Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
それを了承できない方は飛ばすことをお勧めします。
いつものようにセイバーは外を巡回していた。彼女は諸事情により霊体化できないのでスーツを着ている。女物でない理由は一重に言峰からの嫌がらせである。
「しかし、なにも――女物の服がないからと言ってこのような服を寄越すこともないだろうに。無駄に目立つのは避けたいのだがな」
いやがらせの言い訳は用意してある。言峰のことだから二重三重に理論武装は用意してあるのは当然だ。むしろ、こんな言い訳で納得されて肩透かしを食らったほどだ。彼女は己が主がその後で笑い転げていることなど知る由もないし。
「――はぁ。男装の麗人などと、これでも円卓の時は完全に隠しきれていたのだが。悪いのは服か、それとも時代か」
ひそひそと噂されているのが聞こえてしまう。サーヴァントであるがゆえの超身体能力だが、意味がないどころか逆に不快になるだけである。
欲求などすべて雑事と切り捨ててきた彼女のこと、不快な感情を飲み込むのは慣れている。それでも、心のどこかに澱のようなどろどろとした感情が溜まっているのを感じて、その感情ですら飲み込んでしまう。
今はまだ、その感情をどうにかする術を彼女は知らない。
「……ち。なにごとだ」
なにやら、がやがやとうるさい音を感じ取った。
事件が起こっている手前、祭りだのといったことは起きていない。だがこれは騒ぎと言ってもこれは陽性のそれで。
なにかとても楽しそうなので、だから足を運んでみる。
「あの時代は戦乱の時代であったから、こういうことはめったになかった。だが、祭りとなれば皆楽しみにしたものよ」
さて、そこに足を向けてみると思った通り人だかりができている。中心にはなにやら見知った顔がラーメンを口いっぱいにほおばっていて――
「何をやっているんだ、キャスター!?」
そう、そこにいたのは聖杯戦争に参加しているサーヴァントのうちの一人、キャスターのクラスを与えられた甘粕正彦。龍神を呼び出し、遠坂の管理する地脈を汚染することさえした男である。
人類のために一刻も早く討滅すべき人類の敵の筆頭である。
「む? セイバーか。見てわからんか、ラーメンの早食いだ。まあ、賞金には興味がないのだがな。そこに山があったら上るのが男であろう」
息継ぎの合間にも次々と口に麺をほうり込んでいく。とんでもなく豪快な食べ方だ。まさに食べ散らかすというのがふさわしい。
甘粕はノリをわきまえている男だ。こういうときはこう喰らうのが正しいことを知っている。だからこそギャラリーも白熱しているのだろう。
「なんだ、その理論は。つまりアレか、お前は街を巡回している最中に早食いとやらの看板を見つけて、なんとなく挑戦したのか」
「違うな、挑戦だよ。人間、上を目指さなければ腐ってしまう。そこにエベレストがあれば上る。大食いチャレンジがあれば挑む。――わかるかね」
「わかりたくもありませんね」
「なるほど。では、君も挑戦してみてはどうかね?」
「――は? 私はサーヴァントですよ。それとも、私が弱ったとでも?」
頭がおかしいのかコイツ。と何度も思ったことが頭をよぎる。誰に聞いても同意してくれるだろう。
なぜなら、普通サーヴァントが何かを口にするときと言えばその身を維持する魔力が尽きかけた時だ。それで補える魔力はあまりにもわずかで、そんなことをする奴など聞いたことがない。
「逃げるのかね? 高名な騎士王殿はどうやら小食家らしいな」
「――なるほど。それがあなた流の挑戦というわけですか。いいでしょう、店主」
とはいえ、まあ。挑発されてすごすごと逃げ帰るような彼女ではないわけで。そして店主は殺気立つ彼女にビビってしまっている。
「……はい!?」
「私にも同じモノを」
「いえ、これは5人分に相当する量で、食べられなきゃ1万円罰金なんだけど――食べれる?」
「当然です」
傲岸にうなづいた。
「あ……そう。じゃ、作って来るから20分ほど待っててね」
「――店主」
「なんでしょう、甘粕さん」
「馳走になった。何分だ?」
「ええっと――え?」
「む、制限時間を過ぎたか」
「いえ、16分。最短記録です――」
「ほう。これは重畳。我が記録を越えられるかな、セイバー」
「では、記念の写真を――」
「いや、彼女のラーメンを先に作ってやってくれ。あおった手前、私も最後まで見届けよう」
「え? ああ。はい」
そして、ラーメンが作られ彼女が箸を握る。聖杯の知識により箸くらいは使える。生前に一度も使ったことがなかろうとも。
そして、なみなみとラーメンが注がれた人の顔を優に二回りは大きい器に向き直って――
食べ始めた。その所作は優雅で、そしてラーメンが次々に消えていくのを見るとまるで魔法だ。ずいぶんと安っぽい魔法もあったものだが。
これには観客も時間を忘れて見入ってしまう。なぜなら男装の麗人がいかにも子供っぽい笑顔でラーメンをほおばっている。その量こそ異常であるものの、かわいらしい笑顔は見るものすべてを魅了する。
「――完食! 素晴らしいラーメンでした」
「ほう、店主。時間は?」
「ええと――15分45秒」
「なるほど。負けたか」
苦笑する。負けず嫌いという性格は自認するところだが、後続に追い抜かれるというのも悪い気はしない。
「言ったでしょう? 私は戦いにおいても、食においてもあなたに負ける気などない」
彼の挑みかかるような視線を真正面から受け止めて。
「ふむ。抜かれたならば、雪辱戦を挑むのが男だ。店主、もう一杯――」
そして甘粕は抜かれたまま黙るような人間ではない。後輩が自分を越えたなら奮起して抜かし返したうえで試練を課すような男である。
そこに、乱入者が登場する。
「なんだ、この安っぽい匂いは。セイバーよ、お前はこんなもので満足したのか? ずいぶんと下等な舌を持っているようだな。我の蔵には至高の財しかありえぬ。そう、剣も酒も――ラーメンすらも。これを食せば即ち羽化登仙、天にも昇る心地がしよう。喰ってみろ」
さらにアーチャーまでもが登場した。騒がしい雰囲気につられたのか、それともセイバーの臭いでも嗅ぎ付けたか。
「これは――うまい!」
「……ッキャスター! 貴様、これはお前ごとき下賤の輩に食わせるためのものでは――」
「よいのか、セイバー。ぼんやりとしてては、勝てるものも勝てんぞ」
「なんだと、お前早食い競争のつもりか。というか、何をフライングしているのか貴様!」
「おおっと――キャスターが一杯目を完食。2杯目に取り掛かり負ったわい。対するセイバーはまだ箸を手にしてすらおらんのう。これでは勝負が見えたか、なあ坊主よ」
場はさらに混沌へ。なにせ、ライダーが物見遊山で司会の真似事までするのだから。
「この馬鹿! なんでのんきに実況なんぞしとくれとりますか。つうか、おかしいでしょ!? なんでサーヴァントが4騎も居て早食い競争やってんの!?」
「――この!」
「おおう、セイバー遅れて一杯目に取り掛かった。さて、スタートダッシュの遅れは取り戻せるかのう。わっはっは」
「だァから! 何やってんだよ。というか、僕は何してんだよ!? え? サーヴァント4騎を前にして大食い競争の観客?」
「これはおいしいですねえ。龍之介」
「おう! こんなうまいもん食ったことねえぜ。神はここにいたんだなぁ」
「確かにこれは天上の美味。は! もしかして私たちが口にしているモノは神そのものなのでは――」
「じゃ、ちゃんと感謝して食べねえとな! そういえばご飯の一粒一粒にも神様が宿ってるから感謝して食べなさいって教わったことあるぜ」
「なんと。我々を取り巻くものすべてが神。なんと、奥深い」
「ああ! なんつーか、こってりとしてるけど透明で、奥深い味だぜ」
そして現れる最悪のコンビ。
「って! 最悪のサーヴァントまで来やがった!? おい、こいつ討伐しろよライダー。放っておいていいのかよ」
場は一人で騒ぐウェイバーを置き去りにしてさらに過熱する。
「――おかわり!」
「うむ。坊主、用意してやるがいい」
「え? なんで僕が――」
「どうしました? 早くしてください」
「早くせんか」
「ああ、もう! わかったよ、やればいいんだろ――ドチクショウ!」
喚いたウェイバーは英雄王の出した無限に出るラーメンの器から大急ぎで各自の器に盛りつけていく。
「こちらもだ」
「おおっと、キャスターも2杯目を完食」
「セイバー。次は負けんよ」
「ほざけよ、キャスター。何度やろうと私は負けん」
「さあて、両者勢いよくラーメンをかっ込む。やはり、セイバーが不利か。おおう、もう完食か。次のを出してやれ」
「はいはいはい。どうせ僕はこんな役回りですよ! ほらよ!」
「貴様、我の宝具を手荒に扱うでない!」
「これはこれは、ちょっと食べたことがないほどに美味しいですねえ。しかし、無限に出る食物ですか。まあラーメンに限られているのかもしれませんが。戦争やら何やらで飢餓を体験した身といたしましては、素直に羨ましいものです」
「うむ、俺も赤枝騎士団に居たころは野草だのなんだのしか食えなかった時もあった。さすがに進軍中ではまともなものを口にできる機会は少ないからな。罪なき人々から搾取するわけにはいかんし」
これでサーヴァント勢揃い。本当に勢ぞろいしてナニをやっているのだろうか。
「ええ。軍の搾取にあい、真っ先に犠牲になるのは子供たちだ。子供が飢えている様など見られるものではない」
「なるほど、貴殿も大変な思いをしたようだな」
「それはあなたも同じことでしょう。まあ、赤枝騎士団とはいえ――“黄金の獣”と呼ばれた彼ほどの怪物は見たことがないでしょうがね」
「我々の武勇伝を侮るか?」
「いえいえ。ですが、あなたたちが見たのは斃せる、あるいは逃げることができるものでしょう? あれは斃すことはもちろん逃げることすらできない。人間の身でできることは彼の聖杯からわずかな水滴をかすめ取ることくらい――」
「ふん。辛気臭い話だ。どうせなら我らの英雄譚を聞かせてやろう」
こちらはこちらで二人で酒まで用意してがやがややっているようだ。
「――ぬぅ」
「キャスター、箸が止まったか」
「いや、まあなあ。こんなこってりしたラーメン何杯も食ってたら、そりゃ腹いっぱいになるわ」
「お前なら何杯行けるかの?」
「よくて2杯じゃないかな。いや、2杯目に手を付けたいとは思えないけど。それに、あの二人これを食べる前にもそこの店で特大ラーメン喰ってたそうじゃないか」
「なるほど、前座があったか。しかし、セイバーの奴は未だ手が止まっていない。ほら、どうしたキャスター。セイバーはお前と同じく10杯目に取り掛かったぞ。このまま負けるつもりか」
「つうかさ。サーヴァントが大食いで勝負とか一体何なんだよ、もう」
嘆くウェイバーの目の前で、甘粕が膨れたお腹を押さえて青い顔をしていた。
「……俺は」
ふるふると震えていたが、目を見開く。見るからに限界を超えた、吐いてしまう一秒前といった感じなのだが。
「ん? キャスター、何か言ったか」
「人間は己の限界を踏破することができる。それこそが人間の輝きであると信じている」
「おい、何か良いこと言おうとしてないか。これ何言ったって大食い競争だからな」
だが、甘粕は限界を突破する。どんな状況であろうとも。……大食いであろうとも。
「……諦めなければ、人間はいつだって己の限界を踏破できるのだ!」
「おお! これは――ここに来てキャスターのスピードがアップしたァ」
「いや、だからさ。これ大食い……」
「何しとる坊主! さっさとお代わりをもってこんかい」
「はいはい。わかりましたよっと」
「セイバーは黙々と自分のスピードを守っている。これは、勝負が見えたか……?」
白熱する戦いは、限界を突破してもなお続く。
「……ぐ」
だが限界を突破した甘粕もなんのその、セイバーはただただラーメンを吸い込んでいく。可憐な小さな笑みに反して、その胃袋は無限大なのか。
「おい、キャスターの顔が蒼くなってんぞ」
「これは――リバースの予兆か」
「待てよ、そもそもサーヴァントは霊体じゃないか。魔力で編まれた体――そりゃまあ許容量を超えて胃にラーメン詰め込めば破裂するかもしれないけど、サーヴァントの身体に取り込まれた時点で魔力として分解されるから、実はこの勝負って……」
「馬鹿な。この俺が……負ける?」
一度限界を突破した甘粕は、さらなる限界突破もできずに箸を取り落した。
「むぅ。というか、セイバーの方が異常な食べっぷりじゃな。さすがにこれはないんとちゃうか……?」
「……ふ」
ガク、とキャスターが崩れ落ちた。……勝負は決まった。
「セイバー。お前の勝ちだ。誇りに思うがいい、お前はこの魔王を超えたのだ。だが、油断するな。貴様を狙うものがいつか必ず現れる。お前はこの俺に勝ったのだ。俺以外に負けてもらっては困る。精々気を引き締めることだな。ばん……ざ……い……」
「キャスターが死におった!?」
「だからこれ大食いだからな!?」
「私の勝ちです」
セイバーが無表情で勝ち名乗りを上げた。
「それ、清々しい顔で言うことかよ!? お前、騎士王じゃなくて大食い王だろ本当はサぁ!」
「空しい勝利でした」
「ホントにな! 大体、どいつもこいつもなにしたかったんだよ!?」
「まあよいではないか。皆楽しんでおったようだし」
「――は。茶番であったが、そこの雑種の負けっぷりは中々に楽しめた」
「あなたのラーメンはおいしかった。礼を言う、アーチャー」
「当然だ」
なにやら和気あいあいとしている。このままいい思い出だったと解散していく。
「さて、帰るか」
「だから! ホントに僕たち何しに来たの!?」
他のサーヴァントどもはすでに帰った後だった。
この面子で馬鹿騒ぎする時空があったらおもしろいよね、というお話。夜刀様ぶちこんでみてもいいかもしれない。止まる? これ番外編だから。
ネタがあったらまた番外編やるかもしれません。