Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
「──ひ」
凛には気配だけで分かった。──こいつは危険だ。サーヴァント、と意識の端で思った。
それなら、こいつはキャスターか? 魔力針を見ると振り切れそうになっている。「こういう反応を示したときは近づいてはいけない」という父の警告を思い出したが、どうしようもない。
「……だああ!
“これは無理だ”。そう理解した。あの邪悪に比べれば自分はどんなにか小さな存在なのだろうか。像の前の蟻とてもう少し希望を持っているはずだ。
戦うステージには立っていない、逃げることもできないから相手の目に映らないことを祈るしか方法がないだけの実力差がある。
だから、立ち向かってやろうと、そう思ったのだ。
無理? 不可能? 身の程を知れ? 逃げることすらできないんだから当然の帰結として戦おうとしたところで、戦闘と呼べるものにすらならないのは当たり前すぎて議論の余地はない。遠坂凜の運命は目の前のサーヴァントに完全に支配されている。
──ふざけるな! 絶望はしない。ここで立ち向かわなくては遠坂の名が穢れるから。勝てる勝てないとかいう実力の話じゃない。“勝つんだ”──そう誓って、全力で魔術を撃った。
「……?」
だが、そんな破れかぶれは通じない。甘粕は勇気があれば何でもできると信じているのかもしれないが──いや、それができる世界を聖杯によって現出させようとしているのだから、彼ですらもそうとは信じていないのかもしれないけど。
凛の勇気は──この魔術師に何の痛痒も与えることもなく砕け散った。どころか、彼は凜が何をしたかったのか疑問に思っている。実力が違いすぎて防ぐまでもないのだ。それは別に対魔力でも何でもない。凜の魔術が初歩以下だという……ただそれだけのこと。
「──ふむ。何をしたかったのかは分かりませんが、とにかく立ち向かおうというわけですか──あなたは」
ニタ、と狂気の笑みを浮かべてみせた。
「いい素材になってくれそうですね。いつまでも気丈な叫び声を聞かせてくれそうだ。そう思いませんか? 龍之介」
外道同士で仲良く相談を始める。
「ああ、旦那もそう思う? この子けっこうかわいいし、立派な作品になると思うぜ。いい音が出そうだし、声帯を抉らないように気をつけなきゃな」
「それと、目が濁らないようにも気を使うべきでしょう。他の作品とは違った趣があります」
「おお、いいね──」
「では、可憐なお嬢さん。私たちについてきてくれますか?」
二人の狂人がにっこりと狂気を浮かべて手を伸ばす。だめだ。こいつらには敵わない。と諦めかけて──
ぐちゅぐちゅと蠢く海魔に四肢を捕まえられた。ああ、私はこいつらに酷いことをされてしまうのか……絶望して。諦めかけて。
鉄槌が降ってきた。
「──な!?」
「なになになに──隕石でも降ってきた?」
慌てる二人をよそに落ちてきた彼女はゆっくりと立ち上がる。凜を捉えていた海魔は落ちてきたときに八つ裂きにした。
「──遠坂のご息女。あなたの勇気に敬意を表そう。そこの子どもたちはあなたにお任せします。こちらの痴れ者どもについては私にお任せを」
サーヴァント、セイバーが現れた。
「──なんで」
「綺礼殿の命令です。不利に陥ったからこそ、状況を変えなければいけないと。そういうわけで彼は私に探索をお命じになりました」
「……綺礼が?」
「早く行ってください。そこの子供二人も巻き込まれる可能性があります」
「──わかった」
凛が子供二人を連れて逃げていく。
「まさか、一日と待たずあなたの方からお会いに来てくれるとは光栄の至りです、聖処女よ」
ぐちゅりぐちゅりと海魔を生み出しながら、アサシンは痴れた笑いを浮かべている。嬉しさでも表現しているのだろうけど、傍から見ると阿片でもやったようにしか見えない。狂している。ジル・ド・レェの本質はいつでも激しているから──その怒りは誰にも理解されない。
「黙れ。貴様と口を聞くつもりはない」
セイバーは先の邂逅で話をすることは諦めている。狂っている人間など真面目に相手をする気はない。ただ斬って終わらせることしか考えていない。狂人の戯言や凶行に意味を見出すことなど想像すらしない。
「ああ、まだ呪いが解けていないのですね。ですが、すぐに解いて見せましょう──と言いたいところですが、今はまだ準備不足。まことに失礼ながら、ここは退散させていただきたく──」
「逃がすと思うか、魔術師。アサシンのクラスを得たようだが、それでは満足に魔道をふるえまい?」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。そもそも私は純粋な魔術師などではないのですから──」
そういって、海魔の中に消えかける。
「──破!」
不可視の剣の一振りが海魔を消し飛ばす。そんな簡単に逃がしなどしない。まあ、もっとも──マスターの方は普通に走って逃げていったのだが。
「貴様は──ここで死ね!」
5歩分の距離を一歩で詰めた。魔力放出のスキルで跳んだ。
「──なんと!」
一閃。だが、海魔に防がれる。その海魔は吹き飛び、爆破でもされたかのように破片が飛び散る。
だが、うぞうぞと蠢いてアサシンの元へと戻る。それだけではない。彼の持つ魔本から続々と湧き出してくる。
「……はぁぁぁぁ!」
だが──無限の軍勢がどうしたと言わんばかりに不可視の剣を振るう。ぐるんと回ってもう一発。さらに回転して加速してさらに一撃。魔力放出を載せてさらに加速して一撃。
遠心力でハンマーのように剣を振り回して海魔をまとめて粉砕するのだ。そこから円の軌道を直線に。敵に到達するまでの距離が短縮されたことで、その分高速化する。さらに魔力放出を追加。
壁をはぎ取り、一点突破に全霊をつぎ込む。
「ぐおおおおおお!」
届いた。アサシンの身体が四散し、べちゃべちゃと周りの壁に張り付いて──
「これも海魔か!?」
分身だった。では、本物はどこかと当たりを見渡すと──
「ジャンヌ。あなたの剣技は素晴らしい、いつまでも見惚れていたいものです。しかし、あの子たちのことを忘れてはいませんか?」
後ろだ。それも距離を詰めるのに10歩はいりそうだ。この入り組んだ路地ではあまりにも遠い。それは目の前のアサシンにとっても同じであり、逆にセイバーに対して有効な攻撃を仕掛けられない。
「──何!? 貴様ァ……卑怯だぞ! あのような幼子を狙うとは──」
「ふふふ──」
消えていくアサシンにかまうことはできない。すぐにご息女のところへ行かなければ手遅れになる──ッ!
危機感に背中を押されるようにセイバーは走る。
「な──なぜ、あなたがここに……奥方」
到着した先で目を見張る。気絶した凜を母の遠坂葵が抱いていた。ありえない、葵の戦力では海魔の一匹を退けることすらできないのは知っている。
「──」
だが、彼女はセイバーに目もくれない。なにかを考え込んでいる。
「……奥方」
「ああ、セイバーね。私たち二人に大事はないわ。──凜を狙ったサーヴァントは?」
「申し訳ありません。逃がしました」
「──そう」
特に残念がってもいないようだ。というより、そこまで考えが回っていない。その姿は、何か後悔しているようにも思える。
「あなたが凛を助けたのですか?」
「──いいえ。雁夜くんがやってくれたの」
「誰です。それは」
「──」
また、物思いに沈む。問うのは無駄と悟ったセイバーはさっさとこの母娘を遠坂邸とは別の避難所へ帰そうとする。
一応、別の場所も用意してはあるのだ。明らかに霊地の格は何段も落ちるものの。
「護衛は私が勤めましょう。さ、早く──」
そして葵はセイバーに護衛されて非難するときもずっと考え込んでいた。
あの時、気持ち悪いと思ってしまった。凜を抱く雁夜を見て、娘の無事に安堵するよりも彼の姿に嫌悪を覚えてしまったのが嫌になる。愛している──とは言えないけれど、弟のように大切に思っている人に、気持ち悪いだなんて。
彼女の価値観は一般人とそれほど変わってはいない。局所的な歪みはあるけれど、基本は同じだ。だから、虫は気持ち悪いと思うし、腐臭がしそうな病人は嫌悪する。
その感性はとても普通で、一般的だ。だから大切な人が“そう”なってしまったのはショックで、それに嫌悪を覚えた自分を浅ましい人間だと憤慨する程度にも常識的だった。
彼女は魔術を素晴らしいものと思っているけれども、実際にはそれをよく知っているわけではない。いつも雁夜くんは自分の家の魔術が嫌いなら時臣に宝石魔術を習えばいいのになどと思っていたほどだ。
まあ、知らないモノの方が神格化しやすいのもまた一般人の性である。
凜を助けてくれたことには感謝している。今凜が来ている服は捨てようと思っているし、まずはお風呂に入らせようと思っているのは別の話である。
雁夜は時臣に負けると思っているし、敗北を望んではいるが死んで欲しいなどとは全く思っていないことは断言できる。
──問題はもう一人の娘、桜だった。彼の光を失った瞳は腐ってるみたいで気持ち悪かったし、びくびくと蠢く皮膚は蟲の蠕動じみていて吐きそうになった。
もし桜にも同じことをされていたらと思うと、おぞましいとしか言いようがない。雁夜を頼りがいのある人間だとは全くもって思ってなどいないのだ。翁に何かをされるのを彼が防げるとはまったく思わない。それでも……
桜に何かあったら──雁夜くんを絶対に許せはしないと、そう思うのだ。
そう考える彼女の頭には、桜を養子に出したのが実の父で自らの夫である時臣だということはきれいさっぱり棚上げされてたし、この事態を許した時臣の見込みの甘さについてもやっぱり棚上げされていた。蟲の翁にいたってはその恐ろしさから敵意を持つこともない。
──そして、雁夜が何をどうしようとしているか。彼が何をしたいのかすらも、考えることはなかった。
無事に凜は触手エンドから脱出。さすがにR18展開にはなりません。彼らの性質上それで済むかは怪しいですが。