口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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 お久しぶりです、そして間が空きすぎましたすいません。
 とりあえず軽い報告だけさせてもらいます。

※前話の『第四十九話 龍の帰還其の一』ですが勝手ながら削除させて頂きました。
 理由としては単純に間が空きすぎて筆者自身が続きの流れを忘れてしまったせいです。お許しを……。

 ですので龍の帰還のお話は再度構想を練ってから改めて投稿しようかなと、正直いつになるか分かりませんが……まったり待っていてもらえると助かります。

 以上報告でした。
 


第四十九話 鹿島、頑張ります!

 

 

 世の中の社会人に休日があるように、鎮守府の艦娘たちにも非番という日がある。

 定義上では戦闘による疲労や怪我の回復のため、戦果を高めるためのうんたらかんたらとあるが、ぶっちゃけただの休日である。

 制度化の背景としては海軍の世間体を加味した艦娘の待遇イメージ向上とされているが、実情はそんな綺麗なものではなく――

 

 ――ただ単に艦娘の不満が爆発しただけだった。休日をよこせと、主に潜水艦の。

 

 のちに『オリョクル革命』と呼ばれるその事件の首謀者たち。つまるところ当時の潜水艦娘たちの”オリョクルはもう嫌でち!”という謎の隠語の御旗のもと、やもすれば深海棲艦化してしまいそうな血と汗と涙とその他諸々のどす黒いあれこれが混ざったデモ行為に慌てた海軍の上層部は咄嗟に真顔で彼女たちに提案した。

 

 ――あい分かった。じゃあオリョクルは止めてバシクルに行こう、と。

 

 失言だった。それも過去最高レベルの。

 資源が枯渇する不安や焦燥、オリョクルに代わる資源取得の方法、目の前に広がる見た事も無い数のスク水艦隊に思考が混乱していたとしても酷すぎた。

 もはや火に油どころかキャンプファイヤーに油田そのものを突っ込んだようなそんな発言に、当時の本部の屋根が半壊した程度で済んだのはある意味奇跡だったのかもしれない、というのは当時現場に居合わせた職員の弁。潜水艦の機雷恐るべし。

 

 等々、そんな海軍側と艦娘側(主に潜水艦)の文字通り体当たりなやりとりの末制定されたのが艦娘の休日であり、今では多くの艦娘が割り当てられたその日を自らの趣味や娯楽の時間へと当てている。

 

 そして今日もまた一人の艦娘が休日を満喫しようと準備を始めるのだった。

 

 

 

「ふんふ~ん」

 

 とある口下手な提督が率いる鎮守府、その中庭へと続く廊下を一人の艦娘の少女が鼻歌交じりに歩いていた。

 ゆるくウェーブのかかった銀髪を二カ所でまとめ、上は正肩章付きの礼装、下はプリーツスカートに黒のハイソックス。大きく愛嬌のある瞳は綺麗な青色で、スカートから伸びる健康的な生足が少し艶めかしい。

 

 少女の名前は鹿島。姉の推薦と本人の能力を買われ本部から最近配属された艦娘の一人である。

 

「ん~、お休みがあるっていうのは香取姉から聞かされてたけど、実際ちゃんとこうしてお休みが取れるのはありがたいものですね」

 

 そんな鹿島も今日はお休み。表面上では制度化された非番とはいえ、まだまだ現場では浸透しきっていない名ばかりの休日制度だが、実際自分がこうして恩恵を受けてみるとやっぱり嬉しいもので、姉がこの鎮守府を頻りに推薦したがっていた理由もよくわかる。

 危惧していた出遅れ感や妙な上下関係もないし、仲間たちもみな優しい。たまによくわからない暴動に巻き込まれたりもするが、それはそれで良い刺激にもなる。加えて驚いたことに毎月給金も出るし、正直これ以上ないくらい手厚い待遇を受けていると思っている。

 

 ただ。

 ただ、それでもだ。

 

 たった一つ、もはや我儘と言ってもいいほどの些細な不満。姉に言ったら何を軟弱なと鬼の練習航海に連れていかれそうな小さな小さな不満が鹿島にはあった。

 もやもやと胸の内に湧いたもどかしい妙な感情に、鹿島はその綺麗な銀髪に顔を埋めながら窓枠に持たれるようにため息を一つ。

 

「……問題は提督さんとお話できる機会が少なすぎるってとこなんですよねえ」

 

 そう、それは提督との遭遇率だ。

 というのも実のところ、鹿島は着任前の段階では男である提督と接する機会は多くなると予想していた。下世話な話、鹿島は性格容姿ともに男受けがいい。それは今までの職場でもそうであったし、鹿島自身男性が女性をそういった目で見ることは仕方のないことと割り切った上で、そんな人たちとも上手く付き合っていけるように努力してきた経緯もある。

 

 セクハラ紛いの扱いを受けた経験も一度ではないし、姉には悪いがほんの少しだけその可能性もあるかもと覚悟を決めての着任だったのが正直なところ。

 

 だというのに、だ。

 

「まさか私の方が提督さんとお話できる機会に頭を悩ませることになるなんて」

 

 実に滑稽な話ではある。

 だがそれも仕方がない。普段の提督のガードが固すぎるのだから。なにより他の娘との信頼関係が強固すぎるのだ。ごく稀に食堂に現れたりとチャンスがないわけではないが、瞬きする間に周りの席が埋まるので中々近づけない。もはや分身である。この鎮守府では残像を残す事が必修科目なのかと思うほどには皆速い。

 

 ゆえに鹿島は提督と関係を深める機会を中々掴めないでいた。

 

「こんなことなら鎮守府を案内してもらってるときにもっと積極的にお話しておけばよかったです……」

 

 いつの間にか手のひらの上で苺大福を頬張っている妖精さんのほっぺたをつつきながら鹿島は当時の事を思い出し項垂れる。

 チャンスはあった。着任当日、鎮守府案内という名目の下、大チャンスが。

 しかし当然その時はまだ提督の事を何も知らず、まだまだ警戒心も残っていた。それにまさか提督直々に鎮守府を案内されるとは誰が思おうか。しかも給金や休みの話を全て説明された後である。おかげで緊張のあまり自分が何を話したのかすら覚えておらず、挙句の果てには何もない廊下で躓いて盛大に下着を御開帳だ。どこの痴女ですか本当に。

 

 それでもまだ鼻の下でも伸ばしてくれたら救いがあったかもしれないのに、手を引かれ起こされて申し訳なさそうに話題を変えるなど気まで使われてしまったら残るのは魂が抜けた後の鹿島だった何かだけ。

 

「唯一の救いは、下着が清潔感のある白だったってことでしょうか」

「ほんとうにもんだいはそこです?」

 

 どう考えても違う。が、絶賛黒歴史から逃避行中の鹿島の耳には妖精さんの冷静なツッコミなど届かない。そのままそそくさと鹿島のスカートに潜り込み『……きょうはくろか』と呟く妖精さんにも気づかない。

 ともあれその後も何度か提督と接する機会こそあったので、なんとなく人となりは掴むことができている鹿島である。

 

 ――不器用な人、でもそれ以上に優しい人。そして何より艦娘の事を本当に大切に想ってくれてます。口数は少ないけど、聞き上手でどんな話でも最後までちゃんと聞いてくれますね。基本的にしっかりしてて大人っぽいと思います。けど誰もいない執務室でこっそりカップラーメン食べてるところを見つかって、ばつが悪そうにしてるところなんかちょっと子供っぽくて……そういうギャップも魅力かなと。あ、別に執務室を覗き見してたわけではないですよ? たまたま報告することがあって……って本当ですから! なんでそんな生温かい目で見てるんですか妖精さんっ!

 

 なんとなく、である。

 

 などなど、妖精さんの頬を引っ張る鹿島はぶっちゃけ提督に興味津々だった。

 もとより雷に勝るとも劣らない世話焼きが性分の鹿島が、基本的に他人を優先して自分の事を蔑ろにしがちな提督を前にうずうずしないわけがなかった。

 普通なら秘書艦任務である程度発散できる欲求だが、相変わらず的の外れた提督の善意により新人の鹿島はそれすらも許されていないのだからどうしようもない。

 

「初めは覚える事が多くて負担になるだろうからって……気持ちはありがたいのですけど、なんでよりにもよって秘書艦任務を……」

「どんまい」

 

 元気だせよと食べかけの大福を差し出してくる妖精さんに笑顔で礼を言って、一度顔をふるふると振った後、よしと気合を入れるように拳を握る鹿島。

 そうだ、落ち込んでばかりいられない。

 

 今は無理だとしても、秘書艦として提督のお傍に立てるときはきっと来る。その時のために前もってやるべきことはたくさんある。

 幸いにも今日は休日で、他にも自分と同じように暇を持て余している人がいるはずだ。言うなれば秘書艦としての先輩から提督の情報を仕入れておくのも提督の艦娘として必要なことではないだろうか。

 

 などと持ち前のポジティブさを発揮して、歩き出す鹿島。

 戦闘では無理でも、提督のお役に立てることがきっとあるはずなのだ。

 

「そうと決まれば早速行きましょう! 善は急げ、迷ったら進め、です!」

「よくわかりませんがおもしろいことになってきたです」

 

 などと適当なことをのたまう饅頭をよそに、とりあえずは中庭かなと鹿島は軽くなった足取りで廊下を歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 澄み渡る青空にパシンパシンと何かを打ち合うような軽妙な音が響き渡る。

 視線の先には軽装姿の電と暁が。あっちにいったりこっちに行ったりとラケット片手に楽しそうに駆け回っている。そんな二人をひとしきり眺めたかと思うと、手に持っていたカップを置いて響はこちらへと視線を向けてきた。

 

「それで、鹿島さんは司令官の話が聞きたくてここまで来たのかい?」

「はい。この機会に色々とお話を聞けたらなと思って……もしかしてご迷惑でしたか?」

 

 響の吸い込まれそうな蒼色の瞳がじっとこちらを向く。どこまでも透き通る空色のような、それでいて響のミステリアスな雰囲気もあって鹿島は思わず言葉尻を萎めてしまった。ピクニック用のビニールシートの上で鹿島の視線がゆらゆらと泳ぐ。折角の第六駆逐隊の団欒のひと時にずかずかと踏み入ってきた空気の読めない新入りなんて思われていたらとても不味い。

 こういうとき姉の香取なら自然と輪に溶け込めるような会話の一つでもできるのだろうが、相手を上手く避ける方法ばかり無駄に会得してきた鹿島にそんな上級技能などない。

 

 と、一人あうあう唸る鹿島の横で、しかし響はカップに紅茶を注ぎ今日のために焼いたクッキーを幾つか添えて、穏やかな笑みと共にそれを差し出してくれた。

 

「あ、ありがとうございます」

「折角来てくれたんだし、ゆっくりしていったらいいよ。私の知ってる範囲でよければ司令官の事も教えてあげられる。それに鹿島さんに聞いてみたいこともあったしね」

「私に聞きたい事、ですか」

 

 はてそれは何だろうか、と鹿島が思考を巡らそうとするや否や、ビニールシートに落ちる影が一つ。

 

「話は聞かせてもらったわ! 鹿島さん、司令官の事ならこの雷に任せて!」

「よ、よろしくお願いします!」

「いい返事ね! ちなみに司令官は和食が好きよ! 中でもサバの味噌煮が好物みたいでよく頼んでいるわ!」

「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいメモを……」

 

 突然現れて貴重な情報を得意げに話すこの八重歯がチャームポイントの少女、雷の勢いに押されて慌ててメモとペンを用意する鹿島。ここまで走ってきたのか雷はやや息が荒く、どういうわけか割烹着姿に身を包んでいる。……いや、似合っているがここでその姿はどうなのだろう。

 

「遅かったね雷。それで、今日は何を手伝ってきたんだい?」

「この姿見てわからない?」

「ついにロリおかんに目覚めたのかな?」

「違うわよ。間宮さんの食堂よ食堂。今日は伊良湖さんが研修でいないから手伝ってたの。報酬として食券二千円分も貰っちゃった。いらないって言ったんだけど、対価はきちんと受け取りなさいって、だから後で五人でアイスでも食べにいきましょ。奢るわ」

「……五人?」

「勿論鹿島さんも一緒に」

 

 至極当然とも言わんばかりの雷の表情に鹿島は震えた。

 なんだろうこの圧倒的包容力は。まるで私が守ってあげるわと慈愛に包まれているような恐ろしいまでのオーラに、鹿島は思わず駄目になってしまいそうになるのを寸でのところで踏み止まることができた。気質的に同類だったから耐えられたものの、常人だったら速攻骨抜きにされているところだ。

 

「凄い……これが本部も一目置く鎮守府の艦娘の実力」

「いや、雷がこうなのは司令官と出会ったその時からだから。初めからこんなんだから」

 

 響のさらりとしたツッコミにあ、そうなんですかと少しだけ安心する鹿島。しかし良く考えてみたらそれはそれで凄いのではと思わなくも無かった。

 そこから軽く自己紹介をして、茶菓子と金剛お勧めの紅茶片手に談笑へと興じる三人。既に鹿島と二人に間に妙なぎこちなさは無く、穏やかな時間だけが過ぎていく。

 

 と、ここでいかにして司令官の世話を焼くか持論を語っていた雷が急に会話を止め、まじまじと視線を鹿島へと向け始める。

 

「それにしても改めて見ても鹿島さんって美人よね。髪の毛もふわっふわだしスタイルもいいし……正直羨ましいわ」

「うふふ、ありがとう。でも私から見れば天真爛漫で真っ直ぐなお二人の方が素敵だと思います。それに……外見だけ良くても内面を磨かなければ、繋がりはすぐに切れてしまいますから」

「? どういう意味だい?」

 

 鹿島の言葉に不思議そうに首を傾げる響。向けられる純粋な疑問の問い掛けに、鹿島は自嘲の入り交じったような苦笑と共に『自業自得なんですけど』と前置きした上で、これまでの自身が経験してきた経緯を二人に話した。

 

 本部勤めだったため周囲は常に男性ばかりだったこと。初対面の人間にお誘いを受ける事が日常茶飯事だったこと。セクハラ紛いの行為を受けたのは一度や二度ではないこと。艦娘ということでおざなりな扱いを受けたことなどなど。

 

 そのような経緯もあってか、悲しきかな鹿島は相手をあしらう事だけが上手くなってしまっていた。加えて唯一友人と言ってもいい同僚の女性にあろうことか――

 

『鹿島ってお誘い断るときなんか小悪魔的な表情するよね? あれじゃ男は誘ってると勘違いしちゃうと思うよ?』

 

 ――などとブロッコリー片手に言われた日には思わず机に頭を叩きつけてしまった程だ。なるべく相手を傷付けないよう配慮した笑顔が誘ってるなんて勘違いされたとなっては流石に救われない。

 しかし、だ。

 

「確かに鹿島さんって普通にしてても妙な色気があるわよね。なんかこう、動作一つ一つが魅惑的というか……」

「ぶっちゃけ存在がエロい」

「うわーん! 正直な意見有難うございます!」

 

 事実なのだから仕方がない。

 響のドストレートな物言いにおよよと泣き崩れる鹿島。本人は無自覚なのだろうが、腰はしなりうるうると潤む瞳でしなだれる姿はやはりどう見ても小悪魔である。同性でまだ幼い雷と響ですらごくりと喉を鳴らす圧倒的魅力……正直二人が何かに目覚めてしまってもなんらおかしくはない。

 

「で、でもほらここの司令官は外見だけで人を判断する人じゃないわ! むしろ私たち全員カボチャにでも見えてるんじゃないかってぐらい等しく平等に接してくれる人なんだから!」

「自分で言ってて涙目になるぐらいなら言わなければいいのに……それに司令官はちゃんと女性に興味あるよ。ただちょっと精神が鋼の上からウルツァイト窒化ホウ素で塗装されてるだけさ」

「そうですね……」

「だ、だだだ大丈夫よ! そんなときこそ秘書艦任務! 一日司令官と一緒にお仕事すれば嫌な思い出なんて吹き飛ぶわ!」

「ハラショー、いい提案だね雷。まずは秘書艦任務でお互いの事を知り合うといいんじゃないかな?」

「……それが私、現在提督さんのご厚意で秘書艦任務を省かれてまして……慣れない環境で大変だろうからと」

『……ああ』

 

 ずずーんと表情に影を落とす鹿島に、雷と響が遠い目で空を見上げる。

 確かにあの司令官なら言いそうだ。今でこそ秘書艦にある程度仕事を割いてくれるようになったが、もともと司令官は書類関係は何事も全て自分でやろうとしてしまうタイプ。お茶を啜ってるだけで秘書艦としての一日が終わってしまったと綾波が嘆いた話はあまりにも有名である。

 

 さてどう慰めたものかと思案する二人の横で、しかし鹿島は一度両頬をパンっと叩くと相好を崩して、

 

「でもいいんです。色々と遠回りはしましたけど、香取姉と素敵な仲間達と提督さんのいるこの鎮守府に着任できましたから。これから時間は沢山ありますし、それに――」

『……?』

「――こうして気兼ねなくお話できるお友達もできましたから、ね?」

 

 そう言ってふわりと笑う鹿島に二人も顔を見合わせて、すぐに同じように頬に笑みを浮かべる。

 なんとなく気恥ずかしい事を言ってしまった気もして少しだけ頬が熱くなる鹿島だが、悪い気は全然しない。何事も前向きに捉えられるのも鹿島の長所の一つなのだ。

 

「それはそうと、響さん。さっき私に聞きたい事があるって言ってましたけど、なんですか?」

「え? 何の話? 響?」

「聞いてもいいのかい?」

「はい、なんでもどうぞ」

 

 鹿島の許可を得て、響が至極真面目な表情で一言。

 

「どうやったらそんなに胸が大きくなるのか詳しく教えてほしい」

「ぶっ!? けほっこほっ……ちょ、ちょっと響! 突然何を……」

「何って純粋な疑問さ。素敵な大人の女性になるために聞いておいて損はないだろう?」

 

 真剣な顔で暁のようなことを言う響。言ってることはまともだが、手がわきわきしてるせいで全てが台無しです。

 

「だ、だからって聞き方ってものが……」

「そ、その話電にも聞かせてほしいのです!」

「大人のレディと言ったら暁よね! で? なんの話?」

「ちょ、ちょっと二人ともいつの間に!? 駄目よ私たちにはまだ早いわ!」

「うふふ、そうですねえ」

「鹿島さんもここで小悪魔の顔しないで! 付き合ってくれなくていいのよ!?」

 

 耳まで真っ赤な雷の必死の静止にもかかわらず、鹿島はわざとらしく人差し指をチロリと出した舌につけて意味深にウインクをパチリ。

 ふっきれた鹿島だからこそできる軽い冗談みたいなものだが、はっきり言ってふっきれすぎである。

 

「私の場合は当てはまりませんけど、友人の話では好きな人に触ってもらうと効果ありみたいですよ」

「ちょっと行ってくる!」

「響いぃぃぃぃ!」

 

 何処に行くのか今にも飛び出そうとする響に引きずられる雷。そこに電と暁と鹿島も加わって、中庭に五人の楽し気な声音が広がっていく。

 今日はとても良い日だ。そして明日はもっと良い日になる予感がする。

 

 ここに来て感じていた日々の充実感をそんな風に更に強く感じながら、鹿島はスキップ交じりの軽い足取りで四人の後についていくのだった。

 

 

 

 そんな光景を執務室の窓から眺める人物が一人。

 

「どうかしたか香取。何か嬉しそうだが」

 

 背後から名を呼ばれ、香取は何処か嬉しそうな表情のまま声の主――提督へと向き直った。

 

「いえ、窓の外から少し楽しそうな声が聞こえたので」

「そうか」

 

 香取の穏やかな微笑に提督もふっと相好を崩す。

 

「それはそうと提督」

「む?」

「そろそろ鹿島にも秘書艦任務を通じて補佐として成長してもらいたいのですが、如何でしょう?」

「ふむ……そうだな。丁度遠征の配置変更で三日後の秘書艦が空いているところだ。鹿島のスケジュールに都合が付きそうならばそこでお願いするとしよう」

「ありがとうございます。鹿島にもそのように伝えておきます。では私は本営へこの報告書を出してきますので、少々失礼します」

「ああ。頼む」

 

 丁寧な仕草でお辞儀して香取が部屋を出ていくのを見送り、提督は一人、執務机に座りながら思案する。

 

「むう……しかしいきなり書類整理や経理の仕事と言われても混乱する、か。とりあえずは温かい茶でも飲みながら、仕事の流れを覚えてもらうところから始めるとしよう」

 

 などと呟きながら、提督は残りの執務へと戻っていく。

 三日後、緊張も手伝ってひたすらお茶を飲むことしかできず、碌に提督の役にも立てず話もできなかった鹿島が部屋のベッドでうつ伏せになってふてくされているところを、同室で姉の香取が呆れた表情で練習遠洋航海に連れていく謎の事件が起こるが、それはまだ誰も知らない。

 

 




 またぼちぼち書いていけたらと思います。
 

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