親友たる園城寺怜には、もう牌を握って欲しくなかった。
高校最後のインターハイが終わった後――彼女が人生の岐路に立たされたとき、清水谷竜華は心の底からそう思った。怜の力が、彼女自身の命を削っているのは誰の目にも明らかだった。これ以上無理な闘牌を続けるよりも、平穏な日々を送って欲しい。竜華の望みはただそれだけだった。
だが、怜は平穏な生活を望まなかった。彼女が闘病生活に入るのを尻目に、竜華は大学に進学した。口では怜を応援しつつも、竜華はそれがたまらなく嫌だった。ずっと一緒にいたのに、いつの間にかはっきりと道が別たれてしまった。
加えて言えば、当初怜の治療は順調ではなかった。一回目の手術も大した成果は得られず、明らかに怜は落胆していた。竜華が大学一年の夏、怜が療養のため長野に向かったときも、その表情は憂いを含んでいた。――怜自身も自らの選択を悩んでいるのだと、竜華は察した。
――怜が長野から戻ってきたら、もう一度話し合おう。
きっと怜なら、自分の気持ちを理解してくれる。そして、また隣を歩いて行ける。その確信が、竜華にはあった。
しかしながら。
長野から戻ってきた怜の表情は、それはもう、晴れやかだった。確かにあった迷いが、綺麗さっぱり消えていた。
見舞いに訪れた病室で、まず目に付いたのは狐のお面。あまり趣味が良いとは言えないそれを、しかし怜は愛おしそうに抱えてきた。
「……長野で」
「んー?」
「長野で、何があったん?」
竜華の質問に、怜は微かに笑う。
「色々ありすぎて、何から話してええんか悩むわ」
「そんなに……色々あったん?」
「うん。行って良かったわ。ほんまに、行って良かった」
普段青白い肌に、うっすらと赤味が差している。普段なら調子が良さそうと安心するところだが、どういうわけかとてもそんな気分になれなかった。
「竜華」
目線を合わせられ、竜華は鼻白む。呼びかけられても、何も言えなかった。
「ほんまは私、まだ手術を受けるか悩んでたんや。完治できるかもわからへんし、手術にリスクがないわけとちゃうし。そうまでして麻雀に拘る理由があるんかって、ずっと考えとった」
「怜……」
「でも、あった。ううん、気付かされた。私には、まだ麻雀に拘る理由があったって。戦う理由があったって」
胸の奥が、ざわめく。どうにも落ち着かなかった。ちりちりと、毛先が焦げるような感覚があった。
「せやから、もうちょっと頑張ってみるわ」
「……そ、か」
怜の瞳が、強い決意を雄弁と語っていて。
どれだけ自分が望んでも、怜の気持ちが変わることはない。その事実を、竜華は正しく理解していた。ここで信念を翻すようなら、高校時代で怜は麻雀を辞めていただろう。だからもう、竜華はこれ以上引き止めようとは思わなかった。
だが一方で、どうしても譲れないものもあった。
「色々だなんて言って誤魔化さんと、ちゃんと教えて」
「え?」
「長野に行く前は、怜、もう一回手術を受けるかどうか悩んでたやろ」
だから、問いたださねばならない。
「長野で、何があったん?」
「……何っていうよりも、誰っちゅうほうが正しいな」
悪戯っぽく笑い、怜は答える。
「宮永さんの妹と、打ってきてん」
「妹って……宮永咲?」
「そう。めっちゃ強かったわ。でもあの子と打って、自分の目標がはっきり見えたんや」
嘘を言っているようには、見えなかった。真実宮永咲と長野で出会い、共に卓を囲んだのであろう。
けれども、彼女はまだ全てを語り終えたわけではなく。
「そんでな」
肌の赤味が、一層増す。体力を取り戻している兆候――とは、どうしても竜華には思えなかった。
「おもろい男の子と、会ってん」
――ああ。
それだけで、竜華は察してしまった。
その男の子が、怜の向かう先を決めてしまったのだと。自分と怜の間に隔てるものを、生みだしてしまったのだと。
「……竜華?」
黙りこくっていると、怜が心配そうに顔を覗き込んできた。
「どないしたん? なんか暗いで、竜華」
いつもの竜華なら、笑って誤魔化すところであったろう。
だが、今の彼女はそういうわけにもいかず。
「……認めへん」
「は、え?」
「うちはそんな男、認めへんからなー!」
燃え上がるのは、敵愾心。
どんな男だろうと、怜を誑かすなんて許せない。かつてない激情に身を任せるまま、竜華は病室を飛び出した。
背後から聞こえてくる怜の制止の声も、通じず。
――どこの馬の骨か知らへんけど。
――その顔を拝んだら、この掌で張り倒してやるっ。
竜華の決意は、限りなく固かった。
◇
その顔を見上げながら、ほうっと竜華は甘い息を吐いた。長い時間湯船に浸かった後みたいに、体が火照っている気がする。実際は雨に打たれて服が肌に貼り付き、気持ち悪さしか覚えないのだけれど――今の竜華は、意に介さなかった。
彼女の掌が、自身の胸元へと伸びる。とくん、とくん、と心臓が高鳴っていた。
「これ、どうぞ」
目を逸らしながら、彼は渇いたタオルを差し出してくる。竜華は何も言えずに、それを受け取った。視線は目の前の少年に注いだまま。
――なんなん、これ。
疲れからだろうか。頭は上手く働かず、どうしてもぼうっとしてしまう。
馴染みのない土地。
偶然の出会い。
優しく引かれた手。
何もかもが、竜華をのぼせ上がらせていた。
――怜の病室を一方的に飛び出して、ろくな準備もせずに竜華は新幹線に飛び乗った。
目的地は、当然長野。
新幹線の中で気持ちを昂ぶらせ、電車を乗り継ぎ、辿り着くは清澄。怜が療養していた土地である。
おそらくはこの周囲に住んでいるはず、と踏んで来たのだ。後は特徴を頼りに探せば――
「……あれ?」
駅前でぽつんと一人佇みながら、竜華は首を傾げた。
そう言えば、肝心の男の情報を全く怜から聞いていなかった。名前も知らない。外見も知らない。体格も知らない。肌の色も、髪の色も、性格も知らない。長野自体も、生まれて初めて訪れる。何もかも知らないことだらけの状況で、特定の人間を見つけるのは至難の業であろう。
「どないしよ……」
怜のこととなると、途端に冷静さを失ってしまうのは悪い癖だと竜華は自覚していたが、後悔してももう遅い。
今から怜に連絡して「今からあんたの惚れた男をシメに行くからどんな奴か教えて」なんて訊ねるわけにもいかず、竜華はしばらく二の足を踏んだ。
しかしながら、既に長野に着いてしまった後。今更引き返す気にはなれない。
ならば、ここは前進あるのみだ。
たった一つの手がかりは、怜が口にしていた「宮永咲」の名前だ。怜の決意のきっかけなったというのなら、例の男と何らかの関連があってもおかしくはない。
「目指すんなら、清澄高校やな」
目的地を決め、竜華は第一歩を踏み出した。
残暑厳しいこの時期だが、大阪と比べれば過ごしやすい気候だ。歩いても苦にならない。目的が目的なだけに鼻歌交じりとはいかないが、竜華の足取りは軽くなっていた。
地図を片手に、川沿いの道を進む。民家はほとんど見当たらず、文字通り田舎であった。何だかんだ言って都会育ちでお嬢様の竜華にとっては、物珍しい光景だ。気が付けば地図を鞄にしまい込み、森と河川の風景に見入っていた。
――ええとこ、やな。
怜が気に入ったというのも頷ける。空気も清浄で、健康にも良さそうだ。今回のような目的でなく、旅行で訪れたかったと思えるほどに、竜華はこの地を気に入った。
ここまでは、順調だった。
彼女の受難は、次の瞬間訪れた。
若い女性の一人旅としては、竜華の危機感は欠けていたと言わざるを得ない。向かい側から、一台のバイクが走ってきた。彼女の意識は依然長野の風景と、まだ見ぬ男に傾けられていた。鞄紐を握る手に込められた力は、限りなく緩められていて。
「えっ?」
一陣の風が、竜華の脇を過ぎ去った。同時に、指先から重みが失われる。振り返れば、バイクの姿が凄まじい速度で小さくなっていく。運転手の左手にあるのは――竜華の、鞄。
「ひ……ひったくりー!」
痛烈な竜華の悲鳴に、反応する者はいない。ここが大阪ならば応じてくれる人間もいただろうが、そもそも人影一つ見当たらないのだ。運動神経には自信があるが、二輪車に追いつけるわけもない。
携帯電話も財布も地図も、なにもかも、あの鞄に詰めていた。一瞬で、竜華は全てを失ってしまった。
「嘘ぉ……」
彼女の呟きに、やはり応える者はいない。指先が震え出す。心細い、なんて一言で済ませられるほどの不安ではなかった。突然の苦難に、竜華は冷静になろうと努めるがうまく体が動いてくれない。
「け、警察行かな……」
おろおろと辺りを見回すが、建屋一つ見当たらなかった。交番はおろか、駆け込む家すら望めない。
さらに、竜華を追い詰める要素がまた一つ。
「あ……」
冷たい雫が、彼女の頬を打った。――雨が、降り始めた。山の天気は変わりやすいと言うが、またもや未経験の事態に竜華は慌てふためく。だが、折りたたみ傘も鞄の中だった。
雨足は信じられないほど一気に強まり、少し先も見通せなくなってしまう。とにかく駅前に戻ろうとするが、目印一つ見当たらない。土地勘のない竜華にとっては、辛い状況であった。
大学生になってまで泣くわけにはいかない、と自分を奮い立たせようとするが、心に点った熱は急速に冷えていく。例の男を見つけ出す、という目的すらも見失いそうになる。
さらには、
「わっ」
足を滑らせて、転んでしまう。膝を擦りむき、血が滲み出た上に容赦なく雨粒が落ちてくる。ひりひりとする痛みが、一層竜華の心を責め立てる。
立ち上がる気力さえ、失い。
竜華はその場にへたり込む。
――あほみたいや。
独りよがりに飛び出した結果が、これだ。情けなさしか出てこない。長い髪を、雨が滴り落ちる。
いつまでそうしていただろう。
ふと、頭上の雨が途切れた。
「あの」
かけられたのは、躊躇いがちの声。ゆっくりと、竜華は顔を上げた。
「大丈夫……ですか?」
そこに立っていたのは、黒傘を差した一人の少年。大きな掌が、差し出される。吸い込まれるように、竜華の右手がそこへ伸びていった。彷徨う指先が触れ合うと、どきりと胸が強く跳ねた。
気遣いを多分に含んだ力をもって、竜華の体は引き上げられた。少年は学生服姿で、竜華よりも幾分か年下のようだった。
交わす視線が、竜華の冷え切っていた心を暖める。灰色だった世界が、一瞬で色づいていく。
――それが、清水谷竜華と須賀京太郎の出会いだった。
◇
竜華が一通り事情をすると、偶然出会った少年――京太郎は、近くにあった自宅に案内してくれた。タオルだけでなくシャワー、着替えまで世話をしてくれた彼には感謝しかない。さらには警察に連絡をとり、ともに事情聴取まで受けてくれた。
「ほんま何から何までありがとな、須賀くん」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」
そして今も、竜華は彼の家にお邪魔している。すっかり日は落ちてしまい、今からでは到底大阪に帰れそうにもなかった上、宿の手配をしていなかった竜華は行く当てがなかった。金銭的にも無一文で、彼女にとれる選択肢はなく――「よければうちで泊まって行って」という京太郎と彼の家族の言葉に甘えることしたのだ。家族への連絡、携帯電話会社や銀行への通知なども全てお世話になってしまった。須賀家には、一生頭が上がらないだろう。
「それにしても、一人で大阪から長野までなんて大変ですね。よっぽど大事な用事だったんですね。――はい、どうぞ」
「あ、ありがと」
熱い珈琲の入ったカップを受け取り、竜華は体を縮こませる。テーブルを挟んで向かいに座る京太郎の顔を、真正面から見ることができない。カップに視線を落としたまま、竜華は言い訳するように言った。
「大事な用事っちゅうほどのものやないんやけど。会わなあかん男がおって」
「男」
京太郎が、興味深そうに訊ねてくる。
「もしかして、好きな人ですか? 遠距離恋愛の恋人に会いに来たとか」
「ちゃ、違う!」
否定の声は大きく、京太郎はおろか発した竜華自身もびっくりした。だが、到底看過できぬ発言だった。
「そいつはうちの親友を騙しとる男なんや。めーっちゃ悪い奴なんやで――」
実際に会ったこともない相手だが、竜華は必要以上に例の男を悪し様に罵った。怜の件で気に入らないのはもちろんだが、京太郎に勘違いされるのが嫌だった。
「……聞けば聞くほど、悪い人間ですね」
竜華の説明を聞き終えた京太郎は、顔をしかめた。ほっと、竜華は胸を撫で下ろす。
「どこのどいつかまでは分かってないんですよね。目星とか、ついてるんですか?」
「たぶん、この辺に住んどるんやと思うけど……もしかしたら、清澄高校の生徒かも知れんってうちは思とるねん」
「清澄って、うちの高校じゃないですか」
「ほんまにっ?」
あるいは、と期待していたが、まさかの展開に竜華は身を乗り出す。京太郎は竜華がお願いするよりも早く、
「そいつを探すの、俺に手伝わせてくれませんか。そんな女の子を騙して弄ぶような男、俺も許せません。このままとんぼ帰りするなんて、清水谷さんも悔しいでしょう」
「須賀くん……!」
瞳を潤ませ、竜華は京太郎の手を掴み取る。
「うち、迷惑ばっかりかけてんのに……」
「い、良いんですよ。さっきも言ったでしょ、困ったときはお互い様です」
恥ずかしげに顔を赤らめて、京太郎は目を逸らす。はっと、竜華は手を離して彼と距離を取る。借り受けた寝間着はサイズが合っておらず、また服地も薄く、彼が目のやり場に困ったのは竜華にもすぐに察せられた。
普段であれば、多少なりとも嫌悪感を覚えるところであったが――不思議と、竜華は悪い気はしなかった。
「――ありがとな、須賀くん」
改めて、竜華はお礼を言う。目を細めて、満面の笑みを浮かべる彼女に影はなく、京太郎の視線を釘付けにした。
「いえ、まだ何もしてませんから。明日、頑張りましょう」
「ふふ。そうやな」
零れる微笑みは、とても無垢だった。
――この時点では、二人とも重大な勘違いに気付いていなかった
翌朝、朝早くに目覚めた竜華はどうにも落ち着かず、彼の匂いのするベッドを抜け出した。勝手の知らない他人の家、おそるおそる廊下を進む。
昨日夜遅くまでお喋りしたリビングに入ると、まず目に飛び込んできたのはソファの上に寝転ぶ京太郎だった。むしろ、彼以外目に入らない状態だったと言えよう。
ソファの傍まで近寄り、竜華は京太郎の顔を上から覗き込む。彼は静かな寝息を立てており、これだけ近づいても起きる気配はなかった。
竜華は雀力と容姿両面から麻雀雑誌に取り上げられることが多く、高校時代から男子に言い寄られるのも珍しい話ではなかった。その中には、誰もが羨むような容貌の男性がいたことも間違いない。
しかし竜華が良いな、と思った男性は一人としていなかった。怜しか見えていなかったというのが最大の理由だろうが――しかし、今は違う。
一目惚れ、なんて単語なんて創作の世界の中だけのものと竜華は思っていた。
――せやけど。
この気持ちが「そう」だと言うのなら、有り得るのかも知れない。年下の子供に何をバカな、と一笑に付すのは簡単だったが、彼の顔を見ていると悩むことこそバカらしく思えてくる。
自然と、竜華の腰は屈んでいた。考えての行動ではない。彼の頬に触れないよう、髪をかき上げる。
理性は止めろ、と叫んでいても。
体は言うことを聞きはしない。
「――っ!」
唇と唇が、微かに触れてしまった。我に返った竜華は、がばりと顔を上げる。心臓が張り裂けそうなほど脈打っていた。
なんとなく、直前で相手が目覚めるのがこの手のパターンと思い込んでいた。様々な意味で予想外の事態に、竜華は自分の唇に指先を這わせながら戸惑いを隠せない。赤面したまま、彼女は再び京太郎の顔を覗き込んだ。
もう充分に反省していたはずが――竜華の口は、彼に引き寄せられていく。
今度は、しっかりと。
彼女はその唇を、押し当てていた。
それから三十分後、須賀家の面々が起床し始め。
朝食では、まともに彼と顔を合わせられなかった。ここのところ後悔してばかりだと竜華は羞恥心に見舞われたが、京太郎とならと思えばそれも悪くないように思えた。重症だという自覚は、当然あった。
「それじゃ、行きましょうか」
「須賀くんは授業あるんとちゃう? 今からでええん?」
「そうですけど――放課後まで待ってたら、捕まえられる奴も捕まえられないかも知れませんし。もしも例の野郎が見つかったとき、すぐに連絡つけるよう清水谷さんにも学校来て貰ったほうが都合良いと思います」
「うちとしては有り難い提案やけど、部外者が入ってええんかな?」
「俺のとこの部室で待ってて貰えれば、問題ないでしょう。見回りとか来ないようになってますし」
「ならお言葉に甘えるわ」
大学生になって、母校でもない高校に忍び込むことになるとは思ってもみなかった。少しだけわくわくするのは、共犯者が彼だからだろうか。
清澄高校に入るまでは、特に問題はなかった。京太郎が上手く先導してくれたおかげで、他の生徒の目は避けられた。
「ここがうちの部室です」
京太郎に通されたのは、校舎の奥も奥。
「そういえば、須賀くんの部活ってなんなん?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
部室の扉を開けながら、京太郎は竜華の質問に答える。
「――麻雀部です」
え、という竜華の困惑する声は、扉を押す音にかき消された。
部室の中央には、確かに自動卓が鎮座しており。ここが昨年度インターハイ団体王者、清澄高校麻雀部の部室であることは確かだったようだ。
望外の喜びである。ここで待っていれば、手がかりの一人、宮永咲に会えるのは間違いない。
「適当に掛けといて下さい。ベッドも使ってくれて良いですよ。珈琲と紅茶も飲んでくれて構いませんから」
「う、うん」
言われるがまま、竜華は近くにあった椅子を引き寄せた。京太郎は――純粋に雀士としての自分を知らなかったようだと、竜華は理解する。
ふと、机に並べられた麻雀雑誌の存在に竜華は気付いた。数年前までのバックナンバーが揃っている。記憶を辿り、その内の一冊を竜華は抜き取った。
「それじゃ、俺一回教室行きますから――」
京太郎の声が、途切れる。それから彼は、「あっ」と竜華の手にある雑誌を指差した。
恥ずかしげに、竜華ははにかむ。その表紙を飾るのは、高校時代の竜華のグラビアだった。
「清水谷さんって――ああ、千里山の去年の大将っ?」
「それなりに有名人のつもりやったけど、自惚れてたんかな。同世代の高校生雀士に顔覚えられてないんは、ちょっとショックやわ」
気付いてくれた嬉しさと、麻雀という共通点に喜びを覚える自分を誤魔化すように、竜華は意地悪く皮肉った。
「いえ、その、まさかこんなところで会えるとは思ってもみなくて。去年のインハイも、ブロック違いましたし」
「冗談やよ、男子と女子の差もあるやん」
だから気にせんでええよ、と微笑みかけようとして、
「千里山ってことは、怜さんと同じ学校だったんですよね!」
ぴたりと、竜華の全身が硬直した。
――今、彼は何と言った?
怜の名前。
彼女が長野で知り合った男。
きっかけとなった宮永咲。
麻雀。
一方の京太郎も、何か重要なことに気が付いたのか動きを止めていた。彼の額から、冷たい汗が流れ落ちる。
「まさか」
「あの、清水谷さん」
「あんたが」
「ちょ、待って」
「あんたが怜を誑かしたんかーッ!」
絶叫が、部室に響き渡り。
清水谷竜華の感情は、一瞬にして沸騰した。京太郎に、弁解の余地は与えられなかった。
次回:9-3 風にまみえる