Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第11話 ジル・ド・レェ

 

「──」

 

 彼女は憤っていた。

 

「なぜ……このようなことになった──」

 

 聖杯を求めて聖杯戦争に参加するはずだった。騎士の誇りとともに戦場をかけ、自らの──そして主の望みを叶えるのが願いだった。

 

「けれど──」

 

 現実は違う。いや、そもそも彼女は聖杯は一つという現実を受け入れられてなどいないのだが──もう一つの現実は受け入れられないことを自覚している。

 

 マスターには聖杯戦争を勝ち抜く意思がない。

 

 それは一目瞭然だ。なぜなら、このマスターは遠坂に忠誠を誓っているのだから。遠坂時臣の臣下であるというのだ──聖杯戦争に選ばれたマスターであるにもかかわらず。

 なんだそれは──! 聖杯は望みを持つ者に令呪を与えるのではないのか。これはとんだ詐欺だと、内心で臍を噛む。

 

「──ち」

 

 不満はある。現状を覆したいという気持ちもある。しかし、何をしていいのかわからない。マスターを殺すなど思いもよらなかった。

 

 彼に聖杯を捧げると誓ったのだから、その誓いを自分で裏切るわけにはいかない。だが誓いは聖杯を求める者同士と言う前提があったからこそで、その前提が崩れる以上はそんな誓いに意味はないはずなのだけど。それでも彼女は少女のように震えるしかできない。

 

 なぜなら、彼女はそういうモノだから。

 理想を投影され、自ら望んで民の(傀儡)となった。理想的な騎士ならかくあるべし。理想的な王ならこのように合理的に行動する。彼女ができるのはそうあることだけだ。

 

 ゆえ──騎士の道から外れ、王の合理で判断できない事態には震えることしかできない。彼女はアーサー王。アルトリアという個人を捨て去った空っぽの器に人々の理想(空想)を詰め込んだ身には、自分と言う概念が欠けている。自分のために主殺しをするという発想がない。

 

 かつてもそうであった。臣下に裏切られ、王妃を寝取られても粛清など考えられなかった。欲望や自尊といった当然あるべき自分のために抱く感情に従って動くということを知らないのだ。

 

 この時とて同じである。なにかが変わってくれることを期待して何もしない、それだけしかできなかった。

 

 

 

 

「──」

「──」

 

 マスターと時臣が話している。その言葉は耳に入らない。どうでもいいとさえ思う。どうせ、自分のマスターは聖杯をとる気などないのだ。だから、マスターの身こそ守るものの命令には消極的になる。

 

 まあ、自分が入用になったら向こうから声をかけるだろうと物思いに沈みかけ──気付いた。

 

「マスター。時臣殿」

「なにかね? セイバー」

 

「近くに敵がいます。おそらくはアサシン」

 

 だらん、と不可視の剣を下げた状態で警戒して──どことなくやる気のない趣だが、二人をかばうように立つ。

 

「──出てくるがいい。所在が見破られた暗殺者などは花のごとく散るのが定め。私が引導をくれてやろう。それとも、逃げるか? 別にどちらでも構わんがな」

 

 呼びかけても答えは返ってこない。内心で面倒くさく思いながらも、己が騎士であるという誓いのために手を抜けない。

 

「お迎えに上がりました。聖処女よ」

 

 アサソン──着膨れしているのか妙に丸っこいマントを羽織った変に目のでかい男がうやうやしく跪づいた。

 

「お前の知り合いか? セイバー」

「いえ、知りません」

 

 ちぐはぐな主従のそっけない問答。アサシンは天を仰ぎ、大げさに絶望らしき真似をして見せて──

 

「ご無体な。この顔をお忘れになったと仰せですか?」

「知るも何も貴公とは初対面だ。人違いではないのか?」

 

「ああああ──私です。ジル・ド・レェにてございます。あなたの復活だけを祈願し、あなたと巡り合う奇跡だけを待ち望み、こうして時の果てにまで馳せ参じてきたのですぞ──ジャンヌ!」

「ほう? お前の名前がジャンヌであったとはな、セイバー」

 

 無表情でからかいらしきものをする綺礼。セイバーとしてはむしろ何を考えているのかわからないその顔こそが不気味だ。

 

「からかうのはよしていただきたい、マスター。私の真名はすでに授けたはずだ」

 

 ふぅ、とため息をついて。

 

「私は貴殿など知らぬし、そのジャンヌなどと言う名にも心当たりはない」

 

 だから消えろよ。これ以上わけのわからぬことに私をかかずらせるな──と、いらつく。

 

「──そんな。まさかお忘れなのですか? 生前のご自身を……」

 

 やはり、彼の動作は仰々しい。それがセイバーの癇に障る。

 

「貴公が自ら名乗りを上げた以上、私もまた騎士の礼にのっとって真名を告げよう。──我が名はアルトリア。ユーサー・ペンドラゴンの嫡子たる、ブリテンの王だ。此度はセイバーのクラスを得て現界した」

 

 礼、などと言っているが、吐き捨てるように言った。目線を合わせすらしない──汚らしくてたまらないとでも言うかのように。

 

「おお──なんといたわしい。なんと嘆かわしい。記憶を失い、挙句錯乱してしまうとは──おおお──おのれェ──ッ! 神はなんと残酷な仕打ちを──ッ!」

 

 激昂して地面を叩き始めた。まるで駄々っ子だ。

 

「いい加減にしろ。目障りだ」

 

 そんな子供じみた癇癪にセイバーは目を吊り上げ、剣を上げた。

 

「目覚めるのです。もはや御自身をセイバーなどと名乗りなさるな。聖杯戦争はすでに決着している。何人と競い争うまでもなく、聖杯はすでにこのジル・ド・レェが握っているのです。なぜならば──我が願望、聖処女ジャンヌ・ダルクの復活がここに果されているのだから──ッ!」

 

 一閃。無造作に首を狙った。

 

「──は?」

 

 ぽかん、とした顔。自分の死すら理解できない──いや。

 

「……魔術、か?」

 

 少し、感触がおかしかった。なんらかの魔術的防御だろうとアタリをつける。だが、この身はセイバーゆえに敵が魔術を使うとわかれば恐れることはない。そもそも、ランクの低い魔術ならば何もしなくても無効化できる。

 

「そこまで心を閉ざしておいでか、ジャンヌ。それなりの荒療治が必要とあらば、次は相応の準備を整えてまいりましょう」

 

 戯言など聞く耳持たない。脳天に狙い定めて、一撃で殺そうと気を溜める。

 

「誓いますぞ、ジャンヌ。必ずや、あなたの魂を神の呪いから解放して差し上げましょう」

 

 恭しく一礼して消えた。アサシンのクラスを得ているのだから、一度消えた後に見つけるのは不可能に近い。

 

「──チ」

 

 舌打ちした。正直、見くびっていたことは否定できない。破れかぶれになっていて、どうにでもなってしまえという気持ちがあったことも事実だろう。ああ、こいつが慢心か。などと思って自嘲する。

 

 別にマスターに対して罪悪感を抱いたわけではない。そもそも師に聖杯を渡そうとしているのだから、頑張るのは師の方のサーヴァントだろうと思っている。もっとも、アレががんばるような性格をしていないのは重々承知だが、それは勝手にやっていろとしか思えない。

 

 だが、それで敵をみすみす取り逃がしたという事実は消えはしない。疑念や、相手を侮るなどと言う騎士にあるまじき行為をした後悔などが地獄の窯のようにに立っている。

 

 ふと、小さな水たまりを見つけた。それに映る自分の顔は仏頂面をしていた。

 

「──次は、あの賊の首を討ち取って見せましょう。マスター」

 

「好きにしろ」

 

 己がマスターはどうでもよさげであった。

 




セイバーさんの悩みはマスターが変わっても尽きることはありません。

ところで龍神編は章を分けてもいいくらいに長くなりそうです。……章つけてませんが。必要でしょうか?
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