愛縁航路   作:TTP

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Q.何故書いた?
A.阿知賀編実写化おめでとうございます。

冬コミの連絡とか諸々↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=166251&uid=96582


Ex.3-2 松実家シスターズウォーリターンズ

 冷え込んだ山の空気を頬で感じながら、松実玄はうっすらと雪が積もった坂を上る。時刻は昼過ぎ、今日一番気温が上昇する時間帯にも関わらず、彼女が吐く息は見るだけで凍えるような白さを伴っている。コートを着込んでいるとは言え、すぐにでも屋内に入りたいと思うのが人情だろう。

 

 しかし玄は、慌てることなく、ゆっくりと歩いて行く。地元の雰囲気をじっくり味わいたかった。

 何せ、久方ぶりの帰郷なのだ。

 年の瀬が迫った十二月三十日――玄の通う大学はとうに冬期休暇に入っていたが、麻雀部の練習に最後まで参加したおかげで、こんなぎりぎりの帰省になった。彼女にとっては来年のインカレが最後のチャンスになるため、ついつい気合が入ってしまったのだ。

 

 ただ、帰らないという選択肢はなかった。

 何故なら、大好きな姉帰省しているのだから。

 

 卓を囲めばライバルだが、普段は慕い大切にしている姉なのだ。彼女が大学に進学して以来、離れて過ごした時間のほうが長い。このような帰省の時期か、大会会場くらいでしかまみえることはなかった。再会を想像すれば、自然と足取りが軽くなる。

 

「ただいまー」

 

 実家である旅館、その裏口から帰宅する。父親は仕事中だろうが、姉は一足先に帰っているという連絡は受けている。玄には確信があった。姉は、居間にいると。理由は簡単。そこには、こたつがあるのだ。

松実家のこたつは、基本的に一年中出ずっぱりである。その中に姉がこもりっきりになるためだ。暑い夏でも関係なく、今日のような寒い冬の日ならばなおさらだ。

 

「おねーちゃん――あっ」

 

 スリッパを脱いで居間に入った瞬間、玄は自らの手で口を塞いだ。こたつを挟んで向こう側、こたつ布団がこんもりと膨らんでいる。呼びかけても反応はなく、眠っているようだ。起こすのも忍びないので、ちょっと残念だが、ひとまず玄はそっとしておこうと決めた。

 ただ突っ立って待つのも時間が勿体ないので、玄は部屋着に着替えることにする。同じ部屋の中にある箪笥から服を引っ張り出し、コートを脱ぐ。さらにカーディガン、続いてシャツのボタンも外す。

 そのタイミングで、こたつ布団がもぞもぞと蠢いた。

 

「あ、おねーちゃん」

 

 脱いだシャツを片手に、玄はそちらの方向に振り向く。

 

「あっ」

「えっ」

 

 そこで目が合ったのは――姉ではなかった。

 見覚えのある男の子。見覚えしかない男の子。

 

 須賀京太郎。姉の後輩。

 

彼が上半身だけ起こして、寝ぼけ眼を擦っている。しかし、間違いなく彼の視線は玄の体を捉えていた。

 

「須賀……くん?」

「玄……さん?」

「――ッ!」

 

 瞬間的に、玄の顔は赤面する。悲鳴を上げることもできず、ぱくぱくと口を開閉させる。一方の京太郎も、口の端を引き攣らせ、しかし言葉を発せずにいた。明らかに混乱しており、状況を飲み込めていない。

 松実玄、須賀京太郎両名の間に、かつてない緊張が走る。だが、どちらも動けない。動かない。

 

「京太郎くん、お茶入ったよぉ」

 

 彼女たちの沈黙を切り裂いたのは、のんびりとした声だった。

 二つの湯飲みとお茶請けを載せたお盆を持って、居間に入って来たのは、玄が会いたいと願っていた姉――松実宥その人だった。室内でも相変わらずの厚着で、しかし、マフラーだけは外している。

 穏やかな笑顔を浮かべていた宥だったが――その笑顔が、固まる。

 

「く、玄ちゃん……? 京太郎くん……?」

「ち、違っ!」

「こ、これはですね――!」

 

 そこからの、混乱の嵐は言うまでもない。

 涙目になって着替える玄。とにかく謝り続ける京太郎。そんな彼の目を塞ぐ宥。彼女たちが冷静さを取り戻すまでに、三十分以上の時間を要した。

 

 ようやく落ち着いた三人は、こたつを取り囲んで座る。気まずい空気が流れる部屋の中、最初に口を開いたのは玄だった。

 

「ど、どうして須賀くんがうちにいるの?」

 

 放たれた疑問は、至極当然のものだった。そして自分で訊ねてから、はっと気付く。

 

「もしかして、おねーちゃん、須賀くんと――」

「ち、違うよぉ!」

 

 慌てて妹の言葉を遮る宥。しかし宥は、こたつの中で指をもじもじさせながら赤面し、

 

「わ、私が連れてきたのは事実だけど……」

「須賀くんっ?」

「違いますっ、いやそうですけど違いますっ!」

 

 玄に凄まれ、京太郎は首をぶんぶん横に振る。

 それから玄は、二人から一連の流れの説明を受けた。

 まず京太郎も、当初は実家に帰省する予定であったという。しかし、実家を急遽リフォームすることになり、両親から「お前の寝るところがない」と帰省を拒否されてしまう。仕方なく下宿先で年越しをするつもりでいたところ――

 

「お酒に酔った勢いで、おねーちゃんが連れてきちゃったと」

「ひ、一人は京太郎くんも寂しいかと思って。うちに来るときは合宿ばかりでゆっくりしてもらったこともなかったし」

「俺も流されてしまったというか、ノリで来てしまったというか……すみません、玄さん」

「それは須賀くんが謝ることじゃないよ、おねーちゃんが無理を言ったんでしょ?」

 

 お酒が入った姉が、妙な強引さを発揮するのは玄も知っていた。しかしここまでしでかすとは思わなかった。うう、と縮こまる姉にある意味感心していた玄へ、京太郎が再び頭を下げる。

 

「とにかく、さっきはすみませんでした。こたつに入ってたら、つい眠ってしまって」

「き、気にしないで欲しいのです、私も不注意だったから」

 

 と言いつつも、先程の状況を思い出し、玄は顔が熱くなるのを自覚する。それを見た京太郎は居心地悪そうに、

 

「やっぱり俺、別の宿に泊まります」

 

 と、切り出した。しかし宥は首を横に振る。

 

「この時期、どこも一杯だから」

「え、じゃ、じゃあ、ネカフェでも探して」

「この辺りにネカフェはないね」

「だったら街に出て――」

 

 京太郎の声は、途中で途切れる。玄が指差した先、窓の外の光景は、いつの間にか吹雪いて真っ白になっていた。この状況で、土地勘もない彼が吉野の山を下りようというのは危険である。

 

「私は本当に気にしないから、ね?」

「……すみません、ありがとうございます」

 

 項垂れる京太郎に、玄は微笑みかける。初めから放り出す気はなかったし、姉を思えば無碍に扱うことはでいない。ただ、先程の事件を全く気にしていないと言えば嘘になった。もちろんそれを、この場で包み隠さず喋ることはできない。できるはずがない。だって、この場には姉もいるのだから。

 

 玄の認可も下り、当初の予定通り、京太郎は松実館に宿泊する運びとなった。ただし、その日と翌日の夕刻までは実家の手伝いに追われ、玄は京太郎とまともに話をする時間もなかった。無論、彼は姉のお客様。宥が相手をするのは当然の流れである。

 だが、しかし、玄も彼と話をしたかった。しなければならなかったのだ。

 

 そして迎えた大晦日の夜。

 

「初詣に行くのです!」

「ふえぇ……」

 

 鼻息を荒くして、玄はこたつむりと化した姉を引っ張り出す。初めから予定していたことなので、拒否権を与えるつもりはなかった。

 これでもかというくらい重ね着し、ニット帽にマスクとメガネまで装備した宥に、色気はかけらもない。須賀くんも同行するというのにこれで良いのだろうか――と妹ながらに心配するものの、当の京太郎が気にする素振りはなかった。どうやら彼も、すっかり慣れてしまったようだ。

 

 雪道を玄が先導し、初詣に向かうのは、当然新子神社である。

 

「あ、玄、宥さん。こんばんは」

「灼ちゃん! こんばんは、久しぶりだね!

 

 その道すがら、再会したのは阿知賀女子時代の盟友、鷺森灼だった。のっぺりとした表情に、おかっぱ頭とトレードマークのネクタイはいずれも、当時から変わっていない。

 

「と、君は……須賀くん?」

「お久しぶりです、鷺森さん」

 

 姉妹の後ろを歩く京太郎に気付き、二人は頭を下げ合う。玄がことのあらましを説明すると、若干戸惑いを見せるも、すぐに受け入れた。

 

「阿知賀の同窓会にお邪魔することになってすみません」

「気にしなくても良い……全く知らない相手でもないし」

 

 まぁ、と灼は松実姉妹を一瞥し、それから中空を仰いで、

 

「大変なのは君だろうし」

「え?」

「こっちの話」

 

 さくさくと雪を踏み分け、灼は前を歩いていく。首を傾げる京太郎から、玄は目を背けてしまった。

 

 灼を加えた一同は、階段を上り新子神社の境内へと到着する。

 

 境内は、それなりの参拝客で溢れていた。はぐれないようにするため、玄は一塊になろうとぎゅっと身を寄せる――隣にいるのが姉のつもりで。しかし宥は、いつの間にか遙か前方で灼とお喋りに興じており、くっついたのは京太郎だった。

 

「ひぅっ?」

「え、く、玄さん? どうかしました?」

「な、なんでもないのです」

 

 変な悲鳴が出てしまった。顔が熱い。昨日の一幕がフラッシュバックする。さらに思い返すのは、一年以上前、ベッドの上で向き合った日のこと。――ああ、どうして今更。

 頭の中で思考がぐるぐると渦巻き、混乱と羞恥が極限に達する頃、

 

「あ、宥姉、灼! 久しぶり~」

「お久しぶりです!」

 

 新たに二人の女性の声が、耳に届いた。

 はっとなって玄が顔を上げると、そこにいたのは巫女服に身を包んだかつての戦友。

 一人は、この新子神社の末子、新子憧。

 もう一人は、現在麻雀プロで活躍している高鴨穏乃だった。

 

「わぁ、今日はお手伝い? 穏乃ちゃんも? 似合ってるよぉ」

「まぁ、たまに帰ってきたときくらいはね」

「へへへ、ありがとうございます」

「元気そうで何より」

 

 宥と灼が駆け寄り、仲睦まじく挨拶を交わす。一歩出遅れてしまった玄は、遠巻きに彼女たちを見つめることになった。

 

「俺も挨拶してきますね」

「あ、うん」

 

 同じく隣に立っていた京太郎が、彼女たちに近づこうとする。玄にそれを止める手段はない。――いや、本来なら止める必要なんてないはず。一緒に行けば良いのだから。

 しかし玄は、できなかった。躊躇い立ち止まっている内に、

 

「きゃっ」

 

 人波に押され、すっころんでしまう。

 

「大丈夫ですか、玄さん」

「あ、ありがとう」

 

 慌てて戻ってきた京太郎に抱き起こされる。だが、

 

「痛っ……」

「どこか打ちました?」

「足首がちょっと」

 

 もしかしたら捻ってしまったかも知れない。んなときに、と焦りが募る。しかもここにきて、人の数がどっと増えた。

 小柄な姉たちの姿は、すぐに見えなくなってしまう。探すのもままならない。

 

「一旦、もう少し広いところに避難しましょうか。このままだと合流も厳しそうですし」

「そう、だね。そうしようか」

「それじゃ、掴まって下さい」

「……う、うん」

 

 肩を貸して貰い、玄たちはひとまず人波に流されて進む。境内の外れまで進み、充分休めるスペースを発見する。ひとまず玄は手すりに寄りかかり、一息つくことにした。

 

「ごめんね、迷惑かけて。まだ憧ちゃんや穏乃ちゃんにもまだ挨拶できてなかったのに」

「いえ、このくらいどうってことないですよ。いつもと似たようなもんです」

「いつも……」

 

 くちごもり、玄は過去を振り返る。

 京太郎が大学に入学した直後、姉を取り返そうと喧嘩をふっかけた。その夏には、姉との関係に混乱をもたらしてしまった。今彼が言った「いつも」は別の案件なのだろうが、冷静に考えるといつも迷惑をかけてしまっているのは自分ではないだろうか――玄がそう思い込んでしまうのは、致し方ない流れだったのかも知れない。

 

「玄さん? どうしました? もしかして、足痛いんですか?」

 

 黙り込んだ玄を気遣い、京太郎が声をかける。しかし玄は首を横に振って、否を示した。

 

「須賀くん」

「なんですか?」

「私、今までのこと、全部責任とるね」

「へっ? い、いきなりなんですか?」

「だから――須賀くんも責任とって」

「え、えぇええっ? 責任っ?」

 

 いきなり何を言い出すのか――と、京太郎が混乱するのも無理のない流れだった。しかし玄は至って真面目な口調で、言った。言い切った。

 

「昔、おかーさんに言われたの。男の人に肌を見られたのなら、絶対に責任を取ってもらうこと――それが松実家の習わしなんだって」

「はぁああぁーっ?」

 

 絶叫、そして絶句。だが玄は、京太郎から視線を外さない。頬を朱に染めながら、恥ずかしさを堪えながら、続ける。

 

「昨日、須賀くん、見たよね?」

「う、あ、そ、それは……」

「見たよね?」

「…………………………は、はぃ」

 

 か細い声で、京太郎は肯定する。彼の顔も、既に真っ赤だった。

 ――ああ、おかーさん。

 言おうか言うまいか、ずっと悩んでいたことを口にし、すっきりした。相手は「あの」須賀京太郎。だが、母親の言いつけを破るわけにはいかなかった――それが、言い訳と自覚しながら。

 だが、しかし。

 

「く、玄ちゃん……」

 

 話はこれで決着、といくわけがない。

 はっと振り返ると、そこに立っていたのは姉、松実宥。メガネとマスクのせいでまともに顔は見られないが、そこは姉妹、動揺を敏感に感じ取る。

 

「おねーちゃんっ?」

「ゆ、宥さんっ」

 

 いつの間にか詰まっていた京太郎との距離を開き、狼狽える玄。そんな彼女へ、

 

「今言ってたことって、ほ、ほんとう……?」

 

 ぷるぷると震えながら、宥が訊ねる。

 

「今言ってたこと、って?」

「お母さんが、言っていたこと……」

 

 こっくりと頷いて、玄は答える。がーん、と音が聞こえてくるくらいに分かりやすくショックを受ける宥だったが、彼女は返す刀でさらに爆弾を投下した。

 

「だ、だったら……私も、京太郎くんに責任を取って貰わなくちゃ……」

「えぇーっ?」

「はぁーっ?」

 

 玄と京太郎の悲鳴が重なる。混乱する彼女たちをよそに、宥は訥々と語り始める。

 

「ほ、ほら、この間の文化祭で、私が部室で着替えてたら、京太郎くんが入ってきて……」

「あ、あぁ~」

 

 思い当たる節があったのか、京太郎が納得するような呻き声を上げる。

 ――つまるところ。

 なるほど、と玄は理解する。彼は、私たち姉妹二人に対して責任を取らねばならない。自分一人だけなら、引け目があった。罪悪感があった。

 だが、これなら。この状況なら。

 

「おねーちゃん!」

「う、うん!」

 

 さささ、と宥が駆け寄る。寒空の下、マスクとメガネを取り去った宥は、妹と共に京太郎に詰め寄った。

 

「責任、取って下さい!」

 

 姉妹の声が重なり、京太郎は頬をひきつらせる。――彼一人、状況の推移についていけていなかった。

 

「あ、こんなところにいたー!」

「相変わらずみんなといると忙し……」

「あ、あれ、す、すすすす須賀くんっ?」

 

 さらに他の阿知賀の面々まで現れ、いよいよ収集がつかなくなる。

 

「ねぇ、須賀くんっ」

「きょ、京太郎くん……っ」

 

 詰め寄って来る姉妹を前に、遠く響く除夜の鐘を耳にしながら、京太郎は彼女たちの説得を始めるのだった。通じたかどうかは、本人たちのみが知る。

 

                   松実家シスターズウォーリターンズ おわり




冬コミ当選しました。配置は
12/30(二日目)東に26b
です。

今回は完全新作書き下ろし文庫小説を新刊で出す予定です。
内容はざっくり言うと京照です(タイトル未定)。
表紙・挿絵は愛縁航路などの挿絵も担当して下さったおらんだ15さん。
その他既刊持ち込み・おらんだ15さんの新刊の委託など受ける予定です。

また、夏コミの「ひとりぼっちの山姫は」をとらのあな様にて委託しております。
http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/56/64/040030566403.html

よろしくお願い致します。
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