病院近くの喫茶店に入った煌は、窓際の席を陣取った。ここからなら、病院の入口を一望できる。用もなしに院内に入るのはリスクが高いと判断し、二人が出てくるまで待機することに決めた。
既に彼らが病院に入って二時間。注文したコーヒーは、三杯目。
監視の目を怠るわけにはいかないが、煌はコーヒーを飲みながらしばしの休憩をとる。何よりも、心を落ち着けなければならなかった。
――あの二人の目的が、産婦人科だったらどうしよう。
京太郎が挙動不審な理由にも説明がつくし、恋人同士ならあってもおかしくない。しかしそうなると、色々と完全に手遅れだ。
何度目かも分からない溜息が、勝手に出てくる。
ややぎこちない感じはあったが、傍目には間違いなく恋人同士だ。あれで彼氏彼女の関係でなく、他人と言われても信じられない。カメラの中のデータを確認すれば、手を繋いだ二人の姿を収めた写真がいくつも出てきた。今更なかったことにはできない。
これを、怜たちにどう報告すれば良いのか。
煌は頭を悩ませる。京太郎に彼女ができたとなれば――それを彼自身が隠していたとすれば――みんな怒るだろう。悲しむだろう。しかも今季のリーグ戦は終わっていないのだ。落ちたメンタルが結果に直接繋がりかねない。それ以上先のことは、今は考えたくもない。
――いやいやっ。
煌は頭を振る。逃げてはならない。現実がいくら厳しくとも、直視しなければならないのだ。
今、自分がすべきこと。
それは、京太郎と女性の事情を聞き出すことだ。状況証拠では恋人同士としか考えられないが、何か事情があるのかも知れない。四月まではそんな気配もなかったのに、急に麻雀部の外で彼女ができたのもおかしくはないだろうか。黙っているのにも腑に落ちない。
直接聞き出すか、あるいは京太郎たちの会話を盗み聴くか。
前者はしらばっくれる可能性がある。
後者はリスキーだ。尾行が露見するのは頂けない。盗聴器も持っていないし、これまでよりもさらに近づかなくてはならない。
悩んだ果て、煌は後者を選択した。――まだ、尾行の警戒はされていないはずだ。上手く立ち回れば、近づける可能性は充分ある。
それから煌は、少し迷ってから、恭子にだけ現状報告した。
「須賀くんとその恋人らしき人物を発見。追跡中、と……」
恭子ならば、何かあってもきっと冷静に対処してくれるだろう。煌の部長に対する信頼は、誰よりも篤い。
それにしても、と煌は写真の中の女性を睨め付ける。
「一体、何者なんでしょうねえ」
他大学の学生となると、範囲が広すぎて特定できない。雀士ならばもっと当たりをつけられるのだろうが――
「……雀士?」
はて、と煌は首を傾げる。既視感らしきものはたしかに覚えた。漂わせる凛とした雰囲気、射殺すかのような視線、ぴんと伸ばされた背筋。
ふと、煌は自分の髪に触れる。髪を下ろしたまま外出するのは、久方ぶりだった。髪に触れた指先は、そのまま度の入っていない眼鏡に移動する。
「あ……」
頭を過ぎったのは、一つの名前。
「あああっ」
思わず悲鳴が漏れて、煌は慌てて自分の口を塞ぐ。
――あの人だっ。
公式の場で出てくる姿格好とは違って、すぐに分からなかった。だが、一度気付けば分からないはずがない。なにせ、大学麻雀界での有名人だ。つい先日も、中学の後輩たちの会話でも話が出た彼女。
動揺した心を落ち着かせるため、煌はコーヒーカップに口をつけようとする。
同じタイミングで、京太郎と彼女が病院から出てきた。ひとまず思考を打ち切って、煌は鞄を背負い喫茶店を出た。
今度の二人は、手を繋いでいない。しかし彼らは寄り添うように立ち並び、元来た道を引き返している。
煌は彼らとの距離を詰めながら、追いかける。危険な領域であるが、彼女は攻めた。安牌を切っているだけでは、麻雀には勝てない。攻めよりも守りが得意な彼女だが、勝負に出るべきところでは出るのだ。
「……今日は……ったな……」
「いえ……です……」
途切れ途切れだが、声が聞こえる位置まで辿り着く。もう三歩分、いや二歩も間合いに入ればもっと明瞭に聞き取れるはずだ。だが、他の通行人に阻まれて思うように動けない。焦らずに行きたいところだが、このまま駅で別れて終わりになってしまえばそれまでだ。
叶うなら、どこかで立ち止まって欲しい。昼食を食べにどこかに入らないだろうか。
願いが通じたのか、京太郎たちは今朝立ち寄った公園で足を止めた。今度は向かい合い、何やら話し込んでいる。
煌は幹の太い木の背に隠れ、手鏡を使って二人の様子を窺う。
「さて、どうする」
女が、京太郎に向かって言った。ちゃんと会話は聞き取れる。
「そうですね……お昼ご飯くらいは食べて行きますか」
「違うだろう?」
一歩、彼女は京太郎の傍へと近寄る。京太郎は若干怯えた態度を見せ、
「ど、どうしました?」
「折角二人きりなんだ」
彼女の指先が京太郎の頬に触れる。
「えっ」
「労いくらいはくれてやらないとな」
「……っ!」
二人の顔が近づいてゆく。唇と唇が触れ合いそうになる。
煌は激しく動揺した。知人の接吻など見たことがあるわけがない。京太郎が後退るよりも僅かに早く、煌は足を踏み出してしまった。その先にあったのは――木の枝だった。
ぱきり、と小枝を踏み折る音が静寂を打ち破る。
しまった、と煌が後悔するのと同時、
「ようやく隙を見せたか」
女が、したり顔でこちらを向く。
「出てこい」
「……はぁ」
観念するしかなかった。相手のほうが、二枚も三枚も上手であった。
木の陰から、煌は姿を現す。
「どうも、こんにちは」
「は、花田先輩っ?」
「出歯亀の中に子ネズミが紛れているかと思ったが――なるほど、東帝の部員か」
「いやはや、やられました」
半ば睨み合う形で、煌は彼女と対峙する。
――煌たちの世代で最強の女子高生と言えば、まず挙がるのが宮永照の名前だろう。正に圧倒的、十代の雀士としては間違いなく規格外だった。プロとしてはまだ若輩でありながら日本代表に選出されるなど、第一線で活躍を続けている。
昨年度まで高校生だった実妹の宮永咲もまた、同じ尊称で呼ばれていた。彼女も今年度からプロ入りし、三人のスーパールーキーとして数えられ、四月に華々しいデビューを飾った。
では、当代最強の大学生は誰かというと、ある程度意見は分かれる。確かな実力を持つ高校生雀士たちは卒業後プロ入りするのが主流ではあるが、全員が全員というわけではない。初めからプロになるつもりのない者、大学に進学して勉学に励みたい者千差万別だ。必然、毎年優れた雀士たちが大学に進学し鎬を削り合っている。
入学して間もない一年生を除けば、神代小蒔、荒川憩、天江衣、清水谷竜華、弘世菫――
そして、忘れてはならない人物がもう一人。煌と同じ関東リーグに所属する、三橋大学の絶対的エース。
彼女の名は、辻垣内智葉。
三年前煌も出場したインターハイ、世界レベルの留学生たちが集まった東東京・臨界女子高校において、エースを務めた唯一人の日本人である。
「まさか貴女とこんなところで会えるとは思いませんでしたよ……!」
不敵に微笑む辻垣内智葉を前に、煌は精一杯の笑顔で応えた。
◇
「先日祖父が入院してな」
澄まし顔で紅茶に口をつけながら、智葉は事情の説明を始める。
場所は移されファミレスの隅の席、智葉の隣に京太郎、向かいに煌が座っていた。――傍から見れば、浮気の末の修羅場だろうか。煌は若干の居心地の悪さを覚える。
「自分が死ぬ前に、私の婿になる男を見つけると言ってきかないんだ。余計なお世話だが中々強引な人でな。全く、後三十年は生きられるだろうに。だが、上手く躱す手も見当たらなかった。――そんな折、出会ったのがこいつだ」
ぱん、と智葉は京太郎の背中を叩く。
「どういうことですか」
煌の問いかけは、京太郎に向けられたもの。彼は気まずそうに顔を背けながら、答えた。
「ゴールデンウィークの初日、立ち寄った雀荘に辻垣内さんが――」
「智葉と呼べと言っただろう。あれだけ練習させたのに、気を抜くな」
「……智葉さんがいたんです。そのとき智葉さんは、他のお客さんに絡まれてて。店員さんが駆けつける前に、ちょっと割って入ったんです」
「あの程度は私一人で対処できたが、その男気を買わせて貰った」
智葉は嬉しそうに微笑む。それで、煌は大体察した。
「須賀くんを、恋人に仕立て上げたわけですね。それで今日、そのお祖父さんと会ってきたと」
「そういうことだ」
無理矢理見合いをさせられるくらいなら、自分で恋人を作ったと紹介する。分かりやすいくらい、古典的な手だった。現実で見聞きするのは初めてだったが。京太郎から伝わるぎこちなさの理由も、理解できた。
「随分と手が込んでいましたね。駅からずっと手を握っているなんて、まるで本当の恋人のようでしたよ」
「祖父が差し向けた監視の目があるからな、油断はできない。それに、実際に紹介するまで『らしく』振る舞えるよう仕込ませて貰った」
全く気付かなかった。
「そ、そこまでやるんですか」
「やる人だ。今は離れているが、ここでの会話は気付かれないだろう」
「そうですか……」
頷きながら、煌はようやく安心する。何はともあれ京太郎の不審な行動には事情があった。ほいほいと何でもかんでも引き受けてしまうのは頂けないが、部員に悪い報告をせずに済む。
しかし、京太郎も人が悪い。
「偽の恋人役をやっているというなら、そう言って下さいよ。とても心配したんですからね」
「ご、ごめんなさい花田先輩。それが、その……」
京太郎の声が、尻切れ蜻蛉になる。煌は訝しげに、眉根を寄せた。何やら様子がおかしい。
そんな京太郎の肩に腕を回し、彼を引き寄せながら智葉は宣った。
「ちょ、智葉さんっ」
「一つ訂正させて貰おうか」
「な、なんです?」
「京太郎は偽の恋人役ではない。歴とした私の恋人だ」
開いた口がふさがらない、とはこのことか。
ゆっくりと、煌は京太郎に向き直る。
「須賀くん……? どういうことですか……?」
「いやっ、そのっ、これには事情があってっ」
「事情とは、何ですか?」
「う……」
ことここに至っても、京太郎は言葉を濁す。煌はしびれを切らしそうになり、寸前、智葉に止められる。
「あまり虐めてやるな。私と京太郎は、取引を交わしただけだ」
「取引、ですか。一体それはどういう……?」
煌の疑問符に、智葉は嗜虐的な笑みを浮かべた。
そして口にした単語は、
「――麻雀仮面」
煌の表情を強張らせるには、充分だった。
「先月、この周囲で猛威を振るった謎の雀士――だったな。うちの部員も世話になった。ふざけた名前だが、実力は確かなようだ」
「……何が言いたいんですか?」
訊ねつつ、煌は予感がしていた。彼女は全て、察していると。
「リーグ戦が開幕して、あの園城寺怜が東帝に入学していたと知ったときは私も驚いたよ。二年の間、どこで何をしていたかは知らないが結構なことだ」
さて、と一旦智葉は言葉を切る。
「麻雀仮面との対局だが、うちの部員が牌譜に起こしてくれてな。その打ち筋にどこか既視感があったんだが――ようやく分かったよ」
彼女ははっきりと、核心を口にする。
「麻雀仮面は、お前のところの園城寺怜なんだろう?」
今更煌が否定したところで遅い。この状況が、既に京太郎が認めてしまったことを示していた。項垂れる彼を、しかし責める気にはならない。煌は彼の選択を察した。
散々暴れ回った麻雀仮面が、東帝の麻雀部員と知れればどんなトラブルが起こるか分かったものではないのだ。
「言っておくが、黙っておいてやるなんて安い脅迫ではないぞ。火消ししてやると言ったんだ、麻雀仮面についての全てを」
「で、代わりに自分の恋人になれと」
「噂が沈静化するまでの間、という条件付きだがな」
煌は、瞼を閉じる。漏れ出そうになる溜息を抑え、心を落ち着かせる。
「須賀くん」
呼びかける相手は、京太郎。彼は頭を下げてくる。
「……すみません、迷惑をかけて」
「いえ。これは麻雀部全員の問題です。責任を須賀くん一人に押し付けてしまった」
「花田先輩……」
改めて、煌は智葉と視線をぶつけ合う。
「須賀くんを返して貰います」
「正当な取引の結果なんだが」
「不当です。私が認めません。それに、貴女の用件はもう終わったんでしょう?」
「まだ半ばと言ったところだ。ここで別れようものなら疑われる」
いやに京太郎に拘る。だが、煌も引き下がれない。二人は半ば睨み合う形となる。
「こういうのはどうだ。お前も雀士だ、麻雀でお前が私に勝ったら京太郎は返してやる。負けたらお前も京太郎と一緒に私のために働いて貰う。――東帝の女探偵は、有能と聞いている」
折れたように見えて、実質的な拒絶だ。
花田煌では、辻垣内智葉には勝てない。
格の違い、高校時代から開いていた埋めようのない差。煌は自身が、平凡を逸脱する技量を持っていないと知っている。対する智葉は、今からでも世界に飛び出し戦える雀士だ。
見えた結果。
歴然たる実力差。
だがそれは、
「私が引き下がる理由に、たり得ません!」
煌はむしろ笑顔を浮かべて、宣言する。智葉と京太郎は、揃って呆気にとられた。
「後輩が体を張って麻雀部を守ろうとしたんです。ならば、私もそのすばらな覚悟に応えるまで!」
彼女の姿に、京太郎は見惚れながら呟いた。
「か、かっけー……」
「その覚悟や良し」
智葉もまた、満足気に頷く。
「近くに雀荘がある、行こうか」
「――行かせへん」
そこに割って入った四人目の声。いつの間にかテーブルの傍まで近寄ってきていたのは――
「恭子先輩っ?」
「末原先輩!」
東帝麻雀部部長、末原恭子だった。胸元で腕を組み、見下ろすのは辻垣内智葉。同期に当たる二人は、ご多分に漏れず高校時代からの知人である。だが、清水谷竜華や弘世菫と言った他の部長級ほどの縁はない。敵愾心を抱くほどではないが、仲の良い友人同士でもない。
「ど、どうしてここにっ?」
「煌ちゃんに何かあったら困るから、悪いけど二重尾行させてもろてたんよ。事情は一緒に聞かせて貰ったわ」
「用意周到だな」
「当然の処置や」
恭子は顎でしゃくって、煌たちを促す。
「煌ちゃん、須賀。帰るで」
「待て。話を聞いていたのなら分かるだろう。今の京太郎は――」
「そんなん無効や。知ったこっちゃない、下らん勝負に乗る必要なんかないわ」
ばっさりと切り捨てる恭子に、煌も京太郎も唖然とする。
「良いのか、麻雀仮面の件は」
「触れ回りたいのなら触れ回ればええ」
一切の迷いなく、恭子は言い切った。
「何があっても、みんなはうちが守る。そんだけや。面倒事には慣れとる」
すばら、としか煌には言えなかった。流石我らが部長だと、拍手を送りたくなる。これには智葉も二の句を継げないようだった。
やがて彼女は、くつくつと笑い、
「私の負けだな」
意外にもあっさりと、降伏した。
「安心しろ、初めから吹聴する気はない。だが、私が気付いたと言うことは他にも気付いた人間がいるかも知れない。気を付けろ」
「ご忠告痛み入るわ」
二人の間で散る火花が、煌にははっきりと見て取れた。だが、どうにかこの場は収まったようだ。京太郎と二人で、安堵の息を吐く。
それから四人はファミレスを出る。京太郎の腕はがっちりと煌が掴み、智葉と距離を取らせていた。
「――らしくないな」
別れ際、智葉に声をかけたのは恭子だった。
「どういう意味だ」
「恋人役を頼むにしても、あんたが人の弱みにつけ込むような真似する人間には見えへんかったからな」
「ああ」
智葉は納得したように頷き、それから、
「正直言って、祖父の件は方便みたいなものだ」
「なんやと?」
「初めから、個人的に京太郎に興味があったんだ。そのために多少強引な手を使ってしまったのは謝ろう」
恭子の追求が、ぴたりと止まる。京太郎もまた「えっ」と困惑の声を上げた。智葉はしてやったり、という風に微笑んでから、
「昨年の秋だったか。うちの男子麻雀部が特待枠を検討していてな、男子インハイ個人決勝の牌譜が部室に置いてあったんだ」
智葉はしっかりと京太郎の瞳を見つめ、言った。
「――痺れたよ。はっきり言って大した才覚があるようには思えない。しかし、だからこそか。持てる力を全て使って戦う情景が頭に浮かび上がった。女子の牌譜を見ても、中々ないことだ。今月出会えた偶然には、感謝している」
厳しさの塊にしか見えない智葉が、他人を賞賛している。煌はびっくりして、全く口を挟めない。それは恭子や京太郎も同じようだった。
「お前が三橋に来てくれれば、また面白いとも思ったんだが。今更言っても詮無きことか」
だが、と智葉は言葉を継ぎ足す。ここからが重要だと、言わんばかりに。
「余計なお世話かも知れないが。――お前は戦う人間だ、京太郎」
その言葉は、刃と同じ鋭さを伴っていた。切り裂いたのは、京太郎の心か。あるいは別の誰かのものか。
「マネージャー業などでその腕を腐らせるな。もっと打て」
「……はい」
「またいつでも連絡してこい。麻雀とデートなら付き合ってやる」
冗談なのか本気なのか判別できない捨て台詞を残して、智葉は去って行った。煌に呼びかける気力はなく、それは恭子たちも同じようで。
小さくなっていく彼女の背中を、いつまでも見つめていた。
◇
怜の部屋に戻ってきた三人は、きちんと事情を説明した。結果は当然、全員が謝罪し合うという展開。特に怜は相当落ち込み、京太郎に何度も謝っていた。京太郎は京太郎で、宥と尭深に怒られてもいた。
しかしながら、彼女たちを心配する必要はさほどないと煌は思う。
以前京太郎が欠席した宴会を仕切り直す運びとなり、怜宅はあっという間に宴会場と姿を変える。一番端の部屋、隣は京太郎宅ということもあり、飲めや騒げやと皆鬱憤を晴らしていた。反省はしても、引き摺りすぎはしないだろう。
酔っ払った宥がまず眠りに落ちると、心労が溜まっていたのか尭深も同じくベッドの虜になっていた。
家主の怜も、先週から解禁されたお酒に口をつけてすぐに酩酊していた。京太郎の背中に体を預け、今は静かな寝息を立てている。
「花田先輩」
「なんですか?」
「今回は本当、色々手間かけさせてすみませんでした」
半端に残った料理を片付けながら、京太郎が謝ってくる。煌はちょっと迷ってから、正直な気持ちを伝える。
「そうですね。かなり苦労させられましたよ。すばらじゃありませんでした。次からはちゃんと相談してください」
「うぅ……」
「でも――」
煌は目を閉じて、
「いいってことですよ」
優しく、言った。
「それが先輩というものです。それに、須賀くんは須賀くんなりに部活を守ろうとした。すばらなことです」
「……ありがとうございます」
半ば惚けたように礼を言ってくる京太郎に、煌は肩をすくめて答えた。
ひとまずは、こちらは良い。京太郎も怜も、ちゃんと折り合いをつけてくれるだろう。
しかし煌は目聡く、新たに浮上した問題を見逃してはいなかった。
部屋の隅で一人、ちびちびと飲み続けるのは――末原恭子。全くもって、すばらじゃない姿。彼女が何を考えているかは分からないが――まだ、問題は終結していないようだ。
――それでも、今日のところは。
「休ませて貰いましょうかね……」
疲労に満ちた体をうんと伸ばし、煌は呟く。
すばら探偵花田女史の事件簿に、「須賀京太郎浮気事件」と書き記される今回の事件は、こうしてひとまずの終局を迎えた。
Ep.5 すばら探偵花田女史のケースファイル
次回:Ep.6 末原恭子のアンビション
6-1 気になる彼は、アンノウン