12-1 松実家シスターズウォーファイナル
テレビ画面の向こう側で繰り広げられる死闘を、宥は祈るような気持ちで見つめていた。「そこ」で戦っているのは、宥たちを率いるリーダー、末原恭子。
恭子と共に卓を囲んでいる女子大生たちは、手練れ揃いである。何しろこの試合は、ハイレベルと謳われる関東一部リーグ団体戦の一戦なのだ。雌雄を決する大将戦を務める彼女たちは、まさに緊張のピークにあるだろう。
自然と宥は、自分の両手を重ねていた。現在のトップは、自分たち東帝大学だ。しかし余裕のある点差というわけでもない。むしろ流れは他家にあり、猛追を受けて綱渡りの状況だ。このまま逃げ切れるかどうか、かなり際どい。
――私が、もっとしっかりしていれば。
副将であった宥は、自らの非力を嘆く。彼女自身は区間一位と大健闘だったが、大差をつけて引き離せたわけではなく、三位以下とも僅差であった。対戦相手たちも侮れない者ばかりであり、傲慢かも知れないが、宥は到底納得できていない。少しでも恭子の負担を減らしたかったのだ。
手に汗握る攻防は続く。他家が大物手をテンパイしたときは悲鳴を上げそうになったが、ギリギリ恭子の速度が間に合い潰すことに成功した。東帝大学麻雀部の控え室は、安堵の息で包まれる。
次鋒だった煌は笑顔を絶やさないが、その口角はやや引き攣ってしまっている。中堅の尭深は、いつもなら常に湯飲みをお茶で満たしているところだが、今は椅子の上から動けないでいた。そして先鋒を務めた怜は、宥の膝の上に頭を乗せている。マイペースな姿であるが、しかし彼女の視線もモニターに釘付けだった。
――その四人が、全て。
東帝大学麻雀部の控え室にいるのは、彼女たち四人のみだった。
はらはらさせられながらも、ついに勝負は大将戦後半のオーラスを迎える。戦う恭子の疲労は色濃い。彼女が心血を注いできたのは、この半荘二回分だけではない。麻雀部を指揮して昨年末から二部リーグを駆け上がり、魑魅魍魎跋扈する一部リーグで死闘を演じ続けた。宥もまた副部長として微力を尽くしたつもりだが、恭子の労苦とは比べるべくもないだろう。
――ううん、それだけじゃない。
ずっと、恭子は気を張っていた。麻雀部の誰よりも、頑張っていた。
彼が、いなくなってしまってからも。
『ツモ……ッ!』
しかし恭子は、荒い息を吐きながら和了する。ここに、東帝大学の今リーグは決着を告げる。
勝利に終わり、控え室は歓喜に湧く――という流れにはならなかった。
「B会場の結果はっ?」
「ちょっと待って下さい――今出ました、神大四位ですっ」
「それじゃあっ」
「私たちがリーグ六位に滑り込んだ……で、ええんかな?」
「おそらくは」
控え室の中が、四人の嘆息で包まれる。
際どい結果だった。この最終戦一位をとってもリーグトップの目は既になく、上位六大学となるのにも他大学の結果に左右されることになっていた。リーグトップにはなれなくても、非常に重要な結果だった。
そう――六位以内に入ることに、大きな意義があるのだ。
「どやった!」
控え室に、戦いを終えたばかりの恭子が走り込んでくる。息も髪も乱れ、扉に寄りかかっていた。
「出られるよ」
四人を代表して、宥が答える。
ずっと、目標だった場所。そこを目指し、三年以上、恭子と二人三脚でやってきた。宥こそ、答えるに相応しい人物だった。
「――インカレに」
◇
関東一部リーグのインカレ出場枠を瀬戸際で勝ち取り、しかし、宥は喜んでばかりではいられなかった。
浮き彫りになった課題。一部リーグの猛者たち。全国から集うライバル。不安要素はたっぷりとある。
中でも深刻なのは、やはり部長・末原恭子の不調である。
上手く隠してはいる。誰にも悟られぬよう、立ち回っている。けれども、宥にはすぐに分かってしまう。付き合いの長さも深さも、伊達ではない。
恭子は決して、自分から弱音を吐かないだろう。それを引き出したとしても、前進するとも限らないし、させられる自信もなかった。
ならば、自分にできることは一つだけ。
――彼女を支えられるくらい、強くなる。
一部リーグの強敵たちは、高いレベルで鎬を削りその強さを得たのだろう。最短で上り詰めたとは言え、これまで下部リーグで戦ってきた自分とは決定的に差があると考えていた。並大抵の努力では追いつけないことくらい、すぐに分かる。
けれども、それは努力しない理由にはなりえない。
幸いインカレ本戦まで、二ヶ月弱の時間がある。最後の最後まで、抵抗すると宥は決めた。
「よいしょ」
キャリーケースを引き摺り、宥が訪れたのは地元奈良を超え大阪。関東と並びレベルが高いと謳われる学生麻雀西の聖地だ。
インカレ出場校の選手同士での練習試合は禁止されているが、関西リーグが全日程を終えるまで後一週間なる。この間隙を狙い、武者修行に赴くというのが宥のプランであった。
駅舎を出たところで、強い日射しが差し込んできた。湿気を伴った熱気に行き交う人々は顔を下げているが、宥にとってはようやく過ごしやすい時節となった。ひなたぼっこに耽りたい願望もあったが、今は優先事項が他にある。迎えが来ているのだ。
「あ、宥姉! こっちこっち!」
待ち人は、すぐに見つかった。
「憧ちゃん」
「久しぶりー、宥姉。元気だった? あ、それとインカレ出場おめでとう」
「うん、ありがとう」
阿知賀女子時代の後輩、新子憧である。高校のときには既に垢抜けていた彼女だが、大学生になってその美貌にはさらに磨きがかかっていた。これで特定の相手がいないというのだから、世の中不思議なものだ。
目的地に向かうバスに乗り込みながら何気なくその疑問を口にしてみると、
「それを言うなら宥姉のほうでしょ」
「わ、私?」
と、逆に突っ込まれてしまった。あたふたしていると、追撃が飛んでくる。
「宥姉、もう四回生なのに一度も恋人できていないんでしょ? デートに誘われなかった、なんてことないんじゃない?」
「お誘いは……うん、まあ」
答えは濁したものの、憧の指摘は正鵠を射ていた。先輩後輩男女問わず、宥は大学で非常にモテる。先週は卒業した学部の先輩から食事に誘われたし、先々週は学友が企画する合コンのメンバーに選出されそうになった。いずれも部活を理由に断っているし、何ならこの三年超全て断り続けているが、それでもその手の誘いは後を絶たない。ほとほと困り果てているのが実情だ。
「勿体ない。ちょっとでも行ってみようって思ったことはないの?」
「うーん。今のところは、ないかな」
「身持ちが堅いなあ。それとも好きな人でもいるの?」
核心を突く質問に、とぼければ良いのに、宥は素直に赤面してしまう。卓上ではポーカーフェイスも不得意ではない彼女だったが、滅法この手の話題には弱かった。
「……え、もしかして、当たり?」
宥の反応を受け、憧は席上で仰け反り大袈裟に驚いてみせる。思えばこの一年、阿知賀の面々とは恋愛話から遠ざかっていた――そもそも部活で忙しくほとんど会っていなかった、というのもあるが。
ともかく、妹の玄を除けば、阿知賀のメンバーを相手に「彼」の話題が上ったことはない。初耳の憧は目を輝かせて食い付いてくる。
「誰誰っ? 同じ大学の人っ? いつからっ?」
「同じ大学、だけど」
「どうしてもっと速く教えてくれなかったのよー。つれないわね」
「う、うん。ごめんね」
「で、誰なの誰なのっ」
「……同じ部の、京太郎くん」
答えた瞬間、かっと顔が赤くなるのを自覚した。言い訳するように、宥は説明を付け加える。
「ほら、憧ちゃんも知ってると思うけど、今はイギリスに行ってる、清澄出身の」
しかし、返事はなかった。身を乗り出す勢いであった憧は、笑顔を引き攣らせたままぴたりと動きを止めていた。不審に思った宥が小首を傾げるが、結局憧はがっくりと項垂れる。
「あーそっか、宥姉知らなかったのか……みんな揃ってあいつと会ってないもんね……玄もそういうとこ鈍いし……ややこしいことになった……」
「……どうしたの、憧ちゃん?」
「あ、うん。なんでもないから。宥姉は気にしなくていいから」
「? そう」
今のところはね、という憧の呟きはバスのエンジン音は飲み込まれる。親友と先輩の間で板挟みになる彼女の苦悩を、このときの宥はまだ知らなかった。
バスが向かった先は、憧の通う天王寺大学。関西リーグでは西阪大学と並び強豪に数えられる大学だ。天王寺大学女子麻雀部は今リーグも上位成績を維持しており、今夏のインカレに出場するのは間違いないだろう。
「こっちよ」
憧に案内されるまま、宥は部室の中に足を踏み入れた。
――瞬間、伝わってくるのは凜然とした空気。東帝の部室とは比べるべくもなく広く、しかし室内全体が練習の熱量で満たされていた。卓を囲むのはインハイや国麻で活躍した錚々たる面々ばかりだ。
姫松高校出身の上重漫に愛宕絹恵――恭子の後輩たちだ――に、千里山出身の船久保浩子。
さらにはもう一人の同郷、鷺森灼の姿もあった。宥と目が合うと、彼女はすぐに駆けよって来てくれた。
「久しぶり、宥さん。遠いところお疲れ様」
「ううん、大事な時期にお邪魔してごめんね」
「何言ってるの。インカレ出場校の選手が練習相手になってくれるんだから」
灼はぐるりと部室を見渡し、どこか挑戦的な笑みを浮かべて言った。
「みんな、気合が入ってると思……」
突き刺さる無数の視線に、宥は一瞬怯みそうになる。
けれども、逃げてなどいられない。受け入れてくれた彼女たちにも、失礼だ。
「よろしくお願いしますっ!」
頭を下げ、立ち向かっていく。もっと、もっと強くなるために。
後悔のないよう、全てを出し尽くすために。
◇
それから数日かけて、宥は大学と雀荘を渡り歩いた。天王寺大学の面々の紹介で、隠れた実力者たちとも打つことができた。感謝しかなかったが、そんな彼女たちともインカレでは相対することになるだろう。
宥が最後に訪れたのは、関西リーグの王者、西阪大学麻雀部だった。
妹の玄が在籍し、個々人の繋がりも強く、東帝とは格が違うはずなのに練習試合を組んでくれたこともあった。関東圏を除けば、一番親しみのある大学と言えよう。最上級生で部長を務める清水谷竜華は、今回も快く受け入れてくれた。同じ奈良出身の小走やえも同様だった。会う度強さが増していく彼女たちは、間違いなくインカレで強大なライバルとして立ち塞がるだろう。
そう――誰も彼も強く、自分の未熟を思い知らされてしまった。この一週間の戦績を見れば、完全な負け越しである。
「……うん」
しかしながら、手に入れたのは戦績以上のものだった。宥はノートを仕舞い込み、納得したように頷く。
武者修行を終えても宥は大阪に残り、関西一部リーグ最終戦の行方を見届けた。
結果としては、大方の予想通り、西阪と天王寺がワンツーフィニッシュを決めた。阿知賀時代の恩師・赤土晴絵に教わったように、生で見たリーグ戦の様相は貴重な研究材料になることだろう。実に満足な一週間だった。
「着いたよ、おねーちゃん。起きてる?」
「うん、だいじょうぶ」
そのまま東京に帰る選択肢もあったが、リーグ戦を終えた妹の玄と共に、宥は地元阿知賀に帰ることにした。
電車を降りるとすぐに、慣れ親しんだ空気が出迎えてくれた。
こうして妹と二人揃って阿知賀に戻ってくること自体珍しく、何だか不思議な気分だった。
「おねーちゃんが阿知賀に帰ってくるの、また随分久しぶりになったね」
「うう……ご、ごめんね玄ちゃん」
一年前にあった事件を思い出し、宥は身を縮こまらせてしまう。例の姉妹喧嘩から一年以上経ったが、玄を満足させられるほど帰宅できたか宥には不明瞭であった。「責めてないのです」と玄が苦笑しても、いまいち宥は落ち着かなかった。
実家に戻った姉妹は、一日かけてゆっくり静養した。家のこたつは、やはり格別であった。それ以上長居する余裕はなく、二人はそれぞれの大学に向け帰り支度を始める。
ただ一つその前に、やっておかなければならないことがあった。
――遠い日に亡くなった、母の墓参りである。
蝉の鳴き声が降り注ぐ墓地、遠景には緑に包まれた山々。水をたっぷりくみ上げたバケツを、宥は松実家の墓石まで運ぶ。
父が熱心に手入れしてくれているおかげで、清掃にはさほど時間がかからなかった。花を生け、宥は玄と並び手を合わせる。
「……ねぇ、おねーちゃん」
不意に、左隣に立つ玄が口を開いた。
「どうしたの?」
「本当のことを言えばね。おねーちゃんの大学が、おねーちゃんがいる間に、インカレに出場するとは思ってなかった」
「……うん。私も、びっくりしてる」
ちょっと冗談めかして宥は言ってみたものの、玄の声色から真剣さは消えない。
「だから――改めて謝らせて欲しいのです。去年の春、おねーちゃんの頑張りを疑ったこと」
「別に、今更そんなこと気にしなくて良いのに」
「ううん。けじめをつけておきたいから」
だって、と玄は続けた。
「勝負の前に、しがらみはなくしておきたいから」
「――……」
たまらず、宥は言葉を詰まらせた。
これまで妹がライバルという事実から目を逸らしていたことに、宥は気付かされた。それは、二人揃ってインカレに出場を決めてからのここ数日も同じだった。分かっているつもりでいて、分かっていなかった。
繰り返し繰り返し、自分の情けなさを自覚させられ、嫌になる。
けれども、だからといってここで足を止めるほど、宥はもう弱くなかった。
「そうだね。分かった」
「おねーちゃん」
「きっと、これが最後だもんね」
遠く、夕焼け色に染まった空を眺めながら、宥は言った。
「私は大学を卒業したら、麻雀とは別の形で付き合っていくと思うから。……誰かと本気で戦って、仲間と一緒に頂点を目指す。そんな戦いとは、無縁になると思う」
それが良い悪い、という話ではない。宥の目的とするところは別にある――それだけの話なのだ。ただ、それ故に決まってしまうこともある。
「私が玄ちゃんと、本気で戦えるのは今回が最初で最後……だもんね」
「最初じゃないよ、おねーちゃん」
くすりと笑い、玄は指摘する。
「去年の春と夏に一回ずつ、戦ったでしょ? 本気で」
「……あれもカウントするの?」
「私は本気だったよ。おねーちゃんは?」
そう問われてしまうと、苦笑しつつも認めてしまうしかない。
「本気だった」
「じゃあ、本気の勝負で今は一勝一敗だね」
「決着は――」
「――インカレで」
松実家姉妹、最後の戦い。
憎しみも悲しみもない、ただひたすらに勝利を求める純粋な勝負を、彼女たちは母の墓前で誓い合う。
ずっと、妹の玄に守られてきた自覚が宥にはあった。高校のインターハイで、恩の一部は返せたと考えていたが、その程度はまだ足りないとも思っていた。
それが今、ようやく対等な立場になれたという実感が湧いた。足りていなかったピースが、ようやく埋まった気がしたのだ。もちろん大学の格をとっても、あるいは雀力をとっても玄のほうが上で、自らは挑戦者なのだろう。それでも視線は今、玄と同じ高さでぶつかり合っている。
改めて思う。
阿知賀の外に出て、良かった。外の世界が――そこで出会った人々が、自分を引っ張り上げてくれたのだ。宥は今一度母に手を合わせながら、この三年半に想いを馳せる。
その年月の隙間に、丁度彼の影が現れたところで、玄が声をかけてきた。
「ところで須賀くんとはどうなったの?」
「ふぇっ?」
「留学してると言っても、連絡手段は一杯あるよね?」
「ど、どうもなってないよ? 普通にメールしたり、時々電話したりするだけだけど……」
「何をしているのですっ!」
怒られた。
「向こうで変な女の人に引っかかっていたらどうするのっ!」
「え、ええー……京太郎くんなら大丈夫と思うんだけど……」
「甘い! おねーちゃんは甘いのです!」
むふー、と鼻息荒く詰め寄られ、宥はたじろいでしまう。こうなってしまっては簡単には妹を止められない。憧と言い玄と言い、どうしてこうも恋愛話に食い付くのだろう。
「今から須賀くんが帰ってきたときのことを考えて、告白のシミュレーションをするのです!」
「こ、こ、こくはくっ? わ、私がっ?」
「他に誰がするのっ! のんびり構えている暇はないよ、さあお家に帰ろう!」
「玄ちゃん、ちょっと、ちょっと待ってぇっ!」
悲鳴を上げるも、走り出した玄は止まらない。彼女を放って置くわけにもいかず、もたもたと宥は後を追いかけ始めた。
全く強引にも程ある。けれども、こうでもされない限り自分から動き出せないと宥は自覚させられる。
――ああ、やっぱりこの妹にはもうしばらく手を引いて貰わないといけないのかも。
なんて情けなくなりながら、宥は頬を緩ませるのだった。
◇
東京に戻ってきた宥は、すぐに部室に顔を出した。休んでいる暇などない。関西で得られた経験を元に、試したいことは山ほどあった。
「お疲れ様、宥ちゃん」
「恭子ちゃん」
出迎えてくれた恭子から労われ、宥はぺこりと頭を下げる。
「ごめんね、私の我が儘でしばらく留守にして。折角一年生も入って来たのに」
「かまへんかまへん。関西リーグの調子も分かったみたいやし、宥ちゃんもレベルアップしたみたいやし。格下のうちらが保守的に動いても行き詰まるのは目に見えとるもん」
手をひらひら振って笑う恭子に、影はない――そう見えた。
けれども、宥はちっとも安心できなかった。このまま放ってはおけない。今、自分がなすべきこと。それを正しく彼女は理解していた。
「ねぇ、恭子ちゃん」
「ん? どうしたん?」
「ありがとう」
「……い、いきなりどうしたん?」
狼狽える恭子へ、宥は自然と微笑みかける。
「恭子ちゃんが誘ってくれたから、大学でも麻雀ができたの。麻雀ができたから、私は色んな縁に恵まれた。インカレなんて大舞台に、立てることができた。全部、全部恭子ちゃんのおかげ。この三年と少し、苦しかったり悔しかったりもしたけれど、恭子ちゃんと一緒にやってこられて、楽しかった」
そして、宥は宣言する。
「頼りないかも知れないけど、最後まで、ちゃんと支えるから。支えてみせるから」
――だから。
「一緒に、勝とうね」
「……何を今更、言うとんねん」
こそばゆそうに鼻を鳴らし、それから恭子はかすかに笑った。
「礼を言うんも速すぎやし、頼りないなんてあほなこと言わんといて」
「恭子ちゃん」
「でも、うん。――勝とう。一緒に勝とな、宥ちゃん」
彼女の優しい声に、宥はゆっくりと頷いた。噛み締めるように、頷いた。
その先の未来、六人で勝利を祝う日が来ることを信じて。
次回:12-2 すばら探偵花田女史のスカウティングファイル