Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第10話 百鬼空亡

 

「──おのれ。騙したなァ! あの忌々しい使い魔風情が!」

 

 叫んだのは遠坂時臣。

 

 

 

「君、セイバーとそのマスターと協力関係にあるんだろう? どうだい──ここは、君たち二人で僕の主を倒してみないかい? ああ、もちろん僕は手を出さないから2対1ということになるね」

 

 などと言われ、弱みを突かれたこともあって決闘に誘い出された。断ると言う選択肢はなかった──なぜなら、そのことをアーチャーも知っており、すでに怒っていたためだ。激怒ではない。絶妙なさじ加減だった。

 神野には魔術師には想像もつかない卑劣さを持っていた。この主従が言葉でどうにかできるような存在でもないし、本当に無視できる程度のウザさでもない。

 

 裏を疑った挙句に、こうして綺礼も含めて四人で来たという次第だ。

 アインツベルンの工房を攻めるのは容易ではないし、もちろん使い魔も置いて今も常時監視している。時臣も来たのはアーチャーを誘い出された上に自身を暗殺されるのを警戒した。

 むしろ、そっちの方が正当なキャスターのやり口でもある。

 

 とはいえ、決闘をすっぽかされたというこの事態は。

 

「時臣──これはどういうことだ?」

「は。王よ──あの不埒者どもは、よりにもよって偉大なる王を謀ったものと考えられます」

 

「この我を呼びつけておいて……あまつさえこの有様か! 許されざる罪と知るがいい──時臣よ、奴らは今どこにいる!?」

「使い魔によれば、手隙となった我らの城が狙われたこともありません。おそらくは、アインツベルンの森に穴熊を決め込んでいるものかと」

 

「なるほど。ならば、我自らが手を下してくれる。あの不快な害虫め──」

「お待ちください!」

 

「なんだ?」

「今、使い魔が──これは!?」

 

 光景が様変わりしていた。いつもと変わらぬ光景から、汚濁に染まった教会へ。唐突すぎて意味が分からない。

 

「──馬鹿な」

 

 ありえないことだった。仮に、あのキャスターが一瞬で陣地を形成し、穢れた教会をつくる能力を持っているとしよう。

 だが、その能力は幾重にも張り巡らされた防御策によって阻まれるはずだった。仮にも5代にわたって継承されてきた土地だから、一次的に無効化されることはあるにせよ奪われるのはあり得ない。

 

「盗られたか」

「──王よ!」

 

 お待ちください、と言う前に静かに怒る英雄王の声が届く。

 

「陣地を形成したのなら、諸共に吹き飛ばすまで」

 

 そう。こんな状況になったらアーチャーはそうする。それは時臣も十分把握しているサーヴァントの性質だった。

 

「しかし、そこは!」

「黙らんか、時臣! 僕が主の決定に口を挟むか──貴様から罰をくれてやってもよいのだぞ!」

 

 冷たい目を向ける。──冷然と逆らえば殺すという意思を宿す目を。

 

「ぐ──ならば、せめてお気を付けを。奴はあり得ないことを成し遂げたキャスター。それが今……冬木最大の霊地を陣地としている。本当に何をしてきてもおかしくないのです」

 

 一瞬で計算……というか、止めるのは無理だと悟った時臣はこうする他ない。まあ、ここで何か策を思いつかなければ戦争屋などと肩を並べることはできないが、時臣が非凡であるのは商才である。戦略は練れても戦術を考案する能力はない。

 

「気に留めておこう。貴様はここで待っておれ」

 

 そう言って、暴走するサーヴァントは飛行宝具で飛んで行った。

 

 

 

「──導師よ、これでよかったのですか?」

 

 沈痛な面持ちで綺礼が問いかけた。少なくとも、師を敬いながらも心配する顔のお手本と呼べる表情ではある。

 

「聖杯戦争に臨むのだ。城が更地にされることも覚悟していた。まさか、こんな短時間でどうにかされるとは思わなかったが、それを除けばあくまで予想の範囲内だ」

 

 気取った表情で言う。「常に余裕をもって優雅たれ」との精神だろう。慌てない、というのは一見戦闘の際に必須に思えるが、実は行動力を奪っている。即行動、と言うふうには中々いかない。

 ──罠に嵌められた時ですらも“考えて”しまう。まあ、そうそう利点しかないやり方など存在するわけがない。痛し痒しはしょうがない。

 

「ならば、アーチャーによる独断専行はどうなのですか? そもそも、我らは終盤まで隠れ潜む手筈でした」

 

「そして、聖杯戦争の局面が思うように動かなかった場合、矢面に立たせるのはセイバーだったな」

 

 ちら、と本人だけは不信を隠せているかのような表情でそっぽを向いているのを見やって苦笑する。

 

「ええ。だから今回も、セイバーを先行させるべきなのでは?」

「もう遅いよ。今から行かせても援護しかできまい」

 

「では、どうしますか? 現在はキャスター以外にばれていませんが、奴相手に共同戦線を張れば他の連中にも私たちの関係を公開するようなものですが──試す価値は十分あるかと」

「いや、いいよ。今回はアーチャーに任せることにしよう。彼は最強のサーヴァントだ」

 

 気取っている。その選択が後手後手に回っていることなど気づかず、冷静に状況を判断したつもりになっている。ようするに、慢心しているのだ。彼の主であり従者であるサーヴァントと同じように。

 

「了解しました。では、いくつか隠れ家を用意してありますのでそちらへ」

 

 対して、こちらは問題点を把握しながらも口には出さない。これは不忠ゆえのことではなく、いや綺礼に忠誠なんてものがあるかは誰にもわからないが、別に嫌がらせの類ではない。こういう時は、素直に上官に従っておくものという常識通りに行動しているだけだ。

 

 遠坂時臣は“生き残る”と言うことに関してインセンティブが欠けている。これは単に日本的な危機意識の欠如によるものであって、本当に自分がサーヴァントに狙われるということを想像していない。それを実感するのはサーヴァントなしでサーヴァントに向き合った時だろう。

 

 対して言峰綺礼はその生存意欲のなさゆえにインセンティブに欠けることがある。これは、時臣よりもひどく病んでいる。周りを巻き込んで破滅しようが歯牙にもかけない。己の命を大切に思わない者が他人の命を大切に思うわけがないのだ。だから──時臣が窮地に陥れば命を懸けて助ける。死んだら冷静に父に報告する。そんなことが両立できてしまう。

 

 おそらく、時臣はせめて綺礼のこの性質だけでも把握しておかなければ、戦争の渦中に銃火に斃れるのみだろう。

 

「うむ。ありがとう、綺礼。苦労を掛けるね」

 

 今のところ、彼は綺礼のことを実直で勤勉な素晴らしい弟子だとだけ思っている。それは彼の背景を考えれば十分異常なのに、それに気づこうともしていない。

 

「いえ──」

 

 そして綺礼は自分が何を感じているかもわからないままに、子供のように純粋に問いを投げかける。子供のような純粋さが大人にあることを狂気と呼ぶのに。

 

 

 

 そして、場所は遠坂邸へと移る

 

「オン・コロコロ。センダリマトウギソワカ──」

 

 理につながれた暴悪の邪龍が解き放たれ、身をくねらせて悶えながら。

 

「六算祓エヤ滅・滅・滅・滅・亡・亡・亡ォォォ!」

 

 ここに、その狂気を撒き散らしつつ動き出す。

 

「かーごめかーごめ」

 

 そこにはもはや城など存在せず。

 

「かーごのなーかのとーりーは」

 

 あるのはただ毒にまみれた荒廃し、平らにならされた大地。

 

「いーつ」

 

 紅い雲が浮かび、黒い放射能が辺りを漂う。

 

「いーつ」

 

 ここは聖地。

 

「でーあーう」

 

 堕ちた聖地。

 

「よーあーけーのーばーんーにー」

 

 天上には紅い月。

 

「つーるとかーめがすーべった」

 

 毒の嵐が生けとし生けるものすべての生存を許さない。

 

「うしろのしょうめんだーあれ」

 

 全てが壊れた世界で、龍神は更なる大破壊をもたらす。

 

 

 

 そんな“異界”へと黄金の輝きを放つモノが到着する。アーチャーは確かに目撃した。

 

 席乱渦巻く鉛の空が盾にぱっくりと割れていく。そのスリットはぬめぬめと照り光り、まるで女陰めいた卑猥さを醸しながら開かれ、固定し、下界を見下ろしていた。

 

「目……だと……?」

 

 宙に描かれ出現した、巨大極まりない怪物の瞳。その威容から撒き散らされる波動は病み爛れて膿み、腐臭を放ち、あれが祟りと呪いに満ちたモノだと告げている。

 

「貴様──頭が高い! 天に仰ぎ見るべき我を差し置き、空に居座るとは何事か──! 恥を知れ、穢れた龍神がァ!」

 

 その怒声へと返される暴虐は、鉈でも振り下ろしたかのような血まみれの哄笑から始まった。

 

「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」

 

「きゃァァきゃっきゃっきゃきゃァァァ──!」

 

 空から隕石のごとく降ってきたのは、優に百を超えるだろう腐敗した腕だった。そのどれもが車を鷲掴みにできるほどの巨大さで、青黒く変色した肌は激突と同時にひしゃげると、粘った悪臭を共に飛び散らす。

 

 凄惨、反吐を催す光景だった。なぜならたったそれだけで、防御のため展開した英雄王の宝具を50は汚し尽されてしまったのだから。

 

「おのれ……! おのれおのれおのれェェ。そのような汚らわしいモノを我が宝物に触れるか、龍神。増長したな──化け物に堕ちた畜生風情が!」

 

 しかし、流石に英雄王は格が違った。叩き落とされた巨腕を真っ向から受け止め、押し返し、激昂とともに咆哮する。

 

「捻りつぶしてやるぞ、貴様も、キャスターも──」

 

「跪けェい、雑種ゥゥッ!」

 

 そのとき、天の空亡に放たれたのは紛れもなく神代の宝具だった。並の英雄では見る事さえ叶わない──しかも、それは邪悪を祓う力を持っている。

 

 全身全霊、遊びなし。英雄王の本気を最大出力で叩き込んだ必殺だ。爆轟する破壊の力による反作用で、射出された場所の後方がクレーターのごとく削り取られる。

 

「旨そげな夢をくれろ」

 

「その蔵をわいにくたしゃんせ」

 

 だが、空亡にはまったくなんの効果もなかった。一度だけ瞳の周囲が揺らいだかのように見えた後……

 

「滅・滅・滅・滅」

 

「亡・亡・亡ォォォ!」

 

 英雄王が放ったその力を、何倍にもして送り返した。

 

「ぐおおおおおォォッ!」

 

 天上の聖杯めいた黄金に罅が刻まれる。英雄王の美しい肌が潰れて血に染まる。捩れ、ひしゃげて千切られて、ボロ屑さながらに踏みにじられた。

 

 もしも並の英雄があれを受けていたら、10回は殺されたに違いない。

 

「ぐっ、ォ……おおォ」

 

 そんな暴威に直撃されて、なお生きているというのは幸か不幸か。いいや、確実に不幸だろう。

 

 英雄王の所有者を回復させる宝具が、己に斃れることを許さない。どんな生物であれ死は免れないほどの圧潰を受けながらも、まだ意識を保っている。そして復元が始まっている。

 

 たちどころに怪我を癒す滴を口にしても、その回復は目に見えて緩慢だった。負傷の規模がでかすぎるのか、加害者の質に関係することなのか。英雄王の所有する蔵の広大さを考えたならば、明らかに後者だろう。

 

「痛い? 痛いィ? 苦しい? 悲しいィ?」

 

「辛い? 悔しいィ?」

 

「愛しい? 憎いィ?」

 

「痛い痛い痛い痛いィィィ──キャァァァァァ、ぎゃぎゃぎゃはァ──!」

 

 そして再度落ちてくる腐乱した巨腕の嵐。否、それだけじゃない。

 

 大百足が、山犬が、白骨化した馬が大蛇が──次から次へと火砕流のように、英雄王めがけて連続する。

 

 辺りは地獄絵図と化した。巨腕は味方であるはずの百鬼夜行ですら躊躇なく握り潰しているからだ。

 

 英雄・化け物・人間。三すくみのその括りに空亡だけは当てはまらない。

 

 これは天災──ただ並外れた暴悪で、人知の及ばぬ何かなのだ。

 

「まん・まんぜろく。まんざらく」

 

「四方のヒクミを結ぶトコロは、気枯地にてミソギに不良はず(ふさはず)

 

 揺れ動く大地が描く破壊の波形。規則正しい鼓動を刻み、一秒ごとにより大きな魔震へと変貌を遂げていく。

 

「──ふ。よもや──我が全力を出させられるとはな。不敬もそこまでくれば面白い」

 

 呼応するように、英雄王の蔵の門も大きく開け放たれる。

 

 

 

 両者のエネルギーは宙でぶつかり、減じられて地上に届くエネルギーは1割に満たぬというのに大地が割れていく。

 

 それは正しく世界の崩壊である。

 




キャスターが使えるロッズフロムゴッドは一基だけです。ゲームの銃みたく出し入れすれば装弾数が回復します。そして、キャスター組が把握する限り、空亡が使える条件を満たす場所は遠坂邸のみです。

この時点で日本に大災害が起きているように見えますが、創界で世界を閉じているために現実世界に影響はありません。これも条件を満たすために必要な処置なので、空亡が日本沈没を起こすというのは甘粕が聖杯を手にしさえしなければありえないことです。
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