Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
「俺の真名は英霊エミヤ。あの堕ちた龍神をどうにかするために呼ばれた始末屋だよ。より正確に言うなら単に病巣を切除しにきただけなのだがね」
現れた紅い弓兵は不遜にも言い切った。
「しかし──まあ、この体たらくとは不甲斐ない……などとは言わんよ。魔術師に縛られたサーヴァントの実力がこれなのであって、座に居る本物はこの程度では済まないのだろうからね」
す、と二騎の様子を流し見て放言した。
「──雑種。いきなり現れて、どういうつもりか?」
侮られている、というのはそういう視線に敏感な彼でなくても分かる。そもそも言い方が癪に障る。
皮肉屋など、常の彼であればさっさと切り捨ててしまってもおかしくはない。それをしないのは……単純にできないから以外の理由はない。できるのならやっていた。
「見たところ、貴様はアーチャーか? だが──」
そして、セイバーは不快に思うよりもまず警戒を。しかし、6つ巴に参加しなかったアサシンはついさっき会ったばかりだ。聖杯戦争は7騎でもって行われる。であれば、まごうことなく英霊である彼は何だという──ッ!?
「ああ、聖杯戦争に招かれればアーチャーのクラスで呼ばれるかもしれんがね。生憎、この身は魔術師に縛られてはおらん。もっと薄情で、そして意地汚い愚かものに縛られている」
皮肉に満ちた言い分。しかして、彼の身体は極上の魔力で紡がれている。それこそ清廉な世界の理のような──はたまた雑多な意志が飽き果てるほどに混ざり合った混沌のような。
「──なんだと? いや、この魔力……貴様は」
守護者か。セイバー自身はそう“なる”ことを確約されているとはいえ、未だそれには堕ちていない。英雄王はそもそもそんなものにはなろうはずがない。人類を守る理より使わされる兵──彼が。
「わかったなら早々に引くがいい、英雄王に騎士王よ。本来ならばその場にいたものを全員殺し尽すのが常だが、相手がアレであれば取りこぼしの一つや二つは出るのは仕方ない」
「貴様、私を侮るか」
セイバーが剣を構える。だがその動きは精彩を欠いている。まがりなりにもきちんと動けるようになるまでもう少しの時間が要る。
「侮ってなどおらんよ。正当なる評価と言う奴だ。それとも、その聖剣を使ってみるかね? 一体何発使えるのやら。見たところ、2度が限界ではないかね? いや、3度ならばあるいはその身を犠牲にすれば使えるかもな」
皮肉気な笑みがさらに深まる。──ウザったいことこの上ない。
「ならば、貴様はどうなのだ」
「守護者として呼ばれてきたのだ。制限などない──全力だ」
ニィ、と笑って見せた。自信満々と言った様子。あの龍神を前にこんな態度を取れるのだから大物には違いない。もしくは──とんでもない馬鹿か。
「雑種が──いつまで我を無視する気か。この世全ての財を保有する我の価値を寸毫ほども理解できんとは──万死に値する!」
英雄王がキレた。蔵はいつでも開けられる状態である。もっとも、魔力源たる時臣はすでに死にそうだ。まあ、非常用の宝石を用意してあるから死ぬことはあるまい。……こうなる前に発動するよう設定すべきだったのだが。ちなみに設定ミスは遠坂家特有のうっかりである。
「吠えたな、英雄王。その体で戦うならば、決死の覚悟を持って臨むことだ。──武器の貯蔵は十分か?」
「は──貴様ごときに決死など、片腹痛……」
ただ、英雄王には使える魔力が少なかろうと関係なく偉そうである。英雄王が嘲り、エミヤは華麗にスルーした。
「さて、おしゃべりは終わりだ。本震が来るぞ──アレに呑まれれば英霊とてひとたまりもない。等しく轢き潰され肉片となるだけだ」
紅い空を見つめる。まるで、そこに龍神が復活することが分かっているように。実際、わかっているのだろう。
龍神とは地脈の化身であり、守護者は霞から力を得られるわけもなく同じく龍脈から魔力を拝借する身。ならば、借り受ける先が異なっていても多少通じ合っていてもおかしくはない。
「なら、どうするというのだ、守護者」
「なに。全力で来られれば抗えない──ならば、全力を出せない状況を作ってやるだけのこと」
その言葉にセイバーがふと疑問を抱く。
「貴様、魔術師か?」
ふ、と笑い──
『──────
『
『
『
『
『
『
『
呪文を唱えた。
『
そして、荒野に突き立つ無限の刀剣が現れた。
「──これは、固有結界か!?」
荒野、という点では同じだが性質が違う。龍神の荒野は何もない世界に
どちらも極端なまでに負の方向性に偏っているが、責を己に求めるか他者に向けるかという決定的な違いがある。
──もっとも、どちらも等しく間違っているという点では同じこと。
「エミヤ。──あなたは」
自らの生涯を意味のないものと捉えているのか、とは口に出せなかった。なぜなら、彼女は自分の生をそう感じている。やり直しを願うとはそういうことだ。
「──贋作か。気に入らん」
アーチャーはただ自らの美感に沿わんと不快げに眉をひそめる。両者の対応は正反対のもので──
「オン・コロコロ。センダリマトウギソワカ──」
「六算祓エヤ滅・滅・滅・滅・亡・亡・亡ォォォッ!」
自らの世界を食いつぶそうとするエミヤを龍神の怒りが襲う。
「──ふ。お怒りか、龍神よ。だがな、現代に神は要らない。さっさと消えていただこうか」
龍神に魔力を供給するこの結界は固有結界に似たものだ。無色の固有結界──何も反映されておらず、ただそこにあるだけの固有結界。魔力を地脈から奪う原理はナイフで切り裂いて吹き出る血液をすするのと変わりはない。
そして、固有結界は現世を侵すという性質を持っている。固有結界が同時に発現した場合、喰らい合う結果となる。つまりは世界と世界が押し合うパワーゲーム。
「で、どうするね。騎士王に英雄王よ。こいつを倒すのは俺の役目だが、君たちの勝手まで止められるほど、この固有結界は甘くない。気を抜くと押しつぶされてしまいそうでね。正直、君たちの相手まではできそうにない。逃げるなら、とっとと逃げてもらえるとありがたい」
新しい世界が生まれ、先に創生された世界を互いに押しつぶそうとうなりをあげる。二分さていようとも、龍神の魔震はエミヤの世界を揺るがすし、エミヤの剣は龍神が依って立つ世界を切り裂く。
「ならば、あなたの義務を果たすと良い。私は私の騎士の道を貫き通すだけだ」
「──は。フェイカーの言うことなど耳に入らんわ」
二騎は弓兵の前に出る。貴様こそ引っ込んでろと言いたげに。
「そうか。では騎士王よ、一つだけ言わせてもらうならばすでにあちら側の世界は魔境。こちらの世界がどうとかいう話ではなく、単純に向こうへ行けば英霊であろうとも命がもたないという話だ。もし君が飛んで行けるのならば、龍神の元まではその命だけは保つかもしれんがね」
「では、ここから討つまでだ」
「やってみるがいい。騎士王」
龍神が咆哮する。
ここに、サーヴァント二騎と守護者一個の奇妙な共闘が幕を開けた。
──世界の裏で大笑している偉丈夫がいる。ああ、お前らはなんとすばらしいのだと賛辞を送っている。その男は甘粕正彦。龍神を召喚した張本人である。
そして、この事態は完全に彼の独断である。当然だ──マスターが知っていたのなら、今頃時臣は頭を撃ち抜かれている。先に令呪でキャスターに自死を命じていたかもしれないが。
「おお──英霊エミヤよ。人類の守護者たるお前は、今──輝いている! 素晴らしい。人を助ける──そうだ。善行を施すなど、人間にしかできまいよ。ああ、俺の愛する輝きよ。いつまでも世界に尽きることがないよう俺はいつも願っている」
彼がこんなことをした理由は単純明快。魔王たる原理に従ったのみ。つまり、勇者に試練を課した。騎士王には試練を課すのに不足など何一つない。まあ、英雄王の方はどうだかわからないが、甘粕は大満足している。
彼にとってはどうでもいいことだろうが、ここまでやらかしていてもほとんど魔力は消費していない。消費しているのは無色の固有結界を維持する魔力のみ。まあ、宝具なしで全力戦闘するのと変わらない程度の消費だ。
それは一重に龍神が龍脈から魔力を得て、それで自立稼働しているためだ。甘粕は空亡を操っていない。それは常日頃からそうであるだけだが、魔力消費をできるだけ抑えるという聖杯戦争の常道に適った戦法でもある。
更に付け加えるなら、彼が身を隠すのも単純に魔王としての嗜みだ。
けれど、実際問題彼が空亡の近くに居て生き残れる可能性は低い。というか、9分9厘死ぬだろう。
けれど、甘粕は自分が死なないと信じているから、ノリ次第では顔を出す。そういうバカなところが甘粕で、だからこそ守護者まで出張るような状況をつくってしまった。
そんな──何をしでかすかわからない大馬鹿者が笑っている。楽しそうに。
犠牲を払って、禍津を祓え。出し惜しみをすれば木端微塵となるのみ。真価を見せろ、魅せろよ英雄。と甘粕正彦は期待する。これ以上の輝きを見せろ。お前たちならできる。絶対できる。だから空亡よ、震えよ、どこまでも──
「さあ輝け。賛歌を謳え。俺はお前たちが愛しくて愛しくてたまらない」
龍の咆哮が響く中、普遍無意識の海すら揺るがす彼の高笑いが響き渡った。
エミヤが原作よりも嫌な奴になっている……! 私のせいですごめんなさい。