宮永咲は、疑いようなく現在最強の高校生雀士の一人である。昨年度の団体戦、新鋭である清澄高校優勝の立役者にして個人戦ファイナリスト。今年度のインターハイでは、個人戦でも初の栄冠を手にした。
宮永の血統。
長野の嶺上使い。
引き継がれし「最強」。
メディアがこぞってかきたてる煽り文句にも負けない活躍を、彼女は見せていた。姉と比べると対局中に動揺するメンタル面での不安定さも指摘されるが、最後には笑顔と共に勝利する姿は、怜からすれば誰よりも強い精神力を持っているように感じる。
例え宮永照に含むところがなくとも、打ってみたいと思っていただろう。
だが、今はそんな単純なものでもなかった。この行動は、確認に近いのかも知れない。何はともあれ、怜の願いを咲は聞き届けてくれた。
昨今の防犯事情から、校舎内への部外者の立入は厳しく、清澄高校での対局は断念せざるを得なかった。
代わって怜が連れて来られたのは、とある雀荘だった。
「roof-top……?」
看板の文字を目で追う怜に、京太郎たちが説明する。
「ここ、この間引退した先輩ん家の雀荘なんですよ」
「中々良い雀荘です」
心なしか和が嬉しそうだ。怜は首を傾げるが、ともかく咲も含めた四人で中へ入る。
入口で待っていたのは、眼鏡をかけた――メイドさん、であった。
「お、来たな」
にやりと笑う眼鏡メイドには、見覚えがあった。
今年度清澄高校を率いた、唯一人の三年生、染谷まこだった。
「なぜメイド服」
「そりゃあここがメイド雀荘じゃからな」
「なるほど、分かったわ」
「納得しちゃうんだ……」
後ろで咲が苦笑いするが、気にしない。
まこと軽く自己紹介し合ってから、怜は改めて彼女の格好をまじまじと観察する。きらん、と怜の目が輝いた。
「アリやな」
「でしょう」
和と意気投合していると、
「そんなら園城寺さんも着てみるか?」
まこがそう提案してきた。
「ええん?」
「元々場代として和たち客寄せパンダさせるつもりじゃったから。ほら、和たちもさっさと着替えぇ」
恥ずかしがるのは咲だけで、その抵抗も虚しく、怜たちは三人揃ってミニスカートのメイド服に着替えた。ひらひらして可愛らしい。コスプレなんて経験は初めてだったが、意外に面白いではないか。
ふと、視線を感じて怜は顔を上げる。
完全に鼻の下を伸ばした京太郎が、そこにいた。にやり、と怜はほくそ笑み、あざとく上目遣いで彼の顔を覗き込む。
「きょーちゃんさんはこういうん、好きなん?」
「えっ、あっ、そのっ」
「もっと見ててもええんやで……?」
なまめかしく、怜はしなを作る。首元まで京太郎の顔は赤くなった。さらっと怜は元の姿勢に戻って、一転冷ややかな声を投げかけた。
「今変なこと想像したやろ」
「し、してません!」
「恥ずかしがらんでもええで。すけべぇなきょーちゃんさん」
ぐぬぬ、と完全に言葉を詰まらせた京太郎はそっぽを向く。くすくすと怜は笑って、彼の背を叩く。
そうしている内に、
「そろそろ良いですか?」
和に呆れられてしまった。
「きょーちゃんさんのせいで怒られたやん」
「今のは俺悪くないでしょうっ?」
「ま、ええわ。ともかく打とか」
マイペースに卓につく怜の背後で、京太郎が盛大に溜息を吐いた。先輩のまこに慰められるレベルであった。
「今日は私の我が儘に付き合わせてごめんな」
「いいえ、千里山の元エースと打てるなんて勉強になります」
「和ちゃんの期待に応えられるかは、ちょっと分からんな」
自分の力の中核を担っていたものは、使えないし使わない。療養の成果が出るまで封印すると決めたのだ。
千里山では三軍レベルに過ぎなかった雀力だけで、戦わなければならない。しかもブランク有りで。初めから結果は見えている。
場決めの結果、下家に咲、対面に京太郎、上家に和となった。
席につき、怜は一度深呼吸する。卓についたときの緊張感も久方ぶりで、気分が高揚していくのを自覚した。
だが、勝負が始まってしまうとすぐにそんなものは霧散する。
最初の局から、流れは彼女たちにあった。
「カンっ」
宮永咲の、加槓宣言。耳にした瞬間、ぞくりと怜の背筋に冷たいものが走った。咲の手が王牌に伸び、
「ツモっ」
引かれた牌が、そのまま卓に置かれる。淀みも迷いもない、確信に満ちた動き。まるで背面の牌が透けて見えているようだ。
――これが、清澄の嶺上使い。
涼しげな表情で、常識外のプレイを平然とやってのける。
打ち筋も性質も全く姉とは違う。それでいて、感じる壁の高さは同じ。牌譜を見る限りは、どちらかと言うとスロースターターなタイプかと思っていたがそんな隙もない。
さらに。
「ロン」
「……はい」
切り捨てた牌で、和に和了られてしまう。速い。力を使えば回避することも難しくないだろうが――
使ったところで、二人を止められる気がまるでしなかった。
その後も、ペースは咲と和二人だけのものだった。彼女たちの和了宣言を聞く度に、心が沈んでいく。
怜は結局、焼き鳥で半荘を終えた。
――こんなもんか。
失望と諦観が体を支配する。悔しさなんて言葉だけで、この気持ちを表せてなるものか。
今感じているより距離よりも、宮永照との距離はさらに大きいはずだ。その事実を確認して、怜は小さな息を吐いた。
これで終わりと、彼女は終止符を打つ。
――だと、言うのに。
「それじゃ、もう一回」
力強い声で、宣言した者がいた。
はっと、怜は顔を上げた。そこにいたのは、これまで見たことのない表情をした京太郎だった。どちらかというと軽薄そうな印象だったのに、今の彼からはそんなもの欠片も感じない。思わずどきりとした。
「あ……園城寺さんは大丈夫ですか? 体調とか」
「ううん、平気や」
呆気にとられながらも、怜は応ずる。あれだけ大敗を喫しても、気にしていないというのか。それとも、彼女たちに負け続けて感覚が麻痺しているというのか。
怜はすぐに気付いた。その、どちらでもないと。本気で悔しがって、それでいてもう一度戦いを挑んでいるのだと。咲や和も、黙ったまま頷いて、場決めに加わる。
次の半荘も、咲たちの独壇場だった。怜たちは蹂躙されるばかり。
怜の目から見ても、京太郎に特別才能があるように見えなかった。とりわけ見るべきところもない、平凡な打ち手。多少読みは良いが、武器と言えるものは一つもない。大口をたたける立場ではないが、むしろ穴のほうが多いくらいだろう。
けれども、彼は食らいつく。何度振り込んでも、何度大物手を流されようとも、諦めない。今すぐにでもプロに通じるだろう宮永咲を前にして、恐れを見せないのだ。
――なんで。
気が付けば、この場で取り残されているのは自分一人だけになっていた。三人が集中している世界に、入っていけない。
「カンっ」
今日何度目か分からない咲の槓。嶺上牌で、当然のように彼女は和了る。
この半荘もオーラスを残して、咲と和のツートップ。一万点以上離れて怜、京太郎が続く。ただし、怜の現状の三位も常に守勢でいたためだ。攻めに行った結果、京太郎が振り込んでしまっただけ。
オーラスの親は京太郎。彼の目は――やはり、死んではいなかった。
だが、咲の手が早い。すぐに流されてしまう予感がした。今度こそ終わり、と諦観した怜は目を伏せ、
「――っ?」
目の前に現れた光景に、驚く。
意図して使ったわけではない。使おうなんて、思いもしなかった。しかし確かにその瞬間、彼女は一巡先の未来を見た。
「ロン!」
そこで見たとおりの姿が、再現される。
咲が、京太郎に振り込んだのだ。
「っしゃ!」
「上手くテンパイ気配を隠してましたね」
「むぅ。京ちゃんのくせに」
「くせにとはなんだ、くせにとは」
少しの間、怜は呆けていた。あの、宮永咲に振り込ませた。何十局も戦って、たったの一度。されどその一度が、どれだけ難しいか怜はよく知っている。
結局京太郎は連荘できず、逆転の目は途切れた。
「このあたりでお開きやな。三人とも、ありがとう」
「いえいえ。私たちも楽しかったです」
卓を片付けた後、咲と和はまこに頼まれて雀荘の仕事の手伝い、もといバイトをすることとなった。怜は一人休憩室に通され、机に突っ伏す。
出てくるのは、大きな溜息ばかりだった。
「お疲れ様です」
目の前に、缶ジュースが置かれる。京太郎だった。
「きょーちゃんさんは手伝わへんでもええの?」
「今は男は戦力外だと言われました。今度来たとき荷物運び手伝ってくれって」
「世知辛い世の中やなぁ」
アップルジュースをちびちび飲みながら、怜は京太郎に問いかける。
「なぁなぁ、きょーちゃんさん」
「どうしました?」
「きょーちゃんさんは、……なんであそこまで、頑張れるん?」
京太郎は、要領を得ない、という風に首を傾げた。
「はぁ。まぁ、咲たちに好き放題やられるのはいつものことなんで。いつまでもやられっぱなしでいるつもりもありませんけど」
「でも。――あの強さは、凡人の心を折るには十分やと思う」
敢えて、怜は言葉を濁さなかった。京太郎の目を見据えて、言った。怜の意思を感じ取ったのか、京太郎も居住まいを正す。
どうして自分が咲に挑んだのか、怜はようやく理解した。
諦めようとしていたのだ。所詮、自分はこの程度なのだと。宮永の名には敵わないのだと、実際に戦って負けることで納得しようとしていたのだ。
そして、この療養生活を終わらせようとした。友人たちに置いて行かれた寂寥。完治するかも分からない不安。一人病室で眠る毎日。自らを苛むあらゆるものに、彼女は白旗を上げそうになっていた。
京太郎は、笑顔を消して答える。
「正直、折れたことはあります。この夏を最後に、きっぱり選手は諦めて、後はマネージャーとしてやっていこうかとも考えていました」
「……今は、ちゃうん?」
「はい」
京太郎は、しっかりと頷いて、言った。
「俺に咲たちみたいな才能がないってのは、よく分かりました。でも、才能がないならないなりに戦ってみようって、そう思うようになったんです。凡人でもやれるって、証明してやるって」
だから、と京太郎は一度目を伏せて。
それから彼は、はっきり宣言する。
「あいつらに負けない雀士になって――絶対、来年こそはインハイに出る。それが今の俺の目標です。小さな目標、かも知れませんけど」
「――……そんなこと、あらへんよ」
ああ。
格好良いなこいつ、と怜は思った。
自分には、目標を口にできなかった。競技麻雀に復帰する道を選んでおきながら、そもそもその動機をはっきりさせてこなかった節があった。
不言実行なんて、聞こえの良いものではない。口にすれば、もう退くことはできないと思っていた。要は、逃げ道を作っていたのだ。諦めても良いように、諦められるように。それが、一番傷付かずに済む方法なのだから。
だから、京太郎が眩しく見えた。心が折れても、また立ち上がって前を向く彼が、格好良かった。
「きょーちゃんさんや」
「どうしました?」
「私の目標も、聞いてくれへん?」
京太郎は、はい、と応えてくれた。
怜は一度大きく息を吸い込み、逸る気持ちを押し止めて、言った。
「私は、プロになる。なって、もう一度宮永照と戦う。そんで――」
言って、のけた。
「――次は、勝つ」
それを口にした瞬間、体が熱くなった。不思議な高揚感が、胸の内に沸き立つ。血がたぎる、とはこのことか。
京太郎に微笑みかけて、怜は訊ねた。
「大それた目標、かも知れへんけど」
「そんなこと、ないですよ」
もう迷わない。もう逃げない。怜は決意する。決意させられた。一人では、できなかっただろう。
長野に来て、良かった。彼と出会えて、良かった。進むべき道を、示して貰えた。
「ありがとう、きょーちゃん」
「あ、やっとさん消えた」
くすりと彼が笑い。
ジュースの缶を握りしめる怜の手に、過剰な力が加わった。途端に、彼の顔をまっすぐ見られなくなる。視線はプルタブに落ちて、体の熱さが顔にまで伝わってきた。
――昔、恋に落ちる音という言い回しを聞いた覚えがある。
どういう音だ理解できない、と当時は顰め面になったものだけれども。
きっと、この胸の鼓動が答えなのだろう。
◇
その夏、惜しみつつも世話になった清澄の面々と怜は別れ、大阪の地へ舞い戻った。随分と長く長野に滞在した気もしたが、実際は二週間程度の短い時間であった。
お土産は、あの夏祭りで手に入れた狐面と、まこに貰ったミニスカのメイド服。長野らしさは欠片もなかったが、怜は気にしなかった。自分が長野に居た、何よりの証がこれらだったのだから。
そして秋、彼女は二度目の手術を受けた。
コクマの時期、忙しいであろう竜華やセーラ、後輩たちも駆けつけてくれた。大袈裟だ、と怜は困り顔を作ったものの、内心とても嬉しかった。
これで彼も来てくれたのなら、と思わないでもなかった。しかし本人は出場しないとはいえ、清澄からコクマに出場する選手も多い。遠く離れた大阪に、学生の身空で来られるわけがない。実際、手術前には電話一本あっただけだった。その一本で、ベッドの上でじたばたするくらいには嬉しかったのだけれども。
現れたのは、術後の病室だった。
びっくりしすぎて、口に入れようとしていたメロンを零してしまった。
「きょーちゃんも暇人やな」
「見舞いに来た人に言う台詞ですか」
ついつい悪態をついてしまう。そうでもしなくては、綻ばせた口元をさらけ出しそうだった。からかうのは、自分だけの特権である。
同じく見舞いに来てくれた竜華と一悶着あったもようだが、結局二人とも打ち解けてくれていた。それどころか意気投合するレベルで、若干怜は不安になった。
そして、季節はさらに巡る。
最初の手術よりも経過は良く、軽い運動くらいなら十分こなせるようになった。リハビリを続ける内に、京太郎にとって高校最後の夏が訪れる。
今度は、怜が長野を訪れた。
昨今男子のレベルは女子と比較して下がっていると言われているが、少なくとも長野のレベルは低くなかった。そうやすやすと上位に食い込めるものでもない。観客席で、祈るように怜は彼の試合を全て見届けた。
京太郎がトップ通過を決めたときは、清澄の面々に混じって大喜びした。みんなで彼をもみくちゃにするのは、とても楽しかった。
――彼は、目標を達成した。
怜に、道を示してくれた。やってやれないことはないのだと、教えてくれた。その日、彼女は少しだけ涙した。
インハイの日程も全て終え、怜は京太郎に訊ねた。
「きょーちゃんは、大学行くんやろ?」
「そのつもりです」
「希望は『例の人』が、おるところ?」
「はいっ」
嬉しそうに答える京太郎に、苛立ちなどは感じない。そういうところもまるっと含めて、愛おしいと思ってしまう自分がいた。――惚れた弱みというのは、こういうことか。彼といると、新しい発見ばかりで日々が鮮やかになる。
次の模試で、怜は第一志望に東帝大学の名前を書き込んだ。
◇
さらに時は流れ、春。
場所は、東帝大学麻雀部部室。
すっかり陽も落ち、周囲は夕闇に包まれた。他の部員は強制退去させられ、部室に残っているのは部長である末原恭子と入部希望の新入生、園城寺怜の二人のみ。
奇しくも大阪出身の二人が東京の地で、長机を挟んで向かい合っていた。
名目は、入部面談である。
「つまり目標はプロ、なんやな」
「ん、そうやで。高校のときの戦績だけじゃ、流石に無理やったから。療養でのブランクもあるしな。そんなわけで、インカレ目指すこの部に入りたいと思うて」
「ふん」
恭子が鼻を鳴らして、背もたれに自重をかける。怜の説明に、どうも彼女は納得していない様子であった。
「どうしたん? 何か気に入らへんことでもあった?」
「本気でインカレ目指すなら、もっと他に良い大学あったやろ。なんでわざわざうちに進学したんや」
ほとんど恭子に睨み付けられながらも、怜は微笑みを絶やさなかった。むしろ挑発するように恭子の瞳を覗き込み、
「そんなん決まっとるやん」
「な、なんや」
他に誰かが聞いているわけでもないが、怜はそっと彼女に耳打ちする。
「――きょーちゃんと同じ大学行きたかったからやよ?」
「な、ななななっ」
顔を真っ赤にして慌てる恭子に、怜は肩を震わせて笑った。少し話した程度の高校時代から薄々感じていたが、彼女は竜華や京太郎と似たタイプだ。からかうと面白い。
「冗談はともかくとして」
「冗談なんかい」
「本気って言って欲しかったん?」
「う、うちは関係ないし。その、部の風紀を乱されても困るだけや。そんなあざとい格好して、恥ずかしくないんか」
指摘され、怜は自らのメイド衣装を改めて確認する。ふむ、と頷いてから、彼女は恭子に言い返した。
「きょーちゃんの好みって、こういう服やで」
「……っ、し、知らんわそんなこと!」
今一瞬興味持ったな、と怜は目聡く勘付く。こういうお堅いタイプにふりふりの格好をさせるのも面白そうだ、と怜は考えたが、今のところはひとまず脇に置いておく。
「ま、実際プロになるにも話題性があったほうがええやろ。不毛の大地から生まれたニューヒロイン、みたいな見出しでな」
「千里山のエースが偉い地味なこと言うんやな」
「昔の肩書きに拘るほど、年食ったつもりはあらへんよ」
口では敵わないと判断したのか、恭子はわざとらしいくらい大きな溜息を吐いた。指先で机をとんとんと叩きながら、彼女は最後の質問をぶつけてきた。
「で、麻雀仮面ってのは何がやりたかったんや」
「リハビリ」
「は?」
しれっと怜は答え、恭子眉を潜める。
「リハビリって、どういう意味や」
「きょーちゃんがこんな偏差値高い大学選ぶから、療養生活を終えた後そこからずっと受験勉強やったんや。麻雀やる暇なんかあらへんから、ブランクは長引く一方。せやからリハビリしたかったんや」
「そんなけったいな格好してたんは――」
「麻雀部入った後、他の大学と軋轢残さへんためや。負けたら仮面脱ぐ、みたいな条件がいつの間にかついた後は冷や冷やもんやったわ」
「……いや、ちょお待ち」
折角説明してあげたというのに、恭子はなおも胡乱げな眼差しを送ってくる。
「リハビリなら、うちの部に入ってやれば良かったやろ」
「それじゃ、意味あらへんもん」
「なんでや」
「秘密」
眉間に皺を寄せる恭子には申し訳ないが、こればっかりは彼女に言いたくなかった。
大学に入ってまず倒したかったのは――末原恭子、その人だったのだから。
そのために、京太郎にも無理を頼んであんなリハビリを強行したのだ。
この対抗心を、今の恭子は知らない。教えるつもりもない。大体、「あんな負け方」をしておいて言えるわけがない。
だから今は――
「きょーちゃんの好みの女の子って、おっぱい大きい子やで」
「なんで一々須賀の話するんやっ」
「ええやん別に、末原さんも興味あるやろ?」
「いや、そら、……ないわっ!」
からかえるだけ、からかっておく。
麻雀仮面N、改め園城寺怜。
この日彼女は、東帝大学麻雀部の名簿にその名を加えることとなった。
Ep.3 明日望む者のレミニセンス おわり
次回:Ep.4 たかみープロデュースミッドナイトティーパーティー
4-1 春季合宿のしおり