をこんなにも待ち遠しく感じられるのだから。

 

 

 


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