Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
『
『繰り返すつどに五度』
『ただ、満たされる刻を破却する』
『
『────────告げる』
『────告げる』
『汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に』
『聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』
『誓いを此処に』
『我は常世総ての善と成る者』
『我は常世総ての悪を敷く者』
『汝三大の言霊を纏う七天』
『抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ』
担い手は魔術師殺し。
場所はアインツベルンの秘められた城。
今こそ英霊を召喚する刻。
詠唱が完成したその瞬間、光が爆発した。
「サーヴァント、キャスター。お招きにあずかり、ここに現界した。お初にお目にかかる、我が主よ」
光の先に偉丈夫が現れた。異常に背が高い、とは思うけれど英霊ならば当然なのかもしれない。自信と威厳に溢れたその姿が、実際よりも大きく見せる。
「お前は──」
召喚主は驚く。どうやら予定外であったようで“まずい”などと顔に書いている。まあ、もっともどちらかといえば上司に説明がめんどくさそうだ。などという類のまずさではあるが。
「我が名は甘粕正彦。よろしく頼むぞ? マスターよ。ところで、あなたの名を聞かせてはくれぬかな」
無言で頭を抱える切嗣。しかし、すぐに気を取り直す。
「僕の名は衛宮切嗣だ。サーヴァント」
「ふむ。お気に召さなかったかな。──ああ、そこに置いてある品は……うむ。さぞや立派な聖遺物とお見受けするが、俺とは寸毫の関係もないな。呼びたかったのは別の英霊か」
「それはかまわない。どうせアハト翁が渡してきたものだ。僕としてはアサシンの方がやりやすかったくらいさ。だが──」
顔をゆがめた。聖杯戦争の原則──有名であればあるほど力が増す。けれど、甘粕正彦という名はまったくもって有名ではない。御三家であるからこそ名前を聞いてもわからないといった英雄でもなければ、反英雄でもない類の名である。
いわく満州の王。軍人にして影で政局を操っていた男。阿片ビジネスのリーダーシップをとったとも聞く。印象的なのは甘粕事件。無政府主義者の一家族を皆殺した罪に問われた。
経歴が経歴故に何を願うかわからない危険さがある。邪推するならば世界征服を狙っても、経歴からは不思議でない。しかも駒として見ようにも武勇は伝わっていないのだから不満は増す。それはどうやら甘粕にも伝わったようで。
「ふむ。確かに俺の伝説はこの世界には伝わっていないらしい」
ゆっくりとうなづいた。無駄に威厳がある。今の日本の政治を担う者とは違い、無駄に圧迫感を振りまいている。自信にも満ちていて──それは切嗣が想像したいけすかない英霊の姿そのままだった。
「この世界には?」
平行世界、という言葉が思いつく。それは魔法の一つ。まあ、その魔法と魂を呼び出す魔法は別のもので、聖杯が行ったのも平行世界への干渉ではなく平行世界を束ねる”座”からのサーヴァント召喚。後者の側の魔法である。
この場合、彼は他の平行世界から招かれた英雄と言うことになるのだろう。それならば、この世界で有名でなくても説明はつく。
「ああ。残念ながらこの身は如何ともしがたい弱体化補正がかかっている。それもひとえにサーヴァントという型に当て嵌めるためだろう。聖杯に呼ばれたものだからな──キャスターと言う枠の外に出すことができなかったのだろう」
その男はふるふると首を振った。
英霊と言っても、その肉体は聖杯が魔力を使って編んだものである。だからこそ霊体化が可能なのだが。ゆえにこそ聖杯が作れる”限度”と言うものが存在する。
ただし、その弱体化がかかった本人だけは気にしていない。度量の広い──というか、広すぎだろう。
彼の本来の力──自らと同じ存在に対して時間軸を無視して乗り移ることもできたが、それは同じ世界戦に限られるのだろう。ここにいる甘粕の力が制限されているとはそういうことだ。
つまるところ、その本領を振るったとたんに弱い
「──なんだと?」
切嗣はステータスを見る。それはマスターならば標準的に与えられる能力で、敵や意図的に隠さない限りにおいて閲覧可能だ。
マスター:衛宮切嗣
真名:甘粕正彦
属性:混沌・善
筋力:C
耐久:C
敏捷:C
魔力:A
幸運:B
宝具:A
クラス別能力
陣地作成:C
保有スキル
カリスマ:A
神性:-
心眼:A
宝具
【ロッズ・フロム・ゴッド】
【神野明影】
【百鬼空亡】
「神性が塗りつぶされている?」
「どうやら剥奪されたらしい。まあ、一応は聖杯戦争というのは根源に至るための争いなのだろう? アラヤとの繋がりなど認めるわけにはいかぬのであろうよ。アラヤは根源そのものというわけではなかろうが──」
アラヤとは人類の集合無意識。あるいはそこへのアクセス権だ。常時繋がっているはずのそこへ、サーヴァントとなった彼はアクセスできない。
根源への関わりで言えば、むしろむしろ守護する側だがしかしだからこそアラヤを味方につけたならば簡単に根源へ到達することが可能という逆説。根源に至るための試練に、根源の力を利用するのは本末転倒だ。
「お前は魔法を使えるのか?」
だとするならば、聖杯戦争そのものが茶番ということになるのだから。
まあ、謳い文句としては万能の願望気を手に入れるためとなっているが──開催された真の理由は『魔法へ至る』ため以外の何物でもない。魔法に至るために魔法を使うなど、初めから論理が矛盾している。
「さて──ま、使えんだろうさ。終段ならば魔法と呼んでもおかしくないかもしれんが、神を召喚したければそれこそ全人類でも捧げる必要があるかもな」
そもそも甘粕の平行世界に魔術は存在せず、ゆえに魔力も存在しない。甘粕世界の『魔法』と言える邯鄲法は何も消費することのない永久機関である。フルスロットルでエンジンをかけ続けるという一見矛盾したことが可能だ。
数式でも解けば消費する類の精神力なら使うが、それがなくなってもフルスロットルかけるのに問題はなくただ事故するだけだ。
それは、この世界の法則ではありえない。ゆえに、根本から覆された。
何も消費しない永久機関から魔力を使用する魔術儀式『邯鄲法』へ。その消費を決めるのは威力の規模と大きさ。終段は人の集合意識から引き出すという工程をたどるが、それは単にデータベースから引き出してその通りに作っているだけだ。だから小妖一つ作るのにも供物は何十人と要るだろう。
彼があいさつ代わりに生み出す核爆弾だって、規模と威力、更には毒性の残留という性質があるからそれを作るのには生み出す犠牲よりも多くの数が必要なはずだ。
つまるところ、彼の世界における邯鄲法とは万能の絶技であったが、この世界では何でもできる代わりに魔力消費が重い一つの魔術に過ぎない。
英雄も神霊も災いもたらす邪神も人々の集合無意識から創り出すことはできない。冬木を滅ぼす程度の攻撃すら使えない。そういうことで帳尻は会わされた。魔王はサーヴァントの身へ転落した。
「なんだそれは?」
「終段とは人の無意識から神を呼び出す技を言う。宝具の二つもそれだ──弱体化著しいがな」
「そーゆーわけでーす。よろしくお願いしまーす! このマゾ野郎め」
折り重なって輪唱する蛾の羽音がそう言っている。彼は邪神。創ることはできずとも、宝具として形作られた彼を呼び出すことなら可能である。
絨毯が腐った。銀装飾が解け崩れた。それがただ歩くだけで床と壁面に亀裂が入り、そこから汚らわしい黄ばんだ粘液がじゅくじゅくと染み出ていく。
そうして塗り替えられた新たな意匠は、一言でいえば便所だった。
「紹介しよう。こいつは第八等等指定廃神・
言葉とともにその汚物の頭を切り捨てた。
「ひどい! ひどいよ、主。いくら自分だからって、そうポンポン叩くのはやめた方がいいと思うなー」
蟲となって散り、散った蟲が集まって形を成す。吐き気がしそうなほどに醜悪な逆再生。怖気を催す臭気が色を伴うほどに強くなる。その様は戦争を渡り歩き、嫌となるほど人の闇を見てきた切嗣でさえ表情を隠すことができない程の邪悪。
ああ、これはなんだ? 万能の願望器が呼び出す英霊が使役する神が──このような不浄の塊だと言うのか。なんだ、それは。ふざけるなと叫びそうになって。それでも甘粕は切嗣のその感情に頓着しない。
「このように、攻撃の無効化こそできるが、今のコイツではマスターの一人すら殺せまい」
不死身であるがそれだけだ。聖杯戦争とは趣を異にするが、魔術儀式──邯鄲法にて猛威を振るった彼の力は使えない。
そもそもモノに触れることすらできない。囁きにて人を堕とす悪魔には似つかわしいかもしれないが、状況によっては死徒27祖すら瞬殺しかねないほどのポテンシャルが完全に廃棄されていた。
甘粕が告げる言葉はすべて事実を告げている。それはサーヴァントである己の主ならば、知る権利があると思ったからだ。本人としては包み隠すことなど何もないし、全てを明かそうと思っている。
そう、甘粕はこのマスターに従う気でいる。
けれど、彼はノリで動く人間で、そしてうっかりやだ。つい伝え忘れていた。言ったと思った。その性質をを理解できなければ、切嗣はただこの破天荒な従僕に振り回されるのみとなろう。
「まー、それが僕の悪魔としての正しい姿なんだけどね! どんな急段にも嵌められるはずが、序段すらつかえないってなにそれ? 聖杯がww僕にww負けろとww叫んでるwww まあ、悪魔として嫌われるのも依怙贔屓も上等だけれど──ね。あははははははははははははははははは!」
「そして、コイツの気配を感じ取れぬマヌケはよもや聖杯戦争に参加してこないだろう」
死なないならば偵察にはふさわしいと思われるかもしれないが、こいつの穢れた気配は1km先からでも瞭然であった。
「サーヴァントが戦術を考える必要はない」
そして、切嗣はただ冷たい目で僕たる主従を睥睨する。ハナからサーヴァントのことを頼りにしていない。例えるならば、行きたくもないコンサートのチケットを見る目に似ているかもしれない。
「そう言うな、切嗣。我も人、彼も人。故に平等、基本だろう。むろん、立場の差は理解しているとも。だがな、主人は主人、従僕は従僕として認め合うのが人としての筋だろう」
このサーヴァントはめげない。それがどうしたとばかりに自分を押し売る。誰が相手だろうと勝手に友達を主張するようなタイプなのだ。こいつは。
「サーヴァントが余計なことを考える必要はない。僕はアハト翁への報告に行く。お前はここで待っていろ。わざわざそれを出して不快にすることもないだろう」
──出ていった。
そして、主従は仲良く相談を始める。
「主、あるじぃ。あのマスター、つまりませんねえ」
──陰口だった。とてつもなくイキイキしている。これこそが生きがいとばかりに……しょうもない悪口を楽しんでいる。
「そうか? 良い御人ではないか。夢を抱き、それに向かって努力をし続ける。これこそが人の意志。諦めることなどできない。しない。何が何でも──そう、魔法に頼ってでも己が夢を成し遂げんとする姿。敬服したぞ。これこそが俺が抱きたいと願う人の輝きそのものだ」
そして、こちらは悪い笑みを浮かべている。物語のヒーローと魔王の両面を併せ持つ男だ。勇気を叫んだと思えば、数万人規模の大災害をノリで起こすこともある。
これがサーヴァントに補正のかかる聖杯戦争でなければ、冬木市は滅んでいたことだろう。まあ、もっとも大丈夫ということも、それどころか一つの市だけで済むという保証もないのが恐ろしいところだ。
「僕としてはあいつの夢とやらがつまらない。しょせんは行き当たりばったり。叶えたい夢? 思い描けすらしない夢をどうやって叶えるつもりだが。本人にすら想像できないものをけなしたって空しいだけですよね」
わんわんと響く悪口は、幼稚なようでしかしその実本当のことでもある。悪魔なのだから、下卑た言い方をしていても、本質を突いている。だからこそ、それは最悪の災害『第八等指定廃神』なのだから。
「……くく。そう言ってやるなよ。だからこそマスターは聖杯にその答えを求めているのだろうさ。俺よ──お前には彼の望みが分かるのかもしれんが、俺は全く知らん。知っているのはただ、我がマスターの夢を追いかける純真な瞳のみだ」
彼は本人こそういう子供のように目を輝かしている。楽しみなのだろう。7人の英霊と会い見える聖杯戦争が。
「あ、そうだ。我が主。あの狂った堕神のことは言わなくてよかったんですかー?」
宝具扱いとなっている第八等指定廃神『百鬼空亡』のことである。使用に条件があるのも当然で、そもそも聖杯戦争を根底から覆しかねない鬼札である。
「……む。忘れていた。あとで忠言せねばならんか」
そして、こういうノリも甘粕正彦だ。こういううっかりで、つい全てを台無しにしてしまうことがあると言う悪癖。自覚した上でリミッターなしで走っているのだから性質が悪い。
衛宮切嗣が本当に正義の味方であるならば、むしろこいつこそが敵である。
「しっかし、あいつも使いにくくなっちゃいましたねー。なにせ、龍脈に陣を引いてそこからの魔力供給によってのみ現界可能だなんて」
それの本当の悪夢とも呼ぶべき本質には触れない。そして甘粕はキャスターという型に嵌ろうとも本質はうっかり魔王。気付くことはなかった。
ステータスは適当です。アマデウスやらラグナロクやらは聖杯戦争では使えません。露骨な弱体化ですが、こうしないと甘粕は国ごと滅ぼしかねませんからね。