愛縁航路   作:TTP

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2-3 決戦、松実姉妹

 突如部室に現れた狐面のミニスカメイドを前にして、宥は困惑を隠せなかった。――彼女が、恭子たちが戦ったという麻雀仮面なのだろうか。浮かび上がった疑惑を視線で京太郎にぶつけてみると、彼はしっかり頷いてくれた。

 

 この猫耳ミニスカメイドが、麻雀仮面。

 

 何かの間違いであって欲しいと宥は思ったが、現実は変えられない。なぜか得意気な顔つきの玄の隣に、麻雀仮面は並び立っている。

 

「ええっと」

 

 恐る恐る、宥は訊ねてみた。

 

「なんで玄ちゃんが麻雀仮面さんと一緒にいるの?」

「実は――」

 

 人差し指を立てて説明しようとする玄の口を、

 

「はひゃぁっ」

「余計なことは言わないように」

 

 麻雀仮面がその手で塞いだ。

 表情の窺い知れぬ彼女は、抑揚のない声で宥へと語りかけた。

 

「私のことを教えて欲しいなら、麻雀で勝ってみせて」

「一昨日恭子ちゃんが勝ったんじゃ……?」

 

 真っ当な宥の突っ込みに、部室内に沈黙が落ちる。麻雀仮面はあちこちに視線を彷徨わせてから、言った。

 

「それは、普通の麻雀仮面。今は、麻雀仮面N。だからノーカウント」

「はぁ」

 

 宥は曖昧に頷くしかない。京太郎や尭深からも追求はなかった。

 

「さぁ、おねーちゃん、須賀くん、勝負なのです!」

「あ、コンビ役俺なんだ……」

「当然! 須賀くんは当事者なんだよ!」

 

 玄の強弁に京太郎は突っ込む気力がないのか、「はい」と素直に頷く。それを受けて、玄は満足気に微笑んだ。やる気たっぷりである。そのまま麻雀仮面を伴って、卓の傍まで歩み寄った。

 

 一方の麻雀部員三人は、部屋の隅に集まってひそひそ声で話し合う。

 

「ごめんね、京太郎くん。変なことに巻き込んじゃって」

「いえ、打つ分には構わないんですが……」

「松実先輩の帰省がかかるとなると、責任重大だね。連休が明けたらすぐにリーグが始まるから合宿に参加してもらいたいし」

「プレッシャーかけないで下さいよ、渋谷先輩。……末原先輩がいたら良かったんですが」

「電話しても繋がらないね」

 

 はぁ、と宥と京太郎は一緒に溜息を吐いて。

 

「やろっか」

「はい。あ、その前にあの麻雀仮面対策なんですけど――」

 

 宥の耳元で、京太郎が囁く。くすぐったくて、彼の息が首元にかかり、宥はどきどきした。ちゃんと彼の話を聞けているか不安になる。

 

「じゃあ、行きましょう」

「う、うん」

 

 宥と玄が対面に、それぞれの相方がその下家に座る。

 両手を強く握りしめ、玄が気合を入れる。麻雀仮面は特に動きはないが、向かいの京太郎をじっと見つめているようだった。その京太郎は、ばつが悪そうに麻雀仮面から目を背けていた。

 

「ルールは、半荘二回で合計点数が多いチームの勝ち。途中で誰かがハコになったら、そのチームの負け。後は大学リーグルールに準拠。で、良いよね」

「うん、大丈夫」

 

 宥は一息深呼吸してから、僅かに目を細める。

 

 何はともあれ、麻雀での勝負だ。

 例え最愛の妹が相手だとしても、手を抜くわけにも、やすやすと負けるわけにもいかない。関東三部リーグの小規模麻雀部とは言え、目標は一部リーグ、引いてはインカレだ。この部の副部長として、譲れない矜持がある。

 

 卓の外では些細なことでも狼狽える宥ではあるが、中では違う。内心どれだけ動揺したところで、表情一つ変えずに自らの役割をこなす実行力が彼女にはある。それもまた、彼女の強みの一つであった。

 

 起家は玄。

 妹の戦い方は、よく知っている。

 

 ――まだ、未完成だけど。

 

 彼女が相手なら、やれる。宥は確信をもって、弦を引き絞る。照準は、当然玄。

 

「ロン」

「っ、……はい」

 

 七巡目、玄の手から溢れ出た牌を宥は狙い撃つ。

 弘世菫直伝、シャープシュート。菫との交流は、ただの飲み友達で終わっていない。お互い吸収できるものがあると判断した結果、麻雀技術を積極的に伝え合っている。もっとも所属するリーグに格差があっての話であろうが、ともかくとして、宥の麻雀の幅がぐっと広くなっていた。

 

 親は流れて、麻雀仮面。素性が知れない彼女は、何をしでかしてくるか分からない怖さがある。できるなら、何もさせたくない。

 

 ちら、と京太郎に視線を送る。京太郎は僅かに目配せで応えてくれた。

 

「ポン」

 

 京太郎の捨ててくれる牌を、

 

「もいっこ、ポン」

 

 食い取る。宥が欲しい「あったかい牌」を、彼は的確に寄越してくれていた。

 

 ――凄い。

 

 思わず宥は感嘆の息を漏らしそうになる。まだ、まともに話すようになって一ヶ月足らず。だというのに、京太郎は宥の癖や打ち方をきちんと把握していた。まるで、隣に恭子が座っているかのような安心感がそこにある。ただ赤い牌を捨てれば良いというものでもない。場の流れや宥の捨て牌を、全て読み切った結果だ。

 

 こればっかりは、天性の感覚を持つ者たちにもその才能だけでは真似できない。純然たる、技術の粋だ。インターハイ男子個人の決勝卓まで残っただけはある。努力の結果と言えば簡単だが、魑魅魍魎が跳梁跋扈する現代麻雀において、高みに辿り着くまで努力を続けること自体困難を極める。

 

 だからこそ、頼りになる。努力に裏打ちされた技術は、爆発力はなくとも簡単には崩れない安定性があるのだ。

 

「ツモ」

 

 染め手を作り上げ、麻雀仮面の親を蹴る。点差においても、まずは宥チームが先攻した形となった。

 

 宥は、ちらりと対面の玄を見遣る。彼女は真剣な表情で配牌を覗き込んでいた。

 松実玄と言えば、高校時代には既に全国で名が売れた「阿知賀のドラゴンロード」である。彼女が卓についている限り、ドラが手に入ってくる希望は捨てなければならない。宥の能力と引っ張り合いになっても、ドラに限っては玄の支配から逃れられないのだ。

 

 先の二局も、宥は上がったがドラは一つも乗っていない。自分だけ高火力になるという玄の力は、しかし同時に弱点でもある。

 

 姉は知っている。妹がドラを切ること即ち、己の力を切り捨てることに他ならないと。結果的に彼女の手を窮屈にする結果となっていた。

 

 流れてきた、宥の親。彼女はサイコロを回しながら密かに決意する。

 

 ――ここは、攻める。

 

 流れに乗って、一気呵成にカタをつける。

 宥の気持ちに牌は応えるかのように、四巡目でテンパイ。京太郎のおかげか、調子に乗れていた。

 

「リーチ」

 

 その宣言に、ぴりりと場全体に緊張が走る。あったかい牌が来ることを望みながら、宥は千点棒を置く。

 

 京太郎の牌は、差し込みをする状況でもなく当然スルー。できるなら、玄の手を狙い撃ちたい。集中攻撃でハコにすればその時点でゲームセットだ。

 

 しかし。

 

 ここにきて、玄は想定外の手を打ってくる。

 

「リーチ!」

「えっ」

 

 滅多にリーチをかけない玄が、おっかけリーチ――それも、ただのリーチではない。

 

「ドラ切り……」

 

 観戦していた尭深が、ぽつりと呟いた。

 何よりもドラを大切にする玄が、ドラを捨てた。しかも、こんな序盤に。玄が何を考えているのか、宥には読めなかった。

 

 それから二巡。

 掴まされた牌に、宥は微かな吐息をついた。

 

「ロン! 12000!」

 

 玄への振り込み。一枚ドラを切ったところで、相変わらずのドラ爆体質である。これで一気に逆転されてしまった。

 

 だが、大局的に見れば有利なのはこちらだ。玄は、自らの最大の武器を捨てたのだ。半荘二回では、復活まで辿り着けまい。

 

 次局、当然のように宥の手には大量のドラが入ってくる。

 

 ――できるなら、射かけたいけど。

 

 どうしても手は重くなり、思うように狙えない。ここで麻雀仮面に上がられるのが最悪のパターンだが、彼女に動きはなく、ひとまずは一息つけた。

 

 京太郎の親は流局と相なり、スムーズに南入する。

 

 その、南一局。

 宥はすぐに、事態の変化に、そして深刻さに気付いた。

 

 ――まさか……!

 

 配牌にドラが、一枚もない。

 顔を上げ、玄を見据える。彼女が浮かべる表情は、強気な笑顔。状況は明白だ。

 

 たった一局。その一局で、玄の竜は復活していた。私の知っている玄ちゃんじゃない、と宥は歯噛みする。ここで疑ってかかれるほど、宥は軽率ではなかった。

 

 そこからペースを掴んだのは、やはり玄と麻雀仮面だった。麻雀仮面のサポートを受けつつ、玄は自前のドラを使った高火力で攻め立ててくる。

 

 玄に振り込めば一気に危うくなる現状、宥の手は縮こまってしまう。――強い。玄もそうだが、麻雀仮面もまた非常に厄介だ。決して出張っては来ないものの、その分玄を見事に補助している。噂は伊達ではなかった、ということだろう。

 

 何とか食い付いているが、開いた点差は埋められない。

 

 迎えたオーラス、玄はリーチこそかけてこないがテンパイ気配は濃厚だ。おそらくかなり高い。宥も安手をテンパイするものの、リーチをかけるべきか悩ましい。ここでの振り込みは敗北に直結する。

 果たして結果は、

 

「ろ、ロン!」

「はい」

 

 京太郎から宥への差し込みであった。最初の半荘が、決着する。

 安堵の息を吐く間もなく、宥は席を立ち、京太郎と共に部室の隅へと移動する

「……やられちゃった。まさか、玄ちゃんのドラ支配があんなに早く復活するなんて。これじゃあ隙がないよ」

 

 がっくりと肩を落とす宥。しかし京太郎は、

 

「いえ、たぶんもう玄さんはドラを切れません」

 

 と、言い切った。

 

「ど、どうして?」

「最初にドラ切りリーチして以降、玄さんは何度も同じ攻め方をできたはずです。他にも色々選択肢はあったでしょう。でも、やらなかった」

 

 はっと、宥は気付く。

 

「早い復活は一度きり、ということ?」

「おそらくは。玄さんの性質をよく知っている俺たち相手なら、早々に見せつけておくだけで強力なブラフになる――そう踏んだんでしょうね。実際、警戒しすぎて俺たちの手は遅くなってしまった」

「……希望的観測も、混じってるよね」

「もちろんです。でも、そう割り切って戦わないと勝てない。高校時代の玄さんよりも、ずっと強くなってます。研究する暇のない短期決戦で躊躇う時間はありません」

 

 京太郎の言葉に、宥は頷くほかない。胸にちくりと突き刺さる痛みがあった。ふるふると宥は頭を振って、決意を改める。

 

「次の半荘は、負けないから」

「はい。逆転しましょう」

 

 四人が、同じ席に着く。今度の起家は再び玄。回るサイコロを見つめながら、宥は神経を研ぎ澄ます。

 

 ――集中するんだ。

 

 五感全てを全開にして、宥は卓上の136枚の牌へ意識を集中させる。

 

「リーチ」

 

 早い巡目で、宥は仕掛ける。いける、という確信が彼女にはあった。

 そして。

 

「一発ツモ!」

 

 予測した通りの牌が、手に入った。

 いきなりの跳満親被りを玄にお見舞いする。止める余地のない早上がりに、玄は驚く。これまでとの姉とは違う何かに、彼女も勘付いた。

 

 ――あったかい牌を引き寄せるだけでなく、どこにあるのか感じ取る。牌ごとに異なるぬくもりを、ツモる前に把握する。上手く嵌まれば、攻防どちらにも使える。

 

 自らの性質を応用した新しい技術。これもまた未完成ではあるが、今の玄に対抗するにはあらゆる手段を用いなければならない。

 

 さらに、

 

「ロン」

「……、はい」

 

 隙を見つければ、宥は妹を狙い撃つ。相手に合わせた柔軟な変化は、高校時代の監督に教えられているのだ。

 

 配牌にも助けられ、前半戦の点差はすぐにひっくり返った。

 迎えるは最後のオーラス、ここを宥か京太郎のどちらかでも上がってしまえば、あるいは流局でもそこで勝ちが決まる。だが、リードは僅か。気を緩めることはできない。

 

 部室内に、牌が落ちる音だけが響き渡る。決着の時は近く、緊張はピークへと達する。見守る尭深も、湯飲みを握る手に力が入った。

 

「リーチ」

 

 動いたのは、ここまでサポートに徹していた麻雀仮面だった。まさかここで、とは思わない。想定済みである。彼女の対策は、既に京太郎から聞かされていた。

 

 再び宥は神経を研ぎ澄ませる。そのぬくもりから、京太郎の手牌を察する。

 

 ――これだ。

 

 宥の切った牌を、

 

「チー」

 

 京太郎が鳴く。

 よし、上手くいった――宥と京太郎がほっと安心するのと同時、

 

「残念」

 

 麻雀仮面は、口を開いた。

 

「そこまでやられるのも、想定済みや」

「――っ」

「ツモっ」

 

 宥と京太郎が息を飲むのと同時、ツモを宣言したのは玄だった。晒された手はドラばかりで、逆転に足るには充分すぎる。

 

 静かな、決着だった。

 

 負けた宥は嘆かずそっと目を閉じ。

 勝った玄も、ただただ俯くだけ。

 

 震えを押し殺した声で、京太郎が言った。

 

「……すみません、宥先輩。俺の読みが甘かったです」

「ううん、京太郎くんは悪くないよ。私たちが負けたのは――」

 

 京太郎の言葉を否定し、宥は玄に優しげな視線を送る。

 

「私が、玄ちゃんをずっと見てこなかったから」

「おねーちゃ……」

「ごめんね、玄ちゃん。こんなに強くなってたんだね。自分のことばかりで、玄ちゃんから目を逸らしてた。ほんとうにごめんね」

 

 ううん、と玄は首を横に振る。

 

「勝てたのは、麻雀仮面さんのおかげだよ。おねーちゃん、私よりずっと強くなってた。ちゃんと部活やってるのか、なんて酷いこと言ってごめんなさい」

「玄ちゃん……」

 

 いてもたってもいられず、宥は立ち上がって玄を抱き締める。ぎゅう、と宥は思いきり力を込めた。懐かしい、妹のぬくもりだった。

 

 玄に心配をかけないですむ、強い姉になりたかった。震えるばかりの自分を変えたくて、単身東京までやってきた。その選択は、今でも悔いたりなんかしていない。けれども、結果妹を泣かせていてはどうしようもない。

 

「悪いおねーちゃんでごめんね」

「我が儘な妹でごめんなさい」

 

 二人は謝り合い――それから、玄からそっと離れた。

 

「おねーちゃん、暑い……」

「ご、ごめんっ」

 

 慌てて宥も距離をとる。そう言えば、あの夏も同じやり取りをした。玄も思い返していたようで、二人はくすりと微笑み合う。

 

「須賀くんも、色々ごめんね」

「いえ、俺は気にしてないですから」

 

 かくして姉妹喧嘩はここに決着し、京太郎と尭深もほっと胸を撫で下ろす。

 

 一方で。

 

 宥の視界の端で、麻雀仮面が立ち上がる。何も言わずに彼女はすたすたと歩き出し、部室を去ろうとしていた。

 

「ま――」

 

 宥の制止の声が音になる直前。

 

「ちょっと、待ちぃや」

 

 外から、部室の扉が開かれた。

 現れたのは――

 

「恭子ちゃんっ?」

 

 東帝大学麻雀部部長、末原恭子であった。ここまで姿を現してこなかった彼女の急な登場に、宥は驚いてしまう。

 

 恭子は唯一の出入り口の前に立ちはだかり、麻雀仮面の足を止める。ぎろりと麻雀仮面を睨み付ける眼光は、どこまでも鋭かった。

 

「今日は逃がさへんで、狐メイド。こないだの負けの負債はちゃんと払って貰うで」

「今の私は麻雀仮面N――」

「いやそういうんはほんまええから」

 

 厳しく突っ込みを入れてから、恭子は小さな溜息を吐く。

 

「まぁ、どのみちあんたは詰んどるけどな。――頼むわ」

 

 恭子に名前を呼ばれ、壁の影から一人の学生が姿を現す。

 

「あ、煌ちゃん」

「みなさんおそろいのようですね。すばらです!」

 

 出てきたのは、東帝大学麻雀部最後の部員、二年の花田煌であった。どんなときでも絶えない笑顔と明るい性格の、麻雀部のムードメイカーである。

 

「真打ちは後から登場するって!」

 

 親指で自らを指差し、煌は部室内に足を踏み入れ、麻雀仮面と真っ向から対峙する。

 

「恭子先輩から指示が下りましてね。今年の東帝の一年を片っ端から調べさせて貰いました。結果としては、恭子先輩の出した条件に当てはまりそうなのが一人いました。ええ、本当に驚きましたよ。まさか貴女がここに入学しているなんて」

 

 煌は不敵に、そして嬉しそうに笑う。

 

「そこまでするなら教えたのに……」

「須賀は黙っとき」

「は、はいっ」

 

 恭子の鋭い声に、京太郎は竦み上がる。宥はついていけないが、何やら恭子は怒っているように見える。

 煌が一歩前に歩み出て、言った。

 

「逃げてくれても結構ですが、あまり意味はありません。貴女の所属や学籍番号、住所と電話番号も手に入れています。何なら今日の昼食も当てて上げますよ」

「き、煌ちゃん、うちそこまで頼んでないで……?」

「やるからには徹底的にです!」

 

 恭子のささやな突っ込みは意に介さず、きらん、と煌の瞳が輝く。

 

「何にせよ、その仮面脱いで貰いますよ!」

 

 びしりと煌に指差され。

 

 麻雀仮面は、微かに肩を竦めた。

 そして――その手の指が、狐面にかかる。

 

 あっ、と宥は短い悲鳴を上げた。仮面の下から現れたのは、宥も知った顔だった。ただ、記憶にあるより髪は伸び、肌の血色も良い。だが、見間違えようもない。あの夏、直接ではないにしろ矛を交えた相手なのだから。

 

 うっすらと、しかしどこか挑発的な微笑を湛え、

 

「麻雀部入部希望、東帝大学経済学部経済学科一年(・・)――」

 

 ゆっくりと、その涼しげな声で彼女は名乗りを上げた。

 

 

「園城寺怜です」

 

 

 それから彼女は素早い動きで卓の傍まで戻ってくると、京太郎の腕をとり自らの胸元に引き寄せた。突然の行為を宥は咎められず、その光景に苦みだけが胸の中に残った。

 

「ちょ、怜さんっ」

「同じ一年のきょーちゃん共々よろしくお願いします、先輩方」

 

 狼狽する京太郎をよそに、メイド衣装の園城寺怜は淡々と言ってのける。

 頬を引き攣らせる恭子と、平気な顔をしている怜が睨み合う。そんな二人を交互に見て、宥は思った。

 

 ――嵐の予感がする、と。

 

 

 

                     Ep.2 松実家シスターズウォー おわり

 




次回:Ep.3 明日望む者のレミニセンス
    3-1 背中と太股

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