Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第17話 魔術師の絶望と神父の懊悩

 

「セイバー、事の次第を報告しろ」

 

 セイバーは遠坂時臣と言峰綺礼の元へ帰っていた。いや、本拠地はあの戦いの場なのだが。

 そちらは完全破壊されたため、今の居場所はただの路地裏に人払いの結界を施しただけの借宿とも呼べない場所である。

 

「それよりも彼は?」

 

 ちらりとスーツ姿の男をちらりと見る。彼は吐しゃ物やごみなどで薄汚れた地面の上でそれすら気にならない様子で悶え苦しんでいる。

 

「時臣師はアーチャーにより魔力を失って苦しんでいる。彼はどこにいる?」

 

 これでもだいぶマシになったのだ。今は魔力を吸われていない。済まれているときはこんなものでは済まない地獄だった。

 

「私は知りません。それは、視覚を共有しているので聞かずともわかることでは?」

 

 にべもない。セイバーは聖杯戦争を勝ち抜く気のないマスターに憤懣を抱いている。それをこうして態度に表わすところが何とも子供らしいが──彼女の姿は可憐な少女だ。ある意味で似あっている。

 

「見るだけではわからんこともある」

「では、聴覚も共有しておけばよかったでしょうに」

 

「視覚はともかく、聴覚を共有すると勘が狂う。こんな場所では目よりも耳が頼りだ」

「代行者──でしたか。あなたは人間としては規格外なほどのすさまじい練度を持っているようですね。それなのに……」

 

 代行者とは化け物を殲滅するキリスト教徒の実戦部隊……だったか、とおぼろげな知識で確認した。まあ、勝ち抜くための布石とはならないだろう。どうせ──勝つ気がないのだから。

 

「それなのに、なんだね?」

「なんでもありません。では、報告します。遠坂邸にて固有結界を展開したキャスターと遭遇、アーチャーが彼の宝具ごと固有結界を壊して帰還しました」

 

 とんでもない省略の仕方をする。エミヤのことについては隠しているも同然だが、これは別に反逆ではない。勝ち抜く気がないなら、別に正確な情報など要らんだろう──単に拗ねているだけだった。

 

「キャスターは?」

「奴の姿は見えませんでした。おそらく、そのまま逃亡したものかと」

 

 その声には棘が含まれている。正々堂々と戦わず、姿も見せなかった奴は卑怯者だと彼を責めている。戦えなかったのは別に私が悪いわけじゃない、などという思いも口をとがらせる。

 

「では、倒せてはいないのか?」

「はい。キャスターだけあって隠れるのも得手だったようです」

 

「ふむ。──いつまでもここに居てもしょうがない、か。遠坂邸に帰還した方がいいか……?」

「屋敷に罠が仕掛けられているかもしれません。先に行って調べてきましょう」

 

「──いや、それは我々が着いてからでいい。今は周りを警戒していろ、時臣師がある程度回復するまではここにいる」

「了解しました。では警戒を」

 

 そっぽを向いて、不可視の剣に手を置く。臨戦態勢だ。まあ、この場合敵が襲ってくるのがどこからかわからないから、わざわざ綺礼たちと逆方向を向く意味はないのだが。その辺の心の動きは本人にもわかっていない。

 

 そして、自らの心の動きが分からないのはそのマスターも同じ。自分の心についての無知と言うなら、何も知らないという点でこの主従は似た者同士なのだろう。

 

「──」

 

 主に対する疑念と言う不可解な感情を抱えるセイバーと同じように、綺礼もまた悶え苦しむ師匠を見てわけのわからぬ感情を抱えていた。

 

(──これはなんだ?)

 

 ついぞ体験したことのない心の動きだった。この場合、思うのは憐憫かアーチャーへの恨みだろう。目端が利いたら将来への不安を想うかもしれない。なにせ、サーヴァントはまだ誰ひとり脱落していない。なのに、こうして時臣は周囲を警戒できないほどに衰弱している。

 

(しかし、そのどれもが違う。このどろどろとした感情はそんなものではない)

 

 先ほどまでは警戒をしていたためにあまり自分の心には向き合えなかった。向き合わずに済んだ。だが、その役をサーヴァントに渡したことで考える余裕ができてしまった。

 

(私は、何を考えている?)

 

 どんな感情を持っているのか自分ではわからない。けれど、わかることもある。それは感情ではなく──どうしたいか。そう、それだけはわかる。

 

(もっと見ていたい。目を離したくない。──ああ)

 

 自分は何を考えているのだろう。見ていたいというのはわが師が苦しむところをか? そんな馬鹿な。別に自分に時臣師を恨む筋合いなどないのだ。よい師だと思っているし、いびられた記憶などない。

 

 ──待てよ。恨む筋合いと言うのなら、異端である魔術を学ぶことを強要されたことか。ああ、確かにそれは恨むには十分な理由かもしれない。

 だが、そんな風に冷静に分析している時点で別にそれを不満には思っていないということになる。そもそも、本当に嫌なら唯々諾々と従いはしない。

 

 いやいやいや。それはどういうことだ? まさか、偉大なる父の教えを受けておいて、私には信仰心と言うものが欠片もないのか? 代行者として想像を絶する鍛錬の果てに、地獄のような戦場で異端を討ち取ってきたその信仰は嘘偽りか?

 

 ──それは苦しかったのだろうか。確かに痛かった、人から見ればみじめとしか言いようのない境遇で、狂っているとしか思えないほどに鍛錬することを強制された。

 だが、苦しいなどと思ったか? 本当に、私はあの状況を抜け出したいと思っていたのか。思っていたはず、と思うのは容易い。

 なぜなら、そこにいた者たちは教官たちを殺しても足りないほどに憎んでいた。恨んでいた。殺そうとしていた。そして、そこから抜け出すことを飽き果てぬほどに渇望していた。

 

 ……そこにいた者たち? 仲間、と思うのではないのか普通。共に訓練をしたのだから、そう思ってもよさそうだ。そう思えないのは──彼らが信仰心の身を唯一のよりどころとして、それだけで心を保っていたからか? 

 

 答えは否。私は、あの状況にさえ適応していた。

 

 彼らが信仰を糧としてあの地獄を生き残った様に、私は彼らの苦しみを糧に生き残ったのか。──それでは、まるで悪魔ではないか。人の苦しみを糧にするなど、汚らわしい行為だ。許されない。

 そんな汚らわしい人物が自分であるなどとは認めたくない。

 

(──認めたくはない。だが、しかし……目が離せない。ああ、なぜ私は今この瞬間も師の苦しみを目に焼き付けているのだろう)

 

 ふと、セイバーのことが気になった。目撃者の視線を気にするのは完全に犯罪者の思考だが、そこまで考える余裕はない。

 

 気付かれないように様子を伺った。

 

 まず、こちらがセイバーを気にしているのは気付いていないようだ。あくまで周囲を警戒している。あまり搦め手を使われたことがないのだな、と苦笑するが考えてみれば死徒と戦闘する機会など騎士王にあるはずがない。

 彼らを相手に安全地帯などあるはずがない。正々堂々など、彼らにとっては異界の理でしかなかろう。生きている時臣師の腹を食い破って現れることも考えられる。そして、それすら生易しいと言わざるを得ないのが死徒である。

 

 一瞬、考えた。“それ”を見ればどれほど痛快なのだろうと思ってしまい、自己嫌悪する。ああ、やはり私は浅ましい異端であるのか、と。そして、その後悔よりももしかしたら時臣師の苦しみよりも、セイバーの視線が気になった。

 

 セイバーがこちらを見て、ビクリと身をすくませそうになるが、代行者時代の肉体操作の感覚を思い出して何とか表には出さずにはすんだ。

 もちろん、それが犯行現場を見られた犯人と同じ心の動きであることまでは気付けない。

 

「いつまでもここに居ては危険です。時臣殿の様子も多少は落ち着いてきましたし、移動してはどうでしょう」

 

 どこまで知られた──ッ!? 消すか? などと思考が流れ、彼女は別にそう理解したわけではないことを悟り、慌てて弁解を口にする。

 

「……そうだな。それが正しいかもしれない」

「……? とにかく、移動しましょう。あてはありますか?」

 

 様子がおかしいのを悟ったようだが、何こいつは妻の不貞に気付きもしなかったやつだ。別に気付かれることはない──そう思って、やっと不敵にふるまうことができるようになった。

 

「遠坂邸に行こう」

「よろしいのですか? 私を先行させないとのことでしたが、それでは罠が仕掛けられていた場合、そこの彼は完全に足手まといとなりますが」

 

「──君には対処できないかね?」

「いいえ。問題ありません。罠があってもかまわないというなら、お好きにどうぞ」

 

「では、行くか──」

 

 時臣師を背負う。キャスターならば何かをやってくれていることだろう。それは、サーヴァントの目を通してもわかりやすすぎるほどにわかる。あいつは危険人物だ──それも超弩級の。

 

 だからこそ、あいつがしでかした何かを見て──時臣師がどういう顔をするのか楽しみだった。

 そして、そんな己を見下す自分も確かにいた。どこまで堕ちる気だ、貴様(自分)。お前は今まで信仰を胸に抱く殉教者ではなかったのか? あの父に恥ずかしくないようにと自分を磨いていたのではなかったのか、と。

 

 ──時臣師の絶望が見れるのが楽しみだという想いと同時に、どうかそんなことにはならないでくれと真摯に願う気持ちもまたあった。

 

 そして、そんな純粋な願いは──あっけなく冷たい現実に裏切られた。

 

「──はは」

 

 時臣がスーツ姿にかまわず地べたに座り込んで頭を抱えたのだ。まあ、上等なスーツは既に反吐に塗れていたのだが。

 彼は唖然とした様子でぽかんと口を開け立つことすらできない。普段の彼を知っていたら笑いものにしそうなほど間抜けな姿である。

 

「時臣師」

 

 傍からは師をいつくしむように肩に手を置いた──が、誰にも見えないように隠したその顔は醜く歪んでいる。嗤っている。

 

「あはははははっははっはははははっははっははははははっははは──」

 

 そして、時臣は壊れたように笑いだす。そう、時臣にとっての全て(人生)が終わったのだ。

 

「──龍脈が、枯れた?」

 

 セイバーがいぶかしげに呟いた。

 時臣を壊したのはそのどうしようもない事実だった。今こそが長きにわたる遠坂の歴史が砕け散った瞬間なのだった。魔術師の歴史は土地とともにある。もはや冬木の管理者としての遠坂は終わったとしか言いようがない。

 

 砕け散った物を補修して、つなぎなおして別の土地で再出発することはできるかもしれない。けれど、それはもう遠い先祖から代々受け継いできた遠坂とはもう別なもので。具体的には遠坂が聖杯戦争にオーナーとして参加することはもうない。その権利は龍脈とともに永遠に失われた。

 

「ははははっはははっははははっははははははは──」

 

 それは魔術師として強烈な自負を持つ遠坂時臣にとっては乾いた笑いを上げることしかできない、現実を受け入れることのできないほどの衝撃だった。

 

 

 

「……セイバー」

 

 呟く綺礼の顔は誰にも見えない。位置を調整してセイバーには背を向けている。

 

「なんでしょう、マスター。罠の気配はありませんが。というより、魔力の枯渇以外は以前と変わったように見えませんね」

 

 もっとも──魔力の枯渇ほど重大なことなぞありえないのだが。

 

「それはどうでもいい。お前は、お前の生き方を否定されたらどうする?」

「否定──とは?」

 

「お前は王として人を導いてきたのだろう。だが、仮に──それと相反する性質が己にあったとしたら?」

「どういう意味です? 何を言いたいのかわかりませんね」

 

「無辜の民を殺すのが楽しくて仕方ない──などと、そんな浅ましく、王としてそれ以前に人として恥ずべき性質があると己に知ったとしたら、その時お前はどうすると聞いている。騎士王」

「ありえない例えで私を侮辱するのですか? ──そんな簡単な問いに、不快な例えなど出されてはたまらない」

 

「ほう? お前はこれを簡単な問題だというのかね?」

 

 取るに足らぬ下らないことと一笑にふすのか。ガキにでもわかるようなことと、私の抱いた疑問を嗤うのか。……セイバーッ!

 

「そんなことは関係がないでしょう」

 

 見下すような視線で見ている。言葉も投げやりだ。だからこそ、嘘偽りなんてない。簡単すぎて騙す意味もない──などと思っている顔だ。

 

「何がだ? 何が関係ないと言う? 簡単なことだというなら答えて見せろ、サーヴァント」

「自分がどう思うかなど、別に関係がないでしょう。無辜の民を殺すのが楽しい? ああ、それで? それが楽しかろうが、それは別にそうする理由にはならないでしょう。騎士として正しく行動する。ならば、自分がどう思うかなど関係ないはずだ。──違いますか?」

 

 当たり前のように、異端極まる答えを返した。

 

「──なん……だと? では、セイバー。それは──そんな答えが……だが、もし──もしも、それが正しいなどと言うことがあれば──」

「マスター? どうしましたか。別に驚かせようと思って言ったわけでもなかったのですが」

 

「お前は悪魔的な性質を持とうと、正しい行動さえしていればそれでいいと? 正しいことに嫌悪しか覚えなくても、正しいことさえしていればそれでいいのか? 何を想うか、そんなものに意味などないと? 正しい行動……それ以外はどうでもいい──と? 自分の想いさえ。悪魔的な性も、しょせんは理由の一つにしかすぎなくて、行動だけがそいつの正しさを証明するのか」

「ええ。王は正しい行動を取らなければならない。そこに、個人の感情を挟むなどあってはならない。あなたも、もし大望を持ったのであれば己の感情など気にするような余裕はなくなるしょうね」

 

「──ッ!? …………あ──? な──」

「どうしました? それよりも、時臣殿を慰めてはどうです。一応、弟子なのでしょう」

 

「そう……だな」

 

 どうやら、言峰綺礼の疑問には望んだような問いなど帰ってこないらしい。むしろそれは、心をかき乱すばかりで──彼の聖杯戦争はまだ終わらない。

 

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