口下手提督と艦娘の日常   作:@秋風

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 待たせたな! え? 待ってない?

 冗談です、すいません。
 また細々と更新していきます。


第五十二話 提督の休日 食堂編 後編

 

 まるで鉄火場の如き喧騒を見せる食堂内の厨房で料理の盛り付け用の皿を用意しながら、敷波は思う。

 

「あやなみさんにばんとごばんとはちばんのてーぶるからごちゅうもんです。ちゃーはんはおおもり、ぱすたはにんにくぬき、おむらいすはけちゃっぷでていとくさんのはーとまーくをごしょもうです」

「は、はひっ! ちょ、ちょっと待ってくださいぃ!」

 

 どうしてこうなった。

 

「並んでくださーい! 注文待機列は二列でお願いしまーす! あっ、横からの写真撮影は混雑の原因になりますので禁止でーす! って青葉さん司令官の撮影も禁止ですっ!」

 

 受付兼カウンターの方では綾波がばたばたと走り回っては目をぐるぐるさせているのが見える。そしてその後ろに見える長蛇の列。今日は既に半数以上が出払っている筈なのに、いったいどこから湧いてきたのか。

 

「かんみはあるですか?」

「ていとくさんのかんみにわがこうしょうはんのきたいもうなぎのぼり」

「こうしょうはんぜんいんできたですか?」

「ざっつらいと」

「あとでにゅうきょはんもくるかと」

「どひゃー」

 

 綾波の隣では妖精さんが妖精さん相手に注文を取っては騒いでいる。ちなみに今手伝ってくれているのは主に間宮さんや鳳翔さんの店で働いている『おみせはん』だそうだ。

 

「敷波、すまないが皿を二枚とってくれないか」

「あ、うん。えと、大きいのでいい?」

「ああ」

 

 言われて、並べてあった皿から大きめのサイズを二枚選んで司令官に手渡す。司令官はそれを片手に、先ほどまで振っていた中華鍋から炒飯を綺麗に盛り付けていく。同時並行でパスタの茹で加減とオムライス用の玉ねぎの炒め具合の確認も忘れない。

 

「炒飯二人前上がりだ。よろしく頼む」

「おおせのままにー」

 

 そうして並べられた料理を配膳役の妖精さんが流れるように運んでいく。その姿がホールに消えていくのを確認しつつ、司令官は休むことなく次の作業へと取り掛かっていく。

 同じように敷波も次の皿を準備しながら、さりげなく視線だけを傾ける。

 

 ――司令官、大変そうだな……。

 

 見れば、彼の額からは汗が滲んでいた。当然だ、調理が本格化し、使用する機材も増え、調理場の温度は更に上がった。加えてこの忙しさだ、大変じゃない訳がない。

 

 そして更にその奥、四隅の一角に備え付けられた食器洗い場から響いてくる喧騒を加えれば、此処は今まさに戦場か。

 

「遅いですよ陽炎。このままでは需要に供給が間に合わず洗い物が溜まる一方です」

「うっさいわね! 元はと言えばアンタが折角作ってくれた司令官の料理の写真を皆が見れる鎮守府掲示板なんかに携帯で堂々とUPなんかするからでしょ!?」

「既に200リツイートです」

「やかましいッ! ああ……浮かれて柄にも無くピースなんかしちゃって写真に写ってしまった自分を呪いたい」

「やれやれ陽炎は全く……本日出向いている方々からもこんなに沢山の応援の声を頂いていると言うのに」

「全部短文で『は?』とか『お?』とか真顔スタンプばっかりじゃない! ってゲェッ!? 黒潮が直接私宛にDM送ってきてる!?」

「おや? 大和さんのこの『なん$くぇ%&羨ty死』とは……新手の祝辞ですかね。む? 直後の武蔵さんの『姉上が本営から脱走した! 逃げろッ!』というのは……?」

「総員退避ッ!」

 

 ……本当にどうしてこうなってしまったのか。

 

 事の発端は少し前に遡る。

 

 

 

 

「あれ、敷波? 何してんのこんなところで」

 

 カウンター周りを拭き掃除していると、声を掛けられた。顔を上げると見慣れた姿の少女が二人、小さく手を上げながらこちらに歩いてきていた。陽炎と不知火、同じ駆逐寮仲間で敷波も良く知る二人である。

 彼女たちに見えるようにこちらも同じように軽く手を上げて応える。

 

「ん、ちょっとね。今日間宮さんも伊良湖さんもいないから、そのヘルプ。二人は今からお出かけ?」

「いや、既に予定は崩れ去ったというか、出鼻を挫かれたというか」

「なに? どういう意味さ?」

「しいて言うなら、前日から楽しみにしてた遊園地に意気揚々と出かけたら休園日だった……そんな感じに近い、かな」

「……?」

 

 言葉の意味が分からず『何言ってんの?』と訝し気な視線を敷波に向けられ、陽炎はぽりぽりと頬を掻いてごにょごにょと何かを呟いている。

 何か妙である。妙であるが、こういった場合関わると大概碌な事がないのでこの場はそこまでに留めて、敷波は不知火の方へと向き直った。

 

「つまり敷波がヘルプに入っているということは今日も食堂は開いているという事ですか?」

「一応ね。人数少ないし、料理できる人が一人だから凝ったものは出せないけど……はい、これメニュー表」

 

 軽く説明して、前もって司令官が用意していたラミネートされたメニュー表を手渡す。模様も何もない用紙に、達筆で料理名だけがつらつらと書かれた簡素な作りが実に司令官らしい。

 

「へえ、それでも結構な種類あるじゃない」

「そりゃまあ、司……今日の料理担当の人は結構な料理経験者だし」

「料理の幅も広いですね。和洋中と一通り揃ってます」

「昔、実際にお店で働いていた経験があるって本人は言ってたから」

 

 敷波の説明に、二人は『ほー』と感心しながらメニューを眺めている。

 別に司令官については隠すような事ではない気もするけど、言ったら言ったで何か騒ぎが起きそうなのでとりあえず伏せておく事にした。

 

 例えどんな些細な事であっても、司令官が絡めば国家事変の如く騒げるのが此処の住人だ。駆逐艦娘の間で司令官に頭を撫でてもらった時間の長さで抗争が起きたのも、軽巡重巡娘の間で司令官の趣味は足だ脇だおっぱいだなどと抗争が起きたのも、空母戦艦娘の間でゼクシィとひよこクラブのどちらを定期購読すべきかで抗争が起きたのも、その隙に潜水艦娘が司令官のベッドに急速潜航して美味しいところを持って行ったのも全て事実なだけに、油断は許されない。

 慢心ダメ、絶対。

 ちなみに理由を知らず艦娘の仲が険悪だと勘違いした司令官に相談を受けた鳳翔と鹿島が、その後お礼として食事に連れて行って貰っていたりしている件については日頃の行いの差だとだけ言っておく。

 

「でもさ、うちの鎮守府にそんな経緯を持った人なんていたっけ?」

 

 メニュー片手に案の定、陽炎がはて、と疑問符を浮かべ始める。司令官との約束の件もあるだけに、変なトラブルには特に注意しなければいけない。

 

「敷波は知っているんですよね?」

「知ってるけどプライバシーに関わるからノーコメントで」

「えー、いいじゃない減るものじゃないし。こんな可愛らしいエプロンまで着ちゃってこのこの」

「にゃ、にゃんでほっへはひゅまむのさぁ」

 

 そんな風に敷波のもちもちほっぺを一頻り弄繰り回した後、陽炎はしぶしぶと言った感じで追及を諦めて、再度メニュー表へと視線を落とした。

 

「でもさ、これを一人で作れちゃうんだから、やっぱり料理人って凄いわよね」

 

 ――いや、料理人じゃないし。

 

「なんだかデザート系のラインナップと種類の豊富さに並々ならぬこだわりを感じます。そこから推測するに、本職はパティシエの方だと不知火は期待します」

 

 ――本職はあたし達の司令官だよ。まあ甘いものは好きみたいだけどさ。

 

 勝手に盛り上がる二人を他所に、内心でツッコミを入れる敷波。当然口には出さないが、自分しか知らない司令官の秘密と考えるとなんだかちょっぴり優越感だ。

 

「しきなみさんしきなみさん」

 

 そんな事をむふふんと考えていると耳元で名前を呼ぶ声が。

 振り返ると妖精さんが出来立ての餡かけ炒飯の盛られたお皿を両手一杯に、こちらに差し出してきていた。

 

「どうしたのそれ?」

「かたならしがてらのしさくひんですー。ていとくさんからしきなみさんにもおさしあげー」

「あ、ありがと」

 

 言われて、差し出されたそれを受け取る。

 どうやら試運転も兼ねて、司令官が気を利かせて一品作ってくれたらしい。

 

 ほかほかと出来立てらしく湯気を上げる餡かけ炒飯。とろみのついた餡に香ばしいスパイスの匂いが鼻孔をくすぐり、朝食を食べていない事もあって思わずゴクリと喉が鳴る。

 

「うわっすごい良い匂い! なになに食べていいの?」

「ちょ、ちょっと! これはアタシのだから!」

「敷波一人でこれを食べるのは些かカロリー的にあれかと。という事はつまりここは不知火の出番ですね?」

「凄い真面目な顔で意味不明な事言わないでくれない?」

 

 どこから調達したのかスプーン片手ににじり寄ってくる二人から慌てて距離を取る。

 別に一口くらい良い気はするけれど、何かこう司令官が自分のために作ってくれた物と思うと妙に独り占めしたくなってしまうのは何故なのか。

 

 と、そんな事を悶々と考えていた所為だろう、だから敷波は気が付かなかった――。

 

 ――厨房の奥から誰かがこちらに近づいてきていた事を。

 

「敷波、味の方はどうだ? 一応濃くなりすぎないように――む?」

 

 瞬間的に敷波の口から“あっ”と漏れたのと、ポニテ&ツインテ姉妹が現れた人物を視界に収めたのは、当然ながらほぼ同じタイミングだった

 

「……ほ?」

「……んぇ?」

 

 隣から漏れ聞こえる間の抜けた声音を他所に、敷波は思わず“しまった”と言わんばかりに右手で顔を覆った。指の隙間からはこんな状況でも冷静にふむ、と顎に手を当てて場の把握に努める司令官の姿。きっとまた至極真面目に間違った解答を導き出しているに違いない。

 仕事は正確で、艦娘の細やかな機微には聡いのに、自分の事となるとどうしてこうもダメダメになるのか……まあ、そこが司令官の良いところでもあるのだけど。

 

「おはよう、不知火に陽炎も早いな」

「あ、うん、えと、おはよ……ってちょっと待って待って! なんで!? どうして司令官がここにいるのよ!?」

「む? 敷波から聞いてないか?」

 

 あ、この流れはまずい。

 場の不穏な空気を敏感に悟り、そそくさと厨房に消えようとする敷波。しかしその即断を超える速度で敷波の服の裾をむんずと掴む人物が一人。

 

「…………」

「し、不知火?」

「これは不知火の落ち度ですか?」

「いえ……アタシの落ち度です……ハイ」

 

 身体は駆逐、心は乙女、されど眼力だけは戦艦級。そんなバーロー系駆逐艦ぬいぬいに気圧されて、観念するように敷波は両手を上げ、これまでの経緯を説明した。なお、綾波は厨房で一人提督の手料理を幸せそうに食べている。

 

「――というわけで、アタシと綾波が司令官の手伝いをしてるってわけ」

「あー、なるほどそういう事なら納得」

「ふむ、理解しました」

 

 カウンター用の椅子に座りながらの説明に、陽炎も不知火も納得したように頷いた。そのまま、カウンター周りのチェックをしている司令官に聞こえない小声で一つ謝罪を挟む。

 

「それで、その、司令官の事を言わなかったのは、その、まあなんて言うか……ごめん」

 

 気まずさと羞恥が混ざって言葉尻が萎む。

 てっきり小言の一つでも零されると思った……のだが

 

「いや、まあその事に関してはお互い様だから」

「……え?」

 

 その意外な言葉に顔を上げると、二人は苦笑と共に手をひらひらと振った。

 

「たぶん、というか間違いなく敷波と同じ状況だったら、私も同じ事してたと思うし?」

「こんな美味しい……もとい司令との絆を深めるチャンスは滅多にないですからね」

 

 そう言って、二人は腕を組んでうんうんと頷いている。何やら妙に潔い気もするが、気にしていないというならば此処は素直にその言葉に甘えるとしよう。

 手元にあった水の入ったコップに口をつけ、ほっと敷波は胸を撫でおろ――

 

「でも、普段さっぱりしてるように見えて、敷波って意外と独占欲強そうよね」

「っ……う、うるさいなあ!」

 

 ――せなかった。ぐぬぬ……と唸る敷波に対し、陽炎はにやにやと楽しそうに口元に手を当てている。昔からしっかり者のお姉ちゃんである陽炎だが、最近は年相応に無邪気な一面を良く見せる様になった。……まあ、こうしてからかわれる事も多いのだけど。

 

「でも、司令官のエプロン姿見れるだけでも役得よね」

「……写メあるけど?」

「ッ!? 後で送って!」

 

 とりあえず今日の失態を無かった事にするために、秘蔵の一枚で口止めを図っておいた。そこでふと、不知火が居ない事に気付き、周囲を見渡す。するとそこに司令官の作ってくれた料理の前で、携帯を構える不知火の姿が。

 

「? 何やってるのさ」

「折角なので写真に残しておこうかと」

「あ、じゃあ私も撮ろうっと」

 

 不知火の言葉に、陽炎も同調する。そのまま三人で一通り写真を撮り――と、そこでなおも無言で携帯を操作する不知火の肩を陽炎がぽん、と叩いた。

 

 少しして、敷波達は驚愕することになる。

 たぶん、というか間違いなくそれは善意からの行為だったのだろう。

 

 惜しむらくは、こう見えて不知火は天然だったという事。そして今回に限って半数以上が鎮守府を留守にしていた事。

 これは事件ではなく悲しき事故の始まり。後に食堂の悪夢と呼ばれるまでに遺恨を残す事になる大事件の、ほんの引き金の部分にすぎない。

 

「不知火? もう十分撮ったでしょ? そんなに携帯操作して何やってるのよ?」

 

 陽炎の問いに不知火が振り向き、答える。

 

「いえ、大丈夫です。本日鎮守府におられない方々のためにメッセージを添えて、鎮守府掲示板に司令の手料理の写真をUPしていたので。安心してください、丁度終わりました」

 

 不知火の微笑むような笑みに、陽炎の口から『……あ、そう』と気の抜けた声が漏れる。

 

 ちなみに鎮守府掲示板とは夕張が発案したもので、普段の連絡事項他、情報交換や日々の何気ない出来事を艦娘個々が発信できるネットワーク上の交流ツールである。

 最初こそぽつぽつと単発的な利用が主だったが、場所問わず交流できる利便性もあってか、最近では間宮や鳳翔、明石などがイベント開催の主な発信源として利用するなど、誰もが常に確認するほどの便利ツールとなっている。

 

 そんな場所に司令官の手料理をUP、しかも律儀に今日の食堂の詳細とアタシが送ったエプロン姿の司令官の写真も添えてかー。ふーむふむふむ、なるほどなるほど……え?

 

 思わず陽炎と顔を見合わせ、同時に短い言葉がポロリとこぼれる。

 

『…………え?』

 

 直後、海まで届きそうな陽炎の『バ、バカーーーーッ!!!!』という怒声が鎮守府中へと響き渡った

 

 

 

 

 そして現在。

 諸々その他複雑な理由で、こんなに忙しくなった理由を知らない司令は文句の一つも言わず黙々と料理を作り続けている。

 

「司令官、その……大丈夫?」

 

 言って、敷波はすぐに後悔した。自分なんかが心配して果たして何の解決になるのか。どころか、碌に役に立ってすらおらず、はっきり言って喋ってる暇があったら手を動かせ、と言われてしまっても仕方がない状況だ。

 ああもう何やってんだろアタシ、と沈む敷波。しかし鍋へと向かう司令官の表情は意外な事に真逆の色を浮かべていた。

 

「ああ、大丈夫だ……それにこう言うのもなんだが、少し楽しいんだ」

「え……?」

 

 思わず聞き返してしまった。普段の彼にしては珍しい、穏やかな中にも感じられる弾んだ声音。

 つい手が止まっている事にも気が付かず、つり目勝ちな敷波の瞳が猫の様に丸みを帯びる。

 

「そうだな……言葉にするのは難しいんだが」

 

 手を動かすことは止めず額に汗を滲ませながら、それでも司令官は何処か楽しそうな声で、何かを確かめるように敷波の問いに言葉を探している。

 その声音が何処か心地よくて、敷波もまた作業を続けながら静かに彼の言葉に耳を傾ける。

 

「料理をするのは昔から好きだったんだ。庄司さんという人が居て……と、この話はさっきしたな」

「うん。司令官、その人のお店で料理の練習してたんだよね」

 

 庄司というのは司令官の昔馴染みの店を営んでいる人の名前。司令官はまだ学生だった頃、そこで料理の練習をさせてもらっていたらしい。

 

「当時の私は今以上に不器用で口下手でな。友人も少なく海軍学校に入る目標はあったが、かと言ってこれといった趣味も無かった私が唯一、夢中になったのが料理だった」

「そんなに?」

「それこそ、提督になっていなかったら料理に関わる何かを目指していたと思えるぐらいには、な」

 

 それは凄い、と素直に思った。

 敷波にも趣味はある。本を読んだり、身体を動かすことも好きだ。だが、そこまで熱中できるような、俗に言う将来の夢という何かは未だ見つかっていない。艦娘だからだとか、そういった理由関係無しに、何処かそういった話を口にするのはまだ恥ずかしくて、だからこそ司令官の姿が自立した大人の姿に見えて。

 

 でも――。

 

「……司令官が司令官じゃなくなるのは、なんかヤダ。すごくヤダ」

 

 思わず言葉が零れた。自分でもそんな事言うつもり無かったのに……何言ってんだアタシは。

 はっとした後、羞恥で俯いてしまう自分に司令官からの言葉は無かった。きっと何を言えばいいか言葉が見つからなかったのだろう。代わりに、そっと優し気な手が頭を撫でてくれる感触が広がる。

 

 その後も司令官は料理に夢中になる過程の話を沢山聞かせてくれた、

 そのどれもが楽しくて、面白くて。ただ――

 

「そんなに好きだったのに、なのにどうして司令官は、その」

「料理人を目指さなかった、か?」

「……うん」

 

 何処か司令官としての彼の今を否定しているようで、言い淀む敷波の言葉を本人が紡ぐ。

 そんな事全く気にしていないといった風に落ち着いた声で、少しだけ過去を懐かしむように。

 

「料理は好きだったよ、それこそ夢中になる位には……だが、結局のところ料理をしている時の私は独りだった。自分の中で納得して、独りで完結してしまっていたんだ」

「……独り?」

 

 聞き返した言葉に、司令官はほんの少し寂しそうな表情で頷いた。

 

 当時の司令官は料理を作る事はあれど、それを他人に出す事は無かったらしい。

 作る分は自分が食べれる範囲で、それが庄司と交わした厨房で料理をさせてもらう条件であり、唯一の約束だった、と。

 

「当時の私は作る事自体に夢中だったからな。料理人の本懐である、作った料理を多くの人に食べてもらいたいという気持ちが欠落していた。自分の世界で満足していたんだ」

「そっか。でも、庄司さんはその時から料理人だったんでしょ? だったらどうして……」

 

 その気持ちを、料理人としての遣り甲斐を教えてあげなかったのだろう?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、司令官は苦笑しながら、

 

「あの人は私の目標が海軍学校に入る事だと以前から知っていたからな。おそらく、あの人なりに気を使ってくれていたのだろう」

 

 司令官の言葉を受けて、ああ、なるほどと敷波は納得した。同時に庄司という人がどういう人なのかが少しだけ分かった気がした。

 当時の司令官には既に夢があった。父と同じ立派な軍人になるために海軍学校に入るという夢が。きっとその人はそんな司令官の夢を知っていたのだろう、だからこそ約束を交わしたのだ。

 

 一時の想いで夢に迷いを生まない様に。敢えて料理人としての遣り甲斐を伝えないように。

 

「……なんか庄司さんて司令官に似てるね」

「む、そうか? 自分で言うのもなんだが、あまり似ていないと思うが」

「ううん、そっくりだよ」

 

 敷波の言葉にううむと眉に皺を寄せる司令官。

 そんな彼の表情がおかしくて、敷波は楽しそうに笑う。いつの間にか、胸の奥のもやもやした負の感情は綺麗さっぱり消え去っていた。

 

「なるほどなー、だからこんなに忙しいのにちょっと楽しそうなんだ? やっぱり自分の作ったものを美味しそうに食べて貰えるのって嬉しいものなんだ」

「それも勿論あるが、こうして敷波達と一緒に何かできるという事も私にとっては新鮮で楽しさを感じる一因なんだ。まあ、上司の誘いなど君達に気を遣わせる以外の何物でもないから今後も控えようとは思うが」

 

 ――……。

 

「……ねえ司令官」

「む、なんだ?」

「この前の本営調査、『提督と艦娘のコミュニケーション量満足度』の部分でウチの鎮守府、ダントツの最下位だったの知ってる?」

「……何故か全鎮守府中、私の鎮守府だけ逆にグラフが伸びていたな」

「…………」

「…………」

「今後、もう少し君達との時間を取れるよう善処しよう……」

「ん、期待して待ってる」

 

 断食中の修行僧の如く険しい表情で落ち込む提督に苦笑する敷波。

 そんな折、カウンターの方から綾波が大量の注文票を両手にバタバタと慌てたように姿を現した。

 

「司令官大変です~! 妖精さんが妖精さんを引き連れて甘味の注文がこんなになってしまいました~!」

 

 ばさりと広げられた注文票の束に、思わずうへえと敷波の口から洩れる。

 そのまま司令官と目を合わせて、どちらからともなくふっと小さく笑みをこぼす。

 

「それではもう少し、みんなで頑張るとしようか」

「うん、アタシも頑張って手伝うから」

「ああ、期待してる」

 

 期待してる、そんな激励を受けて高揚した敷波はザルに残っていた食材を一つ手に掴んだ。

 

 

 ――ふと思う。

 庄司さんはもしかしたら、司令官が約束を破る事をほんの少しだけ期待していたのではないだろうか。

 生真面目な司令官が庄司さんとの約束を破ってまで、自分の作った料理を誰かに食べて貰いたいと思ったのなら、その時は――。

 

 

「…………」

 

 

 そこまで考えて、敷波はふるふると首を振った。

 もし、なんて曖昧なものでこの話の続きを勝手に解釈するのは二人に失礼だ。そこには想像以上の意味は無く、今があるのは司令官が他ならぬ自分で道を選んできた結果でしかない。

 

 ただ――

 

「……司令官と綾波との食事、楽しみだな」

 

 ――彼のお店に行った時、昔の司令官の話を聞いてみるぐらいは良いかもしれない。

 

 そんな弾む胸に心を躍らせながら、敷波は一人お手伝いとしての作業に戻っていった。

 

 

 

 ちなみに後日、提督の手料理を食べれなかった大和が三日間部屋に籠って出てこなくなったのを解決したのは、敷波が密かに撮っていた司令官の料理中の写真だった事を此処に記しておく。

 




 中編で終わってるってなんなの?
 話が思い出せんわ作者は馬鹿なの?  

 というわけで間が空きすぎて微妙に話に齟齬があるかもしれませんが、そこは温かい目で許してヒヤシンス。

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